「ここで良かったかな?」
「そうですね~もうちょっと端っこのほうがいいです。その位置がごはん食べる時の私の定位置なので」
「あくまで自分優先か……」
守矢神社の居間にて
河城にとりは部屋の暑さで頬を朱色に染めながら、手に持った工具で作業をしていた。
普段着ている上着を脱ぎ、その黒いタンクトップとの対比でむき出しになった二の腕が白く眩しい。
時折額の辺りまで流れてきた汗を首にかけたタオルで拭いつつ、
この居間に『クーラー』を取り付けていた。
* * *
燦々と照った日差しが夏の絶好調な滑り出しを予測させ、外では蝉もこの暑さを訴えるようにジリジリと大きく鳴いていた。
それがかえって暑苦しい。
彼らには一週間を精一杯生きて欲しいが理屈じゃないのだ。ウルサイ。
とにかく今年の夏の暑さたるや凄まじいものがある。
特に山頂へと場所を構えているこの神社は異常な暑さだった。その高さ故に太陽から最前線で日光を受け止めている気がしてキツイ。
今日の正午、神社へと遊びに来たわたしに「アーチーチー!アーチー!」と早苗がリズミカルに叫びつつ泣きついてきたほどだ。なので急遽、暑さで煮えたぎってる守矢神社にわたしの自家製『クーラー』を取り付けてあげることになった。
「早苗から聞いて作っただけだからこのクーラー、多少見た目に違いがあるとは思うけどね」
「見た目なんてどうでもいいのです!この際カエル型でもヘビ型でも我慢します。あ、やっぱ嫌ですぬるぬるしそう」
「さっきからちょっとは自分とこの神様を敬えよ。でもまぁ、これで今よりは涼しくなるんじゃないかな」
前に早苗からクーラーのことについては聞いていたので、興味がてら途中まで作っていた試作品をなんとか今日中で仕上げ、今は脚立の上で取り付け作業中だ。これができたら寝室にも同じのを付けてあげるか。どうせ唸るしね。
小さめの脚立で立ちながらの作業なので少し大変だけど、時々ご飯をごちそうになったり、外の技術を教えてもらったりしてるし、
それにその…これで早苗が楽になるなら……っと、ん?
用意していたネジの数が合わない。前面のカバー部分を計算に入れてなかったかな。
新しく補充しないといけないみたい
「早苗―悪いんだけどわたしの工具箱か…ら…」
振り返り、下を見下ろすと
脚立の二段目あたりに頬杖をついてニマニマしてわたしを見上げている現人神を発見した。
もちろんそこで見上げたら――
さて
ドライバーのグリップと先端部ではどちらが殴ると痛いんだろう
* * *
ひと悶着後、とりあえず正座させた。
「暑さで脳の回線がですね……」
「そっちの修理が先だったか、じゃそこを動かないで。ノコギリもってくる」
「違うんです! ちょうどいい位置にあったから涼感を得ようと思ったんです!なんかパンツで」
「パンツで!?」
「にとりさんの下着は清々しいですよね。涼感バッチリでいいかんじです!」
「背筋が寒くなるような評価ありがとう」
「あら、私のおかげで涼しくなれました?えへへ」
「そうだね。さらに冷たい視線もあげよう」
「態度が冷たいです、にとりさん」
「もういいよ!」
ペシッ、と早苗の頭をチョップし、そのままわたしはため息がこぼれる。
こんな暑いときでもその煩悩は抑えきれないのか! あれ? むしろ暑いと人は開放的になるんだっけ!?
とにかく巫女としておかしいんだ。
前から思っていたけど、早苗は下着に異様な執着と興味があるっぽい。しかし外の世界ではそれを発散する場所がなかったのか、わたしに対して頻繁に語ってくる。着物を着る際の下着の有無や……わたしに似合うらしい下着についてとか。これを含め、言うまでもなくセクハラまがいはしょっちゅうだ。慣れつつある自分が怖いよホント。さらに下着の収集家でもあるらしく、この幻想郷に来てから初めて見たというドロワーズについても意欲的に集めているようだった。
『こんな私も今では誰もが認める〝どろわー〟ですよ! 』
と自慢げに言っていたのを覚えている。なんだよ、どろわーって。
年越しの除夜の鐘を聞くたびに思うが、早苗の煩悩は108個以上あるのだと思う。だからきっと毎年払いきれず蓄積しているんだ。それでああなっているに違いない。
そんな
自分なりに早苗の行動に対する解釈をしていたわたしの前で突然
ふふっ、という笑い声が聞こえた。
あまりこの状況下では理解しづらかったが
その声でふと我に返り、慌てて発信元であろう目の前の人物を見つめる。
「ど、どしたの?早苗……」
先ほどのやり取りに満足したのか、わたしの反応が可笑しかったのか。
片手でほころんだ口元を隠すように早苗が笑みをこぼしていた。
そして微かに笑いながら
「いえ、今のにとりさんのツッコミがまるで外の世界の芸人さんみたいだなぁ、と。
それがなんだか可笑しくって……」
ちょっとなつかしいです、と言いながらそのまま正座をしつつ早苗は楽しそうにクスクスと笑っていた。
「―――」
ボーっとしながらその様子を見ていた。
なぜか自分の鼓動が少し速くなっているのを感じる。
それは本当に綺麗で、優しげで。
さっきまでの人物とは別人みたいに少し大人びたような清楚な笑い方。
このまとわりつくような暑さを拭いさってくれているような錯覚さえ覚える、
そんな涼しげな笑顔だった。
「……はぁ」
――これを見てしまうとだめだ。
怒る気がすっかり失せてしまう。もとから諦めてはいるが。
今回のクーラー取り付けもそうなんだろうけど、わたしは早苗に弱いのだと改めて実感した。
彼女に対しては色んな意味で耐性がつきそうもない。
「……ずるいよ」
「ん?なにか言いました?」
「っなんでもない!は、反省してよ!もう……クーラー外しちゃうよ?」
「そんな!一瞬夢を見せといて!」
そう言ってわたし達は目を合わせ、自然と笑い合う。
こういうのもじゃれ合いなんだとお互いに理解しているのだ。
二人で笑っているだけでこの場が心地いい風に包まれているような気がする。
お互いに暑さを忘れているようだった。
妖怪であるわたしが、守矢神社に結構な頻度で入り浸っているこの状況は他にここを信仰している里の人間にとって、あまり良いことではないのかもしれない。
ただでさえここは妖怪の山にある、外の世界から来た神社だというのに。
人間にも妖怪にもフランクである守矢神社だからこそ、表向きはそうでなくてもやっぱり神社に妖怪がいるのは怖い、と思う参拝客も少なからずいるだろう。
何度か怪しいものを見るような眼で、わたしと早苗が話しているところを人に見られていることがある。
積極的に里へ行き、信仰を勧めている早苗にとっても不都合ではないのだろうか
わたしと仲良くしているのは。
同じ人間に、怖いと思われているかもしれないのに。わたしを拒まない。こんな風に笑ってくれる。
だから、早苗の為にもわたしからここに来るのを少し自重したほうがいい。
そう思っているのに自然と足が向かってしまう。
来るな、とでも早苗に言われないとわたしはまたここに来てしまうだろう。
でも、今はただひたすら早苗ともっと遊んでいたい、話していたい、笑っていたい。
できるなら この先も
* * *
「今日はありがとうございました!でもにとりさん、明日約束の日ですからね?」
「あー!そうだったね。わかった、早めに行くようにするよ」
「おねがいしますね。フフッ、今日から快適に眠れそうですよ。汗で枕を濡らす日々から脱却です。
改めてありがとうございます!」
「どういたしまして。……ほ、他でもない早苗のお願いだったからね」
「次は紐パンでお願いします」
「そっちの願いは聞けないかな!」
そんな冗談?を交わしつつ、微笑みながら見送ってくれる早苗と守矢神社を後にした。
流れている川の下流にほど近い、自分の家へ続く道を歩いていく。そして襲ってくる疲労感。
今日はちょっと疲れた
……まぁ早苗が嬉しそうだったからいいか。でも明日はまた早苗と約束があるから、早めに準備をして疲れをとらなくては。
思ったより遅い時間みたいだし……
茜色が残るうす暗い空と、ヒグラシの寂しそうな声がその事実に拍車をかける。
急に不安になり、わたしは急いで帰ることにした。それでも心は躍っている。気分は高揚しっぱなしだ。
また明日も会える
そう思って
◇
「……さて、と」
やがて彼女の緑色の大きなリュックが見えなくなった。
相変わらず神社の外はじんわりとした暑さだったが、見送っている私を気にしてチラチラと振り返ってくれる様子が見られて満足している。おかげで終始、口元の緩みが止まらなかった。
名残惜しいけども手を振るのをやめて、神社の中へ戻ることにする。
中へ入り、クーラーのおかげですっかり涼しくなった我が家は、さっきまでの外の暑さを忘れさせてくれるようだった。
いつもの定位置に座りクーラーの涼しさを実感する。やっぱここはベストポジションだ。にとりさんは本当にいい仕事するなぁ
思わず頼ってしまう。
それにしても、今はなぜかさっきよりも涼しいし、寒い気がする。
――今何やってんのかな~にとりさん……まだ帰ってる途中か。
ついさっき別れたばかりだというのに、暇を見つけては彼女のことを考えている。
ちゃぶ台のうえで頬杖をつき、昼の出来事や話したことを思い出してみた。
彼女の笑った顔、驚いた顔、呆れている顔、色んな表情が浮かんでくる。
それを思うたびにまた頬が緩んでいく。
はぁ、早く明日になればいい。そうすればまた――
そんな気分のままくつろいでいると、神奈子様が居間に入ってこられた。
妖怪の山で定期的に行われる会合が終わったのだろう。しかし
どこか沈痛な面持ちでひどく疲れている印象を受けた。表情も暗い。
――私にはなんとなく、原因はわかっていた。
さっきまでの気持ちは頭の隅に置いて、帰ってきた神奈子様へと微笑む。
「おかえりなさいませ。今日はちょっと遅かったですね」
「あぁ、ただいま……その……」
居間へ入り私のところへ来たはいいが、気が重い原因となっていることについては話しづらそうだった。
このことについては自分から話さなくてはと、私は立ちあがって神奈子様と向き合う。
「大丈夫です。にとりさんはもう帰りましたよ」
「……そうか。じゃあ、これを」
そう言って私に何枚かの文を渡してきた。どれもこの守矢神社宛てだ。
神奈子様はすでにこれらの文の内容に目は通したのだろう、うんざりしたような表情を浮かべている。
「ありがとうございます。内容はいつも通りでしたか?」
文を受け取りわかりきった答えを聞いてみる。毎回同じ内容のもの、突然変わるなんてことはないだろう。
神奈子様はゆっくりとうなずいた。
ある時期から一~二週間に一回は届く、里の人たちからの文。
中身は
「私と、にとりさんのことについてですね」
「そうだ。毎回毎回、里の連中め……飽きもせず……!」
「いいんですよ神奈子様。やっぱり気になるでしょう、当然の反応です」
「早苗……」
どこかつらそうに、気遣うような目をして神奈子様は私を見つめてくる。
ここに届く里からの文は、最近この内容のものがほとんどになった。
――あぁこの時が来たかな……
今回の件について神奈子様がとても気にかけているのはわかってる。だからやっぱり、もうこれ以上心配をかけるようなことをしてはいけない。巫女が神様を困らすなんてあってはならないことだ。なにより、
この問題は先延ばしにしてもしょうがない。遅かれ早かれ、いずれ実行する時が来る。
私とにとりさんのこれから先を思うなら。
お互いの為と割り切れる。
以前からずっと考えていたことなので
覚悟を決め、口を開く。
「明日、里の皆様の返事も含めてにとりさんにもこの事を伝えます。どんな結果になっても、受け入れようと思います。だからそんな心配しないでください、神奈子様」
もう逃げない
臆病にはならない
勇気を出さなくては
彼女のように
◆
あれはまだ
幻想郷と呼ばれるこの地に私達が外の世界から来て、麗の神社の巫女に敗れてからすぐのこと。
直後に神奈子様、諏訪子様はこの山の妖怪と和解したいことを提唱する。なにも説明していなかったので山の妖怪の不振を解くことから始めたのだ。
天狗方と交渉したが特に時間もかからず、妖怪の山に神社を構えてもいいことになった。
しかし交渉といっても二柱の力の前には断れないだろう。
それ故に山の妖怪は私達を警戒した。
妖怪たちはいつも神の二人の機嫌を窺うように愛想を振り撒き、それは私に対しても同じ対応だった。
親しくするというわけではない。ただ彼らは恐れていただけで、そんなことは見てわかる。
