Coolier - 新生・東方創想話

たぶんそんな永遠亭

2011/09/09 02:59:05
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「きったかぜぇ~」
「こぞうーの」

「「寒太郎ォォォ!!!」」





「……寒うござんす」
「知らないよ」
 寒い寒いと言いながら、言葉を体現するように蓬莱山輝夜が炬燵へ潜り込んだ。
 ここまでその輝夜に連れられてきた妹紅は、部屋の敷居のところで首を竦めてみせる。顔に微妙な表情を浮かべて、他に誰かいないのかと視線を彷徨わせた。
「何やってんのよ。お掛けなさいな」
「あ? ……あ、ああ」
 輝夜が顔を催促するように振って、生返事を返しながら妹紅が後ろ手で大雑把に障子を閉める。だが、掛けろと言わてもその部屋には炬燵が一台だけ――悩んだ末に、輝夜から一番遠い対面側に落ち着いた。そして、おやっという風に片眉を上げた。
「――何かいいな、これ」
「でしょう」
 腰まで届く白髪を揺らして、私が生まれた頃には火鉢しかなかったと妹紅が言う。
 それに応える輝夜は、既に両目とも閉じていた。
「おい。寝るなよ」
「失礼ね。寝やしないわよ」
 何せ、どこかの御馬鹿さんが訪ねてくるまで優雅に――と、輝夜の言葉が途中で欠伸に飲み込まれた。
 どうも、午睡にふけっていたらしい。
 大きく開けた口元を隠そうともしないで、輝夜が目元に浮いた涙を拭う。そのまま皮肉っぽく妹紅を見つめた。
「しかし、よくもまあこんな猛吹雪の中で殺し合いに来るわね」
「いいだろ、別に」
「お断り。寒いのは嫌よ」
 そう言って、もう一度小さく欠伸を零した。
 そう広い部屋ではない。中央に炬燵が鎮座するだけで随分と手狭に感じる。
 窓から見える色は白一色。
 素気無く断られてしまった妹紅は、ならばこれ以上長居は無用と炬燵から立ち上がる。「そう。じゃあ、迷惑だろうし帰るわ」むしろ輝夜といる事が私にとっての迷惑だと言わんばかりだった。
 急く彼女を宥めるように輝夜は「まあまあ、お茶ぐらい飲んでいきなさい」と、屋敷の奥へと若干声を張り上げて「誰か」と言った。
 無視して戸口へ歩き出す妹紅だったが、主人の召しに応え、間髪容れずに現れた妖怪兎に輝夜がテキパキとお茶を申し付けるのを見てその機会を逸した。
 垂れた耳を時折動かして、輝夜の言葉に一々頷いてみせる兎。その真面目な顔つきが何だか泣いているように見えて、兎らしく気弱な性質なんだろうと妹紅は適当に思う。白いワンピースの端が青くて赤いところ、永琳の手伝いが主なのだろうか。
 最後に一礼して、兎が障子をそっと閉める。その音を合図として、妹紅が再び腰を下ろした。
「そういえば、お前のお目付け役は何で引っ込んでるんだ? お前じゃあるまいし」
「永琳は今イナバを愛していて忙しいの」
 ぬくいぬくい、と輝夜の顔が綻ぶ。
「……あ? 鈴仙の事か、それ。――愛してるって」
「うっかり、永琳の貴重な薬の材料をいくつかダメにしたらしいわ――何でも、入手に数年かかるらしくてね」
 はーん、と妹紅が声を上げた。
「ああ、それで」
「ついでに腹くくって夜這いに走ったらしいわ」
「ふーん」
「くれぐれも、永琳に愛されるような行動は慎んでね」
「わかってるさ」
 言ってからふと、妹紅も輝夜を真似て両目を瞑ってみた。
 世界が黒く塗り潰されて、すぐ目の前の輝夜が見えなくなる。見えなくなっただけですぐ目の前にいる、はずなのに、頭の裏側が酷くぐらぐらと揺れるように熱い。臓物の底の引き攣れるような痛み。夕日を黙って見送るような、釈然としない寂寥。
 目を開けると、数秒前と寸分違わず惚けた顔があった。
「永琳の愛はサディスティックだから」
「わかったって」
 そうやってしばらくの間、室内に沈黙が舞い降りた。妹紅が何とは無しに輝夜を見つめても、当の輝夜はひゅるるんるるんと口ずさんでいるばかりだった。
