今日は一家ものじゃないよ。ゴメンネ(゜▽゜)
私、十六夜咲夜はお休みを頂きました。
~三日前~
「咲夜……あなた明日からお休みをあげるわ……」
「はい…………は?」
つい条件反射で返事をしてしまったけど、今のお嬢様の言葉は……
「あなた最近ちゃんと休んでる……?」
「……と、言いますと?」
何故かため息をつくお嬢様。私、何か粗相でもしたのかしら?
「……ま……のよ……」
「はい……?」
俯き、肩を震わせるお嬢様。
私がその様子を覗き込むのと同時に。
「紅茶が不味いのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ!」
と、声だけに留まらず、体中から妖気やら殺気やらカリスマやらが爆発するように放出されていく。
とか、言ってる場合じゃないわ。
今のお嬢様の言葉は私に、十六夜咲夜にとって死活問題になりかねない。
だって、お嬢様のお茶の時間と言えば私の『十六夜スペシャル』(命名:お嬢様)と相場は決まってるのよ?
「お嬢様……疲れてらっしゃるのでは……」
「私はさっき起きたばかり……ってかただでさえ、夏は寝る時間が伸びるのに疲れてるわけないでしょ?」
「寝るのにも体力を使うといいますし……」
「それ、人間の場合な?」
「お医者様に行かれた方がよろしいかと……」
「いや、なんで私なの? 私吸血鬼だよ? 普通に考えて医者に行くのは咲夜だよね!?」
「はい……あ、いいえ」
「いや。今はっきり『はい』って言ったよね? ってか何か? 紅茶が不味いのは私のせいだとでもっ!?」
「いいえ……あ、はい」
「いや、なんで!? そこは『いいえ』でいいよ!!」
「いいえ」
「今のは『はい』だ!!」
「まぁまぁ、お嬢様。ここは紅茶でも飲んで落ち着いて……」
「だからそれが不味いんだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
やっぱり、私のせいみたいね。それにしても怒るお嬢様も可愛い……じゃなくて!
これは由々しき事態だわ……私の淹れた紅茶が不味いなんて……どうしたものかしら……
と、考えていたらお嬢様に襟を掴まれ、引きずられていく。
「ちょっ……お嬢様!?」
「咲夜。あんたにはやっぱり休んでもらう……わっ!」
お嬢様に部屋に投げ込まれる。
投げ飛ばされる瞬間の衝撃で『ぐぇっ』という音が口から出た。
「けほっ……私が休んでいる間、お嬢様のお世話やお屋敷の家事はどうなさるのです?」
「妖精メイドたちにやらせるわ」
「ですがあの娘達だけではとても満足に……」
「心配しなくとも、あんたの抜けた箇所は門番にやらすわ」
「え………えぇっ!?」
お嬢様……私にはとてもあの娘に私の代わりなんて務まるとは思えないんですけど……
「咲夜!! とにかくあんたには三日……いや、念には念を押して一週間! 休みと言わず仕事禁止!! いい?」
そう言ったお嬢様は部屋の戸を荒々しく閉めると足音と共に離れていった。
私はただ部屋の中で呆然としていることしかできなかった。
「…………」
部屋にはお嬢様に投げ飛ばされた時に打ったお尻をさする音が虚しく響いていた。
そんなこんなで私はお休みを貰った(?)
