「咲夜の寝顔が見たいわ」
唐突なレミリアの一言は、その場に居た者の興味を十分に惹く一言であった。
大きな円卓を囲むのは、紅魔館の主人であるレミリアを始め、その妹であるフランドール、旧知の仲であるパチュリー、そして門番を勤めている美鈴である。
魔法の火を灯された燭台の明かりに照らされ、部屋は昼間のように、とはいかないが不自由ない程度に明るい。
窓の外に視線を向ければ、黒々とした闇夜と半月だけが視界に映る。今宵は空に霞が掛かっていて、弱い光の星は消えてしまっていた。
「咲夜さんの寝顔ですか? 確かに興味はありますね。咲夜さん、いつ寝ているのかも分からないですし」
そう言いながら、美鈴は手に持っている札を三枚切り捨てる。見渡せば、円卓を囲む全員が手元に五枚のカードを手にしている。
彼女達はお手軽なゲームとしてポーカーを嗜んでいた。咲夜が香霖堂と言う店から拝借して来たと言う。ルールはパチュリーが住まう図書館の蔵書の一つに事細かに載っていた。
切った枚数と同じだけの枚数を手に加えた美鈴は、眉根を少し歪ませる。
「大方、力を使っているのでしょう」
重たげな瞼を必死に閉じないように努力している感のあるパチュリーが言葉にする。彼女の言う通り、常々咲夜は時でも止めないとこの広い館を一人で掃除をするのは大変だと言っていた記憶はレミリアにはあった。
その都度、新規雇用で妖精メイドを雇ったりするのだが、咲夜はその度に曖昧な笑顔をレミリアに向けるだけで楽になった様子は無かった。
「お姉様! 全部変えても良いの?」
「えぇ、良いわよ」
フランだけは意に介さぬと、全力でゲームを楽しんでいる風であった。
レミリアは口元に手を当てて、軽い溜め息をついて思案する。命令を下しても良いのだろうが、それでは何かが違う気がする。
「何か良い方法は無いものかしら?」
手札を卓に置いたレミリアが、周囲を見渡しながら口にする。
「私が咲夜の力を抑える結界を開発しましょうか。一週間もあれば、そこそこの能力がある結界は作れると思うけれど」
パチュリーが手札を公開しながら言う。手役はフルハウス。
「却下よ。館の広さも弄っているから、そんなことをしたら大変なことになっちゃうわ」
時間と空間は密接な関係を持つ。咲夜は時間を操ると同時に空間も操作することで、元々広かった紅魔館を更に広げていた。さながら違法増築である。
「ほらほらっ、お姉様! フォー・オブ・アカインド!」
きゃっきゃっと歓声をあげながら、フランドールは手札を五枚表にする。エースが四枚綺麗に並べられている。
フランドールにとって、咲夜の寝顔に関しては殆ど興味をそそるものでは無いらしい。
「はぁ……添い寝を命じられては駄目なんですか、お嬢様?」
美鈴が溜め息と共に場に出した五枚は、それぞれがばらばらの数字で構成されていて手役としては何も意味を持たないブタであった。
「よく言ったわ美鈴。ご褒美に前々から欲しがっていたあいつの調合した肥料、手に入れて来てあげるわ」
喜色満面の笑みを浮かべる美鈴。これでより一層、自分の手掛ける庭が綺麗になる所を想像しているのだろう。
それに値するだけの進言をしたとレミリアは思った。
口元に微笑を浮かべながら、レミリアは手札を公開する。
「え、あれ? お嬢様?」
眼を丸くした美鈴がレミリアの手札とフランドールの手札を見やる。
レミリアの手役はロイヤルストレートフラッシュ。ポーカーにおいて最強の手役。
「運命はいつだって、私の手の中よ」
夜は色濃く広がっている。霞が掛かった夜空からは月光が漏れ出て、微かにだが湖面を照らし出していた。
銀の夜明かりと、幻想的な紅い世界。その調和を取るように霞が広がっている様子は、幻想郷中を探してもそうお眼に掛かることの出来ない絶景を作り上げていた。
