「ねえ、ホントに行っちゃうの…?」
青髪の少女、河城にとりは伏し目がちに、緑髪の少女、鍵山雛にそう聞いた。
「ごめんね、でもこれがわたしのおつとめだから」
雛もやや伏し目がちに、しばしばにとりの方へ目を向けながらこたえる。
「厄をたくさん溜めこんだわたしは、その厄を神様に渡しにいかなければいけない」
雛の背後には川が流れ、小さな船が浮かんでいる。流し雛を運ぶためのものである。
でもね、とささやいて
「また一週間もすれば帰ってこれるから。それまでの辛抱よ」
「でも…」
無論、雛とにとりが出会ってから流し雛は何度も行われた。毎回、一週間くらいで厄渡しの儀を終えて、雛は帰ってきた。
その出発の度にこのような会話が繰り返されるのだが。
「やっぱり寂しいよぉ…」
「!?」
にとりは顔をあげて、元気無くこたえる。その目は若干潤んでいる。
一方、潤んだ瞳に見つめられた雛の心はやや落ち着きをなくす。
―うぅ、可愛い、可愛すぎる
なんなら今ここで思いっきり抱きしめてあげたい、そう思った。
しかし雛は現在、神様に渡す厄を大量に溜めこんでいる。迂闊ににとりに触れることはできない。
昂る感情をぐっとこらえて
「で、でも、わたしに会う事以外でもにとりには好きなことがあるじゃない!発明とか、椛と将棋をするとか」
しかし、感情を完全に抑えきることは難しく、少し早口になるという形で表れてしまう。
そんな雛の様子には関わりなく、またあまり元気の無い声でにとりは話し出す。
「でも…」
「でも?」
「雛がいないと、なんだか味気ない…楽しいこともつまんなくなる…」
「!!?」
すがるようなまなざしが、雛の心を射抜く。
―やっぱり可愛い!ホントに可愛い!!
ああ思いっきり抱きしめたい、なんならちゅーもしたい。そんな思いが頭の中を駆け抜ける。
しかし雛は現在、神様に渡す厄を溜めこんでいる。迂闊に(ry
再び昂る感情と戦いながら
「ホントにごめんね、でも…」
今度は落ち着いて言えた。声が上擦っている気がしないでもないが。
「ううん、いいの。謝るのはわたしの方」
なんとか泣き顔をなおして、にとりは雛の言葉を遮った。
「雛の大事なお仕事だから、これ以上迷惑かけちゃいけない。だから」
目元に浮かんだ涙を袖でごしごしとふいて
「いってらっしゃい!おつとめ頑張ってね!」
屈託のない笑顔で送ることにした。
「うん、いってきます!」
雛の方もなんとか心を静めて、にとりに負けず劣らずの笑顔でかえした。
「そういえばさ」
「何?」
雛が小舟に乗りこもうとしたとき、にとりは尋ねた。
「この川を下って、雛ってどこに行ってるの?別に下流には何もなかったはずだけど」
「ああ、それなら、えっとね」
どう説明しようか、ちょっと考えて、また話し始める。
「厄を渡す神様はとある結界の中にいるの。その結界は関係者以外立ち入り禁止、入るのも、まして見つけるのも難しい。だからにとりが知らなくてもしかたないわね。それで、その入口がこの川の下流にあるのよ」
「へぇ~」
よくわからない世界というものが、にとりの好奇心に火を付けたらしい。
「面白そうだなぁ、行ってみた…」
「だ・め・よ」
「え~何で」
雛はにとりの言葉を制した。にとりは頬を膨らませてぶーたれる。
「その神様はわたし以上に厄を溜めこんでいるのよ。近づいたら危ないわ。それに」
「それに?」
「その神様は人目に触れるのを嫌うの。神様や妖怪の目にもね。だからにとりが来たら怒ってにとりを祟っちゃうかもしれない」
「おおう…」
祟る、という言葉に流石のにとりも少々ひるんだ。
だが、それと同時に疑問も湧いて出た。
「じゃあさ」
「?」
「どうして雛は祟られないの?」
「え?」
予想外の質問に、雛は一瞬きょとんとした。そしてフフッっと笑った。
「あー笑うな!」
質問があまりにも予想外すぎて、思わず笑ってしまった。
ごめんごめん、と謝って
「わたしは祟られないわよ。その神様に会って厄を渡すのがわたしのおつとめなんだから」
それにね、と付け足して
「わたしはその神様が厄を集めるために生みだした、娘みたいなものよ。流石に厄の神様だって娘は祟らないわ」
「え、そうなんだ!?」
はじめて知った雛の出生。そういえば今まで聞いたことが無かった。
それからにとりは、うーん、と何か考え込む。
「どうしたの?」
「あ、いや、つまりその厄神様は、雛のお父さん?いやお母さん?まあ雛の親ってことだよね」
「まあ、そんな感じね」
「だったらなおさら会ってみたいな~、なんて」
「何でよ?」
雛は驚いた。祟られるかもしれない、そう言った筈だ。なのに何で会いたいってなるのか。
しかし次のにとりの言葉で、雛は別の驚きをすることになる。
「いや、その、わたしは雛のこ、恋人だから、ご、ご挨拶くらいはって思って。たはは…」
「!!??!?」
途切れ途切れのにとりの言葉に、雛は思わず両手で自分の口を覆う。顔は真っ赤。
これはつまりアレである。「お義父さん、娘さんをわたしにください!」的なアレ。
いや、にとりはただご挨拶と言っただけである。しかし雛の心は、そうとしか取れなかった。
さっき揺さぶられた心は落ち着いた筈なのに、また大きく揺れた。
―うう、我慢できない…でも我慢よわたし!