で、今日がそのお休みの三日目なんだけど……
「暇だわっ!!」
恐ろしいほど暇だわ。想像以上に暇だわ。
叫んだところで何かが変わるわけでもなく、やるせない思いと共に自室のベッドに倒れこむ。
初日は霊夢の所に行って、雑談して気づいたらって感じで終わったものね。
昨日は何をすることなかったから、自分の部屋掃除してたらお嬢様に怒られたし。
お屋敷の方は割といつもどおりに機能していた。お屋敷の掃除等はメイドたちが。美鈴は料理担当らしい。
驚きだったな……あの美鈴に料理の腕があったなんて……お嬢様にお茶を出してるって聞いたし……
よくよく考えたらあの娘の部屋って私が掃除しなくても充分綺麗なのよね……普段はともかく、生活力はあるのね……
……このまま、私の仕事全部取られちゃったらどうしよう……
「………………」
考えるのやめよ。なんだか悲しくなってくるわ……
ふと視界に外の景色が映る。空には雲と青空が広がっていた。快晴とは言えない程度の晴れ模様だった。
「…………外、いい天気ね。散歩でもしようかしら……」
ぼそっと口にする。
………行く気はなかったんだけど、口にしたらその気になってきた。
ベッドから降りて大きく伸びをする。背骨がいい音した。
「………どうせなら、散歩と言わずピクニック……?」
うーん、と考えるも他にすることないし……時間もお昼前だから丁度いいし。考えれば考えるほど行きたくなるわけで。
「ん……行きますか」
私はもう一度だけ伸びをして、部屋を出た。
気分はすでにピクニック。
お昼の準備も簡単に、私はバスケットを片手に紅魔館を出た。
「さて、どこに行こうかしら……」
行先を頭の中に浮かべながら、紅魔館近くの湖のほとりを歩く。
「んー……どうせなら、この辺を見渡せるような場所が……」
周囲を見渡して、小高い丘が視界に入る。
あそこなんか良さそうね……
~メイド移動中~
うん。芝生も湿ってないみたいだし、もう少ししたらいい時間だし、お昼はここでしよう。
芝生に腰を降ろし、吹き抜けるそよ風にその身を任せる。優しい風に全身を撫でられ心地いい。
その場に横になる。
広大な空が視界いっぱいに広がる。優しい風に乗った雲はゆったりと流れている。時間が、周囲の空間がゆっくりと流れていく感覚。どこか懐かしく思える感覚。
そういえば、こんなにゆっくりとした時間を感じたのはいつ以来だろう……
自然と瞼が下り、意識が沈んでいく感覚に身を預ける―――
「おや、 先客かい……」
不意に頭上からそんな声が聞こえ、まどろんでいた意識が鮮明なものに戻る。
「ははっ……今日みたいな日はメイドさんですら、さぼりたくなっちまう程らしいねぇ」
「誰が……?」
「おっと、起きてたのかい……」
瞼を開くとそこには普段あまり見かけない顔が目の前を覆っていた。
気風のよさそうな雰囲気。髪の毛は綺麗な赤色のツインテール。そいつの存在の象徴になる身の丈もある大鎌。
そして……
「でかい……」
最早悪意すら感じるほどのサイズのその膨らみ。
そこから女の私ですら息を呑む腰回り。
そしてくびれた腰から目を見張る曲線美を描く臀部。
「この幻想郷において、その体つきはある意味一番の異変として捉えられるべきね」
「お前さん、随分と下卑たこと言うようになったね……」
私の目の前に現れたその殺意すら湧く肉体の持ち主は小野塚小町。彼岸に住まう、死神の一人。三途の水先案内人。
「全く……今日は絶好の昼寝日和だってのに……えらいのが特等席にいたもんだ」
「特等席?」
小町がそうさ、と言いながら私の隣に座った。
「ここは周りに木があまりないからねぇ。いい風が吹くのさ」
そう言った小町は全身にその風を浴びながら、心地よさそうに目を閉じた。そのまま横になって
「おまけに、土手の角度のおかげで空を見ながらの昼寝ときたもんだ。こんな贅沢、他に出来やしないさ」
そう言いながら屈託のない笑みを浮かべる小町。
その笑顔を見た瞬間、私の鼓動が少しだけ跳ねる。なにかしら。この感覚……
「でもあなた……例にならって今日も勤務中なんでしょ?」
「んー? 今日はあの吸血鬼のとこのメイドさんもここで昼寝したくなっちまうほどの日だ。映姫様も許してくれるさ」
「生憎と……今日の私はオフよ」
「へぇ……そりゃ珍しいこともあったもんだ。あんたんとこの館潰れちまうんじゃないかい?」
「それがね……喜べばいいのか悲しめばいいのか、意外にも保ってるのよ……」
「あらら……そりゃ下手すりゃ解雇になっちまうかもねぇ……」
「言わないで……割と本気でそう思っちゃうから……」
本当に……そうなったらどうしようかしら……
お嬢様に限ってそんなことしないと信じていても、不安はそう簡単には消えない。むしろ、抱けば抱くほど私の心を蝕んでいく。
「なぁ…………えっと、咲夜……で合ってるかい?」
言い知れない不安を抱えていると、不意に小町に名前で呼ばれた……ん? 名前?