そんな景色を視界の隅に追いやり、レミリアは同衾する者の姿を舐めるように眺める。
薄っすらと閉じられた瞼。まつ毛は女性ならば誰もが羨む程に長く整っており、化粧をしている訳でも無いのに、肌は白く艶やかである。
レミリア自身も肌などには自信はあったが、如何せん容姿は幼子のそれである。常日頃より威厳と言うものを大事にしているのも、いわばコンプレックスに近いものがあった。
永遠に近しい寿命と言うのも良し悪しね、とレミリアは常々零すこともあった。
「お嬢様、眠らないのですか?」
瞼を閉じたままの咲夜が、桃色の唇を動かしてレミリアに問う。
「私は良いわ。それより、あなたは寝ないのかしら」
「お嬢様が眼を覚ましている間は、眠ってしまう訳にはいきません」
ぱちりと瞼を開ける咲夜。紅い血を吸い込んでしまったかのような瞳はレミリアを真っ直ぐと見つめている。
何時頃から咲夜は完全を目指すようになったか、とレミリアは思案してすぐにその自分の思考に苦笑を浮かべる。彼女は出逢ったその日から既に、完全を目指していた。
自己で完結した存在へ、咲夜はそう自分がそうあるべきだと強く信じきっている。天性の素質に驕ることなく、その素質を伸ばし続けているのも、その信念があるからこそだろう。
文字通り息つく暇も無い。ただでさえ寿命の短い種族である咲夜。自らは人間でありつづけることを願った彼女と一緒に居ることが出来る時間は、吸血鬼にとってはあまりにも短く切ないものになるだろう。
レミリアにとっては、咲夜は従者であると共に掛け替えない家族でもある。
そっと咲夜の頭に腕を回し、自分の胸に咲夜の顔を埋めさせる。
「たまには甘えなさい。種族の隔たりはあっても私はあなたの主人よ」
一瞬だけ、抱き抱えるその一瞬だけ咲夜の体がびくりと震えて硬直したが、すぐに柔らかさを取り戻して、体重をレミリアへと預ける。
「……ありがとうございます。お嬢様」
か細く震える声をあげる咲夜。その表情は伺い知れないが、レミリアの中に充足感が満ちて行くのは感じていた。
それはとても心地良く、夜中であるのにレミリアに睡魔を呼び寄せるに足る幸せだった。
混濁とした意識がはっきりとすると同時に、既に夜が明けてしまっている事実に気がつくレミリア。
視線を正面に戻すと、そこには咲夜の穏やかな表情が待ち構えていた。
ふかふかとしていたのは枕では無く、咲夜の太股であったらしく、つまりは膝枕をしている状態になっていた。
「お嬢様、おはようございます。夜に寝て朝起きるなんて、まるで人の子のようですね」
「あまり笑えない冗談ね」
口端を吊り上げながら、普段はあまり耳にしない咲夜の冗談に驚くレミリア。
サイドテーブルにいつの間にか用意されていたティーカップに手を伸ばす咲夜。起き上がったレミリアに手渡す。
淹れたての香りがする紅茶が喉を通り、寝惚けていた頭の一部までもが完全に覚醒する。
「それでは、私は仕事がありますので退室させて頂きます」
「えぇ、ありがとう。折角だから、今日は神社へ行くわ。後で供をしなさい」
「畏まりました」
深々と一礼をする咲夜。しわ一つ無いメイド服をはためかせてレミリアの部屋を後にした。
「今日も一緒に寝ようかしら。うん、それも悪くは無いわね」
嫌いな朝陽ですら、今は何処か清々しい気分で受け入れられる。それは、咲夜あっての気分なのだと思うと、不思議ではあったが不快では決して無かった。
後何年、こうしていられるのかと――レミリアは刹那に過ぎる時を、初めて恨んでみる気になってしまった。
唐突なレミリアの一言は、その場に居た者の興味を十分に惹く一言であった。
大きな円卓を囲むのは、紅魔館の主人であるレミリアを始め、その妹であるフランドール、旧知の仲であるパチュリー、そして門番を勤めている美鈴である。
