春、妖怪の山の麓、天狗の領域に近い所に、のんびりとした歌声が響き渡る。
「疾風になれ~♪ 舞い踊れ~♪ 闇を~引き裂いて~♪」
哨戒中の白狼天狗、犬走椛は、最近知った歌を口ずさみながらふらふら飛んでいた。
哨戒といっても特定のエリアを警戒するには能力だけでも余り有る程度の範囲であり、忙しく飛び回る必要も無い。
千里眼を持つ椛にしてみれば、割と自由に散策しているだけにも近かった。忠実だが真面目とは限らない。
「よっ……と」
そのエリアの端っこ――最も山から遠い森の中まで来て、椛は着地する。
哨戒中のしばしの休憩といった所なのか、手ごろな丸太の上に腰掛けて、脚をぶらぶらさせてくつろぎ始める。
全く警戒していない訳でもないが、そこまで気を張り詰める必要も無かった。
森を抜ける暖かな風に包まれて、椛は眠たげに眼を擦る。
いっその事このまま一眠りしてしまおうか、椛はそんな事さえぼんやりと考え始めて居た。
「……?」
何かに気付いて、椛が顔を上げる。
辺りを見回すが、立ち並ぶ樹が邪魔をする。千里眼を通しても、その何かが何処に有るのかも分からない。
その何かは、匂いだった。
まるで花の様な自然の香りが、風に乗って何処かから椛の所へ漂う。その優しい匂いは、椛の興味を惹くのに十分過ぎた。
もう一度、風が通る。再び香る、花の様な匂い。
その甘い香りに誘われて、椛は風上の方へと歩き始める。
奥へ奥へ、遂には森を抜けて、その先に広がる花畑へと、椛は足を踏み入れた。
「……たまたま興味を持ったから、それだけ?」
「はい、誓ってそれだけです」
その椛が、花畑の主こと風見幽香の前で正座を強制されるまで、さほど時間はかからなかった。
白狼天狗は眼も耳も鼻も効き、この近くを通った時にたまたま風に乗った香りが、椛の鼻をくすぐったからなのだった。
「まあ、花を傷つけないのなら構わないけれど。天狗の仕事は良いのかしら?」
「大丈夫です。あまり長居はしないと思いますから」
予想外の幽香の優しさに拍子抜けしていたが、おかげで椛はすぐに慣れる事が出来た。
話す間にも椛の眼は忙しなく動き回り、何かを探しているように鼻をふんふんいわせていた。
「うーん……」
「何か探しているの?」
一人首を傾げる椛に、幽香が聞く。
「ああ……その、花を探しているんです」
「花?」
こくりと椛が頷く。
この花畑を訪れた理由であるその匂いが、今はほとんどしていないらしく、椛の鼻をもってしても、何の匂いなのか特定できていなかった。
「ふーん……どんな花なのかは分かる?」
「何と言いますか……凄く心地良くて、落ち着く匂いのする花でした」
「うーん、それだけじゃ、よく分からないわねぇ」
「すみません。感情的に覚えていたもので、細かい事までは……」
今度は二人して腕を組み、首を傾げる。
フラワーマスターとして名高い幽香も、ここまで曖昧な言葉だけでは、どの花の匂いなのか、特定しきれない。
「それじゃあ……少し、この花畑を見て回っても良いですか?」
遠くで駄目なら近くで探すと、椛が幽香に言う。
「ええ、良いわよ。花に悪戯をしたりしなければね」
幽香にしても、それを拒む理由は無い。
ありがとうございます、と椛は一礼し、少し楽しそうに花畑の中へと歩いていく。
幽香は、その椛の姿が花の陰に隠れるまで、じっと見つめていた。
「……」
ふと、幽香は自分の両手の平に視線を落とす。
何処か寂しさの残る瞳を、何も無い手の平に、じっと向けていた。
色とりどりの花々の隙間を、椛は花を傷つけないよう慎重に掻き分けて進む。
自分の背丈に近い高さに開く花は、一つ一つが微かに違う香りを放ち、椛を優しく迎え入れていた。
「良いなぁ、ここ」
鼻の利く白狼天狗だからこそ、花の香は特に強く残るのだろう。
時々立ち止まっては、手近な花に顔を寄せて、漂う花の香りにうっとりと頬を緩ませている。
しかし、椛の目的は、その中でも特に椛の気を惹いた香りだった。
確かにここには沢山の花と、芳しい香りが一面に広がっていて、それだけでも十分に素敵な場所ではあった。
比べるものではないが、どうしても椛の中では、その香りの事が離れなかった。