「え……えぇ。なにかしら? って言うかあなたに呼び捨てにされる覚えはないんだけど……」
「じゃあ何かい? 小間使いさんとでも呼べばいいかい? それとも家政婦さんがいいかい?」
「これまでに類を見ない呼び方ね……」
「気に入ったかい?」
「咲夜でいいわ……」
再び小町が屈託のない笑みを浮かべる。
それと同時に再び私の知らない感覚が生まれる。うーん……風邪……かしら……?
「人をからかっておいて自分はそんないい顔して笑うなんて、本当いい性格してるわね……」
「そうかい? まぁ、咲夜程じゃないけどねぇ……」
「……………」
ホント、いい性格してるわね……人の気も知らないで……
「それでさぁ……咲夜?」
先ほどからの雰囲気から一変して、なにやら神妙な面持ちの小町。おずおずと言った感じだ。
やだ、ちょっと可愛いとか思っちゃった……
「……なによ?」
「いやぁ……その……あたい、お腹空いたなぁ……」
「……………」
チラチラと私の横に置いてあるバスケットを視線で示す小町。
前言撤回。いい性格してる上に目ざといのね……こいつは……
そしてその顔! 捨てられた子犬みたいな目をするな!!
「咲夜ぁ……」
「……………」
「しゃくやぁ……」
「……………」
「……………」
「あぁぁもう! 分かったわよ!! 分かったから犬みたいにスリスリしてこないで!!」
言うが早いか小町の顔は先程とはまたコロッと変わった。
「ホントかい!? いやぁ、助かるよ。朝何も食べてなかったもんでさぁ……」
「……………」
「な……なんだい……?」
ホントにこいつは……こいつはぁ……
「ホンッッッッット、いい性格してるわね!?」
思ってることが口に出てしまうほど小町はいい性格していると思った。
叫んだと同時に驚いた小町が『きゃん』と言ってひっくり返るさまは、正直可愛いと思ってしまったが……
「いや、悪いとは思ってるんだよ? ただ、この空腹のまま船頭でもしてみなよ。下手したらあたい船から落ちて溺れ死んじまうよ」
「あんた死神でしょ?」
「死神でも死ぬときは死ぬさ…………多分」
「多分って……あんた自分のことも判んないの?」
「いやぁ……死神が自分の死なんて普通は考えないもんじゃないかい?」
「そんなもんなの……?」
「そんなもんさね……」
昼食にと作ってきたサンドウィッチを齧りながら、小町となんでもないような雑談をしてお昼を過ごした。
「いやー、旨かった。ごちそーさん」
言うなり、その場に横になる小町。
「悪いねぇ。まさかデザートまで貰えるとは思わなかったよ」
今日でもう何回見たか忘れたその人懐っこい笑顔を見せた。
今度は顔が赤くなってる気がする……本当に風邪かしら……?
「まさか、全部平らげるとは思わなかったけど……」
用意した物の大半は夜も作らずに済むようにと、多少多く作ってきたつもりだったが、それを全て小町は平らげてしまった。
ふむ……やはり、食欲があの体になる一因なのかしら……
「そうだとしても、よくもまぁ、あれほどの量を……」
「んー? まぁ、朝食ってなかったからかねぇ……ま、咲夜が作ってくれたってのが一番かもしれないけどね」
「……………」
は? こいつは今何て言った……? 私が作ったから……?
え? え? それって………いや、でも……やっぱり……え? そういう意味なの……?
え……いや、ちょっと待って……だって今までそんな素振り全然見せなかったのに……あ、いや、でもそうか……いや……そうなの?