貼り付けた笑顔で事務的な会話をし、あとは何も聞いてこない。触らぬ神に祟りなし、とでも思っているのだろう。
外の世界でもこういう関係図は常に自分にまとわりついていたが
……やっぱりここでも同じなんだ
そこまで期待をしていたわけではない。しかし、そう思うたびにやり切れない気持ちになっていく。
だからか、当時の私は傲慢でひたすらに冷めていた。妖怪に対して自分の感情を見せず表さず、適当に相手をしては
内心では彼らを見下している。
――所詮、不可解から来る〝恐れ〟というものに対して妖怪も人間も同じ価値観なのだ。
避けるか、溶け込みおこぼれにあずかるか。
とにかくそれらが昔から本当に弱い生き物に見えていた。
みんな同じことしか考えない。自分たちとは違う住人にはみんなして同じことをする。
外の世界となにも変わらず、ただ相手が妖怪になっただけ。いや、ここにも人間はいるので以前よりもさらに増えるだろう。
幻想郷に移り住むことは神奈子様や諏訪子様の決定で、私も以前の世界に未練は特に湧かなかったので賛成をしたはずなのだが
早くも幻想郷に嫌気がさしていた。
毎日、巫女としての仕事を機械的にこなすだけの日々で
その日も日課としている境内の掃除をしている途中だった。
常に落ち葉があるわけではないから連日で掃除をする必要はないけど、なにかをして少しでもこの地への不安を忘れていたかったのだ。
そんないつも通りの場所を無意味にも掃いていると
向こうの鳥居から緑色のリュックをしょった女の子がくぐってきた。
一見、揺れる小さなツインテールが愛らしいただの少女だが、こっちは巫女なので人間と妖怪の区別はある程度はわかるつもり。
――妖怪に間違いはなさそうだ。
彼女はキョロキョロと何かを探しているようだったが、私を見つけた途端に
タタッと走って近づいてきた。
目の前で立ち止まり、なにやら緊張をしているのか目が泳いでいる。
しかし自分にとってそんなことは関係なく、いつも妖怪へ接しているように感情を表わさず彼女へと応対した。
「こんにちは。
八坂様、洩矢様は神殿のほうへいらっしゃいます。御用があれば
「あなたが早苗だよね?」
こちらの説明をさえぎってリュックの少女が問いかけてきた。
敬語ではない、普通の口調で妖怪に話しかけられるなんてあまりないことだった。
ちょっと驚いてしまう。
「……はい。私が守矢神社の風祝、東風谷 早苗です」
「あ、えと、わたしは谷河童の河城 にとり!にとりって呼んで!」
そう言うと笑顔のまま私にどこかぎこちなく手を差し出してきた。
友好的な彼女の行動に、差し出された手へと一瞬目がいく。容姿に合った小さな手。
しかし彼女が妖怪だという事実が私に握手を拒ませた。
上面だけの山の妖怪と常に接してきたから、こんな親しげな態度をしていても本心ではなにを考えているのかわかったものではない。なにより怪しい。
「私に何か御用ですか?河城さん」
握手はせず質問を投げかける。
彼女は少し残念そうな顔をして手を降ろした。それでもすぐに表情を変え
「あのさ、困ってることはない?不便だとか、幻想郷がよくわからないとかさ」
「……ええまぁ、来たばかりで詳しくはここを理解していませんが」
そう答えると、彼女はなぜか嬉しそうに目を輝かせた。
「じ、じゃあわたしが幻想郷について教えてあげる!明日また来るからさ、あなたのことも教えてね!」
一気にそこまで言い切ると、緊張していたのであろう彼女は、その恥ずかしさを隠すようにピューッと走って行ってしまった。
私はそのまま立ち尽くしてしまう。
「え……なんなの……?新聞の勧誘?」
まるで通り雨のような河童少女の行動に呆気にとられたまま、この日は終わった。
* * *
それから彼女は毎日神社へと来るようになった。
私がお昼に境内を掃いている間、彼女は一方的ではあるが幻想郷の良さを自分の主観を織り交ぜて語って来る。
自分が掃く場所を移動すればそこまでついてきた。よほど聞いてもらいたいようだ。
そして彼女が話す内容といえば、この山の麓から見える夕焼けが綺麗だとか、湧水がある場所、大将棋が強い真面目な天狗がいる、里で採れるキュウリが美味しい、などである。
この地が好きなのだろう。
「それでね!あの向日葵畑には〝どえす〟っていう妖怪がいるらしいよ?よくわかんないけど近づいちゃいけないんだってさ」
「そうですか」
「うん!それとね、子馬館?だったかな……犬とかコウモリがいて危険なんだって。なんでだろう、カワイイかんじなのにね!馬はいないのかな?」
「どうでしょう」
拙いながらも一生懸命喋っていたが、私はまだ信用しきれず彼女の話(実際、本当に合っているかわからない)や質問にも気が無いような返事をしていた。そんな私の態度に寂しそうな顔をする時があったが、すぐに笑顔になって話してくる。
――なぜ
こんなにも積極的に接してくるのかわからない。
彼女は妖怪のはず。きっとなにかある。そうとしか考えられなかった。
単に恐れから愛想を振りまいているか、それとも私を餌に二柱の神力にあやかりたがっているんじゃないかと。
彼女は私の掃除が終わると「じゃあまた明日ね!」と言って帰って行き、そして報告通り次の日の同じ時間にまたやってくる。それの繰り返しが続いた。
よく飽きないものだ、と思う。
私にはそんな感想しか生まれてこなかった。
* *
いつも通りのある日
今日も変わらず同じ時間に彼女が神社へとやってきたが、私のところへ来た直後に突然とも言えるような雨が降ってきた。
最初はポツポツ程度だったが、すぐに傘をさしたくなるようなやや強い雨に変わる。
境内の地面を打つ雨音が大きくなっていき、掃除を止めて屋根のある方へ自然と二人は移動していた。
雨が降っているだけで気分というのはどうしてこうも落ち込みやすくなるのだろう。
私は黙って目の前を落ちていく雨の滴を見ていた。
その間、隣にいた彼女も流石にいつものお喋りを止めて曇った空を仰ぎ見ている。
どうやら彼女もこの雨は予想できていなかったらしい。
それでもすぐこっちに笑顔を向けて
「ははは、なんか雨降ってきたね!来るときは結構晴れてた気がするんだけども」
唐突な強い雨によるこの暗い雰囲気を隠すように彼女は笑いかけてきた。
「……」
「いやー、雨って突然降ってくるときあるよね!ほんとわかんないなぁ~」
そう言って、返事を待つように彼女は私を見てきた。
気持ちが沈んでいるからか普段の適当な相槌も打てない。
この様子を見て、彼女は少し笑いつつ
今日は帰っとこうかな……、と本当に残念そうにつぶやいていた。河童である彼女はそんな気にすることはないぐらいの雨なのだろうが、私を気遣っているのだろう。
「……」
そんな気遣いと、自分の気分がブルーになっているのをふっ切るためなのか
私は初めて自分から語りかけた。
「――ラジオとかがあったら、雨も予測できたんですけどね」
「ぇ!?…らじお……?」
いきなり喋りだした私に驚いているのと、ラジオという単語に彼女は反応したようだ。
あまり聞き慣れないものなのだろう。よくわかっていないみたいだった。
「ええ。ラジオっていうのは一日の天気、今日の出来事や事件などを聞かせて教えてくれる外の機械です。テレビっていうのがそのラジオにさらに映像が付いてるのでそっちの方が便利なんですけど、私はラジオの方が好きでした」
外の世界にいたころも色んな人に奇異の視線で見られていた自分は、いつしか他人の視線が怖くなっていた。しかしラジオはテレビと違い、人の姿や視線を映さず声だけしか聴こえないので安心して聴くことができたのだ。
夜中にこっそり起きてお気に入りの芸人のラジオ番組を聴いていた頃を思い出す。私は随分ラジオに救われてきている。
雨に気落ちしている今、急に外の世界のラジオが恋しくなってきていた。
「でも幻想郷にはラジオがないみたいですね」
それ以前に電気もほぼ通っていないので、外の世界で使っていたものはほとんど使えない。炊飯も火を焚くところから始めなくてはならないし、洗濯も全部手洗いだ。やはり不便なのは辛い。
周りの自分への態度も変わらず、大好きなラジオも無い。
幻想郷への不満な思いはつのるばかりだった。
(雨やまないな。そろそろ戻ろうか……)
「……」
この時彼女――河城にとりが、真摯な眼差しで私の顔をジッと見ていたことに
まったく気づいていなかった。
* * *
あの突然の雨の日から五、六日経つ。
彼女はその間、一回も守矢神社に来ていなかった。
おかげで昼の境内は最近静かな状態が続いている。前の雨は梅雨の訪れを告げていたらしく、この肌に感じる湿気の強さが夏の一歩手前であることを思わせた。
話しかけてくる相手がいなくなったので境内の掃除がはかどってしまう日々。
今日はいつも以上に長く、外に出て掃いていた。もう若干外も暗くなってきていて神社の中へ戻らなくてはいけないけど、なぜかまだ戻りたくはなかった。
ちょっと掃除しては鳥居の方へと自然に目がいってしまう。
彼女はまだ来ない。
それはそうだ。素っ気ない態度をとっていたのは私の方だし、あの子もわかっていたはずだ。
毎日勝手にここへ来てはあんなに私に喋りかけてきたのも、やっぱり私と仲良くなって、神様たちに取り入ろうと思ってたんだ。私の興味がいつまでも自分へ向かず、私を取り込めないことに気づいて諦めたのだろう。
――潮時だった
想像通りの結果じゃないか。なにも間違ってはいなかった。いつも通りまた過ごせばいいだけ。
こういうことは外の世界でも散々味わったじゃないか。
ましてや相手は〝妖怪〟だ。人間一人などすぐに忘れていってしまう。
わかってはいた
わかってはいた、けど
どんな目的だったのであろうと、あんなにも自分に対して友好的だった存在が突然いなくなるのは気になる。
気になるだけ
本格的に境内の周りが暗くなり始め、戻るか戻るまいか自分でもわからない気持ちに逡巡していた時
鳥居の向こうから、タタタッと石段を上がってくる音が聞こえてきた。
(え……?)
思わずその聞こえてくる方向へと体が反射的に向いていた。持っている箒を落としそうになってしまう。
そんな自分の動揺も気にならないほどに意識がそっちにいっていた。
やがてそこの鳥居をくぐり、見覚えのあるツインテールの髪が見え、彼女が急いでこっちへ走ってくるのが見えた。
息を切らしながら私のところまで来ると、乱れた呼吸を整えるように大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。そして二カッと元気そうな、でもどこかはにかんでいるようないつもの笑顔を見せてくる。
この時に私は急に恥ずかしくなった。
――よく考えたらたったの五、六日来なかっただけなのに、なんであんな……
そう思っていたら、
いきなり彼女がしょっていたリュックを降ろし、中から小さな四角い機械を取り出した。
なにやら回すためのダイヤルみたいなのが真ん中にあり、声が聞こえるためのスピーカーが付いている。
「これ、この前早苗が言ってた〝らじお〟のつもり……なんだけど。 き、聞いただけだからさ!きっとどこか変かもだけど……その、あげるよ!」
言いながら、彼女はそっと機械を差し出す 。
私がまだ色んな事に驚いている中で受け取ったのを確認すると
「ごめん、こんな時間に。でもまだ居てくれてよかったぁ! もう遅いからわたしは帰るけど、それ聴いてみて! じゃあね!!」
私に笑いかけていつかのように彼女は急いで帰って行った。 自分もいつかのように呆気にとられながら、帰っていく背中を黙って見送った。
* * *
神社の中へ戻り、彼女がくれた機械をちゃぶ台の上に載せ、ジッと見つめる。
しばらくそうしていたがどうにも腑に落ちない。
これはラジオ、であるらしいが……そんなこと可能なのだろうか。
この幻想郷にはラジオ番組を発信しているとこなんかないだろうし、そもそも電波もない。ましてや外の世界の電波をここで受信するなんてできるはずもない。ラジオを聴くことは無理なのだ。だとすると、一体何を彼女は聴かせるつもりなんだろう。
というよりもまず、私があの日にチラッと話しただけのラジオについて彼女が覚えていたのにも驚きだ。
さらにそれを作って渡してくるなんて、ますますわからなくなってくる。
とりあえず私は機械のダイヤルを適当に回してみた。
機械の細かい外見の説明をしていなかったにもかかわらず、この機械は大分それっぽく見える。
ジジジッ……という雑音が一瞬流れたが、回しているうちにやがて小さな音が微かに聞こえてきた。
――受信した……!?
