幻想郷は、夢幻の地。
モノクロはおろか、七色でも到底説明出来ない、変幻自在の楽園。
そんな中で、あの子の色は―――
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ごろごろごろごろ。
「………」
「うわああああ」
ごろごろごろごろごろごろごろごろ。
「………」
「ふにゃああああ」
ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ。
「……橙ちゃん?」
「あにゃああああ……うにゃ?あっ、大ちゃんだぁ……あぅぅ」
それはレアな光景であった。
その日、お散歩でもと外へ出た湖の大妖精を待ち構えていたのは、ゆるやかな丘を転げ落ちる式神。
連続前転を繰り返し、草の上をホイールモードでマッハ555するネコミミ娘など、そうはお目にかかれまい。
凶兆の黒猫こと、橙である。
「どうしたの?もしかして転んじゃったとか?ケガは?」
「だいじょぶだよぉ……うわぁお!」
心配そうな声色の大妖精に、立ち上がった橙はグッとサムズアップ――― しようとして足元がふらつき、再び草の上に倒れ込む。
服のあちこちに草をくっつけ、更にこの炎天下で転がり続けたものだから大汗をかいた顔にも草が張り付いていて壮絶な有様。
「大丈夫?ほら、しっかりして」
大妖精は膝をつき、彼女の上半身を優しく助け起こしてやる。ついでに背中についた草を払った。
「あいててて……ごめんね」
「もう、どうしたの?あんなにごろごろ転がったりして」
急に前転がしたくなる気分というのも、世の中にはあるのかも知れない。大妖精の身に覚えは無かったが。
しかしそうでは無いようで、橙は思い出したような顔をすると帽子を取り、彼女へ向かってこんな事を尋ねた。
「ねぇ大ちゃん……私さ、何か変わってない?」
「へ?」
「その、見た目とか」
不意な質問に、大妖精は戸惑う。とりあえず答えようと彼女の身体をざっと見直すが、草が張り付きまくっている以外は彼女の知る橙である。
「ううん、別に普段と変わらないけど……」
「そっかぁ……」
すると橙は、どこかしょぼくれた表情。
何故彼女がそんな表情をするのか分からず、だけどどうにか明るい顔に戻って欲しくて、大妖精は頭を捻る。
「と、とりあえずさ。すぐそこだし、良かったらうちに来なよ。すごく汗かいてるし、お風呂とか」
「ホントに?やった、ありがと大ちゃん!」
嬉しそうに笑う橙を見て、大妖精も胸をなで下ろす。
「あ、でも私、お風呂入ったら式外れちゃうんだ。だから、藍様がそばにいないと厳しいかも……」
「んじゃせめて冷たいタオルとか用意するからさ。それに、何か飲みたいものとかあったら言ってよ」
「ごめんね、お世話になります」
そのまま少し歩き、彼女を自宅へ招き入れる。
冷たい水に浸したタオルと、これまたキンキンに冷やしてある麦茶のグラスを手渡した。
顔や首筋を拭き、グラスを一息で空けて大妖精におかわりを貰った橙は、大層満足した様子で息をつく。
「あ~、今すっごく幸せだぁ。ありがとう、大ちゃん」
「いいのいいの。こんなに暑いんだもの、ちゃんと水分補給しなきゃ」
大妖精も、彼女の笑顔を見て嬉しそうだ。
互いに一息、といった所で、再び橙が尋ねる。
「あのさ、ちょっと訊きたいんだけれど」
「ん?なぁに?」
大妖精が話を聞く態度を見せると、橙は彼女の顔をまじまじと見ながら口を開いた。
「大ちゃんはさ、どうしてそんなにきれいな緑の髪をしてるの?」
「へ?」
意外な質問に、大妖精は面食らった表情だ。
彼女のトレードマークとも言える、横で括った緑の髪。友人達からもよく『きれい』と褒められる。
しかし、特別何かをしてこの色になった訳では無い。なので、素直に答えた。
「えっと……特に何かしたワケじゃ。生まれた時からこの色だったと思うよ」
「野菜いっぱい食べたから、とかじゃなくて?」
「た、たぶん……」
「永遠の二番手だったから、とかでもなくて?」
「あれは髪の毛が緑ってワケじゃないから……」
いつもチルノや小悪魔の陰に隠れがちな己の境遇を思い、実は信憑性あるんじゃないかと思ったのは内緒だ。小悪魔なら赤いし。
そんな彼女をよそに、橙は考え込む。
「む~、そっかぁ。じゃあ野菜たくさん食べても意味なかったんだ」
「?」
「あっ、ううん。なんでもないの。それじゃ大ちゃん、どうもありがとう!」
「うん、気を付けてね」
おかわりの麦茶も飲み干し、礼を告げて橙は立ち上がった。大妖精も倣い、玄関まで見送る。
彼女が歩いていくのを見届け、一度はドアを閉める。が、
「……あっ、お散歩行くんだった」
目的を思い出し、大妖精も再び外へ。すると、
「あれ、橙ちゃんまだいたんだ」
家を出て少しの所で、湖を向きぼけっと立ち尽くす橙の姿を発見。
駆け寄ると彼女も大妖精に気付き、笑顔を向ける。
「何見てたの?」
「んとね、湖。きれいな青色だなって」
「そうだよね。こんなに澄んだ水色、なかなか見れないよね」
尋ねると、彼女はそう答えて再び視線を湖へ飛ばす。大妖精もその横で、改めて感想を口にしつつ共に眺める。
水底まで透けて見えそうな程に澄んだ、クリアブルーの湖。湖上にかかる霧が、不気味なくらいの涼しさを演出している。
暫しそのままだった後、静寂を破ったのは橙の呟きだった。
「……いち、にーの……」
「ん?どしたの橙ちゃ」
「さんっ」
――― 瞬間、宙を舞い、湖へ吸い込まれていく橙の小さな身体。水面を突き破る炸裂音と、水飛沫が大妖精に襲いかかったのはその一寸後であった。
「ん……えぇぇぇ!?」
一瞬だけ混乱した後、彼女が湖へ落ちた――― というより、自ら身を投げたと気付く。慌てて湖面へ視線を飛ばした
目の前の薄い霧が吹き飛び、視界が確保された大妖精が見たのは、見慣れた姿から普通の猫のような姿に戻り、ばちゃばちゃと必死に水面を叩く橙の姿だった。
(まさか、溺れてる!?)
そう思った瞬間、自らもまた地面を蹴っていた。
再度の水音と共に、全身を刺すような冷たさが襲う。夏だというのに、この湖は年中冷たいままだ。
「大丈夫!?今助けるから」
少し泳いで、すっかり小さくなった橙の身体を抱くと、羽に力を込める。一拍おいて、身体が水面より浮き上がった。
張り付く湖の水面を振り切り、湖上へ。もう少し飛んで転がり込むように岸、草の上に降りる。
「はぁ、はぁ……」
短い時間で全身の瞬発力を駆使した大妖精は、すっかり息が上がっていた。
目の前には、どこか寒そうに黒い毛並を震わせて、全身の水を飛ばす二尾の黒猫。
それからおもむろに大妖精を見上げ、どこか申し訳なさげな様子で、にー、と鳴いた。
「そっか、全身水に浸かると式が外れちゃうんだっけ。藍さんの所に行けばいいのかな……」
それくらいしか解決法が思い付かず、大妖精は濡れ鼠のまま橙を抱きかかえた。
そのまま、夏の澄み切った大空へ飛翔する。目指すは幻想郷のはずれ、八雲家。
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風を切って飛び続ける大妖精。しかし高い気温のお陰か、寒くは無かった。
やがて見えてきた、古き良き和風の一軒家。敷地内へ降り立つと、すぐに縁側へ九尾の狐・八雲藍が出てきた。
どうやら、気配で分かったらしい。彼女は大妖精の姿を見るなり、目を丸くした。
「どうしたんだ、そんなにびしょ濡れで!大丈夫か?」
「あ、はい。わたしは大丈夫なんですけど……その、橙ちゃんの式が外れちゃいまして」
「そうか、私が付け直そう……すまないな、わざわざ。良かったら上がって行ってもらえるかな。お茶とお菓子くらい出すよ」
「いいんですか?ありがとうございます……けど、わたしもびしょびしょで」
「む、そうだったな。風邪を引いてもいけないし、私の以前着ていた服でよかったら貸そう」
彼女が強く勧めてくれるので、大妖精はその申し出に甘える事にした。
『式を付け直して来るから、ゆっくりくつろいでくれ』と言い残し、藍は橙を抱きかかえて奥へ消える。
その間に水をたっぷり吸ったいつもの服を脱ぎ、身体を拭いて、彼女が残してくれた服に着替える大妖精。少々サイズが大きいが、気にしなかった。
少しデザインは違うものの藍の服と似た形をしていて、何だか自分がとても強くなった気分になれる。
髪を括っていたリボンを外して髪を拭き、縁側で自分が着ていたスカートの水を絞り出していると、いつもの姿に戻った橙を連れた藍が戻って来た。
「待たせてしまってすまない。服の方、サイズは大丈夫かな。かなり昔のものだから、今の私のものより小さいとは思うが……」
「あ、はい!丁度いい感じです。どうもありがとうございます!」
本当は少々大きいのだが、口には出さない。
お茶を淹れるべく今度は台所へ向かった藍。橙と二人残された大妖精は、今度はブラウスの水を絞る。
橙も責任を感じているのか、まだ放置されていた靴下の水を絞る事で手伝った。
「ごめんね、大ちゃん……また、私……」
「いいんだよ、気にしないで。何事もなくてよかったよ。それより、どうしてまた?」
橙はやはり申し訳無さそうな声色で、彼女の顔を上目使いに見ながら呟く。
粗方水分を絞り出した自分の服を畳んで重ねながら、大妖精は笑った。
「あ、えっとぉ……ん~……」
彼女の笑みに安堵した一方で、質問の方には口ごもってしまう橙。
答えたくない事情があるのだろう、と大妖精もそれ以上は追求せず。話題を変えて適当に雑談をしている内に、藍が戻って来た。
「お茶が入ったぞ。服は私がちゃんと乾かしておくから心配はいらないよ」
「いただきます」
畳んだ服を縁側に残し、大妖精は橙と共にテーブルへ。
互いに湯呑みを少しずつ空け、一息ついた所で藍が切り出した。
「さて、改めてどうもありがとう。普段お世話になってるだけじゃなく、こんな所でも助けてもらって」
「い、いえ!そんな、わたしの方こそいつも一緒に遊んでいただいて……」
「大ちゃんは謙遜しすぎだよぉ、もっと胸張らなきゃ」
「お。謙遜なんて言葉、どこで覚えたんだ?」
「あ、はい!大ちゃんに教わりました」
「ほらな。橙の言う通り、君はもっと自分に自信を持つべきだな」
再三の褒め言葉に、大妖精は恥ずかしさで真っ赤になった顔を湯呑みで隠す。
「……で、だ。どうしてこういう事に至ったのか、その経緯を良かったら聞かせてもらえないかな」
「え、えっとぉ……」
藍の言葉に、大妖精は横目で橙を見やる。彼女の顔は、どこか怯えているようにも見える。
ありのままに話すのは、あまり良い事では無い――― そんな気がして、大妖精は努めて明るく返した。
「た、単に一緒に遊んでたら、足を滑らせて落っこちちゃっただけですよ。大丈夫です」
「そうか、それならいいんだ。いや、あまり良くはないか……橙、遊ぶことに熱中するのは良い事だが、もっと周りに気を配りなさい」
「はぁい」
ちょっぴり神妙な顔で、橙は頷いた。それから、こっそり顔を大妖精へ向ける。
彼女もそれに気付き、そっと笑み。『分かってるよ』とでも言いたげに、小さく頷いた。
「とりあえず、服は私が責任を持って乾かしておこう。君はどうする?先に帰るならその服は貸すし、ここで乾くまでゆっくりしてくれてもいい」
「橙ちゃん、どうする?」
どちらも自分にとって有難い申し出。大妖精は決めかね、隣に座る橙に判断を仰いだ。
すると彼女は即座にこう答えるのであった。
「遊びに行かない?みんなにもさ、大ちゃんが藍様みたいなカッコしてるの、見てもらおうよ!」
大妖精はまたしても顔を赤らめた。
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それから数日後。
昼間でもやや薄暗い森を歩く人影。黒を基調とした服も流石に昼とあっては溶け込まず、若干目立つ。
木立を吹き抜ける夏風が、小さな赤いリボンをふわりと躍らせた。
「ぜんぜんすずしくなーい」
宵闇の妖怪ルーミアは、誰にともなく愚痴をこぼした。
黒い服を脱げばいい、と指摘されそうだが、闇を操る者としてのこだわりがある。
まあ家に帰れば脱いでしまうのだが。パジャマの色も薄い緑だ。
「なにしよっかなぁ」
ルーミアは独り言が多い。何の気も無く、ふと思った事をぽつりと呟いてしまう。
この日も猛暑で、森に入れば少しは涼しくなるかと木立の間を歩いてみるが、吹く風は変わらず夏の匂いを運んでくる。
木陰がある分大分マシなのだが、彼女は不服そうだった。
「……あれ?」
涼む為に霧雨魔理沙の家でも襲撃しようか、などとぼんやり考えていたルーミアは、ふと足を止める。
少し離れた木の陰に、見覚えのある赤い服が見えたのだ。ぴょこぴょこと動いている。
(あれ、橙だよね?)
顔は見えないがそうだと分かり、足音を忍ばせて近寄る。
木立を迂回し背中側に回り込んだルーミアは、何やら屈んでいる橙の背後を取った。
ざぶざぶ、と何故か水音が聞こえるが、今の彼女は全く気にしていない。悪戯とは全神経を集中させる一瞬の芸術なのである。
せーの、と口の中でカウントし、息を小さく吸い込むと、その背中を押す為に腕を引く。
「ん?」
だが、その直前の息遣いに橙が気付き、顔を上げて後ろを振り向いた。
悪戯は、急に止まらない。
「わぁっ!!」
声と共に、その肩を軽く突き飛ばすルーミア。
しかしその瞬間、ぴっ、と自分の顔に軽く跳ねた液体。
その正体を探る間も無く、彼女は言葉を失った。
「あ……」
目の前で驚きに顔を染めた橙が、顔からだらだらと、赤い液体を滴らせていて―――
『きゃあああああああああああああ!!?』
特大の悲鳴がユニゾンし、木立に跳ね返って森を突き破った。大音量に驚いた鳥達がバササと飛び立つ。
突き飛ばされた衝撃と驚きとで、互いに悲鳴を上げながら尻餅をつくルーミアと橙。
しかも橙は、その拍子に足元にあったバケツに手を突っ込んでしまい、盛大にひっくり返して中身をぶちまけた。
「あっ、ひゃあ!」
二度目の悲鳴。中に入っていた真っ赤な液体は彼女の腰の辺りを濡らしつつ、あっと言う間に森の土に染み込んでしまった。
「いたたた……あっ、ルーミアちゃん。びっくりしたぁ」
「び、びっくりしたのはこっちだよ!大丈夫!?まさかケガしたの!?」
緊張感のあまり感じられない言葉に、フリーズしていたルーミアが跳ね起きて橙の頭へ手を伸ばし探る。
顔から真っ赤な液体が流れているとあれば、当然頭部の怪我による出血を連想してしまうのは必定。友達の危機とあっては、普段のんびりしているルーミアでも流石に血相を変える。
しかしどこにも外傷は見当たらず、その代わりに森にはそぐわない匂いを彼女の鼻がキャッチした。
(……絵の具のにおい?)
