或夕方、――それは二月の初旬だった。良平は二つ下の弟や、弟と同じ年の隣の子供と、トロッコの置いてある村外れへ行った。トロッコは泥だらけになったまま、薄明るい中に並んでいる。が、その外は何処を見ても、土工たちの姿は見えなかった。三人の子供は恐る恐る、一番端にあるトロッコを押した。トロッコは三人の力が揃うと、突然ごろりと車輪をまわした。良平はこの音にひやりとした。しかし二度目の車輪の音は、もう彼を驚かさなかった。ごろり、ごろり、――トロッコはそう云う音と共に、三人の手に押されながら、そろそろ線路を登って行った。
――芥川龍之介『トロッコ』
河城にとりがそれを見つけたのは、友人の鍵山雛とともに、山の麓――雛の家の近くの森を、のんびりと散歩していたときのことだった。
梅雨の明けた爽やかな初夏の午後である。照りつける日射しもまだ暴力的な熱気をはらむには至らず、涼やかな風はしかし、これから本格的な夏が訪れるのだ、という匂いをのせて、森の梢をさわさわと揺らしていた。
「夏が来るねー」
「そうね」
ひとつ伸びをして、その匂い――季節の移ろいの気配を身体に吸い込むように、にとりは大きく深呼吸する。その隣で、雛は目を細めてこちらを見つめていた。
「にとりは、夏より梅雨の方が好き?」
「んー? まあ、河童だからねー。かんかん照りよりは雨の方が好きだけど。でも、夏も好きだよ。水の中が気持ちいいもん」
木漏れ日に目を細めながら、にとりは梢の合間から見え隠れする蒼天を見上げる。
つい先日まで空に居座っていた鈍色の曇天はどこへやら、突き抜けるような蒼。ずっと見つめていたら、そのまばゆさに吸い込まれそうな気がして、傍らの雛に視線を戻す。
隣を汗ひとつかかず歩く雛の、陶器のように白い肌。凛としたその横顔は、いつ見ても綺麗だなぁ、とにとりは思う。見飽きるということがない。
ぼーっと雛の横顔を見ていると、不意に雛がその視線に気付いたか、こちらを振り向く。
「なに? にとり」
「あ、いや、なんでも」
なぜだかしどろもどろになってしまい、にとりは気恥ずかしくて顔を伏せる。
困ったように髪を結んだリボンに触れる雛の姿に、「いやホントなんでもないからっ」と自棄のように叫んで、にとりはぱたぱたとその場から駆けだし――、
突然、何かを踏んづけて、足が滑ってバランスを崩した。
「へぶっ!?」
情けない悲鳴をあげて、にとりは顔面から地面にたたきつけられる。
「だ、大丈夫? にとり」
慌てて雛が駆け寄ってくる。にとりは呻いて顔を上げると、「だいじぶ、だいじぶ」と鼻の頭を押さえながら手を振った。――正直に言えばけっこう痛かった。
「うー、なんか踏んづけた……」
にとりは起きあがると、自分がバランスを崩したあたりの地面を見下ろす。固い何かを踏んだ感触があったのだが、好き放題に伸びた草に隠れて判然としない。
「何かって?」
「なんだろ、このあたりだよねえ」
しゃがみ込み、にとりは足下の草をかき分け始める。――そして。
「んお?」
草の中から姿を現したそれに、にとりと雛は思わず顔を見合わせた。
――鉄の棒が、草むらに埋もれて、鈍い輝きを放っていたのだ。
◇
不思議なことに、埋まっていた鉄の棒は、にとりが踏んづけて転んだその一本だけではなかった。にとりが周辺の草をかき分けてみると、すぐ隣にもう一本、平行に並んだ鉄の棒が埋まっている。その二本は、さらにどんどんまっすぐに伸びていた。よく見ればところどころ継ぎ目があり、一本の鉄ではなく、何本もの鉄を並べてつなげたもののようだった。
鉄の棒自体、ただの丸い棒でも四角い棒でもなく、カタカナの「エ」の横棒を短くしたような形に加工されている。それが二本、精密な平行さで連なり続けていた。草を軽くかき分けてみれば、腐りかけた木の板が鉄の棒と垂直に、何本も下に敷かれているのも確認できる。
森の中、あちこち伸び放題の草に大部分が埋もれているので、果たしてどこまで続いているのか全く判然としないのだが――少なくとも、鉄の棒はにとりの踏んだ場所から長く長く、森の東西へ半分土に埋もれながら続いているようだった。
「ねえ、雛。これ、なんだろ?」
「さあ……」
近くに住んでいる雛も、こんな鉄の棒が草むらに埋まっているなんてことは知らなかったらしい。首を捻りながら、にとりは鉄の棒の前に立って、左右を見回す。
「西と東、どっちにも続いてるみたいだけど、どこまで続いているのかな」
森の奥に目を細め、にとりはそう呟いた。技術者としての好奇心が疼いていた。
少なくともにとりの知る限り、このような鉄の棒を地面に設置して用いる技術に覚えはなかった。しかし、これは何らかの技術の痕跡であるのは間違いない。となれば、おそらくは今の幻想郷には無い――外の世界から流れ着いた新たなテクノロジーの可能性はある。
そんなものを前にして、じっとしていられる技術者がいようか?