驚きつつも、音量であろう方のダイヤルを回す。
この地にきて初めて自分の中で高揚を感じた。またラジオが聴けるんだ。
なぜ聴こえるのかは特に考えず、今はただ早く聴きたくてダイヤルを回す手が早くなっていく。
そうして回しているうちに、やがて声がはっきりと聞こえてきた。
『……ということで今日も天気は、えーと……晴れ!晴れだといいな。きっと晴れです!洗濯物も乾きやすくなるでしょう!干して干して! 雨の日も続いているけど、今日ぐらいは良い天気でね! で、えー、にとり…ラジオ!続いては昨日起こったニュースです!』
「これは……」
思わず呟いた。
想像していたのとは違っていた。でも
ほんの少し前から聞き慣れていた声が聞こえる。
明るくて、ちょっと拙い話し方
「にとり、さん……?」
彼女の声が聞こえる
そのたった一番組のたった一人のラジオは計五日分の放送をやりきり、
前の日の出来事、その日の天気、色んな人へインタビューしたもの、彼女の昼食・夕食などを詳しく放送していった。
恐らく、録音テープで毎日撮っていたのだろう。ここ最近神社に来れなかったのは、きっとこれの録音に忙しかったのだ。毎日の出来事を調べたり、インタビューしなくてはいけないから動きっぱなしだったに違いない。
――これを、私の為に……
最初は事態を飲み込めずどういうことなのか必死に考えていたが
録音を聞いているうちに、単純だけど優しい答えへと結びつく。
ずっとラジオが流れている間、胸が締め付けられるようだった。今までの彼女の行動やそれに対する自分の行動を省みて、彼女がどれだけ自分のことを考えてくれていたかを、初めて感じる。
「…………はは、は……これじゃ、私……」
いつしか
外の世界の人に自分がされていたことと同じことを彼女にしていた。
よくわからない、と遠ざけて相手の気持ちを知ろうともしていなかった。
そんな簡単なことにも気付かず、私は――
やがて録音していたものが終わり、
気付いたら自分の喉から嗚咽が漏れていた。
自分でも驚いたが、しかし口を押さえていないと何かが止まらなくなりそうだ。
――言わなくては。
お礼も、謝罪も、あの子に――
震える体に情動が駆け巡る。
しかし、ラジオからの優しい声に捕らえられたかのように、その場から動けずにいた。
あふれ出る色んな感情を抑え、明日伝えることを自分へ誓う。
今あせることはない。
だって彼女はきっと、また前みたいに来てくれるだろうから
そう、思えるのだ
ギュッと小さなラジオを抱きしめた
優しい声が体を通して流れてくる
「………にとりさん」
その日
夜の遅くまで、ラジオからの声が途切れることはなかった。
繰り返し
繰り返し
彼女の声を再生する。
自分への戒め。それとこの地で初めての温もりを
もっと感じていたかったから。
* * *
次の日に。
彼女はやっぱり守矢神社へ来てくれた。
まっすぐこっちに来て、変わらずに私へ笑顔を向けてくる。
屈託のない、今までの私には眩しすぎるほどの笑顔だ。こんな風にいつも笑いかけてくれていたのに
今まで見ないふりをしていたことを後悔した。
私はまず一番に昨日のお礼を言うことにした。
「昨日頂いたラジオ、聴きましたよ。ありがとうございます――本当に元気が出ました」
「……………えっ!あ!いや、そんな……いいよいいよ!どうしたの!?いきなり」
ははは、と彼女は戸惑いつつも本当に嬉しそうにはにかんだ。
こそばゆそうに頬をかいている。
そんな様子をみて私も微笑む。
それにまた彼女が気付き、ぱぁっと顔を輝かせた。
あとそれと
「……一つ聞かせてもらっていいですか?」
どうしても聞きたかったことがあった。
会ったときからの疑問でもある。
「なに?なんでもきいてよ!!」
彼女はいつも以上に嬉しそうな様子で聞き返してきてくれた。
「にとりさん。あなたはなぜ、ここで初めて会ったときから私を気にかけて、優しくしてくれたんですか?
……今まであなたに良い態度をとっていなかったと思います。それなのに……」
ずっと思っていた。会ったその時から優しく接してくれていたから。
良い噂が私にあったとは思えない、むしろ敬遠されていたはず。特に山に住む妖怪には。
それを聞くと彼女は先ほどまでの明るい笑顔を少し抑え、それでも柔らかな表情で、思い出すように話してくれた。
「……神社で会ったのが初めてじゃないんだよ。紅白の巫女や黒白の魔法使いがこの山に来る前にも少しチラッと見たことがあったしね。早苗は覚えてないんだろうけど。まぁわたしも気にしてなかったからね。また人間が幻想郷に紛れ込んだんだなぁ、って思っただけ」
彼女はちょっと苦笑して、あのときはね、と言った。
「でもその後の、大天狗方を交えた会合のときに、二柱の神様のそばに立っていた早苗を初めてちゃんと見れたんだ。 そのときにちょっとビックリしちゃってさ」
そう言うと、私の目を真剣に見つめてきた。
「表情がなんというか無機質で感情が見えなかったというか……とにかく、とてもわたしが思っていた人間らしさがなかったんだよ」
申し訳なさそうにこっちを見ている。私は何も否定することはできない。
「どんなことでも、表向きでは見えないにしても何かに一生懸命で、感情の幅が広いのが人間なんだって思ってるからさ。そういう人間が、私は好きなんだ。里の人だってそうだし、あの魔法使いも見るからに元気で色んな事に興味津津でさ。紅白の巫女だって無感情っぽくみえても桜の花が好きだったり、それを見て宴会を楽しんでるらしいし。楽しいことだとか、怒りだとか、なにかしら感情が薄らとも見えるもんなんだよ。人間って」
少なくともこの幻想郷に住んでる人はさ、と彼女はその人達を思い出すように目を細めた。
「あの時早苗はなにも生まれていない表情をしていた。だからわたしは不安になったんだ。
きっとこの幻想郷を善く思っていない、でもここを嫌いになってほしくないって。もっと感情を見せて欲しいって。その時から気になってたんだ。自分から話しにいくのは恥ずかしかったんだけど……こ、これでも早苗に幻想郷を好きになってもらおうって勇気を出したつもり、だよ?…………迷惑だったかもしれないけどさ……ごめん」
「でもね、やっと早苗の感情が見えたんだ――いつかの雨の日に。
〝らじお〟のことを話してくれた早苗はちょっと楽しそうで、懐かしんでいる感じでさ。
これを作ったらもっと早苗は感情をみせてくれるかもって。楽しんでくれるかも、って思ったの」
「…………」
「だから、 喜んでくれたようでよかった」
彼女はホッとしたように笑った。どこまでも無垢な満面の笑みだった。
そのときには
前の醜い傲慢さが私の中から取り除かれているのに気付く。
ただただ純粋な彼女の優しさに、
幻想郷で感じていた寂しさも全部吹き飛んでいた。
――この子は本当に心配してくれている。外から来た私にただこの場所を好きになって欲しかったという理由だけで、いつも話しかけてくれていたんだ。
もう疑わない 幻想郷も 彼女も。
これからもこの子が居てくれればきっと私は変われる。
そう思える
――ここにきてよかった
彼女の想いを知り、改めてまたお礼を言った。
「心配して下さりありがとうございます。そしてごめんなさい――今後とも仲良くしてくださいね。 にとりさん」
「………あ、あたりまえさ!こここっちもよろしくねっ!!早苗!」
やっと言えた。
それから、思い切って昨日ふと考え付いたことを伝えた。
「ええ。……ところで、ラジオのことなんですけど」
「えへへ、あ、え!なに?」
「実はラジオって種類がいくつかあってですね、パーソナリティ二人でやるものもあるんですよ?」
それを聞いて、にとりさんは頭にクエスチョンマークを浮かべ、キョトンとした様子でこっちを見つめている。
――にぶいなぁ。
「二人でラジオをやってみませんかってことです」
「え……?そ、そんなのできるの……?」
「はい。できますよ。毎週里の人たちからでもお便りを募集して、私とにとりさん二人で手紙の内容について喋るんです。それは悩みだったり、質問だったり……色んなことを喋るんですよ、二人で――」
最初はよくわからなそうな顔をしていたが、説明していくうち次第に顔が輝いていくのがわかった。
「いいね!楽しそうだね!さ、早苗といっしょにやってみたいな……でも、どうやって里に放送を流すの?」
「そうですねぇ。とりあえず、幻想郷には妖怪の賢者って呼ばれる方がいるんですよね?そのひとにちょっと頼んでみましょ。なんとかなりますよ」
「あぁー…。確かにそのひとなら里の中ぐらいの規模でなら何とかしてしまいそうだなぁ…」
「じゃ、決まりですね」
私はすっと手をにとりさんの方へ差し出した。
「にとりさん。私はもっとあなたと仲良くなりたいです。 一緒に、ラジオをやっていただけますか?」
「……ッ…うん!!やろう!一緒に」
いままでのことを思い出していたのか、目元に少し涙を浮かべ、それでも笑顔で
にとりさんは私の手を握ってくれた。
――あの時、差し出されても握れなかった手を、私は取り戻すように強く握り返した。
今度は私の番なのだ。
私からにとりさんへ歩み寄る。
やっと二人、わかり合えたのだから
◇
夜、寝る前にストレッチをしてはいけない
たとえお風呂に入るため服を脱ぎ、ふと鏡に映る自分の姿を見て「まぁ今日は夕飯いっぱい食べたし」と
居もしない誰かに言い訳している自分に気付いても。
眠れなくなって明日に支障が出るからだ。
このままでは『なぜ古来から河童は相撲が強いのかというと、その体型ゆえのフィット感からである』と後世に伝えられてしまう!
それを恐れて夜中にストレッチはマズかった。
でもわたし相撲弱いんだよなぁ。そこらへんも運動不足に繋がるんだろうか。
河童がみんな相撲強いなんて迷信だよあんなもん
とにかく
今わたしは天狗以上のスピードで…いやそれは言い過ぎたけど、犬がやや全力で走ってるぐらいの早さで
守矢神社へと向かっていた。
遅刻だ。早苗が舌打ちの練習をしている様子が目にみえてくる。
……あの日なのに遅刻してしまうなんて……昨日帰るときにちゃんと言われたのに。
待ってくれているであろう早苗の為と、今全力で走ればついでにカロリー消費だ!という二つの想いを胸に神社へと続く道を久しぶりに全速力でくぐり抜ける。
しばらく走り続けて長い石段をようやく上がりきり、境内を抜け守矢神社の中へ入っていった。
息を切らしバンっと居間への襖を開ける。
やっと来たわたしに気付き、小さなちゃぶ台の前で早苗が少し不機嫌そうにこっちを見ていた。
ヤバい、と思ったので誠意を込め
「今到着しました!ラジオの日に遅刻してごめん早苗ごめん!」
「…………クァッ」
「うわ、舌打ち下手くそだ」
「うるさいです!もういいですから、そこ座ってください。ちょうど始まりますよ。」
「ありがと。はぁ、間に合ってよかった……」
「ほんとギリギリなんですからね?」
「ごめんてば~」
早苗と向かい合わせに座り、わたしが手を合わせて謝罪をすると、まったく…と言いつつ微笑んでくれる。
やがて早苗がこほん、と咳払いをしてそばで収録機材をいじっている椛に目配せをする。
それに椛が頷いて始まりの合図。指を三本立ててカウントダウンを始めた。
3、2,1、
「「巫女と河童の!盟友ラジオ!!」」
早苗と一緒に言うタイトルコール。毎回ちょっと緊張する
「はい、始まりましたー!パーソナリティーはこの私早苗と、今日も息切れが激しいにとりさんです!」
「たまたまね!?今日だけね! どうもー。ついさっきまで走っててさ」
「遅刻なんて珍しいですよね。ちゃんと今日はパンツ履いてきました?」
「普段は履いてないみたいに言うなよ!」
「冗談です。昨日見せてもらいましたからわかってますよ」
「さっきから誤解させるようなことを……」
「それでは最初のコーナーいってみましょー!」
いつもどおりマイペースに早苗が進めていく。わたしもそれに合わせて喋っていく。
少し前から一週間に一回、こうやって早苗と二人でラジオをやることになった。
と言っても、八雲紫にお願いして里の方に放送を毎回流してもらい、椛にも収録の手伝いをしてもらっている。
ありがたいことだ。なんだかんだ幻想郷の妖怪は優しいよホント。
こうして
リアルタイムのラジオで話をしている早苗は本当に活き活きとして楽しそう。
それが見れてわたしも楽しいし、一緒に喋れて嬉しい。
そんな早苗の様子をみるたびに思うけど
――あの時とは本当に変わったな、早苗は。
ラジオを通して色んな人に心を開いていっている。
ほんの少し前のことが頭をよぎっていた。
初めてこの神社で早苗と話をした時
いや、昔のことはどうでもいい。
こうして今一緒に喋れて笑い合えるんだ。それでいい
* * *
「ということで、そろそろ最後のコーナーへいってみましょう!」
「ありゃ、そういやそんな時間だね」
「……では恒例の『質問コーナー』です!お便りはですね~」
このコーナーはその名のとおり、わたし達に対する色んな質問に答えていくというもの。
毎週里から届けられる文を入れた箱の中からランダムで選んでいくのだが、
横から椛がなにやら大量の文を両腕で抱え、それをちゃぶ台の上にドサッと直に置いた。
……あれ?いつもと違う?