「……見付かりませんでした」
花畑を一周した椛は、残念そうに項垂れた。
「そう。 本当に、匂いだけしか覚えてないの?」
椛は強く頷き、此処に来た理由を初めから辿って説明する。
「私が此処に来たのは、心地良い匂いがしたからでした。それはきっと、この花畑の花の匂いだと思うんです。
それが、見付からないんです。 花畑中を探しましたけど、その花の匂いが見付かりませんでした」
椛にはその匂いのする花が分からず、幽香にはその匂いが何なのかが分からない。
「そう、それは困ったわね……」
せめてもう一度その香りが漂えば、椛も何かを掴めるのかもしれない。
そんな事を考えつつも、その元が何なのか分からない以上、手詰まりを感じていた。
その時、ひゅう、とそよ風が花々を撫でた。
「――あっ」
途端、椛の犬耳が逆立つ。
そして、椛はふらふらと幽香に歩み寄って、
「えっ、えっ? えっ?」
狼狽する幽香の胸元に、椛は強く頭を埋めた。
「……この匂いです」
ふんふんと幽香の香りを確認して、わん、と一声。
どこか本能を刺激するものでも有ったのか、犬耳や尻尾がばたばたと揺れている。
「――――~~~~!!」
流石の大妖怪も、ここまで直球に甘えられる事には慣れていないのか、顔を真っ赤に染めて硬直していた。
小動物の様に擦り寄ってくる椛を突き放す事も出来ず、ただじっと耐え続けている。
もしもこの近くに鴉天狗でも居ようものなら、その鴉天狗は特大ニュースを手に入れるか、命を落とすかのどちらかだろう。
「んぅ……ふんふん」
「あうああぁ……」
ふにゅふにゅうりうり、白狼天狗の姿は何処へやら。
我を忘れて耽る様は、凄まじく、子犬だった。
「……ね、ねえ」
少しして、幽香がようやく声をかけた。
それに気付いて、椛は慌てて飛びずさり、地に叩き付けんばかりに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! 幽香さんの匂いが凄く心地良くて、ついっ!」
「あ、あう……」
怒って良いのか喜んで良いのか、謎の状況に幽香は返事を詰まらせる。
あわや、椛が刀を抜きそうになった所で幽香が我に返る。
「ちょっ、や、やめなさい!」
あわや自刃しかけている椛の腕を掴み、無理矢理引き止める。
「べ、別に匂いくらいは構わないけど、こんな人目に付く所ではしないで欲しいのよ」
「えっ……?」
構わない。幽香は確かに、椛にそう告げた。
「良いん、ですか?」
「……良いわよ。でも、その代わり」
顔の赤みを一層増して幽香は俯き気味に言葉を絞り出す。
「……その耳と尻尾、触らせてもらえないかしら」
白狼天狗にも微かにしか聞こえないような小さな声が、椛の耳だけに届いた。
予想外の提案に、椛も眼を見開く。
幽香は真っ赤な顔を椛から逸らして、自分が今伝えた言葉の意味と感情、そしてその結果とを、必死に押さえ込んでいた。
それはまるで、大妖怪・風見幽香の心が、二つに分かれて争っているかの様であった。
『子犬を触りたいけど触れない』
風見幽香がそんな苦悩を抱え始めたのは何時の日か。
妖怪として気高く、孤高に行き抜く彼女の事を恐れ、彼女を大妖怪と渾名す者は数多い。
そのイメージは幽香の手を離れて一人歩きし始め、尾ひれが幾重にも重なり、気付いた時には幽香へのイメージは彼女自身を殺すに至った。
大妖怪として恐れられる存在、風見幽香。しかし彼女は、風見幽香。
大妖怪という偶像を捨てる幽香、その姿には、かねてからの望みへと必死に手を伸ばし続ける、彼女の本心が有った。
「……はい」
その想いを感じたか、椛もまた、頬を紅に染めて頷く。
そして今度はゆっくりと、風見幽香の背中に手を回して、尻尾を幽香に向けて振り上げた。
「……」
幽香は、何も喋らなかった。口を開けば、ボロが出そうだった。
代わりに、右手を撫でる椛の尻尾を、おそるおそる摘む。
「ッ……!」
ぴく、と椛の体が強張り、すぐにまたふやけていった。先程より強く、幽香の身体に顔を押し付けて。
幽香も、今度はより慎重に椛の尻尾を右手で包み、さわさわと撫でる。
