Coolier - 新生・東方創想話

花と共に去りぬ

2011/08/24 21:53:46
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 部屋中に飾られた花を見て、いつかにした会話を思い出した。あの時、なんと言ったであったか。
 大したことを言ったのか、それとも戯れたのか。それすらも記憶になく、どうでもいいやと考えるのをやめた。
 花占いでもしたら、答えが出るのかもしれない。



 空には満開の太陽が咲き、無力透明の、眩しさの香りを地へと漂わせている。その色香に当てられたものたちは、どことなく頭を垂れ、唸り声でも発しながら服の裾をはためかせていることだろう。あるいは手を扇にしているかもしれない。
 人々が半袖の袖を更に捲くり出す時期にも、変わらず日を見続けるものもいる。それもまた、事実だ。隣に立ち並ぶ彼らの影で涼みながら、熱された空気を吐き換えた。
 汗の一つもかくことなく立つのを見ていると、不思議とこちらまで涼しい気持ちになる。きっとこの子たちは汗をかくことができる身体であっても、今のように、かくことはなのだろうな、と考えつつ、頤に流れた水滴を手の甲で弾いた。
 そろそろ日傘を差したほうが具合が良さそうだ。



 日差しを遮る花弁たちの影に入って、しゃがむ。こうしていれば汗が垂れる、なんてことはないだろう。誰が見ているわけではないのだが、襟元もしっかり正しておくのも、もちろん忘れない。
 人のことを分別ない野良の獣のように思っているやつが多いが、そこらの妖怪なぞよりも、随分と礼儀もあれば社交性もあると自負している。誰が弱いものいじめ紛いのことをして喜ぶものか。考えなくても分かりきったことだ。
 かと言って全てがその限りであるわけでもない。もちろんのことだが、相手にもよる。礼儀には礼儀を、無礼には制裁を、当然のことだ。
 だから、提供には対価もまた、当たり前と考えるのが普通である。礼儀もあって、対価もあれば、そこに断る理由などなかろう。

 肩に圧し掛かる熱気も、日陰に入れば僅かとかからず降りる。首元を薄らと覆う汗を指先で拭き取れば、心も涼やかだ。
 うん、と背を伸ばして首を曲げて見れば、筋が伸びる小さな音がして少し心地良かった。
 愛用の日傘を差して影を抜ける。お世話になった向日葵に礼を述べるのも忘れてはならない。蒸す暑さ、それさえも吸い込みより艶やかな血色になる向日葵たちの強かさは、見習いたいものだ。
 背の高い向日葵に合わせて、背伸びしてみる。ひょこりと頭だけ出しせば、一様に太陽を眺めているのが分かって、なかなかに面白い。
 皆が同じ方を向いている中で、私だけが一人、別を向く。これもまた面白いことだ。

 実に腹立たしい大きな間違いを、皆している。そう常々思ってきた。
 太陽の畑と呼ばれるこの地の住人は私ではない。言わば、居候に近いと考えている。では、住人は誰かと問われれば、向日葵たちである。言わずもがな、であろう。
 この場所で当人たちに紛れてみれば、恐らく誰でもが気づくに違いない。



 日がな一日することもなく過ごすのが定番だが。時おり、この場所に客が訪れることがある。
 先に述べたように、粗野な輩には即座にお帰りを願うのだが。そうではない、所謂、まともな客は話し相手に丁度良く、好ましい。

 ほんのりと色を落とした空に、頂上からやや低くなった太陽に照らされて、少しばかり動きやすくなる時間が大体の目安。
 合図は髪を乱されるくらいの横風と、下から持ち上げる微かな風。
 この時ばかりは太陽の熱の香りも、滲む地の匂いも纏めて飛ばされ。残されるのは、涼やかな空気と、身を曲げて笑う花たちだけ。
 そうやって、ひとしきり。
 満足すれば、挨拶をするのだ。こんちには、と。
 それに私も従うのだ。

 そうして、今日も珍しく、訪れた。
 片手を挙げてやれば、向こうも会釈付きで返してくる。
 太陽を背負い靡く輝く白色の花を、黄金色の人々は皆、鑑賞し迎えた。
 辺り一面の向日葵が一様に頭を垂れる様はなかなか目を見開くものがある。風に散らされた髪を整えながら、再び挨拶をした。