ひくひく、と鼻を震わせる彼女の様子に、橙はばつの悪そうな顔で頭を下げた。
「ごめんね、驚かしちゃって。私はなんともないから」
「ねぇ、そのバケツの中身って……」
「え?あっ、ううん。なんでも、ないから……」
ルーミアの問いかけるような言葉に、橙はどこか慌てた様子でバケツを後ろ手に隠す。
「絵の具のにおいがするんだけど……水に溶いた赤い絵の具?それ」
「え、えっとぉ……」
「なんでそんなのかぶってたの?汚れちゃうよ?ねーねー、なんで?」
口ごもる橙。よく見やれば、彼女の黒い髪や耳からもポタポタと赤い雫が滴っている。
頭を赤い水で濡らしていた、というのが妥当な線であろうが、その行動の真意がまるで読めず。
単純故にルーミアはその答えを知りたがり、より深く追求しようとした所で橙が不意にポンと手を打った。
「そ、そうだ!ルーミアちゃん、お願いがあるんだけど」
「へ?なぁに?」
「ルーミアちゃんは、そのさ、夜でも平気だよね?」
「うん、私とかみすちーとかはもともと夜に起きる妖怪だからね。へっちゃらだよ」
急な質問にもしっかりと、それでいてどこか得意気な様子で答える。
彼女らは確かに夜行性の妖怪であるが、こうして普通に昼間に活動するのは、友人達と遊ぶ為に他ならない。
そんなルーミアの答えに頷き、橙は続けた。
「よかった。あのね、今日の夜こっそり家を抜け出して森に来るからさ、私を……思いっきり驚かしてほしいんだ」
「おどろかす、って?」
「なんでもいいよ。肝試しみたいな感じでさ、急に怖がらせてほしいの。それもとびっきりに」
続けざまに飛び出す橙の言葉はやはり突飛なもので、ルーミアは面食らうばかり。
しかし、悪戯好きな彼女のことである。自分の本来のフィールドである夜に、わざわざ驚かせて欲しいと来た。
こんな美味しい話に、目を輝かせない方が無理というものである。
「うん、任せて!しばらくの間、夜眠れなくなっちゃうくらいにやってあげる!」
どこか興奮した様子で身を乗り出す。快諾、といった彼女の反応に橙はちょっぴり気圧されながらも笑って頷いた。
「よ、よかったぁ。ごめんね、迷惑かけちゃうけどお願いします」
「だいじょぶだいじょぶ!私にまっかせなさーい!」
ポン、と薄い胸を叩いて得意気なルーミアは、先の疑問の事はすっかり忘れてしまっていた。
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夜。散々鳴いていた蝉の声も今は聞こえず、不気味なくらいに静まり返った森。
こっそりと家を抜け出して、橙は森の入り口にいた。藍に見つかったら怒られてしまうだろうが、どうしても試したい事があった。
そんな彼女を、少し森の奥の方から眺める三つの陰。
「きたきた」
「約束の時間通りかな?」
「それにしても、なんで驚かしてほしいのかなぁ」
ルーミアに加え、リグル・ナイトバグにミスティア・ローレライの元夜行性仲間がそこにいた。
もう一人の仲良し組、氷精チルノは自宅でおねむ。彼女だけは元より昼に活動するし、子供とは寝るのも早いものだから仕方無い。
尚、時刻は午前一時を回った辺りだ。
「まあいいじゃん、今は。それよりも、どうやってやろっか」
ミスティアの言葉にルーミアは笑ってそう言い、肝心の驚かす方法を考える。
「お化け屋敷風に直接出て行ってもいいんだけど、ひねりが欲しいよね」
リグルもそう言って思案顔。ここは夜行性、さらに森に住む彼女らの腕の見せ所とあり、気合いが入る。
そうこうしている内に橙は、深呼吸一つしてから森へと足を踏み入れていた。
ルーミアがスタンバイしていると分かっていても、非常に狭い視界と森の木々のシルエット、そして不気味なまでの静けさが否応無しに恐怖を煽る。
誰かがいる、という安心感など微塵も感じられないその切羽詰まった表情に、『ちょっと悪い気もするけど』とミスティアは安心した様子だった。
「あれなら怖がってくれそうだね」
「うん。だからこそ、思いっきりトラウマになるくらいにやってあげたいんだけどねぇ」
「そうだなぁ……あ。じゃあさ、リグルが虫を橙の首のあたりに、ぴたっ、てくっつけてあげるってのは?」
「いいねそれ、採用」
ルーミアの言葉にリグルも頷き、そそくさと昼間の内に打ち合わせしていた先回りルートを通る。
橙の歩行スピードは恐怖の為かゆっくりとしたものであったので、先回りに苦労はいらなかった。
彼女の歩く大きめの道の横、草むらの陰に身を潜め、三人は彼女が目の前を横切るのを待つ。
「ここで待って……」
「目の前を通った時に、ぴたっとね」
「こんにゃく持って来ればよかったかなぁ」
「食べものをそまつにしちゃだめ!」
「大丈夫だよ、やったとしても後で屋台で煮物にするから」
憤るルーミアも、ミスティアの言葉で安堵。その様子にリグルが苦笑いしている内に、橙の姿も大分近くなっていた。
「じゃ、やるよ」
「しっかりね」
小声でそう交わすと――― 元より、一連の会話はかなりの小声だが――― リグルがちょいと指を振る。
彼女はそれからきょろりと軽く足元を見渡したかと思うと、足元から何かを拾い上げた。呼び寄せた虫だろう。
そして今まさに目の前を横切ろうとする橙の肩から首筋目がけて、そっと手の中にある”虫”を投げた。
暗闇の中でゆるやかな軌跡を描き、彼女が投げたそれは見事、橙の着ている服の襟元にジャストポケット。
「ひゃあ!な、なに!?」
不意に首筋を襲った奇妙な感触に、橙が声を上げる。その様子にニヤリをほくそ笑む三人。
慌てて襟元を探り、原因を掴み取る。手に返ってくる柔らかな感触に、彼女は正体を確かめる余裕も無いままそれを思わず投げ捨てた。
「やだぁ!」
が、投げ捨てたその方向が問題で。そうとは知らず、偶然三人が隠れている茂みの方向へとそれを投げ捨てたのだ。
放物線を描き、橙が投げ捨てた虫は笑いを堪えていたルーミアの顔を直撃。
「うにゃ!」
変な声を上げてしまいつつ、彼女は顔に乗っかるそれを手で取り、観察する。
木々の間から差し込む月光に照らされる、白いボディ。手に伝わる、ぐにゃりとした感触。
ルーミアの手の中でびくんと身を震わせたのは、それは大きなカブトムシの幼虫であった。
「いやあああああああああっ!!?」
グロテスクなシルエットにルーミアは凄まじい悲鳴を上げ、一刻も早くとそれを投げ出した。
が、今度は真上に投げ出してしまったものだから、隣に座っていたミスティアの胸元にポトリ。
「きゃああああああああああ!!!」
再三の悲鳴が上がり、ミスティアはその場でへたり込んでしまう。顔を伸ばし、少しでも遠ざかろうとするが、当の幼虫はミスティアの胸の上でのんびりと寝そべったまま。
そして、すぐ傍から上がる二度の金切り声に驚いたのは橙の方。真っ暗な森に突如響き渡った少女の悲鳴は、たった今味わった奇妙な感触と相まって恐怖を激しく煽った。
「な、なに!?やああぁぁぁ!!」
一目散に走って逃げ出した橙だが、それをすぐに追う余裕は彼女らに無かった。
「とって、とってぇ!」
「お、落ち着いてよみすちー。噛みついたりなんかしないから……」
「気持ち悪いよぉ!」
「あっ、ひどい!カブトムシの幼虫は本当にデリケートなんだから!この小さな身体にあのパワフルな甲殻を動かすだけのパワーを秘めつつ、その白い輝きはまさに自然が生んだ奇跡的な芸術……」
「いいからはやくとってぇぇぇ!!」
長々と講釈モードに入ろうとするリグルに取り縋り、ミスティアは必死だ。
ようやく彼女の胸元から幼虫を取り上げ、近くの木の根元に埋めてやる。その間に橙の姿は、彼女が走った事もあって大分離れてしまった。
「もう、声出したら橙にバレちゃうよ」
「だってぇ……」
ぶつくさ言いながら三人はルートを小走りで通り、ようやく見つけた橙を追い抜かして再び先回り。
茂みに再度身を潜め、作戦を練る。
「さっきのでも結構驚いたみたいだけど、今度はどうする?」
「んじゃ、今度は私がなんかやろっか」
はい、とミスティアが手を上げたので、二人も頷く。
「なんかあるの?」
「あのさ、こういう真っ暗な所を歩いてる時に、変な呪文とか歌が聞こえたら怖いと思わない?」
「ああ、お経みたいな感じ?面白いね」
「お墓ならもっと盛り上がるんだけど、十分効果あると思うんだ。私の能力で、より精神に響く感じにさ」
ある種定番とも言えるお経作戦だが、ミスティアの能力もあってまさに打ってつけだ。
段々と橙の姿も近付いてきたので、彼女は喉の調子を確かめつつタイミングを計る。
「どのあたりでいこっか」
「もういいんじゃない?あんまり近いとバレそうだし」
「そだね。じゃ……」
ミスティアは頷くと、撹乱効果を高める為かもう少し奥の方へ姿を消す。二人はその場で待機。
果たして近くまでやってきた橙だが、不意に聞こえてきた声に足を止める。
「……え?な、なに……」
気のせいかとも思ったが、確かに、そしてはっきりと聞こえ始めた、高いとも低いともとれない奇妙な音程の声。
歌うような、唱えるような、正体の掴めない声のカタマリ。耳を通り抜ける薄気味悪い感触に、橙は身を震わせた。
「や、やだぁ……なにこれ……」
早く立ち去りたいが、ミスティアの声の効果もあってか足が竦んで動かない。その間にも奇妙な声ははっきりと聞こえ、際限無く橙の鼓膜を撫で上げる。
がたがたと震える彼女の様子に満足しつつ、何となく気になった二人はミスティアが姿を消した方向へ。
もう一つ向こうの茂みの陰でミスティアは、屈んで両手をメガホンのように口に当てながら奇妙な呪文を唱えていた。
「――― アサリガイッパイパスタガウマイ、カケテタベレバパスタガウマイ……」
「みすちー、その呪文何?」
「ん?前読んだ本に載ってたの。よくわかんないけどなんとなく」
ルーミアの言葉にミスティアはころりと笑って答え、すぐに詠唱(?)を再開。
「コーンニウマレタコノイノチ、シャキットサカセテミセマショウ……ワワワワー」
「なんかお腹すいてきたなぁ……」
ミスティアの奇妙な呪文を聞きながら、ルーミアはそう呟いてぺたりと座り込む。
「ムースーンーデーターバーネーテー、ヒートリブンヲヒトタバニ……あっ、そうだ」
不意にミスティアは二人を向いた。
「二人もなんかやってみたら?この際だし、それに妙な呪文なら何でも怖がってくれそうだし」
「え、大丈夫かなぁ」
「だいじょぶだいじょぶ!せっかくだし、楽しまなきゃ」
リグルは心配そうだが、ミスティアは笑ってそう言うので彼女達も参戦。
ミスティアの隣に並んで座り込み、ルーミア、リグルも手をメガホンにして唱え始めた。
「イーイーイー、カニスターイー、イーイーイー、ゲーンキガイー」
「カステライチバンデンワハニバン、サンジノオヤツハブンメイドー」
「マータムスンデターバーネーテー、スパゲッティーハポポロスパー」
「ふぇ……」
茂みの向こうから橙の荒い息遣いと泣きそうな声が聞こえてきて、若干の罪悪感と悪戯が上手くいっている高揚感の両方を感じつつ、三人はさらに唱える。
「キノコッノーコーノコゲンキノコー、エリンギマイタケブナシメジー」
「ムァーイニチ、ムァーイニチ、ボクラハテッパンノー」
「ネルネルネルネハ、ネレバネルホドイロガカワッテ……」
「まずいっ!!もう一杯ッ!!」
「きゃあああああ!!」
不意にミスティアが大声で怒鳴ったので、傍にいた二人はもとより橙が大層驚き、大きな悲鳴が上がった。
ばさばさ、と草を踏みしめる音が聞こえる事から察するに、金縛りは解けた模様。
「あーびっくりしたぁ。みすちー、おどろかさないでよ」
「ごめんごめん、なんか興奮してきちゃって」
えへへ、とばつが悪そうに笑うミスティア。しかしその時、ばきっという鈍い音が聞こえてきて、三人の表情が一変した。
今のは明らかに、固い物に何かが衝突した音。
「ま、まさか……」
立ち上がり、茂みを二つ飛び越える。大きな道に出ると、少し離れた木の前で仰向けに倒れて動かない橙の姿があった。
どうやら、驚いて走り出した際に前がよく見えず、急に現れた木に激突したようだ。
「橙、大丈夫!?」
「しっかりして!」
驚かせる計画はここで中止、慌ててルーミアが橙を抱き起こす。
暗がりでよく分からないが、ミスティアは赤くなった彼女の額にハンカチを当ててやる。
場合によっては永遠亭のお世話か、とリグルが立ち上がるが、やがて橙は目を開けた。
「うにゃ……あれ、みんな……」
「あっ、橙!よかった、大丈夫?」
「う、うん……おでこがまだ痛いけど、へいきだよ」
そっと身体を起こす橙。額の方も出血の類は無く、どうやら大事には至らずに済んだようで一同はほっと胸をなで下ろした。
「ルーミアちゃんだけじゃなかったんだ。ごめんね、わざわざ」
「いいよいいよ、久しぶりに楽しかったし。でもごめん、まさかこんなコトになるなんて」
「そんなぁ、私が悪いんだから。気にしないでよ」
申し訳無さそうなミスティアに笑顔を向け、橙は立ち上がった。
「何事もなくてよかったよ。でもさ、なんで橙は驚かしてほしいなんて?ずっと気になってたんだけどさ」
しかし続けざまなリグルの問いには、頭を掻きつつ言葉を濁す。
「あ、えっとぉ……なんていうか……」
(やっぱり答えないかぁ。なに考えてるんだろ?)
そんな彼女の様子にルーミアは内心で疑問を呈するが、敢えて口にはしなかった。
というより、する事を忘れてしまった。
「それにしても、なんかお腹すいちゃった。なんでだろ?」
橙がそう言ったからだ。先の自分も同様で、ミスティアの奇妙な呪文を聞いていると妙に空腹を覚えるのだ。
「あ、私も!みすちーのヘンな歌を聞いてるとさ、なんかお腹すくんだよね」
「え、ホントに?じゃあさ、今からなんか食べよっか。私んとこ来る?」
「いいの!?やったぁ!」
ミスティアの嬉しい申し出に、胸中に抱いた疑問は再度吹っ飛んで行く。
「リグルは来るよね。橙も来る?それとも眠い?」
「ううん、ミスティアちゃんのお料理食べられるなら行くよ!ありがとう」
「よっしゃ!」
頷く橙に、ミスティアは思わず腕まくり。この夜、屋台にて開かれた真夜中のプチ宴会は朝まで続いたそうな。
翌朝、帰った際に少々橙が言い訳に苦労したくらいで、さしたる問題は発生しなかった――― のだが。
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それから更に数日。この日はいつもの四人組に大妖精と橙を交えた、パーフェクトな六人編成で遊ぶ約束を交わしていた。
橙が少し遅れて来るとの事で、先に湖のほとりで待ち合わせた五人。
「うん、今日はみんなそろうから、最強のメンバーね!」
”最強”は、チルノなりの最上級の褒め言葉。微笑ましそうにくすくす笑う大妖精は、ふと思い出したように一同を見渡した。
「そういえばさ、思い出したんだけど。前わたしが藍さんの服着てみんなの所に行ったじゃない?」
「うんうん、大ちゃんが妙に強そうに見えたっけ」
茶化し交じりなリグルの言葉に苦笑いし、大妖精は続けた。
「それなんだけどね。その時はほら、橙ちゃんが湖に落っこちたって言ったでしょ?
けど実はさ……橙ちゃん、自分から飛び込んだんだよね」
「へ?自分から?」
「湖に?」
「うん……式が外れちゃうって知ってるはずなのに。藍さんには言わなかったけどさ、気になったからみんなには話してみようと思って。
な~んか、その時の橙ちゃんの様子がおかしいなって思ったんだ……」
「あ、それなら」
ルーミアが手を上げ、先日の森におけるプチ肝試しの顛末を話して聞かせた。
「驚かしてほしい、って……」
「橙ってけっこう怖がりだったよね。普段なら絶対言わないと思うなぁ」
ますます思案の色を濃くする大妖精の表情。どちらのエピソードにも関わっていなかったチルノも首を傾けた。
「それに、赤い絵の具のこともあるし」
「普通絵の具なんてかぶらないよね。まして、それを溶いた水なんてさ……」
「いきなり湖に飛び込んだり、丘を転がってみたり、絵の具をかぶって怖がりたくて……」
「ごめんね、お待たせ!」
う~ん、と一斉に考え込んだ矢先、上空から慌てた様子の橙が降りてきた。
「藍様のお手伝いしてたら遅くなっちゃって……あれ、どうしたの?みんな」
黙りこくったままの一同を不審に思い、手近にいたルーミアの顔を覗き込む橙。
すると、彼女がいきなり肩をがしっと掴んできたので驚き、後ずさる。
「えっ、ちょ」
「橙、ちょっと訊きたいんだけど……」
「私も」
「わたしも」
ぞろぞろと橙を取り囲む一同。いきなり十の視線に射抜かれ、彼女の背を冷や汗が伝う。
「ど、どうしたの、みんな……なんか、怖いよぉ」
「こないだっからさ、橙がなんかヘンだと思って」
「へ、変?」
「あの時は言わなかったけどさ、いきなり湖に飛び込んだり、ごろごろ転がったりさ」
「怖がりなのに驚かしてほしい、なんて言うのもなんかおかしいし」
「それに、あの赤い絵の具はなに?」
「あ、う……」
じりじりと包囲を狭めていく一同。橙の顔にも若干の怯えが浮かんだ所で、不意にチルノが手で彼女らを制する。
「ちょ、ちょっと待とうよ。これじゃ、橙が悪いことしたみたいじゃない」
「あ……ご、ごめんね、橙」
「ごめんなさい……」
彼女の言葉にハッと気付き、陳謝する一同。橙はようやく微かに笑みを見せ、首を振った。
「ううん、いいよ……そっか、やっぱ気になっちゃう?」
「それはもう。友達がヘンだったら、誰だって気になるよ」
「そのさ、私たちは橙が心配なんだよ。様子がおかしいから、なんか悩んでるんじゃないかなって」
「相談だったら何でも乗るし、してほしいコトがあるなら遠慮しないで。ね?」
ずい、と身を乗り出すルーミア。ミスティア、リグルがフォローを入れる。その横でチルノも頷いた。
そんな彼女達の様子を見て、意を決したように橙は息をついた。
「……そうだよね。友達に隠しゴトなんてダメだよね。ごめんねみんな、聞いてくれるかな」
「もちろんだよ」
即座に答えた大妖精に頷いてみせ、橙は口を開く。
「……って言っても、大したコトじゃないんだ。私さ、ちょっと色を変えたいなって」
「い、色?」
「そう、色。私って黒猫でしょ。髪も黒いし。なんか地味だし、イメチェンしたいなって」
どこか、力の無い笑みでそう語る橙。
「じゃあ、絵の具をかぶったのは色が変わらないか試してたってコトで……」
「そうそう。草の上を転がったのは、緑色がつかないかなって思って」
「ひょっとして、湖に飛び込んだのは青色が移らないか試したとか?」
「うん。なんかバカみたいだけどさ、いい方法が浮かばないし。それに幻想郷だもの、もしかしたらって思うと試してみたくなって」
「じゃあ、驚かしてほしかったってのは?」
チルノの問いに、橙は舌を出して答えた。
「それ?えへへ……ほら、よく言うじゃない。あまりの怖さに髪が白くなった、って」
「ああ……」
ポン、と手を打ったのはルーミア。他の面子もそれなりに納得した表情だが、大妖精はどこか煮え切らないものを胸中に抱えていた。
(……なんか、ひっかかるなぁ)
橙を信用していない訳では決してない。今彼女が述べた理由はまさしくその通りなのだろう。
だが、まだ何か隠している気がしてならない。橙の表情がそう言っているような気がして、大妖精は顎を摘んで今少しの思案。
「んじゃ、私たちもなんか髪の毛染める方法探してみるよ」
「ホントに!?ありがとう!」
「イメチェンした橙かぁ、きっとカッコいいよ」
「あたいみたいに青くする?最強に近づけるよ」
「アクセサリーとかも考えてみよっか」
しかし残りの一同は彼女への疑念を解いたようで、早くもその話題で盛り上がっている。
疑り深いような己の考えを少し恥じて、大妖精も考えるのをやめた。せっかく一緒に遊ぶのだ、考え事なんかしてたらつまらない。
「緑色になったら、わたしのリボン貸してあげるね」
大妖精が笑って言うと、橙も笑い返す。その顔は、先よりも幾許か自然なものだった。
・
・
・
・
・
一週間後。この日もまた、六人で集まる約束。
暑いから、という藍の計らいにより、一同は八雲家の一室に集まっていた。
冷えた麦茶のグラスを手に、とりとめもないお喋りに花を咲かせる。遠くからは蝉の声。
夏の一味違った楽しみ方を満喫していた一同。そんな雑談の折、不意に切り出したのはルーミアだった。
「そういえばさ、前言ってた橙が色変えるって話。どうなったの?」
「私もなんかいい方法ないかなって探してるんだけど、まだ見つからないや」
「魔法とかに頼るしかないのかなぁ」
銘々、橙の為に情報などを集めていたようだが、これといった進展は無い模様。
やいのやいのと橙のカラーリングについて話し合っていたが、当の橙が若干浮かない顔をしていたのが気になり、チルノが尋ねる。
「あれ、どしたの?」
「うん……そのさ、ここではあんまり、その話は……」
「え、ダメなの?橙、ここに住んでるのに?」
意外そうな声を上げるミスティア。まあ当然の反応であろうが、橙は指先を突き合わせながら小声で呟いた。
「えっとぉ……ここ、っていうか……その、藍様には、秘密にしたいんだ」
「なんで?」
「ごめん、ちょっと言えないけど……とにかく、藍様の耳には入らないようにしてほしいの」
「ふぅん……まあいいや、橙がそういうならそうしよっか」
「気を付けるね」
言い難そうな橙の言葉に、頷く一同――― ただし、一人を除いて。
「ねぇ、橙……あのさ……」
「どうしたの?チルノちゃん」
俯き加減なチルノに、橙は努めて明るく尋ねる。
しかし続いて飛び出した彼女の言葉に、表情を失った。
「あたいね……こないだぐうぜん、里で会った時に……話しちゃったの」
「え……ら、藍様に?」
「うん……橙がさ、自分の色を変えたがってるんだけど何かいい方法ない?ってきいたの。
色んな方法を試してるってコトも。そしたら、考えてみるって言って……えっと、その、ごめん……」
「………」
黙りこくってしまった橙。理由も分からぬままだが、彼女の様子を見て申し訳無さそうに唇を噛むチルノ。
そんな重苦しい空気を、突如開いた襖が破る。
「……ああ、その通りだ。確かに聞いたよ」
「ら、藍様!?」
「すまない。盗み聞きの趣味は無いはずなんだが……なんとなく、胸騒ぎがしてな。
