「2人ってさ、男に興味がないの?」
「「……へ?」」
私と蓮子はその問いかけに対して、全く同じ反応を返してしまった。
……うん。なんでこんなことを私たちはいきなり問われているのかしら?
横を見ると、蓮子が自由自在にバク天をして見せるパンダを見る様な目をしていた。いや、いきなりparanoid androidを歌いだしたキリンを見る目かもしれない。
まあ要するに、面食らった顔。ああ、混乱してると比喩を用いようとしても意味が分かんなくなるわね。
気持ちを落ち着けるために、この場面に至るまでを少し回想してみましょう。何かこの質問をされる意図につながる手がかりが見つかるかも知れない――
「あ、蓮子! こっちこっち! まあ、貴方がメリーさんね! 初めまして!」
私達は、大学内にある食堂にて、ある依頼について待ち合わせをしていた。
実は、私、マエリベリー・ハーンと、今彼女に呼びかけられた女性、宇佐見蓮子は、2人で秘封倶楽部というオカルトサークルをやっている。
まあ秘封倶楽部なんてかっこよく銘打っちゃってはいるけど、簡単に言ってしまえば、好奇心のまま様々なところに赴く不良サークルね。
全く、なんでこの私が、不良サークルなんて呼ばれるサークルに属しちゃっているのかしら……。
なんて落胆した様に見せても、この秘封倶楽部の活動が、私にとってたまらなく楽しいのは、まあ認めざるを得ない事実。
なんだかんだ言って、秘封倶楽部が、私の大学生活にとって大きなウエイトを何時の間にか占めていたことは否定できないわね。
で、そんな不良サークル、だけど過去の実績から見て腕は一流の私達秘封倶楽部には、時々こうやって依頼が舞い込むことがある。
相手からしたら、怪奇現象こいつらに丸投げしちゃおうって感じよね。
ただ、私達にとっても異常な事態はむしろ望むところだし、ギブアンドテイクって言うのかしら。とにかく、素性の分からない相手からでも、依頼は喜んで受ける様にしてるわ。
でも、今回の依頼主は、私達秘封倶楽部と何の関わりもなかったって人間でもない。なんと、連子の顔馴染みらしいわ。
といっても、同じ授業を取ってるからよく顔を合わせて、自由時間にちょっと世間話をする程度の仲とも言っていたけど。
なんでも、明るい感じが好印象らしいわ。なんで超統一物理学なんていう変人がやる様な学問を専攻しているのか分からない、ですって。上手い自虐ですこと。
でも確かに、こうやって会ってみると、明るい髪色、大きい目が印象的で、とっても話しやすそう。
「初めまして。お噂は蓮子からかねがね。宜しくね」
「うん! 宜しく~……ってお噂!? ちょっと蓮子~? あんたメリーさんに変なこと言ってたら承知しないからね!」
「別にあんまり変なことは言ってないよ? ただ寝顔が……ね?」
「寝顔!?」
「ええ。とってもチャーミングだとうかがっているわ」
「メリーさんまで!? 何これ!? 秘封倶楽部はドSの集まりだったの!?」
……なるほど。表情がコロコロ変わって面白いわね。でもこれだと、話しやすいっていうより弄りやすい、ね。
見ると、彼女は向こうを向いて、「えーえー私が相談したのが間違いでしたよー」と、頬を膨らましていじけていた。
なんというか、とことん加虐心を煽るのが上手い方ね。無意識なんでしょうけど、そういう趣味の方の目に止まったら危ないんじゃないかしら。
「ほらほら。いじって悪かったってば。こっち向いてよ」
「私からも謝るわ。ごめんなさい」
蓮子のフォローに私も乗っかる。そうすると、彼女はやっとこちらを向いてくれた。
といっても、まだ頬を膨らましていて、こちらを上目使いに睨んできた。
多分精一杯不機嫌な顔を表現しているんでしょうけど、正直に言ってその表情はとても可愛らしい。
