色々あったけど、やはり平和が一番だなあと東風谷早苗は思ったのだった。
幻想郷に来てから、もうどれほどの時間が過ぎただろう。
守矢神社。前までは色濃く残っていた外の世界への雰囲気はとうに消え去り、完全に閉ざされた楽園の一員となろうとしている。
早苗は思う。この世界に来て正解だったと。
さっさ、ささっさと箒を動かしながら、一つ息をはく。
かつては外の世界への想いもふと現れ、二柱こと八坂神奈子と洩矢諏訪子に泣き言を吐露した時もあった。
こんなとこに来るんじゃ無かったと部屋に一晩篭もったことも今では懐かしい。
箒を置き、神社の中へ向かう。
一見普通の出来事に見えるこの行動だが、麓の神社の巫女さんこと博麗霊夢の真似事なのである。
確かにやろうとすれば奇跡の神風でほいほいとすぐに掃除することは出来る。が、早苗は敢えてそれをしなかった。
自分は変わったという、ちょっぴり背伸びした早苗なりの考えだ。
目標となる人も出来た。
新しい関係も持てた。
昔のめそめそしてた早苗とはもうおさらば!
「神奈子様、諏訪子様。そろそろ昼食にしませんか?」
「ん、ご苦労様。ちょうどいい時間だね」
「あうー。ご飯はやくー。今日はちょっち忙しかったからおなかぺっこぺこだよ」
「胸もぺっこぺこじゃないのかい?」
「んだとマンダ」
「やるかいスリッピー」
「ま、まあまあ……後マンダは確か龍でしたよ?」
でもそんな幻想郷では、少しだけ非日常な日常がたくさんある。それがまた楽しいのだ。
◆◆◆「私たちって実は少し似てるよね」◆◆◆
「んまい! おかわりー!」
「あ、おかわりですね。……んしょ、はいどうぞ」
「……」
きっかけはちょっとしたところから始まる。
昼餉の時間。今日のメニューは秋静葉、穣子姉妹から貰った食材をふんだんに使用したかやくご飯である。
御櫃に盛られたご飯からは、それぞれの食材の良さが染み出した、ほんわりとした食欲をそそられる香り。これ以上の説明は不要だろう。
早苗のプランとしては、この多めに作ったかやくご飯を夕餉にも使おうと思っていた。
夕方にはさらに味が締まり、また違った風味を楽しめるのである。
「あむ、んぐ、はふ。……はあー♪ ね、ね。もう一杯いただいていい?」
「ふふ、諏訪子様ったら。はい、ちゃんと噛んで食べてくださいね?」
「分かってるよー。はむっ」
「……」
神々の食卓、と言えば大層な名前に聞こえるが、実際そんなことはない。
三人このようにして机を囲み、食事の時とて話し声が絶えることはないのだ。
昔懐かしき食卓の風景でもあり、またここでしか得られない小さな幸せを享受出来る。
早苗は幻想郷というやや非日常な世界にもある、そんな素朴なやり取りが大好きだった。
当たり前だと思うようなことでも、いつその暮らしが消えるか分からないのだから。
そんな中、先ほどから黙していた神奈子が顔を上げた。その面持ちには少し神妙である。
「なあ、早苗」
「どうしました? ……あれ、神奈子様あんまり食べてないみたいですが」
「いや、私は腹七分目だからいいんだよ。それより……」
「それより?」
「おかわりー!」
「あ、はいはいー」
神奈子との会話を中断して、御櫃からご飯をしゃもじで掬おうとする早苗。
だが。
すかっ。
「……あ、あれ?」
ご飯の手応えが全く無く、そのまま畳にどてりと転がってしまう。
あれ、おかしいな? と早苗が思う間も無く、神奈子が説明してくれた。
「早苗。もうご飯ないよ」
「ふにゃ……え、ええっ!? もう無くなっちゃったんですか!?」
「何なら自分で見てみるといいわ。文字通りのすっからかんよ」
ばばばっと空っぽの御櫃を見た後、改めて神奈子に向き直る。
神奈子は何も言わずに、諏訪子の方を指さした。
食卓の向こうでは、ぽっこりとおなかを大きくした諏訪子が満足そうにおなかをさすさすしている。
それを見た早苗は。
「……かわいいっ!」
「いやそうじゃないでしょ」
「あう」
びすとゴッドフィンガーが早苗のおでこに直撃。
やり直しである。
「……まさか、諏訪子様が全部食べてしまったのですか」
「そゆこと。何合あったかは覚えてないけど、夕食にも使う予定だったのであろ?」
「は、はい。どうしましょう……」
「まあそれはいいのよ。問題は諏訪子、あんただよ」
「ほえ?」
おろおろする早苗を尻目に、諏訪子を名指しする神奈子。
とうの本人はというと、何が起きたのと言わんばかりに首を傾げている。当てられることは考えていなかったらしい。
「どうも変だと思ったんだけど。諏訪子、あんたそんな大食漢だったかい?」
「え? ああ、今日はお仕事ちょっと頑張ってたからね。おなかも空いちゃうってものだよ」
「何を頑張ったんだい?」
「ええと、そのね。ちょいと麓の神社の方まで」
「あれ、あんたの仕事場は間欠泉センターじゃなかったっけ」
「あうー……」
「か、神奈子様。どうしたんです? 諏訪子様ちょっと涙目じゃないですか」
普段よりきつめの口調で問う神奈子に、早苗は思わず諏訪子を庇いながら二人の間に入っていた。
何故自分がこうしたかはよく分からなかったのだが、今の関係を些細なことで壊したくはなかったのだ。
しかし、神奈子から発せられた言葉は意外なものであった。
「早苗、そいつは諏訪子じゃない。神力が全く見えないわ」
「え? どういうことです? 諏訪子様じゃないって……」
「言葉の通りだよ。私と諏訪子も付き合いがが長いんだ、間違いない」
「そういうものなんですか? 見た目では全く分からないんですけど……」
「そだねえ。ご飯の量も去ることながら、色々違和感があるんだ」
そう言うと、神奈子は諏訪子(?)の方を見ながら、早苗に語りかける。
しかしどう説明すればいいのか若干決めかねているらしく、言葉を選んでいるようだ。
「いやまあ。諏訪子ってたまにあーうーって言うでしょう?」
「あ、はい。困ったときとかによく言いますよね、あーうーって」