 花の役目は咲いて散る、などという単純なものではない。決して、違う。視線を惹きつける鮮やかな染料になったり、心を魅了して止まぬ香料になったり、あるいは添えられ料理を彩ることもある。
 花とは人の生活を華やがせるものであるのだ。そこにある姿にこそ違いはあれども、あるべき役割に違いはない。
 そして、今、この手にある瓶に詰めた油は向日葵から抽出したものである。この向日葵たちの雫も、また形こそ失えども、変わらず花である。
 その花は、礼の言葉と引き換えに、彼女の手へと生けられたのだった。



 手から瓶が離れれば、その代わりのものが手に収まる。これも一連の流れだ。
 例えば、熟成されたワインであったり、小洒落た洋菓子であったり。花を眺めて暮らしているだけの私には無縁なものが多くて、少しばかり楽しみになる。
 そういった結構なものと、それから少しばかりの肥料を渡してくる。なんでも、自分のところの庭で使っている特別なものだそうだ。
 いつものように差し出される手。そこに乗っていたのは、今までとは違ったものだった。
 硝子でできた透明な箱。その内には、秋桜の花が一輪、咲いていた。

「散らない花、です」

 彼女はそう告げた。



 彼女の導きに従って、敷居を跨ぐ。
 広いとも狭いとも感じない部屋へと踏み込む。 外観は赤いのに、部屋の内側はほんのりと水の色をしていて、特別に目を引くのは正面に位置する大きな窓だけだ。
 両手を広げても多少のあまりがあるであろう幅の硝子から、暮れ落ちそうな日の色が差し込んでいるのが印象的だった。

 ただ、廊下から、部屋へと一歩、足を踏み入れたときに思った。この部屋の住人は花である、と。
 それは、部屋の至るところに花が咲いていたから、が一つと、その場所の真ん中に在って、あまりにも自然に立つ姿のせいだろう。



「どうぞ」

 扉を越えてすぐのところに立ち止まっていた私を気にしてか、かけられた声。それに勧められた椅子に掛ける。

 テーブルを挟んで置かれた椅子の存在は、ここに来客があることを示しだろうか、二脚。木目の整った飾り気のないつくりである。
 それら二つの中央。薄らとした布の敷かれた、これまた洒落気のないテーブルの真ん中には半透明の花瓶が置かれ、一輪、茎から手折られた金盞花が立っていた。
 幾重にも重なった花弁は、それぞれが輝いているのに、お互いが存在を隠しあうことはなく、一枚 一枚に生命が溢れんばかりに詰まっているのだ。

「それも、よ」

 そう、声をかけられて、いつの間にか上から覗き込むように花を見ていたことに気がついた。花を見るとつい我を忘れてしまうのが悪い癖だ。

「うん。どういうこと」
「それも、散らないわ」

 告げる顔には、照明と位置の関係だろうか、半分ほどが影に覆われていた。



「声をね。聞きたくなったの」
「あー、あー。こうかしら」
「あなたのじゃないわ」

 対面の椅子の隣から、部屋の端。窓の前へと歩いて行く。
 こちらに視線を流しながら、指先だけで器用に窓を開ける。
 窓の脇に飾られた白い花弁が風に乱され、窓の縁に座る花浜匙の紫のふわりとした柔らかな髪は揃って靡いた。



 この花たちは枯れないの、その言葉を残し私に何かを窺うような視線を流してくる。
 けれども、何を考えているのか、そんなことを察することができるほどに互いを知り合っているわけでもなしに、ただ、その言葉の内容について想いを巡らせるだけだ。

 花にとって、枯れないということは、散らないということは、幸せなことなのか、それとも不幸なことなのか、どっちなのだろう。

 椅子の背に身を預けるままに首を後ろに折れば、また別なそれが見える。

 薄い紫や仄かに赤味を帯びた花弁、それらが小く丸く集まった沈丁花は箪笥の上からこちらを見下ろしているのに僅かもその香りはしない。
 隣に並ぶ枝木には紅紫色の小さな蝶。花蘇芳が互いに身を寄せ合って私を見詰め、何かを話し合っているのだろうか。

「綺麗だと思うかしら、それとも、醜いと、かしら」
「見かけの醜美を問うのに、意味はなくてよ」

 まあ、ね。と言葉を切るように息をつくと、こちらへ向けて腕を上げ、指を窄めて見せる。そのまま手首を返して、ぐるりと回転させると、そこには二輪。
 白と薄紅の天竺牡丹。どちらとも変わらずに満開の姿であった。