抱きしめたい、ちゅーしたい、いっそそのまま…などの思いが頭を巡る。
しかし雛は現在、神様に渡す厄を(ry
高ぶる気持ち、なんとか静まって、と必死に自分との戦いをする。
「ああ!わたしってばまた恥ずかしいわがままを言っちゃった!ごめん、忘れて!」
自分で言ったことに狼狽して、にとりはあわてて謝る。耳まで赤く染め上がっている。
「いや、いいのよ…そ、その…うれしかったし…」
雛も混乱してきて、自分でも何言ってるのかよく分からない。素直な答え、と言えばとりあえずは正しいのだろうけど。
「…………」
「…………」
短い沈黙。おそらく30秒もなかった。けれども赤面の二人には恐ろしく長く感じられた。
「じゃ、じゃあそろそろ行くね!」
「あ、う、うん!いってらっしゃい!」
何とか沈黙を打ち破って、雛は小舟に乗りこんだ。そして、下流に向かって出発する。
後ろでにとりが手を振って見送る。雛は振り向いて手を振り返した。
にとりが見えなくなってしばらくして、はぁ、と息をついた。
―今日のにとり、可愛かったな…いや、可愛いのはいつもなんだけど
予想だにしてなかった、にとりの大胆発言。
普段なら速攻で抱きついて、可愛いって言ってあげる。ちゅーは確実だ。
しかし(ry 所謂生殺しだ。
今日ほど自分を取り巻く厄を恨めしく思った日はない、かもしれない。
「それにしても、これから一週間、にとりに会えないのか…」
一週間で帰ってこれる。そう言ってにとりをなだめたけれど
「わたしもやっぱり寂しいなあ」
もう一度大きなため息をつき、そうつぶやきながら雛は川を下っていった。
一週間後
厄渡しも無事終わって、雛は戻ってきた。
またこれから毎日厄を集めるのであるが、そんなことよりもまずは
「あ~早くにとりに会いたい!」
これがまず第一。今はにとり宅に向かって飛行中である。
いつも厄渡しで一週間会えないとこうなるのであるが、今回は格別だ。
「あんなこと言われちゃったしな~」
くるくる回って飛びながら、そう独りごちた。
『いや、その、わたしは雛のこ、恋人だから、ご、ご挨拶くらいはって思って。たはは…』
そう言いながら照れるにとりの顔は一週間経った今でもはっきり覚えている。
厄渡しの最中にもその顔がちらついて、なかなか集中できなくて、神様に、集中しなさい!と注意された。
「とにかく早くにとりに会って…」
―1に抱擁、2に接吻、3,4が無くて5に…うふふ
そんな言葉が浮かんできて、きゃ~、とひとり小さな悲鳴を上げながら、にとり宅に着いた。
玄関前に着地し、呼び鈴を鳴らす。
しかし
「いないのかな…」
反応が無い。
その後も何回か呼び鈴を鳴らしてみるが、やっぱり反応が無い。
どうやらホントにいないらしい。
しかたない、と呟いて、雛は飛び立った。心当たりならある。
「たぶん、休憩中の椛と将棋でもしてるんだろう」
にとりの家から将棋場の滝裏まで大した距離ではない。
滝裏につづく洞窟に入って、そこから少しまっすぐ歩く。つきあたりを曲がれば将棋場だ。
「…い………せ…」
「…え……」
にとりの声が聞こえてきた。椛の声も聞こえる。
角にさしかかったところで
「お願い!やらせて!」
「…しょうが無いなぁもう」
にとりと椛がすごく接近して、それこそ密着という表現が当てはまりそうなほどくっついて、こんなこと言ってた。
驚いた雛は、思わず岩陰に隠れた。
「え?え?どういうこと?」
聞こえてきたのは鬼気迫るにとりの声と、半ば諦めたような椛の声。
パニック状態、状況を把握できない。二人の様子をのぞき見るのも怖かった。
「すごくやわらかい…」
「く、くすぐったいよ…」
悦に入ったにとりの声と、ぷるぷる震える椛の声。
なんだろうこれ、雛は混乱している。
―もしかして…浮気…心変わり…
そんな想像が湧き起こる。
「わふぅ…も、もうちょっとやさしく…」
「おお、ここが弱点なのかい。ふふふ…」
雛がいることにまったく気付かず、二人の会話は続く。それどころかだんだんエスカレートしている。
―ぷつん
雛の中でそんな音がして
