夏も終わりに差し掛かる季節、深夜は3時を少し回った頃。
窓の外を見やると天気は生憎の雨、というか暴風だった。
激しい風雨に曝されて時折ガタガタと音を鳴らす窓ガラスは、
電話口で騒ぎ立てる蓮子のようで少し可愛いかもしれないと眠い目を擦りながらに私は思った。
「メリー、台風よ台風!」
「ふぁ、えぇそうね台風ね」
「これは異変よ。だって立て続けに2度目の台風だもの!」
「えぇそうね異変ね大変ね」
「二つとも進路だって異常よ!これは稲田姫さまが婚儀から解放される台風に違いないわ!」
「えぇそうだとしたらきっと素敵ね」
「きっと結界の一つや二つ細切れにされてる筈だわ。」
「えぇそうね」
「メリー、これは私たちの活動をする必要があると思わない?」
「…………すぅ」
こくりこくりとしていた体が睡眠を求めて壁に身体を預けにいく。
蓮子、待ってちょっと眠い。
「あれ?メリー?ちょっとメリーどうしたの、もしかして乗り気じゃないの?」
乗り気とかの問題じゃなくて眠いのだけれど……。
蓮子から連絡を受けるたびに薄々思ってはいたけれど、この物理屋でオカルト好きの宇佐見蓮子はどうやらこの時間に人は普通寝ているものだという認識がやっぱり無いらしい。
「ん……、蓮子。今夜中の3時なんだけど」
「メリー、異変は待っちゃくれないわ。抹茶くれるなら考えるけど、睡眠なんてその時々でいいじゃない」
何だか良く分からない冗談を飛ばされた気がする。
「それじゃあ今度抹茶アイスでも買ってあげようか。それにしても蓮子は抹茶なんて好きだったかしら?」
「何だ冗談が分かる位には目が冴えてるんじゃない」
「んー、蓮子の声を聞いてたらね」
「メリー、今回の台風は本当に普通じゃないのよ。まずは……」
それからも蓮子は電話口で明日の遠征活動についてやれ龍脈がどうやら結界がどうやらと楽しげに語っていた。
その声の様子からそれだけで楽しそうだと分かる。
電話越しでも分かるのだ、だったら電話先の向こうでなら一体どんな様子なんだろうかと考えると、こんな時間に連絡を寄こしてくることも何だか愛嬌のように思えてしまう。
コードがついている電話の時代なら蓮子はくるくるとそれを指で巻き取っていたりしたんだろうか?
それとも声のイメージそのままに興奮した様子で机に手に汗握った片手でも乗せたりしているんだろうか?
現実は悲しきかな眠気覚ましに多分コーヒーでも飲んでいるんだろうと思うけど。
けれど蓮子ももしかしたら眠気を我慢しているかもしれないと考えると、眠気なんて感じさせずに今も喋っている蓮子のことが急に可愛く思えてきた。
「ねぇ蓮子、だったら明日の大学はサボタージュって事よね?」
「人聞きが悪いよメリー、せめて自主休講って言って」
「意味は変わらないじゃない」
「いいの、好き嫌いの問題。それに明日もきっと警報よ、大学自体も休講扱いに違いないわ」
「そうね、それなら明日は現地で稲田姫様に叱られないようにしないとね」
それに私自身、一連の台風に思うところはあったのだ。
蓮子の言う前回の台風では奈良にあるスサノオが祭られる神社のご神木が倒れた。
このご神木が厄介なのだ、稲田姫様とスサノオの婚姻の儀で用いられた注連縄の元がそのご神木だった。
それが台風で形を失ったのだ。
注連縄はそれだけでそもそも結界の体現だ、だからこれの大本が失われただけでその界隈の結界なんてちりぢりになっていてもおかしくないと私は思っていた。
そんな物が壊れここへ来てまた台風だ、その勢力圏には首都であるこの京都や奈良、ひょっとすると出雲までを含んでしまっている。
今度は伊勢神宮あたりに何かあるかもしれない。
何て事を考えていると電話先から聞こえていた楽しげな調子の声は一端なりを潜め、3秒程の沈黙の後にひどく落ち着けた様子の声は蓮子から。
「メリー?今回は当たりかもしれないわね」
蓮子が言う。
「そうね、主祭神が国生みに連なる神様ばかりだもの」
私は答える。
私と蓮子の二人の間、そこに電話を通して不思議な本当に不可思議で奇妙な連帯感とでも言うべき、でもそれでは到底言い表せないような一体感が流れていた。
私が蓮子で蓮子が私に成り代わりでもしたかのような奇妙な意識。
だけれど私はここに、この部屋に存在して確かに会話を交わしている。
だけれど確かに、私はこの時メリーでもあり確かに蓮子だったのだ。
もしかすると、国の成り立ちの何かを暴かれたくないから政府は結界の研究を禁止しているのかもしれない。
だって結界に縁の深そうな場所は大抵神社や神代の事物に関わる場所や物ばかりだからだ。
結界なんてものは普通の人には見えないのだから、それをどう研究されようが史実を基に仮説を打ち立てる位が関の山なんだろうけど。
もし、もし政府が隠している核心がそれをされることさえ嫌がるような何かだとしたら?
それがもし、一連の台風を通じて綻びが生じたとしたら?
2度目の沈黙が訪れる。
「ねぇ蓮子」
「えぇメリー」
ちから
「「私達はそれを暴く眼を持っている」」
それから音一つ感じさせない一拍ばかりの時間が過ぎて、窓から外を見やればそれは嘘みたいな静けさも同時に広がっていた。
台風の目に入りでもしたのか嵐の前の静けさなのかはたまたその両方なのか、今の私達には分からない。
確かなのは明日もいつもと同じ様に蓮子と活動しているという事と
「それじゃあ蓮子、また明日ね」
ちゅという音と一緒に電話へキスして
「っっ!メリーちょっと、今の!?」
「おやすみのキスよ。私の国だと普通だけど蓮子には違う意味だったりでもしたの?」
「う、うるさい」
「私は違う意味でとってくれた方が嬉しいのだけれど」
「……っ、くっ。この、ばかメリー!明日遅れず来なさいよ、じゃあね」
何て言って律儀に明日のことを通知して電話を切る変な所で生真面目な蓮子はやっぱり可愛い、ということだけだった。
それに遅れずに行くのはきっと私の方で蓮子はいつものように遅れてくるんだろう。
いい機会だから今度それを問い詰めてやるのもいいかもしれないと私は携帯の通話ボタンを切りながらにそう思った。
ぜひとも活動中の二人の様子も見てみたいですね
楽しそうな二人見てるとこっちも楽しくなりました
これぞ秘封です