魔法の火を灯された燭台の明かりに照らされ、部屋は昼間のように、とはいかないが不自由ない程度に明るい。
窓の外に視線を向ければ、黒々とした闇夜と半月だけが視界に映る。今宵は空に霞が掛かっていて、弱い光の星は消えてしまっていた。
「咲夜さんの寝顔ですか? 確かに興味はありますね。咲夜さん、いつ寝ているのかも分からないですし」
そう言いながら、美鈴は手に持っている札を三枚切り捨てる。見渡せば、円卓を囲む全員が手元に五枚のカードを手にしている。
彼女達はお手軽なゲームとしてポーカーを嗜んでいた。咲夜が香霖堂と言う店から拝借して来たと言う。ルールはパチュリーが住まう図書館の蔵書の一つに事細かに載っていた。
切った枚数と同じだけの枚数を手に加えた美鈴は、眉根を少し歪ませる。
「大方、力を使っているのでしょう」
重たげな瞼を必死に閉じないように努力している感のあるパチュリーが言葉にする。彼女の言う通り、常々咲夜は時でも止めないとこの広い館を一人で掃除をするのは大変だと言っていた記憶はレミリアにはあった。
その都度、新規雇用で妖精メイドを雇ったりするのだが、咲夜はその度に曖昧な笑顔をレミリアに向けるだけで楽になった様子は無かった。
「お姉様! 全部変えても良いの?」
「えぇ、良いわよ」
フランだけは意に介さぬと、全力でゲームを楽しんでいる風であった。
レミリアは口元に手を当てて、軽い溜め息をついて思案する。命令を下しても良いのだろうが、それでは何かが違う気がする。
「何か良い方法は無いものかしら?」
手札を卓に置いたレミリアが、周囲を見渡しながら口にする。
「私が咲夜の力を抑える結界を開発しましょうか。一週間もあれば、そこそこの能力がある結界は作れると思うけれど」
パチュリーが手札を公開しながら言う。手役はフルハウス。
「却下よ。館の広さも弄っているから、そんなことをしたら大変なことになっちゃうわ」
時間と空間は密接な関係を持つ。咲夜は時間を操ると同時に空間も操作することで、元々広かった紅魔館を更に広げていた。さながら違法増築である。
「ほらほらっ、お姉様! フォー・オブ・アカインド!」
きゃっきゃっと歓声をあげながら、フランドールは手札を五枚表にする。エースが四枚綺麗に並べられている。
フランドールにとって、咲夜の寝顔に関しては殆ど興味をそそるものでは無いらしい。
「はぁ……添い寝を命じられては駄目なんですか、お嬢様?」
美鈴が溜め息と共に場に出した五枚は、それぞれがばらばらの数字で構成されていて手役としては何も意味を持たないブタであった。
「よく言ったわ美鈴。ご褒美に前々から欲しがっていたあいつの調合した肥料、手に入れて来てあげるわ」
喜色満面の笑みを浮かべる美鈴。これでより一層、自分の手掛ける庭が綺麗になる所を想像しているのだろう。
それに値するだけの進言をしたとレミリアは思った。
口元に微笑を浮かべながら、レミリアは手札を公開する。
「え、あれ? お嬢様?」
眼を丸くした美鈴がレミリアの手札とフランドールの手札を見やる。
レミリアの手役はロイヤルストレートフラッシュ。ポーカーにおいて最強の手役。
「運命はいつだって、私の手の中よ」
夜は色濃く広がっている。霞が掛かった夜空からは月光が漏れ出て、微かにだが湖面を照らし出していた。
銀の夜明かりと、幻想的な紅い世界。その調和を取るように霞が広がっている様子は、幻想郷中を探してもそうお眼に掛かることの出来ない絶景を作り上げていた。
そんな景色を視界の隅に追いやり、レミリアは同衾する者の姿を舐めるように眺める。
薄っすらと閉じられた瞼。まつ毛は女性ならば誰もが羨む程に長く整っており、化粧をしている訳でも無いのに、肌は白く艶やかである。
