Coolier - 新生・東方創想話

彼女までの距離

2011/08/10 13:29:29
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 雲一つない澄んだ夜空に浮かんだ月だけが、夜空の下のテラスを照らしだしている。
 季節は秋――この時期に見られる大きな青白い月は優しく柔らかい光に地上に降らせ、明かりを満たしている。
 レミリア・スカーレットはそこにいた。
 彼女は大きな翼を漆黒の空へと伸ばし、気持ちよさそうに夜風と月光に晒していた。ちょうど水鳥が羽を休める為に水を浴びるように。
 そこにテラスの入り口から娘が一人やってきた。
 美しい銀髪を秋風に揺らめかせるのは、紅魔官のメイド長である十六夜咲夜だ。手には紅茶の道具を乗せた盆を持っている。

「お嬢様、紅茶をお持ち致しました」

 咲夜がテラスに備え付けられたテーブルの一つにティーポットとカップを乗せる。
 レミリアは咲夜の方を向くと、微笑みながら言った。

「ありがとう――今日はもう休んでいいわ咲夜。人間の貴女にこの秋の夜風は体に良くないもの」

 しかし、レミリアの言葉に咲夜は首を横に振る。

「いえ勝手ながら、もう少しだけご一緒させて頂きますわ。だって、こんなに月が綺麗なんですもの」
「そう、好きになさい」
 
 そう言ってレミリアは伸ばしていた翼を優雅に畳むとテラスの椅子に腰かける。
 咲夜が紅茶をカップに注ぎながらこう言った。

「いい夜ですね。お嬢様」
「そうね。今夜はいい月だわ。月光浴にはもってこいよ」

 さっそく紅茶の満たされたカップをレミリアが口へと傾ける。

「でも、今夜が満月でないのが残念ですね」

 今夜は満月ではない。満月は昨日であり、今日の月は少し欠けている。
 その咲夜の言葉に、レミリアはふふんと、鼻を鳴らした。さながら風情の判らない子供をたしなめるように。

「満月で無いからこそ、余計にいいのよ。少し欠けてる位がちょうど良いの。いくら吸血鬼でも、満月の光は少し眩しすぎるもの」
「そういうものなのですか?」
「そういうものなのよ」

 二人はくすりと微笑む。
 その時、何故か咲夜が一瞬だけつらそうな顔したが、すぐに何でも無い風に取り澄ました。
 しかし、レミリアはその一瞬を見逃さなかった。

「……咲夜。やっぱり貴女は部屋で休みなさい」
「いえ、あともう少しだけ……」

 咲夜が言い淀みながらもそう言葉を返した。いつもの彼女を知っている者からすれば、そのような事を言い出すのは本当に珍しい事だ。他のメイドがこの場にいたらきっと耳を疑った事だろう。
 しかしレミリアは断固として譲らない。

「体調管理もメイド長である貴女の仕事の内よ。紅茶の片づけと後の雑務は他のメイドにやらせるから、貴女は休んで頂戴」
「ですが……」
「私の事は気にしなくていいわ、貴女と私とでは、体の作りも、生活のサイクルの何もかもが違う。体に無理をさせて付き合う必要はないのよ……いえ、私が無理をさせたくないの。お願いよ」

 レミリアがそう言うと咲夜は下唇をギュッと噛み、悲しさと、切なさと、口惜しさを混ぜ合わせた表情をしたあとで言った。

「……かしこまりました。では今日はこれで失礼します。お休みさないませお嬢様」

 咲夜がさっと踵を返す。彼女の歩調は淀みの無いものだったが、心の中までそうであったかはレミリアには知る由もない。
 咲夜がテラスから出たすぐ後、入口からもうひとつの声が闇の向こうから来た。

「あんな言い方をしたら、流石の咲夜でも拗ねるわよ、レミィ?」

 テラスの入り口から新たに人影が現れる。
 月光が影を照らす。そこに居たのはレミリアの親友であるパチュリー・ノーレッジだ。
 いまのやり取りを見られた格好になったレミリアはばつの悪そうな笑みを浮かべた。

「あら。奇遇ねパチェ。こんな夜更けに」
「偶には外の空気も吸わないと。埃っぽい図書館ばかりには居られないわ。喘息持ちの辛いところね」

 そう言ってパチュリーも一瞬苦笑いを浮かべる。

「なら休憩ついでに、この一人きりの夜のお茶会に付き合ってくれるかしら?」
「ええ。というより、最初からそのつもりだったんでしょ?」

 パチュリーが椅子に腰かける。レミリアが予備のカップに紅茶を注いで手渡した。

「そんな気がしていただけよ。その為に予備のカップをいつも用意させてるわけだし」
「それより咲夜をあんな風に下がらせるなんて、レミィらしくないわね」
 
 言いながらパチュリーがミルクと砂糖を紅茶に入れてかき混ぜる。
 それをどこか悲しそうな表情でレミリアは見つめていたが、少ししてからゆっくりと口を開いた。

「咲夜には無理をして欲しくないのよ。彼女は人間。どんな力を持っていてもそれは変わらないわ。それでも咲夜は、私に無理に合わせて動こうとしている。自分の能力を強引に使ってでもね。私にはそれが見ていて辛いのよ」

