この図書館は何時来ても変わらない。
天井から吊るされた燭台に灯る火が薄ぼんやりと辺りを照らす。
奥まで歩を進めて、はたしてそこにいた人物に私は声をかける。
「やあパチェ」
「あら、何か用かしらレミィ」
何時ものように椅子に腰掛け、テーブルの上に浮かべた光球の明かりを頼りに、本を読む友人は本から視線を外すこと無く返事を返す。
パチュリーの魔法を使って引かれた対面の椅子に腰掛ける。
「なに、たまにはふたりで飲むのも良いんじゃないかと思って」
私の掲げた両手にはワインボトルが一本と、ワイングラスが二つ。
チラリと私へと視線を向けた後、パチュリーは掛けていた眼鏡を外すと、本を閉じた。しがみつくような格好で彼女の帽子の上に乗っていた小さな人形が揺れる。
「……あなたは何時も突然ね」
「そう言いながら、予め小悪魔を下がらせている辺り、理解しているじゃない」
「どれだけ友人やっていると思ってるのよ」
この図書館を訪れてから、いつもなら直ぐに飛んでくるはずの小悪魔の姿を見ていないのはつまりはそういうこと。大方暇でも出したのだろう。
薄く笑って、彼女は私の差し出したグラスを受け取る。
そのグラスに作法も気にせず、無造作に血のように赤いワインを注ぐ。
私のグラスにはパチュリーが注ぐ。
テーブルの中央にボトルを置いて、ふたりでグラスを軽く持ち上げる。
好きな相手は出来ても、変わらない友情に。
「パチェは最近はアリスとはどうなんだ?」
グラスに注いだワインが半分ほど減ってきた頃、パチュリーに話しかける。
「何時も通りよ。魔法の研究したり、お茶したり」
「なあに、進展は無しなの?」
「そこまでは内緒よ」
澄まし顔で答えるパチュリー。
それは残念。
「そういうレミィは大妖精とはどうなのよ」
「え、私? 私は随分進展したわよ」
手なんて自然に繋げるようになったわ。……ちょっと、何でそこで笑うのよ。
「ええ、そうね。あなたにしては随分な進歩ね」
「……バカにされてる気分だわ」
「そんなこと無いわよ。素敵なことじゃない」
パチュリーのグラスにワインを注ぐ。
「ところでパチェ、その人形は何?」
一口グラスをあおって、私はパチュリーの帽子の上に乗った人形を指差した。
「これは先日、アリスに貰ったのよ。以前、魔理沙が地底に持って行った人形と作りは同じものね」
レーザー撃ったり会話したりしていたやつかしら。話でしか聞いたことないけれど。
あれ?
「ねえ、それじゃあ今の会話もその人形を介して筒抜けってことじゃないの?」
「この人形は魔力を込めないと通信は出来ないの。今は魔力を込めていないから繋がっていないわ」
「ふーん、そうなの。だったら繋がっている時は毎夜アリスと愛を語らっているというわけね」
「別にそんな色っぽい話なんて無いわよ。魔法実験の意見交換ばかり」
言ってワイングラスに口を付ける彼女の姿はどこか哀愁が漂っていた。
アリスも大ちゃんと一緒で、鈍いところがあるものね。
パチュリーのグラスにワインを注ぐ。
「……私はレミィがあの娘を連れて来た時は、咲夜をメイドにすると言い出した時と同じくらい驚いたわ」
唐突に切り出したパチュリーの話に、私は黙って耳を傾ける。
彼女の言う『あの娘』は大妖精のことを言っているのだろう。
「ねえレミィ、何で大妖精を雇おうなんて思ったの?」
「……一目惚れ。陳腐だけど、それが一番しっくりくるかしらね」
理屈じゃなくて、ただただ綺麗で、目にした瞬間に私の物にしたいと思ってしまった。
まあ、思った以上に鈍感な娘だったけど。
「あなたのそんな顔が見られるなんて思わなかったわ」
「どんな顔よ」
「乙女な顔しているわ」
私を見るその顔は優しげだ。
まあ、私だって恋する乙女ですから。
「その気持ちが通じると良いわね」
「あなたもね、パチェ」
一緒にグラスをあおって、自身と同じ魔女に恋した魔女と、妖精に恋した吸血鬼、ふたりで笑い合う。
邪魔する者も無く、ふたりだけの時間はのんびりと過ぎていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
突然、パチュリー様から一晩の暇を出された私は、魔理沙とミスティアの屋台で一緒に飲んで、空が白み始める頃図書館へと戻って来た。
「これはこれは」
思わず呟いて笑みを溢した私の目の前には、椅子を横にくっつけてパチュリー様に寄り掛かるようにして肩に頭を乗せるレミリア様と、一緒に眠るパチュリー様の姿だった。
「こうしていると、まるで仲の良い姉妹の様ね」
テーブルの上には空になったグラスとワインボトル。
それらを片付けてから、ぐっすりと眠るおふたりの姿を心のフォルダーに納めて、図書館内に設けられている私の部屋に戻る。大きめのブランケットをタンスの中から見つけ出し、それを持っておふたりの元まで戻ると、起こしてしまわないようにそっとおふたりに掛けた。
「……さて、本日もお仕事を始めましょうか」
大きく伸びを一つ。
それから、図書館の端に積まれた整理されてない本の山々から一山を台車に載せて、私は鼻歌混じりに書架の森へと足を踏み出した。
