「咲夜」
「はい」
「カップめんが食べたいわ。確かまだ、戸棚にひとつ残っていたと思うから」
「畏まりました」
刹那、机上に出されたひとつのカップめん。
既にお湯が注がれているそれを前に、私は咲夜の持つ銀時計を注視した。
秒針が三周した瞬間、私は待ってましたといわんばかりにカップめんのふたをべりりとはがす。
さあ、運命の幕開けだわ―――。
……って。
「……咲夜」
「はい」
「なんかこれ、すっごく伸びてない?」
容器の中には、もう今にも外にはみ出さんとばかりに膨張しきっためんの姿が。
咲夜は少し思案気な表情を浮かべたのち、
「ああ、すみません。お嬢様」
「どうしたの」
「ついうっかり、カップめんの時間を十倍速で進めてしまいましたわ」
「何でそんなことするの!?」
「うっかりですわ」
てへっと舌を出し、こつんと頭を叩く咲夜。
可愛いのは認めるが解せない。
私は溜息を吐きつつ、デロンデロンに伸びきっためんを箸で突っつきながら、咲夜に対し不満を顕にした声で言った。
「もう、こんなの食べられないじゃないの」
「でしたら、私が新しいのを買って参りましょうか」
「……いや、もういいわ。違うのを作って頂戴」
「……畏まりました」
◇ ◇ ◇
「咲夜」
「はい」
「カップめんが食べたいわ。確かまだ、戸棚にひとつ残っていたと思うから」
「畏まりました」
刹那、机上に出されたひとつのカップめん。
既にお湯が注がれているそれを前に、私は咲夜の持つ銀時計を注視した。
秒針が三周した瞬間、私はもう待ちきれないといわんばかりにカップめんのふたをべりりりっとはがす。
さあ、不夜城の幕開けだわ―――。
……って。
「……咲夜」
「はい」
「これ、なんか変じゃない?」
容器の中には、三分前と露ほども変化していないカップめんの姿が。
それどころか、注がれたお湯の表面部分を見るに、なんだか全体が凝固しているようにすら見える。
そうまるで、時間でも止められたかのような―――。
そこで私は、咲夜に疑惑の眼差しを向けた。
咲夜もすぐに、その意味に気付いたらしく、
「ああ、すみません。お嬢様」
「やっぱり、あなたの仕業なの」
「ええ。ついうっかり、カップめんの時間を止めてしまいましたわ」
「何でそんなことするの!?」
「うっかりですわ」
ぺろっと舌を出し、小首を斜めに傾げる咲夜。
いつの間にこんなにあざとい子に育ったんだろう。
「もう、それならさっさと解除して頂戴。お腹が空いて死にそうだわ」
「…………」
「? どうしたの?」
「いえ、えっと……今はちょっと、エネルギー切れでして」
「はあ?」
エネルギー切れって、そんなロボットか何かじゃないんだから。
「お嬢様。確かに咲夜はロボットではありませんが人間です。疲れもするしエネルギー切れも起こしますわ」
「……ああ、そう。じゃあ、いつになったら回復するのよ」
「えっと……三時間後くらいでしょうか」
「じゃあ何、あなたはそれまで、私に空腹のままで過ごせっていうの」
「えっと、でしたら……今から私が新しいカップめんを買って参りましょうか!」
「……いや、カップめんはもういいわ。それより、何か違うのを作って頂戴」
「……畏まりました」
◇ ◇ ◇
「咲夜」
「はい」
「カップめんが食べたいわ。確かまだ、戸棚にひとつ残っていたと思うから」
「畏まりました」
刹那、机上に出されたひとつのカップめん。
既にお湯が注がれているそれを前に、私は咲夜の持つ銀時計を注視した。
秒針が三周した瞬間、私はもう我慢できないといわんばかりにカップめんのふたをべりりんことはがす。
さあ、カーニバルの幕開けだわ―――。
……って。
「……咲夜」
「はい」
「これ、どういうこと?」
容器の中には、三分前とまったく変わっていないカップめんの姿があった。
つまり、注がれたお湯の中に、カップめんが固形の状態のままでぷかぷかと浮かんでいたのだ。
咲夜はそこで、はっとした表情を浮かべ、
「お嬢様。これは由々しき事態ですわ」
「どういうことなの」
「私の持つ、この銀時計の緊急回避装置が発動したのですわ」
「なにそれ」
咲夜はいつになく真剣な表情で、手に持っていた銀時計を改めて私の眼前に差し出した。
「この銀時計には、身に着ける者の生命の危機を感知すると、自動で周囲の時間を三分間だけ巻き戻すという効果があるのです」
「……えっと咲夜、それは」
「さあお嬢様! 今すぐ世界を救いに行きましょう!」
「それ以上 いけない」
◇ ◇ ◇
「うーむ……」
戸棚からカップめんを取り出した状態のまま、私は一人首を捻っていた。
おかしい。