私とて、橙の悩みを放置したくは無い。一つ、ここで片付けてしまおうと思う」
いきなり登場した藍に、橙のみならずチルノを含めた一同も驚きの表情。
そんな彼女達の顔をぐるっと見渡して、安心させるかのように笑って言った。
「さて、まずは……橙。チルノを責めてやるな。彼女はただ、橙の事を一番知ってそうな人物に助けを求めたに過ぎない。
一片の曇りも無い、純粋にお前を想っての行動だ」
「………」
藍の言葉に、チルノは少しだけ顔を上げた。
橙も頷き、彼女の顔を覗き込んだ。
「はい、わかってます……チルノちゃん、ごめんね。私、怒ったりなんかしてないよ。ありがとう」
彼女の言葉に、チルノの表情もようやく緩んだ所で、藍は改めて切り出した。
「では本題だが……橙、まずは本当の理由を皆と私に話してはくれないか」
「ほ、本当の……?」
橙の瞳が揺れ動く。藍はそんな彼女を正面から見据え、はっきりと言った。
「その通りだ。ただ何となく、じゃない事は分かっている。何故なら、お前があまりに必死だからさ。
絵の具なんて水を被れば落ちる。湖が青いのも光の屈折の関係で、水が青い訳じゃ無い。
考えれば分かるのに、形振り構わないお前の様子を見るに、本当はもっと深刻な理由がある……違うかな?」
彼女は黙ってしまった。それが何よりの肯定の証拠でもあった。
「藍様にも……ですか?」
「ああ。大丈夫だ、何を言おうとお前を責めたりなんかしない」
力強いその言葉は、橙の背中を何よりも後押しする。
暫し言い辛そうに身体を揺すっていた彼女も、ようやく顔を上げた。
ゆっくりと、その口が開く。
「えっと……私が、自分の色を変えたいっていうのは本当です。けど、単なる気分とかじゃなくて……」
神妙な面持ちの橙に、友人達も固唾を呑んだ。不釣り合いなくらいに騒がしい蝉の声が、耳に突き刺さる。
「――― 私、黒っていうのが……その、イヤなんです」
橙が言葉を切ると、誰も何も言わず、より一層遠くの蝉の合唱が大きく聞こえる。
「……それは、どうして?」
大妖精が疑問の言葉を口にすると、彼女は再び語り出した。
「だって……黒い色って、なんだか怖いじゃないですか。
夜の闇。何も見えない恐怖。二度と戻れない深み。全てを飲み込む災厄。絶望。そんなのを連想させてしまう。
それに、黒猫っていったら昔から不幸の象徴です。私が猫じゃなければ、ここまで悩みもしなかったかもしれません」
一つ一つ、言葉を選びながら慎重に話す橙の頬を汗が伝い、顎から滴って畳に吸い込まれる。
「だから……みんなに、いつか何か悪い影響を与えてしまうんじゃないかって。
迷信と笑い飛ばすことができたらよかったんですけど……ここは幻想郷です。どんなに小さな信心でも、何かを起こす力になりえます。
人の幸不幸なんてその最たるものです。私みたいな存在一つでも、近くにいる人に影響を与えてしまうかもしれない。
そう考えると、どうしようもなく怖くなって……もう自分が黒い猫っていうのが、どうしてもイヤになって……」
「何とかして、不幸の象徴というカテゴリから外れたかった。これからもずっと、皆と遊んでいられるように」
「……はい」
それ以上の言葉を用いない。黙ってしまった彼女に、今度はミスティアが尋ねた。
「藍さんに言わないでほしかったのは、どうして?」
「……私を生んでくれたのが、他の誰でもない藍様だから。せっかく生んでくれたのに、私の悩みはその生まれに文句を言うようなもの。
だから、絶対に言いたくなかった……藍様が、私を生む時に黒猫以外の違う妖怪を使っていればって、悩まないでほしかったの。
それに、みんなにも……特に、ルーミアちゃんにはさ」
闇を操る妖怪。そのイメージカラーは紛れも無く黒。彼女自身の存在にもケチをつけるような己の悩みを、本当は聞かせたく無かったのだろう。
「……大丈夫だよ、私はぜんぜん気にしてない。むしろ、心配してくれてうれしいな」
しかし、そんな彼女へルーミアはあくまで、いつも通りの能天気な笑顔を向けた。強張っていた橙の表情も、目に見えて和らいでいた。
再び言葉が途切れたのを見計らい、藍が立ち上がる。
「橙の言い分は分かった……よく話してくれたな。もっと早く気付いてやれれば良かったんだが」
「そんな!藍様は悪くなんかないです!あっ、もちろんみんなも……」
藍は少し屈んで、必死にフォローしようとする橙の頭をそっと撫でる。
「大丈夫だ、分かっている。だからそんな顔をするな。辛気臭いのはお前達には似合わない」
そう言うと、彼女は座ったままの一同を見渡して、唐突にこんな事を言うのであった。
「ところで橙、それに皆――― これから私が、”いい所”に連れて行ってやろうかと思うんだが、どうかな?」
・
・
・
「いい、ところ?」
オウム返しに尋ねたリグルを向いて、藍は頷く。
「ああ、いい所だ。とても楽しいぞ。君達や橙が暗い顔をしているのを見るのは辛いからな、忘れさせてやろうと思う」
そんな彼女の言葉に、一同はまず橙の方を見る。
「橙、どうする?」
ミスティアが尋ねると、彼女はすぐに頷いた。
「は、はい!行きます!」
藍が自分を心配してくれていると分かっていた。だからこそ、今はそれに甘えたい。
彼女が同意の返事をした事で、残りの一同も一斉に立ち上がる。
「んじゃ、私も行く!」
「あたいも!ねぇ、どんなところ?」
「わたしも、ご一緒していいですか?」
「勿論だとも。というより、橙が行くなら君達にも来てほしかったからな。
だが連れて行く前に……その服、汚れても大丈夫かな?必要なら着替えを取りに行く時間も設けようかと思うが」
笑いつつそんな事を尋ねてくる藍に、ルーミアが尋ね返す。
「服、汚れちゃうの?」
「かなり。だがその分楽しいと思うぞ」
「別に大丈夫だよ。おんなじ服他にも持ってるし、チルノと遊んでたら汚れるなんて当たり前だし」
「今更気にしないよ、へーきへーき」
一様に肯定の反応を見せた事で、藍は安堵した様子で部屋を見渡した。
「それなら良かった。では早速……紫様?」
「はいは~い、っと」
「わぁっ!」
突如、彼女達の背後の空間に裂け目が生じたかと思うと、中からぬ~と八雲紫が姿を現した。
思わず驚きの声を上げた彼女達にくすくすと笑いながら、紫は自らの横にもう一つ、隙間を作る。
「入口はここよ、存分に楽しんでらっしゃい。藍、後は頼んだわよ」
「お任せを」
彼女は親指で今しがた作った隙間を示す。
近くにいたチルノがそれを覗き込むが、中は真っ黒で何も見えない。
「ね、ねぇ……ホントに大丈夫なの?」
「あらら、怖い?大丈夫よ、心配しない。むしろ、一瞬で目的地に着けるこの感覚は他じゃ味わえないわよ?」
不安げな言葉に、紫は安心させるように笑って言った。
「えっとぉ、どうやって入ったらいいんでしょうか……」
「そのまま、ぴょーんと飛び込めばいいのよ。手伝いましょうか?」
大妖精の言葉にも紫は笑みを崩さない。意外かも知れないが、彼女は子供好きだ。
「ほら、あれだけ言ってるんだから大丈夫だ。思い切って、行ってみなさい」
「う、うん……じゃ、先に行くね」
意を決した様子でチルノが隙間の前に立つ。息を大きく吸い込み、
「やっ!」
掛け声と共に畳を蹴って大ジャンプ。青いワンピースが隙間に飲み込まれ、すぐに見えなくなった。
「さ、皆も早く」
「じゃ、私が……とりゃ!」
続いてリグルが飛び込み、そこからミスティア、ルーミア、大妖精、そして橙が次々に飛び込んで行く。
最後に藍が飛び込んだ所で紫は隙間を閉じると、
「しょうがないわねぇ」
一人ごちて、誰もいなくなった和室に残された、空っぽのグラスを片付け始めた。
・
・
・
視界を覆った暗闇は一瞬で晴れ、続いて見えたのは真っ白な世界だった。
「うわっ!」
瞬間、どすんと足から衝撃が伝わり、チルノは思わず膝を折る。それと同時に、くしゃり、と音が鳴った。
「なに、ここ……」
きょろり、と辺りを見渡す。体育館くらいはあるだろう広い空間だが、天井は低い。
そして壁、床、天井と一面が真っ白。だがよく見れば白では無い部分もあり、一部には木の壁が覗いていてドアがある。
見渡している内に、後ろからどすん、どすんと次々に後続の友人達がやって来るのが分かった。
「わ、なにここ!」
全く同じ事を言うルーミア。彼女が歩く度、床から微かにくしゃ、と音がする。
「これ、紙だ……」
「かみ?」
「うん。紙が貼ってあるんだ」
壁に手をついた大妖精が冷静に分析していると、いつの間にか現れていた藍が頷いた。
「その通り。ここは私が里の大工の方々に頼んで建ててもらった小屋……と言っても、部屋はこれだけしかないから部屋と言った方がいいか」
「ここが、いい所?」
「そうだ。まあ、今に分かるさ……少し待ってなさい」
ミスティアの言葉に肯定の返事を返すと、彼女は一旦紙の貼られていない部分に据え付けられたドアから外へ。
空けた途端流れ込んでくる蝉の声と、ドアの向こうに見えた乱立する木々。どうやら、森の一角にあるらしい。
「なにするんだろうね」
「これ、床にも天井にも紙がはってあるよ」
「ホントだ……」
少し飛んでリグル。橙も床に膝をついて、確かに大きな白い紙が貼られているのを確認する。
そうこうしている内に戻って来た藍は、奇妙な物を持っていた。
「待たせたな。すまないが、ちょっと手伝ってくれないか」
「あ、はい!」
彼女が両手に抱えた、円筒形の物体を橙が慌てて取りに行く。残りもそれに倣った。
取っ手がついている金属製のそれは、中に液体が入っているようで、歩く度に妙な重量感を返してくる。
いくつかそれを運び込み、最後に藍は水のたっぷり入ったバケツをいくつか持ってきて置き、息をついた。
彼女の作業が終わったと分かったので、大妖精は尋ねてみた。
「あの……これ、ペンキですか?」
「お、分かるか。その通り、ペンキだ。と言っても、水に溶けるタイプだから洗えば落ちる」
言いながら藍は、手近にあった缶の蓋を外す。白い蓋に赤いマークが入っていたそれを開けると、果たして中には真っ赤な液体がなみなみ。
その他にも、青、黄、緑、オレンジ、ピンク、黒、白、水色、黄緑、紫、藍、茶、灰 ―――とにかく、ありとあらゆる色のペンキ缶。
それらが各色複数置かれていて、水の入ったバケツもあって。更にここで、藍が一同に刷毛を配ったものだから、もう何をするのかは半分分かったようなもの。
「さて、見れば分かるかと思うが……この部屋には、上下左右に白い紙が貼ってある。これは言わばキャンバスだ。
そして、君達は画家だ。その刷毛とペンキで、思う存分絵を描きなさい」
「絵?」
「そう、絵だ。いや、何も深く考えなくていい。思う存分、気が済むまでペンキを塗りたくり、色をぶちまけてくれればいい。
何をしても自由だ、私が許そう。ケンカなんかするなよ。ペンキはいくらでもあるし、キャンバスは広いんだから」
さあさあ、と急かしてくる藍。突然の事で刷毛を握ったまま暫し困惑していた一同だったが、その沈黙を切り裂いたのは―――
「……どんなに色ぬっても、いいの?」
「勿論。好きなだけやりなさい。今日の君達はアーティストだ」
「それじゃ……これもーらいっ!」
やはり、チルノだった。彼女は青いペンキ缶を引っ掴むと近くの壁までダッシュ。
刷毛を突っ込み、引き抜くと青いペンキが飛び散り、元より青い彼女のスカートにもかかり、床にもこぼれて青い染みを作る。
それも厭わないで、というより気付かないで、チルノは青ペンキをたっぷり含んだ刷毛を思いっきり、壁に走らせた。
「いやっほー!」
歓声を上げ、上に下に青を塗りたくる。掠れてきたら再び缶に突っ込んでペンキを補充し、再び殴り書き。
息を弾ませた彼女の目の前に堂々とそびえる『チルノさんじょう』の青い巨大文字。
その顔は、とても満足げだった。
「みんな、やんないならあたいが全部描いちゃうからね!」
彼女は突っ立ったままの一同に笑ってそう言うと、その隣に再び青色を塗り始める。
「ほら、このままではこの巨大キャンバスは全部、チルノ画伯のものになってしまうな」
藍の言葉で、一斉に全員が動いた。
「わ、私もやる!」
「黄色ちょーだい!」
「服汚れ……まあいっか!わたしも!」
「ま、待ってよぉ!」
それぞれ好きな色のペンキ缶を引っ掴んで、近くの壁に猛烈な勢いでペンキを塗りたくっていく。
床、自分の服に手足までペンキが飛び散るが、彼女達は意に介さず思うがまま刷毛を動かした。
絵だったり文字だったり、或いはただ色を塗り潰すだけ。彼女達は、笑顔だ。
「違う色にする時は、このバケツで刷毛を洗うんだぞ」
藍が持ってきた水入りバケツ。一同は頷きつつも腕を止めず、ひたすらキャンバスに自らの色を刻んだ。
「せっかくだから、みんなの顔でも描こうっと」
そう言って橙は、複数のペンキと水バケツを用意すると、黒ペンキで顔らしき輪郭を描き始める。
黄色で髪を塗り、赤で目とリボン。鼻と口も描いて、大味なタッチのルーミアが完成。
「おお~、上手いね」
「私だぁ」
「えへへ~、ペンキだけだとちょっと難しいね」
賞賛されて橙は照れた顔。しかしそんな折、ミスティアが青いペンキを掴むと、
「んじゃ、仕上げに私が」
そう言うなり、その顔をべしゃっと青く塗りつぶしてしまった。
「わ、何すんのさ!」
自分の顔を真っ青にされたルーミアが非難めいた言葉を口にすると、彼女はニヤリと意地悪く笑って、
「まあまあ、顔色の悪いルーミアってコトで!」
「あっ、待て~!今度は私がみすちーを真っ青にしてやるぅ!」
その言葉を残して逃亡。ルーミアも青ペンキを持ち、その背を追いかける。
かと思えば急に腕を掴まれて立ち止まった。振り返るとそこには大妖精。
「どしたの、大ちゃん?私、みすちー追いかけたいんだけど」
「ルーミアちゃん、顔を変に塗られたから怒ってるんでしょ?」
「うん、まあ」
「じゃあさ、顔をおんなじにしちゃえばいいんじゃない?」
「え、それって」
まさか、と思った次の瞬間、ルーミアの顔に刷毛が襲いかかる。
避ける間も無く、べしゃりと音がしたかと思えば彼女の顔に青いペンキがべったり。
「わ~!大ちゃんまで!!」
「へっへ~、たまにはね!」
意外な相手からの攻撃にルーミアはあたふた。その隙に大妖精は、心の底から楽しそうな笑顔で逃亡。
近くにあった、まだ綺麗な水で顔を洗うと、彼女はミスティアに標的を絞って追い掛け回す。
しかし中々捕まらないので、彼女は茶色のペンキを手にすると床に刷毛を伸ばす、
「じゃあいいもん、私、焼き鳥の絵描くから。わあおいしそ~」
「えっ、ちょ……こらぁぁ!私の前でそれは許さないよ!!」
この発言に逃走していたミスティアもこちらへ向かってくるので、今度はルーミアが逃亡。
逃げながら、壁に刷毛を押し付けて茶色の軌跡を残していく。
「ここまでおいで~!」
ペンキを撒き散らしながらの追いかけっこに興じる二人をよそに、大妖精は残り少なくなった緑のペンキ缶を掴む。
「もうこれ少ないし……せ~の、それっ!」
かと思えばいきなり、その中身を壁へ向かってぶちまけた。まるで炎が燃え広がるかのように、緑色が白い壁面を瞬く間に覆い尽くしていく。
「うわぁ!大ちゃん、激しいね」
「そうかなぁ、えへへ」
近くにいた橙が思わず飛び退くと、大妖精は緑色になった手で頭を掻きつつはにかむ。
普段抑え込んでいる分、この日の大妖精のイタズラハートは激しく燃え盛っていてもう手が付けられない。
現に―――
「壁が緑色だらけだぁ」
でろ~ん、とペンキが垂れていく壁を見ていた橙の背後にいつの間にか立っていて、
「んじゃ、今度は橙ちゃんの番」
「へ、それっ……きゃあ!?」
新しく持ってきた緑ペンキで橙の耳をべったり、緑色に染め上げるのだ。
平素の大妖精からは想像も出来ないくらい積極的な様子に、橙も驚きの表情を隠せない。
「んもう、耳が緑色だよぉ……大ちゃん、今日はずいぶんと」
「何だか楽しくってつい。普段じゃ、こんなにおっきな紙に絵を描くなんてできないじゃない。ね?」
「だからって私を塗らなくっても」
「だって橙ちゃん、色変えたいんでしょ?」
「あっ、そういうコト言うなら……」
言動も悪戯染みている大妖精。最早暴走モードと言って差し支えない彼女のハートからどうやら、橙のイタズラ魂にも引火したようだ。
足元にあった赤いペンキを手に取ると、刷毛を突っ込んですぐに引き抜き―――
「うりゃあっ!」
「きゃっ!」
まるで居合斬りのように刷毛を一閃。大妖精の胸から腹、腰にかけて真っ赤なライン。
刷毛を振った際に跳ねたペンキが彼女の顔や手にも降り注ぎ、白い肌の所々に赤い斑点をつけた大妖精はニヤリと笑う。
「……やったなぁ!えいっ!」
即座に横一閃、橙の赤い服の腹部に深々と緑の軌跡を刻む。
「あっ、このぉ!」
橙も負けじと逆袈裟斬り、青い服を赤く染める。
とうとう互いの身体をキャンバスにし始めた橙と大妖精は、大きな笑い声を上げながら互いの身体と足元を塗りたくっていく。
壮絶なペイントファイトを繰り広げる二人から少し離れた場所で、チルノは壁に相変わらず青ペンキで絵を描いていたが、
「あ、そうだ!」
と、何かを思い付いた顔。すると彼女は刷毛を置き、ペンキ缶に自らの右手を突っ込んだ。
「な、何してんの?」
横で一緒に絵を描いていたリグルが驚き尋ねると、彼女は真っ青に染まった手を、ぴしゃーんと張り手のように壁へ押し付ける。
「じゃーん、あたいの手!」
壁に残った青い手形。胸を張るチルノに、リグルも面白そうな顔で頷き刷毛を置く。
「なるほど、私もやろっと」
彼女も手を紫のペンキ缶に突っ込んで、ベタベタと手形をつけて遊び始める。
チルノと一緒になって壁に手形を刻んでいたが、
「いいこと思い付いた!」
リグルはポンと手を打つと、多くのペンキですっかりまだらに染まった靴下を脱ぎ、裸足に。
そして右足を紫、左足を黄のペンキ缶に突っ込むと、ぴたぴたとそこらを走り回る。
「見てみて、足跡もできるよ!」
「おー!あたいもやるー!」
チルノもまた大喜びで靴下を脱ぎ捨て、青と赤の足跡を付けて回る。
そこらの床を一面足跡だらけにしても満足せず、彼女は右足を青ペンキにつけると、
「きぃーっく!」
壁にキック。びしっ、とという音と共に、壁へ真っ青な足跡が刻まれた。
「あたいの方がだいなみっくね!」
ふふん、と胸を張って得意気なチルノに、むむ、とリグルは考え込む。
何とか”勝てない”かと頭を捻り、やがて閃く。
「よぉし、ならこっちは……」
彼女は先程脱いだ靴下をもう一度履くと、そのままペンキ缶に足を突っ込む。
布地がペンキを吸って重くなった所で、彼女は壁の前に立ち―――
「どりゃあああ!」
掛け声と共に、何と壁を垂直に登って行った。
と言っても飛んでいるだけなのだが、掠れる事無く壁に次々と刻まれていく足跡。チルノも驚きの表情を隠せない。
そのままリグルは壁を登り切り、ひっくり返って天井にも二、三の足跡をつけ、くるっと回って着地。べしゃ、と吐き出しきれなかったペンキが散る。
「私の勝ちかな?」
「うー……」
今度は彼女が得意気になる番で、チルノは悔しそうに頬を膨らませる。
かと思えばすぐに両手をペンキに突っ込み、べたべたと壁に向かって百烈張り手。
「あたいの方がいっぱいできるもん!」
「私だって!」
リグルも負けじと壁に向かってべたべた。
いつの間にか、『壁や床をより自分の手形・足跡で埋め尽くした方が勝ち』という暗黙のルールが出来上がっていた。
二人はそのまま、手足をペンキにまみれさせての大乱舞。凄まじい勢いで白い部分が消えていった。
・
・
・
「おやおや……」
少し離れた場所で、そんな彼女達の様子を見守っていた藍。思わず笑ってしまった。
「は~い、焼きみすちーの完成!」
「なによ、こっちは食べ過ぎてお腹壊したルーミアなんだから!」
空いてる壁に、相手を模した変な絵をペンキで描き込んでいくルーミアとミスティア。
刷毛を動かす度にペンキが飛び散り、二人の服をすっかり汚していたが全く気にせず、絵を描く事に夢中になっている。
「やぁっ!」
「どーだぁ!」
一方で橙と大妖精は、まるで剣豪の如く壁に向かってペンキのついた刷毛を一閃。
まるで切り裂かれたかのようなペンキの軌跡が壁にくっきりと刻まれる。
見た所、助走をつけて勢い良く走らせた橙の方が、大きな跡を残していた。
「よーし、私の勝ち!ほれほれ~」
「く、くすぐったいよぉ……」
芸術点を競っているのか、橙の勝ちらしい。彼女は赤いペンキで、大妖精の羽をぺたぺたと塗っていく。
かと思えば位置を少しずらして再び次の戦い。今度は大ジャンプからの唐竹割りで、大妖精がどでかい縦一線を引いてみせ、勝利した(らしい)。
「緑色のねこって珍しいと思うよ!」
言いながら大妖精は橙の耳をぺたぺた。
「うにゃー……こうなったら、大ちゃんの髪の毛真っ赤にしてやるんだから!」
「こっちこそ、橙ちゃんを黒猫から緑猫にしちゃうよ!」
互いにニヤリと笑い、再び彼女達は壁に挑みかかる。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「はぁ、はぁ……」
両手、両足を駆使しての塗り潰し対決も佳境を迎えたチルノとリグル。
目の前の壁は二人の手形、足跡で埋め尽くされ、残るのは天井か床か、といった状態。
「こうなったら、アレをやっちゃうもん……」
「?」
不意にチルノが呟いたかと思うと、おもむろに青ペンキ缶を引っ掴む。
そしてそれを高々と掲げた次の瞬間、何と頭上でひっくり返した。
「うそぉっ!?」
リグルも流石に驚く。ざっばぁぁん、と洪水のような音と共に、元より青いチルノがますます真っ青に。
ぽた、ぽた、と青い雫が滴り落ち、足元に作られたこれまた青い水溜りに波紋を作る。
「あたいの勝利は約束されたもどーぜんよ!うりゃー!!」
彼女は勝ち誇って叫ぶなり、床に全身を投げ出してごろごろと転がり始めた。
自らをペイントローラーにしたチルノは、瞬く間に床を青く染めていく。
「わ、私にその程度の度胸がないと思ったかー!」
しかしリグルも負けじと紫のペンキ缶を被る。二度に渡る大規模な水音に、他の者達の視線も集めた。
彼女もまた床に寝転がり、ごろごろ。チルノが通って青くなった横を、紫色に染め上げていく。
「あたいの方がすごいもん!
