蓮の葉には二種類ある。良い物と悪い物だ。
眼前にあるそれは前者だ。形、光沢、香り。そして、最も重要な座り心地。どれを取っても素晴らしいと言える。
寄って我が名の下、今よりこの地を第六十四別荘地としたい。
反対意見無し。よって可決。祟り神に逆らう者など居はしないのだ。事実、周りに誰もいない。
そう、私は自由。神奈子のように腰を傷めそうになるまでふんぞり返る必要も無く、誰の目にも憚られる事も無い。
このすべすべの蓮の葉に頬を摺り寄せてごろごろしようと、誰も咎めはしない。
ああもう堪らない。
枕元に総立ちした先祖も皆帰った昨今。日差しは残暑の其れだが、湖畔の空気は秋を匂わせている。全く持って快適であり、これに新たな別荘を組み合わせれば最早無敵。つい、げろげろと歌いだしてしまっても、一体誰が責められよう。
「あ、でかいかえる発見! うるさいぞー!」
責められた。馬鹿な。この私が。
見れば、声の主が真っ直ぐこちらへ突っ込んできている。名前は忘れたが、氷の妖精だ。どうせ氷漬けにでもしようというのだろう。
洩矢諏訪子は静かに暮らしたい。
鉄の輪十段重ねで簀巻きにしてやろうかと思い、そちらへ手をかざす。その前に、一応宣言だけはした方がいいだろうか?
逡巡は刹那で、しかし、私は宣言をしない。原因は頭上。気配を感知したものの、それは仰ぐ前に水面へ落着した。
私と、私を乗せた別荘を巻き込んで。
水面下で私は憤慨した。
沈み行く物体は、どうみても人工物だ。
その正体など知る由も無いが、苦情を言う先は心得ている。
この怒りを胸に秘め、川を上り滝まで上りきってしまえば、もしかすると龍になれるかもしれない。
いっそ試そうかと思うも、実行には至らない。川縁に容疑者を発見したのだ。
この辺で、人工物を作る存在といえば河童である。あれは・・・にとりか。手に持った塊を操作し、なにやら難しい顔をしている。こちらには気付いていないようだ。ならばと、私は坤の力を以って地面から生えることにする。
「今日は紺色かあ」
「ひゅいいいい!?」
奇襲は成功。彼女の可愛く形の良いお尻を眺め、スカートの外から響く悲鳴を聞く。予想外だったのは、それが一瞬しか見られなかった事だろうか。あと首の痛み。
「神様の顔を踏みつけるって、なかなかいい根性してると思うよ」
「うわごめん! そこにいたの!?」
「・・・どこに居たと思ったのかしら」
「まあまあ。ところで、メカチルノ見なかった? 赤い、妖精サイズの人形なんだけど」
「赤い塊なら沈んで行ったわ。私の別荘も」
「あー、電波届かないかあ。自動再起を待つしかないわね」
私のさり気無い訴えを完全に無視して、にとりは湖畔をゆったりと歩き出した。地面から這い出、後を追う。
そういえばと、私は一昨日の記憶に精神を飛ばす。その日、彼女は守矢神社に来ていたのだ。
日本の夏。湿気取りの夏。しかして我が家には存在せず、唯一その役目を担うエアコンは機能を完全に停止していた。
何故だ。理由を聞くも、扇風機はただ虚しく首を振るばかりである。
分からぬか、私が壊したからだ。見ていただろう貴様。
・・・返答はやはり往復運動。いっそ九十九神でも取り憑けてやろうかと言うと、またしてもかぶりを振られた。そんなに嫌か、ならば止めておこう。
文明の利器は素晴らしいとは思う。しかし、蛙から湿気を奪うというのは酷い話だ。言語道断である。
だから、エアコンに祟りをちょいと入れてやったのだが、タタリ所が悪かったのかうんともすんとも言わなくなってしまった。
早苗と、駆けつけた修理業者に怒られた。
その修理業者がにとりだった。セイミツキキは祟ったらいけないらしい。
よくわからないので聞き流しながら、私は早苗が持ってきた物を齧る。と、にとりが声を荒らげた。
「なんてことを! そんな無残な!」
「・・・ただの冷凍きゅうりじゃない」
