Coolier - 新生・東方創想話

ねえ、お姉様

2011/08/16 23:08:51
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「ペットを飼いたいの」
唐突にフランからのペットが欲しい発言。
しかも両手を胸の前でギュッと握った状態で。

これには成す術も無く一発でノックアウトされそうになる。
が、必死で踏み止まる。
くっ、堪えろ私。
今、安易に感情に流されて鼻の下を伸ばしてみろ。
更に鼻血など一滴でも垂らしてみろ。
フランが私に抱いている偉大なる姉と言うイメージを壊してしまう。

これがきっかけでイメージ総崩れになって、思春期の娘が父親を見るような目で見られても良いのか。
『やだ、お姉様の下着と一緒に洗濯しないでよ』とか、『お姉様が入った後のお風呂なんて入らない』と言われても良いのか。

そんな事は、絶対に許されない。

この誇り高き吸血鬼レミリア・スカーレット、こう見えても家庭は何より大事にしたいと願っているし、大事にされたいとも願っている。
こんなところで終わらせてたまるか、私の明るい家庭を!
私は『鼻の下が伸びない運命』を手繰り寄せ、その手繰り寄せた運命をくるっと丸めて鼻血を拭きつつ、深呼吸をして気を落ち着けた。

「ふぅ、ペットが欲しいですって、急にどうしたの」
アンニュイなひとときを過ごしていたかのように、気だるげにフランに返事をする。
「あのね、この前ちょっと脱獄して、地底に行って来たの」
今さらっととんでもない事を言ったわねこの妹。
ハブアブレイク、みたいな感じでジェイルブレイク(脱獄)されても困るのだけど。
「で、その地底にね、ペットが沢山いる屋敷が有って、そこのペットたちが、もう凄く可愛いの」
フランは興奮して地底での出来事を話していた。
どうやら地底で迷い込んだ屋敷がたまたま地底でも有名な猫屋敷だったらしい。
それで、そこの主人にも気に入られ、猫にも懐かれて、余す事無く猫たちとニャンニャンして来たと。
私もニャンニャンしているフランを見たかったわ。
「でね、そこの人がね、子供が生まれたから、気に入った子が居たら持ってって良いって言ってくれたの」
と、フランの顔を見ると、もう既に貰う気満々と分かる。

……あー、この流れは『飼っても良いでしょ、世話はちゃんとするから』と言いつつ、飼ってみたら結局私が世話をする羽目になる運命だわ。
厄介ごとが増えるのは阻止しなければ。
「へ、へぇー、でもうちには大きい犬が居るからねー、咲夜って言う」
「咲夜って人間じゃなかった?」
「猫度24点のクォーターハーフですわ」
「うひょあ!」
びっくりした、いつの間に来たんだこのメイド。
毎回毎回音もなく背後に立っているものだから、心臓に悪い。
スタンドだってもう少し遠慮して、ここ良いですかって聞いて来るわよ。

「お姉様、咲夜も猫だって」
「犬よ、大体1/4なんて数に入らないわ」
ぶれてはいけない、たとえ僅か1/4が猫であっても、咲夜は犬だ。
いや、メイドだったっけ。

「よろしいんじゃ有りませんか。パチュリー様も猫度が足りないと嘆いておいででしたし」
あれ、咲夜まで私の敵?
まぁ良いわ、なら別のカードを切るまで。
「あー、その、パチェにも相談しないと、本を荒らされたら怒るだろうし」
「あ、パチュリーからは許可貰ってるよ。はい、これ」
「何ですって」

- ペットの件に関して、図書館と紅魔館は相互不干渉 -
- パチュリー・ノーレッジ -

フランがペットを飼おうが構わないが、こっちに迷惑を掛けるなと言う事だろう。
神経質そうでミミズがのたくったような字は確かにパチェのもののようだった。
しかも魔法で認め印までご丁寧に押してあり、これが拘束力を持った正式な書類である事を示している。
これでパチュリーも実質許可を出した事になる。
いつの間にこれだけの準備を。

振り向いてフランを見ると、笑みの中に勝利を確信したような表情を含んでいる(ような気がしないでもない)。
愕然とする私。
いつから私はフランの掌中に有ったのか。
ここに来た時には既に勝利を確信した後だったと言うの?
あの時私に見せた『ペットが飼いたいの』の仕草すら、壮大な戦略の中の一戦術に過ぎなかったと。

従者を篭絡され、今また友に裏切られてマイハートがブレイク状態な私には、もはや成す術など無い。
これ以上の反抗は無益どころか有害ですらある。
もし反抗を続ければ『もう良い、お姉様には頼まないから』とか言って私の意見を無視して皆でペットを飼い始めて、皆でペットを可愛がって、私がその輪の中に入ろうとしようものなら白い目で見られていじける私、と言う運命が待っている。
何という残酷な運命。
レ・ミゼラブルならぬレミリア・ブルーだわ。