「負けるもんかー!」
自らをホイールにした息詰まるレース展開。二人の脳内にはガンガンと激しいユーロビートが鳴り響いていたとか、いないとか。
頭文字C VS 頭文字Wの勝負の行方は、転がる事に夢中になっていた二人が同時に壁に激突してドローであった。
走る際は前方をしっかり見ましょう。
・
・
・
・
「なんというか……激しかったな」
ははは、と藍は笑った。それもその筈、ペンキ片手に全力で遊びまわった六人は全身ありとあらゆる色にまみれて凄い事になっていた。
だがその顔は一様に笑っていて、とても満足げだ。青ペンキがついていても顔色は良い。
「すっごい楽しかった!」
「またやりたい!」
「次はいつ使えますか?ここ」
「まあまあ落ち着きなさい。君達がまたここで遊びたいなら、また用意はしよう。それはそうとして……橙」
「はい?」
興奮した口ぶりで語られる言葉に頷きつつ、彼女は橙へ向かって尋ねた。
「随分とカラーリングが変わっているが……どうだ、悩みはもう吹き飛んだか?」
「え」
はっとした表情で、橙は自らの手を見た。赤を中心に緑、青、黄に紫と、多くの色に染まって本来の色が隠れてしまった小さな手。
それだけで無く、一斉に彼女へ視線を向けた一同から盛大な爆笑が巻き起こる。
「くく……あっはっはっは!!」
「橙、すっごいカオになってる!あははは!」
「もう何色のネコか分かんないよ……ぷ、くくっ……」
耳や髪の毛もペンキがべっとり、特に大妖精に塗られた緑が目立つその頭は黒猫のそれでは無くなっていた。
「な、なにさ!みんなだってすごい顔してるじゃない……くっ、にゃははははは!」
反論しようとして、橙もまた大笑い。ここにいるメンバーは藍を除き皆、全身ペンキまみれ。人の事は言えないのだ。
互いの身体に刻まれた256色の惨状に笑い声を飛ばしていたら、再び藍が口を開く。
「その様子だと、もう大丈夫そうだが……橙、これを見なさい」
「?」
安堵したように言いながら、藍が持ってきたのは刷毛を洗う為の水入りバケツ。外側にもペンキやそれを溶いた水が跳ねており、すっかり汚れている。
「バケツがどうかしたんですか?」
「バケツ自体はどうもしないさ。見て欲しいのは中だ……ほら」
どすん、と彼女がそれを置いたので、一斉に群がって覗き込む。
そこには―――
「あっ……」
――― あらゆる色を混ぜ込んだ水は、真っ黒に染まっていた。
「お前は、黒に嫌なイメージしか無いと言ったな。確かに、あまり良くないイメージも多いのは事実だ。
だが、そればかりでは無いと私は思うぞ。黒字、なんて具合に良い意味の言葉だってあるし、美しい黒髪は大和撫子の象徴だ。それに……」
藍は一度言葉を切り、茫然とバケツの中を覗き込む橙の頭に、ポンと手を置いた。ペンキが付着したが気に留めない。
「見ての通りだ。多くの色を混ぜると黒になる。黒という色の中には、ありとあらゆる色が詰まっているんだ。
それはつまり、黒をパーソナルカラーにしている橙には、あらゆる色が、無限の可能性が眠っている……そうは考えられないかな?」
「藍様……」
「ここにいる皆も、様々な色を持っているが……その色を、お前は全部持っているんだ。
光をも吸収する温かな色。どんな色だって持っている無限の色。もう少し、胸を張ってもいいと私は思うぞ」
「………」
言葉を失った橙は、皆の顔を見渡した。
多くの色で顔を、服を、手足を染め上げながらも、いつもと変わらない顔で笑ってくれる友人達。
(みんなの、色を……)
黒という色を持つ自分がその中心にいる、その事実をしっかりと認識する。
黒猫なんて不幸の象徴でしかないと思ってた。けど今は、はっきりと『そんなコトはない』と言えそうな気がした。
そして皆も、そう言ってくれるのだろう。
「……はい!」
だから橙は、大きく頷いた。
彼女のその言葉で張り詰めていた緊張が解け、一同は一気に喋り出す。
「でもまあせっかくだし、なんか違う色にしてあげよっか!橙、私とおんなじ金色にしようよ!髪の毛」
「なに言ってんの、私の色のがいいに決まってるでしょ!ね、橙」
「今時のトレンドは自然の色たる緑だよ!大ちゃんもなんか言ってよ!」
「あたいの色がさいきょーなの!」
やいのやいの、と論じだした一同の様子に、藍と橙は揃って噴き出した。
「黒でいい、と結論付けたばかりなのに……ははは。愛されてるな、橙」
「やめてくださいよぉ」
藍の言葉に、橙は頬を染めた。
そうこうしている内に、もう良い時間だったのでお開きの流れ。
「皆ひどく汚れてしまったな……そうだ、とりあえず私達の家に来たらどうだ。服も洗うし、風呂にも」
「あ、それならもうみんなに泊まっていってもらうとか……」
「そうだな、その方がいいか……と言っても皆次第だな。どうかな」
二人の申し出に、『もちろん!』『お世話になります!』と一同から二つ返事の承諾。
「やった、夜もみんなと遊べるね」
喜ぶ橙だったがしかし、ここである事に気付く。
「あれ、あそこ……」
「どうしたの?」
ルーミアの問いに、彼女は部屋の一角を指差した。
「見て、あそこだけほとんど何も描かれてない……」
奥の方にある壁の一部、結構大きなスペースがほぼ白いまま残っていた。奥の方なので使われなかったのだろう。
「せっかくだし、あそこにも何か描きたいな」
「いいね、やろっか!」
チルノに続いて一同も一斉に賛同し、ペンキを持って未使用の壁へ。
「何描こうか?」
「みんなで何かやりたいね」
最後のキャンバスをどう埋めるか話し合う中、大妖精が手を上げた。
「じゃあさ……せっかくだし、虹でも描いてみる?おっきいの」
「あ、それいい!」
「やろうよ、一人一色ずつ担当でさ!」
散々色を撒き散らした後の締めとして、虹はまさに打ってつけだった。全員が賛同し最後の共同制作。
まず、ミスティアが赤いペンキを手にし、少し飛びながら真っ赤なアーチを描く。
「……いよっし!こんな感じかな」
大きく綺麗な曲線を引く事が出来、彼女も満足げだ。
続いて橙が、その名の通りオレンジのペンキを手に取ってミスティアが引いた赤いラインの下を塗っていく。
こちらも上手く描けた所で、三番手はルーミア。黄色のラインを橙が描いたオレンジの下に刻む。
「おー、それっぽくなってきた」
線を引き終え、ちょっぴり興奮した口ぶりでルーミアは言った。
今度は大妖精が、緑色のペンキで虹の中央となるラインを描く。それに続いたのはチルノで、水色のペンキを緑の下へ慎重に塗っていく。
「あれ、ずいぶんとゆっくりだね」
「だ、だって……ここで失敗したら、あたい……」
「気にしないでいいのに。虹って色が結構にじんでるもんだしさ」
「あっ。橙、今のダジャレ?」
「ちがうよぉ!」
ミスティアが茶化すと、橙は頬を膨らませた。その様子に笑いながら、チルノも作業完了。
ここで六番目という事で、橙が後ろを向いた。
「藍様、もしよろしかったら……」
「お、私のために空けてくれたのか?ありがとう、では遠慮無く」
藍は笑い、これまたその名の通りな藍色のペンキで水色の下を塗る。素早く、そして圧倒的に美しいラインを引いてみせ、一同はため息。
「すごいなぁ」
「画家とかやってるの?」
「いやいや、ただ少し慣れてるだけさ……ほら、次で最後だ」
トリはリグルが務め、紫のペンキでアーチの一番下を飾る。
右端までしっかりと塗っていき、ふぅ、と息をついた。
「よーし、これでオッケー!」
「やったぁ!」
大きな虹が完成し、一同はそれぞれ手を握り合って完成を喜んだ。
「これ、とっておきたいなぁ。せっかく描いたんだし」
「心配ないさ。私が責任を持って回収し、保管しておこう」
藍が大妖精の何気無い呟きをしっかり拾って返してやると、彼女はとても嬉しそうに笑う。
それから藍は、友人達と共に喜びを分かち合う橙の姿を見た。
(良い友達を持ったな)
全身ペンキまみれでも意に介さず、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら嬉しそうに笑っている彼女達の様子を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
そうしている内に芽生えてきた、どうしてもやってみたい衝動を抑えきれず、彼女は先程使ったペンキを手に取る。
おもむろに刷毛を突っ込み、抜くと、喜んでいて気付かない橙の背後を取り―――
「うにゃっ!?」
べしゃ、と音がした。そこには、橙の頭に藍色のペンキを塗る藍という、予想だにしない光景が広がっていた。
「ら、藍様?」
「あ、ああ……すまない。皆があんまり楽しそうだったから。どうしても、やってみたかったんだ」
はは、と苦笑いする藍。しかし、彼女を除く一同の目はギラついていた。
それはまるで、一世一代の狩りに赴くハンターのような―――
「……ねぇ、こんな言葉を知ってる?やっていいのは、やられる覚悟のあるやつだけだ、って……」
不意に尋ねてきたリグルの言葉に、彼女は大きく頷いた。
「ああ、勿論だとも。むしろやって欲しいくらいだな」
「え、それは」
またしても意外な言葉に面食らった表情。藍は、少し恥ずかしそうに続けた。
「いや、その……私も、君達の色に染まってみたくなったんだ」
照れ笑いを浮かべるその様子に、ぱぁっと表情を華やげる一同。
「よぉし、そういうことなら思いっきりやっちゃうよ!」
「藍様、覚悟して下さいね?」
「わたし、尻尾やりたいなぁ」
「あたいも」
各々ペンキを構え、じりっと包囲を狭める。闘志十分なその表情に、さしもの藍も少したじろいだ。
何せ、あの九尾の狐に公然とペンキをぶっかけられる、またとない機会。彼女達のイタズラ魂は噴火寸前である。
「せーの……」
「それーっ!!」
橙の号令で、一同は藍へ向けて一斉に飛び掛かる。一拍置いて、部屋中にペンキの雫が飛び散った。
・
・
・
「あー、やったやったぁ」
「もうヘトヘトだよ」
「ら、藍様……えっとぉ、ごめんなさい……」
「その……ちょっと、調子に乗りすぎました」
満足げな表情を浮かべた一同。橙と大妖精は少々申し訳無さそうだが、藍はペンキにまみれた端整な顔に笑みを浮かべた。
「いやなに、私も本当に楽しかった。君達が何故悪戯に精を出すのか、分かった気がするよ」
彼女の服も色とりどりのペンキをたっぷり吸って最早元の色が分からないくらいだが、藍はまるで気にした様子が無い。
近くに落ちていた、ペンキでドロドロな帽子を拾い上げる。被ろうと思ったが確実にペンキが垂れてくるのでやめた。
帽子を絞りながら、やれ耳は赤が似合うだ、やれ尻尾は端から虹の色にしようだ、と友人達と共に藍の次なるペイント計画を練っている橙を見る。
(ひどい事になっているな……私も人の事は言えないが)
赤から白まで、あらゆる色にまみれて元の色が分からなくなっているのは彼女も同じ。
だが、そのベースにあるのは紛れも無く、黒。
黒猫は不幸の象徴。一般によく言われる迷信だが、橙に限ってはそれは当てはまらない。
根拠は無いが、今の藍は自信を持って、そう言えた。
(黒は、あらゆる色を混ぜ込んだ無限の色……)
橙へ向けて言った言葉を思い返し、彼女は笑顔の輪の中心にいる橙と、先程描いた虹を交互に見る。
自分達の手で作り上げた、手作りの虹。ちょっといびつでも、眩しく輝く立派な虹。
(今私を染め上げているこの色は、きっとその一部なのだな)
藍は信じていた。
――― この子ならきっと、この幻想郷に大きな虹を描ける。
モノクロはおろか、七色でも到底説明出来ない、変幻自在の楽園。
そんな中で、あの子の色は―――
・
・
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・
・
・
・
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ごろごろごろごろ。
「………」
「うわああああ」
ごろごろごろごろごろごろごろごろ。
「………」
「ふにゃああああ」
ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ。
「……橙ちゃん?」
「あにゃああああ……うにゃ?あっ、大ちゃんだぁ……あぅぅ」
それはレアな光景であった。
その日、お散歩でもと外へ出た湖の大妖精を待ち構えていたのは、ゆるやかな丘を転げ落ちる式神。
連続前転を繰り返し、草の上をホイールモードでマッハ555するネコミミ娘など、そうはお目にかかれまい。
凶兆の黒猫こと、橙である。
「どうしたの?もしかして転んじゃったとか?ケガは?」
「だいじょぶだよぉ……うわぁお!」
心配そうな声色の大妖精に、立ち上がった橙はグッとサムズアップ――― しようとして足元がふらつき、再び草の上に倒れ込む。
服のあちこちに草をくっつけ、更にこの炎天下で転がり続けたものだから大汗をかいた顔にも草が張り付いていて壮絶な有様。
「大丈夫?ほら、しっかりして」
大妖精は膝をつき、彼女の上半身を優しく助け起こしてやる。ついでに背中についた草を払った。
「あいててて……ごめんね」
「もう、どうしたの?あんなにごろごろ転がったりして」
急に前転がしたくなる気分というのも、世の中にはあるのかも知れない。大妖精の身に覚えは無かったが。
しかしそうでは無いようで、橙は思い出したような顔をすると帽子を取り、彼女へ向かってこんな事を尋ねた。
「ねぇ大ちゃん……私さ、何か変わってない?」
「へ?」
「その、見た目とか」
不意な質問に、大妖精は戸惑う。とりあえず答えようと彼女の身体をざっと見直すが、草が張り付きまくっている以外は彼女の知る橙である。
「ううん、別に普段と変わらないけど……」
「そっかぁ……」
すると橙は、どこかしょぼくれた表情。
何故彼女がそんな表情をするのか分からず、だけどどうにか明るい顔に戻って欲しくて、大妖精は頭を捻る。
「と、とりあえずさ。すぐそこだし、良かったらうちに来なよ。すごく汗かいてるし、お風呂とか」
「ホントに?やった、ありがと大ちゃん!」
嬉しそうに笑う橙を見て、大妖精も胸をなで下ろす。
「あ、でも私、お風呂入ったら式外れちゃうんだ。だから、藍様がそばにいないと厳しいかも……」
「んじゃせめて冷たいタオルとか用意するからさ。それに、何か飲みたいものとかあったら言ってよ」
「ごめんね、お世話になります」
そのまま少し歩き、彼女を自宅へ招き入れる。
冷たい水に浸したタオルと、これまたキンキンに冷やしてある麦茶のグラスを手渡した。
顔や首筋を拭き、グラスを一息で空けて大妖精におかわりを貰った橙は、大層満足した様子で息をつく。
「あ~、今すっごく幸せだぁ。ありがとう、大ちゃん」
「いいのいいの。こんなに暑いんだもの、ちゃんと水分補給しなきゃ」
大妖精も、彼女の笑顔を見て嬉しそうだ。
互いに一息、といった所で、再び橙が尋ねる。
「あのさ、ちょっと訊きたいんだけれど」
「ん?なぁに?」
大妖精が話を聞く態度を見せると、橙は彼女の顔をまじまじと見ながら口を開いた。
「大ちゃんはさ、どうしてそんなにきれいな緑の髪をしてるの?」
「へ?」
意外な質問に、大妖精は面食らった表情だ。
彼女のトレードマークとも言える、横で括った緑の髪。友人達からもよく『きれい』と褒められる。
しかし、特別何かをしてこの色になった訳では無い。なので、素直に答えた。
「えっと……特に何かしたワケじゃ。生まれた時からこの色だったと思うよ」
「野菜いっぱい食べたから、とかじゃなくて?」
「た、たぶん……」
「永遠の二番手だったから、とかでもなくて?」
「あれは髪の毛が緑ってワケじゃないから……」
いつもチルノや小悪魔の陰に隠れがちな己の境遇を思い、実は信憑性あるんじゃないかと思ったのは内緒だ。小悪魔なら赤いし。
そんな彼女をよそに、橙は考え込む。
「む~、そっかぁ。じゃあ野菜たくさん食べても意味なかったんだ」
「?」
「あっ、ううん。なんでもないの。それじゃ大ちゃん、どうもありがとう!」
「うん、気を付けてね」
おかわりの麦茶も飲み干し、礼を告げて橙は立ち上がった。大妖精も倣い、玄関まで見送る。
彼女が歩いていくのを見届け、一度はドアを閉める。が、
「……あっ、お散歩行くんだった」
目的を思い出し、大妖精も再び外へ。すると、
「あれ、橙ちゃんまだいたんだ」
家を出て少しの所で、湖を向きぼけっと立ち尽くす橙の姿を発見。
駆け寄ると彼女も大妖精に気付き、笑顔を向ける。
「何見てたの?」
「んとね、湖。きれいな青色だなって」
「そうだよね。こんなに澄んだ水色、なかなか見れないよね」
尋ねると、彼女はそう答えて再び視線を湖へ飛ばす。大妖精もその横で、改めて感想を口にしつつ共に眺める。
水底まで透けて見えそうな程に澄んだ、クリアブルーの湖。湖上にかかる霧が、不気味なくらいの涼しさを演出している。
暫しそのままだった後、静寂を破ったのは橙の呟きだった。
「……いち、にーの……」
「ん?どしたの橙ちゃ」
「さんっ」
――― 瞬間、宙を舞い、湖へ吸い込まれていく橙の小さな身体。水面を突き破る炸裂音と、水飛沫が大妖精に襲いかかったのはその一寸後であった。
「ん……えぇぇぇ!?」
一瞬だけ混乱した後、彼女が湖へ落ちた――― というより、自ら身を投げたと気付く。慌てて湖面へ視線を飛ばした
目の前の薄い霧が吹き飛び、視界が確保された大妖精が見たのは、見慣れた姿から普通の猫のような姿に戻り、ばちゃばちゃと必死に水面を叩く橙の姿だった。
(まさか、溺れてる!?)