「やっぱり誰かが作った飯ってのは旨いもんだねぇ」
小町が隣で何かを言ってた気がしたけど今の私には聞こえなかった。
「さて、美味い飯を食えたしなんだか気分がいいから、今日はちゃんと仕事に戻ろうかねぇ……ありがとね咲夜」
「………え……でも……」
「……? ……咲夜?」
「ひゃい!?」
気づいたら小町が私の顔を覗き込んでいた。
やば、小町って結構可愛い顔してる……じゃなくて!!
あ、小町っていい匂いが……しっかりして私!! 小町に変な目で見られるわよ!!
「大丈夫かい? なんか様子がおかしいみたいだけど……」
「だ、大丈夫よ! 何でもないわ!!」
小町の顔が更に近づいてくる。うわうわうわ。近い近い近い!
自分でも恥ずかしいぐらいに赤くなってるって分かってるのに、小町に見られてるって思うともっと……って何言ってんだわたしー!?
「顔が真っ赤だよ? 熱でもあるんじゃないかい?」
「だ、だ、だ、大丈夫だから! だ、だから、その……ち、近い……」
まじまじと顔を覗き込んでくる小町。だから近いって!!
「そ、そうかい? まぁ、咲夜が大丈夫だって言うんならいいけど……」
「う、うん……そういうわけだから……」
心配そうにしていた小町の顔がようやく離れる。
はぁぁぁぁ……う、まだドキドキしてる……
「まぁ……あたいはもう行くけど、できれば明日もこの時間に会いたいねぇ……」
「は!?」
「強いて言うならお昼にありつけるからね」
と、付け足した小町の言葉も私には聞こえなかった。
明日も会いたい……その言葉に動揺してしまう。
去り際にあの笑顔を残して彼岸の死神は去って行った。私の頭の中には小町の笑顔と最後の言葉しかなかった……
「……………」
私はただ高鳴る鼓動を感じながら小町の後姿を見ることしか出来なかった。
―――気のせいかもしれない。一時の気の迷いかもしれない。それでも、この気持ちは……
~彼岸~
「ふぅ……最後のはちょっと調子に乗りすぎちまったかねぇ……」
誰もいない船の上であたいはそう一人ごちた。
絶好の昼寝日和だからお気に入りの場所へ言ってみれば、あの十六夜咲夜がいたときた。
以前の花の異変の時に一回だけ手合わせて以来なぜか気になっていたが……今日また顔を合わせて自分の気持ちに気づいちまった……
冷たくて、それなのに力強い。けど儚いあの雰囲気を纏ってりゃあ、手を差し伸べたくなるってもんだよ……
ダメもとで昼飯たかったら了承されちまうし……ホント、あたい殺しな奴がいたもんだ。
「あれ以上顔近づけてたら……き、キ、キス……でもしちまったりして!」
なんつってなんつってと、一人顔を真っ赤にしながら膝をばしばし叩く。
他の船頭たちの視線が刺さる。なんだい? 恋する乙女がそんなに可笑しいかい?
周囲の船頭たちに眼垂れていると、あたいの中で一抹の不安がよぎる。
「まさか……覚られちゃいないだろうね……?」
その場にしゃがんで考え込む。
…………言って考えたけど……まぁ、あの調子じゃ大丈夫か……
「喩え、そうだとしても……」
重要なのはそこじゃない……ね……
「死神が生者に恋しちまうなんて……世も末なのかねぇ……」
そう……仮にもあたいは死神。あいつは人間。
想い焦がれようとも、結ばれることはまずない。というより結ばれちまうってことはそれ即ち……
そこまでで考えるのを中断する。
「叶わぬ恋慕を抱くほど、あたいも若くないと思ってたけど……」
自嘲気味の笑みがこぼれる。
「まぁ、少なくともまだ恋心が抱けるぐらいには若かったってことかねぇ……」
いいながら、空を見上げる。彼岸も今日はいい天気。
ちぢれ雲漂う澄んだ空に、あいつの顔が思い描かれる。
「明日も会えるといいねぇ……」
私、十六夜咲夜はお休みを頂きました。
~三日前~
「咲夜……あなた明日からお休みをあげるわ……」
「はい…………は?」
つい条件反射で返事をしてしまったけど、今のお嬢様の言葉は……
「あなた最近ちゃんと休んでる……?」
「……と、言いますと?」
何故かため息をつくお嬢様。私、何か粗相でもしたのかしら?