ついでに、空いた左手が椛の頭を撫で、三角形に突き出た耳に、ちょんと触れた。
「ぁぁぁぁぁぁぁ……」
感無量、という表現ですら足りない。
長年抑圧してきた感情と鬱憤とを、纏めて打ち払ったかの様な開放感。それが全て、椛の耳と尻尾から伝い幽香の身体を満たす。
夢中になって触り続ける幽香の心境は、どれ程幸せに蕩けていただろうか。
広い花畑に二人、抱き合い押し合い身体を寄せて、お互いの心を癒していた。
その甘美な時間は、椛の哨戒時間の終了をもって終わりを迎えた。
可能な限りギリギリまで重ねていた二人の体が、少しずつ離れて行く。
空に風は無い、もう手の届く所に無い、それが二人にとってたまらなく寂しく、また、切なかった。
「……また、来てくれる?」
花畑に背を向けて任務に戻ろうとする椛の背中に、幽香が聞く。
椛は耳や首元まで真っ赤になった顔で一度だけ頷いて、森の中へと消えていった。
一人残った幽香は、椛の後姿が見えなくなったのを確認して、天を仰いだ。
大妖怪の本当の心をさらけ出す事が、幽香にとってどれ程の救いになったのだろう。
「あぁ……!」
その表情は一点の曇りも無く、空の様に晴れていた。
明くる日、幽香はまた、同じ花畑を訪れていた。
昨日と同じ頃、同じ場所に佇み、風を待つ。想いに焦がれる乙女の様に、期待に胸を躍らせる。
広い花畑に唯一の大輪は、花の香を湛えてその時を待っていた。
「……あっ」
微かな声に幽香が振り向くと、その先の木々の隙間に、昨日と同じ姿が在った。
赤らめた顔に恥ずかしげな笑顔を浮かべて、耳と尻尾は嬉しそうにぱたぱたと踊る。
風が吹かずとも、白い彼女は花畑に誘われていたのだった。
「疾風になれ~♪ 舞い踊れ~♪ 闇を~引き裂いて~♪」
哨戒中の白狼天狗、犬走椛は、最近知った歌を口ずさみながらふらふら飛んでいた。
哨戒といっても特定のエリアを警戒するには能力だけでも余り有る程度の範囲であり、忙しく飛び回る必要も無い。
千里眼を持つ椛にしてみれば、割と自由に散策しているだけにも近かった。忠実だが真面目とは限らない。
「よっ……と」
そのエリアの端っこ――最も山から遠い森の中まで来て、椛は着地する。
哨戒中のしばしの休憩といった所なのか、手ごろな丸太の上に腰掛けて、脚をぶらぶらさせてくつろぎ始める。
全く警戒していない訳でもないが、そこまで気を張り詰める必要も無かった。
森を抜ける暖かな風に包まれて、椛は眠たげに眼を擦る。
いっその事このまま一眠りしてしまおうか、椛はそんな事さえぼんやりと考え始めて居た。
「……?」
何かに気付いて、椛が顔を上げる。
辺りを見回すが、立ち並ぶ樹が邪魔をする。千里眼を通しても、その何かが何処に有るのかも分からない。
その何かは、匂いだった。
まるで花の様な自然の香りが、風に乗って何処かから椛の所へ漂う。その優しい匂いは、椛の興味を惹くのに十分過ぎた。
もう一度、風が通る。再び香る、花の様な匂い。
その甘い香りに誘われて、椛は風上の方へと歩き始める。
奥へ奥へ、遂には森を抜けて、その先に広がる花畑へと、椛は足を踏み入れた。
「……たまたま興味を持ったから、それだけ?」
「はい、誓ってそれだけです」
その椛が、花畑の主こと風見幽香の前で正座を強制されるまで、さほど時間はかからなかった。
白狼天狗は眼も耳も鼻も効き、この近くを通った時にたまたま風に乗った香りが、椛の鼻をくすぐったからなのだった。
「まあ、花を傷つけないのなら構わないけれど。天狗の仕事は良いのかしら?」
「大丈夫です。あまり長居はしないと思いますから」
予想外の幽香の優しさに拍子抜けしていたが、おかげで椛はすぐに慣れる事が出来た。
話す間にも椛の眼は忙しなく動き回り、何かを探しているように鼻をふんふんいわせていた。
「うーん……」
「何か探しているの?」
一人首を傾げる椛に、幽香が聞く。
「ああ……その、花を探しているんです」
「花?」
こくりと椛が頷く。
この花畑を訪れた理由であるその匂いが、今はほとんどしていないらしく、椛の鼻をもってしても、何の匂いなのか特定できていなかった。