「串刺しの上に氷漬けなんて残酷だよ!」
そう言いながら、彼女も冷やしきゅうりを齧る。美味しい、許さない、美味しい、許さない、と、くり返しながら食べる。私の分までしっかり平らげると、何かを決意したようだった。
「決めた、氷精を倒す」
「うん、どういうことかな」
「氷漬けなんて不届きな事、幻想郷じゃああの氷精くらいじゃない。夏は暑いものなの。きゅうりは、その過酷な状況に射す一条の光。それをこんな無残な姿にするなんて・・・許さない!」
視界の隅で申し訳なさそうにしている早苗と奥の冷蔵庫を置き去りに、彼女は自論を展開する。視線は上方、背を向けて流れ去ろうとしている入道雲だろう。
「大体、食べ物で遊ぶとか道徳的にどうなの! 大地の神様に申し訳ないと思わないの!」
「ねえ・・・」
「でも、その前にエアコンを直さないと!」
「そうね・・・・・」
私、何の神様だったっけ。
何故だろう、無性に腹が立ってきた。ただの回想なのに不思議ね。
ともかく、思い出した。もの凄いいちゃもんだった。全く身に覚えの無い事で河童に喧嘩を売られるのはご愁傷様と言えるかもしれないけれど、普段の行いが行いだ。仕方ない。ついでだから、事ある毎に私を氷漬けにしようとする恨みも晴らしてもらうとしよう。
それはそれとして、ちらちらとにとりの視線が刺さるのは、説明を聞いて欲しいのだろうか。
「・・・一体、何を作ったの?」
「しかたないなー。本当は秘密なんだけど、他でもない諏訪子様の頼みとあっちゃあ話さない訳にはいかないよね」
この話は長い。今までの経験から即座に判断し、私は水面で遊ぶ氷精へ視線を移すことにした。視線の先、彼女は水面を滑るように、或いは踊るようにしてはしゃいでいる。
「あの日、私は帰りながら対抗策を考えたわ。真っ先に思いついたのは火器による焼却だったけど、それじゃあ面白くない。だから、逆転の発想で行くことにしたの。冷気にはより強い冷気、チルノにはより強いチルノで対抗しようと! その名も、メカチルノ!」
妖精が増えた。三人組だ。そういえば、氷精の名前はチルノだったっけ。
「帰宅次第、製作に取り掛かったわ。青に対抗するためにカラーリングは赤。アクセントに黒。素体には武装としてグレネード、ミサイル、パルスライフル、レーザーブレードが付いてたけど、美しくないから全部撤去して、試作型のトラクター式冷凍ビームを胸に搭載したわ。バストサイズが増えた分、オリジナルよりいいスタイルだよ」
何やら口論が始まった。氷精と、後から来た三人組だ。
「けれど、一つだけ足らない物があったんだ。それは発進時のケレン味だったわ。ガレージから徒歩で発進なんて、そんなほのぼのは望んでない。カタパルトを製作する必要があったわ」
間もなく、弾幕勝負が始まった。三対一という訳ではなく、正々堂々と一対一の勝負のようだ。
「カタパルトといえば電磁式だよね、かっこいいし。電力は有り余ってたし問題なかった。射出した後の飛行装備については、当初の計画から存在した。というより、これが使いたかったからなのだけど。その名も、馬鹿みたいにオシャレなブースター、通称BOBよ。射命丸さんをしてやりすぎと言わしめた速度と格好よさは、彼我の距離を詰めると同時にガレージを吹き飛ばす出力を見せたわ」
物騒な話になってきたけど、敢えて無視して弾幕鑑賞会を続ける。
「強襲と同時に撃破。我ながら素晴らしい作戦だと思ったね。ただ、試作品は所詮試作品ね。噴射機に補填してたペプシキューカンバーの圧力が高すぎて、容器が破裂しちゃったんだよね」
「炭酸飲料で空飛ばそうとしたの!?」
「嘘だよ。話聞いてくれないんだもん」
「・・・だって話長いじゃない」
つい突っ込んでしまった。もう無視ができない以上、にとりの話を聞くしかない。