何事かと考えてるうちに早苗が喋り始めた。
「ふっふっふ。じつはですね、にとりさんに話していなかったことがあります」
「な、なに、かな?」
早苗が怪しい笑みを浮かべている。ろくなことじゃないなこれは…
ニヤッと微笑んだ早苗がこっちを見てきた。
「ここにある文、ぜーーんぶ同じ内容なんですよ!そして、これらの文はちょっと前から色んな人から毎週送られてきていたのです!
これだけ溜まってしまいましたよ。にとりさんには内緒でしたけど」
「――え。ど、どゆこと??なんで内緒に?」
「それは……とりあえず読んでみますよ」
早苗が眼前にある大量の文から、一つ取り出して読み上げた。
『こんにちは早苗さん、にとりさん!二人の話している様子に毎週癒されています!
早速質問です! 早苗さんとにとりさんは、実際どういう関係なんですか??神社で二人で仲良さそうに話しているのをよく見ます。そこんとこ教えてください!』
「へ?」
「他にもですね、『二人はもしかして付き合ってるんですか?』とか『どこまでいったご関係で?』とか……」
一瞬では理解できない内容に驚きが隠せない。
読んでいく早苗に釣られるように、たくさんある文の中からわたしも何枚か取って中身を読んだ。
ふむふむ、えーと………なんだそりゃぁぁ!!
わ、わ、わたしと、さな、早苗が、付き合ってる……!?
どんな関係って、その
いやいやいや!そんな!わたし…でも、
じゃなくて!!
「ど、どうしてわたしに内緒にしてたの?」
まずこれだ!一体なんで――ッ!
読んでいた文から顔を上げて、向かいに座っている早苗の方をみると―
「だって……恥ずかしかったん、です……」
いつのまにか耳まで真っ赤にした早苗がわたしを見つめていた。
さっきまでの様子が影を潜めたように声も弱弱しく目も潤んでいる。
剥き出しの肩は少し震えて、文を持っている手にもそれが伝わっている。
言った後、文を置いてゆっくりと顔を隠すように下を向き
そしてボソボソ、と独り言のようにつぶやく。
「こんなの、にとりさんの前で読めるわけないじゃないですか……。最初はとてもビックリしましたよ。
でもラジオじゃ言えなくて、それから毎週たくさんの人から同じようなのが届くようになって、それで……」
「早苗…?」
「私の中ではちょっときっかけが欲しかったところだったんです。もう普通に言うのが、私、ダメになってて。だからいつか、ここで」
今にも消えていってしまいそうな声だった。
しかしすぐに顔を上げて、早苗は録音しているマイクを自分の方だけに向けた。
その顔はなにかを決心したようであった。
「……どうもリスナーのみなさん、毎週手紙ありがとうございます。
私とにとりさんのことについて送ってくれた人たちへ。今日やっと質問に答えさせて頂きます。」
すっと呼吸を整えるように一拍置いて、早苗はわたしを見つめたまま言った。
「私とにとりさんは 盟友以上、
恋人、予定……です」
突然だったので声も出せずにいた。
どうしたらいいのかわからない
「――!」
今までの流れからもようやく意味を理解してきたら、
今度はカラカラと口が乾き、目の前が眩んでいった。
耳まで真っ赤になっている早苗の姿だけがゆらゆらと霞んでいく。
そばにいた椛はこの事をわかっていたようで嬉しそうにわたし達をみている。
そういうこと、なの ?
…………
頭がボーっとしてきた。
あれだな、やっぱ部屋の中は暑いな!クーラーでもないと
いや、昨日付けたばっかだったそういえば
わたしがそうして戸惑っている中、早苗が慌てたように
「っこ、これで、今週は終りです!!また来週っ!!ありがとうございましたっ!!」
そう言って勢いよく早苗は立ち上がり、わたしの手を掴んで強引に外の境内へと連れて行った。
指先が冷たくなった手にされるがまま連れて行かれ、居間を出る一瞬、
椛がわたしに向かって親指をグッと立てていたのが見えた気がする。
その様子を横の襖から見つめていた神が二人いた。
「ぬぁっ!くそう!!やっぱしそうだったか!あたしの早苗が、早苗が!!河童なんかに!」
「……先祖より子離れできてないってどうなの?神奈子」
「いや、だってあたしのお嫁さんになるって四歳の時」
「時効だそんなもん」
◇
「……」
「……」
お互いに外へ出て向かい合う形で立っていたが、どちらからも話出せずにいた。
さっきのさっきなので妙な緊張が辺りを包んでいるように感じられた。
しばらくそうしているとまず、早苗が口を開いた。
「――勇気を出してみたんです。 前のあなたのように」
「うん。」
「今までこんなに優しくして頂いた方はいませんでした。本当に嬉しかったんです。あの日ラジオをもらった時から、あなたのことが気になり始めました。収録の時なんか毎回緊張して、隣のにとりさんにそれがバレていないか不安だったんです。これでも必死に隠してたんですよ?」
「うん」
「やっぱあの時に勇気を出してラジオ誘ってよかったです。計画通りってやつです」
ふふふっと早苗は笑いかける。
「にとりさん」
「なに?早苗」
「私はにとりさんのことが 好き、です」
途端に早苗は少し緊張した面持ちに変わった。それでもこちらの様子をどこか恥ずかしそうに窺っている。
そしてまた確かめるように
「大好きになってます」
それを聞いて
今の今まで、我慢してたつもりだったものが一気にくずれた。
もう色々とダメそうだった
さっきから収まらない胸の高揚が早苗の方を見るたびにこみ上げてくる。いつも感じていたものだったはずなのに、
今は目を合わせることさえ困難だ。
友達になって
いつからか変わっていた、早苗に対する想いはずっと秘めておこうと思っていた。
自分でもこの気持ちに気付いた時はビックリしたけど。でも、なんか納得してしまう部分もあったんだ
きっと最初から、会ったときから
惹かれていたんだと思う
だけどこの気持ちは、理解されたらすれ違ってしまうこともわかっていた。
もう離れるのはイヤだった。だから、一緒に喋れて笑える日々だけで満足していた
だってそうでしょ?
抱いていい「好き」じゃない
妖怪が人に想っていい感情じゃない
友愛以上を求めてはいけないんだ
人間は『盟友』であって、決してそんな種を越えるような真似は許されないんだ
わかってる
理解してる
それでも それでも
――この気持ちを、捨てずにいてよかった
そう思った途端、まぶたが熱くなり
ポロポロとわたしの目が何かを流さないでいることを許してくれない。
しかしこのまま泣いているわけにはいかないので、目から出てきたものをすぐに袖で拭い
それを隠すように微笑みかける。
「……やっぱ、わたしからも言わなくちゃわかんないかな?早苗」
「私だけっていうのはずるいですよ。にとりさんの口から聞きたいですね」
お互いにきっと途中からわかってる。
ただ、この気持ちは二人とも言葉で表さないと実感しづらいんだ
「早苗」
「はい、にとりさん」
もう早苗は余裕な表情。とてもニコニコしている。先に言ったもの勝ちだなぁ
こういうのは
「すごい嬉しい」
「はい」
「聞いた時、ビックリした」
「はい」
「早苗のマイペースなとこや色んな事に積極的なとこ、喜んだ顔とかすごい好き。まぁ全部好きだけど」
「はい」
「本当にわたしでいいんだね?」
「本当にあなたがいいです」
「……わたしも大好きだよ、早苗。 これからもよろしくね」
すべて伝えられた。やっぱり早苗の嬉しそうな顔が好きだなぁ。
自分の気持ちを言葉にできて、それが想い合えて
自然とわたし達はお互いの両手を包み込むように手を繋いだ。
今度は冷たくない、温かくて優しい早苗の手を感じることができた。
柔らかく包んでくれるこの温もりは、本当に居心地がいい。
でもこの握手は、少し前の時とは違う理由で握っていることに気付く。
あの時は友達として、今は――
ちょっと気恥ずかしい。
二人とも同じ思いだったのか、サッとすぐに手を離してしまった。
途端にさっきまでの温もりが消えてしまう。でもあのまま握ってたら沸騰してしまいそうだ。
手を離すタイミングが同じだったという事になんだか可笑しくなって
早苗もわたしも、いつのまにか笑っていた。
「ふふふ、なんだかよくわかりませんね~こういうのって」
「そうだね。変に意識しちゃってなにをしたらいいんだか」
「……とりあえず戻りましょうか?」
「そうしよう、お腹すいたし。昼なにたべよっか?」
「私、一回でいいから流しそうめんってやってみたいです!」
「急だなこの子は!意外と面倒くさいよ~アレ。やるとしたら竹林からでも青竹取ってこないと」
「ここの竹林って行ったことないです、どんな場所ですか?」
「う~ん、聞いた話だと落とし穴とかトラップが無数に仕掛けられてて、何回倒しても死なない人がいて」
「なんだかバイオなところですね……」
そのまま神社の中へと二人で戻っていく。いつもと変わらない。
ただ、外はいつもよりも暑く感じて、早く涼しい部屋へと行きたかった。
だけど話しているうちにまたわたし達は自然と片手で手を繋いだ。
さっきのような繋ぎ方ではなく、まるで小さい子供同士のようなもの。
お互いの想いを知り合えたけど、まだまだわたし達には実感しづらい。
いや、むしろ知ったからこそ、相手を気にしすぎて恥ずかしいだけなのかもしれないけど。
とにかく今はこの距離でもいい。
この新しい関係に、これまでのようにまた二人で近づいていけばよいのだ。
きっと大丈夫。
お互いに臆病、なんて言い訳はもう通用しない。
二人が歩み寄れたからここまで来れたんだ。
――それと一つ、早苗に出会って実感したことがある。
やっぱり 今日も思ったけど、河童は相撲が強いだなんて迷信
「たのしみですね、にとりさん?」
「うん。まぁ組み立てで食べる前に疲れちゃいそうだけど」
「そっちじゃないですってば」
「ん?」
「来週からは堂々と、巫女と河童の〝恋人〟ラジオ!って一緒に言えますよ!」
「なッ……!」
――押しに弱いんだ、わたしは。
「そうですね~もうちょっと端っこのほうがいいです。その位置がごはん食べる時の私の定位置なので」
「あくまで自分優先か……」
守矢神社の居間にて
河城にとりは部屋の暑さで頬を朱色に染めながら、手に持った工具で作業をしていた。
普段着ている上着を脱ぎ、その黒いタンクトップとの対比でむき出しになった二の腕が白く眩しい。
時折額の辺りまで流れてきた汗を首にかけたタオルで拭いつつ、
この居間に『クーラー』を取り付けていた。
* * *
燦々と照った日差しが夏の絶好調な滑り出しを予測させ、外では蝉もこの暑さを訴えるようにジリジリと大きく鳴いていた。
それがかえって暑苦しい。
彼らには一週間を精一杯生きて欲しいが理屈じゃないのだ。ウルサイ。
とにかく今年の夏の暑さたるや凄まじいものがある。
特に山頂へと場所を構えているこの神社は異常な暑さだった。その高さ故に太陽から最前線で日光を受け止めている気がしてキツイ。
今日の正午、神社へと遊びに来たわたしに「アーチーチー!アーチー!」と早苗がリズミカルに叫びつつ泣きついてきたほどだ。なので急遽、暑さで煮えたぎってる守矢神社にわたしの自家製『クーラー』を取り付けてあげることになった。
「早苗から聞いて作っただけだからこのクーラー、多少見た目に違いがあるとは思うけどね」
「見た目なんてどうでもいいのです!この際カエル型でもヘビ型でも我慢します。あ、やっぱ嫌ですぬるぬるしそう」
「さっきからちょっとは自分とこの神様を敬えよ。でもまぁ、これで今よりは涼しくなるんじゃないかな」
前に早苗からクーラーのことについては聞いていたので、興味がてら途中まで作っていた試作品をなんとか今日中で仕上げ、今は脚立の上で取り付け作業中だ。これができたら寝室にも同じのを付けてあげるか。どうせ唸るしね。
小さめの脚立で立ちながらの作業なので少し大変だけど、時々ご飯をごちそうになったり、外の技術を教えてもらったりしてるし、
それにその…これで早苗が楽になるなら……っと、ん?