そう思った瞬間、自らもまた地面を蹴っていた。
再度の水音と共に、全身を刺すような冷たさが襲う。夏だというのに、この湖は年中冷たいままだ。
「大丈夫!?今助けるから」
少し泳いで、すっかり小さくなった橙の身体を抱くと、羽に力を込める。一拍おいて、身体が水面より浮き上がった。
張り付く湖の水面を振り切り、湖上へ。もう少し飛んで転がり込むように岸、草の上に降りる。
「はぁ、はぁ……」
短い時間で全身の瞬発力を駆使した大妖精は、すっかり息が上がっていた。
目の前には、どこか寒そうに黒い毛並を震わせて、全身の水を飛ばす二尾の黒猫。
それからおもむろに大妖精を見上げ、どこか申し訳なさげな様子で、にー、と鳴いた。
「そっか、全身水に浸かると式が外れちゃうんだっけ。藍さんの所に行けばいいのかな……」
それくらいしか解決法が思い付かず、大妖精は濡れ鼠のまま橙を抱きかかえた。
そのまま、夏の澄み切った大空へ飛翔する。目指すは幻想郷のはずれ、八雲家。
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風を切って飛び続ける大妖精。しかし高い気温のお陰か、寒くは無かった。
やがて見えてきた、古き良き和風の一軒家。敷地内へ降り立つと、すぐに縁側へ九尾の狐・八雲藍が出てきた。
どうやら、気配で分かったらしい。彼女は大妖精の姿を見るなり、目を丸くした。
「どうしたんだ、そんなにびしょ濡れで!大丈夫か?」
「あ、はい。わたしは大丈夫なんですけど……その、橙ちゃんの式が外れちゃいまして」
「そうか、私が付け直そう……すまないな、わざわざ。良かったら上がって行ってもらえるかな。お茶とお菓子くらい出すよ」
「いいんですか?ありがとうございます……けど、わたしもびしょびしょで」
「む、そうだったな。風邪を引いてもいけないし、私の以前着ていた服でよかったら貸そう」
彼女が強く勧めてくれるので、大妖精はその申し出に甘える事にした。
『式を付け直して来るから、ゆっくりくつろいでくれ』と言い残し、藍は橙を抱きかかえて奥へ消える。
その間に水をたっぷり吸ったいつもの服を脱ぎ、身体を拭いて、彼女が残してくれた服に着替える大妖精。少々サイズが大きいが、気にしなかった。
少しデザインは違うものの藍の服と似た形をしていて、何だか自分がとても強くなった気分になれる。
髪を括っていたリボンを外して髪を拭き、縁側で自分が着ていたスカートの水を絞り出していると、いつもの姿に戻った橙を連れた藍が戻って来た。
「待たせてしまってすまない。服の方、サイズは大丈夫かな。かなり昔のものだから、今の私のものより小さいとは思うが……」
「あ、はい!丁度いい感じです。どうもありがとうございます!」
本当は少々大きいのだが、口には出さない。
お茶を淹れるべく今度は台所へ向かった藍。橙と二人残された大妖精は、今度はブラウスの水を絞る。
橙も責任を感じているのか、まだ放置されていた靴下の水を絞る事で手伝った。
「ごめんね、大ちゃん……また、私……」
「いいんだよ、気にしないで。何事もなくてよかったよ。それより、どうしてまた?」
橙はやはり申し訳無さそうな声色で、彼女の顔を上目使いに見ながら呟く。
粗方水分を絞り出した自分の服を畳んで重ねながら、大妖精は笑った。
「あ、えっとぉ……ん~……」
彼女の笑みに安堵した一方で、質問の方には口ごもってしまう橙。
答えたくない事情があるのだろう、と大妖精もそれ以上は追求せず。話題を変えて適当に雑談をしている内に、藍が戻って来た。
「お茶が入ったぞ。服は私がちゃんと乾かしておくから心配はいらないよ」
「いただきます」
畳んだ服を縁側に残し、大妖精は橙と共にテーブルへ。
互いに湯呑みを少しずつ空け、一息ついた所で藍が切り出した。
「さて、改めてどうもありがとう。普段お世話になってるだけじゃなく、こんな所でも助けてもらって」
「い、いえ!そんな、わたしの方こそいつも一緒に遊んでいただいて……」
「大ちゃんは謙遜しすぎだよぉ、もっと胸張らなきゃ」
「お。謙遜なんて言葉、どこで覚えたんだ?」
「あ、はい!大ちゃんに教わりました」
「ほらな。橙の言う通り、君はもっと自分に自信を持つべきだな」
再三の褒め言葉に、大妖精は恥ずかしさで真っ赤になった顔を湯呑みで隠す。
「……で、だ。どうしてこういう事に至ったのか、その経緯を良かったら聞かせてもらえないかな」
「え、えっとぉ……」
藍の言葉に、大妖精は横目で橙を見やる。彼女の顔は、どこか怯えているようにも見える。
ありのままに話すのは、あまり良い事では無い――― そんな気がして、大妖精は努めて明るく返した。
「た、単に一緒に遊んでたら、足を滑らせて落っこちちゃっただけですよ。大丈夫です」
「そうか、それならいいんだ。いや、あまり良くはないか……橙、遊ぶことに熱中するのは良い事だが、もっと周りに気を配りなさい」
「はぁい」
ちょっぴり神妙な顔で、橙は頷いた。それから、こっそり顔を大妖精へ向ける。
彼女もそれに気付き、そっと笑み。『分かってるよ』とでも言いたげに、小さく頷いた。
「とりあえず、服は私が責任を持って乾かしておこう。君はどうする?先に帰るならその服は貸すし、ここで乾くまでゆっくりしてくれてもいい」
「橙ちゃん、どうする?」
どちらも自分にとって有難い申し出。大妖精は決めかね、隣に座る橙に判断を仰いだ。
すると彼女は即座にこう答えるのであった。
「遊びに行かない?みんなにもさ、大ちゃんが藍様みたいなカッコしてるの、見てもらおうよ!」
大妖精はまたしても顔を赤らめた。
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それから数日後。
昼間でもやや薄暗い森を歩く人影。黒を基調とした服も流石に昼とあっては溶け込まず、若干目立つ。
木立を吹き抜ける夏風が、小さな赤いリボンをふわりと躍らせた。
「ぜんぜんすずしくなーい」
宵闇の妖怪ルーミアは、誰にともなく愚痴をこぼした。
黒い服を脱げばいい、と指摘されそうだが、闇を操る者としてのこだわりがある。
まあ家に帰れば脱いでしまうのだが。パジャマの色も薄い緑だ。
「なにしよっかなぁ」
ルーミアは独り言が多い。何の気も無く、ふと思った事をぽつりと呟いてしまう。
この日も猛暑で、森に入れば少しは涼しくなるかと木立の間を歩いてみるが、吹く風は変わらず夏の匂いを運んでくる。
木陰がある分大分マシなのだが、彼女は不服そうだった。
「……あれ?」
涼む為に霧雨魔理沙の家でも襲撃しようか、などとぼんやり考えていたルーミアは、ふと足を止める。
少し離れた木の陰に、見覚えのある赤い服が見えたのだ。ぴょこぴょこと動いている。
(あれ、橙だよね?)
顔は見えないがそうだと分かり、足音を忍ばせて近寄る。
木立を迂回し背中側に回り込んだルーミアは、何やら屈んでいる橙の背後を取った。
ざぶざぶ、と何故か水音が聞こえるが、今の彼女は全く気にしていない。悪戯とは全神経を集中させる一瞬の芸術なのである。
せーの、と口の中でカウントし、息を小さく吸い込むと、その背中を押す為に腕を引く。
「ん?」
だが、その直前の息遣いに橙が気付き、顔を上げて後ろを振り向いた。
悪戯は、急に止まらない。
「わぁっ!!」
声と共に、その肩を軽く突き飛ばすルーミア。
しかしその瞬間、ぴっ、と自分の顔に軽く跳ねた液体。
その正体を探る間も無く、彼女は言葉を失った。
「あ……」
目の前で驚きに顔を染めた橙が、顔からだらだらと、赤い液体を滴らせていて―――
『きゃあああああああああああああ!!?』
特大の悲鳴がユニゾンし、木立に跳ね返って森を突き破った。大音量に驚いた鳥達がバササと飛び立つ。
突き飛ばされた衝撃と驚きとで、互いに悲鳴を上げながら尻餅をつくルーミアと橙。
しかも橙は、その拍子に足元にあったバケツに手を突っ込んでしまい、盛大にひっくり返して中身をぶちまけた。
「あっ、ひゃあ!」
二度目の悲鳴。中に入っていた真っ赤な液体は彼女の腰の辺りを濡らしつつ、あっと言う間に森の土に染み込んでしまった。
「いたたた……あっ、ルーミアちゃん。びっくりしたぁ」
「び、びっくりしたのはこっちだよ!大丈夫!?まさかケガしたの!?」
緊張感のあまり感じられない言葉に、フリーズしていたルーミアが跳ね起きて橙の頭へ手を伸ばし探る。
顔から真っ赤な液体が流れているとあれば、当然頭部の怪我による出血を連想してしまうのは必定。友達の危機とあっては、普段のんびりしているルーミアでも流石に血相を変える。
しかしどこにも外傷は見当たらず、その代わりに森にはそぐわない匂いを彼女の鼻がキャッチした。
(……絵の具のにおい?)
ひくひく、と鼻を震わせる彼女の様子に、橙はばつの悪そうな顔で頭を下げた。
「ごめんね、驚かしちゃって。私はなんともないから」
「ねぇ、そのバケツの中身って……」
「え?あっ、ううん。なんでも、ないから……」
ルーミアの問いかけるような言葉に、橙はどこか慌てた様子でバケツを後ろ手に隠す。
「絵の具のにおいがするんだけど……水に溶いた赤い絵の具?それ」
「え、えっとぉ……」
「なんでそんなのかぶってたの?汚れちゃうよ?ねーねー、なんで?」
口ごもる橙。よく見やれば、彼女の黒い髪や耳からもポタポタと赤い雫が滴っている。
頭を赤い水で濡らしていた、というのが妥当な線であろうが、その行動の真意がまるで読めず。
単純故にルーミアはその答えを知りたがり、より深く追求しようとした所で橙が不意にポンと手を打った。
「そ、そうだ!ルーミアちゃん、お願いがあるんだけど」
「へ?なぁに?」
「ルーミアちゃんは、そのさ、夜でも平気だよね?」
「うん、私とかみすちーとかはもともと夜に起きる妖怪だからね。へっちゃらだよ」
急な質問にもしっかりと、それでいてどこか得意気な様子で答える。
彼女らは確かに夜行性の妖怪であるが、こうして普通に昼間に活動するのは、友人達と遊ぶ為に他ならない。
そんなルーミアの答えに頷き、橙は続けた。
「よかった。あのね、今日の夜こっそり家を抜け出して森に来るからさ、私を……思いっきり驚かしてほしいんだ」
「おどろかす、って?」
「なんでもいいよ。肝試しみたいな感じでさ、急に怖がらせてほしいの。それもとびっきりに」
続けざまに飛び出す橙の言葉はやはり突飛なもので、ルーミアは面食らうばかり。
しかし、悪戯好きな彼女のことである。自分の本来のフィールドである夜に、わざわざ驚かせて欲しいと来た。
こんな美味しい話に、目を輝かせない方が無理というものである。
「うん、任せて!しばらくの間、夜眠れなくなっちゃうくらいにやってあげる!」
どこか興奮した様子で身を乗り出す。快諾、といった彼女の反応に橙はちょっぴり気圧されながらも笑って頷いた。
「よ、よかったぁ。ごめんね、迷惑かけちゃうけどお願いします」
「だいじょぶだいじょぶ!私にまっかせなさーい!」
ポン、と薄い胸を叩いて得意気なルーミアは、先の疑問の事はすっかり忘れてしまっていた。
・
・
・
夜。散々鳴いていた蝉の声も今は聞こえず、不気味なくらいに静まり返った森。
こっそりと家を抜け出して、橙は森の入り口にいた。藍に見つかったら怒られてしまうだろうが、どうしても試したい事があった。
そんな彼女を、少し森の奥の方から眺める三つの陰。
「きたきた」
「約束の時間通りかな?」
「それにしても、なんで驚かしてほしいのかなぁ」
ルーミアに加え、リグル・ナイトバグにミスティア・ローレライの元夜行性仲間がそこにいた。
もう一人の仲良し組、氷精チルノは自宅でおねむ。彼女だけは元より昼に活動するし、子供とは寝るのも早いものだから仕方無い。
尚、時刻は午前一時を回った辺りだ。
「まあいいじゃん、今は。それよりも、どうやってやろっか」
ミスティアの言葉にルーミアは笑ってそう言い、肝心の驚かす方法を考える。
「お化け屋敷風に直接出て行ってもいいんだけど、ひねりが欲しいよね」
リグルもそう言って思案顔。ここは夜行性、さらに森に住む彼女らの腕の見せ所とあり、気合いが入る。
そうこうしている内に橙は、深呼吸一つしてから森へと足を踏み入れていた。
ルーミアがスタンバイしていると分かっていても、非常に狭い視界と森の木々のシルエット、そして不気味なまでの静けさが否応無しに恐怖を煽る。
誰かがいる、という安心感など微塵も感じられないその切羽詰まった表情に、『ちょっと悪い気もするけど』とミスティアは安心した様子だった。
「あれなら怖がってくれそうだね」
「うん。だからこそ、思いっきりトラウマになるくらいにやってあげたいんだけどねぇ」
「そうだなぁ……あ。じゃあさ、リグルが虫を橙の首のあたりに、ぴたっ、てくっつけてあげるってのは?」
「いいねそれ、採用」
ルーミアの言葉にリグルも頷き、そそくさと昼間の内に打ち合わせしていた先回りルートを通る。
橙の歩行スピードは恐怖の為かゆっくりとしたものであったので、先回りに苦労はいらなかった。
彼女の歩く大きめの道の横、草むらの陰に身を潜め、三人は彼女が目の前を横切るのを待つ。
「ここで待って……」
「目の前を通った時に、ぴたっとね」
「こんにゃく持って来ればよかったかなぁ」
「食べものをそまつにしちゃだめ!」
「大丈夫だよ、やったとしても後で屋台で煮物にするから」
憤るルーミアも、ミスティアの言葉で安堵。その様子にリグルが苦笑いしている内に、橙の姿も大分近くなっていた。
「じゃ、やるよ」
「しっかりね」
小声でそう交わすと――― 元より、一連の会話はかなりの小声だが――― リグルがちょいと指を振る。
彼女はそれからきょろりと軽く足元を見渡したかと思うと、足元から何かを拾い上げた。呼び寄せた虫だろう。
そして今まさに目の前を横切ろうとする橙の肩から首筋目がけて、そっと手の中にある”虫”を投げた。
暗闇の中でゆるやかな軌跡を描き、彼女が投げたそれは見事、橙の着ている服の襟元にジャストポケット。
「ひゃあ!な、なに!?」
不意に首筋を襲った奇妙な感触に、橙が声を上げる。その様子にニヤリをほくそ笑む三人。
慌てて襟元を探り、原因を掴み取る。手に返ってくる柔らかな感触に、彼女は正体を確かめる余裕も無いままそれを思わず投げ捨てた。
「やだぁ!」
が、投げ捨てたその方向が問題で。そうとは知らず、偶然三人が隠れている茂みの方向へとそれを投げ捨てたのだ。
放物線を描き、橙が投げ捨てた虫は笑いを堪えていたルーミアの顔を直撃。
「うにゃ!」
変な声を上げてしまいつつ、彼女は顔に乗っかるそれを手で取り、観察する。
木々の間から差し込む月光に照らされる、白いボディ。手に伝わる、ぐにゃりとした感触。
ルーミアの手の中でびくんと身を震わせたのは、それは大きなカブトムシの幼虫であった。
「いやあああああああああっ!!?」
グロテスクなシルエットにルーミアは凄まじい悲鳴を上げ、一刻も早くとそれを投げ出した。
が、今度は真上に投げ出してしまったものだから、隣に座っていたミスティアの胸元にポトリ。
「きゃああああああああああ!!!」
再三の悲鳴が上がり、ミスティアはその場でへたり込んでしまう。顔を伸ばし、少しでも遠ざかろうとするが、当の幼虫はミスティアの胸の上でのんびりと寝そべったまま。
そして、すぐ傍から上がる二度の金切り声に驚いたのは橙の方。真っ暗な森に突如響き渡った少女の悲鳴は、たった今味わった奇妙な感触と相まって恐怖を激しく煽った。
「な、なに!?やああぁぁぁ!!」
一目散に走って逃げ出した橙だが、それをすぐに追う余裕は彼女らに無かった。
「とって、とってぇ!」
「お、落ち着いてよみすちー。噛みついたりなんかしないから……」
「気持ち悪いよぉ!」
「あっ、ひどい!カブトムシの幼虫は本当にデリケートなんだから!この小さな身体にあのパワフルな甲殻を動かすだけのパワーを秘めつつ、その白い輝きはまさに自然が生んだ奇跡的な芸術……」
「いいからはやくとってぇぇぇ!!」
長々と講釈モードに入ろうとするリグルに取り縋り、ミスティアは必死だ。
ようやく彼女の胸元から幼虫を取り上げ、近くの木の根元に埋めてやる。その間に橙の姿は、彼女が走った事もあって大分離れてしまった。
「もう、声出したら橙にバレちゃうよ」
「だってぇ……」
ぶつくさ言いながら三人はルートを小走りで通り、ようやく見つけた橙を追い抜かして再び先回り。
茂みに再度身を潜め、作戦を練る。
「さっきのでも結構驚いたみたいだけど、今度はどうする?」
「んじゃ、今度は私がなんかやろっか」
はい、とミスティアが手を上げたので、二人も頷く。
「なんかあるの?」
「あのさ、こういう真っ暗な所を歩いてる時に、変な呪文とか歌が聞こえたら怖いと思わない?」
「ああ、お経みたいな感じ?面白いね」
「お墓ならもっと盛り上がるんだけど、十分効果あると思うんだ。私の能力で、より精神に響く感じにさ」
ある種定番とも言えるお経作戦だが、ミスティアの能力もあってまさに打ってつけだ。
段々と橙の姿も近付いてきたので、彼女は喉の調子を確かめつつタイミングを計る。
「どのあたりでいこっか」
「もういいんじゃない?あんまり近いとバレそうだし」
「そだね。じゃ……」
ミスティアは頷くと、撹乱効果を高める為かもう少し奥の方へ姿を消す。二人はその場で待機。
果たして近くまでやってきた橙だが、不意に聞こえてきた声に足を止める。
「……え?な、なに……」
気のせいかとも思ったが、確かに、そしてはっきりと聞こえ始めた、高いとも低いともとれない奇妙な音程の声。
歌うような、唱えるような、正体の掴めない声のカタマリ。耳を通り抜ける薄気味悪い感触に、橙は身を震わせた。