いたとしたら、それはもはや技術者としては死んでいる。
そして河城にとりは、もちろん現役の技術者であった。
「雛!」
「な、なに?」
「行こう!」
「どこへ?」
「こいつの続く先へだよ! 何があるのか確かめないと!」
目を輝かせて、にとりは雛の手を掴んだ。雛は目を白黒させて、視線を巡らす。
「そ、それはいいけど……どっちに?」
首を傾げた雛に、む、とにとりは唸る。鉄の棒は東西どちらにも続いている。西か東か。
「とりあえずどっちかに進んでみて、行き止まりだったら引き返そう」
にとりの提案に、雛が頷いた。よーし、とにとりはひとつ腕まくりをする。
「雛、じゃんけんしよ」
「え?」
「雛が勝ったら西、私が勝ったら東に進む」
ははあ、と雛は右手を差し出した。「じゃ、いくよー」とにとりは大きく振りかぶる。
「じゃんけん、ぽん!」
◇
鉄の棒は土や草に埋もれながら、森を抜けても延々と続いていた。
その姿が途切れると、にとりはその都度草をかき分け、土を掘り返して鉄の棒を探し、見つけてはまた追いかける。二本が平行に並び続ける鉄の棒は、たまにゆるやかなカーブを描きながら、それ自体がひとつの道であるように延び続けていた。
「ずいぶん来たけど、まだ続いてるねー。幻想郷の端っこまで行きそうだよ」
気付けば遠くなっていた妖怪の山を振り返って、にとりは呟く。中天を少し過ぎたあたりにあったはずの太陽も、気付けばにとりと雛の背後に回り、影を伸ばし始めていた。夕暮れの気配が近づいてくる。
「ねえ、にとり。結局これって何なのかしら」
「うーん」
しゃがみ込んで鉄の棒をコンコンと叩き、にとりはひとつ首を傾げる。
「何かの目印……じゃないかとは思うんだけど」
「目印?」
「地面にあるってことは、ここが道ですよ、っていう目印……かなあ」
「でも、今まで通ってきたところ、獣道ですらない場所もあったわ」
確かに、藪の中に鉄の棒が完全に埋没してしまって、探すのに随分難儀した場所もあった。
「んー、それは単に道が使われなくなって、埋まっちゃっただけだと思うんだけど」
「……使われないものはすぐ朽ちるものね」
どんなものも、使ってやらなければ埃を被り、錆び、朽ちていくものだ。道具も機械も、建物であっても、使ってやることが一番のメンテナンスである。
「でも、普通の道にはこんな鉄の棒、埋まってないよねえ」
「ええ」
「んー。何かの道を示す目印、っていう考え方で間違ってない気はするんだけど、でもこんな鉄の棒の上、歩きにくいよねえ」
「二本並んでるのは、その間を歩け、っていうことじゃないかしら」
「お、雛、それはいいセンいってるかも!」
にとりは鉄の棒の間、敷かれた木の板の上に立って、両側の鉄の棒を見下ろす。
「道にしちゃ狭いんだよねえ。で、ずーっと正確に、平行に並んでる」
「どこかで分岐したりして?」
「分岐? あー、平行に並んでるのはふたつのルートを示してる可能性もあるかー」
じゃんけんの結果、にとりと雛は東に向かって進んでいたが、あるいは西側に進んでいれば、この二本の平行線はどこかで分岐して、別々の方向へ向かったのかもしれない。いや、この先でそうなる可能性もある。
「んー。謎の要点を整理した方がいいね」
再び歩き出しながら、にとりは指折り、疑問点を挙げていく。慌てて追いかけてきた雛が、その手を覗き込みながらひとつ首を傾げた。
「まず、そもそも何のためのものなのか。何かの目印なのか、それ以外のものなのか」
「ただの目印なら、わざわざ鉄の棒を使わなくてもいいわよね」
「そうなんだよねえ。こんなに延々とつなげていく意味も無いし」
道はそもそも勝手にできあがるものだし、できあがった道の範囲を示しておきたいなら、両側に溝を掘るとか、灯りのつく柱を点々と立てておくとかすればいいのだ。
「謎そのに。なんで鉄の棒を平行に並べる必要があるのか」
「やっぱり、何かの範囲を示しているのかしら」
「別にこの鉄の棒の間でなきゃ歩けないっていうわけでもないんだよねー。道をそれたら危ないっていうなら手すりでも作った方がいいし」
やっぱり、首を捻るしかない。