「この人たちに感謝されてるって思うこともある。ずっと美しくいられて満足だ、って」

 目の前で三つ目の花が咲く。

「恨まれてる、って思うこともあるけどね。同じくらい、ね」

 そうして、一つだけ散る。残った二輪は窓の枠にそっと置かれた。

「だから、貴女に、ね」
「残念だけど。私には分からないわ」
「そう。本当に残念だわ」


 散歩がてらの風が顔を見せれば、紫色も、薄紅色も、白色も、それから銀色も、そよいで挨拶をする。ついでに薄緑色も、だ。
 氷精の住む湖畔のおかげだろうか、蒸す暑さもなく、少しばかり肌に暖かいのが心地良い。

「花は散り際が一番に美しい、なんて言うけれど、本当にそうなのかしら」

 問いかけてくる言葉に曖昧な相槌で返す。

 人間なんて諸行無常に刹那的な美を見出して、去り行くものを美化しているだけ、自分たちがそうであるから。本当は、ずっと綺麗なままで、あり続けるものが好きなのだ。
 なんてことを思ったりもする。
 それでも、やはりどれが一番に美しいか、と問われれば、きっと自身も散り際という答えてしまう気がする。

「ねえ、花、好きなのよね」
「先入観に囚われるのは良くないと思うわ」

 花とはいつでも側にあって然るべきもの。当然とは、当人の気づかぬ内に必要不可欠、ないと落ち着かないものとなっていて。
 だから、好きだとか嫌いだとか、そういう感情の対象からは、上だか下だかに外れている。
 となれば、親や兄弟、あるいは恋人などとは並ぶるには値せず、友人・隣人と比べるのは、はばかられる。だとすれば、何なのか。
 自分自身、もしくはその影。私の中では、おそらくそれに当たる。

「そういう貴方は、どうなの」

 そう問うと、ううんと唸って、腕を組む。組んだまま目を閉じて思案している。こうして、考え事をしている姿など見たことがなかったので、新鮮に思えた。
 しばらく、そうしてから目を開くと、前にいる花の頬のあたりを撫でつつ言う。

 好き。でも、嫌い。

 ぴん、と爪の先で一弾きして、腕を解いた。
 弾かれた頬は赤くなることもなく、一つ舟を漕ぐ。
 その揺れが止まるのには、予想していたよりも時間がかかった。



 暮れかけの日は地平線へと姿を隠し、残り日が暗めいた色を残すだけとなった。もう後少しもすれば、夜が始まるのだ。
 ここから先は妖怪である私より、人間である彼女の時間である。なんともおかしなことだ。

「素敵な色だと、そうは思わないかしら」

 部屋の隅の小机に置かれた立浪草と同じ色の世界を背負って、彼女は私に問う。
 問うというよりは、自分自身に向けているに近い。

「さあね」

 だから、それに合わせてあげる。特別に気遣いをしたというよりも、そうするのが当然だと感じたからだ。
 私のその言葉に頷いて、続ける。

「夜は暗いのよ」

 夜は暗い。夜よりも明るい紫色も、昼間の空の青色も、湧き出る水よりも瑞々しい緑色も、太陽と同じ黄色も、熟れた赤色も、透き通る白色も、闇の黒色も、金色も、それから銀色も。
 夜の中には総じて、そう、暗くなる。

「あなたたちみたいなのには、昼も夜も変わらないのでしょうけどね」
「どういうことかしら」
「私が人間だってことよ」
「人間だったの」
「知らなかったの」
「ううん。知ってた」

 棚の一つに飾られた黄色の杜鵑草。それと同じように下垂した花が、また一つ。

「ついつい、ね。気がつくと季節が変わってたり、なんて、ね」
「忙しいのね」
「そうなのよ」

 淡々という字が似合う言葉の放り合い。けれど、彼女は微笑むことはなかった。
 そうして沈黙となる。



 西日の最後のそのまた最後。それの差し込む窓辺に彼女を見つめていた。窓枠の影は目元に被さり、瞳の色を落ち着かせ。夜に近い色は白い肌に化粧をしていた。
 一人佇むその姿が、ちょっぴりもの寂しい雰囲気を醸し出していて、何と声をかけたら良いのか分からない。声をかけようという考え自体が躊躇われるほどである。