といっても、もうあらかた話してしまったらしい。私が体験したことと被っていた。BOBは不調で爆散、放り出されたメカチルノは目を回して水没。と、いうことらしい。河童製品は水に強い印象があるが、勢いをつけて水に叩きつけられればその限りではないだろう。流石に壊れたんじゃなかろうか。
だが、にとりは手に持った機械をずっと見つめている。メカチルノの様子が分かる機械なのだろう。
その彼女の表情が変わる。安堵と不敵の入り混じった顔。来るよと言われ、彼女の視線の先を追う。
水飛沫は対岸付近。中心に赤の色。脚とスカートのすそは黒く、全体的な形はチルノに似せている。違うのは羽根がついてない所、スカートが金属製、その中から風を噴射して浮いている事か。
それにしても、見物するには対岸だと少々遠すぎる。私達は水上を飛んだ。
私達が到着するのを見計らったかのように、そいつはおもむろに動き出した。撃ちあっている弾幕の中に突入し、被弾を物ともせずにチルノへ向き直る。
「何だおまえー!」
「乱入してくるなんて、とんでもない奴ね」
二人は気分を害した様子だった。チルノは腕を組み、髪を左右に括った対戦相手の妖精も指を差して抗議している。
メカチルノはまたしても動かなくなった。ただじっと目の前を見ている。背を向けられていることに腹が立ったのか、無視するなと対戦相手だった妖精が乱入者の肩を掴んだ。
鉄塊が動く。直線的な動作で妖精へ振り返り、胸の装甲が展開する。
光が走る。暖かい、目に優しい稲穂のような色。一見レーザーのようなそれをもろに受けた彼女は、しかし何も起こらない事に首を傾げる。
「え、なに暖かーい」
照射が終わる。同時、妖精がミイラのように一気に痩せこけた。
「「 サニーーーーーーーーーーーー!!!」」
「うおーーすげーー!」
「え、なにあれ・・・」
「あれ?ちゃんと冷凍されるはずなんだけど」
驚愕、というよりも、あまりの惨状にドン引きだ。妖精のミイラなんて初めて見た。一体どういう原理なのか。おっかしいなあと首を傾げるにとりに、私は説明を求める。
「トラクター式、つまり照射対象のエネルギーを放射と真逆のベクトルで作用させて、吸い取ってしまう事で冷却効果を発揮するの。火に向ければ鎮火したし、水は凍ったから成功だと思ったんだけどなあ」
「・・・エネルギーって生命力だから、生き物に当てたら死んじゃうんじゃないかな」
ギシリ、音を立てて河童が止まる。ガマもかくやと言わんばかりの脂汗を流しているところを見ると、そういう想定はしてなかったということかね。妖精は死なないかわりに消滅しそうではあるけど、あんなカラカらに干からびるものかね。どうでもいいが、河童の油はガマの油の代わりになるのだろうか。
「いやね、ええとね」傍らの見苦しい言い訳とは関係なく、にとりの望んでいた戦闘は始まった。
「たーげっとカクニン、ハイジョカイシ」
無機質な宣言と共に胸部が展開。何故か興奮している氷精へ冷凍ビームを放つ。先の惨状を目の当たりにしているのだ、如何にあの氷精の頭が悪いと評判でも、流石に避ける─────
「いまナゲットっていった!」
避けなかった。ビームは彼女の真芯に命中、エネルギーを吸い上げる。しかし、チルノは意にも介さない。
「あたいナゲットしってるよ! かりかりでふわふわなやつだ! ナゲットたべたい!」
光線の中で彼女が喚く。だが、メカチルノが与えるのは冷凍ビームだけ。というかナゲットって、もしかしてチキンナゲットの事だろうか。
全く堪えてない様子で、しかも浴びたままメカチルノへ掴み掛かった。
「おまえナゲットもってるだろ、ナゲットよこせー!」
メカチルノが取った行動は振り解きだ。ビームをを出したままの行動で照準がずれ、暖色が森を凪ぎ払った。一部にツンドラ気候が誕生する。
これは・・・不味いんじゃないかな。
掴み掛かりと振り解き。徐々に取っ組み合いに発展していく様を見て、私は半歩ほど後ろに下がる。にとりはと言えば、うんうんと唸っていた。