ふふ、そうね、フランが成長した御褒美(スイーツ的な)として許可しても良いかもね。
決して私だけ仲間外れにされるのが嫌だとか、そんなちゃちな理由では断じてないわ。

「ああ、もう分かった、これで許可しなかったらこっちが悪いみたいじゃない」
「え、じゃあ良いの?飼っても」
「ちゃんと責任を持って面倒見なさいよ」
「有難う、お姉様!」
フランが私に礼を言って、部屋を駆け出て行く。

ってあれ、それだけなの?
感謝のハグとか有っても良いかなあっ、てお姉様は思うのだけど。
私に抱き付いて来て、頬をすりすりさせて、ほら咲夜も居るんだからとか言いつつ、いちゃいちゃしても良いのよ。
良いのよ……。

準備万端、バッチ来い的に構えていた両手をすっと降ろし、とすんと椅子に腰を下ろす。
良いの、私なんて今のフランにとってはきっと、戦略上必要だった交渉相手、それだけなのだから。



・・・



「お姉様!」
バタンと扉が開き、フランが戻って来た。
一瞬私とハグし忘れた事を思い出して戻って来たのかと思ったが、箱を持っていたので、そうではない事が見て取れて、上げようとした両手をまたすぐに戻した。
「実はお姉様なら許可してくれるって思って、美鈴に外で世話して貰ってたの」
「へ?」
「ごめんなさい、今まで黙ってて」
「い、いえ良いのよ、もう許可はしたのだしね」
申し訳なさそうに謝るフランだが、私は全く別の事を考えていた。

あの門番の事すっかり忘れてた。

良かったぁ、さっき咲夜とパチェのあとで、ふと思い出して美鈴にも聞いてみないと、とか言わないで。
逆に、私も引き際は心得てるわ、的な演出になってさすが私ね。

フランに差し出された箱の中を覗き込むと、子猫は私相手でも臆する事なく、図々しくこっちを見ながらあくびをしている。
「随分と肝の据わった奴ね」
「うん、人見知りしない子を選んで貰ったから」
人見知りどころか、恐らくこいつは私が妖力全開で威嚇しても、のんびりあくびでもしているような気がする。
心臓に毛でも生えているんじゃないかと、運命がそう告げている。

「まぁ良いわ、私はレミリア・スカーレットよ、畜生とは言え宜しく」
こちらから礼儀正しく、挨拶しておく。
「良い?本当にちゃんと世話をするのよ」
「うん。それじゃ、美鈴のところに世話の仕方とか聞きに行って来るから!」

フランは来たときと同じく、慌しく出て行った。

「可愛らしかったですわね」
冷めた紅茶を淹れ直しながら、咲夜が話しかけて来る。
「ふん、ああ言うのはふてぶてしいと言うんだ。全く元の飼い主の顔を見てみたいよ」
足を組み、片手で頬杖を付きながら、気になっていた事を咲夜に尋ねる。
「そういえば、今回は咲夜も絡んでいたようだったけど」
「ええ、それなりに」
「それなりに、ね」
「ええ」
咲夜がそれなりに、とだけ言うのであれば特に私に報告する必要も無い取るに足らない事なのだろう。
必要が有れば、私から言わなくても報告してくれる奴だ。
大方、フランに泣いてせがまれた、程度の事だったんだろう。
私もフランに泣いてせがまれたいけれど。

だけど、今後は色々と今回の件が影響しそうね。
誰の意図か知らないが、何が起きても良いように、準備だけはしておかなければ。
「そうだ、咲夜」
「はい、何でしょう」
「今後、猫度が上がる事が予想されるから、語尾は『ですわん』で統一しなさい」
咲夜はやんわりとした笑顔で、しかしきっぱりと答える。
「お断りします」
パーフェクトに付け入る隙を与えない辺り、さすが私の咲夜だわ。



・・・



「フランが脱獄して地底に行っていたわ」
「ええ、そうね」
私の友人、動かない大図書館ことパチェは、読んでいる本から顔も動かさず返事をした。

「そうねって、私はあなたにフランが地下から出ないように依頼していたと思ったけれどね、パチェ」
「私は妹様を地上に出さないように言われただけ、地底に行けないようにするなんて契約はしていないわ」
「契約の隙を突いて責任逃れしようとするなんて、全く、悪魔みたいな奴ね」
「レミィ、教えてあげる。魔女は悪魔と契約する存在。だから魔女と契約するのであれば、悪魔以上に狡猾でありなさい」
「情に篤い友人を持って私も幸せ者だわ」
「どうしたの、声に抑揚が無くてまるで棒読みよ、疲れているのかしら」
「誰かさんのせいでね、友人不信に陥りそうよ」

恨み言を一通りぶつけたので、すっきりしないが本題に入る。
口ではパチェに勝てはしないのだから。
そもそもこうして図書館に足を運んだのも、恨み言をぶつけるためではない。
パチェがフランに入れ知恵している可能性を考えての事。