早苗の言ったあーうーが諏訪子にそっくりだったので、少しだけ苦笑する神奈子。
やはりこの二人は遠い遠い血縁なのだ。まさかこんなところで似ていようとは。
ともあれ、神奈子は続ける。
「でもそいつのあーうーはなんか違うんだよ」
「そうなんですか? 諏訪子様」
「あうー」
「……本当です! 何か、こう……うーん、うーん?」
「早苗、気持ちは分かるよ。何かこう違うんだよね? 私にも上手いこと説明出来ないけど」
どうにかして解釈しようとする二人に、ちょっと戸惑い気味の諏訪子(?)。
仕方ないので諏訪子ではないらしい誰かさんは、残っていた早苗のご飯を食べることにしたのだった。
「……結局この子は誰なんです? 諏訪子様ではないというのでしたら」
「そうだねえ。こんな子は山の周辺には見なかったよ。ここら辺の子じゃないのかもしれない」
結局あーうーの発音の違いは後々話しあいで解決するとして、二人は改めて本題に入ることにした。
一言で言えば、誰この子である。
「では、私にお任せください。早苗がこの不届き者の正体を暴いてみせましょう!」
「いいのかい? あんまり乱暴するんじゃないよ」
「任せてください!」
解決策らしい策も特に思いつかなかったので、神奈子は早苗に一任。
彼女の中では、最近幻想郷の空気に馴染めてきた早苗を試してみようという心境もあったかもしれない。
神奈子は期待していたのだ。彼女がどのようにして諏訪子なりすまし犯の正体を暴くのか――。
「ではお尋ねします。あなたは誰ですか?」
「え、私? 私はねー」
「なお諏訪子様と言った場合あなたの妖力は全部スポイラーされます」
「ひえっ!?」
「後ついでに守矢信教の生贄として明日妖怪の山頂上に全裸で放り出します」
「ふえぇ!?」
「……ということはありませんので、ご安心ください」
「そーなのかー」
思いの他あっさりと正体がばれた。
後後ろで見ていた神様がこけた。それに驚いたのか、数羽と小鳥が飛んでいったのだった。
◆
「つまり、諏訪子様が暇だし替わってくれと」
「そういうことー。急に頼まれたからびっくりしたよー」
「全くあのピョン吉。私らに隠れて何やってるんだか……」
改めて諏訪子になりすましていた人物――ルーミアの話を聞くとそういうことらしい。
ともあれ今でも諏訪子はルーミアの姿でどこかに行っているそうだ。
ルーミアだと思って相手したら、突然鉄の輪が飛んでくるということである。普段よりも危険度数倍増しなのだ。
今回のも恐らく暇つぶしの一環であろう。良く言えば自由奔放な諏訪子らしい話だ。
「しかし、あんたも良く引き受けたものだね。見返りとか求めなかったのかい?」
「ううん、特にはー。美味しいご飯を食べられるって聞いて二つ返事だった!」
「やだ、諏訪子様私のご飯を美味しいって……」
「確かに早苗の作るご飯は美味しいからねえ。でもまあ、らしいといえばらしいか」
「ふにに」
言いながら神奈子は、ふわふわなルーミアの頭をぽんぽん撫でる。
目先の利益に飛びつきやすいのは妖怪の特徴だ。今こうしてふにゃっとした笑顔を作っているこの少女も、それに倣っただけである。
となれば、神奈子もきつく言うことが出来ないのだった。神様は心も広い。
「じゃあ、ルーミアさんはしばらく諏訪子様として接しないといけませんね」
「そうなの?」
「まあ、なりきれってわけじゃないけど。妖怪が神社にいると分かったら、私達を信仰している人間が悪く思うかもしれないから」
「でも私全部食べちゃうよ?」
「あらどうしましょう。その時は守矢に代々伝わる東風谷拳法奥義を解放するときが……!」
「そんな物理的なことを教えたつもりはないよ」
「ふや」
ゴッドチョップ。相手はくらっとする。
ちょっとだけ涙目な早苗は放っておいて、神奈子は今後のプランを脳内で展開する。
諏訪子は普段何をしていたかを考えるためだ。
本人がどこにいていつ帰ってくるか分からない以上、こうなったらルーミアに代役をさせるしかない。
だが、ここで重大なことにふと気付いたのだった。
……いや、あいつ何かしてたっけ?
「諏訪子って、今まで何してたかね」
「諏訪子様ですか? ……えーっと、いつも畳でごろごろしてたり、神社の奥の方でじーっとしてたり、境内で遊んでいたり……」
「分かった。ありがと早苗」
つまり諏訪子は何もしてないのだ。
かつて神奈子が存在を隠していたとはいえ、表向きは神社でのうのうと暮らしているだけである。
それもそのはず、諏訪子は裏で行動するタイプなのだ。
何を企んでいるか分からない上に、その時が来るまで決して他人に話したりはしない。
いわば秘密主義である。第一に神奈子自身、諏訪子の行動は全て把握出来ていないのだ。
ということで。
「ルーミア、あんたこの神社にいること以外何もしなくていいわ」
「え、そういうものなの?」
「ああ。情けない話だけど、神様はいつも忙しいってわけじゃないのさ」
「へー、暇人なのね。いや、この場合は暇神かも」
「ぐふばっ!」
案外思う節があったのか、ルーミアの言葉がぐさっときた神奈子。
今度は彼女がちょっとだけ涙目になってしまった。子供の無邪気な一言は時として凶悪なナイフとなる。
打ちひしがれる神奈子を見て早苗は、今度から布教活動の範囲を広げてみようと思うのだった。
勿論早苗が頑張れば頑張るほど神奈子の仕事も少なくなるということを、彼女はまだ知らないのだが。
◆
「……ということで、私がルーミアさんの世話をすることになったのです」
「誰と話してるの?」
「いいえー。そんなことよりアメちゃんをあげましょう」
「わーい」
くるり、にこー。
そんな模範的な笑顔でルーミアにぺろぺろキャンディーを与えつつも、早苗は内心困っていた。
子供の世話はとにかく、相手は妖怪なのだ。
本来なら神聖な神社にいてはならないはずなのだが、どうなのだろう。