「なんであの子にビームが効かないの・・・ エネルギーを吸い取ったら消滅するのに」
「あのねえ、あの子は氷の妖精、マイナスエネルギーの塊なのよ。効くわけないじゃない」
「・・・・あ」
簡単な引き算だ。マイナスにから何かを引けば、マイナスは増大する。見たところチルノはテンションと頭の悪さが最高潮のようだし、力も増大してるんじゃないかと思う。
それはともかく、
「さっさとあの失敗作を止めなさいな。危ないったらありゃしない」
「失敗じゃないよ! 当初の目論見と違う物が出来上がっただけで、失敗作なんかじゃない!」
「コンセプトから外れてるんだから失敗っていうのよ! 早く止めろ!」
「失敗してまーせーんー。河童は失敗しないんですうー」
面倒な拗ね方をされ、衝動的にぶん殴ってやりたくなる。だが駄目だ。あれの止め方を知っているのは彼女だけだ。私の怒りエネルギーが順調に溜まっていく最中、それでもなんとか止めるように説得しようとする。
視界の端に、違和感を覚えたのはその時だ。理解より早く、私はにとりの袖を掴んで引っ張った。バランスが崩れ、寄りかかり、にとりが萎む。
しまったと思った頃には、私は河童のミイラを湖に落とした後だった。
これでもう、穏便には済まなくなった。残る希望は、未だ取っ組み合いをするチルノだけだ。
冷凍ビームによる被害は拡大の一途を辿っている。既に風は冬のそれで、湖は至る所が凍っている。周りにあるのが森と湖だけというのは、不幸中の幸いだろうか。
もう一つ幸いなのは、チルノにあの光線は効かないということだった。なんとかして、あの子に撃破してもらわなければならない。ならばと、私は叫んだ。
「そいつを倒したらナゲットご馳走するよ!」
「まじで!?」
素直な、素晴らしい反応だ。駄々を捏ねていたどこぞの河童とは比較にならない。ナントカは使い様だ。
おりゃーと叫ぶと、チルノは掴んだまま宣言する。
氷符「アイシクルフォール」
馬鹿野郎が。それは正面ががら空きだ。全く以って意味が無い。やはり妖精は妖精なのか。
しかし、見慣れたスペルカードとは違った。氷塊。巨大な、直径五メートルはあろうかという球状の氷。
発現は一瞬。顕現すれば、後は理に遵って落下するのみ。彼女等の真下に。
画して、冷やしきゅうりから始まった壮絶な戦いは、ナマモノが潰される嫌な音で幕を閉じた。
解けた氷の下からは、潰れたメカチルノだけが発見された。一人の妖精の尊い犠牲によって、幻想郷の平和は保たれたのだ。我々は、この悲劇を忘れてはならない。
踵を返し、私は二拍。しゃみしゃっきり。
眼前にあるそれは前者だ。形、光沢、香り。そして、最も重要な座り心地。どれを取っても素晴らしいと言える。
寄って我が名の下、今よりこの地を第六十四別荘地としたい。
反対意見無し。よって可決。祟り神に逆らう者など居はしないのだ。事実、周りに誰もいない。
そう、私は自由。神奈子のように腰を傷めそうになるまでふんぞり返る必要も無く、誰の目にも憚られる事も無い。
このすべすべの蓮の葉に頬を摺り寄せてごろごろしようと、誰も咎めはしない。
ああもう堪らない。
枕元に総立ちした先祖も皆帰った昨今。日差しは残暑の其れだが、湖畔の空気は秋を匂わせている。全く持って快適であり、これに新たな別荘を組み合わせれば最早無敵。つい、げろげろと歌いだしてしまっても、一体誰が責められよう。
「あ、でかいかえる発見! うるさいぞー!」
責められた。馬鹿な。この私が。
見れば、声の主が真っ直ぐこちらへ突っ込んできている。名前は忘れたが、氷の妖精だ。どうせ氷漬けにでもしようというのだろう。
洩矢諏訪子は静かに暮らしたい。
鉄の輪十段重ねで簀巻きにしてやろうかと思い、そちらへ手をかざす。その前に、一応宣言だけはした方がいいだろうか?