「や、やだぁ……なにこれ……」
早く立ち去りたいが、ミスティアの声の効果もあってか足が竦んで動かない。その間にも奇妙な声ははっきりと聞こえ、際限無く橙の鼓膜を撫で上げる。
がたがたと震える彼女の様子に満足しつつ、何となく気になった二人はミスティアが姿を消した方向へ。
もう一つ向こうの茂みの陰でミスティアは、屈んで両手をメガホンのように口に当てながら奇妙な呪文を唱えていた。
「――― アサリガイッパイパスタガウマイ、カケテタベレバパスタガウマイ……」
「みすちー、その呪文何?」
「ん?前読んだ本に載ってたの。よくわかんないけどなんとなく」
ルーミアの言葉にミスティアはころりと笑って答え、すぐに詠唱(?)を再開。
「コーンニウマレタコノイノチ、シャキットサカセテミセマショウ……ワワワワー」
「なんかお腹すいてきたなぁ……」
ミスティアの奇妙な呪文を聞きながら、ルーミアはそう呟いてぺたりと座り込む。
「ムースーンーデーターバーネーテー、ヒートリブンヲヒトタバニ……あっ、そうだ」
不意にミスティアは二人を向いた。
「二人もなんかやってみたら?この際だし、それに妙な呪文なら何でも怖がってくれそうだし」
「え、大丈夫かなぁ」
「だいじょぶだいじょぶ!せっかくだし、楽しまなきゃ」
リグルは心配そうだが、ミスティアは笑ってそう言うので彼女達も参戦。
ミスティアの隣に並んで座り込み、ルーミア、リグルも手をメガホンにして唱え始めた。
「イーイーイー、カニスターイー、イーイーイー、ゲーンキガイー」
「カステライチバンデンワハニバン、サンジノオヤツハブンメイドー」
「マータムスンデターバーネーテー、スパゲッティーハポポロスパー」
「ふぇ……」
茂みの向こうから橙の荒い息遣いと泣きそうな声が聞こえてきて、若干の罪悪感と悪戯が上手くいっている高揚感の両方を感じつつ、三人はさらに唱える。
「キノコッノーコーノコゲンキノコー、エリンギマイタケブナシメジー」
「ムァーイニチ、ムァーイニチ、ボクラハテッパンノー」
「ネルネルネルネハ、ネレバネルホドイロガカワッテ……」
「まずいっ!!もう一杯ッ!!」
「きゃあああああ!!」
不意にミスティアが大声で怒鳴ったので、傍にいた二人はもとより橙が大層驚き、大きな悲鳴が上がった。
ばさばさ、と草を踏みしめる音が聞こえる事から察するに、金縛りは解けた模様。
「あーびっくりしたぁ。みすちー、おどろかさないでよ」
「ごめんごめん、なんか興奮してきちゃって」
えへへ、とばつが悪そうに笑うミスティア。しかしその時、ばきっという鈍い音が聞こえてきて、三人の表情が一変した。
今のは明らかに、固い物に何かが衝突した音。
「ま、まさか……」
立ち上がり、茂みを二つ飛び越える。大きな道に出ると、少し離れた木の前で仰向けに倒れて動かない橙の姿があった。
どうやら、驚いて走り出した際に前がよく見えず、急に現れた木に激突したようだ。
「橙、大丈夫!?」
「しっかりして!」
驚かせる計画はここで中止、慌ててルーミアが橙を抱き起こす。
暗がりでよく分からないが、ミスティアは赤くなった彼女の額にハンカチを当ててやる。
場合によっては永遠亭のお世話か、とリグルが立ち上がるが、やがて橙は目を開けた。
「うにゃ……あれ、みんな……」
「あっ、橙!よかった、大丈夫?」
「う、うん……おでこがまだ痛いけど、へいきだよ」
そっと身体を起こす橙。額の方も出血の類は無く、どうやら大事には至らずに済んだようで一同はほっと胸をなで下ろした。
「ルーミアちゃんだけじゃなかったんだ。ごめんね、わざわざ」
「いいよいいよ、久しぶりに楽しかったし。でもごめん、まさかこんなコトになるなんて」
「そんなぁ、私が悪いんだから。気にしないでよ」
申し訳無さそうなミスティアに笑顔を向け、橙は立ち上がった。
「何事もなくてよかったよ。でもさ、なんで橙は驚かしてほしいなんて?ずっと気になってたんだけどさ」
しかし続けざまなリグルの問いには、頭を掻きつつ言葉を濁す。
「あ、えっとぉ……なんていうか……」
(やっぱり答えないかぁ。なに考えてるんだろ?)
そんな彼女の様子にルーミアは内心で疑問を呈するが、敢えて口にはしなかった。
というより、する事を忘れてしまった。
「それにしても、なんかお腹すいちゃった。なんでだろ?」
橙がそう言ったからだ。先の自分も同様で、ミスティアの奇妙な呪文を聞いていると妙に空腹を覚えるのだ。
「あ、私も!みすちーのヘンな歌を聞いてるとさ、なんかお腹すくんだよね」
「え、ホントに?じゃあさ、今からなんか食べよっか。私んとこ来る?」
「いいの!?やったぁ!」
ミスティアの嬉しい申し出に、胸中に抱いた疑問は再度吹っ飛んで行く。
「リグルは来るよね。橙も来る?それとも眠い?」
「ううん、ミスティアちゃんのお料理食べられるなら行くよ!ありがとう」
「よっしゃ!」
頷く橙に、ミスティアは思わず腕まくり。この夜、屋台にて開かれた真夜中のプチ宴会は朝まで続いたそうな。
翌朝、帰った際に少々橙が言い訳に苦労したくらいで、さしたる問題は発生しなかった――― のだが。
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それから更に数日。この日はいつもの四人組に大妖精と橙を交えた、パーフェクトな六人編成で遊ぶ約束を交わしていた。
橙が少し遅れて来るとの事で、先に湖のほとりで待ち合わせた五人。
「うん、今日はみんなそろうから、最強のメンバーね!」
”最強”は、チルノなりの最上級の褒め言葉。微笑ましそうにくすくす笑う大妖精は、ふと思い出したように一同を見渡した。
「そういえばさ、思い出したんだけど。前わたしが藍さんの服着てみんなの所に行ったじゃない?」
「うんうん、大ちゃんが妙に強そうに見えたっけ」
茶化し交じりなリグルの言葉に苦笑いし、大妖精は続けた。
「それなんだけどね。その時はほら、橙ちゃんが湖に落っこちたって言ったでしょ?
けど実はさ……橙ちゃん、自分から飛び込んだんだよね」
「へ?自分から?」
「湖に?」
「うん……式が外れちゃうって知ってるはずなのに。藍さんには言わなかったけどさ、気になったからみんなには話してみようと思って。
な~んか、その時の橙ちゃんの様子がおかしいなって思ったんだ……」
「あ、それなら」
ルーミアが手を上げ、先日の森におけるプチ肝試しの顛末を話して聞かせた。
「驚かしてほしい、って……」
「橙ってけっこう怖がりだったよね。普段なら絶対言わないと思うなぁ」
ますます思案の色を濃くする大妖精の表情。どちらのエピソードにも関わっていなかったチルノも首を傾けた。
「それに、赤い絵の具のこともあるし」
「普通絵の具なんてかぶらないよね。まして、それを溶いた水なんてさ……」
「いきなり湖に飛び込んだり、丘を転がってみたり、絵の具をかぶって怖がりたくて……」
「ごめんね、お待たせ!」
う~ん、と一斉に考え込んだ矢先、上空から慌てた様子の橙が降りてきた。
「藍様のお手伝いしてたら遅くなっちゃって……あれ、どうしたの?みんな」
黙りこくったままの一同を不審に思い、手近にいたルーミアの顔を覗き込む橙。
すると、彼女がいきなり肩をがしっと掴んできたので驚き、後ずさる。
「えっ、ちょ」
「橙、ちょっと訊きたいんだけど……」
「私も」
「わたしも」
ぞろぞろと橙を取り囲む一同。いきなり十の視線に射抜かれ、彼女の背を冷や汗が伝う。
「ど、どうしたの、みんな……なんか、怖いよぉ」
「こないだっからさ、橙がなんかヘンだと思って」
「へ、変?」
「あの時は言わなかったけどさ、いきなり湖に飛び込んだり、ごろごろ転がったりさ」
「怖がりなのに驚かしてほしい、なんて言うのもなんかおかしいし」
「それに、あの赤い絵の具はなに?」
「あ、う……」
じりじりと包囲を狭めていく一同。橙の顔にも若干の怯えが浮かんだ所で、不意にチルノが手で彼女らを制する。
「ちょ、ちょっと待とうよ。これじゃ、橙が悪いことしたみたいじゃない」
「あ……ご、ごめんね、橙」
「ごめんなさい……」
彼女の言葉にハッと気付き、陳謝する一同。橙はようやく微かに笑みを見せ、首を振った。
「ううん、いいよ……そっか、やっぱ気になっちゃう?」
「それはもう。友達がヘンだったら、誰だって気になるよ」
「そのさ、私たちは橙が心配なんだよ。様子がおかしいから、なんか悩んでるんじゃないかなって」
「相談だったら何でも乗るし、してほしいコトがあるなら遠慮しないで。ね?」
ずい、と身を乗り出すルーミア。ミスティア、リグルがフォローを入れる。その横でチルノも頷いた。
そんな彼女達の様子を見て、意を決したように橙は息をついた。
「……そうだよね。友達に隠しゴトなんてダメだよね。ごめんねみんな、聞いてくれるかな」
「もちろんだよ」
即座に答えた大妖精に頷いてみせ、橙は口を開く。
「……って言っても、大したコトじゃないんだ。私さ、ちょっと色を変えたいなって」
「い、色?」
「そう、色。私って黒猫でしょ。髪も黒いし。なんか地味だし、イメチェンしたいなって」
どこか、力の無い笑みでそう語る橙。
「じゃあ、絵の具をかぶったのは色が変わらないか試してたってコトで……」
「そうそう。草の上を転がったのは、緑色がつかないかなって思って」
「ひょっとして、湖に飛び込んだのは青色が移らないか試したとか?」
「うん。なんかバカみたいだけどさ、いい方法が浮かばないし。それに幻想郷だもの、もしかしたらって思うと試してみたくなって」
「じゃあ、驚かしてほしかったってのは?」
チルノの問いに、橙は舌を出して答えた。
「それ?えへへ……ほら、よく言うじゃない。あまりの怖さに髪が白くなった、って」
「ああ……」
ポン、と手を打ったのはルーミア。他の面子もそれなりに納得した表情だが、大妖精はどこか煮え切らないものを胸中に抱えていた。
(……なんか、ひっかかるなぁ)
橙を信用していない訳では決してない。今彼女が述べた理由はまさしくその通りなのだろう。
だが、まだ何か隠している気がしてならない。橙の表情がそう言っているような気がして、大妖精は顎を摘んで今少しの思案。
「んじゃ、私たちもなんか髪の毛染める方法探してみるよ」
「ホントに!?ありがとう!」
「イメチェンした橙かぁ、きっとカッコいいよ」
「あたいみたいに青くする?最強に近づけるよ」
「アクセサリーとかも考えてみよっか」
しかし残りの一同は彼女への疑念を解いたようで、早くもその話題で盛り上がっている。
疑り深いような己の考えを少し恥じて、大妖精も考えるのをやめた。せっかく一緒に遊ぶのだ、考え事なんかしてたらつまらない。
「緑色になったら、わたしのリボン貸してあげるね」
大妖精が笑って言うと、橙も笑い返す。その顔は、先よりも幾許か自然なものだった。
・
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一週間後。この日もまた、六人で集まる約束。
暑いから、という藍の計らいにより、一同は八雲家の一室に集まっていた。
冷えた麦茶のグラスを手に、とりとめもないお喋りに花を咲かせる。遠くからは蝉の声。
夏の一味違った楽しみ方を満喫していた一同。そんな雑談の折、不意に切り出したのはルーミアだった。
「そういえばさ、前言ってた橙が色変えるって話。どうなったの?」
「私もなんかいい方法ないかなって探してるんだけど、まだ見つからないや」
「魔法とかに頼るしかないのかなぁ」
銘々、橙の為に情報などを集めていたようだが、これといった進展は無い模様。
やいのやいのと橙のカラーリングについて話し合っていたが、当の橙が若干浮かない顔をしていたのが気になり、チルノが尋ねる。
「あれ、どしたの?」
「うん……そのさ、ここではあんまり、その話は……」
「え、ダメなの?橙、ここに住んでるのに?」
意外そうな声を上げるミスティア。まあ当然の反応であろうが、橙は指先を突き合わせながら小声で呟いた。
「えっとぉ……ここ、っていうか……その、藍様には、秘密にしたいんだ」
「なんで?」
「ごめん、ちょっと言えないけど……とにかく、藍様の耳には入らないようにしてほしいの」
「ふぅん……まあいいや、橙がそういうならそうしよっか」
「気を付けるね」
言い難そうな橙の言葉に、頷く一同――― ただし、一人を除いて。
「ねぇ、橙……あのさ……」
「どうしたの?チルノちゃん」
俯き加減なチルノに、橙は努めて明るく尋ねる。
しかし続いて飛び出した彼女の言葉に、表情を失った。
「あたいね……こないだぐうぜん、里で会った時に……話しちゃったの」
「え……ら、藍様に?」
「うん……橙がさ、自分の色を変えたがってるんだけど何かいい方法ない?ってきいたの。
色んな方法を試してるってコトも。そしたら、考えてみるって言って……えっと、その、ごめん……」
「………」
黙りこくってしまった橙。理由も分からぬままだが、彼女の様子を見て申し訳無さそうに唇を噛むチルノ。
そんな重苦しい空気を、突如開いた襖が破る。
「……ああ、その通りだ。確かに聞いたよ」
「ら、藍様!?」
「すまない。盗み聞きの趣味は無いはずなんだが……なんとなく、胸騒ぎがしてな。
私とて、橙の悩みを放置したくは無い。一つ、ここで片付けてしまおうと思う」
いきなり登場した藍に、橙のみならずチルノを含めた一同も驚きの表情。
そんな彼女達の顔をぐるっと見渡して、安心させるかのように笑って言った。
「さて、まずは……橙。チルノを責めてやるな。彼女はただ、橙の事を一番知ってそうな人物に助けを求めたに過ぎない。
一片の曇りも無い、純粋にお前を想っての行動だ」
「………」
藍の言葉に、チルノは少しだけ顔を上げた。
橙も頷き、彼女の顔を覗き込んだ。
「はい、わかってます……チルノちゃん、ごめんね。私、怒ったりなんかしてないよ。ありがとう」
彼女の言葉に、チルノの表情もようやく緩んだ所で、藍は改めて切り出した。
「では本題だが……橙、まずは本当の理由を皆と私に話してはくれないか」
「ほ、本当の……?」
橙の瞳が揺れ動く。藍はそんな彼女を正面から見据え、はっきりと言った。
「その通りだ。ただ何となく、じゃない事は分かっている。何故なら、お前があまりに必死だからさ。
絵の具なんて水を被れば落ちる。湖が青いのも光の屈折の関係で、水が青い訳じゃ無い。
考えれば分かるのに、形振り構わないお前の様子を見るに、本当はもっと深刻な理由がある……違うかな?」
彼女は黙ってしまった。それが何よりの肯定の証拠でもあった。
「藍様にも……ですか?」
「ああ。大丈夫だ、何を言おうとお前を責めたりなんかしない」
力強いその言葉は、橙の背中を何よりも後押しする。
暫し言い辛そうに身体を揺すっていた彼女も、ようやく顔を上げた。
ゆっくりと、その口が開く。
「えっと……私が、自分の色を変えたいっていうのは本当です。けど、単なる気分とかじゃなくて……」
神妙な面持ちの橙に、友人達も固唾を呑んだ。不釣り合いなくらいに騒がしい蝉の声が、耳に突き刺さる。
「――― 私、黒っていうのが……その、イヤなんです」
橙が言葉を切ると、誰も何も言わず、より一層遠くの蝉の合唱が大きく聞こえる。
「……それは、どうして?」
大妖精が疑問の言葉を口にすると、彼女は再び語り出した。
「だって……黒い色って、なんだか怖いじゃないですか。
夜の闇。何も見えない恐怖。二度と戻れない深み。全てを飲み込む災厄。絶望。そんなのを連想させてしまう。
それに、黒猫っていったら昔から不幸の象徴です。私が猫じゃなければ、ここまで悩みもしなかったかもしれません」
一つ一つ、言葉を選びながら慎重に話す橙の頬を汗が伝い、顎から滴って畳に吸い込まれる。
「だから……みんなに、いつか何か悪い影響を与えてしまうんじゃないかって。
迷信と笑い飛ばすことができたらよかったんですけど……ここは幻想郷です。どんなに小さな信心でも、何かを起こす力になりえます。
人の幸不幸なんてその最たるものです。私みたいな存在一つでも、近くにいる人に影響を与えてしまうかもしれない。
そう考えると、どうしようもなく怖くなって……もう自分が黒い猫っていうのが、どうしてもイヤになって……」
「何とかして、不幸の象徴というカテゴリから外れたかった。これからもずっと、皆と遊んでいられるように」
「……はい」
それ以上の言葉を用いない。黙ってしまった彼女に、今度はミスティアが尋ねた。
「藍さんに言わないでほしかったのは、どうして?」
「……私を生んでくれたのが、他の誰でもない藍様だから。せっかく生んでくれたのに、私の悩みはその生まれに文句を言うようなもの。
だから、絶対に言いたくなかった……藍様が、私を生む時に黒猫以外の違う妖怪を使っていればって、悩まないでほしかったの。
それに、みんなにも……特に、ルーミアちゃんにはさ」
闇を操る妖怪。そのイメージカラーは紛れも無く黒。彼女自身の存在にもケチをつけるような己の悩みを、本当は聞かせたく無かったのだろう。
「……大丈夫だよ、私はぜんぜん気にしてない。むしろ、心配してくれてうれしいな」
しかし、そんな彼女へルーミアはあくまで、いつも通りの能天気な笑顔を向けた。強張っていた橙の表情も、目に見えて和らいでいた。
再び言葉が途切れたのを見計らい、藍が立ち上がる。
「橙の言い分は分かった……よく話してくれたな。もっと早く気付いてやれれば良かったんだが」
「そんな!藍様は悪くなんかないです!あっ、もちろんみんなも……」
藍は少し屈んで、必死にフォローしようとする橙の頭をそっと撫でる。
「大丈夫だ、分かっている。だからそんな顔をするな。辛気臭いのはお前達には似合わない」