「二人とも、一体何してっ」
岩陰から飛び出し、二人に向かって怒鳴りつけた、のだが
「るの…よ……あれ?」
「ひゅい?」
「え?」
雛の前にいる二人は…にとりが椛の尻尾をもふもふしているだけだった。
「雛!おかえり!」
「おかえりなさい」
雛を見るやいなや、二人は笑顔で挨拶した。
「た、ただいま…」
緊張の糸がほつれた雛は、力無く挨拶を返して、その場にふにゃふにゃっと座り込んだ。
「で、どういう経緯でああなったの?あんな鬼気迫るもふもふは見たこと無いけど」
気力を取り戻して、雛は椛に聞いた。
「あ、その実は…」
雛の問に、椛はバツが悪そうに答える。ただのもふもふでも恥ずかしい、当然である。
ちなみににとりは雛から抱きついて離れない。一週間会えなかったのだ、当然である。
さらに雛はにとりをぎゅっと抱きしめている。そこににとりがいるのだ、当然である。
「最初はいつも通り将棋を指してたんですよ。そしたら突然
『雛分が足りん!全く足りん!代わりにもふもふさせろー!』
ってすごい形相で叫び出して…恐怖さえ覚えましたよ」
「そうだったんだ…」
「うん…雛がいなくて寂しかった…」
抱きつきながら見上げてきて、また目を少し潤ませている。
「でも、やっぱり雛じゃないとだめだった…椛じゃ全然だめだった…」
「にとりったら…」
「今さらっと失礼なこと言いませんでした?」
椛の言葉も、ぎゅっと抱きしめい見つめあっている今の二人には届かないようである。
やれやれ、と首を振って
「じゃあ、そろそろ哨戒任務に戻る時間なので、邪魔者は消えますね」
この皮肉もたぶん聞こえてないんだろうなあ、と思いながら、将棋場を後にした。
それから少しして二人は抱擁をやめて、その場に座った。
「ねえ雛、一週間前、雛が出発するときにわたしが言ったこと、覚えてる?」
「ええ、もちろん覚えてるわよ」
忘れるわけがない。その時のにとりの顔だって覚えてる。
『いや、その、わたしは雛のこ、恋人だから、ご、ご挨拶くらいはって思って。たはは…』
「そ、それでね雛、わたしあれから考えたんだけど」
もじもじと照れながら、言葉を続ける。
「どうしても直接会えないなら、こ、今度はこれをもっていって」
「これは…?」
にとりがリュックの中から取り出したものは
「こ、これはレコーダーっていって、声を保存するの。それでご、御挨拶を伝えるの、む、む、娘さんを…雛を、わたしにください!って」
「!!?!!?!?!??!!?」
衝撃は一週間前をはるかに超える。今度は間違いない、完全なプロポーズ。
目の前のにとりは、帽子を目深にかぶって顔を伏せている。照れ隠しだが、耳まで完全に真っ赤で、全く隠れていない。
―も、もう我慢の限界よ…
一週間前の衝撃、一週間の我慢、椛事件、そして今の衝撃と目の前のにとり。気持ちは高揚するばかり。
厄は神様に渡したばかり、今の自分にはあまり集まって無い。つまり邪魔するものは無い。
そんな中、またあの言葉が浮かんでくる。
―1に抱擁、2に接吻、3,4がなくて5に…
1はとっくに終わった。じゃあ次は
「え、ひn…んん!?」
伏せたにとりの顔を、上に向かせて、唇を重ねた。
突然のことに最初は驚くにとりだったが、すぐに受けいれた。
「ぷはっ…ふぅ……雛…」
「にとり…」
見つめ合う、ああにとり、可愛い、愛おしい…
にとりのプロポーズを受けた。感激は言葉にできそうにもない。
とにかく、気持ちはどんどん昂る。
「ねえにとり、これから家に来る?」
「うん、雛と一緒ならどこでも…」
手をつないで、二人はその場を後にした。
良いにと雛ごちそうさまでした
にと雛増えろわっしょい!!
1に抱擁~がテンポ良くて良し
…口から大量に出た砂糖をどうしてくれる
たまには濃いユリも言いもんだなぁ。
ですよねー
だが、それがいい
それに雛とにとりがかわいすぎる
初めの1週間ほど別れるシーンなんか雛じゃなくてもにとりを抱きしめたい。
その後を見てみたいな~
雛の勢いが何とも。
頭のねじが吹っ飛んでいる雛をにとりが直すんですね、分かります。