逡巡は刹那で、しかし、私は宣言をしない。原因は頭上。気配を感知したものの、それは仰ぐ前に水面へ落着した。
私と、私を乗せた別荘を巻き込んで。
水面下で私は憤慨した。
沈み行く物体は、どうみても人工物だ。
その正体など知る由も無いが、苦情を言う先は心得ている。
この怒りを胸に秘め、川を上り滝まで上りきってしまえば、もしかすると龍になれるかもしれない。
いっそ試そうかと思うも、実行には至らない。川縁に容疑者を発見したのだ。
この辺で、人工物を作る存在といえば河童である。あれは・・・にとりか。手に持った塊を操作し、なにやら難しい顔をしている。こちらには気付いていないようだ。ならばと、私は坤の力を以って地面から生えることにする。
「今日は紺色かあ」
「ひゅいいいい!?」
奇襲は成功。彼女の可愛く形の良いお尻を眺め、スカートの外から響く悲鳴を聞く。予想外だったのは、それが一瞬しか見られなかった事だろうか。あと首の痛み。
「神様の顔を踏みつけるって、なかなかいい根性してると思うよ」
「うわごめん! そこにいたの!?」
「・・・どこに居たと思ったのかしら」
「まあまあ。ところで、メカチルノ見なかった? 赤い、妖精サイズの人形なんだけど」
「赤い塊なら沈んで行ったわ。私の別荘も」
「あー、電波届かないかあ。自動再起を待つしかないわね」
私のさり気無い訴えを完全に無視して、にとりは湖畔をゆったりと歩き出した。地面から這い出、後を追う。
そういえばと、私は一昨日の記憶に精神を飛ばす。その日、彼女は守矢神社に来ていたのだ。
日本の夏。湿気取りの夏。しかして我が家には存在せず、唯一その役目を担うエアコンは機能を完全に停止していた。
何故だ。理由を聞くも、扇風機はただ虚しく首を振るばかりである。
分からぬか、私が壊したからだ。見ていただろう貴様。
・・・返答はやはり往復運動。いっそ九十九神でも取り憑けてやろうかと言うと、またしてもかぶりを振られた。そんなに嫌か、ならば止めておこう。
文明の利器は素晴らしいとは思う。しかし、蛙から湿気を奪うというのは酷い話だ。言語道断である。
だから、エアコンに祟りをちょいと入れてやったのだが、タタリ所が悪かったのかうんともすんとも言わなくなってしまった。
早苗と、駆けつけた修理業者に怒られた。
その修理業者がにとりだった。セイミツキキは祟ったらいけないらしい。
よくわからないので聞き流しながら、私は早苗が持ってきた物を齧る。と、にとりが声を荒らげた。
「なんてことを! そんな無残な!」
「・・・ただの冷凍きゅうりじゃない」
「串刺しの上に氷漬けなんて残酷だよ!」
そう言いながら、彼女も冷やしきゅうりを齧る。美味しい、許さない、美味しい、許さない、と、くり返しながら食べる。私の分までしっかり平らげると、何かを決意したようだった。
「決めた、氷精を倒す」
「うん、どういうことかな」
「氷漬けなんて不届きな事、幻想郷じゃああの氷精くらいじゃない。夏は暑いものなの。きゅうりは、その過酷な状況に射す一条の光。それをこんな無残な姿にするなんて・・・許さない!」
視界の隅で申し訳なさそうにしている早苗と奥の冷蔵庫を置き去りに、彼女は自論を展開する。視線は上方、背を向けて流れ去ろうとしている入道雲だろう。
「大体、食べ物で遊ぶとか道徳的にどうなの! 大地の神様に申し訳ないと思わないの!」
「ねえ・・・」
「でも、その前にエアコンを直さないと!」