END
天井から吊るされた燭台に灯る火が薄ぼんやりと辺りを照らす。
奥まで歩を進めて、はたしてそこにいた人物に私は声をかける。
「やあパチェ」
「あら、何か用かしらレミィ」
何時ものように椅子に腰掛け、テーブルの上に浮かべた光球の明かりを頼りに、本を読む友人は本から視線を外すこと無く返事を返す。
パチュリーの魔法を使って引かれた対面の椅子に腰掛ける。
「なに、たまにはふたりで飲むのも良いんじゃないかと思って」
私の掲げた両手にはワインボトルが一本と、ワイングラスが二つ。
チラリと私へと視線を向けた後、パチュリーは掛けていた眼鏡を外すと、本を閉じた。しがみつくような格好で彼女の帽子の上に乗っていた小さな人形が揺れる。
「……あなたは何時も突然ね」
「そう言いながら、予め小悪魔を下がらせている辺り、理解しているじゃない」
「どれだけ友人やっていると思ってるのよ」
この図書館を訪れてから、いつもなら直ぐに飛んでくるはずの小悪魔の姿を見ていないのはつまりはそういうこと。大方暇でも出したのだろう。
薄く笑って、彼女は私の差し出したグラスを受け取る。
そのグラスに作法も気にせず、無造作に血のように赤いワインを注ぐ。
私のグラスにはパチュリーが注ぐ。
テーブルの中央にボトルを置いて、ふたりでグラスを軽く持ち上げる。
好きな相手は出来ても、変わらない友情に。
「パチェは最近はアリスとはどうなんだ?」
グラスに注いだワインが半分ほど減ってきた頃、パチュリーに話しかける。
「何時も通りよ。魔法の研究したり、お茶したり」
「なあに、進展は無しなの?」
「そこまでは内緒よ」
澄まし顔で答えるパチュリー。
それは残念。
「そういうレミィは大妖精とはどうなのよ」
「え、私? 私は随分進展したわよ」
手なんて自然に繋げるようになったわ。……ちょっと、何でそこで笑うのよ。
「ええ、そうね。あなたにしては随分な進歩ね」
「……バカにされてる気分だわ」
「そんなこと無いわよ。素敵なことじゃない」
パチュリーのグラスにワインを注ぐ。
「ところでパチェ、その人形は何?」
一口グラスをあおって、私はパチュリーの帽子の上に乗った人形を指差した。
「これは先日、アリスに貰ったのよ。以前、魔理沙が地底に持って行った人形と作りは同じものね」
レーザー撃ったり会話したりしていたやつかしら。話でしか聞いたことないけれど。
あれ?
「ねえ、それじゃあ今の会話もその人形を介して筒抜けってことじゃないの?」
「この人形は魔力を込めないと通信は出来ないの。今は魔力を込めていないから繋がっていないわ」
「ふーん、そうなの。だったら繋がっている時は毎夜アリスと愛を語らっているというわけね」
「別にそんな色っぽい話なんて無いわよ。魔法実験の意見交換ばかり」
言ってワイングラスに口を付ける彼女の姿はどこか哀愁が漂っていた。
アリスも大ちゃんと一緒で、鈍いところがあるものね。
パチュリーのグラスにワインを注ぐ。
「……私はレミィがあの娘を連れて来た時は、咲夜をメイドにすると言い出した時と同じくらい驚いたわ」
唐突に切り出したパチュリーの話に、私は黙って耳を傾ける。
彼女の言う『あの娘』は大妖精のことを言っているのだろう。
「ねえレミィ、何で大妖精を雇おうなんて思ったの?」
「……一目惚れ。陳腐だけど、それが一番しっくりくるかしらね」
理屈じゃなくて、ただただ綺麗で、目にした瞬間に私の物にしたいと思ってしまった。
まあ、思った以上に鈍感な娘だったけど。
「あなたのそんな顔が見られるなんて思わなかったわ」
「どんな顔よ」
「乙女な顔しているわ」
私を見るその顔は優しげだ。
まあ、私だって恋する乙女ですから。
「その気持ちが通じると良いわね」
「あなたもね、パチェ」
一緒にグラスをあおって、自身と同じ魔女に恋した魔女と、妖精に恋した吸血鬼、ふたりで笑い合う。
邪魔する者も無く、ふたりだけの時間はのんびりと過ぎていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
突然、パチュリー様から一晩の暇を出された私は、魔理沙とミスティアの屋台で一緒に飲んで、空が白み始める頃図書館へと戻って来た。
「これはこれは」
思わず呟いて笑みを溢した私の目の前には、椅子を横にくっつけてパチュリー様に寄り掛かるようにして肩に頭を乗せるレミリア様と、一緒に眠るパチュリー様の姿だった。
「こうしていると、まるで仲の良い姉妹の様ね」
テーブルの上には空になったグラスとワインボトル。
それらを片付けてから、ぐっすりと眠るおふたりの姿を心のフォルダーに納めて、図書館内に設けられている私の部屋に戻る。大きめのブランケットをタンスの中から見つけ出し、それを持っておふたりの元まで戻ると、起こしてしまわないようにそっとおふたりに掛けた。
「……さて、本日もお仕事を始めましょうか」
大きく伸びを一つ。
それから、図書館の端に積まれた整理されてない本の山々から一山を台車に載せて、私は鼻歌混じりに書架の森へと足を踏み出した。
END