「……ま……のよ……」
「はい……?」
俯き、肩を震わせるお嬢様。
私がその様子を覗き込むのと同時に。
「紅茶が不味いのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ!」
と、声だけに留まらず、体中から妖気やら殺気やらカリスマやらが爆発するように放出されていく。
とか、言ってる場合じゃないわ。
今のお嬢様の言葉は私に、十六夜咲夜にとって死活問題になりかねない。
だって、お嬢様のお茶の時間と言えば私の『十六夜スペシャル』(命名:お嬢様)と相場は決まってるのよ?
「お嬢様……疲れてらっしゃるのでは……」
「私はさっき起きたばかり……ってかただでさえ、夏は寝る時間が伸びるのに疲れてるわけないでしょ?」
「寝るのにも体力を使うといいますし……」
「それ、人間の場合な?」
「お医者様に行かれた方がよろしいかと……」
「いや、なんで私なの? 私吸血鬼だよ? 普通に考えて医者に行くのは咲夜だよね!?」
「はい……あ、いいえ」
「いや。今はっきり『はい』って言ったよね? ってか何か? 紅茶が不味いのは私のせいだとでもっ!?」
「いいえ……あ、はい」
「いや、なんで!? そこは『いいえ』でいいよ!!」
「いいえ」
「今のは『はい』だ!!」
「まぁまぁ、お嬢様。ここは紅茶でも飲んで落ち着いて……」
「だからそれが不味いんだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
やっぱり、私のせいみたいね。それにしても怒るお嬢様も可愛い……じゃなくて!
これは由々しき事態だわ……私の淹れた紅茶が不味いなんて……どうしたものかしら……
と、考えていたらお嬢様に襟を掴まれ、引きずられていく。
「ちょっ……お嬢様!?」
「咲夜。あんたにはやっぱり休んでもらう……わっ!」
お嬢様に部屋に投げ込まれる。
投げ飛ばされる瞬間の衝撃で『ぐぇっ』という音が口から出た。
「けほっ……私が休んでいる間、お嬢様のお世話やお屋敷の家事はどうなさるのです?」
「妖精メイドたちにやらせるわ」
「ですがあの娘達だけではとても満足に……」
「心配しなくとも、あんたの抜けた箇所は門番にやらすわ」
「え………えぇっ!?」
お嬢様……私にはとてもあの娘に私の代わりなんて務まるとは思えないんですけど……
「咲夜!! とにかくあんたには三日……いや、念には念を押して一週間! 休みと言わず仕事禁止!! いい?」
そう言ったお嬢様は部屋の戸を荒々しく閉めると足音と共に離れていった。
私はただ部屋の中で呆然としていることしかできなかった。
「…………」
部屋にはお嬢様に投げ飛ばされた時に打ったお尻をさする音が虚しく響いていた。
そんなこんなで私はお休みを貰った(?)