「もう、そんな顔してないで、早く今回の依頼内容を説明してって」
「むぅ……。もう弄んない?」
その台詞は反則じゃなかろうか。色々な意味で。
「弄んない弄んない」
「まあ……じゃあ話すけどさ……」
そういって彼女は、渋々といった感じで説明を始めた。と言っても、渋々だったのは最初だけで、彼女は依頼の説明に、どんどんと熱が入っていった。
彼女の話を纏めると、大学から彼女のマンションまで行くときに、どうしても通る公園がある。
彼女や蓮子が専攻している超統一物理学は――蓮子の様子を見ているといまいちそんな感じは見受けられないのだが――中々に高度な分野らしく、研究などに必死になり、毎日帰るのは、辺りが暗くなってからになりがちになってしまう。
そして、2週間程度前かららしいのだが、その公園を通る時に、公園から女のすすり泣く様な、しかし男の呻き声と言われればそうとも取れる様な、とにかく得体の知れない声が聞こえるという。
これだけなら、正直ただのB級の怪談話だが……。
「でね、問題はここからなの。私、こう見えて割とホラー系とかどちらかと言われると大好きな方だから、正直そんなことがあっても、全然怖くなかった。
ていうか、ぶっちゃけテンション上がってたのよ。ちょっと。んで昨日、前々から取り掛かっていた研究に一区切りついてね、家に帰ってる間、恥ずかしながら、テンションマックスな状態でして。
公園を通るとまた例の声が聞こえたの。でね、怖いもの知らず状態だった私は、「おい幽霊! いるのは分かってるんだぞ! いい加減出てこーい!」とか言いながら公園に入ってったの。
いやまあ今にして思えばなんであんなことしたんだろうって感じなんだけど。ホラー好きの血でも騒いだのかな。
そしたら、さっきまで聞こえてた声が、ピタッ、って止まってね。
それにまたテンション上がっちゃった私は、公園の真ん中で、「おいどうした幽霊! 私に恐れをなしたか!」とか叫んでたの。そしたら……」
ここで、彼女は少し下を向いて、コップに注がれた水を一口飲んだ。
明らかに話の雰囲気が変わることを感じた私達は、少し姿勢を正し、また彼女の話を注聴する形をつくった。
「……掴まれたの。腕を」
そう言って、彼女は自分の右手首を指差した。
「この辺りをこう、ガッて感じで。私はそれがきっかけで、一気に正気に戻ったわ。
そして、マンションまでダッシュで帰った。そのせいで、掴んできた手とかは見てないわ。手がかりになる様なものを確認できなくてごめんなさい」
……なるほど。単純で古典的だけど、シンプル故に恐ろしい出来事ね。
しかし、それにしても……。
「貴方、昨日そんなことがあったのに、随分落ち着いているわね?」
私が口を開く。率直な感想だ。
先程の初めて会った時の様子を考えても、とても昨日恐怖体験に遭遇した人の様子とは思えない。
「ん?ああ、さっきも言ったけど、私ホラー系とか大好きなのよ。ホラーも視覚だけじゃなく五感使って味わえる現代で、今更あんなB級ホラー体験させられてもねぇ……。
怖いのも勿論あるけど、それ以上に、正直言っちゃうと実感ないのよね。自分でも軽くビックリしてるけど」
確かに技術の目覚ましい進歩により、映画館は五感刺激が当たり前の時代だが、いくら慣れてるからってそんな……。
超統一物理学専攻は変人しかいないっていう蓮子の言葉、分かった気がするわ。
そんな事を思っていると、もう一人の変人、もとい超統一物理学専攻、宇佐見蓮子が、私に話しかけてきた。
「んで? 超常現象の専門家、マエリベリー・ハーンさんは、この現象をどう見るの?」
なによ改まっちゃって。発音ちょっと間違ってるし。
ていうか私確かにこんな眼持ってるけど別に超常現象に特別詳しいわけじゃないし。どっちかっていうとあんたの方が詳しいでしょう。