 でろーっと、弛緩した、ゆるみきった輝夜の面持ちを見て、以前溶かしてやった氷精みたいだな、と思う。
 そいつと弾幕ごっこに至った理由はもうはっきりとは覚えていないが、適当に氷弾を避けつつ炎で退路を遮断しじっくりと炙ってやった。強がった顔に汗のような体そのもののような液体が伝って滴り落ちていく様を、随分と加虐的に見つめている自分に気がついて、なぜかやるせなくなった。そういえばその日は、輝夜との殺し合いが出来なかった夜だった。
 もぞもぞと、落ち着かない所作で妹紅が身じろぎをする。
 ――血と肉があって焦げても焼けても醜く生き延びる、輝夜や私とは、違う。
 私たちが、違う。
 そんな中、すうっ、と障子が開けられる。
急須や二人分の湯呑みなどなどを盆に乗せた兎は、入った途端向けられた、妹紅からの射竦めるような視線に“ビクッ”と体を震わせた。気後れしたように主人を見て、そそくさと炬燵の上に盆を置くと、輝夜の声も待たずに退散する。
「ちょっと、あまり怖がらせないでよ。ただでさえ物騒な顔してるんだから」
「誰が物騒だ、誰が――いや、今のは本当にただ見てただけだって」
 あー、と唸って頭をがりがりと掻いた。どうやら本当に無自覚だったらしい彼女に、輝夜はあからさまに「はあ……」と溜め息をついてみせる。
「年中人と殺し合う事ばっかり考えているような人、私は物騒としか表現できないわ」
 いやいや、誰が年中お前の事ばっかり考えてるんだ――と咄嗟に言いかけるが、今回の非はこちらにあると思い直し口をつぐんでむぅとか何とか、相槌を打つにとどめた。
 その合間に、永遠の姫君の華奢な指先が手際よく二つの湯呑みに注ぎ入れていた。その意外な動作に妹紅は内心へえと感心したが、「これを飲み終ったら帰っていいんだろう?」と懲りずに皮肉を口にする。
「その場合、永遠亭のお茶というお茶を飲んでいってもらうからね」
 特に気にした風もなく、にこにこと輝夜が返す。
 それに対しては肩を竦めるだけにとどめて、妹紅が差し出されたお茶に口をつけた。
 ――ゆったりと、時間が酷く緩慢なものに感じられる。
 口内のお茶の味がそれに一役買っているのだろう。手の中から立ち上る湯気越しに、どうして慣れた手つきだと思うが、あくまで胸中にとどめておく。
「――何よ。その、意外だーってな顔は」
「そうか? いや、意外に思ったのは間違いじゃないんだが」
 顔に出てたかね、と顎の辺りを擦った。
 頬をぷくっと膨らませた輝夜が、「見損なわれてたわけ?」と言った。
 不覚にもその表情に一瞬心が動いて、それが憎しみなのか、それとも憎悪以外の(あるとするならば、だが)何かに起因しているものなのか。
 卓に身を乗り出して、輝夜の頬に手を伸ばした。
 ――熱い。
「……何してるの?」
 指先のみで触れるそのぬくもりは、まるで手を離せば掻き消えてしまいそうなほど儚げで、そのくせ脳髄の辺りにずんとした重みをも感じさせた。
 突いたばかりの餅を思わせる弾力と、なにやら言いたげな視線が私を悩ませる。飢えているのだろうか。
 そういえば最近とんと餅を食べてないなと思い出した。
「私を食べたいですって? 永久が永夜と失せるよりもありえないわ」
 一言と共に手を払い除けられ、そして、不意に背に柔らかな暖かみを感じた。
 背後から覆い被さるような格好で、輝夜が「滑稽ね」と言った。
「まったく、どこまであなたは私と殺し合いがしたいの? たまのたまには、笑みを交わして戯れに愛を閨で凌辱しようなんて気はナシ?」
 くすくすと、鈴を砕いたような声が耳元で聞こえる。
「今日はまた随分と――厭らしい事だな」
「それでもなお、あなたは滑稽なのよ、妹紅――。だってほら、殺し合い一つをとってもお互いの合意の上での行為じゃない」
 性交(セックス)みたいねと、うねるような、溜め息をつきたくなるほどに倒錯的な囁きがする。
「殺し合う事以外にも、後々の関係を彩る方法ぐらいあるわ」