そう言うと、彼女は座ったままの一同を見渡して、唐突にこんな事を言うのであった。
「ところで橙、それに皆――― これから私が、”いい所”に連れて行ってやろうかと思うんだが、どうかな?」
・
・
・
「いい、ところ?」
オウム返しに尋ねたリグルを向いて、藍は頷く。
「ああ、いい所だ。とても楽しいぞ。君達や橙が暗い顔をしているのを見るのは辛いからな、忘れさせてやろうと思う」
そんな彼女の言葉に、一同はまず橙の方を見る。
「橙、どうする?」
ミスティアが尋ねると、彼女はすぐに頷いた。
「は、はい!行きます!」
藍が自分を心配してくれていると分かっていた。だからこそ、今はそれに甘えたい。
彼女が同意の返事をした事で、残りの一同も一斉に立ち上がる。
「んじゃ、私も行く!」
「あたいも!ねぇ、どんなところ?」
「わたしも、ご一緒していいですか?」
「勿論だとも。というより、橙が行くなら君達にも来てほしかったからな。
だが連れて行く前に……その服、汚れても大丈夫かな?必要なら着替えを取りに行く時間も設けようかと思うが」
笑いつつそんな事を尋ねてくる藍に、ルーミアが尋ね返す。
「服、汚れちゃうの?」
「かなり。だがその分楽しいと思うぞ」
「別に大丈夫だよ。おんなじ服他にも持ってるし、チルノと遊んでたら汚れるなんて当たり前だし」
「今更気にしないよ、へーきへーき」
一様に肯定の反応を見せた事で、藍は安堵した様子で部屋を見渡した。
「それなら良かった。では早速……紫様?」
「はいは~い、っと」
「わぁっ!」
突如、彼女達の背後の空間に裂け目が生じたかと思うと、中からぬ~と八雲紫が姿を現した。
思わず驚きの声を上げた彼女達にくすくすと笑いながら、紫は自らの横にもう一つ、隙間を作る。
「入口はここよ、存分に楽しんでらっしゃい。藍、後は頼んだわよ」
「お任せを」
彼女は親指で今しがた作った隙間を示す。
近くにいたチルノがそれを覗き込むが、中は真っ黒で何も見えない。
「ね、ねぇ……ホントに大丈夫なの?」
「あらら、怖い?大丈夫よ、心配しない。むしろ、一瞬で目的地に着けるこの感覚は他じゃ味わえないわよ?」
不安げな言葉に、紫は安心させるように笑って言った。
「えっとぉ、どうやって入ったらいいんでしょうか……」
「そのまま、ぴょーんと飛び込めばいいのよ。手伝いましょうか?」
大妖精の言葉にも紫は笑みを崩さない。意外かも知れないが、彼女は子供好きだ。
「ほら、あれだけ言ってるんだから大丈夫だ。思い切って、行ってみなさい」
「う、うん……じゃ、先に行くね」
意を決した様子でチルノが隙間の前に立つ。息を大きく吸い込み、
「やっ!」
掛け声と共に畳を蹴って大ジャンプ。青いワンピースが隙間に飲み込まれ、すぐに見えなくなった。
「さ、皆も早く」
「じゃ、私が……とりゃ!」
続いてリグルが飛び込み、そこからミスティア、ルーミア、大妖精、そして橙が次々に飛び込んで行く。
最後に藍が飛び込んだ所で紫は隙間を閉じると、
「しょうがないわねぇ」
一人ごちて、誰もいなくなった和室に残された、空っぽのグラスを片付け始めた。
・
・
・
視界を覆った暗闇は一瞬で晴れ、続いて見えたのは真っ白な世界だった。
「うわっ!」
瞬間、どすんと足から衝撃が伝わり、チルノは思わず膝を折る。それと同時に、くしゃり、と音が鳴った。
「なに、ここ……」
きょろり、と辺りを見渡す。体育館くらいはあるだろう広い空間だが、天井は低い。
そして壁、床、天井と一面が真っ白。だがよく見れば白では無い部分もあり、一部には木の壁が覗いていてドアがある。
見渡している内に、後ろからどすん、どすんと次々に後続の友人達がやって来るのが分かった。
「わ、なにここ!」
全く同じ事を言うルーミア。彼女が歩く度、床から微かにくしゃ、と音がする。
「これ、紙だ……」
「かみ?」
「うん。紙が貼ってあるんだ」
壁に手をついた大妖精が冷静に分析していると、いつの間にか現れていた藍が頷いた。
「その通り。ここは私が里の大工の方々に頼んで建ててもらった小屋……と言っても、部屋はこれだけしかないから部屋と言った方がいいか」
「ここが、いい所?」
「そうだ。まあ、今に分かるさ……少し待ってなさい」
ミスティアの言葉に肯定の返事を返すと、彼女は一旦紙の貼られていない部分に据え付けられたドアから外へ。
空けた途端流れ込んでくる蝉の声と、ドアの向こうに見えた乱立する木々。どうやら、森の一角にあるらしい。
「なにするんだろうね」
「これ、床にも天井にも紙がはってあるよ」
「ホントだ……」
少し飛んでリグル。橙も床に膝をついて、確かに大きな白い紙が貼られているのを確認する。
そうこうしている内に戻って来た藍は、奇妙な物を持っていた。
「待たせたな。すまないが、ちょっと手伝ってくれないか」
「あ、はい!」
彼女が両手に抱えた、円筒形の物体を橙が慌てて取りに行く。残りもそれに倣った。
取っ手がついている金属製のそれは、中に液体が入っているようで、歩く度に妙な重量感を返してくる。
いくつかそれを運び込み、最後に藍は水のたっぷり入ったバケツをいくつか持ってきて置き、息をついた。
彼女の作業が終わったと分かったので、大妖精は尋ねてみた。
「あの……これ、ペンキですか?」
「お、分かるか。その通り、ペンキだ。と言っても、水に溶けるタイプだから洗えば落ちる」
言いながら藍は、手近にあった缶の蓋を外す。白い蓋に赤いマークが入っていたそれを開けると、果たして中には真っ赤な液体がなみなみ。
その他にも、青、黄、緑、オレンジ、ピンク、黒、白、水色、黄緑、紫、藍、茶、灰 ―――とにかく、ありとあらゆる色のペンキ缶。
それらが各色複数置かれていて、水の入ったバケツもあって。更にここで、藍が一同に刷毛を配ったものだから、もう何をするのかは半分分かったようなもの。
「さて、見れば分かるかと思うが……この部屋には、上下左右に白い紙が貼ってある。これは言わばキャンバスだ。
そして、君達は画家だ。その刷毛とペンキで、思う存分絵を描きなさい」
「絵?」
「そう、絵だ。いや、何も深く考えなくていい。思う存分、気が済むまでペンキを塗りたくり、色をぶちまけてくれればいい。
何をしても自由だ、私が許そう。ケンカなんかするなよ。ペンキはいくらでもあるし、キャンバスは広いんだから」
さあさあ、と急かしてくる藍。突然の事で刷毛を握ったまま暫し困惑していた一同だったが、その沈黙を切り裂いたのは―――
「……どんなに色ぬっても、いいの?」
「勿論。好きなだけやりなさい。今日の君達はアーティストだ」
「それじゃ……これもーらいっ!」
やはり、チルノだった。彼女は青いペンキ缶を引っ掴むと近くの壁までダッシュ。
刷毛を突っ込み、引き抜くと青いペンキが飛び散り、元より青い彼女のスカートにもかかり、床にもこぼれて青い染みを作る。
それも厭わないで、というより気付かないで、チルノは青ペンキをたっぷり含んだ刷毛を思いっきり、壁に走らせた。
「いやっほー!」
歓声を上げ、上に下に青を塗りたくる。掠れてきたら再び缶に突っ込んでペンキを補充し、再び殴り書き。
息を弾ませた彼女の目の前に堂々とそびえる『チルノさんじょう』の青い巨大文字。
その顔は、とても満足げだった。
「みんな、やんないならあたいが全部描いちゃうからね!」
彼女は突っ立ったままの一同に笑ってそう言うと、その隣に再び青色を塗り始める。
「ほら、このままではこの巨大キャンバスは全部、チルノ画伯のものになってしまうな」
藍の言葉で、一斉に全員が動いた。
「わ、私もやる!」
「黄色ちょーだい!」
「服汚れ……まあいっか!わたしも!」
「ま、待ってよぉ!」
それぞれ好きな色のペンキ缶を引っ掴んで、近くの壁に猛烈な勢いでペンキを塗りたくっていく。
床、自分の服に手足までペンキが飛び散るが、彼女達は意に介さず思うがまま刷毛を動かした。
絵だったり文字だったり、或いはただ色を塗り潰すだけ。彼女達は、笑顔だ。
「違う色にする時は、このバケツで刷毛を洗うんだぞ」
藍が持ってきた水入りバケツ。一同は頷きつつも腕を止めず、ひたすらキャンバスに自らの色を刻んだ。
「せっかくだから、みんなの顔でも描こうっと」
そう言って橙は、複数のペンキと水バケツを用意すると、黒ペンキで顔らしき輪郭を描き始める。
黄色で髪を塗り、赤で目とリボン。鼻と口も描いて、大味なタッチのルーミアが完成。
「おお~、上手いね」
「私だぁ」
「えへへ~、ペンキだけだとちょっと難しいね」
賞賛されて橙は照れた顔。しかしそんな折、ミスティアが青いペンキを掴むと、
「んじゃ、仕上げに私が」
そう言うなり、その顔をべしゃっと青く塗りつぶしてしまった。
「わ、何すんのさ!」
自分の顔を真っ青にされたルーミアが非難めいた言葉を口にすると、彼女はニヤリと意地悪く笑って、
「まあまあ、顔色の悪いルーミアってコトで!」
「あっ、待て~!今度は私がみすちーを真っ青にしてやるぅ!」
その言葉を残して逃亡。ルーミアも青ペンキを持ち、その背を追いかける。
かと思えば急に腕を掴まれて立ち止まった。振り返るとそこには大妖精。
「どしたの、大ちゃん?私、みすちー追いかけたいんだけど」
「ルーミアちゃん、顔を変に塗られたから怒ってるんでしょ?」
「うん、まあ」
「じゃあさ、顔をおんなじにしちゃえばいいんじゃない?」
「え、それって」
まさか、と思った次の瞬間、ルーミアの顔に刷毛が襲いかかる。
避ける間も無く、べしゃりと音がしたかと思えば彼女の顔に青いペンキがべったり。
「わ~!大ちゃんまで!!」
「へっへ~、たまにはね!」
意外な相手からの攻撃にルーミアはあたふた。その隙に大妖精は、心の底から楽しそうな笑顔で逃亡。
近くにあった、まだ綺麗な水で顔を洗うと、彼女はミスティアに標的を絞って追い掛け回す。
しかし中々捕まらないので、彼女は茶色のペンキを手にすると床に刷毛を伸ばす、
「じゃあいいもん、私、焼き鳥の絵描くから。わあおいしそ~」
「えっ、ちょ……こらぁぁ!私の前でそれは許さないよ!!」
この発言に逃走していたミスティアもこちらへ向かってくるので、今度はルーミアが逃亡。
逃げながら、壁に刷毛を押し付けて茶色の軌跡を残していく。
「ここまでおいで~!」
ペンキを撒き散らしながらの追いかけっこに興じる二人をよそに、大妖精は残り少なくなった緑のペンキ缶を掴む。
「もうこれ少ないし……せ~の、それっ!」
かと思えばいきなり、その中身を壁へ向かってぶちまけた。まるで炎が燃え広がるかのように、緑色が白い壁面を瞬く間に覆い尽くしていく。
「うわぁ!大ちゃん、激しいね」
「そうかなぁ、えへへ」
近くにいた橙が思わず飛び退くと、大妖精は緑色になった手で頭を掻きつつはにかむ。
普段抑え込んでいる分、この日の大妖精のイタズラハートは激しく燃え盛っていてもう手が付けられない。
現に―――
「壁が緑色だらけだぁ」
でろ~ん、とペンキが垂れていく壁を見ていた橙の背後にいつの間にか立っていて、
「んじゃ、今度は橙ちゃんの番」
「へ、それっ……きゃあ!?」
新しく持ってきた緑ペンキで橙の耳をべったり、緑色に染め上げるのだ。
平素の大妖精からは想像も出来ないくらい積極的な様子に、橙も驚きの表情を隠せない。
「んもう、耳が緑色だよぉ……大ちゃん、今日はずいぶんと」
「何だか楽しくってつい。普段じゃ、こんなにおっきな紙に絵を描くなんてできないじゃない。ね?」
「だからって私を塗らなくっても」
「だって橙ちゃん、色変えたいんでしょ?」
「あっ、そういうコト言うなら……」
言動も悪戯染みている大妖精。最早暴走モードと言って差し支えない彼女のハートからどうやら、橙のイタズラ魂にも引火したようだ。
足元にあった赤いペンキを手に取ると、刷毛を突っ込んですぐに引き抜き―――
「うりゃあっ!」
「きゃっ!」
まるで居合斬りのように刷毛を一閃。大妖精の胸から腹、腰にかけて真っ赤なライン。
刷毛を振った際に跳ねたペンキが彼女の顔や手にも降り注ぎ、白い肌の所々に赤い斑点をつけた大妖精はニヤリと笑う。
「……やったなぁ!えいっ!」
即座に横一閃、橙の赤い服の腹部に深々と緑の軌跡を刻む。
「あっ、このぉ!」
橙も負けじと逆袈裟斬り、青い服を赤く染める。
とうとう互いの身体をキャンバスにし始めた橙と大妖精は、大きな笑い声を上げながら互いの身体と足元を塗りたくっていく。
壮絶なペイントファイトを繰り広げる二人から少し離れた場所で、チルノは壁に相変わらず青ペンキで絵を描いていたが、
「あ、そうだ!」
と、何かを思い付いた顔。すると彼女は刷毛を置き、ペンキ缶に自らの右手を突っ込んだ。
「な、何してんの?」
横で一緒に絵を描いていたリグルが驚き尋ねると、彼女は真っ青に染まった手を、ぴしゃーんと張り手のように壁へ押し付ける。
「じゃーん、あたいの手!」
壁に残った青い手形。胸を張るチルノに、リグルも面白そうな顔で頷き刷毛を置く。
「なるほど、私もやろっと」
彼女も手を紫のペンキ缶に突っ込んで、ベタベタと手形をつけて遊び始める。
チルノと一緒になって壁に手形を刻んでいたが、
「いいこと思い付いた!」
リグルはポンと手を打つと、多くのペンキですっかりまだらに染まった靴下を脱ぎ、裸足に。
そして右足を紫、左足を黄のペンキ缶に突っ込むと、ぴたぴたとそこらを走り回る。
「見てみて、足跡もできるよ!」
「おー!あたいもやるー!」
チルノもまた大喜びで靴下を脱ぎ捨て、青と赤の足跡を付けて回る。
そこらの床を一面足跡だらけにしても満足せず、彼女は右足を青ペンキにつけると、
「きぃーっく!」
壁にキック。びしっ、とという音と共に、壁へ真っ青な足跡が刻まれた。
「あたいの方がだいなみっくね!」
ふふん、と胸を張って得意気なチルノに、むむ、とリグルは考え込む。
何とか”勝てない”かと頭を捻り、やがて閃く。
「よぉし、ならこっちは……」
彼女は先程脱いだ靴下をもう一度履くと、そのままペンキ缶に足を突っ込む。
布地がペンキを吸って重くなった所で、彼女は壁の前に立ち―――
「どりゃあああ!」
掛け声と共に、何と壁を垂直に登って行った。
と言っても飛んでいるだけなのだが、掠れる事無く壁に次々と刻まれていく足跡。チルノも驚きの表情を隠せない。
そのままリグルは壁を登り切り、ひっくり返って天井にも二、三の足跡をつけ、くるっと回って着地。べしゃ、と吐き出しきれなかったペンキが散る。
「私の勝ちかな?」
「うー……」
今度は彼女が得意気になる番で、チルノは悔しそうに頬を膨らませる。
かと思えばすぐに両手をペンキに突っ込み、べたべたと壁に向かって百烈張り手。
「あたいの方がいっぱいできるもん!」
「私だって!」
リグルも負けじと壁に向かってべたべた。
いつの間にか、『壁や床をより自分の手形・足跡で埋め尽くした方が勝ち』という暗黙のルールが出来上がっていた。
二人はそのまま、手足をペンキにまみれさせての大乱舞。凄まじい勢いで白い部分が消えていった。
・
・
・
「おやおや……」
少し離れた場所で、そんな彼女達の様子を見守っていた藍。思わず笑ってしまった。
「は~い、焼きみすちーの完成!」
「なによ、こっちは食べ過ぎてお腹壊したルーミアなんだから!」
空いてる壁に、相手を模した変な絵をペンキで描き込んでいくルーミアとミスティア。
刷毛を動かす度にペンキが飛び散り、二人の服をすっかり汚していたが全く気にせず、絵を描く事に夢中になっている。
「やぁっ!」
「どーだぁ!」
一方で橙と大妖精は、まるで剣豪の如く壁に向かってペンキのついた刷毛を一閃。
まるで切り裂かれたかのようなペンキの軌跡が壁にくっきりと刻まれる。
見た所、助走をつけて勢い良く走らせた橙の方が、大きな跡を残していた。
「よーし、私の勝ち!ほれほれ~」
「く、くすぐったいよぉ……」
芸術点を競っているのか、橙の勝ちらしい。彼女は赤いペンキで、大妖精の羽をぺたぺたと塗っていく。
かと思えば位置を少しずらして再び次の戦い。今度は大ジャンプからの唐竹割りで、大妖精がどでかい縦一線を引いてみせ、勝利した(らしい)。
「緑色のねこって珍しいと思うよ!」
言いながら大妖精は橙の耳をぺたぺた。
「うにゃー……こうなったら、大ちゃんの髪の毛真っ赤にしてやるんだから!」
「こっちこそ、橙ちゃんを黒猫から緑猫にしちゃうよ!」
互いにニヤリと笑い、再び彼女達は壁に挑みかかる。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「はぁ、はぁ……」
両手、両足を駆使しての塗り潰し対決も佳境を迎えたチルノとリグル。
目の前の壁は二人の手形、足跡で埋め尽くされ、残るのは天井か床か、といった状態。
「こうなったら、アレをやっちゃうもん……」
「?」
不意にチルノが呟いたかと思うと、おもむろに青ペンキ缶を引っ掴む。
そしてそれを高々と掲げた次の瞬間、何と頭上でひっくり返した。
「うそぉっ!?」
リグルも流石に驚く。ざっばぁぁん、と洪水のような音と共に、元より青いチルノがますます真っ青に。
ぽた、ぽた、と青い雫が滴り落ち、足元に作られたこれまた青い水溜りに波紋を作る。
「あたいの勝利は約束されたもどーぜんよ!うりゃー!!」
彼女は勝ち誇って叫ぶなり、床に全身を投げ出してごろごろと転がり始めた。
自らをペイントローラーにしたチルノは、瞬く間に床を青く染めていく。
「わ、私にその程度の度胸がないと思ったかー!」
しかしリグルも負けじと紫のペンキ缶を被る。二度に渡る大規模な水音に、他の者達の視線も集めた。
彼女もまた床に寝転がり、ごろごろ。チルノが通って青くなった横を、紫色に染め上げていく。
「あたいの方がすごいもん!