用意していたネジの数が合わない。前面のカバー部分を計算に入れてなかったかな。
新しく補充しないといけないみたい
「早苗―悪いんだけどわたしの工具箱か…ら…」
振り返り、下を見下ろすと
脚立の二段目あたりに頬杖をついてニマニマしてわたしを見上げている現人神を発見した。
もちろんそこで見上げたら――
さて
ドライバーのグリップと先端部ではどちらが殴ると痛いんだろう
* * *
ひと悶着後、とりあえず正座させた。
「暑さで脳の回線がですね……」
「そっちの修理が先だったか、じゃそこを動かないで。ノコギリもってくる」
「違うんです! ちょうどいい位置にあったから涼感を得ようと思ったんです!なんかパンツで」
「パンツで!?」
「にとりさんの下着は清々しいですよね。涼感バッチリでいいかんじです!」
「背筋が寒くなるような評価ありがとう」
「あら、私のおかげで涼しくなれました?えへへ」
「そうだね。さらに冷たい視線もあげよう」
「態度が冷たいです、にとりさん」
「もういいよ!」
ペシッ、と早苗の頭をチョップし、そのままわたしはため息がこぼれる。
こんな暑いときでもその煩悩は抑えきれないのか! あれ? むしろ暑いと人は開放的になるんだっけ!?
とにかく巫女としておかしいんだ。
前から思っていたけど、早苗は下着に異様な執着と興味があるっぽい。しかし外の世界ではそれを発散する場所がなかったのか、わたしに対して頻繁に語ってくる。着物を着る際の下着の有無や……わたしに似合うらしい下着についてとか。これを含め、言うまでもなくセクハラまがいはしょっちゅうだ。慣れつつある自分が怖いよホント。さらに下着の収集家でもあるらしく、この幻想郷に来てから初めて見たというドロワーズについても意欲的に集めているようだった。
『こんな私も今では誰もが認める〝どろわー〟ですよ! 』
と自慢げに言っていたのを覚えている。なんだよ、どろわーって。
年越しの除夜の鐘を聞くたびに思うが、早苗の煩悩は108個以上あるのだと思う。だからきっと毎年払いきれず蓄積しているんだ。それでああなっているに違いない。
そんな
自分なりに早苗の行動に対する解釈をしていたわたしの前で突然
ふふっ、という笑い声が聞こえた。
あまりこの状況下では理解しづらかったが
その声でふと我に返り、慌てて発信元であろう目の前の人物を見つめる。
「ど、どしたの?早苗……」
先ほどのやり取りに満足したのか、わたしの反応が可笑しかったのか。
片手でほころんだ口元を隠すように早苗が笑みをこぼしていた。
そして微かに笑いながら
「いえ、今のにとりさんのツッコミがまるで外の世界の芸人さんみたいだなぁ、と。
それがなんだか可笑しくって……」
ちょっとなつかしいです、と言いながらそのまま正座をしつつ早苗は楽しそうにクスクスと笑っていた。
「―――」
ボーっとしながらその様子を見ていた。
なぜか自分の鼓動が少し速くなっているのを感じる。
それは本当に綺麗で、優しげで。
さっきまでの人物とは別人みたいに少し大人びたような清楚な笑い方。
このまとわりつくような暑さを拭いさってくれているような錯覚さえ覚える、
そんな涼しげな笑顔だった。
「……はぁ」
――これを見てしまうとだめだ。
怒る気がすっかり失せてしまう。もとから諦めてはいるが。
今回のクーラー取り付けもそうなんだろうけど、わたしは早苗に弱いのだと改めて実感した。
彼女に対しては色んな意味で耐性がつきそうもない。
「……ずるいよ」
「ん?なにか言いました?」
「っなんでもない!は、反省してよ!もう……クーラー外しちゃうよ?」
「そんな!一瞬夢を見せといて!」
そう言ってわたし達は目を合わせ、自然と笑い合う。
こういうのもじゃれ合いなんだとお互いに理解しているのだ。
二人で笑っているだけでこの場が心地いい風に包まれているような気がする。
お互いに暑さを忘れているようだった。
妖怪であるわたしが、守矢神社に結構な頻度で入り浸っているこの状況は他にここを信仰している里の人間にとって、あまり良いことではないのかもしれない。
ただでさえここは妖怪の山にある、外の世界から来た神社だというのに。
人間にも妖怪にもフランクである守矢神社だからこそ、表向きはそうでなくてもやっぱり神社に妖怪がいるのは怖い、と思う参拝客も少なからずいるだろう。
何度か怪しいものを見るような眼で、わたしと早苗が話しているところを人に見られていることがある。
積極的に里へ行き、信仰を勧めている早苗にとっても不都合ではないのだろうか
わたしと仲良くしているのは。
同じ人間に、怖いと思われているかもしれないのに。わたしを拒まない。こんな風に笑ってくれる。
だから、早苗の為にもわたしからここに来るのを少し自重したほうがいい。
そう思っているのに自然と足が向かってしまう。
来るな、とでも早苗に言われないとわたしはまたここに来てしまうだろう。
でも、今はただひたすら早苗ともっと遊んでいたい、話していたい、笑っていたい。
できるなら この先も
* * *
「今日はありがとうございました!でもにとりさん、明日約束の日ですからね?」
「あー!そうだったね。わかった、早めに行くようにするよ」
「おねがいしますね。フフッ、今日から快適に眠れそうですよ。汗で枕を濡らす日々から脱却です。
改めてありがとうございます!」
「どういたしまして。……ほ、他でもない早苗のお願いだったからね」
「次は紐パンでお願いします」
「そっちの願いは聞けないかな!」
そんな冗談?を交わしつつ、微笑みながら見送ってくれる早苗と守矢神社を後にした。
流れている川の下流にほど近い、自分の家へ続く道を歩いていく。そして襲ってくる疲労感。
今日はちょっと疲れた
……まぁ早苗が嬉しそうだったからいいか。でも明日はまた早苗と約束があるから、早めに準備をして疲れをとらなくては。
思ったより遅い時間みたいだし……
茜色が残るうす暗い空と、ヒグラシの寂しそうな声がその事実に拍車をかける。
急に不安になり、わたしは急いで帰ることにした。それでも心は躍っている。気分は高揚しっぱなしだ。
また明日も会える
そう思って
◇
「……さて、と」
やがて彼女の緑色の大きなリュックが見えなくなった。
相変わらず神社の外はじんわりとした暑さだったが、見送っている私を気にしてチラチラと振り返ってくれる様子が見られて満足している。おかげで終始、口元の緩みが止まらなかった。
名残惜しいけども手を振るのをやめて、神社の中へ戻ることにする。
中へ入り、クーラーのおかげですっかり涼しくなった我が家は、さっきまでの外の暑さを忘れさせてくれるようだった。
いつもの定位置に座りクーラーの涼しさを実感する。やっぱここはベストポジションだ。にとりさんは本当にいい仕事するなぁ
思わず頼ってしまう。
それにしても、今はなぜかさっきよりも涼しいし、寒い気がする。
――今何やってんのかな~にとりさん……まだ帰ってる途中か。
ついさっき別れたばかりだというのに、暇を見つけては彼女のことを考えている。
ちゃぶ台のうえで頬杖をつき、昼の出来事や話したことを思い出してみた。
彼女の笑った顔、驚いた顔、呆れている顔、色んな表情が浮かんでくる。
それを思うたびにまた頬が緩んでいく。
はぁ、早く明日になればいい。そうすればまた――
そんな気分のままくつろいでいると、神奈子様が居間に入ってこられた。
妖怪の山で定期的に行われる会合が終わったのだろう。しかし
どこか沈痛な面持ちでひどく疲れている印象を受けた。表情も暗い。
――私にはなんとなく、原因はわかっていた。
さっきまでの気持ちは頭の隅に置いて、帰ってきた神奈子様へと微笑む。
「おかえりなさいませ。今日はちょっと遅かったですね」
「あぁ、ただいま……その……」
居間へ入り私のところへ来たはいいが、気が重い原因となっていることについては話しづらそうだった。
このことについては自分から話さなくてはと、私は立ちあがって神奈子様と向き合う。
「大丈夫です。にとりさんはもう帰りましたよ」
「……そうか。じゃあ、これを」
そう言って私に何枚かの文を渡してきた。どれもこの守矢神社宛てだ。
神奈子様はすでにこれらの文の内容に目は通したのだろう、うんざりしたような表情を浮かべている。
「ありがとうございます。内容はいつも通りでしたか?」
文を受け取りわかりきった答えを聞いてみる。毎回同じ内容のもの、突然変わるなんてことはないだろう。
神奈子様はゆっくりとうなずいた。
ある時期から一~二週間に一回は届く、里の人たちからの文。
中身は
「私と、にとりさんのことについてですね」
「そうだ。毎回毎回、里の連中め……飽きもせず……!」
「いいんですよ神奈子様。やっぱり気になるでしょう、当然の反応です」
「早苗……」
どこかつらそうに、気遣うような目をして神奈子様は私を見つめてくる。
ここに届く里からの文は、最近この内容のものがほとんどになった。
――あぁこの時が来たかな……
今回の件について神奈子様がとても気にかけているのはわかってる。だからやっぱり、もうこれ以上心配をかけるようなことをしてはいけない。巫女が神様を困らすなんてあってはならないことだ。なにより、
この問題は先延ばしにしてもしょうがない。遅かれ早かれ、いずれ実行する時が来る。
私とにとりさんのこれから先を思うなら。
お互いの為と割り切れる。
以前からずっと考えていたことなので
覚悟を決め、口を開く。
「明日、里の皆様の返事も含めてにとりさんにもこの事を伝えます。どんな結果になっても、受け入れようと思います。だからそんな心配しないでください、神奈子様」
もう逃げない
臆病にはならない
勇気を出さなくては
彼女のように
◆
あれはまだ
幻想郷と呼ばれるこの地に私達が外の世界から来て、麗の神社の巫女に敗れてからすぐのこと。
直後に神奈子様、諏訪子様はこの山の妖怪と和解したいことを提唱する。なにも説明していなかったので山の妖怪の不振を解くことから始めたのだ。
天狗方と交渉したが特に時間もかからず、妖怪の山に神社を構えてもいいことになった。
しかし交渉といっても二柱の力の前には断れないだろう。
それ故に山の妖怪は私達を警戒した。
妖怪たちはいつも神の二人の機嫌を窺うように愛想を振り撒き、それは私に対しても同じ対応だった。
親しくするというわけではない。ただ彼らは恐れていただけで、そんなことは見てわかる。
貼り付けた笑顔で事務的な会話をし、あとは何も聞いてこない。触らぬ神に祟りなし、とでも思っているのだろう。
外の世界でもこういう関係図は常に自分にまとわりついていたが
……やっぱりここでも同じなんだ
そこまで期待をしていたわけではない。しかし、そう思うたびにやり切れない気持ちになっていく。
だからか、当時の私は傲慢でひたすらに冷めていた。妖怪に対して自分の感情を見せず表さず、適当に相手をしては
内心では彼らを見下している。
――所詮、不可解から来る〝恐れ〟というものに対して妖怪も人間も同じ価値観なのだ。
避けるか、溶け込みおこぼれにあずかるか。
とにかくそれらが昔から本当に弱い生き物に見えていた。
みんな同じことしか考えない。自分たちとは違う住人にはみんなして同じことをする。
外の世界となにも変わらず、ただ相手が妖怪になっただけ。いや、ここにも人間はいるので以前よりもさらに増えるだろう。
幻想郷に移り住むことは神奈子様や諏訪子様の決定で、私も以前の世界に未練は特に湧かなかったので賛成をしたはずなのだが