どう考えても、おかしい。
「なんで、咲夜が私の邪魔ばかりする運命しか視えないのかしら?」
さっきから何度も何度も、私は自分の運命を読み直した。
その都度、経緯は多少分岐すれども、最終的な着地点は皆同じ。
―――私は、咲夜による妨害行為によって、このカップめんを食べることができない―――。
……ちなみに、咲夜に頼まず、自分でこのカップめんを作るという運命肢も視てみたが、やはり何らかの形で咲夜の介入を受け、最後には失敗に終わるという運命だった。
「どういうことなのかしら……」
さっきから首を捻り過ぎて、もう頸椎が折れそうだ。
「咲夜が、私がカップめんを食べるのを阻止する理由……」
しかしいくら考えても、そんなくだらないかつ重大な理由に思いが至らない。
「……仕方ないわね」
もうこれ以上、一人で悩んでいても無益だ。
そしてこういうときのために、あいつがいる。
◇ ◇ ◇
「訳が分からないわ」
「そう言わないで」
相談した瞬間、パチェは私をダニを見るような目で射抜き、そう吐き捨てた。
「大方、またなんか咲夜を怒らせたりしたんでしょう」
「でも、心当たりが全くないのよ」
「本当に?」
「本当に」
私は大きく頷いて反芻する。
事実、思い出せる限り思い出しても、ここ最近で私と咲夜が喧嘩をしたり、二人の意見が相対立したようなことは一切ない。
「でも、あの子が何の理由もなしにそんなことをするとも……まあ、そんなには思えないけど」
「うん……」
パチェが言葉を濁した通り、咲夜は絶対にそういうことをしないと言い切れるような人間ではない。
私の紅茶に変な毒物を仕込むのは日常茶飯事だし、それ以外でも、ときどきよく分からない悪戯を仕掛けてくることは稀によくある。
「……でも、確率的に考えてもこの運命の分岐図はおかしいわ」
そう、たとえば同一時間平面上の運命肢が百個あるとして、その中に一つや二つ、上記のような運命肢が混ざっていたとしても、それは特段不思議な事ではない。
だが、今回に限ってはその全てが、「咲夜によってカップめんを食べるのを妨害される」という運命に収斂されているのだ。
こんなことは、私の五百年に及ぶ吸血鬼人生においても初めての経験である。
「そうだとしても、レミィには運命を変える力があるんでしょう? それでどうにでもできるんじゃないの?」
「うーん……まあ、それはそうなんだけど……」
パチェの言う通り、どの運命を選択するにしろ、その運命自体を変化させるとすれば話は別だ。
もちろん何でもかんでも思いのままにできるというわけではないが、まあカップめんを食べられるようにするくらいなら何とかできると思う。
「でも、それだと根本的な解決にならない気がするのよね……」
そう。
いくら能力を行使して運命を変化させたところで、それはあくまで能力の結果に過ぎない。
結局のところ、咲夜がそうまでして私のカップめんを阻止する理由は分からないままなのだ。
「どうしたものかしら……」
深く嘆息し、手元の紅茶をずずっと啜ったあたりで、頭上から呑気な声が聞こえた。
「そういえば」
「ん?」
顔を上げると、いつの間に傍に来ていたのか、司書の小悪魔が顎に指を当てて何かを思い出すような表情を浮かべていた。
「どうしたの? 小悪魔」
「少し……といっても二週間くらい前ですが、咲夜さんの様子が変だったことがありました」
「? どういうこと?」
私が詰め寄ると、小悪魔は一度頷いてから続けた。
「はい。あれは確か、図書館に備え置いていた紅茶の葉が切れたので、私がそれを取りに給湯室まで行ったときのことです」
「うん」
「私が着いたとき、そこには咲夜さんがいたのです」
「ほう」
「そして咲夜さんは、戸棚の前で、こう、カップめんを手に持ったまま、どことなく神妙な……というよりは、やや寂しげな表情を浮かべて、じっとそれを見つめていたのです」
「うん……?」
咲夜。
戸棚の前。
カップめん。
寂しげ。
それらのキーワードが頭の中を巡り回る。
なんだろう、何かと何かがつながり、ぼんやりと形を成していく。
そう、それは……。
「あっ」
そのとき、私の脳裏で、忘却の渦に埋没していた、とある記憶が呼び覚まされた。
あれは今から、二ヶ月ほど前の事になる。
◇ ◇ ◇
「お嬢様」
「うん?」
「見てください、これ」
そう言って咲夜が嬉しそうに差し出してきたのは、
「あら、カップめんじゃないの」
「えっ? 知ってたのですか?」
目を丸くする咲夜。
私はくすくすと笑って言う。
「そりゃあ、幻想郷に来る前は外の世界にいたからね。ときどき食べていたわよ」