「そのさん。なんでこんな形に加工されてるのか」
またしゃがんで、にとりは横棒の短い「エ」の形をした鉄の棒を叩いた。
「そのよん。どこからどこまで続いてるのか――」
少なくとも、すぐに答えが出そうなのはそこか。にとりはひとつ息を吐き出す。
「とりあえず、行くところまで行ってみれば答えが出るかな」
鉄の道の先に目を細めて、にとりは「あ」と声を上げる。視界の先に、博麗神社の鳥居が見え始めていた。――ということは、もうすぐ幻想郷の東の端っこである。
鉄の棒による道は、どうやら博麗神社へ通じる野道からは外れた草っぱらを横切って、神社の裏の方へ向かっているようだ。
「結局二本並んだまま続いてるし……向こうがスタート地点なのかな」
ぼんやりそんなことを考えながら、鉄の棒の間を歩いていたにとりは――不意に、下に敷かれた木の板に足を引っかけて、バランスを崩した。
「わっ――」
「にとり!」
隣から雛の手が伸びてきて、倒れかけたにとりの身体を支えた。くるりと回転するように雛はにとりの前に回り込んで、「大丈夫?」と顔を覗き込んでくる。
「あ、だ、だいじょぶ、ごめん、雛」
急に雛の顔が近くなって、照れくささにわたわたと首を振って、にとりは雛から離れた。
ああもう、ぼうっとしてるとすぐ滑ったり蹴躓いて転ぶ癖、何とかしないと――。
――滑ったり?
「雛、滑るよね!?」
「な、なに?」
「鉄の上は滑るよね。この鉄の棒、上で何かを滑らせるためのものじゃないかな」
「滑らせるって、何を?」
「んー、でっかくて重いもの」
そう、仮にこれが人間の技術であるなら、非力で空も飛べない人間は、大きな重いものは大勢で持ち上げたり、押したりして運ぶしかない。そんな人間の知恵として、たとえば大きな石材を運ぶとき、丸太を地面に並べてその上を押していく――というのがあるのをにとりは知っていた。この鉄の棒は、その類のものではないか。
「二本並んでいるのは安定させるため。接地面積が小さいから、地面の上を押すよりは楽だろうし――」
「でも、さっきから随分歩いてきたけど、そんな大きくて重いものを、こんな長い距離、押して滑らせて運ぶの?」
雛が今まで歩いてきた道を振り返って言う。それを言われると確かにそうだ。にとりは唸る。何しろ幻想郷の、ひょっとしたら端から端まで続いているかもしれない。いくら狭い幻想郷とはいえ、歩けば結構な距離だ。重いものを押して運ぶには長すぎるかもしれない。
「うーん……あ、そうだ、この鉄の棒の間に丸太か丸い棒を敷き詰めて、その上を転がすんだよ。鉄の棒は敷き詰めた丸太がずれたりしないようにするためで。ごろごろごろーって滑らすんだ。そっちの方が楽だよ!」
これだ、これが正解だろう。にとりはぽんと手をたたいて胸を張った。雛は納得したように頷きかけて――にとりの足下をのぞき込んで、ひとつ首を傾げた。
「にとり。ここに丸太を敷き詰めて転がすんだとしたら――下に敷かれた木の板がなんだか邪魔そうな気がするわ。下を全部木の板にしちゃうならともかく、飛び飛びに敷いたら転がす丸太が引っかかっちゃわないかしら」
「……む」
「それに、丸太がずれないようにする仕切りだったら、鉄の棒じゃなく板とかでも――」
「むむむ」
眉間に皺を寄せてにとりは唸った。そんなにとりの表情に、雛は申し訳なさそうに首をすくめる。自分がにとりの考えにけちをつけてしまったと思っているのかもしれない。
「ご、ごめんなさい」
「いや、雛の疑問はもっともだよ。確かにただの仕切りなら、わざわざ鉄の棒をこんな形に加工する意味が無いし。んー、いい線いってると思ったんだけどなあ」
そう、あと少しで正解ではないか、という感触はあるのだ。この地面の鉄は、おそらくは何かの道であり、何かを運ぶためのものだろう。間にものを敷き詰めるのでなければ、やはりこの鉄の棒そのものに意味があるのだ。
運ぶ、運搬、大きなもの、転がす、摩擦、道、長距離、鉄の棒――。
考え込んだにとりの傍らで、雛は手持ちぶさたな様子で、夕暮れに変わりつつある空を見上げながら、意味もなくくるくると回っていた。
――回転? 回る――車輪? 車!