早くも幻想郷に嫌気がさしていた。
毎日、巫女としての仕事を機械的にこなすだけの日々で
その日も日課としている境内の掃除をしている途中だった。
常に落ち葉があるわけではないから連日で掃除をする必要はないけど、なにかをして少しでもこの地への不安を忘れていたかったのだ。
そんないつも通りの場所を無意味にも掃いていると
向こうの鳥居から緑色のリュックをしょった女の子がくぐってきた。
一見、揺れる小さなツインテールが愛らしいただの少女だが、こっちは巫女なので人間と妖怪の区別はある程度はわかるつもり。
――妖怪に間違いはなさそうだ。
彼女はキョロキョロと何かを探しているようだったが、私を見つけた途端に
タタッと走って近づいてきた。
目の前で立ち止まり、なにやら緊張をしているのか目が泳いでいる。
しかし自分にとってそんなことは関係なく、いつも妖怪へ接しているように感情を表わさず彼女へと応対した。
「こんにちは。
八坂様、洩矢様は神殿のほうへいらっしゃいます。御用があれば
「あなたが早苗だよね?」
こちらの説明をさえぎってリュックの少女が問いかけてきた。
敬語ではない、普通の口調で妖怪に話しかけられるなんてあまりないことだった。
ちょっと驚いてしまう。
「……はい。私が守矢神社の風祝、東風谷 早苗です」
「あ、えと、わたしは谷河童の河城 にとり!にとりって呼んで!」
そう言うと笑顔のまま私にどこかぎこちなく手を差し出してきた。
友好的な彼女の行動に、差し出された手へと一瞬目がいく。容姿に合った小さな手。
しかし彼女が妖怪だという事実が私に握手を拒ませた。
上面だけの山の妖怪と常に接してきたから、こんな親しげな態度をしていても本心ではなにを考えているのかわかったものではない。なにより怪しい。
「私に何か御用ですか?河城さん」
握手はせず質問を投げかける。
彼女は少し残念そうな顔をして手を降ろした。それでもすぐに表情を変え
「あのさ、困ってることはない?不便だとか、幻想郷がよくわからないとかさ」
「……ええまぁ、来たばかりで詳しくはここを理解していませんが」
そう答えると、彼女はなぜか嬉しそうに目を輝かせた。
「じ、じゃあわたしが幻想郷について教えてあげる!明日また来るからさ、あなたのことも教えてね!」
一気にそこまで言い切ると、緊張していたのであろう彼女は、その恥ずかしさを隠すようにピューッと走って行ってしまった。
私はそのまま立ち尽くしてしまう。
「え……なんなの……?新聞の勧誘?」
まるで通り雨のような河童少女の行動に呆気にとられたまま、この日は終わった。
* * *
それから彼女は毎日神社へと来るようになった。
私がお昼に境内を掃いている間、彼女は一方的ではあるが幻想郷の良さを自分の主観を織り交ぜて語って来る。
自分が掃く場所を移動すればそこまでついてきた。よほど聞いてもらいたいようだ。
そして彼女が話す内容といえば、この山の麓から見える夕焼けが綺麗だとか、湧水がある場所、大将棋が強い真面目な天狗がいる、里で採れるキュウリが美味しい、などである。
この地が好きなのだろう。
「それでね!あの向日葵畑には〝どえす〟っていう妖怪がいるらしいよ?よくわかんないけど近づいちゃいけないんだってさ」
「そうですか」
「うん!それとね、子馬館?だったかな……犬とかコウモリがいて危険なんだって。なんでだろう、カワイイかんじなのにね!馬はいないのかな?」
「どうでしょう」
拙いながらも一生懸命喋っていたが、私はまだ信用しきれず彼女の話(実際、本当に合っているかわからない)や質問にも気が無いような返事をしていた。そんな私の態度に寂しそうな顔をする時があったが、すぐに笑顔になって話してくる。
――なぜ
こんなにも積極的に接してくるのかわからない。
彼女は妖怪のはず。きっとなにかある。そうとしか考えられなかった。
単に恐れから愛想を振りまいているか、それとも私を餌に二柱の神力にあやかりたがっているんじゃないかと。
彼女は私の掃除が終わると「じゃあまた明日ね!」と言って帰って行き、そして報告通り次の日の同じ時間にまたやってくる。それの繰り返しが続いた。
よく飽きないものだ、と思う。
私にはそんな感想しか生まれてこなかった。
* *
いつも通りのある日
今日も変わらず同じ時間に彼女が神社へとやってきたが、私のところへ来た直後に突然とも言えるような雨が降ってきた。
最初はポツポツ程度だったが、すぐに傘をさしたくなるようなやや強い雨に変わる。
境内の地面を打つ雨音が大きくなっていき、掃除を止めて屋根のある方へ自然と二人は移動していた。
雨が降っているだけで気分というのはどうしてこうも落ち込みやすくなるのだろう。
私は黙って目の前を落ちていく雨の滴を見ていた。
その間、隣にいた彼女も流石にいつものお喋りを止めて曇った空を仰ぎ見ている。
どうやら彼女もこの雨は予想できていなかったらしい。
それでもすぐこっちに笑顔を向けて
「ははは、なんか雨降ってきたね!来るときは結構晴れてた気がするんだけども」
唐突な強い雨によるこの暗い雰囲気を隠すように彼女は笑いかけてきた。
「……」
「いやー、雨って突然降ってくるときあるよね!ほんとわかんないなぁ~」
そう言って、返事を待つように彼女は私を見てきた。
気持ちが沈んでいるからか普段の適当な相槌も打てない。
この様子を見て、彼女は少し笑いつつ
今日は帰っとこうかな……、と本当に残念そうにつぶやいていた。河童である彼女はそんな気にすることはないぐらいの雨なのだろうが、私を気遣っているのだろう。
「……」
そんな気遣いと、自分の気分がブルーになっているのをふっ切るためなのか
私は初めて自分から語りかけた。
「――ラジオとかがあったら、雨も予測できたんですけどね」
「ぇ!?…らじお……?」
いきなり喋りだした私に驚いているのと、ラジオという単語に彼女は反応したようだ。
あまり聞き慣れないものなのだろう。よくわかっていないみたいだった。
「ええ。ラジオっていうのは一日の天気、今日の出来事や事件などを聞かせて教えてくれる外の機械です。テレビっていうのがそのラジオにさらに映像が付いてるのでそっちの方が便利なんですけど、私はラジオの方が好きでした」
外の世界にいたころも色んな人に奇異の視線で見られていた自分は、いつしか他人の視線が怖くなっていた。しかしラジオはテレビと違い、人の姿や視線を映さず声だけしか聴こえないので安心して聴くことができたのだ。
夜中にこっそり起きてお気に入りの芸人のラジオ番組を聴いていた頃を思い出す。私は随分ラジオに救われてきている。
雨に気落ちしている今、急に外の世界のラジオが恋しくなってきていた。
「でも幻想郷にはラジオがないみたいですね」
それ以前に電気もほぼ通っていないので、外の世界で使っていたものはほとんど使えない。炊飯も火を焚くところから始めなくてはならないし、洗濯も全部手洗いだ。やはり不便なのは辛い。
周りの自分への態度も変わらず、大好きなラジオも無い。
幻想郷への不満な思いはつのるばかりだった。
(雨やまないな。そろそろ戻ろうか……)
「……」
この時彼女――河城にとりが、真摯な眼差しで私の顔をジッと見ていたことに
まったく気づいていなかった。
* * *
あの突然の雨の日から五、六日経つ。
彼女はその間、一回も守矢神社に来ていなかった。
おかげで昼の境内は最近静かな状態が続いている。前の雨は梅雨の訪れを告げていたらしく、この肌に感じる湿気の強さが夏の一歩手前であることを思わせた。
話しかけてくる相手がいなくなったので境内の掃除がはかどってしまう日々。
今日はいつも以上に長く、外に出て掃いていた。もう若干外も暗くなってきていて神社の中へ戻らなくてはいけないけど、なぜかまだ戻りたくはなかった。
ちょっと掃除しては鳥居の方へと自然に目がいってしまう。
彼女はまだ来ない。
それはそうだ。素っ気ない態度をとっていたのは私の方だし、あの子もわかっていたはずだ。
毎日勝手にここへ来てはあんなに私に喋りかけてきたのも、やっぱり私と仲良くなって、神様たちに取り入ろうと思ってたんだ。私の興味がいつまでも自分へ向かず、私を取り込めないことに気づいて諦めたのだろう。
――潮時だった
想像通りの結果じゃないか。なにも間違ってはいなかった。いつも通りまた過ごせばいいだけ。
こういうことは外の世界でも散々味わったじゃないか。
ましてや相手は〝妖怪〟だ。人間一人などすぐに忘れていってしまう。
わかってはいた
わかってはいた、けど
どんな目的だったのであろうと、あんなにも自分に対して友好的だった存在が突然いなくなるのは気になる。
気になるだけ
本格的に境内の周りが暗くなり始め、戻るか戻るまいか自分でもわからない気持ちに逡巡していた時
鳥居の向こうから、タタタッと石段を上がってくる音が聞こえてきた。
(え……?)
思わずその聞こえてくる方向へと体が反射的に向いていた。持っている箒を落としそうになってしまう。
そんな自分の動揺も気にならないほどに意識がそっちにいっていた。
やがてそこの鳥居をくぐり、見覚えのあるツインテールの髪が見え、彼女が急いでこっちへ走ってくるのが見えた。
息を切らしながら私のところまで来ると、乱れた呼吸を整えるように大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。そして二カッと元気そうな、でもどこかはにかんでいるようないつもの笑顔を見せてくる。
この時に私は急に恥ずかしくなった。
――よく考えたらたったの五、六日来なかっただけなのに、なんであんな……
そう思っていたら、
いきなり彼女がしょっていたリュックを降ろし、中から小さな四角い機械を取り出した。
なにやら回すためのダイヤルみたいなのが真ん中にあり、声が聞こえるためのスピーカーが付いている。
「これ、この前早苗が言ってた〝らじお〟のつもり……なんだけど。 き、聞いただけだからさ!きっとどこか変かもだけど……その、あげるよ!」
言いながら、彼女はそっと機械を差し出す 。
私がまだ色んな事に驚いている中で受け取ったのを確認すると
「ごめん、こんな時間に。でもまだ居てくれてよかったぁ! もう遅いからわたしは帰るけど、それ聴いてみて! じゃあね!!」
私に笑いかけていつかのように彼女は急いで帰って行った。 自分もいつかのように呆気にとられながら、帰っていく背中を黙って見送った。
* * *
神社の中へ戻り、彼女がくれた機械をちゃぶ台の上に載せ、ジッと見つめる。
しばらくそうしていたがどうにも腑に落ちない。
これはラジオ、であるらしいが……そんなこと可能なのだろうか。
この幻想郷にはラジオ番組を発信しているとこなんかないだろうし、そもそも電波もない。ましてや外の世界の電波をここで受信するなんてできるはずもない。ラジオを聴くことは無理なのだ。だとすると、一体何を彼女は聴かせるつもりなんだろう。
というよりもまず、私があの日にチラッと話しただけのラジオについて彼女が覚えていたのにも驚きだ。
さらにそれを作って渡してくるなんて、ますますわからなくなってくる。
とりあえず私は機械のダイヤルを適当に回してみた。
機械の細かい外見の説明をしていなかったにもかかわらず、この機械は大分それっぽく見える。
ジジジッ……という雑音が一瞬流れたが、回しているうちにやがて小さな音が微かに聞こえてきた。
――受信した……!?