レミリア自身も肌などには自信はあったが、如何せん容姿は幼子のそれである。常日頃より威厳と言うものを大事にしているのも、いわばコンプレックスに近いものがあった。
永遠に近しい寿命と言うのも良し悪しね、とレミリアは常々零すこともあった。
「お嬢様、眠らないのですか?」
瞼を閉じたままの咲夜が、桃色の唇を動かしてレミリアに問う。
「私は良いわ。それより、あなたは寝ないのかしら」
「お嬢様が眼を覚ましている間は、眠ってしまう訳にはいきません」
ぱちりと瞼を開ける咲夜。紅い血を吸い込んでしまったかのような瞳はレミリアを真っ直ぐと見つめている。
何時頃から咲夜は完全を目指すようになったか、とレミリアは思案してすぐにその自分の思考に苦笑を浮かべる。彼女は出逢ったその日から既に、完全を目指していた。
自己で完結した存在へ、咲夜はそう自分がそうあるべきだと強く信じきっている。天性の素質に驕ることなく、その素質を伸ばし続けているのも、その信念があるからこそだろう。
文字通り息つく暇も無い。ただでさえ寿命の短い種族である咲夜。自らは人間でありつづけることを願った彼女と一緒に居ることが出来る時間は、吸血鬼にとってはあまりにも短く切ないものになるだろう。
レミリアにとっては、咲夜は従者であると共に掛け替えない家族でもある。
そっと咲夜の頭に腕を回し、自分の胸に咲夜の顔を埋めさせる。
「たまには甘えなさい。種族の隔たりはあっても私はあなたの主人よ」
一瞬だけ、抱き抱えるその一瞬だけ咲夜の体がびくりと震えて硬直したが、すぐに柔らかさを取り戻して、体重をレミリアへと預ける。
「……ありがとうございます。お嬢様」
か細く震える声をあげる咲夜。その表情は伺い知れないが、レミリアの中に充足感が満ちて行くのは感じていた。
それはとても心地良く、夜中であるのにレミリアに睡魔を呼び寄せるに足る幸せだった。
混濁とした意識がはっきりとすると同時に、既に夜が明けてしまっている事実に気がつくレミリア。
視線を正面に戻すと、そこには咲夜の穏やかな表情が待ち構えていた。
ふかふかとしていたのは枕では無く、咲夜の太股であったらしく、つまりは膝枕をしている状態になっていた。
「お嬢様、おはようございます。夜に寝て朝起きるなんて、まるで人の子のようですね」
「あまり笑えない冗談ね」
口端を吊り上げながら、普段はあまり耳にしない咲夜の冗談に驚くレミリア。
サイドテーブルにいつの間にか用意されていたティーカップに手を伸ばす咲夜。起き上がったレミリアに手渡す。
淹れたての香りがする紅茶が喉を通り、寝惚けていた頭の一部までもが完全に覚醒する。
「それでは、私は仕事がありますので退室させて頂きます」
「えぇ、ありがとう。折角だから、今日は神社へ行くわ。後で供をしなさい」
「畏まりました」
深々と一礼をする咲夜。しわ一つ無いメイド服をはためかせてレミリアの部屋を後にした。
「今日も一緒に寝ようかしら。うん、それも悪くは無いわね」
嫌いな朝陽ですら、今は何処か清々しい気分で受け入れられる。それは、咲夜あっての気分なのだと思うと、不思議ではあったが不快では決して無かった。
後何年、こうしていられるのかと――レミリアは刹那に過ぎる時を、初めて恨んでみる気になってしまった。
読み易さを評価していただき、ありがとうございます!
>6さん
過分なお言葉ありがとうございます。描写を評価していただけると嬉しいですw
そして、ポーカー……。1どっから来た!?
あるいはエースの数が多い不良品だな。
短いけれど大切な時間なんですね。どちらにとっても
ポーカーの辺り、すごく雰囲気出てましたよ、60年代のような。
『一時』を感じさせる作品でした。
そのルールの場合5カードが最強役になるね
短くも大切な時間か・・・
この時の事は、何十年たっても大切な記憶となるんでしょうね……