 僅かずつ圧し掛かる輝夜の黒髪が、さらさらと音を立てる。弓を引き絞るように徐々に徐々に、私が感じる輝夜の比率が増していった。相手の声しか聞こえないという状況は、こうも容易く人を嗾けるのか。それはまるで聖職者に忍び寄る悪魔のような、思わず引き止めたくなる魔性の月で。
 腹の底にぐっと力を込めた。
 だって、そうしないと、横たわった炎が今にも燻りそうだったから。
「ほら、こうやって――」
 輝夜の腕が腰に回される。肩口に顎を乗せられる。まるで後ろから抱き抱えられているみたいだった。
「積み重ねるのよ」
「……あ?」
「愛を」
 さあ、と声が囁いた。「目を閉じて」
「言葉なんてなくても――そうじゃない?」
 ――私が、輝夜の色に染まる。
 間近で感じる輝夜の体温は、誰かと同じく、暖かかった。
「私を見なさい」
 ――うるさい。
「私だけを見なさい」
 ――うるさい。
「私だけを見ていなさい」
 ――うるさい。
「どうして?」
 ――うるさい、離せ。
「そんな自信たっぷりに私を拒絶できる、その想いの根拠はどこ?」
 ――うるさいな。関係ない。
「慧音? 霊夢? 永琳? 魔理沙? イナバ?」
 ――ああ、お前の交友関係の狭さが見て取れるよ。
「あの封獣? 醜い橋姫? 湖の氷精? 稗田の小娘? はしたない悪魔の妹かしら? 虚仮威しの魔法使いって事は無いわよね? まさか夜な夜な騒々しい夜雀とでも言うわけ?」
 ――何でまた。
 ――ああ、もう、離せよ。
「嫌われたくないの? だから選ばない――選べないのかしら」
 ――そうじゃないけど、お前には、教えてやらない。
「じゃあ、私だけ特別扱いね」
 ふいに心臓が跳ねる。
 こいつが、特別? 意識してみただけで、最悪に近い、夢のような感情が沸々と湧き出してくる。
 ――随分、嬉しそうね。
 それだけを、何とか口にした。
「――そう、ね」
 髪が撫で付けられる。その指が輝夜のものだと、何故か少し遅れて気づいた。
 輝夜のそのぬくもりが、衝動となる。――これを堪えろというのか。
 背中越しの輝夜の鼓動を、いつまでも感じていたいという思いか。それとも、その胸に手を突き立てて脈打つ心臓を抉り出したいという思いか。
 首に、細い指が添えられた。
「愛してるわ、妹紅」
 輝夜の指が僅かに震える。
 私たちは、互いに欠けていては存在できない。殺したいという想いも、愛おしいという想いも、その永遠性を否定するから。
 炎と氷は交ざれない。そういう――事かとも、思う。
「――ああ」
 肯定なのか否定なのか、自分にも判断できないような呟き。だがそれでも、輝夜には十分だったようだ。
 肩から輝夜の重みが消え、その代わりにぐい、と顔を引き寄せられた。
 正面から見つめるその瞳には、ふてぶてしく笑っているような色があった。
 輝夜の唇の、炎のような感触を苦々しく思った。
書いていて何だこれ、とは思った。

――本当に憎い相手と千年ツラつき合わせられるものなんでしょうか。
私なら、死にたくなると思います。

BGM “北風小僧の寒太郎”
作詞…井出隆夫、作曲…福田和禾子
ピュゼロ
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コメント



0.830簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
最初は甘い感じで、終わりに向かうにつれビターになり程良い感じでした
11.90名前が無い程度の能力削除
いやよいやよも好きのうち
15.無評価ピュゼロ削除
≫奇声を発する程度の能力様
自然と最後まで甘い関係で続かなかったんですよね。
書いているさなか蓬莱人の精神構造とかいろいろ考えさせられました。

≫11様
まさにそういう感じです。よいではないかよいではないか。
可愛さ余って、なんて気持ちも千年経てばぐちゃぐちゃになりそうです。