まあ、初対面の人の前でこんな小言を言って、器小さいと思われるのもいやだし、私は私の考えを口にする。
「そうね……。まず間違いなく、その辺りに結界の切れ目が生じているでしょうね。
そこから漏れ出した声が、私達には理解できない声として耳に届いた。ここまでは簡単な話よ。でも……」
私はそこで一回口を噤んだ。
私が気になっているのは、腕を掴まれたということ。
基本的に、異界の世界は、私達の住むこちらの世界に、直接的に干渉できないはず。
時々私が夢の世界からなんか変なもの持って帰ってきちゃったりすることはあるけど、そんな事はイレギュラー中のイレギュラー。通常ではあってはならないことだ。
だがしかし今回の場合、腕を掴むという、超直接的な干渉が起きている。
これはもう、結界の切れ目だとかそういうレベルの話ではない。結界が、開いていると考えるべきだ。
そこに私のこの、結界の境目が見える程度の能力があれば……。
……もしかしたら、私がずっと夢に見ていた、結界の向こう側へ、この世界とは違う異質な世界へ、行けるかもしれない。
「……ま、何にせよ、今日の夜そこへメリーを連れて行けばはっきりすることよね。
話し合いはここらへんでお終いにして、お茶にしましょ? 私お腹空いちゃった」
そんな私の心を読み取ったのか、はたまた顎に手をやったまま動かない私を見かねたのか、蓮子が能天気な声を出した。
確かに、考えて答えがでるものでもないんだし、悩んでも仕方ない。腕を掴まれたとは言っていたが、それを目視したわけではないとも言っていたし、単にそこらの草木が触れただけって可能性も無いわけではないんだし。
何があっても大丈夫。私達秘封倶楽部なら。不思議と、そんな確信があった。
それは、過去に何度もこんな体験をしてきたからか、それとも別の何かのせいなのか、今の私には、よく分からなかった。
「そうね。時間も丁度いい具合だし」
時計を見ると、時刻は3時半をすこし回ったあたり。お茶にするにはぴったりの時間帯だ。
私達は、各々好きなように飲み物とケーキを頼み、その味を楽しみつつ雑談をした。
と言っても、基本的に、彼女と蓮子が専攻している学問について熱く語り、私は聞き手に徹するという構図だったが。
空間の位相のずれが、とか、フェレンゲルシュターデン現象を応用して、とか、どれもこれも相対性精神学専攻の私には意味が分からない単語ばかりだ。
こういう時どうしても蓮子との間に理系と文系の壁を感じてしまう。私には、答えは常に一つという主張は理解できない。
「あ……。メリーさん御免なさいね? 私達だけで熱くなっちゃって。つまんなかったでしょう?」
「ん、メリーごめん。ちょっと没頭してた」
「へ?」
2人の言葉で意識が戻る。どうやら私は、相当に呆けた顔をしていたらしい。彼女だけならまだしも、蓮子にまで気を使われるとは。
「ああ、いいわよ別に。私としても2人の話していることは中々に興味深かったし。何話してるかは、正直全く理解できなかったけど」
「って全く理解できてないんかい! はは。メリーさんって、面白い人ね」
良いノリツッコミ。面白いのはどう考えても貴方のほうでしょう。
「まあだからといって、はいそうですかってまたメリーさんを置いてけぼりにするわけにもいかないわよね……。
そうだ! 前々から2人に聞きたかったことがあるんだけど、良いかな!?」
私達に聞きたかったこと? 一体なんだろう?
私と蓮子は目線でアイコンタクトし、彼女に続きを促した。
「うん! 変な意味に取らないで欲しいんだけど……」
そういって彼女は、冒頭の台詞を言ったのだった。
――よし、回想終わり。回想して分かったことは、回想したところであの質問の意図は結局何も分からないということね。
分からないことが分かった。これは大きな前進だわ。ええ、前進ですよ?