「車だ!」
突然、にとりがあげた叫び声に、雛はびくりと身をすくめた。そんなことにも気づかず、にとりは自分の閃きが正解であることを確かめるように、しゃがみこんで鉄の棒に触れる。陽射しを浴びて熱をもった鉄に、「あちち」とにとりは慌てて手を離した。
「に、にとり、どうしたの?」
「雛、解ったよ! 雛のおかげだよ!」
「私の?」
「雛が回ってるの見て気づいたんだ。この鉄の棒、ずっと平行に並んでるのは――車輪を乗せるためなんだ。この棒は、車を走らせるための道なんだよ!」
車だ、車だ、とにとりは浮かれて、鉄の棒の間を走り始めた。慌てて雛が追いかけてくる。
「く、車って、こんな鉄の棒が必要だったかしら」
「んー、ふつうの馬車とか牛車だったらいらないよね。まっすぐにしか進めなくなっちゃうし。でもその分、この鉄の棒の上を走らせれば、石を踏んでバランスを崩すこともないし、道を外れてしまうこともないし、目的地から目的地まで迷う心配もない」
そう、やはりこれは道で、目印だったのだ。
「行き先から目的地までこの鉄の道を作ってしまえば、あとはその上で車を往復させるだけで安全に、早くものを運べるんだ。すごいよこの発想! 輸送技術の革命だよ!」
にとりは雛の手をとって、鉄の道を走り続ける。博麗神社の裏側へ向かっていく道は、いよいよ幻想郷の端っこまでたどり着こうとして――。
「鉄の道……鉄道! そう、きっとこの道は鉄道って言うんだよ。河童の技術じゃない、きっと外の人間の技術だ。くーっ、やっぱりすごいや、盟友! 鉄道すごい! 盟友すごい! 人間ばんざい!」
興奮してわめきながら、神社の裏の林へ入り込んでいく鉄道を、にとりは走り――そして。
不意に林から景色が開け、にとりは雛とともに足を止めた。
――そこに、見知らぬ建物が建っていた。
鉄の道の傍らに、地面より少し高く、広い段。そしてそのそばに、木造の小さな建物がある。薄汚れた建物は、いつの間にかすっかり傾いた夕日を浴びて、オレンジ色に染まっていた。
「……ゴール、なのかな?」
鉄の道から、にとりは段の上によじ登る。雛と並んでそこに立ち、周囲を見回すと、看板のようなものが立っているのが見えた。
「にとり、何か書いてあるわ」
雛がその看板に近づいて指さす。にとりもそれをのぞき込んだ。
「……きさらぎ?」
そこにはかすれて消えかけた文字で、「如月」と書かれていた。
今は水無月である。だとすれば如月というのは――この建物のことだろうか。
にとりは木造の建物を見上げる。家のようには見えないが、かといって何かの店というわけでもなさそうだ。段から建物の中への入り口は奇妙な仕切りで分けられ、なぜか同時にふたりずつしか入れないようになっていた。
建物の中を見やれば、椅子とベンチが並んでいる。壁の上の方には何かが書かれていたようだが色あせてすっかり読めず、その下には小さなシャッターのようなものが下りていた。
「潰れた茶店かなあ?」
「茶店ならテーブルぐらいあるんじゃないかしら」
雛の指摘は毎度もっともである。茶店で無いとしたら、休憩所か待合い所か。
「……ああ、ここで鉄道を走る車が来るのを待つのかな、ひょっとして」
にとりはそう言って、近くのベンチに腰を下ろす。
雛もおずおずと、その隣に腰を落とした。
「はー、つかれたー」
「あんなに走るから」
蜘蛛の巣の張った天井を見上げて、にとりは息を吐く。
窓から差し込む夕日が、にとりと雛の影を長く長く伸ばしていた。
「でも、楽しかったー。大発見もしちゃったし」