驚きつつも、音量であろう方のダイヤルを回す。
この地にきて初めて自分の中で高揚を感じた。またラジオが聴けるんだ。
なぜ聴こえるのかは特に考えず、今はただ早く聴きたくてダイヤルを回す手が早くなっていく。
そうして回しているうちに、やがて声がはっきりと聞こえてきた。
『……ということで今日も天気は、えーと……晴れ!晴れだといいな。きっと晴れです!洗濯物も乾きやすくなるでしょう!干して干して! 雨の日も続いているけど、今日ぐらいは良い天気でね! で、えー、にとり…ラジオ!続いては昨日起こったニュースです!』
「これは……」
思わず呟いた。
想像していたのとは違っていた。でも
ほんの少し前から聞き慣れていた声が聞こえる。
明るくて、ちょっと拙い話し方
「にとり、さん……?」
彼女の声が聞こえる
そのたった一番組のたった一人のラジオは計五日分の放送をやりきり、
前の日の出来事、その日の天気、色んな人へインタビューしたもの、彼女の昼食・夕食などを詳しく放送していった。
恐らく、録音テープで毎日撮っていたのだろう。ここ最近神社に来れなかったのは、きっとこれの録音に忙しかったのだ。毎日の出来事を調べたり、インタビューしなくてはいけないから動きっぱなしだったに違いない。
――これを、私の為に……
最初は事態を飲み込めずどういうことなのか必死に考えていたが
録音を聞いているうちに、単純だけど優しい答えへと結びつく。
ずっとラジオが流れている間、胸が締め付けられるようだった。今までの彼女の行動やそれに対する自分の行動を省みて、彼女がどれだけ自分のことを考えてくれていたかを、初めて感じる。
「…………はは、は……これじゃ、私……」
いつしか
外の世界の人に自分がされていたことと同じことを彼女にしていた。
よくわからない、と遠ざけて相手の気持ちを知ろうともしていなかった。
そんな簡単なことにも気付かず、私は――
やがて録音していたものが終わり、
気付いたら自分の喉から嗚咽が漏れていた。
自分でも驚いたが、しかし口を押さえていないと何かが止まらなくなりそうだ。
――言わなくては。
お礼も、謝罪も、あの子に――
震える体に情動が駆け巡る。
しかし、ラジオからの優しい声に捕らえられたかのように、その場から動けずにいた。
あふれ出る色んな感情を抑え、明日伝えることを自分へ誓う。
今あせることはない。
だって彼女はきっと、また前みたいに来てくれるだろうから
そう、思えるのだ
ギュッと小さなラジオを抱きしめた
優しい声が体を通して流れてくる
「………にとりさん」
その日
夜の遅くまで、ラジオからの声が途切れることはなかった。
繰り返し
繰り返し
彼女の声を再生する。
自分への戒め。それとこの地で初めての温もりを
もっと感じていたかったから。
* * *
次の日に。
彼女はやっぱり守矢神社へ来てくれた。
まっすぐこっちに来て、変わらずに私へ笑顔を向けてくる。
屈託のない、今までの私には眩しすぎるほどの笑顔だ。こんな風にいつも笑いかけてくれていたのに
今まで見ないふりをしていたことを後悔した。
私はまず一番に昨日のお礼を言うことにした。
「昨日頂いたラジオ、聴きましたよ。ありがとうございます――本当に元気が出ました」
「……………えっ!あ!いや、そんな……いいよいいよ!どうしたの!?いきなり」
ははは、と彼女は戸惑いつつも本当に嬉しそうにはにかんだ。
こそばゆそうに頬をかいている。
そんな様子をみて私も微笑む。
それにまた彼女が気付き、ぱぁっと顔を輝かせた。
あとそれと
「……一つ聞かせてもらっていいですか?」
どうしても聞きたかったことがあった。
会ったときからの疑問でもある。
「なに?なんでもきいてよ!!」
彼女はいつも以上に嬉しそうな様子で聞き返してきてくれた。
「にとりさん。あなたはなぜ、ここで初めて会ったときから私を気にかけて、優しくしてくれたんですか?
……今まであなたに良い態度をとっていなかったと思います。それなのに……」
ずっと思っていた。会ったその時から優しく接してくれていたから。
良い噂が私にあったとは思えない、むしろ敬遠されていたはず。特に山に住む妖怪には。
それを聞くと彼女は先ほどまでの明るい笑顔を少し抑え、それでも柔らかな表情で、思い出すように話してくれた。
「……神社で会ったのが初めてじゃないんだよ。紅白の巫女や黒白の魔法使いがこの山に来る前にも少しチラッと見たことがあったしね。早苗は覚えてないんだろうけど。まぁわたしも気にしてなかったからね。また人間が幻想郷に紛れ込んだんだなぁ、って思っただけ」
彼女はちょっと苦笑して、あのときはね、と言った。
「でもその後の、大天狗方を交えた会合のときに、二柱の神様のそばに立っていた早苗を初めてちゃんと見れたんだ。 そのときにちょっとビックリしちゃってさ」
そう言うと、私の目を真剣に見つめてきた。
「表情がなんというか無機質で感情が見えなかったというか……とにかく、とてもわたしが思っていた人間らしさがなかったんだよ」
申し訳なさそうにこっちを見ている。私は何も否定することはできない。
「どんなことでも、表向きでは見えないにしても何かに一生懸命で、感情の幅が広いのが人間なんだって思ってるからさ。そういう人間が、私は好きなんだ。里の人だってそうだし、あの魔法使いも見るからに元気で色んな事に興味津津でさ。紅白の巫女だって無感情っぽくみえても桜の花が好きだったり、それを見て宴会を楽しんでるらしいし。楽しいことだとか、怒りだとか、なにかしら感情が薄らとも見えるもんなんだよ。人間って」
少なくともこの幻想郷に住んでる人はさ、と彼女はその人達を思い出すように目を細めた。
「あの時早苗はなにも生まれていない表情をしていた。だからわたしは不安になったんだ。
きっとこの幻想郷を善く思っていない、でもここを嫌いになってほしくないって。もっと感情を見せて欲しいって。その時から気になってたんだ。自分から話しにいくのは恥ずかしかったんだけど……こ、これでも早苗に幻想郷を好きになってもらおうって勇気を出したつもり、だよ?…………迷惑だったかもしれないけどさ……ごめん」
「でもね、やっと早苗の感情が見えたんだ――いつかの雨の日に。
〝らじお〟のことを話してくれた早苗はちょっと楽しそうで、懐かしんでいる感じでさ。
これを作ったらもっと早苗は感情をみせてくれるかもって。楽しんでくれるかも、って思ったの」
「…………」
「だから、 喜んでくれたようでよかった」
彼女はホッとしたように笑った。どこまでも無垢な満面の笑みだった。
そのときには
前の醜い傲慢さが私の中から取り除かれているのに気付く。
ただただ純粋な彼女の優しさに、
幻想郷で感じていた寂しさも全部吹き飛んでいた。
――この子は本当に心配してくれている。外から来た私にただこの場所を好きになって欲しかったという理由だけで、いつも話しかけてくれていたんだ。
もう疑わない 幻想郷も 彼女も。
これからもこの子が居てくれればきっと私は変われる。
そう思える
――ここにきてよかった
彼女の想いを知り、改めてまたお礼を言った。
「心配して下さりありがとうございます。そしてごめんなさい――今後とも仲良くしてくださいね。 にとりさん」
「………あ、あたりまえさ!こここっちもよろしくねっ!!早苗!」
やっと言えた。
それから、思い切って昨日ふと考え付いたことを伝えた。
「ええ。……ところで、ラジオのことなんですけど」
「えへへ、あ、え!なに?」
「実はラジオって種類がいくつかあってですね、パーソナリティ二人でやるものもあるんですよ?」
それを聞いて、にとりさんは頭にクエスチョンマークを浮かべ、キョトンとした様子でこっちを見つめている。
――にぶいなぁ。
「二人でラジオをやってみませんかってことです」
「え……?そ、そんなのできるの……?」
「はい。できますよ。毎週里の人たちからでもお便りを募集して、私とにとりさん二人で手紙の内容について喋るんです。それは悩みだったり、質問だったり……色んなことを喋るんですよ、二人で――」
最初はよくわからなそうな顔をしていたが、説明していくうち次第に顔が輝いていくのがわかった。
「いいね!楽しそうだね!さ、早苗といっしょにやってみたいな……でも、どうやって里に放送を流すの?」
「そうですねぇ。とりあえず、幻想郷には妖怪の賢者って呼ばれる方がいるんですよね?そのひとにちょっと頼んでみましょ。なんとかなりますよ」
「あぁー…。確かにそのひとなら里の中ぐらいの規模でなら何とかしてしまいそうだなぁ…」
「じゃ、決まりですね」
私はすっと手をにとりさんの方へ差し出した。
「にとりさん。私はもっとあなたと仲良くなりたいです。 一緒に、ラジオをやっていただけますか?」
「……ッ…うん!!やろう!一緒に」
いままでのことを思い出していたのか、目元に少し涙を浮かべ、それでも笑顔で
にとりさんは私の手を握ってくれた。
――あの時、差し出されても握れなかった手を、私は取り戻すように強く握り返した。
今度は私の番なのだ。
私からにとりさんへ歩み寄る。
やっと二人、わかり合えたのだから
◇
夜、寝る前にストレッチをしてはいけない
たとえお風呂に入るため服を脱ぎ、ふと鏡に映る自分の姿を見て「まぁ今日は夕飯いっぱい食べたし」と
居もしない誰かに言い訳している自分に気付いても。
眠れなくなって明日に支障が出るからだ。
このままでは『なぜ古来から河童は相撲が強いのかというと、その体型ゆえのフィット感からである』と後世に伝えられてしまう!
それを恐れて夜中にストレッチはマズかった。
でもわたし相撲弱いんだよなぁ。そこらへんも運動不足に繋がるんだろうか。
河童がみんな相撲強いなんて迷信だよあんなもん
とにかく
今わたしは天狗以上のスピードで…いやそれは言い過ぎたけど、犬がやや全力で走ってるぐらいの早さで
守矢神社へと向かっていた。
遅刻だ。早苗が舌打ちの練習をしている様子が目にみえてくる。
……あの日なのに遅刻してしまうなんて……昨日帰るときにちゃんと言われたのに。
待ってくれているであろう早苗の為と、今全力で走ればついでにカロリー消費だ!という二つの想いを胸に神社へと続く道を久しぶりに全速力でくぐり抜ける。
しばらく走り続けて長い石段をようやく上がりきり、境内を抜け守矢神社の中へ入っていった。
息を切らしバンっと居間への襖を開ける。
やっと来たわたしに気付き、小さなちゃぶ台の前で早苗が少し不機嫌そうにこっちを見ていた。
ヤバい、と思ったので誠意を込め
「今到着しました!ラジオの日に遅刻してごめん早苗ごめん!」
「…………クァッ」
「うわ、舌打ち下手くそだ」
「うるさいです!もういいですから、そこ座ってください。ちょうど始まりますよ。」
「ありがと。はぁ、間に合ってよかった……」
「ほんとギリギリなんですからね?」
「ごめんてば~」
早苗と向かい合わせに座り、わたしが手を合わせて謝罪をすると、まったく…と言いつつ微笑んでくれる。
やがて早苗がこほん、と咳払いをしてそばで収録機材をいじっている椛に目配せをする。
それに椛が頷いて始まりの合図。指を三本立ててカウントダウンを始めた。
3、2,1、
「「巫女と河童の!盟友ラジオ!!」」
早苗と一緒に言うタイトルコール。毎回ちょっと緊張する
「はい、始まりましたー!パーソナリティーはこの私早苗と、今日も息切れが激しいにとりさんです!」
「たまたまね!?今日だけね! どうもー。ついさっきまで走っててさ」
「遅刻なんて珍しいですよね。ちゃんと今日はパンツ履いてきました?」
「普段は履いてないみたいに言うなよ!」
「冗談です。昨日見せてもらいましたからわかってますよ」
「さっきから誤解させるようなことを……」
「それでは最初のコーナーいってみましょー!」
いつもどおりマイペースに早苗が進めていく。わたしもそれに合わせて喋っていく。
少し前から一週間に一回、こうやって早苗と二人でラジオをやることになった。
と言っても、八雲紫にお願いして里の方に放送を毎回流してもらい、椛にも収録の手伝いをしてもらっている。
ありがたいことだ。なんだかんだ幻想郷の妖怪は優しいよホント。
こうして
リアルタイムのラジオで話をしている早苗は本当に活き活きとして楽しそう。
それが見れてわたしも楽しいし、一緒に喋れて嬉しい。
そんな早苗の様子をみるたびに思うけど
――あの時とは本当に変わったな、早苗は。
ラジオを通して色んな人に心を開いていっている。
ほんの少し前のことが頭をよぎっていた。
初めてこの神社で早苗と話をした時
いや、昔のことはどうでもいい。
こうして今一緒に喋れて笑い合えるんだ。それでいい
* * *
「ということで、そろそろ最後のコーナーへいってみましょう!」
「ありゃ、そういやそんな時間だね」
「……では恒例の『質問コーナー』です!お便りはですね~」
このコーナーはその名のとおり、わたし達に対する色んな質問に答えていくというもの。
毎週里から届けられる文を入れた箱の中からランダムで選んでいくのだが、
横から椛がなにやら大量の文を両腕で抱え、それをちゃぶ台の上にドサッと直に置いた。
……あれ?いつもと違う?