「……それは一体どういう意味かしら?」
分からないんだったら聞いてみればいい。私は質問に質問で返すという最終手段を行使してみた。
蓮子は未だに面食らった顔をしている。心ここに非ずといった感じだ。
「いや、さっきも言ったけど、ホント変な意味じゃなくてさ、2人ともとっても可愛いのに、彼氏できたなんて話聞いたことないからさ」
「そうかしら? ありがとう。貴方もとっても魅力的よ」
「うわお一瞬で社交辞令と分かる御言葉ありがとうメリーさん。でもさ、2人はなんかもう別格じゃん?
2人が知ってるかは知らないけど、ウチの学校、特に男子達に、結構有名なんだよ? 秘封倶楽部って。
片やまるで御伽の国の御嬢様がそのまま出てきたみたいな、日本人離れした美貌に何となく近寄りがたい雰囲気を持つ、まるで高嶺の花という言葉をその身で体現しているメリーさん。
片や変人ばかりの超統一物理学に突如彗星の如く現れた、社交性抜群で好奇心旺盛、尚且つ大学生とは思えない知性を併せ持つ元気っ娘属性完備の天才、蓮子。
自覚しているか知らないけど、方向性こそ違えど、ウチの学校の美人ツートップなんだよ。2人って。
そんな2人だから、男の噂なんていくらあってもおかしくない筈なのに、そういうの一切なく常に2人で行動してるってきちゃうとねぇ……。
これ、皆言ってることなんだけど、もしかして2人って……、アレなの?
いや、勿論2人がそういう関係だとしても、私は2人の見方とか接し方を変える気はないし、ていうかむしろそういうのって素晴らしいと思うし」
「ちょちょちょちょちょちょ!」
ほっとくとそのまま日没まで喋りそうな彼女の言葉を、蓮子が遮った。
私って男子から何となく近寄りがたいって言われてたんだ……。ちょっとショック……。
蓮子は、自分の褒め言葉を言われ始めたあたりから、どんどんと頬が紅潮していっていた。
なるほど。蓮子は褒められるのに弱いのか。今度試してみよう。
「た、確かにメリーは美人だけどさ! 私は別に、そんなこと言われる程可愛くないし……。
付き合うとかさ……、そういうのってまだよく分かんないし……。
ああもう! メリーもなんか言ってやってよ!」
おいなんだその反応我が相棒ながら可愛いじゃないか。是非とも写真に収めて3ヶ月くらい引っ張ってやりたいわね。
そんな可愛い相棒から助けを求められてるんだし、そろそろ助け舟を出してあげましょうかね。
「そうね。私だって、そこまでの言葉に値する程の美人ではないわ。
それに、彼氏を作らないのだって、今は蓮子と秘封倶楽部の活動をしてる方が圧倒的に楽しいから、どうしてもそちら優先になってしまうってだけ。
そういう意味では、確かに蓮子と、そういう関係と言えなくはないのかも。曖昧な答えで御免なさいね」
適当に誤魔化そうかとも思ったが、私の口から出た言葉は本心だった。
正直、男子からそういった類の告白を受け取ったことは何度かある。だけど、私はそれらを全部断っていた。
理由は単純明快。秘封倶楽部の活動をしていた方が全然楽しいからだ。
彼氏なんて作ったら、デートやらなんやらで秘封倶楽部の活動時間が削られていくのは目に見えていた。それは、私にはどうしても我慢ならなかった。
大学生なんていう人生で一番自由な期間ぐらい、自分のやりたいように生きたっていいじゃない。色気のない女で御免なさいね。
さて、本心とはいえ、肝心なところは暈した良い回答だった筈だ。流石メリー。ナイスシュートよ。
そう思いつつ蓮子の方を見てみると……。
蓮子は、顔を真っ赤にして、まさしくわなわなと震えていた。人生の中でここまでわなわななんて効果音を実感することってそうそうないんじゃないかしら。
もう一人は絶句しながら口に手をあてて
「流石メリーさん……。見せつけてくれるわね……」
とか絞り出したような声で言ってるし。私がいつ何を見せつけたんだ。
何これ。ナイスシュートかと思ったけどもしかしてオウンゴールだったの?
「だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
メメメメメメメメメメリィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!?????????
い、行き成りあんたは何言い出してんのよ!?」
「何って……。私の心からの本心だけど、何か変なこと言ったかしら?」
「本心!? え、本心なの!? え、あ、その、メ、メリーが、あの、その……」
「……歯切れが悪いわね? 貴方らしくもない。一体どうしたのよ?」
「……あああああああああもう!!!! メリーなんてもう知らない!!! 知らないんだからああああああああああああああああ!!!!」
「ええ!? ちょ、ちょっと蓮子!? 何処行くのよ蓮子!?」
蓮子はいきなり席を立ち走り去って行ってしまった。ああ、パンツ見えそう。もうちょっと屈めば……ってそんな場合じゃないわ。
何この状況。意味が分からないよ。何の台詞だっけコレ?
「……結構なモノを有り難う御座いました」
こっちはこっちでそんなことを言いながら深々と御辞儀をしだすし。
ホントもうどうしてこうなった。
そろそろ辺りが暗くなり、星が見えてきた頃。私と蓮子は、例の公園にベンチに座っていた。
「それじゃあ、幽霊の声、是非解明してみせてね。
ホントはちょっと御邪魔させて頂こうかなーとか思ってたんだけど、やっぱやめとくよ。
あんなもん見せつけられちゃ、ね。2人の邪魔できないし」
食堂での一件の後、そう謎の言葉を残し、彼女は去って行った。
だから私が何を見せつけたっていうんだ。それに、別に見学人が居たって、邪魔にはならないと思うが。
まあ、あれだけの恐怖体験をしてるんだし、いくらホラー好きと言えど、やっぱり少し怖くなっちゃったんでしょうね。うん。怖いならしょうがない。
その後、私は蓮子に電話しようか迷ったが、やめた。
何となく、蓮子は今電話しても出ないっていう確信があった。夜この公園に来れば、絶対蓮子も来てくれるって確信も。
その証拠に、私が公園に到着してから少し後、蓮子も公園に来て、私の座っているベンチの隣に腰かけた。
全く、ここまで来ると、信じてるって言うよりテレパシーの域よね。この国の言葉で以心伝心だっけ?
特に会話はなかった。別にそれに違和感はなかった。寧ろ心地よかった。
蓮子もきっと、この静寂を心地よく感じているだろう。これも、根拠のない確信。
「19時14分42秒……か」
蓮子が、何かを確認するように呟いた。
何を確認したのか、そもそも何故そう感じたのかは、分からなかった。
「そろそろあの子が、いつもここを通る時間ね」
確か、19時半くらいと言っていたか。
「そうね。気合入れてかなきゃ」
「気合ねぇ……。メリーって、意外とそういう精神論結構好きよね」
「そりゃあ相対性精神学専攻ですもの」
「それって別に全く関係ないでしょ。……あのさ、もし結界の裂け目なんて、最初っからなかったら、どうする?」
「どういうこと? あの子は、確かにここで、幽霊の声を聞いたって言ってたじゃない。」
というより。
「……貴方らしくないわね。もし何もなかったら、なんて言い出すなんて」
「……確かに。私、今日ちょっと変かも」
「別に蓮子が変なのはいつも通りよ。でも、それを貴方が自覚してるのは、確かに変ね」
「おお、言ってくれるねメリーさん……。でも、私が今日変なのは、メリーのせいなんだよ?」
私? 私が何をしたっていうんだ?