で、今日がそのお休みの三日目なんだけど……
「暇だわっ!!」
恐ろしいほど暇だわ。想像以上に暇だわ。
叫んだところで何かが変わるわけでもなく、やるせない思いと共に自室のベッドに倒れこむ。
初日は霊夢の所に行って、雑談して気づいたらって感じで終わったものね。
昨日は何をすることなかったから、自分の部屋掃除してたらお嬢様に怒られたし。
お屋敷の方は割といつもどおりに機能していた。お屋敷の掃除等はメイドたちが。美鈴は料理担当らしい。
驚きだったな……あの美鈴に料理の腕があったなんて……お嬢様にお茶を出してるって聞いたし……
よくよく考えたらあの娘の部屋って私が掃除しなくても充分綺麗なのよね……普段はともかく、生活力はあるのね……
……このまま、私の仕事全部取られちゃったらどうしよう……
「………………」
考えるのやめよ。なんだか悲しくなってくるわ……
ふと視界に外の景色が映る。空には雲と青空が広がっていた。快晴とは言えない程度の晴れ模様だった。
「…………外、いい天気ね。散歩でもしようかしら……」
ぼそっと口にする。
………行く気はなかったんだけど、口にしたらその気になってきた。
ベッドから降りて大きく伸びをする。背骨がいい音した。
「………どうせなら、散歩と言わずピクニック……?」
うーん、と考えるも他にすることないし……時間もお昼前だから丁度いいし。考えれば考えるほど行きたくなるわけで。
「ん……行きますか」
私はもう一度だけ伸びをして、部屋を出た。
気分はすでにピクニック。
お昼の準備も簡単に、私はバスケットを片手に紅魔館を出た。
「さて、どこに行こうかしら……」
行先を頭の中に浮かべながら、紅魔館近くの湖のほとりを歩く。
「んー……どうせなら、この辺を見渡せるような場所が……」
周囲を見渡して、小高い丘が視界に入る。
あそこなんか良さそうね……
~メイド移動中~
うん。芝生も湿ってないみたいだし、もう少ししたらいい時間だし、お昼はここでしよう。
芝生に腰を降ろし、吹き抜けるそよ風にその身を任せる。優しい風に全身を撫でられ心地いい。
その場に横になる。
広大な空が視界いっぱいに広がる。優しい風に乗った雲はゆったりと流れている。時間が、周囲の空間がゆっくりと流れていく感覚。どこか懐かしく思える感覚。
そういえば、こんなにゆっくりとした時間を感じたのはいつ以来だろう……
自然と瞼が下り、意識が沈んでいく感覚に身を預ける―――
「おや、 先客かい……」
不意に頭上からそんな声が聞こえ、まどろんでいた意識が鮮明なものに戻る。
「ははっ……今日みたいな日はメイドさんですら、さぼりたくなっちまう程らしいねぇ」
「誰が……?」
「おっと、起きてたのかい……」
瞼を開くとそこには普段あまり見かけない顔が目の前を覆っていた。
気風のよさそうな雰囲気。髪の毛は綺麗な赤色のツインテール。そいつの存在の象徴になる身の丈もある大鎌。
そして……
「でかい……」
最早悪意すら感じるほどのサイズのその膨らみ。
そこから女の私ですら息を呑む腰回り。
そしてくびれた腰から目を見張る曲線美を描く臀部。
「この幻想郷において、その体つきはある意味一番の異変として捉えられるべきね」
「お前さん、随分と下卑たこと言うようになったね……」
私の目の前に現れたその殺意すら湧く肉体の持ち主は小野塚小町。彼岸に住まう、死神の一人。三途の水先案内人。
「全く……今日は絶好の昼寝日和だってのに……えらいのが特等席にいたもんだ」
「特等席?」
小町がそうさ、と言いながら私の隣に座った。
「ここは周りに木があまりないからねぇ。いい風が吹くのさ」
そう言った小町は全身にその風を浴びながら、心地よさそうに目を閉じた。そのまま横になって
「おまけに、土手の角度のおかげで空を見ながらの昼寝ときたもんだ。こんな贅沢、他に出来やしないさ」
そう言いながら屈託のない笑みを浮かべる小町。
その笑顔を見た瞬間、私の鼓動が少しだけ跳ねる。なにかしら。この感覚……
「でもあなた……例にならって今日も勤務中なんでしょ?」
「んー? 今日はあの吸血鬼のとこのメイドさんもここで昼寝したくなっちまうほどの日だ。映姫様も許してくれるさ」
「生憎と……今日の私はオフよ」
「へぇ……そりゃ珍しいこともあったもんだ。あんたんとこの館潰れちまうんじゃないかい?」
「それがね……喜べばいいのか悲しめばいいのか、意外にも保ってるのよ……」
「あらら……そりゃ下手すりゃ解雇になっちまうかもねぇ……」
「言わないで……割と本気でそう思っちゃうから……」
本当に……そうなったらどうしようかしら……
お嬢様に限ってそんなことしないと信じていても、不安はそう簡単には消えない。むしろ、抱けば抱くほど私の心を蝕んでいく。
「なぁ…………えっと、咲夜……で合ってるかい?」
言い知れない不安を抱えていると、不意に小町に名前で呼ばれた……ん? 名前?