「そうね・・・・・」
私、何の神様だったっけ。
何故だろう、無性に腹が立ってきた。ただの回想なのに不思議ね。
ともかく、思い出した。もの凄いいちゃもんだった。全く身に覚えの無い事で河童に喧嘩を売られるのはご愁傷様と言えるかもしれないけれど、普段の行いが行いだ。仕方ない。ついでだから、事ある毎に私を氷漬けにしようとする恨みも晴らしてもらうとしよう。
それはそれとして、ちらちらとにとりの視線が刺さるのは、説明を聞いて欲しいのだろうか。
「・・・一体、何を作ったの?」
「しかたないなー。本当は秘密なんだけど、他でもない諏訪子様の頼みとあっちゃあ話さない訳にはいかないよね」
この話は長い。今までの経験から即座に判断し、私は水面で遊ぶ氷精へ視線を移すことにした。視線の先、彼女は水面を滑るように、或いは踊るようにしてはしゃいでいる。
「あの日、私は帰りながら対抗策を考えたわ。真っ先に思いついたのは火器による焼却だったけど、それじゃあ面白くない。だから、逆転の発想で行くことにしたの。冷気にはより強い冷気、チルノにはより強いチルノで対抗しようと! その名も、メカチルノ!」
妖精が増えた。三人組だ。そういえば、氷精の名前はチルノだったっけ。
「帰宅次第、製作に取り掛かったわ。青に対抗するためにカラーリングは赤。アクセントに黒。素体には武装としてグレネード、ミサイル、パルスライフル、レーザーブレードが付いてたけど、美しくないから全部撤去して、試作型のトラクター式冷凍ビームを胸に搭載したわ。バストサイズが増えた分、オリジナルよりいいスタイルだよ」
何やら口論が始まった。氷精と、後から来た三人組だ。
「けれど、一つだけ足らない物があったんだ。それは発進時のケレン味だったわ。ガレージから徒歩で発進なんて、そんなほのぼのは望んでない。カタパルトを製作する必要があったわ」
間もなく、弾幕勝負が始まった。三対一という訳ではなく、正々堂々と一対一の勝負のようだ。
「カタパルトといえば電磁式だよね、かっこいいし。電力は有り余ってたし問題なかった。射出した後の飛行装備については、当初の計画から存在した。というより、これが使いたかったからなのだけど。その名も、馬鹿みたいにオシャレなブースター、通称BOBよ。射命丸さんをしてやりすぎと言わしめた速度と格好よさは、彼我の距離を詰めると同時にガレージを吹き飛ばす出力を見せたわ」
物騒な話になってきたけど、敢えて無視して弾幕鑑賞会を続ける。
「強襲と同時に撃破。我ながら素晴らしい作戦だと思ったね。ただ、試作品は所詮試作品ね。噴射機に補填してたペプシキューカンバーの圧力が高すぎて、容器が破裂しちゃったんだよね」
「炭酸飲料で空飛ばそうとしたの!?」
「嘘だよ。話聞いてくれないんだもん」
「・・・だって話長いじゃない」
つい突っ込んでしまった。もう無視ができない以上、にとりの話を聞くしかない。
といっても、もうあらかた話してしまったらしい。私が体験したことと被っていた。BOBは不調で爆散、放り出されたメカチルノは目を回して水没。と、いうことらしい。河童製品は水に強い印象があるが、勢いをつけて水に叩きつけられればその限りではないだろう。流石に壊れたんじゃなかろうか。
だが、にとりは手に持った機械をずっと見つめている。メカチルノの様子が分かる機械なのだろう。
その彼女の表情が変わる。安堵と不敵の入り混じった顔。来るよと言われ、彼女の視線の先を追う。