「話が見えないわね」
「昼、メリーが、あんなこと、言うから……」
昼? あのナイスシュートのことか?
「あれがどうしたの?」
「私、嬉しかったんだ。メリーが、ああ、こんなに、秘封倶楽部のこと楽しんでくれてたんだって分かって」
私の口から毀れ出た本心。嘘偽りのない、私の心。
「……楽しいわよ。秘封倶楽部の活動。少なくとも今は、何よりも」
「ありがと。そう言ってくれると、私もメリーを誘った甲斐があるってもんだよ。でもね、それだけじゃないんだ」
「まだ、何かあるの?」
「……メリーさ、私と、そういう関係と言えなくはないのかも、って言ったじゃん? あれ。どうせ鈍感な貴方は、特に意識せず言ったんでしょうけど」
「?」
「……私さ、メリーさえ良ければ、貴方の、最高のパートナーになりたい」
重大な発表をするかのような声音で、蓮子は言った。
全く。
「何言ってるの蓮子」
蓮子の顔が、一瞬悲しさに歪んだ気がした。
「貴方はもう、立派な私の相棒じゃない。私、蓮子のいない秘封倶楽部なんて、考えられないわ」
私を秘封倶楽部に無理やり連れ込んだ蓮子。
私と一緒に、色んな無茶をする蓮子。
楽しくてたまらない瞬間には、いつも蓮子が隣にいた。
こんな楽しさに引き込んでおいて、今更相棒じゃないなんて言わせない。寧ろ。
「私のパートナーになってくれて、本当にありがとう。蓮子」
私の方が、蓮子に御礼を言いたいくらいだ。
「……どう致しまして。メリー」
蓮子は、下を向きながら私の言葉を聞いていたが、私の言葉が終わると、そういって、微笑んでくれた。
ただ、その目は、少しだけ潤んでいた。
「……もう。ホントに貴方は鈍感ね」
「……へ?」
「鈍感なだけじゃなくて、体力もないし、デリカシーもないし、意外と食いしんぼだし、甘いものに目がないし、日本人より日本人らしいし」
「ちょっと……。なんでいきなりそんなこと言うのよ……」
「……でもね? 私、そんな貴方のこと、大好きよ」
本当に、今日の蓮子は変だ。
弱気になったり、泣きそうになったり、微笑んだり、罵倒してきたり、……好きって言ってきたり。
でも。それなら、私だって。
「……私も、身嗜みに気を使わなくて、頭良い癖に考えるより体が動いて、変に年寄臭くて、男勝りなとこがある貴方のこと、大好き」
私は、そう言って、蓮子に微笑み返した。
ああもう。今日は蓮子が変なせいで、私まで変になってきた。こんな恥ずかしいこと、今日じゃなきゃ絶対言えない。
「……ありがと」
「いえいえ、こちらこそ」
私たちは、微笑んだまま、ずっと見つめ合っていた。
今日の私は、とことんロマンチックみたい。こんな時間がずっと続けばいい、なんてこと思ってる。
私たちは、見つめ合ったまま、そして。
「「!!」」
同時に、その声を聴いた。
「メリー! 視て!」
「言われなくても!」
私は、眼に少し力を込めて、声のした方を視た。
すると。
「……何……あれ?」
そこには、結界の切れ目なんてモノじゃない。まるで空中に、ポッカリ隙間ができた様な、穴があった。
穴の中から、沢山の目が、覗いてる。その目と、私の眼が、合った、瞬間、私は、全てを、理解した。
「オイデ? オイデヨ。ホラ、ハヤク」
うん。分かった。今、行く。
「ホラホラ、ハヤク。オソイナア、モウ」
ごめ、んね。から、だが、うま、くう、ごか、なく、て。
「ネエ、ハヤク。ネエ、ネエッテバ。ハヤクシテヨ」
わか、てる、から。いま、いく、から。
「トットトシロヨ。アルクノオソインダヨ」
うる、さい、なあ。いま、いって、る、じゃん。
「ドンクサインダヨ、オマエ。アマイモノバッカリクッテルカラジャネエノ?」
よけい、なおせ、わ、よ。そうい、えば、そ、ん、なこ、とさっき、だれか、に、いわれ、た、な。だれ、だっけ?