座りながらアメをちるちる舐めているルーミアに対し、一応早苗は軽く諭しておくことにした。
「今回は特別ですよ? 本来なら守矢神社に堂々といていい妖怪なんていませんから」
「じゃあ、向こうの神社には特別な妖怪ばかりなのかな?」
「向こうって」
「あっち」
早苗の言葉を制して、ルーミアが麓の方を指さす。
彼女の言いたいことはあの博麗神社であろうと言うことを、早苗は考えずとも分かっていた。
人間の参拝客は全く来ず、人里でも妖怪に侵略された神社と噂されている。
何でも去年くらいの年越しでは、三匹の妖精と共に妖怪だらけのお祭りを開催していたとか。
信仰集めのライバルとして早苗達は行っていないものの、その話は新聞によって瞬く間に広がってしまっていて。
そんなルーミアの疑問に、早苗は苦笑いで答えることしか出来なかったのだった。
吸血鬼、隙間妖怪、鬼、火車、死神、仙人。
新参の方である早苗でも、博麗神社に集う人物はどれも有名人であるということは知っていた。
強い人には強い人が集まってくるのかなとふと考えたところで、早苗はルーミアを見る。
やはりこの法則は考えないでおくことにした。
「あむ。もぐもぐ」
「美味しいですか?」
「んみ? 美味しいけどおなかはあんまり膨れないよ?」
「ふふ。本来お菓子はそういうものですよ。ルーミアさんも甘いの、好きですよね?」
「うん、好きー」
「こっちでは、甘いのは割と貴重品ですからねえ」
そう言いながら、早苗は神社の何もない天井を見上げる。
そんな彼女を見ながら、ルーミアは首を傾げつつも再びぺろぺろし始める。
掃除も一段落していたので、今はこうして居間で二人きりである。
神奈子は無くなってしまったご飯をどうにか工面すべく、どうやら台所で思考錯誤している様子。
神様は家庭的でもある。万能なのだ。
「……それにしても、本当に諏訪子様に似ていますねえ」
改めて、早苗は隣にいるルーミアを見る。
確かに目を凝らして見れば、若干髪の質などが違って見えるかもしれない。
背格好もさることながら、服を入れ替えただけでこうも似ていようとは。分からないものである。
もっと注意深く見てみる。すると、少し日光に当たっていたからだろうかところどころ枝毛が出ているのを発見した。
その部分をそっとつまむと、ルーミアはやんとそっぽを向く。
つまみ。ふいっ。
つまみ。ぷいっ。
「もー。髪は触らないでよ」
「いいじゃないですかー。折角妖怪が近くにいるんですし、ちょっとくらい触っても」
「あなたは触っちゃダメな人類!」
「えー」
ぷくーっと少し頬を膨らませたルーミアは、さすがにじれったかったのかアメを噛み砕き始めた。よく持った方だろう。
お触り禁止令を受けてしまった早苗ではあったが、やはり妖怪への興味は捨てきれなかった。
人間とは違う、似て非なる存在。そんな存在が今私の隣にいる。
そう考えるだけで、早苗の中の好奇心がどんどんと膨れ上がっていく。
好奇心を捨てたらすぐおばあちゃんになってしまうと、早苗は遠い将来のことも心配しているのだ。
思い立ったら即実行ということである。
「ルーミアさん」
「なーに? 髪フェチなお姉さん」
「ち、違いますよ! 提案があるんです」
「提案。話を聞こうかー」
すかさず次の話へ持ちこむ。こういうのは勢いが大事なのだ。
「……というより、一つ言いたいことがあるんです」
「うん」
「御櫃のご飯を全部食べてしまったのはこの際許しましょう。ですけど、私はおなかぺこぺこなんですよ。どうしてでしょうかね?」
「……」
「言えないでしょうねー。全部この中に入ってるわけですから」
「ふや!?」
むにゅっ。
言いながら、ルーミアのおなかをつまむ。
薄い肉付きながら、しっかりと弾力をもったぽよぽよのおなか。
そう。早苗はあの騒動の際、ルーミアがどさくさに紛れて早苗の昼食を食べているのを知っていたのである。
反応ありと見た早苗は、一気に締めの段階に入ることにした。一度火が点くと中々止まらないのである。
これでルーミアを好きに出来るでしょうという、ちょっと危ない考えも含んでいるのだが。
「つまり、私はあなたに貸しがあるわけです。ご飯一杯分の。分かりますね」
「……うー」
「たかがご飯、されどご飯。無かったら困るものです。どうですか? ご飯の貸しと引き換えに、少し体をですね……」
「……」
「どうしました?」
少し喋った後、早苗はルーミアが黙っていることに気がつく。
実際の所こうして早苗自身が気づかないと、話が延々と続いてしまうのだ。一度調子に乗ったら誰も止めようがない。
故に神奈子が物理的な技を覚えるに至り、早苗のブレーキ役となっている。
因みに最初の内は突っ込みもやんわりとしたものだったが、最近はオンバシラの使用を検討し始めているとか。
それはともかく。早苗はルーミアの様子をそっと窺う。子供の扱いは慎重にしなくてはならないと分かっているからだ。
しかし、彼女からの一言は少し思いがけないものだった。
「早苗ぇ……」
その一言に、間近で見た早苗は反射でびくっとしてしまった。
ルーミアの言葉が体中を反芻し、自然に鼓動が鳴り始める。どきどき、どきどきと。
今、目の前にいるのは確かにルーミアだ。だが。
「うぅー……」
その姿形で、早苗と言われてしまうと。
―――本当に、諏訪子様と間違えてしまいそう。
「う、あの。そのですねルーミアさん」
「あんまりいぢめないでよ、早苗……」
「ち、違うんです! ええっと、そういうつもりで言ったわけじゃないんです!?」
「本当に?」
「は、はい!」
カウンターを無防備に受けた早苗は、あれやこれやと身振り手振り。
そういえば、今日初めてルーミアから早苗と呼ばれたことにふと気がつく。偶然かは分からないが、今まで曖昧な受け答えでお茶を濁していたのだ。
ぐすぐす鼻を啜り始めたルーミアをなんとか宥めようと、早苗は自身の袖をまさぐる。
麓の巫女さんこと霊夢曰く、袖には無限の可能性が入っているのだとか。