「で、フランに入れ知恵をしたのはパチェかしら」
「いいえ、私じゃない。けど、本人が考えたとも思えないわね」
「となると」
「ええ、十中八九その地底の猫屋敷の主人が入れ知恵してるわ」
やはり、そうなるか。
「危険は無いのかしら、よく分からない相手の思惑通りにしてしまって」
無論杞憂と言う事も有り得るし、単に増えすぎたからと、押し付けただけなのかも知れないけれど。

「違和感は無かったし、猫からもフランからも何も感知出来なかったわ、だから別に邪魔もしなかった」
「あ、そう。ああ、なるほどそう言う事。だから書面であんな事書いてたのね」

- ペットの件に関して、図書館と紅魔館は相互不干渉 -

確かに調べた限りでは何も無かったけど、万一そっちで何か有っても私には一切責任は無いから、余計な仕事回して来ないでね、と。
いやしかしこの文面。
「でもこれだと図書館で何か有ったらこっちも不干渉で行く事になるけど」
「そうした理由は二つ。地底の奴らが何か企むとして、ネームバリューからして狙うなら紅魔館が妥当、図書館と言う線は考えにくいわ。この前の異変で魔理沙を行かせた時も、魔術に関する匂いはほぼゼロだったし、ここを狙う理由が無い。これが第一の理由」
「二つ目は?」
「レミィ達が絡んで、本が無事だった事が有史以来有ったかしら」
「……えーと、多分何回かは」
「無い」
「一回くらいは」
「無いわ」
「う、く」

何せ図書館での異変なんて、魔術の素人や初心者からしてみれば珍しい事だらけのオンパレードで、つい調査にも力が入る。
その力が余って、グングニルで本棚ごと数百冊を貫いたりしたのも良い思い出ね。
その後は流石に加減するようになったけど、何故か私が攻撃しようとする先に本が有るのだから仕方が無いわ、戦場では迷った奴から死ぬのだから。
それから、最近はネズミ対策に本に掛ける魔法も強化されて、試しにグングニルで何冊いけるかしらなんて言ったら、本気で殺され掛けた事も有ったけど、私は元気です。
うん、思い返したけれど、本が無事だった記憶なんてこれっぽっちも無いわね。

「ま、まぁ、パチェが気にしていないのなら、私も気にしても仕方が無いわね」
「そう言う事。レミィはレミィらしくおやつを猫に掠め取られないかでも心配してなさい」
「何か引っ掛かる言い方だけど。とにかくこの件は経過を見るだけで十分そうね」
「猫に掠め取られたおやつ?随分と変わった物を観察するのね」
「猫よ猫!」

色々考えても、今は結論など出そうにないのだし、当面はあの子猫の世話に懸命になっているフランの様子を陰から見守る事にしましょう。

この、写真機を持って。
気品あるレミリアお嬢様が好きです。
猫額
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コメント



0.1730簡易評価
6.100奇声を発する程度の能力削除
ちょくちょく入るボケに和みながら楽しく読ませて貰いました!
こういう紅魔館のお話がもっと増えてくれると嬉しいな
7.90ほっしー削除
なによりテンポが良い。
面白い紅魔館だ
12.90名前が無い程度の能力削除
ああ、終わっちゃった!?
これはきっと続編があるのですね。小悪魔さんがハブられる現実なんて認めないのです。
26.100名前が無い程度の能力削除
えー。
もっと続き読みたい。
面白いのに。会話もテンポ良くて好き。
28.90名前が無い程度の能力削除
もっと続いてもよかったんだぜ
色々といじらしいお嬢様だなぁ…
31.100名前が無い程度の能力削除
たった一言でストンと話が着地する
爽快なオチが秀逸すぎるw
仔猫と暮らす紅魔館の面々のお話も読んでみたいですね。
32.無評価猫額削除
ちょっと時間が経ってしまいましたが、レスです。

6,7>ありがとうございます。
テンポ優先と言う感じで、とりあえず思いついた事を全部メモして、流れ上5割くらい没になって、逆に足りなくなって書き足したりして、とかやってます。

12>小悪魔さんに関しては、神出鬼没のいたずら好きにするか、司書みたいな感じにするか決まらないので、なかなか出せないでいます。

26,28>この分量が勢いで書けるラインギリギリ(越えかけ)と言うのも有るんですが、一度書くのに割とハイテンションにならないといけないので。
すみません……続きは考えては居るんですが、没りそうです。

31>写真機を構えているレミリアお嬢様が「私達の旅はこれからよ」的な感じで締めてみました。
お嬢様と猫が地下迷宮を探索と言う案も有るんですが、お話がさっぱり思い付かなかったり。
36.90名前が無い程度の能力削除
こういうお嬢様をまっていた
和ませていただきました