だれ、だっけ? おも、い、だせ、ない。
だれ、だっけ? わすれ、た、くない。
だれ、だっけ? いや、いやよ、そん、なの。
だれ、だっけ? たす、け、て?
だれ、だっけ? たす、け、って?
だれ、だっけ? たす、け、るって?
だれ、だっけ? たす、け、てほし、い。
だれ、だっけ? ああ、そう、だ。れ?
だれ、だっけ? きっと、そう、だ。ん?
だれ、だっけ? ぜった、い、そう、だ。こ。
「れん、こ?」
「メリィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「嫌……嫌よそんなの……! 最高のパートナーだって……! 言ったばっかじゃない……!
やだ……やだよぉ……! メリー……目を……開けてよぉ……!」
……蓮子が……泣いてる……?
「どうしたの……蓮子?」
「!! メ、メリー!?」
私は、痛む体を引きずり起こそうと……、したが、蓮子に抱きつかれ、そのまま押し倒されてしまった。
「ちょ、ちょっと蓮子……」
「メリー……ホント……ホントに……心配……したんだからぁ……!
貴方がもし死んじゃったら……私……私……!」
蓮子は、私の胸の辺りで、ひたすら嗚咽を漏らして泣いていた。
なんとなく、そんな蓮子が、堪らなく愛しく見えて、私は、蓮子の頭を一回撫でた。
少し癖の強い茶髪が、私の指に絡みついた。
覆いかぶさられてるところから感じる蓮子の体温が、少しくすぐったい。
結局、蓮子が泣き止むまで、私達はそうしていた。
「……そいつはメリーさん、九死に一生だったねぇ」
私達は今、今回の依頼主である、今の発言をした彼女の部屋に居た。
なんでも、私は境界の裂け目を視た瞬間、まるで夢遊病者の様になり、ゆっくり声の方へ歩いて行ったらしい。
そして、それを見た蓮子が、まずいと判断して私を突き飛ばした。
私の意識はなくなっており、蓮子は、一瞬本気で私の死を覚悟したらしい。
「全くもう、心臓に悪いったらありゃしない」
結局、蓮子が泣き止んだ時は、もう随分遅い時間になってしまっていたし、服も汚れてしまったということで、公園から近い彼女の家に泊まらせて頂くことにした。
急だったにも関わらず、快く私達を2人も泊めてくれるなんて、今度何か御礼をしなければならないわね。
「で、声の正体は分かったの?」
「……正直、分からなかったわ。でも、公園を出る時、もう一度あの場所を視てみたけど、結界の穴は、もうなくなっていた」
「え!? メリーまた視たの!? ちょっと、またああなっちゃったらどうするのよ!?」
「その時は……また、蓮子が、助けてくれるでしょう?」
精一杯相棒に微笑んでやる。
相棒は、一瞬たじろぎ、そして、頭を掻きながら、
「しょうがないなぁ……」
と呟いた。
「……もう一度聞くけどさぁ、2人って、やっぱ男に興味ないの?」
彼女が、私の部屋でイチャイチャしてんじゃねえよと言いたげに、呆れ気味に聞いてきた。
「そうね……。正直今の所は」
「全く、興味ないわね。だって」
次の言葉は絶対揃う。まあ、これも根拠のない確信だけど。
「「私達、最高のパートナーですから!!」」
ほらね、揃った。
鈍感メリーさんが良すぎて困る 蓮メリちゅっちゅ
わなわな蓮子もにぶちんメリーも二人ともすごくかわいかったです。
ごちそうさまでした