「え……えぇ。なにかしら? って言うかあなたに呼び捨てにされる覚えはないんだけど……」
「じゃあ何かい? 小間使いさんとでも呼べばいいかい? それとも家政婦さんがいいかい?」
「これまでに類を見ない呼び方ね……」
「気に入ったかい?」
「咲夜でいいわ……」
再び小町が屈託のない笑みを浮かべる。
それと同時に再び私の知らない感覚が生まれる。うーん……風邪……かしら……?
「人をからかっておいて自分はそんないい顔して笑うなんて、本当いい性格してるわね……」
「そうかい? まぁ、咲夜程じゃないけどねぇ……」
「……………」
ホント、いい性格してるわね……人の気も知らないで……
「それでさぁ……咲夜?」
先ほどからの雰囲気から一変して、なにやら神妙な面持ちの小町。おずおずと言った感じだ。
やだ、ちょっと可愛いとか思っちゃった……
「……なによ?」
「いやぁ……その……あたい、お腹空いたなぁ……」
「……………」
チラチラと私の横に置いてあるバスケットを視線で示す小町。
前言撤回。いい性格してる上に目ざといのね……こいつは……
そしてその顔! 捨てられた子犬みたいな目をするな!!
「咲夜ぁ……」
「……………」
「しゃくやぁ……」
「……………」
「……………」
「あぁぁもう! 分かったわよ!! 分かったから犬みたいにスリスリしてこないで!!」
言うが早いか小町の顔は先程とはまたコロッと変わった。
「ホントかい!? いやぁ、助かるよ。朝何も食べてなかったもんでさぁ……」
「……………」
「な……なんだい……?」
ホントにこいつは……こいつはぁ……
「ホンッッッッット、いい性格してるわね!?」
思ってることが口に出てしまうほど小町はいい性格していると思った。
叫んだと同時に驚いた小町が『きゃん』と言ってひっくり返るさまは、正直可愛いと思ってしまったが……
「いや、悪いとは思ってるんだよ? ただ、この空腹のまま船頭でもしてみなよ。下手したらあたい船から落ちて溺れ死んじまうよ」
「あんた死神でしょ?」
「死神でも死ぬときは死ぬさ…………多分」
「多分って……あんた自分のことも判んないの?」
「いやぁ……死神が自分の死なんて普通は考えないもんじゃないかい?」
「そんなもんなの……?」
「そんなもんさね……」
昼食にと作ってきたサンドウィッチを齧りながら、小町となんでもないような雑談をしてお昼を過ごした。
「いやー、旨かった。ごちそーさん」
言うなり、その場に横になる小町。
「悪いねぇ。まさかデザートまで貰えるとは思わなかったよ」
今日でもう何回見たか忘れたその人懐っこい笑顔を見せた。
今度は顔が赤くなってる気がする……本当に風邪かしら……?
「まさか、全部平らげるとは思わなかったけど……」
用意した物の大半は夜も作らずに済むようにと、多少多く作ってきたつもりだったが、それを全て小町は平らげてしまった。
ふむ……やはり、食欲があの体になる一因なのかしら……
「そうだとしても、よくもまぁ、あれほどの量を……」
「んー? まぁ、朝食ってなかったからかねぇ……ま、咲夜が作ってくれたってのが一番かもしれないけどね」
「……………」
は? こいつは今何て言った……? 私が作ったから……?
え? え? それって………いや、でも……やっぱり……え? そういう意味なの……?
え……いや、ちょっと待って……だって今までそんな素振り全然見せなかったのに……あ、いや、でもそうか……いや……そうなの?