その言葉を信じながら、早苗はある感触を得た。それを目で確認すべく手を出してみる。
「これは……おみくじ?」
見ると、小さな紙切れが一枚。それが何なのかは早苗自身がよく知っていた。
毎日暇な時にちまちまと作ってきたお手製のおみくじ爆弾である。
使い方は簡単で、近くの手頃な地面にぽいんと放り投げるだけ。爆発した際に出る文字で運勢を占うというものである。
このおみくじ爆弾の爆発は見る分には中々派手なので、子供達の間では好評なおみくじなのだ。
「(これを使ってみましょうか)」
子供だましな手段ではあるが、これならばルーミアの機嫌をとることが出来るはずである。
だが、問題が一つだけあった。中から何が出てくるか分からないのだ。
種類としては大吉、吉、凶、大凶の四パターン。最低でもルーミアを喜ばせるなら吉以上が好ましいだろう。
確立としてはちょうど半々。それでもやってみる価値はあった。
「ルーミアさん」
「……何?」
「早苗があなたの運勢を占ってみせましょう。このおみくじで」
「おみくじ……ああ、うん。そのおみくじで?」
「ええ。ちょっと変わったおみくじで、面白いんですよ? それに良く当たると有名なのです!」
「へー」
とりあえず興味を惹くことは出来た。元々おみくじはやれるならやってみようかなと思えるのだ。
特に年始などの特別な行事がある日にはさらに効果があり、ワンコインで手軽に運勢を占うことが出来るためとても繁盛するのである。
残るは運の問題だが、早苗はそれについては全く心配していない。
奇跡を起こす程度の能力。彼女自身の能力があるからである。
神風をもたらし、乾いた大地に植物を根付かせ、時には駄菓子屋のアタリ付きゼリーまで当ててしまう。
かつて外の世界にいた頃はとあるチョコ菓子で金のエンゼルを当てまくってしまい、一時期銀は出るのに何故金が出ないのかという不思議現象を生み出した張本人となった時があった。
さすがに今では反省しているが、当時はエンゼルは当たることが当然だと思っていたとか。
閑話休題。
そんな早苗がおみくじ程度で躓くことはないのだ。故に心配などするはずもない。
今回も当たる。早苗自身も現在進行形で運気がぐんぐんと高まっていると感じていた。
「それでは、少し離れてくださいね。ちょっと派手に占いますから」
「そーなのか? じゃあこれくらい離れてればいいかなー」
「ええ、それで十分です。行きますよ!」
ルーミアにある程度離れてもらった後ぐっと力を込め、早苗はおみくじを上へと放り投げた。
早苗の手から離れ、浮かんだ紙がくるくるくるくる。
二人がちょっとだけ緊張の面持ちをしながらも、中身が分からないおみくじ爆弾はひらりひらりと地面に近づいていく。
地面に到達し、ぱーん! と炸裂音がすると同時に、二人にもはっきりと分かるくらい大きな文字が出てきたのだった。
「大凶」
「あ」
「あ」
黒い煙からでてきたそれが、無情にも二人をあざ笑った気がした。
だが、早苗は確かにおみくじに奇跡が起こるのをこの目で見たのだ。そしてこのざまである。
「……ねえ早苗ー」
「え、ええ。うん……なんでしょう?」
「この占いってよく当たるんだよね」
「……はい」
「そっかー。よく当たると評判のいいおみくじなんだよね?」
「そ、そうですねっ。でも、占いなんて当たるも八卦、当たらぬも八卦ですよぅ」
黒い煙が風にまかれた後、ぶすーっと半目で早苗を見つめるルーミアと、冷や汗をかきながら視線を逸らす早苗。
仕方ない。おみくじだから仕方ないのだ。
いくらなんでも必ず大吉が出るとかいう如何様は出来ないし、そんな都合の良いもの用意してるはずもなく。
ただ、これが奇跡なの? と早苗の頭はそれだけがひっかかっていて。
つい態度を疎かにしてしまった。
「うぁーん!」
「わぁっ! す、すみませんすみません! 不正は無かったんです! でもなんていうか、すみませんー!」
元々ぎりぎりの線だったルーミアは、ふつりと限界を超えてしまった。
この世界では奇跡も、魔法もある。ただ場合が悪すぎたのだった。
◆
「ぶぅー」
「……あうあう」
結局気休めに背中をぽんぽんしながら宥めてた早苗だったが、今度はちょっと気まずい空気となっていた。
あれだけ言った手前、話しづらいのだ。
どんな形であれ子供を泣かせてしまったのは、さすがの早苗もわずかながらダメージを受けたらしい。
因みに起こった奇跡とは「ルーミアのイメージに近いおみくじ結果が出る」というものである。
ルーミアといえば宵闇の妖怪。つまり視界を遮るくらい真っ黒なわけで。
イメージカラーがどこを見てもまっくろくろだったので、色合いが近いおみくじの大凶が出てしまったのだ。
はた迷惑な奇跡である。
「早苗、どうかしたんだい?」
そんな二人の間に、何も知らないフランクな神様がひょっこりと出てきた。
困った時の神頼みよろしく一見するやいなや、早苗は神奈子に半ば飛びつく形で身を投げ出したのだった。
「神奈子様! 早苗はおみくじに嫌われてしまいましたー!」
「えっ。……ああ、なるほどね」
豊満な胸にひーんと泣きつく早苗と、大凶と書かれた紙を持ったルーミア。
聡明な神奈子は大体それだけで分かった。頭の回転には自信のある方である。
「ルーミア、ちょっとおいで」
「んー? 今日の占いは大凶ちゃんの私に何か用なのかー……?」
「おや、ちょっと見ないうちにやさぐれちゃったねえ。早苗の中学生時代を思い出すよ」
「か、神奈子様ぁ!」
「はは、冗談さね。何もそこまで怒ることないじゃない」
神奈子はちょいちょい手招きをしながら、出来るだけ優しげなオーラを全身に身を纏う。
それだけでふわりとした穏やかな風が、三人を囲むように吹いている。一瞬の出来事だった。
その変化は、普段あまり考えないルーミアの肌にも十分感じられていた。
自由気ままで、何でも許してくれそうなくらい明るい笑顔を向けているカミサマ。