 そうして気づいたのだった。この部屋の主は花なのだとしたら、彼女もまた、花なのだと。
 花は飾るに立派で、ここにはたくさんの花があるのだが、それをもう少し近くで眺めたいと、そんな考えが頭に揺れた。
 だから、できるだけ音を立てないように、両手でしっかりと押さえながら椅子を引いた。
 するすると乾いた床を擦る音が、無音の空間に響いて溶ける。ああ、と溜息が出そうだ、なんてうるさい音なのだろう。

 膝を伸ばすには半分ほど足りないくらいに彼女が振り向いた。なんとなく曇った表情はそのままに。何故か悪いことをした気になるのは、そんな顔で見られたのだから仕方がない。

「どうかしたの」
「いえ、なんでもないわ」

 自分の気持ちを切り替えたくて、おどけて頭を掻いてみせる。彼女もそれを見て、変な人ね、と笑って返してくれた。
 いつの間にかどうしてこんなにも不器用になってしまったのだろうか。花のこととなると我を失ってしまう、悪い癖だ。
 窓辺に立って逆行になっているせいか、笑顔のはずなのに。どうしてかそれも曇って見えてしまう。そうして彼女は再び私に背を向けた。



 夜暗く染まる姿に、全く同じことを問いかけた。声だけが部屋に木霊して、耳の奥に引いて鬱陶しい。
 寝具の隣の机、その片隅に置かれた、苧環の花弁は夜にあって絶えず白く、それでもやはり、すこしばかり暗い。
 すう、と頬に何かが触れて、髪を後ろに攫っていく。無音だった此処に音が入り込む。風が吹いたのだ。

「なんだろうね」

 その風に乗って言葉が飛んできた。乱れる髪もそのままにして紡がれた言葉には力は微塵も篭ってはいない。
 なんと声を掛ければいいのだろうか。言葉の本意を理解できなくて、僅かの間が生まれる。

「ちょっと考え事してたの」

 ん、いや、してたのかも、しれない。と適当な相槌の一つも入れれない内に、次の言葉がやって来る。
 半分ほど、こちらを向いた顔。風に乱された髪のせいもあってか、もうすぐ枯れてしまいそうに見えた。

「らしくないわね」

 ごめんなさいね、と本当にらしくない台詞に驚く。頭を一度振って顔を上げる。
 そこにはいつも通りの表情があった。

「時間、大丈夫なのかしら」
「そろそろ帰らしてもらおうかしら」



 席を立って、扉へと歩く。たくさんの花が飾ってあるにも関わらず、それらの香りなど僅かもない部屋の扉へと。
 そうして、手をかけたとき、背中のほうから声がした。

「私の咲く季節が過ぎた時、この部屋は棺になるの」

 明るい赤も、燃える緋色も、煌びやかな黄色も、瑞々しい黄緑も、深い蒼色も、不可思議な紫色も、全てが床に落ちて、絨毯になって。
 窓から吹く風が色を攫って、空に虹よりも鮮やかな橋を架けるの。素敵だとは思わないかしら。

 後ろを振り返ることはしなかったから、彼女がどのような顔をしているのかは分からなかったが、きっとそれでよかったのだと思う。
 送るわ、と気がつけば私より先に部屋から出ている彼女。後ろを振り返ると花たちだけが残っていて。なんとなく物寂しく感じた。

 ただ、その風景は、私は如何にして死を迎えるのだろう、と考えさせるには十分で。空の遥を眺望する花たちを愛でる彼女に、向日葵を送ろうと思った。
妖怪は死を自覚することはあるのでしょうか。

読んで下さってありがとうございました。
もえてドーン
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コメント



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1.80奇声を発する程度の能力削除
何だか綺麗な感じがありました
4.80即奏削除
月と太陽のような温度差、色使いの落差、素敵です。
面白かったです。
7.90蛮天丸削除
何といえばいいのでしょう。
幻想的な描写と共に、久々に花の匂いを思い出しました。
11.80名前が無い程度の能力削除
もえてさん(ドーンさん?)はかなり比喩表現を多用されるのですね。
しかしこれは敷居です。読み手にはこのような文章に馴染むための姿勢が求められます。
一品一品を舌の上で転がしながらシェフが膨らませた感性を選り分け、時に結び付けてゆく、そんな記号化されないものを、難解さ煩わしさと感じずゆっくりと噛み締めることが出来る時間心理的余裕。

東方に限りませんが世の大きな流れは記号化され記号が求められる傾向にあります。
その様な中敷居がある。ただそれだけで選り好まれざる条件としては充分でしょう。
つまり何が云いたいか、自分はあなたの文章が好きだということです。ごちそうさまです。