鉄道、鉄道、とにとりは浮かれ気味に呟き、それから、はっと隣の雛を振り返った。夕日に照らされた雛の横顔。気がつけば雛を連れて、ずいぶん遠くまで来てしまった。今から雛の家まで戻れば夜になってしまうだろう。
「……あ、雛、ごめん。こんな時間まで、遠くまで連れ回しちゃって、その」
慌ててそう言うと、雛は「え、今頃言うの?」と言わんばかりに目をしばたたかせて、それから微笑みながら、取り出したハンカチでにとりの額の汗を拭った。
「私も、楽しかったわ」
「……ほ、ほんとに?」
「にとりがあんなに楽しそうだったもの」
夕映えに微笑む厄神様は、どこか儚く、ガラス細工のような美しさをたたえていた。
照れくささににとりは、何かもごもごと口の中だけで呟いて、身をすくませる。――なんというかこう、雛といるとときどきこうして、すごくくすぐったい。
なんとなく、そのまま沈黙が落ちる。にとりと雛のほかに誰もいない待合い所は、しんと静まり返って、ただ遠くから蝉の声の残響だけが響いていた。
「……静かだね」
「そうね」
「誰もいないね」
「そうね」
「あの鉄道の上を走る車、今はもう無いのかな」
「使われてないみたいだったから、無いんじゃないかしら」
「じゃあ、ここで車を待つひとも、もういないんだね」
「そうね」
「……なんだか、ちょっと寂しいね、それ」
気づけば、にとりは雛の肩に頭を預けていた。
雛はそれを嫌がるでもなく、ただ静かに受け止めてくれる。
そのことが、にとりには心地よかった。
「でも……道はあるんだから、車があれば、また走れる」
がばっとにとりは顔を上げ、立ち上がった。雛がびっくりしたようにこちらを見上げる。
「雛、明日は鉄道の反対側に行ってみようよ」
「反対側?」
「たぶん反対側にも、こんな建物があるとあると思うんだ。あの鉄の道はどっちにも進める。スタートがあればゴールがある。それを見つけたら――」
にとりは雛の手をつかんで、引きずるように、鉄の道に面した段の方へ再び飛び出した。夕日に染まった鉄の道が、幻想郷の端っこから西へ、ゆるやかなカーブを描きながら続いている。
「私が、この道に車を走らせるよ!」
鉄道の上に下りたって、にとりは両手を広げ、高らかにそう宣言した。
それを見下ろして、雛は目を細めて微笑んだ。
「――それなら、私も乗せてもらってもいい?」
「もちろん! 幻想郷最初の鉄道車両、最初の乗客は、私と雛だよ。だってこれは、私たちが見つけたんだもん」
「うん、楽しみにしてる」
「よーっし、河童魂が燃えてきたあー!」
夕日に拳を突き上げて、にとりは叫んだ。
雛はその傍らに飛び降りて、にとりの空いた手を握る。
「雛?」
「でも今は、歩いて帰らないと」
「……そだね」
苦笑しあって、にとりは雛の手をきゅっと強く握り返す。
道を外れないように、離してしまわないように。
今日の思い出、小さな大発見を、確かな証として感じるように、強く。
「それじゃ、雛の家に向かって、出発進行ー!」
「おー」
西日のさす、オレンジの空。その下に続いていく鉄の道。
その間を、にとりと雛はまた手を繋いで歩き出した。
なんでだァアア。
鉄道って何でこんなにわくわくするんでしょうね
はすみさんはお元気かなぁ。というか、生きて此世にいるんだろうか――
いやはや、知らぬ間にどんどん増えて行くのですね。ネット社会の中、都市伝説もグローバル化が進んでますし。
星新一の短編とかでもありそうな空気っつーか
寂しいものです。
よいお話でした。
……願うまでも無いか。
雰囲気も良く面白かったです