いいなあと、何となく思う。ただそれだけしか思えなかったが。
「まあおみくじなんて気にすることはないよ、ルーミアよ」
「そーなのかー?」
「ああ。その運勢が今後一年続くというわけではない。どう思うかは結局個人の考えなんだよ」
「まあ、私の場合おみくじってひいただけで満足しちゃって、結果なんてちょっとすれば忘れてしまいますね」
「ん。早苗なんておみくじ爆弾で花占いみたいに何回も自分を占ってるからね」
「へー。メルヘンチックなのね、早苗って」
「私は乙女心を忘れないのですっ」
ふふんと胸を張る早苗をちらりと見ながら、神奈子はこっそりルーミアに耳打ちをする。
「神様から見ればだけど。おみくじなんて大したことないよ」
「そういうものなの?」
「そうさね。大凶といっても、自分の身に必ず降り懸かるというものではないからね。断言では無くあくまでも気休めの一つだよ」
外の世界では、毎日テレビで今日の占いというコーナーがあったのを神奈子は覚えている。
通勤する前などに放送して、今日も一日頑張ってくださいねとか言いながら星座ごとに順位がずらずらと出てくるというものだ。
頑張ってくださいとか言いながら、自分の星座が最下位だったら頑張れるんだろうとかふと思ったりもしたのだが。
因みにその占いは毎日行われる。つまり運勢なんて次の日になればころりと変わるのだ。
運の神様とは気まぐれでしかないのである。
「幻想郷じゃ、毎日何が起こるか分からないだろう? 大凶でもせいぜい木にぶつかる程度だよ」
「それ、毎日あるかも。真っ暗でよく頭をぶつけちゃうよー」
「じゃ、まあ……頭をぶつける回数が一回増えるくらいだね」
「えーいたーい」
「神である私が一回と言うなら、その一回我慢すれば終わりよ。お話はおしまい」
「うに」
ぽんとルーミアの頭に手を置き、神奈子は耳からそっと離れる。
何を話してるのかなと近くで耳を澄ませていた早苗がたまたま近くにいたので、そちらも軽く頭を撫でておいた。
ほにゃーとはにかんだ笑顔を見せてくれた。かわいいものである。
「さて、どうにか今日の夕食は上手くいきそうだ。早苗も用意しておくれ」
「はい! 神奈子様はもう休んでもいいんですよ?」
「いいんだよ。折角かわいい妖怪が来てるんだ、ちょっとくらい腕を奮ってもばちは当たらないさ」
「もう、神奈子様ったら。ルーミアさんがいるからって」
「美味しいご飯が食べれるなら私は何でもいいよー」
ルーミアの暢気な言葉を聞くと、二人はくすりと笑った。
度々確認しないと忘れそうだが、外見は諏訪子である。
性格のギャップというのだろうか、見た目相応のかわいらしいことを言うだけで印象は違ってくるのだ。
ルーミア自身は大分慣れてきただろうが、諏訪子の衣装はシンプルな割に結構ふりふりしている。
視線に困るということはないのだが、早苗としては微妙な気持ちである。
着てみたいとは思えど、今の彼女にあうサイズがないだろう。
「分かりました。ルーミアさんのために料理を二人で頑張って作りましょうか」
「うんー。……あ、でも私は何すればいいのかな。のんびりしてればいいの?」
「そうですね。応援の一言でもくだされば」
笑いながら、早苗がいたずらっぽい顔をする。ちょっと困らせてやろうかなという目論見だ。
それを聞いたルーミアはんーと小さく唸りながら、時折上を見上げたりしている。
そんな一生懸命何かいいことを言おうとするルーミアを微笑ましく感じながら、早苗は徐々に台所へ向かっていく。
そして台所に着きそうになったところで、大分離れていることに気づいたルーミアは、こちらに向かって慌てて一言だけ。
「早苗ー! お昼ごはん美味しかったから、おなかぺこぺこにして待ってるからねー!」
「ふふ、そうですか。ルーミアさんの運勢を変えてあげるくらい美味しいものを作っちゃいますからね」
「それまで私は一人影踏みして遊んでるよ……」
「暗っ!?」
早苗は思った。一人影踏みを始める前に料理を早く作ろうと。
それが、早苗が今出来る精一杯のことである。
◆
時は過ぎ、夕食の時間。
「おにぎりうめぇー!」
「ほらほら、それじゃもったいない。味が染みてるからよく味わってみてごらん」
「ほんと? もむもむもむ……」
「ううむ、さすが神奈子様! 残り少ない食材でこんなことをするとは! あ、これしゃけです」
神社の外から見れば、まるで家族の団欒のような光景が広がっていた。
結局影踏みする前に日が落ち、一人十字架ごっこに勤しんでいたルーミア。
ぐうぐうで背中とぴったんこなくらいおなかを空かせた彼女に対し、神奈子はあるものを作ることにした。
新たに炊きなおしたご飯を、一つ一つ手で丹念に握ったもの。有り体に言えばおにぎりである。
おにぎりといえば空きっ腹にずしりときく、おなかがすいた時はこの上なく美味しい食べ物の一つだろう。
見てくれはともかく、神奈子はこのシンプルなおにぎりにちょっとした仕掛けを施していたのだ。
「あむっ。これはおかかなのかー」
「おかかですか、いいですねえ。……あれ? これ何も入ってませんが」
「ああ、具の無いおにぎりは負けおにぎりだから」
「な、なんですかそれ!?」
「早苗ー、今度はコンビーフだったー」
「くっ……ちょっと大きいおにぎりが残ってるからって釣られてしまいました……! 不覚っ!」
簡単に言うと、おにぎりに適当な具を入れたのである。
その種類も多く、鮭やたまご、しそといったスタンダードなものから、焼き鰻、酒、おにぎりinおにぎりといった変わり種まで数多くある。
勿論全部食べられるもので構成されているため、ランダム性を楽しみながら味わうことが出来るというわけである。
守矢神社は日々奉納されるお米だけならたくさんあるということを生かしたのだ。
「でもまあ負けおにぎりにも塩がふってますし、美味しいです。もむもむ」
「ごちそーさまでした! ……えっとー」
「ん、私に何か用かい?」