「やっぱり誰かが作った飯ってのは旨いもんだねぇ」
小町が隣で何かを言ってた気がしたけど今の私には聞こえなかった。
「さて、美味い飯を食えたしなんだか気分がいいから、今日はちゃんと仕事に戻ろうかねぇ……ありがとね咲夜」
「………え……でも……」
「……? ……咲夜?」
「ひゃい!?」
気づいたら小町が私の顔を覗き込んでいた。
やば、小町って結構可愛い顔してる……じゃなくて!!
あ、小町っていい匂いが……しっかりして私!! 小町に変な目で見られるわよ!!
「大丈夫かい? なんか様子がおかしいみたいだけど……」
「だ、大丈夫よ! 何でもないわ!!」
小町の顔が更に近づいてくる。うわうわうわ。近い近い近い!
自分でも恥ずかしいぐらいに赤くなってるって分かってるのに、小町に見られてるって思うともっと……って何言ってんだわたしー!?
「顔が真っ赤だよ? 熱でもあるんじゃないかい?」
「だ、だ、だ、大丈夫だから! だ、だから、その……ち、近い……」
まじまじと顔を覗き込んでくる小町。だから近いって!!
「そ、そうかい? まぁ、咲夜が大丈夫だって言うんならいいけど……」
「う、うん……そういうわけだから……」
心配そうにしていた小町の顔がようやく離れる。
はぁぁぁぁ……う、まだドキドキしてる……
「まぁ……あたいはもう行くけど、できれば明日もこの時間に会いたいねぇ……」
「は!?」
「強いて言うならお昼にありつけるからね」
と、付け足した小町の言葉も私には聞こえなかった。
明日も会いたい……その言葉に動揺してしまう。
去り際にあの笑顔を残して彼岸の死神は去って行った。私の頭の中には小町の笑顔と最後の言葉しかなかった……
「……………」
私はただ高鳴る鼓動を感じながら小町の後姿を見ることしか出来なかった。
―――気のせいかもしれない。一時の気の迷いかもしれない。それでも、この気持ちは……
~彼岸~
「ふぅ……最後のはちょっと調子に乗りすぎちまったかねぇ……」
誰もいない船の上であたいはそう一人ごちた。
絶好の昼寝日和だからお気に入りの場所へ言ってみれば、あの十六夜咲夜がいたときた。
以前の花の異変の時に一回だけ手合わせて以来なぜか気になっていたが……今日また顔を合わせて自分の気持ちに気づいちまった……
冷たくて、それなのに力強い。けど儚いあの雰囲気を纏ってりゃあ、手を差し伸べたくなるってもんだよ……
ダメもとで昼飯たかったら了承されちまうし……ホント、あたい殺しな奴がいたもんだ。
「あれ以上顔近づけてたら……き、キ、キス……でもしちまったりして!」
なんつってなんつってと、一人顔を真っ赤にしながら膝をばしばし叩く。
他の船頭たちの視線が刺さる。なんだい? 恋する乙女がそんなに可笑しいかい?
周囲の船頭たちに眼垂れていると、あたいの中で一抹の不安がよぎる。
「まさか……覚られちゃいないだろうね……?」
その場にしゃがんで考え込む。
…………言って考えたけど……まぁ、あの調子じゃ大丈夫か……
「喩え、そうだとしても……」
重要なのはそこじゃない……ね……
「死神が生者に恋しちまうなんて……世も末なのかねぇ……」
そう……仮にもあたいは死神。あいつは人間。
想い焦がれようとも、結ばれることはまずない。というより結ばれちまうってことはそれ即ち……
そこまでで考えるのを中断する。
「叶わぬ恋慕を抱くほど、あたいも若くないと思ってたけど……」
自嘲気味の笑みがこぼれる。
「まぁ、少なくともまだ恋心が抱けるぐらいには若かったってことかねぇ……」
いいながら、空を見上げる。彼岸も今日はいい天気。
ちぢれ雲漂う澄んだ空に、あいつの顔が思い描かれる。
「明日も会えるといいねぇ……」
マッタリした甘さで良かったです
いやあ、ニヤニヤさせていただきました~
でもスリスリしてくる小町はカワイイね
続きがあるならもっといい