何事かと考えてるうちに早苗が喋り始めた。
「ふっふっふ。じつはですね、にとりさんに話していなかったことがあります」
「な、なに、かな?」
早苗が怪しい笑みを浮かべている。ろくなことじゃないなこれは…
ニヤッと微笑んだ早苗がこっちを見てきた。
「ここにある文、ぜーーんぶ同じ内容なんですよ!そして、これらの文はちょっと前から色んな人から毎週送られてきていたのです!
これだけ溜まってしまいましたよ。にとりさんには内緒でしたけど」
「――え。ど、どゆこと??なんで内緒に?」
「それは……とりあえず読んでみますよ」
早苗が眼前にある大量の文から、一つ取り出して読み上げた。
『こんにちは早苗さん、にとりさん!二人の話している様子に毎週癒されています!
早速質問です! 早苗さんとにとりさんは、実際どういう関係なんですか??神社で二人で仲良さそうに話しているのをよく見ます。そこんとこ教えてください!』
「へ?」
「他にもですね、『二人はもしかして付き合ってるんですか?』とか『どこまでいったご関係で?』とか……」
一瞬では理解できない内容に驚きが隠せない。
読んでいく早苗に釣られるように、たくさんある文の中からわたしも何枚か取って中身を読んだ。
ふむふむ、えーと………なんだそりゃぁぁ!!
わ、わ、わたしと、さな、早苗が、付き合ってる……!?
どんな関係って、その
いやいやいや!そんな!わたし…でも、
じゃなくて!!
「ど、どうしてわたしに内緒にしてたの?」
まずこれだ!一体なんで――ッ!
読んでいた文から顔を上げて、向かいに座っている早苗の方をみると―
「だって……恥ずかしかったん、です……」
いつのまにか耳まで真っ赤にした早苗がわたしを見つめていた。
さっきまでの様子が影を潜めたように声も弱弱しく目も潤んでいる。
剥き出しの肩は少し震えて、文を持っている手にもそれが伝わっている。
言った後、文を置いてゆっくりと顔を隠すように下を向き
そしてボソボソ、と独り言のようにつぶやく。
「こんなの、にとりさんの前で読めるわけないじゃないですか……。最初はとてもビックリしましたよ。
でもラジオじゃ言えなくて、それから毎週たくさんの人から同じようなのが届くようになって、それで……」
「早苗…?」
「私の中ではちょっときっかけが欲しかったところだったんです。もう普通に言うのが、私、ダメになってて。だからいつか、ここで」
今にも消えていってしまいそうな声だった。
しかしすぐに顔を上げて、早苗は録音しているマイクを自分の方だけに向けた。
その顔はなにかを決心したようであった。
「……どうもリスナーのみなさん、毎週手紙ありがとうございます。
私とにとりさんのことについて送ってくれた人たちへ。今日やっと質問に答えさせて頂きます。」
すっと呼吸を整えるように一拍置いて、早苗はわたしを見つめたまま言った。
「私とにとりさんは 盟友以上、
恋人、予定……です」
突然だったので声も出せずにいた。
どうしたらいいのかわからない
「――!」
今までの流れからもようやく意味を理解してきたら、
今度はカラカラと口が乾き、目の前が眩んでいった。
耳まで真っ赤になっている早苗の姿だけがゆらゆらと霞んでいく。
そばにいた椛はこの事をわかっていたようで嬉しそうにわたし達をみている。
そういうこと、なの ?
…………
頭がボーっとしてきた。
あれだな、やっぱ部屋の中は暑いな!クーラーでもないと
いや、昨日付けたばっかだったそういえば
わたしがそうして戸惑っている中、早苗が慌てたように
「っこ、これで、今週は終りです!!また来週っ!!ありがとうございましたっ!!」
そう言って勢いよく早苗は立ち上がり、わたしの手を掴んで強引に外の境内へと連れて行った。
指先が冷たくなった手にされるがまま連れて行かれ、居間を出る一瞬、
椛がわたしに向かって親指をグッと立てていたのが見えた気がする。
その様子を横の襖から見つめていた神が二人いた。
「ぬぁっ!くそう!!やっぱしそうだったか!あたしの早苗が、早苗が!!河童なんかに!」
「……先祖より子離れできてないってどうなの?神奈子」
「いや、だってあたしのお嫁さんになるって四歳の時」
「時効だそんなもん」
◇
「……」
「……」
お互いに外へ出て向かい合う形で立っていたが、どちらからも話出せずにいた。
さっきのさっきなので妙な緊張が辺りを包んでいるように感じられた。
しばらくそうしているとまず、早苗が口を開いた。
「――勇気を出してみたんです。 前のあなたのように」
「うん。」
「今までこんなに優しくして頂いた方はいませんでした。本当に嬉しかったんです。あの日ラジオをもらった時から、あなたのことが気になり始めました。収録の時なんか毎回緊張して、隣のにとりさんにそれがバレていないか不安だったんです。これでも必死に隠してたんですよ?」
「うん」
「やっぱあの時に勇気を出してラジオ誘ってよかったです。計画通りってやつです」
ふふふっと早苗は笑いかける。
「にとりさん」
「なに?早苗」
「私はにとりさんのことが 好き、です」
途端に早苗は少し緊張した面持ちに変わった。それでもこちらの様子をどこか恥ずかしそうに窺っている。
そしてまた確かめるように
「大好きになってます」
それを聞いて
今の今まで、我慢してたつもりだったものが一気にくずれた。
もう色々とダメそうだった
さっきから収まらない胸の高揚が早苗の方を見るたびにこみ上げてくる。いつも感じていたものだったはずなのに、
今は目を合わせることさえ困難だ。
友達になって
いつからか変わっていた、早苗に対する想いはずっと秘めておこうと思っていた。
自分でもこの気持ちに気付いた時はビックリしたけど。でも、なんか納得してしまう部分もあったんだ
きっと最初から、会ったときから
惹かれていたんだと思う
だけどこの気持ちは、理解されたらすれ違ってしまうこともわかっていた。
もう離れるのはイヤだった。だから、一緒に喋れて笑える日々だけで満足していた
だってそうでしょ?
抱いていい「好き」じゃない
妖怪が人に想っていい感情じゃない
友愛以上を求めてはいけないんだ
人間は『盟友』であって、決してそんな種を越えるような真似は許されないんだ
わかってる
理解してる
それでも それでも
――この気持ちを、捨てずにいてよかった
そう思った途端、まぶたが熱くなり
ポロポロとわたしの目が何かを流さないでいることを許してくれない。
しかしこのまま泣いているわけにはいかないので、目から出てきたものをすぐに袖で拭い
それを隠すように微笑みかける。
「……やっぱ、わたしからも言わなくちゃわかんないかな?早苗」
「私だけっていうのはずるいですよ。にとりさんの口から聞きたいですね」
お互いにきっと途中からわかってる。
ただ、この気持ちは二人とも言葉で表さないと実感しづらいんだ
「早苗」
「はい、にとりさん」
もう早苗は余裕な表情。とてもニコニコしている。先に言ったもの勝ちだなぁ
こういうのは
「すごい嬉しい」
「はい」
「聞いた時、ビックリした」
「はい」
「早苗のマイペースなとこや色んな事に積極的なとこ、喜んだ顔とかすごい好き。まぁ全部好きだけど」
「はい」
「本当にわたしでいいんだね?」
「本当にあなたがいいです」
「……わたしも大好きだよ、早苗。 これからもよろしくね」
すべて伝えられた。やっぱり早苗の嬉しそうな顔が好きだなぁ。
自分の気持ちを言葉にできて、それが想い合えて
自然とわたし達はお互いの両手を包み込むように手を繋いだ。
今度は冷たくない、温かくて優しい早苗の手を感じることができた。
柔らかく包んでくれるこの温もりは、本当に居心地がいい。
でもこの握手は、少し前の時とは違う理由で握っていることに気付く。
あの時は友達として、今は――
ちょっと気恥ずかしい。
二人とも同じ思いだったのか、サッとすぐに手を離してしまった。
途端にさっきまでの温もりが消えてしまう。でもあのまま握ってたら沸騰してしまいそうだ。
手を離すタイミングが同じだったという事になんだか可笑しくなって
早苗もわたしも、いつのまにか笑っていた。
「ふふふ、なんだかよくわかりませんね~こういうのって」
「そうだね。変に意識しちゃってなにをしたらいいんだか」
「……とりあえず戻りましょうか?」
「そうしよう、お腹すいたし。昼なにたべよっか?」
「私、一回でいいから流しそうめんってやってみたいです!」
「急だなこの子は!意外と面倒くさいよ~アレ。やるとしたら竹林からでも青竹取ってこないと」
「ここの竹林って行ったことないです、どんな場所ですか?」
「う~ん、聞いた話だと落とし穴とかトラップが無数に仕掛けられてて、何回倒しても死なない人がいて」
「なんだかバイオなところですね……」
そのまま神社の中へと二人で戻っていく。いつもと変わらない。
ただ、外はいつもよりも暑く感じて、早く涼しい部屋へと行きたかった。
だけど話しているうちにまたわたし達は自然と片手で手を繋いだ。
さっきのような繋ぎ方ではなく、まるで小さい子供同士のようなもの。
お互いの想いを知り合えたけど、まだまだわたし達には実感しづらい。
いや、むしろ知ったからこそ、相手を気にしすぎて恥ずかしいだけなのかもしれないけど。
とにかく今はこの距離でもいい。
この新しい関係に、これまでのようにまた二人で近づいていけばよいのだ。
きっと大丈夫。
お互いに臆病、なんて言い訳はもう通用しない。
二人が歩み寄れたからここまで来れたんだ。
――それと一つ、早苗に出会って実感したことがある。
やっぱり 今日も思ったけど、河童は相撲が強いだなんて迷信
「たのしみですね、にとりさん?」
「うん。まぁ組み立てで食べる前に疲れちゃいそうだけど」
「そっちじゃないですってば」
「ん?」
「来週からは堂々と、巫女と河童の〝恋人〟ラジオ!って一緒に言えますよ!」
「なッ……!」
――押しに弱いんだ、わたしは。
一方外界では全俺がどよめいた
次回からエアチェックしたいのですが
この番組は周波数いくつで聞けますか
改行を直すことができました。プレビューと違ってたので私も驚きました。嫌な気分にさせてすいませんでした。
よかったらまた読んでください…
>2様
読みづらかったでしょうに、ありがとうございます。励みになります。気に入って貰えたようでなによりです。私も聞きたいです
にとりと早苗、あまり見ないカップリングですが、繋がりの根拠と展開がわかりやすく、ストンと入って来ました。
この二人の今後も読みたいです。
初投稿から、次作を期待させて頂ける感動をありがとうございました。
ところで私にも周波数を(ry
嬉しすぎるありがとうございます!
さなにとを自然に表現できるよう心がけました。続き絶対書きたいです
うんだから私も聞きた(ry
読後に迷いなく100点入れられる良作でした。
もっとあっても良いと思いますけどSSに限らずかなり少ないですよね。
この出会いは必然
いいですねぇ、この一言!話がキュッとしまって凄く印象的
初投稿お疲れ様です&良いお話をありがとうございました!
これradikoできけますか?
辛いのは冬の方だよ
どうでもいいんだけど一応
作品は良かったです
早苗にはガンガン押しまくって頂きたい
いいお話でした
神奈子様のくだりはまんまと騙されたw
あの素晴らしい紅魔館を読んで、そして、この守矢神社を読んで確信しました。
自分はあなたの描く幻想郷が好きです。
健気に早苗を気遣うにとりも、ラジオの件でそれに応えられた早苗も凄く良かったですし、
何より二人の関係性(※二柱も含めた)がとても素敵でした。
早苗とにとりを、また少し好きになれた気がします。