食事の時間も過ぎ、これからどうするかという思いが各人に出てくる。
そんな中、ルーミアがややためらいながら神奈子に声をかけた。
「あの、入ってもいいかなー。おふろ」
「ああ、そのことだね。それならもう準備してあるし、気をつけて行っといで」
「分かったー」
顔をぱあっと明るくし、見るからに嬉しそうにしているルーミア。見方によってはわくわくしているようにも見える。
そういえば掃除してた時もじーっとお風呂を眺めてたっけ、と早苗はふと思った。そもそも妖怪は水浴びをするものだと考えていたのだ。
とててと駆けてくルーミアを見ながら、早苗は神奈子に向き直った。
「では、私も行ってきますね。妖怪とはいえ子供一人では危ないですし」
「ああ、行ってくるといい。さすがに私じゃ……ねえ」
「神奈子様、どうしたんですか?」
「いいや、早苗の方がルーミアは付き合いやすそうだし、私は遠くから見ておこうと思ってね」
「妬いてます?」
「……そこまで分かってるなら言うもんじゃないよ、早苗」
「ひゃん。はぁーい」
神奈子に軽く叩かれつつも、早苗はルーミアの後を追っていく。
それでも何だか新鮮な神奈子が見れて、早苗の頬が段々ゆるんでいく。くすぐったいようなその気持ちは、自然と言葉になって出てきたのだった。
「そうですね、神様だって照れちゃうんですよね。ふふっ♪」
◆
「ルーミアさーん」
「ん? 神フェチのお姉さん、どうしたのー?」
「え? ……こほん、私も入らせてもらいますね」
「うんー♪」
「では、失礼しますー」
ルーミアの「かみ」のニュアンスがやや違う気がしたが、早苗は気にしないことにした。
風呂場の戸を開けると、早苗の肌に温かな湯気と水気が感じられる。
かっぽーんとなった浴槽には、小さな黒い影が一人。勿論ルーミアが先客として一人風呂を堪能していたのだ。
タオルを体に軽く巻いた早苗が姿を現すと、ルーミアが小さく声をあげた。
「わ、ないすばでー」
「そうですか? ふふ、実はですね。私はこう見えても結構体には自信があってですね」
「チルノや大ちゃんと比べて」
「はう。がっくし」
ルーミアから発せられたにべも無い言葉が早苗にクリーンヒット。
考える頭があまりない以上仕方はないのだが、無意識に持ち上げて落とされるのはさすがに心が痛い。
よよよと目尻の涙を隠しつつ、さっさとかけ湯を終えた早苗は湯船にとっぷりと浸かった。
湯船はそんなに広くはないので、二人は自然と密着する。
「……あれ、ルーミアさんタオル巻いてないんですね」
「んお? 私は水浴びの時はいつも裸なんだけど」
「ふふふ。実はですね、お風呂ではタオルを巻くのが常識なのです!」
「そーなのかー! あれ、サービスとかないの?」
「……。そ、そんなものはございませんっ!」
「ちょっとだけ悩んでたのは私の気のせいだったかしら」
幻想郷にはそういうサービスも必要なのかという新たな常識を手に入れた早苗の横で、ルーミアはのんきにお湯を手でぱちゃぱちゃしていた。
どうにも早苗はルーミアにペースをとられがちのようだ。見てくれは子供とはいえ、幻想郷の一住民である。
幻想郷の面々は良く言えば個性的で、悪く言えば変な人が多い。
年若く(?)まだまだ青い早苗が幻想郷に馴染むのは、一体いつになることやら。
「ところで、早苗ー」
「……なんでしょうか、ルーミアさん」
それから暫く二人は黙っていたのだが、ルーミアが口を開く。それに対して、早苗は生返事。
早苗としては見守っておかないとと一緒に湯船に浸かり続けていたのだが、予想以上にルーミアの入浴時間が長い。
要はのぼせかけの状態なのだ。元々のぼせやすいのでは? という質問は却下しておく。
「神奈子さまってさー」
「はい」
「なんかこうお母さんだよね」
「ぼふっ」
ばちゃん、と大きな水音が鳴り響く。早苗が頭からお湯にダイビングした音である。
のぼせあがった、平たく言えばふやけた頭に、ルーミアの言葉がツボにクリーンヒットしてしまったのだ。
どうしたんだろ、遂に頭がヘんになっちゃったのかなとちょっと心配するルーミアをよそに、早苗がお湯から浮上した。
「ぷあ!」
「わ、わかめお化け!?」
「誰が濡れた髪の毛がまるでふえるわかめみたいですって!?」
「そこまでは言ってないよ!?」
「……まあ、聞き慣れてるからいいです。それよりルーミアさん、神奈子様がお母さんだと申しましたね」
「うん、私が思ってることだけどー」
「お姉さんです」
「え?」
「神奈子様は、そう言えば墜ちます」
どやあ。
早苗の表情は、これ以上無いくらい自信に満ちたものだったであろう。
ルーミアとしてはそれが何を意味しているかは分からないのだが、墜ちると聞いて少し興味が出てきた。
しかし、彼女の中では神奈子がお姉さんだとはあんまり思っていない。よくて姑である。
勿論本人の前で言うつもりはない。分はわきまえているのだ。
かぽーん。
「それを言ったら、私に何か得することがあるのかー?」
「分かりませんが、割と面白くはなると思いますよ。そろそろ暑いですし、体を洗って出ましょうか」
「うんー」
ざぽーん。
軽く体を洗い、置いてあったタオルで体を拭く二人。
みたところ着替えもあるので、どうやら風呂に入っている間に神奈子が用意していたようだ。もはやゴッドマザーの領域である。
それぞれのサイズにあったパジャマに着替え、居間に戻る二人。
そこで見た神奈子はややくたびれた様子ではあったが、二人を見ると胡座に戻していた。
「おかえり二人とも。何か飲むかい?」
「私は水で大丈夫です」
「おねーさん、私も水ー」
ぴしり。という音が聞こえた気がした。
「今、なんと」
「え?」
「すわ……ルーミアよ、その口から今何と言った?」
「え、えっと」
今までの穏和な雰囲気とはまた違った神奈子に、ルーミアは少したじろぐ。
神社の外が、がたがたとうるさい。
