紅魔館の午後。
食後にゆっくりと紅茶を飲むその館の吸血鬼の姿がある。
傍らにはメイドを従え、優雅に、しかし吸血鬼らしい怜悧とした佇まいで口に運ぶ。
「咲夜、美味しいわ。」
「ありがとうございます。」
館の主、レミリア・スカーレットは腹心の部下である十六夜咲夜に紅茶の感想を言った。それに対して、咲夜は軽く会釈をしつつ、礼を述べた。
「やさしい味ね。」
「え?」
レミリアの一言に咲夜は頭をあげる。
「とてもやさしい味だわ。飲んでいて落ち着くもの。」
「お嬢様・・・。」
レミリアの他意の感じられない言葉に、思わず主を見上げて目を潤わせる咲夜だった。
レミリアが静かにお茶を飲んでいるところへ、美鈴が走ってきた。いや、その様相はむしろ逃げてきたといった方が正しかった。
「ひぇえええええええええ!フラン様―!もう勘弁してくださーい!」
「まってぇええええええ!めーりーん!もっとあそぼー!」
美鈴の後をレミリアの妹、フランドールが追いかけてきた。
手からは弾幕を放ちながら飛んできている。
「あ、お嬢様!醜態をさらしてすみません!ひえええええええ!ちょ、弾幕多いー!」
美鈴は勝手にレミリアの部屋に入った非礼を詫びつつも、フランドールからの弾幕に逃れるのに必死だった。
「お姉さま!またねー!」
元気に姉に挨拶して、美鈴の後を追っていくフランドール。
そんな彼女たちを見たレミリアはしみじみとしながら言った。
「フランの精神もだいぶ落ち着いてきたわね。以前は本当になんでも破壊しようとしていたけれど、いまではあんなに無邪気にたわむれることすらできるようになったんだもの。私まで嬉しくなるわ。」
「本当によかったと思います。私もとてもうれしいですが、なにより一番よろこんでおられるのは妹様ご自身でしょうね。」
2人とも明るい表情でフランドールの精神が落ち着いてきたことを祝い合った。
「本当に・・・咲夜には感謝しているわ。」
「え?」
急にいつもの怜悧な声に戻ったレミリアに、咲夜は動揺した。
レミリアはそんな咲夜の方を向くと、言葉を続けた。
「あなたがここに来て、美味しい料理を作ってくれたり、妖精たちと楽しそうに家事をしてくれたおかげで皆の心に余裕が生まれたと思うわ。」
「そ、そんなっ!」
照れる咲夜を見たレミリアは、顔をほころばせると咲夜の手を握り締めた。
「あなたがいるから、フランもああして元気になったのよ。ありがとう!」
「そ、そんな・・・。みんなで力を合わせたからこそ、ここまでこれたのです。」
「もう。相変わらず咲夜は謙遜ね。でもそこが可愛いわ。」
誉め讃えられた咲夜は照れながらも、今日の平穏は自分の力だけではないことを告げる。そんな彼女が可愛くなったのか、レミリアは笑顔になって咲夜に言った。
「ひぇ~。」
「また悲鳴?」
今度聞こえてきた悲鳴は、危機を感じたことによるものではなく、情けなさを連想させるものだった。
その声のする方向を2人は向いたが、そこで信じられない光景を見た。
小悪魔が目隠しをしてうろついているのである。
「ほら、こあ。頑張って。」
その後からパチュリーがついてきた。なにやら指示を出しているようだ。
「あら、パッチェ。これは一体なにをやっているの?」
「視界を防ぐことにより霊力を高める訓練方法を書物から見つけたの。いまそれをこあで実践中よ。」
興味津津といった様子で聞いてきたレミリアに、パチュリーはなにも臆することなく平然と答えた。
「それ・・・小悪魔にいたずらをして楽しんでるようにしか見えないけど?」
ありのままの感想を言ったレミリアに向かって、パチュリーはやや怒りながら、
「失礼ね、レミィ。この訓練方法は図書館にある古い本の中でも、かなりの歴史を持つ本の中から発見した方法なのよ。それがただのおふざけにみえると・・・。」
パチュリーが途中まで言いかけたところで、彼女の後ろの方から鈍い、なにかがぶつかったような音がした。
パチュリー、レミリア、咲夜がその方向を向くと、そこには額にたんこぶをつくって倒れている小悪魔の姿があった。
「きゃあ!小悪魔、大丈夫?」
そう言うやいなやパチュリーは、日ごろの喘息を疑わせるほどに軽々と小悪魔を持ち上げて肩に乗せた。そして、彼女の治療をするからと言って、そそくさとその場を後にした。
「なんだか、今日はみんなせわしないわねぇ。」
立ち去っていくパチュリーたちを見て、レミリアはしみじみとしながら言った。
「本当ですねぇ。」
咲夜もしみじみとしながらそれに答える。
「それにしても・・・以前はこういう生活を送ることができるとは、想像もうできなかったわ。」
レミリアは窓の方を向いて語り出した。
「あの頃・・・咲夜がここに来た頃は、吸血鬼は異端の存在として狩り対象だったわね。多くの同胞が消されていったわ・・・。咲夜。初めて会ったあなたもそうだったわね。」
「お、お嬢様。その話は・・・。」
過去に触れられた咲夜は、遠慮がちになりながらもレミリアに話を制止するように求めた。
「ごめんなさいね。そんなつもりじゃなかったの。でも、あの時のあなたの眼・・・今でも忘れないわ。高潔で誇り高く、そして己の信念を貫き通す力を宿した瞳。一瞬でそれがわかったわ。だからあなたの運命を変えてまで、一緒にいてほしくなったのよ。」
かつて吸血鬼ハンターとして自分の命を狙いに来た十六夜咲夜。
闇夜に光る銀色のナイフを手に、彼女は私の寝室までやってきた。
私も爪で応戦したが、その動きはとても人間とは思えぬほどに速く、そして美しかった。
戦いは数時間に及び、お互いに疲れがみえてきた。
私も咲夜も、お互いに次の攻撃が最後だと悟った。
そして、私の爪と彼女のナイフが交わる瞬間。
私は咲夜の瞳に魅せられた。
美しく、深く、高潔で。
それでいて、優しさを感じることができた。
その時、私は運命を操作して、彼女を右腕にした。
「お嬢様・・・。」
レミリアの言葉に、咲夜は胸がつまる思いがした。
「ね、咲夜!」
話が終わったレミリアは、とつぜん振り向き、満面の笑顔をみせる。
「あなたが毎日おいしい料理を作ってくれたり、館の掃除をしてくれたりするだけじゃなくて、みんなに優しくしてくれるからここまで楽しい毎日になったのよ。」
レミリアの無垢な少女のような笑顔を見た咲夜もまた、笑顔になった。
「お嬢様。それはお嬢様がそうしたいと思った結果です。お嬢様が楽しい日を送りたいと望んだから、この毎日があるんですよ。」
笑顔のまま、咲夜もレミリアに言った。
「そうかもね・・・。でもね、ここまでくるまでに力を使った事は一度もないわよ。」
そして、レミリアは咲夜のそばにきて、耳元に口を近付けた。
「咲夜、これからもよろしくね。」
「お嬢様・・・。」
咲夜は目に涙を浮かべながらレミリアを見た。
紅魔館の午後。
1人の吸血鬼と1人のメイドが向かい合って紅茶を飲んでいる。
2人は声を重ねて言った。
「この紅茶・・・優しい味がするわね。」