水飛沫は対岸付近。中心に赤の色。脚とスカートのすそは黒く、全体的な形はチルノに似せている。違うのは羽根がついてない所、スカートが金属製、その中から風を噴射して浮いている事か。
それにしても、見物するには対岸だと少々遠すぎる。私達は水上を飛んだ。
私達が到着するのを見計らったかのように、そいつはおもむろに動き出した。撃ちあっている弾幕の中に突入し、被弾を物ともせずにチルノへ向き直る。
「何だおまえー!」
「乱入してくるなんて、とんでもない奴ね」
二人は気分を害した様子だった。チルノは腕を組み、髪を左右に括った対戦相手の妖精も指を差して抗議している。
メカチルノはまたしても動かなくなった。ただじっと目の前を見ている。背を向けられていることに腹が立ったのか、無視するなと対戦相手だった妖精が乱入者の肩を掴んだ。
鉄塊が動く。直線的な動作で妖精へ振り返り、胸の装甲が展開する。
光が走る。暖かい、目に優しい稲穂のような色。一見レーザーのようなそれをもろに受けた彼女は、しかし何も起こらない事に首を傾げる。
「え、なに暖かーい」
照射が終わる。同時、妖精がミイラのように一気に痩せこけた。
「「 サニーーーーーーーーーーーー!!!」」
「うおーーすげーー!」
「え、なにあれ・・・」
「あれ?ちゃんと冷凍されるはずなんだけど」
驚愕、というよりも、あまりの惨状にドン引きだ。妖精のミイラなんて初めて見た。一体どういう原理なのか。おっかしいなあと首を傾げるにとりに、私は説明を求める。
「トラクター式、つまり照射対象のエネルギーを放射と真逆のベクトルで作用させて、吸い取ってしまう事で冷却効果を発揮するの。火に向ければ鎮火したし、水は凍ったから成功だと思ったんだけどなあ」
「・・・エネルギーって生命力だから、生き物に当てたら死んじゃうんじゃないかな」
ギシリ、音を立てて河童が止まる。ガマもかくやと言わんばかりの脂汗を流しているところを見ると、そういう想定はしてなかったということかね。妖精は死なないかわりに消滅しそうではあるけど、あんなカラカらに干からびるものかね。どうでもいいが、河童の油はガマの油の代わりになるのだろうか。
「いやね、ええとね」傍らの見苦しい言い訳とは関係なく、にとりの望んでいた戦闘は始まった。
「たーげっとカクニン、ハイジョカイシ」
無機質な宣言と共に胸部が展開。何故か興奮している氷精へ冷凍ビームを放つ。先の惨状を目の当たりにしているのだ、如何にあの氷精の頭が悪いと評判でも、流石に避ける─────
「いまナゲットっていった!」
避けなかった。ビームは彼女の真芯に命中、エネルギーを吸い上げる。しかし、チルノは意にも介さない。
「あたいナゲットしってるよ! かりかりでふわふわなやつだ! ナゲットたべたい!」
光線の中で彼女が喚く。だが、メカチルノが与えるのは冷凍ビームだけ。というかナゲットって、もしかしてチキンナゲットの事だろうか。
全く堪えてない様子で、しかも浴びたままメカチルノへ掴み掛かった。
「おまえナゲットもってるだろ、ナゲットよこせー!」
メカチルノが取った行動は振り解きだ。ビームをを出したままの行動で照準がずれ、暖色が森を凪ぎ払った。一部にツンドラ気候が誕生する。
これは・・・不味いんじゃないかな。
掴み掛かりと振り解き。徐々に取っ組み合いに発展していく様を見て、私は半歩ほど後ろに下がる。にとりはと言えば、うんうんと唸っていた。