どうやら季節はずれの暴風が吹いているようだ。これも神奈子の力によるものなのだろうか。
「お、おねーさんって言ったよ」
だが、ルーミアは強い子だった。自分が言ったことを曲げなかったのだ。
それを聞いた神奈子は、そうかと一言。そして胡座を崩し立ち上がると、ルーミアの肩に手をおきまた一言。
「……ルーミア、今日は一緒に寝ようか」
「ふえ?」
「何も怖がることはない。ただね、今私いたく感動しているだけなのだ」
「そ、そーなのかー」
私を初見でお姉さんと言う人なんていなかった……! と心うたれる神奈子を前にして、ルーミアはやや戸惑い気味に返事する。
あちこちをきょろきょろ見渡し、しまいにはそばにいた早苗にぎゅっとしていた。
お風呂上がりなのでほっこり温かい。役得である。
「さ、早苗。どうしよう」
「そうですねー、私がルーミアさんならこの際色々お願いしてみますが」
「でも、そんな大それたことは言えないし」
「ふふふ。それとも、私と一緒に寝たかったですか?」
「それはない」
「全否定もらいましたー!?」
私のこと嫌いなんですかと袖を濡らす早苗をよそに、ルーミアはもももと考えていた。
実際一人で寝ることは慣れているのだが、自分のそばで寝てくれる人なんてそうそういない。
いるとすれば夏場闇を作っている時に紛れ込んでくるチルノくらいだろうか。
となれば、やっぱり答えは一つである。
「じゃあ、今日はお姉さんにお世話になるわ」
「うむ、折角だし神様の話をしてあげよう。或いは、何か悩んでることがあったら相談してみるといい。力になれるかもしれないしね」
「今日は! 今日はということは、いずれは私とも寝てくれるんですね!?」
「えっと、そのうちねー」
「やったー!」
年甲斐もなく畳にステップを踏みながら喜ぶ早苗。
因みに割と遠回しな発言をされているのだが、本人が幸せならそれでいいだろう。
「じゃあ、行こうか。おやすみ早苗」
「おやすみなさーいさなえー」
「はっ。ええ、おやすみなさいです」
こうして、三人の初日は幕を閉じた。
ルーミアと神奈子はというと、神奈子の昔話に興味津々だったルーミアが色々質問したりして、時には彼女を驚かせた。
それと同時に、過去の自分がどれだけ追い込まれていたのかと苦笑したりもして。
ルーミアの方も終始楽しげに聞いており、二人とも穏やかな時間を過ごしたのだった。
一方早苗はというと、これからの生活についてあれこれ考えていた。
ルーミアとの生活、はたして今日の働きは何点だったか、はたまたどうすれば仲良くなれるか。
色々と脳内プランを展開するうちに、自然と枕を抱きしめながらすうすう寝てしまっていたのだった。
◆
数日たち、一週間がたち、大体二週間が過ぎた。
「ふー……わぁ。そろそろ帰ろっかなー」
からっとした空をゆったりと飛んでいるのは、ルーミアとなり幻想郷の各地で飛び回っていた洩矢諏訪子本人である。
勿論その間は野良妖怪らしい暮らしをしていたのだが、元々蛙なだけに適応能力が高かったらしい。完全にルーミアになりきっていた。
そもそもなりきる前に幻想郷縁起も事前に確認していたため、すんなりと性格も把握出来ていたのだった。
「今頃神社はどうなってるのかーなー。ま、私がいなくても大丈夫そうではあるけど」
別に神事とかやってないし、と諏訪子は付け加える。
基本仕事は神奈子に任せているため、諏訪子のやることは少ない。というよりほぼない。
故に、諏訪子自身はその空いた時間を生かし裏で色々手をひいていたりしていた。今回のこともそうである。
単純に妖怪の生活も興味があった、というのも一つあるのだが。
「じゃ、そろそろ戻りますか。知らぬ内に入れ替わっておけば、色々恩恵を受けれたりして」
そうけろけろ笑いながら、諏訪子は元いた神社に戻ることにした。
「いたいた。なぁんだ、何だかんだで普通にやってるじゃん」
天狗らに気づかれないよう用心して進むと、直線になった石段と大きな神社が見える。諏訪子にとって久しぶりの我が家である。
参拝する道をちらと見ると、どうやら早苗がいつも通り掃除をしているようだ。
ルーミアと神奈子はいないようだが、きっと暑いし中にいるのだろう。
諏訪子はゆるゆると地面に降り立つと、ささっと早苗の背後に回る。ご先祖様のお帰りなのだ、多少は驚かせても怒られはしないはず。
さっさと箒を動かしている早苗に向かって、諏訪子はそのままぎゅーっとした。
「わっ?」
「早苗ー! 帰ってきたよー!」
予想通りのびっくり反応。おいしゅうございます。
さあ、早苗はなんと言うのだろうか。怒るか、笑うか、それとも泣いちゃうか。
くると振り返った早苗は、諏訪子から見て二週間前とあまり変わっていなかった。
そして、視線を下げて笑顔でこう言った。
・・・・
「ああ、おはようございます。ルーミアさん」
あ、あれ?
「……さ、早苗? 私だよ? 諏訪子だよ?」
「諏訪子様なら中にいますよ? あら、もしかしてこんな暑い日に参拝しにきたんですか? 妖怪なのに感心感心」
あれ、あれれ?
今早苗、私を妖怪って言った?
「だ、だから私は諏訪子だよ? あなたのごせんぞ……けほんけほん、土着神のケロちゃんだよー?」
「ふふ、ルーミアさんったら。確かに諏訪子様は偉大な方です、でもルーミアさんにはちょっと遠い存在ですよ」
「ち、違うってばぁ!」
もしかして本当に、入れ替わったことに気づいてない?
予想外の反応に困惑するルーミア兼諏訪子をよそに、早苗は笑顔で頭をなでなで。
その笑顔に何か無機質なものを読み取った諏訪子は、ちょっとだけ背中に寒いものを感じた。
「まあ、折角いらっしゃったんです。居間に神奈子様たちがいますし、少しくつろいでいきませんか?」
「あー? う、うん」
早苗の手に誘われるがまま、神社の中に入る諏訪子。
だがなんというか、この中が本当に私の知っている場所だろうか。そんな疑問すら感じる。
どうか、これがどっきりでありますように……!