「ふーん……どんな花なのかは分かる?」
「何と言いますか……凄く心地良くて、落ち着く匂いのする花でした」
「うーん、それだけじゃ、よく分からないわねぇ」
「すみません。感情的に覚えていたもので、細かい事までは……」
今度は二人して腕を組み、首を傾げる。
フラワーマスターとして名高い幽香も、ここまで曖昧な言葉だけでは、どの花の匂いなのか、特定しきれない。
「それじゃあ……少し、この花畑を見て回っても良いですか?」
遠くで駄目なら近くで探すと、椛が幽香に言う。
「ええ、良いわよ。花に悪戯をしたりしなければね」
幽香にしても、それを拒む理由は無い。
ありがとうございます、と椛は一礼し、少し楽しそうに花畑の中へと歩いていく。
幽香は、その椛の姿が花の陰に隠れるまで、じっと見つめていた。
「……」
ふと、幽香は自分の両手の平に視線を落とす。
何処か寂しさの残る瞳を、何も無い手の平に、じっと向けていた。
色とりどりの花々の隙間を、椛は花を傷つけないよう慎重に掻き分けて進む。
自分の背丈に近い高さに開く花は、一つ一つが微かに違う香りを放ち、椛を優しく迎え入れていた。
「良いなぁ、ここ」
鼻の利く白狼天狗だからこそ、花の香は特に強く残るのだろう。
時々立ち止まっては、手近な花に顔を寄せて、漂う花の香りにうっとりと頬を緩ませている。
しかし、椛の目的は、その中でも特に椛の気を惹いた香りだった。
確かにここには沢山の花と、芳しい香りが一面に広がっていて、それだけでも十分に素敵な場所ではあった。
比べるものではないが、どうしても椛の中では、その香りの事が離れなかった。
「……見付かりませんでした」
花畑を一周した椛は、残念そうに項垂れた。
「そう。 本当に、匂いだけしか覚えてないの?」
椛は強く頷き、此処に来た理由を初めから辿って説明する。
「私が此処に来たのは、心地良い匂いがしたからでした。それはきっと、この花畑の花の匂いだと思うんです。
それが、見付からないんです。 花畑中を探しましたけど、その花の匂いが見付かりませんでした」
椛にはその匂いのする花が分からず、幽香にはその匂いが何なのかが分からない。
「そう、それは困ったわね……」
せめてもう一度その香りが漂えば、椛も何かを掴めるのかもしれない。
そんな事を考えつつも、その元が何なのか分からない以上、手詰まりを感じていた。
その時、ひゅう、とそよ風が花々を撫でた。
「――あっ」
途端、椛の犬耳が逆立つ。
そして、椛はふらふらと幽香に歩み寄って、
「えっ、えっ? えっ?」
狼狽する幽香の胸元に、椛は強く頭を埋めた。
「……この匂いです」
ふんふんと幽香の香りを確認して、わん、と一声。
どこか本能を刺激するものでも有ったのか、犬耳や尻尾がばたばたと揺れている。
「――――~~~~!!」
流石の大妖怪も、ここまで直球に甘えられる事には慣れていないのか、顔を真っ赤に染めて硬直していた。
小動物の様に擦り寄ってくる椛を突き放す事も出来ず、ただじっと耐え続けている。
もしもこの近くに鴉天狗でも居ようものなら、その鴉天狗は特大ニュースを手に入れるか、命を落とすかのどちらかだろう。
「んぅ……ふんふん」
「あうああぁ……」
ふにゅふにゅうりうり、白狼天狗の姿は何処へやら。
我を忘れて耽る様は、凄まじく、子犬だった。
「……ね、ねえ」
少しして、幽香がようやく声をかけた。
それに気付いて、椛は慌てて飛びずさり、地に叩き付けんばかりに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! 幽香さんの匂いが凄く心地良くて、ついっ!」
「あ、あう……」
怒って良いのか喜んで良いのか、謎の状況に幽香は返事を詰まらせる。
あわや、椛が刀を抜きそうになった所で幽香が我に返る。
「ちょっ、や、やめなさい!」
あわや自刃しかけている椛の腕を掴み、無理矢理引き止める。
「べ、別に匂いくらいは構わないけど、こんな人目に付く所ではしないで欲しいのよ」
「えっ……?」
構わない。幽香は確かに、椛にそう告げた。
「良いん、ですか?」
「……良いわよ。でも、その代わり」