「そうだったのですか……」
目に見えて、残念そうな顔になる咲夜。
その様子がおかしくて、私は笑いながら訊ねる。
「どうしたのよ、いきなり」
「いえ、私は食べたことがなかったので……てっきり、お嬢様も同じかと思いまして。それで、よかったらご一緒にと思って……二つほど、買ってきたのですわ」
「ああ、そうだったの」
「でも、お嬢様にとっては食べ慣れたものだったのですね……」
必要以上にしゅんとしている咲夜が妙に可愛くて、私はまた微笑んでしまう。
「それなら今度、一緒に食べましょうよ。私も久しぶりに食べたいし」
「! 本当ですか」
「ええ。咲夜ちゃんは猫舌だからね。ふーふーしてあげる」
「む。これでも猫度は低い方ですわ」
「あはは。でもよく売ってたわね、こんなの」
「ええ、香霖堂に置いてありました。この二つだけでしたが」
「へぇ。そうだったの」
◇ ◇ ◇
「そうか……」
そうして咲夜はあの後、カップめんを給湯室の戸棚に仕舞った。
『このカップめんの事は、他の方には言っちゃだめですよ。私とお嬢様だけの、秘密ですから』
『はいはい』
……そんなやり取りすら、交わして。
なのに。
それなのに。
カップめんなど特に珍しくもなかった私は、咲夜とそんなやり取りをしていたことなど、すっかり忘れてしまっていた。
「そして、確か」
小悪魔の言う、今から二週間前。
確かにあの頃、私は。
「カップめんを、食べた……!」
夜も更けた頃、小腹が空いた私は、何か食べるものは無いかと給湯室の戸棚を漁っていた。
そこで見つけた、二つのカップめん。
こんなの買ってあったのかと、私は何の疑問も持たず、また深夜であり咲夜もとっくに寝ていたことから、自分でお湯を注ぎ、カップめんを食べた―――。
「それで、咲夜は」
その後間もなく、いつの間にか、自分の知らないうちに一個だけになっていたカップめんを見つけたのだろう。
そしてそれを食べたのは、私以外にはありえない。
―――あのカップめんの事は、私と咲夜だけの秘密だったのだから。
「……ちょっと行ってくる」
「? どこへ?」
パチェの問いかけにも答えないまま、私は大図書館を飛び出した。
廊下を最高速で飛行し、一気に玄関まで抜ける。
扉を勢いよく開くと、外は幸いにも曇り空。
「よし」
私は弾丸のような速度で、目的地までぶっ飛んで行った。
―――運命を、変えてやる。
能力には頼らない。
私自身の、この手で。
―――そして、数十分後。
若干息を切らせながら、私はとある部屋の前に立っていた。
ごくりと唾を飲み込んでから、三度、ドアをノックする。
「はい」
「……咲夜? 私だけど」
「お嬢様? どうぞ」
ドアを開けると、メイド服のまま、椅子に腰かけ水を飲んでいた咲夜がいた。
「……悪いわね、休憩中に」
「いえ。何か、ご用でしょうか」
「……うん」
そこで、私は後ろに持っていたそれを、勢いよく咲夜の前に差し出した。
「! これは……」
目をぱちくりとさせる咲夜。
幸運にも、香霖堂には一つだけ、新たに入荷されていた。
私は二つのカップめんを掲げながら、
「一緒に、食べない?」
「…………」
暫しの沈黙の後、咲夜は満面の笑みを浮かべて言った。
「……はい!」
その瞬間、私に視えていた数多の運命は、美味しそうにカップめんを頬張る咲夜の姿に収斂された。
了
そしてここは突っ込むまいと自制していたのですが
>三分間巻き戻す
こらw
そこまでよっ!!
なんで咲夜が知ってるんだw
まさかカップ麺にこんなにほっこりさせられるとは、誰かと一緒に食べたくなりました
スケールのでっかい小さな日常感といった雰囲気が良かったです。
コレ読む3分前に「カップめん、一人で食いきれないから一緒に食べない?」と弟に言ったところ1秒足らずで拒否された件について……
なにはともあれ良かったです。
レミ咲は良いなあ……
何を食べるにしても、誰かと一緒に食べると味が変わってきますよね
人間関係をも操れるとは…
コメントしている人の半数が元ネタを読んでいるらしいことに、ちょっと笑った。
割と淡々としたお話の流れの中で、主従の、特に咲夜さんの溢れんばかりの親愛の情が覗えて
なんだかふわっとした心持ちになりました。
カップめんを頬張る彼女の姿、物凄く可愛いんだろうな。
後に3分経過しないと、胃にダメージが来るって知って後悔した。
俺は、胃潰瘍に3回なっている…。
こういうふうに小さな日常に収斂するのもほんわかしますね
取り敢えず百点を置いときます
イイハナシダナーで終わったのも良かったです
誰か教えてくれw
思わずカップ麺を食べたくなったぞ