そう願いながら、居間への襖をすっと開いていく。
「おんや」
「おやー?」
扉の向こうには、見知った二人がいた。
「ああ、諏訪子。あれはなんていう妖怪だっけ」
「えー? 知らないの神奈子、ルーミアだよー」
見知っていたけど、対応が違ってました。
「ちょ、ちょっと!? 神奈子、もしかしてこの私が分からないってことはないよね!?」
「ルーミアじゃないの?」
「ちーがーうー!」
「ほらルーミアさん、こちらが諏訪子様ですよ。あまり会う機会もないですし、何か話をしてみてはいかがでしょうか」
「さな、さなえぇ……」
早苗がぴょんぴょんとはねている諏訪子衣装のルーミアを呼びとめ、ルーミア衣装の諏訪子を押す。
ちょっとよく分からない展開ではあるが、かいつまんでいうと諏訪子がルーミアと話す機会が出来たということである。
諏訪子は、そこに好機を見た。泥沼に嵌っていた彼女に希望の光が差してくる。
とりあえず自分が諏訪子であるということを示さんとばかりに、威厳を持った(つもりの)歩き方でルーミアに近付いて行った。
「……ち、ちょっと。どういうつもりよ、ルーミア」
「何か面白そうだからそういうことにしちゃったけろ」
「おう……というか、私そういう喋り方しないって!」
「そうだったっけ? じゃあ、けーろー」
「あーうーだよ!」
自分のよく言う台詞をちゃんと訂正しつつ、ルーミアの情報から大体のことを把握する諏訪子。
どうやら二人は、そのまま諏訪子とルーミアを入れ替えたままにしようとしているらしい。
それがどういうことを意味しているのかは全く分からないが、とにかくこの状況を何とかしないといけない。
そう見た諏訪子は、方向転換しぴょこたんと蛙のポーズをする。
服装は変わっていても、体に染みついている癖は中々取れないのだった。
「二人とも、そろそろお遊びはいい加減にしようじゃないかー!」
「ほう?」
「ほら、私にはこれがある! 私がホントの諏訪子だったんだよ!」
「な、なんだってー」
どこかやる気ない早苗の返事を聞きつつ、諏訪子がひょいと取り出したるは丸く細長いフラフープ(っぽい鉄の輪)だった。
そう、かつて諏訪子は遠い昔からこのフラフープを使い戦っていたのだ。見た目は小さいが元は一国の主である。
早苗はそれを見ると、ぽんと小さく手をうった。
「あ、それならほら、諏訪子様も持ってらっしゃいます」
「ほらほらー」
「え!? ってそれ本当にフラフープじゃないか! むしろ黄色いしどこから!?」
ルーミアが取り出したるは、本当にフラフープである。
因みにこれは早苗の幼少時代から愛用していたフラフープでもあり、何故か蔵の底に置いてあったものだとか。
ともかく、これでは決め手にならない。諏訪子は次の手に出ることにした。
とはいっても、次の手が実質最後なのだが。
「むむ……じゃあ、これでどうだ!」
しぴぴぴ。
「ぷわっ!?」
「おー、早苗がぬれぬれになったー。やっぱり髪フェチ?」
「違いますってば!」
諏訪子が手を組むとどこからともかく水が飛びだし、早苗にそのままかけてみた。
そう、彼女の能力は坤を創造する程度の能力。坤とは大雑把に言うと地のことであり、柔順で物を成長させる得のことを表す。
つまりは大地を創造する能力である。そんな諏訪子だからこそ、大地に流れる水を操るのは容易なことなのだ。
これを見た神奈子はおおと感嘆の声を残し、ルーミアを見つつ言った。
「水芸?」
「違わいっ! 大道芸人じゃないんだよ私はー!」
「それならほら、うちの諏訪子も出来るんだよ」
「え、ええ!? な、ルーミアは闇を操る程度の能力じゃなかったっけ!?」
神奈子からの意外な言葉に、諏訪子は我が耳を疑う。
闇を操るルーミアが、自分の能力である坤を創造するというのか。
驚きと一緒に興味も出てきた諏訪子は、少し様子を見てみることにした。
「ほら、諏訪子。ルーミアに見せてやりな」
「分かったよー。そこに陶器があるでしょ?」
「うん、まあ種もしかけもなんとやらってやつでしょ」
「よく分かってるじゃないのー。で、そこにこうやって手をかざすとー」
にこにこと笑いながら、ルーミアが陶器に手をかざす。
すると、みるみる内に水があふれ出てきた。が、諏訪子としてはどこかで見たことがある気がする光景である。
その答えは、すぐ隣にいた。
「あのさぁ……」
「……はい? どうしましたルーミアさん?」
諏訪子は半ばじと目になりながら、件の人物を見る。
早苗である。
どこからどう見ても奇跡のおかげである。本当にありがとうございました。
そこまで来て、諏訪子はある一つの結論に行き着いたのだった。
「あれ、それじゃあ……」
フラフープもダメ、自身の能力である坤も早苗でほぼ再現可能。
となれば、自分が諏訪子であると証明出来るアイテムがないのだ。
つまり。
「ということで、ルーミアさんは諏訪子様ではないということです」
「そろそろご飯の時間だし、ルーミアはまた遊びに来るといいよー」
おい、だされる?
「ちょ、ちょっと待ってよ! もしかして私また路頭で妖怪生活しないといけないわけ!?」
「というわけで、ルーミアさん。ほんとーに申し訳ないですけど」
「出て行ってほしいのかー」
二人ににっこーとした笑顔で言われては、今の諏訪子を脅すには十分だった。
もはや恥も外見も関係ない。そう思った彼女は、古来からの親友である神奈子に最後の望みを託すことにした。
ちらっと縋るような目で神奈子を見る。そんな彼女は、諏訪子にだけ聞こえるような小さな声で言ってくる。
「まあ今まで山の上にいたんだ。折角の機会だし、たまには地の生活を享受したらどうだい?」
希望が、びしりと音を立てて崩れた気がした。
「も、もう十分堪能したから! ね! ね!?」
「ほら、私の話はおしまいさね。出て行く出て行く」
「それではルーミアさん、また今度ー」
「達者でなのかー」
「ま、待って。ホントに私出て行くの!? 黙って出て行ったのは謝るからっ!? わーん! ごめ、ごめんよ早苗! ごめんってばー!」
ぱたん。
とんとんとんとん。
「……良かったんですか? 神奈子様。諏訪子様、ちょっと泣いちゃってましたけど」
「いいんだよ。今まで色々と人様に迷惑かけたりしてるんだ、こんな機会中々ないし少しお灸をすえておこうってね。それに」
「それに?」
「私の名前がなかったから弁解の余地なし」
「ふふ。妬いてます?」
「……まあ。何だかんだで強いやつだし、これくらいしないとちゃんと反省しないんだよ」
「そーなのかー。もぐもぐ」
閉ざされた扉をぼんやり眺めながら、早苗はのんびり思うのだった。
やっぱり、平和が一番だなあ、と。
そして、ルーミアが可愛すぎるw
風雨に負けるなケロちゃん!
1ボス相手のつもりが実はEXボスだったとかなんという鬼畜。
面白かったです。
しかし守矢の2柱もノリノリですね。
せっかくだから諏訪子サイドの話も見てみたい!
あ、神奈子お姉様もお美しゅうございました
ノーリスクハイリターンですね
ところで当たり付きといえば個人的な話、5,6回ほどガムが当たりまくった事があります
当落確認の度に包み紙を開きまくって食べてたら口の中がパンパンになって中断しましたが
あんまり当たりすぎると奇跡を通り越して嫌がらせですな、あれは…
細かい話で恐縮ですが、、
米櫃……御飯を炊くための米を入れる容器
おひつ…炊き上がった飯を移し入れておく器
諏訪子サイドの話も見てみたいです。面白そう。
タイトルとタグで一瞬フランとの絡みかなって思ってしまった
いや、諏訪子もロリかわいいですけどね
面白かったです。
諏訪子様が何してたか気になるw
ゆゆ様すら超える破天荒チェンジだな、クリア出来る気がしない。
オチが結構好みでした。愉快。