顔の赤みを一層増して幽香は俯き気味に言葉を絞り出す。
「……その耳と尻尾、触らせてもらえないかしら」
白狼天狗にも微かにしか聞こえないような小さな声が、椛の耳だけに届いた。
予想外の提案に、椛も眼を見開く。
幽香は真っ赤な顔を椛から逸らして、自分が今伝えた言葉の意味と感情、そしてその結果とを、必死に押さえ込んでいた。
それはまるで、大妖怪・風見幽香の心が、二つに分かれて争っているかの様であった。
『子犬を触りたいけど触れない』
風見幽香がそんな苦悩を抱え始めたのは何時の日か。
妖怪として気高く、孤高に行き抜く彼女の事を恐れ、彼女を大妖怪と渾名す者は数多い。
そのイメージは幽香の手を離れて一人歩きし始め、尾ひれが幾重にも重なり、気付いた時には幽香へのイメージは彼女自身を殺すに至った。
大妖怪として恐れられる存在、風見幽香。しかし彼女は、風見幽香。
大妖怪という偶像を捨てる幽香、その姿には、かねてからの望みへと必死に手を伸ばし続ける、彼女の本心が有った。
「……はい」
その想いを感じたか、椛もまた、頬を紅に染めて頷く。
そして今度はゆっくりと、風見幽香の背中に手を回して、尻尾を幽香に向けて振り上げた。
「……」
幽香は、何も喋らなかった。口を開けば、ボロが出そうだった。
代わりに、右手を撫でる椛の尻尾を、おそるおそる摘む。
「ッ……!」
ぴく、と椛の体が強張り、すぐにまたふやけていった。先程より強く、幽香の身体に顔を押し付けて。
幽香も、今度はより慎重に椛の尻尾を右手で包み、さわさわと撫でる。
ついでに、空いた左手が椛の頭を撫で、三角形に突き出た耳に、ちょんと触れた。
「ぁぁぁぁぁぁぁ……」
感無量、という表現ですら足りない。
長年抑圧してきた感情と鬱憤とを、纏めて打ち払ったかの様な開放感。それが全て、椛の耳と尻尾から伝い幽香の身体を満たす。
夢中になって触り続ける幽香の心境は、どれ程幸せに蕩けていただろうか。
広い花畑に二人、抱き合い押し合い身体を寄せて、お互いの心を癒していた。
その甘美な時間は、椛の哨戒時間の終了をもって終わりを迎えた。
可能な限りギリギリまで重ねていた二人の体が、少しずつ離れて行く。
空に風は無い、もう手の届く所に無い、それが二人にとってたまらなく寂しく、また、切なかった。
「……また、来てくれる?」
花畑に背を向けて任務に戻ろうとする椛の背中に、幽香が聞く。
椛は耳や首元まで真っ赤になった顔で一度だけ頷いて、森の中へと消えていった。
一人残った幽香は、椛の後姿が見えなくなったのを確認して、天を仰いだ。
大妖怪の本当の心をさらけ出す事が、幽香にとってどれ程の救いになったのだろう。
「あぁ……!」
その表情は一点の曇りも無く、空の様に晴れていた。
明くる日、幽香はまた、同じ花畑を訪れていた。
昨日と同じ頃、同じ場所に佇み、風を待つ。想いに焦がれる乙女の様に、期待に胸を躍らせる。
広い花畑に唯一の大輪は、花の香を湛えてその時を待っていた。
「……あっ」
微かな声に幽香が振り向くと、その先の木々の隙間に、昨日と同じ姿が在った。
赤らめた顔に恥ずかしげな笑顔を浮かべて、耳と尻尾は嬉しそうにぱたぱたと踊る。
風が吹かずとも、白い彼女は花畑に誘われていたのだった。
この組み合わせは初めて見た気がしますが意外としっくりきますね。
毎日花畑で抱き合う二人とか想像すると素敵な絵だ。
子犬に触りたいけど触れないとか可愛すぎる
その先にあるのは破滅だけと知りつつも埋めたい、顔を。
作者様の思惑に乗るのはちと癪ではあるが、これは悶えざるを得ない。
食虫植物のような作品だ。
突然の展開には吹きそうになりましたけど。
甘すぎて砂糖吐きそうだばぁ
何という子犬
猫派の自分さえ心が揺らいだ
甘すぎる…
ゆかもみありがとうございました
最初の歌って遊戯王5D'sのOP?
そして子犬もみもみ・・・恐ろしい殺人兵器だぜ
ただ、この後は天狗とフラワーマスターの最終戦争しか幻視できないんだがw
ゆかもみもアリですね
そして2人とも反則的に可愛いなコンチクショウ!
素晴らしい幽香さんでした