「負けるもんかー!」
自らをホイールにした息詰まるレース展開。二人の脳内にはガンガンと激しいユーロビートが鳴り響いていたとか、いないとか。
頭文字C VS 頭文字Wの勝負の行方は、転がる事に夢中になっていた二人が同時に壁に激突してドローであった。
走る際は前方をしっかり見ましょう。
・
・
・
・
「なんというか……激しかったな」
ははは、と藍は笑った。それもその筈、ペンキ片手に全力で遊びまわった六人は全身ありとあらゆる色にまみれて凄い事になっていた。
だがその顔は一様に笑っていて、とても満足げだ。青ペンキがついていても顔色は良い。
「すっごい楽しかった!」
「またやりたい!」
「次はいつ使えますか?ここ」
「まあまあ落ち着きなさい。君達がまたここで遊びたいなら、また用意はしよう。それはそうとして……橙」
「はい?」
興奮した口ぶりで語られる言葉に頷きつつ、彼女は橙へ向かって尋ねた。
「随分とカラーリングが変わっているが……どうだ、悩みはもう吹き飛んだか?」
「え」
はっとした表情で、橙は自らの手を見た。赤を中心に緑、青、黄に紫と、多くの色に染まって本来の色が隠れてしまった小さな手。
それだけで無く、一斉に彼女へ視線を向けた一同から盛大な爆笑が巻き起こる。
「くく……あっはっはっは!!」
「橙、すっごいカオになってる!あははは!」
「もう何色のネコか分かんないよ……ぷ、くくっ……」
耳や髪の毛もペンキがべっとり、特に大妖精に塗られた緑が目立つその頭は黒猫のそれでは無くなっていた。
「な、なにさ!みんなだってすごい顔してるじゃない……くっ、にゃははははは!」
反論しようとして、橙もまた大笑い。ここにいるメンバーは藍を除き皆、全身ペンキまみれ。人の事は言えないのだ。
互いの身体に刻まれた256色の惨状に笑い声を飛ばしていたら、再び藍が口を開く。
「その様子だと、もう大丈夫そうだが……橙、これを見なさい」
「?」
安堵したように言いながら、藍が持ってきたのは刷毛を洗う為の水入りバケツ。外側にもペンキやそれを溶いた水が跳ねており、すっかり汚れている。
「バケツがどうかしたんですか?」
「バケツ自体はどうもしないさ。見て欲しいのは中だ……ほら」
どすん、と彼女がそれを置いたので、一斉に群がって覗き込む。
そこには―――
「あっ……」
――― あらゆる色を混ぜ込んだ水は、真っ黒に染まっていた。
「お前は、黒に嫌なイメージしか無いと言ったな。確かに、あまり良くないイメージも多いのは事実だ。
だが、そればかりでは無いと私は思うぞ。黒字、なんて具合に良い意味の言葉だってあるし、美しい黒髪は大和撫子の象徴だ。それに……」
藍は一度言葉を切り、茫然とバケツの中を覗き込む橙の頭に、ポンと手を置いた。ペンキが付着したが気に留めない。
「見ての通りだ。多くの色を混ぜると黒になる。黒という色の中には、ありとあらゆる色が詰まっているんだ。
それはつまり、黒をパーソナルカラーにしている橙には、あらゆる色が、無限の可能性が眠っている……そうは考えられないかな?」
「藍様……」
「ここにいる皆も、様々な色を持っているが……その色を、お前は全部持っているんだ。
光をも吸収する温かな色。どんな色だって持っている無限の色。もう少し、胸を張ってもいいと私は思うぞ」
「………」
言葉を失った橙は、皆の顔を見渡した。
多くの色で顔を、服を、手足を染め上げながらも、いつもと変わらない顔で笑ってくれる友人達。
(みんなの、色を……)
黒という色を持つ自分がその中心にいる、その事実をしっかりと認識する。
黒猫なんて不幸の象徴でしかないと思ってた。けど今は、はっきりと『そんなコトはない』と言えそうな気がした。
そして皆も、そう言ってくれるのだろう。
「……はい!」
だから橙は、大きく頷いた。
彼女のその言葉で張り詰めていた緊張が解け、一同は一気に喋り出す。
「でもまあせっかくだし、なんか違う色にしてあげよっか!橙、私とおんなじ金色にしようよ!髪の毛」
「なに言ってんの、私の色のがいいに決まってるでしょ!ね、橙」
「今時のトレンドは自然の色たる緑だよ!大ちゃんもなんか言ってよ!」
「あたいの色がさいきょーなの!」
やいのやいの、と論じだした一同の様子に、藍と橙は揃って噴き出した。
「黒でいい、と結論付けたばかりなのに……ははは。愛されてるな、橙」
「やめてくださいよぉ」
藍の言葉に、橙は頬を染めた。
そうこうしている内に、もう良い時間だったのでお開きの流れ。
「皆ひどく汚れてしまったな……そうだ、とりあえず私達の家に来たらどうだ。服も洗うし、風呂にも」
「あ、それならもうみんなに泊まっていってもらうとか……」
「そうだな、その方がいいか……と言っても皆次第だな。どうかな」
二人の申し出に、『もちろん!』『お世話になります!』と一同から二つ返事の承諾。
「やった、夜もみんなと遊べるね」
喜ぶ橙だったがしかし、ここである事に気付く。
「あれ、あそこ……」
「どうしたの?」
ルーミアの問いに、彼女は部屋の一角を指差した。
「見て、あそこだけほとんど何も描かれてない……」
奥の方にある壁の一部、結構大きなスペースがほぼ白いまま残っていた。奥の方なので使われなかったのだろう。
「せっかくだし、あそこにも何か描きたいな」
「いいね、やろっか!」
チルノに続いて一同も一斉に賛同し、ペンキを持って未使用の壁へ。
「何描こうか?」
「みんなで何かやりたいね」
最後のキャンバスをどう埋めるか話し合う中、大妖精が手を上げた。
「じゃあさ……せっかくだし、虹でも描いてみる?おっきいの」
「あ、それいい!」
「やろうよ、一人一色ずつ担当でさ!」
散々色を撒き散らした後の締めとして、虹はまさに打ってつけだった。全員が賛同し最後の共同制作。
まず、ミスティアが赤いペンキを手にし、少し飛びながら真っ赤なアーチを描く。
「……いよっし!こんな感じかな」
大きく綺麗な曲線を引く事が出来、彼女も満足げだ。
続いて橙が、その名の通りオレンジのペンキを手に取ってミスティアが引いた赤いラインの下を塗っていく。
こちらも上手く描けた所で、三番手はルーミア。黄色のラインを橙が描いたオレンジの下に刻む。
「おー、それっぽくなってきた」
線を引き終え、ちょっぴり興奮した口ぶりでルーミアは言った。
今度は大妖精が、緑色のペンキで虹の中央となるラインを描く。それに続いたのはチルノで、水色のペンキを緑の下へ慎重に塗っていく。
「あれ、ずいぶんとゆっくりだね」
「だ、だって……ここで失敗したら、あたい……」
「気にしないでいいのに。虹って色が結構にじんでるもんだしさ」
「あっ。橙、今のダジャレ?」
「ちがうよぉ!」
ミスティアが茶化すと、橙は頬を膨らませた。その様子に笑いながら、チルノも作業完了。
ここで六番目という事で、橙が後ろを向いた。
「藍様、もしよろしかったら……」
「お、私のために空けてくれたのか?ありがとう、では遠慮無く」
藍は笑い、これまたその名の通りな藍色のペンキで水色の下を塗る。素早く、そして圧倒的に美しいラインを引いてみせ、一同はため息。
「すごいなぁ」
「画家とかやってるの?」
「いやいや、ただ少し慣れてるだけさ……ほら、次で最後だ」
トリはリグルが務め、紫のペンキでアーチの一番下を飾る。
右端までしっかりと塗っていき、ふぅ、と息をついた。
「よーし、これでオッケー!」
「やったぁ!」
大きな虹が完成し、一同はそれぞれ手を握り合って完成を喜んだ。
「これ、とっておきたいなぁ。せっかく描いたんだし」
「心配ないさ。私が責任を持って回収し、保管しておこう」
藍が大妖精の何気無い呟きをしっかり拾って返してやると、彼女はとても嬉しそうに笑う。
それから藍は、友人達と共に喜びを分かち合う橙の姿を見た。
(良い友達を持ったな)
全身ペンキまみれでも意に介さず、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら嬉しそうに笑っている彼女達の様子を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
そうしている内に芽生えてきた、どうしてもやってみたい衝動を抑えきれず、彼女は先程使ったペンキを手に取る。
おもむろに刷毛を突っ込み、抜くと、喜んでいて気付かない橙の背後を取り―――
「うにゃっ!?」
べしゃ、と音がした。そこには、橙の頭に藍色のペンキを塗る藍という、予想だにしない光景が広がっていた。
「ら、藍様?」
「あ、ああ……すまない。皆があんまり楽しそうだったから。どうしても、やってみたかったんだ」
はは、と苦笑いする藍。しかし、彼女を除く一同の目はギラついていた。
それはまるで、一世一代の狩りに赴くハンターのような―――
「……ねぇ、こんな言葉を知ってる?やっていいのは、やられる覚悟のあるやつだけだ、って……」
不意に尋ねてきたリグルの言葉に、彼女は大きく頷いた。
「ああ、勿論だとも。むしろやって欲しいくらいだな」
「え、それは」
またしても意外な言葉に面食らった表情。藍は、少し恥ずかしそうに続けた。
「いや、その……私も、君達の色に染まってみたくなったんだ」
照れ笑いを浮かべるその様子に、ぱぁっと表情を華やげる一同。
「よぉし、そういうことなら思いっきりやっちゃうよ!」
「藍様、覚悟して下さいね?」
「わたし、尻尾やりたいなぁ」
「あたいも」
各々ペンキを構え、じりっと包囲を狭める。闘志十分なその表情に、さしもの藍も少したじろいだ。
何せ、あの九尾の狐に公然とペンキをぶっかけられる、またとない機会。彼女達のイタズラ魂は噴火寸前である。
「せーの……」
「それーっ!!」
橙の号令で、一同は藍へ向けて一斉に飛び掛かる。一拍置いて、部屋中にペンキの雫が飛び散った。
・
・
・
「あー、やったやったぁ」
「もうヘトヘトだよ」
「ら、藍様……えっとぉ、ごめんなさい……」
「その……ちょっと、調子に乗りすぎました」
満足げな表情を浮かべた一同。橙と大妖精は少々申し訳無さそうだが、藍はペンキにまみれた端整な顔に笑みを浮かべた。
「いやなに、私も本当に楽しかった。君達が何故悪戯に精を出すのか、分かった気がするよ」
彼女の服も色とりどりのペンキをたっぷり吸って最早元の色が分からないくらいだが、藍はまるで気にした様子が無い。
近くに落ちていた、ペンキでドロドロな帽子を拾い上げる。被ろうと思ったが確実にペンキが垂れてくるのでやめた。
帽子を絞りながら、やれ耳は赤が似合うだ、やれ尻尾は端から虹の色にしようだ、と友人達と共に藍の次なるペイント計画を練っている橙を見る。
(ひどい事になっているな……私も人の事は言えないが)
赤から白まで、あらゆる色にまみれて元の色が分からなくなっているのは彼女も同じ。
だが、そのベースにあるのは紛れも無く、黒。
黒猫は不幸の象徴。一般によく言われる迷信だが、橙に限ってはそれは当てはまらない。
根拠は無いが、今の藍は自信を持って、そう言えた。
(黒は、あらゆる色を混ぜ込んだ無限の色……)
橙へ向けて言った言葉を思い返し、彼女は笑顔の輪の中心にいる橙と、先程描いた虹を交互に見る。
自分達の手で作り上げた、手作りの虹。ちょっといびつでも、眩しく輝く立派な虹。
(今私を染め上げているこの色は、きっとその一部なのだな)
藍は信じていた。
――― この子ならきっと、この幻想郷に大きな虹を描ける。
不吉なイメージもある黒だけど、これもまた、とても大事な色なんですよねえ。
楽しく読ませていただきました。
これはとっても柔らかい気持ちになれる作品です。
文章を読んで表現や場面が手に取るように想像できました
シャキットハゴタエェェ(ワワワワー
キャラクターたちが生き生きしていて、子供たちの全力で遊ぶ姿が目に見えるようでした。
「黒」の悩みが出た辺りで色についてだろうと見当はつきましたが、ここまで豪快で無邪気になっていると…私も誰かにやりたくなってしまうじゃないですか(笑)
ウマイ!!\テーレッテレー/
ラストは『どうせなら、この際なら、虹を創ってみよう』ですね。
歌詞ネタだけの出落ちssかと思ったらこんな素敵な作品に出会えるとは。
この騒ぎに混じってしまう藍様も素敵です
泳げ鯛焼き君はとうとう幻想入りを果たしたか…
>>奇声を発する程度の能力様
書くからには生き生き、少しでも読者の皆様に輝いて見えるよう書いてあげたい作者心。
どんな色にも化けられる橙は、あなたの目にはどんな色に映りましたか?
>>ワレモノ中尉様
BLACKはとっても重要なのです。ゴルゴムを止めてくれるのは彼しか……え、違う?
ただ優しいだけじゃない、何かしらのカラーを織り込めたらいいなと思いつつ書いております。
>>ほっしー様
文章で表現する以上、見た目では識別が不可能に近いので個性は重要です。
キャラクタみんなの特徴や良さを表現しつつ面白くする。難しいけれど、伝わった時は本当に嬉しく思います。
>>12様
読者の方に場面を明確にイメージさせられるかどうかは、書き手の腕の見せ所。
自分はまだまだ未熟ですが、少しでも読者の皆様に”自分なりの幻想郷”のビジョンが見えたのであれば幸いです。
>>rainbow rainbow様
大人になるってちょっぴり寂しいコト。だからこそこの幻想郷は、少女の遊びに全力で付き合ってあげるような長生きさんがいっぱい。
幻想ってきっとそういうモノ。いくつになっても子供の心は忘れたく無い、そんな大人なりの願いもちょっぴり込めてあります。
>>とーなす様
子供は元気が一番。とにかく全体を通してパワーを感じられるお話に仕上げたかったです。
みすちーにかかれば何だって歌なのサ。は○ろもフ○ズを始めとした多くの企業の皆様に感謝を。
>>キャリー様
服が汚れる事も厭わず、子供のように全力に遊び回る。いつでも出来るようで、実はとっても難しい。
せめて夢の世界の住人達には、些細な事で悩んで欲しくないなーと。見るならいい夢をネ。
>>25様
孤高なようで、実は全ての要素を併せ持った柔らかい色。見た目は怖いけど、触れてみると温かい。そんな色。
自分の作品にはどんなカラーが塗られているのか自分でも分かっていない節はありますが、せめて見て楽しい色彩に出来たらと思います。
>>27様
オチは重要です。コメディに限らず、極論すればオチを見に来て下さる訳ですから、印象的でステキな締めを考えたい。
とっても難しいですが、それを認めて頂けると自分の書いた物語にちょっぴり自信が持てます。有難う御座いました。
>>31様
彼女達が”子供”である事をきちっと強調している節はあります。子供はみんなニュータイプ。
だからそれをちゃんと見てあげられる”大人”の存在も重要です。この子ら、イタズラに関してはかなり本気なので相応の覚悟を。
>>33様
あ、分かります?大好きな歌です。聴いてたら思い付いたお話だったのでタイトルをちょっぴりいじりましたが、うーむバレるとは。
”プログラム”には式神的な意味も込めてあるというどうでもいい楽屋裏。
>>35様
二人目!?自分の予想以上にUSGが有名で嬉しいです。歌詞まできっちりとは。
音楽を聴いていてお話を思い付く事がとても多い自分ですので、元となる楽曲に恥じない素敵なお話を書けるよう努力しています。
歌モノなら歌詞をイメージした場面をこっそり織り込んでみたり。USGファンの皆様にも受け入れられて歓喜であります。
>>36様
子供を書くからには可愛く。いや大人も可愛く。キャラクタの可愛らしさを表現する事には、いつも力を使います。
普段はすっごく落ち着いてて冷静な人が、ある時ふと子供のようなあどけない顔を見せる。素敵じゃありませんこと?
>>40様
幻想郷の大人陣は皆、ただ老成してるんじゃなくてどことなくウィットに富んだ、いなせな方々というイメージ。
いやいやたい焼き君を聴いて育った世代としてはまだまだ幻想にしたくない。たい焼きパワーが結界の壁をぶち破ったのです。
楽しそー!!!!
ヤリテー!!!!!
カブリテー!!!!!
ウラヤマシー!!!!!!!
藍さまが出てきた辺りからはニヤニヤしながら読んでいました。藍さまマジ先生!
「見ての通りだ。多くの色を混ぜると黒になる。黒という色の中には、ありとあらゆる色が詰まっているんだ。」
仲良しの橙達のやり取りが可愛らしかったのと、
上記の藍の台詞が本当に素敵な大人、お姉さんって感じでとてもよかったです。