「なんであの子にビームが効かないの・・・ エネルギーを吸い取ったら消滅するのに」
「あのねえ、あの子は氷の妖精、マイナスエネルギーの塊なのよ。効くわけないじゃない」
「・・・・あ」
簡単な引き算だ。マイナスにから何かを引けば、マイナスは増大する。見たところチルノはテンションと頭の悪さが最高潮のようだし、力も増大してるんじゃないかと思う。
それはともかく、
「さっさとあの失敗作を止めなさいな。危ないったらありゃしない」
「失敗じゃないよ! 当初の目論見と違う物が出来上がっただけで、失敗作なんかじゃない!」
「コンセプトから外れてるんだから失敗っていうのよ! 早く止めろ!」
「失敗してまーせーんー。河童は失敗しないんですうー」
面倒な拗ね方をされ、衝動的にぶん殴ってやりたくなる。だが駄目だ。あれの止め方を知っているのは彼女だけだ。私の怒りエネルギーが順調に溜まっていく最中、それでもなんとか止めるように説得しようとする。
視界の端に、違和感を覚えたのはその時だ。理解より早く、私はにとりの袖を掴んで引っ張った。バランスが崩れ、寄りかかり、にとりが萎む。
しまったと思った頃には、私は河童のミイラを湖に落とした後だった。
これでもう、穏便には済まなくなった。残る希望は、未だ取っ組み合いをするチルノだけだ。
冷凍ビームによる被害は拡大の一途を辿っている。既に風は冬のそれで、湖は至る所が凍っている。周りにあるのが森と湖だけというのは、不幸中の幸いだろうか。
もう一つ幸いなのは、チルノにあの光線は効かないということだった。なんとかして、あの子に撃破してもらわなければならない。ならばと、私は叫んだ。
「そいつを倒したらナゲットご馳走するよ!」
「まじで!?」
素直な、素晴らしい反応だ。駄々を捏ねていたどこぞの河童とは比較にならない。ナントカは使い様だ。
おりゃーと叫ぶと、チルノは掴んだまま宣言する。
氷符「アイシクルフォール」
馬鹿野郎が。それは正面ががら空きだ。全く以って意味が無い。やはり妖精は妖精なのか。
しかし、見慣れたスペルカードとは違った。氷塊。巨大な、直径五メートルはあろうかという球状の氷。
発現は一瞬。顕現すれば、後は理に遵って落下するのみ。彼女等の真下に。
画して、冷やしきゅうりから始まった壮絶な戦いは、ナマモノが潰される嫌な音で幕を閉じた。
解けた氷の下からは、潰れたメカチルノだけが発見された。一人の妖精の尊い犠牲によって、幻想郷の平和は保たれたのだ。我々は、この悲劇を忘れてはならない。
踵を返し、私は二拍。しゃみしゃっきり。
発想が面白かったぜ
あほみたいな展開の中にも、キャラクターたちの個性が光ってたと思います。三妖精は……まあうん。
首を振る扇風機と真面目な顔して会話するけろちゃんまじシュール。
うっぜえw
ほんとにそのまま、アーマード・コアネタだらけにしてみました。
ACV.I.に初代ナインボールも出たので、何番煎じか分かりませんがやってみたかったのです。
とーなすさん>
諏訪子はもうちょっと慌てたりしたほうが良かったのかなあとも思ったのですが、神様なので達観した感じにもっていきました。そんな雰囲気が出ていたらいいのですが。
実は三月精は呼んでないので、あんな扱いにせざるを得ないというか・・・
奇声を発する程度の能力さん>
にとりは自分の技術力に絶対の自信があって、反省はするけど失敗は認めないとか、そんな勝手なイメージが。