 さもありなんという顔でパチュリーは頷く。

「レミィが逆に気を使ってしまうというわけね」
「そう――咲夜は良くやってくれている。いえ、やり過ぎていると言ってもいい位にやってくれているのよ。でもその為に自分を犠牲にしてまで全てに完璧性を求めては欲しくないの。完璧を求めれば求めるほど、どこかで無理が出るのは当然の理。そんな事は私は求めていないし、してほしくないのよ」

 パチュリーが再び苦笑した。

「主人の難しい所ね。従者としては、主人の期待に今まで以上に応えたいと思うでしょうし、主人の方も必然と求めてしまう。でもそうすると、従者に従者自身を蔑ろにさせてしまうなんてね……」

 レミリアもつられて同じ表情になる。

「主人と従者というよりも、出来のいい娘に無理な教育をさせてるスパルタな母親みたいよ。複雑ね」
「それだけ咲夜が可愛いという事なんでしょ」
「当然。目に入れたって痛く無いわね」
「それじゃあ、まるきり親莫迦の発言だわ」
「あながち間違いじゃないのが悔しいわね。でも私にとって咲夜という子はそう言う存在なのよ」
 そう言ってレミリアはどこか悲しそうに微笑んだ。





 〝貴女と私とでは、何もかもが違う〟
 そう言われた時は、心から泣き叫びそうになった。
 自分は人間――あの人の様に夜の住人でもなければ、特別な体でもない、ただの人間でしかない。
 だからこそ、全てに人一倍の努力をしてきた。手間暇を惜しまずに。
 最初は何一つまともに出来なかったお屋敷の仕事も、今では全てを自分に任せてもらえるまでになった。
 多少の体の無理や時間の融通など、自分の能力で何とかしてきた。それよりも、仕事をより完璧にする事に時間を使った。
 あの人に――レミリアお嬢様に認めてもらうために。
 だからこそ、自分とは全てが違うと言われた時には悲しかった。自分では力不足なのかと。自分では足りないのかと。一緒には居られないのかと。
 あの人がそんなつもりで言ったのではない事は、頭では分かっている――しかし、自分の中ではどうしても納得できなかった。

 〝貴女にとって、私はどんな存在なのですか?〟

 あのとき口から出かかった言葉――最も口にしてはいけない言葉。
 もしかしたら自分はあの人にとって一介のメイドにすぎないのではないか?
 自分はもしかしたら、あの人に愛されてはいないのではないだろうか?
 不安が不安を呼んでありもしない幻想を作り出す。
 そうした負の連鎖が脳裏から振り払い、咲夜は自分の部屋を目指して歩いていた。
 今日はゆっくり休んで、明日からまたしっかりと仕事をこなさなければ。
 咲夜がそう決心した時、不意にそれは起こった。
 突然、視界がぐにゃりと歪んだかと思うと目の前が真っ暗に暗転したのだ。
 あまりの事に、最初は何が起きたのかすらも分からなかった。
 しかし、次第に体に力が入らなくなり始め、まっすぐ立てなくなり、遂にはバランスを崩して立て倒れてしまった。
 低くなった自分の視界には廊下の向こうから一人のメイドがこっちへ駆け寄って来るのが見えた。
 しかし、それが自分の元にまで駆け寄ってくる前に咲夜の意識はそこで途切れた。





 咲夜が目が覚めると、目の前にはいつも見る天井が広がっていた。
 紅魔館の中でも数少ない白い天井。すぐに自分の部屋だと知れた。
 ぼんやりとここまでの記憶をたどってみたが、倒れた所までは覚えているものの、どうして自分がここに寝かされているのかは判らなかった。
 上半身を起こした所で入口の方から声がした。

「咲夜? 目が覚めたのかしら?」

 聞き覚えのある声。それが自分の主の声であると判ってすぐにベッドから起きあがった。

「お嬢様!? なぜ私の部屋に……? 私は一体どうなったのですか?」

 レミリアは咲夜のすぐ隣まで来ると呆れたように答えた。

「……覚えてないのね。貴女はテラスから出て行ったあと、廊下で倒れていたの。見つけたメイドが私の所まで飛んできて知らせてくれたのよ。すごい熱だったから、慌ててパチェに薬を作ってもらって、貴女の部屋に寝かせたっていう訳」

 何と言うことだろう――この自分がよりによってこの人に迷惑を掛けてしまうなんて。
 情けなくなった。絶望した。今までの努力が何だったのか、今こそ疑いたくなるほどだった。
 だが、それら全てをいまは自分の中に飲み込んだ。この人の前でそんな弱音は吐きたくなかった。
 
「申し訳ありませんお嬢様。このような失態を晒してしまって……私はメイド失格です」
「本当よ。自分の体調管理もできないようじゃ、咲夜のメイドとしての評価も少し考え直さなくてはいけないわね」

 その一言で咲夜は目の前が再び真っ暗になるのを痛感した。今までどんなつらい事や仕事にも耐えてきた彼女だったが、本当にどん底に陥る感覚だった。

「そんなに本気に考えないで。冗談なんだから……」
「いえ……私の不注意でした。申し訳ありません。いま何時なのでしょうか? すぐに仕事を――」

 始めますと言ってベッドから立ちあがろうとしたが、床に立った瞬間、立ちくらみが起こりバランスを崩してしまった。
 再び倒れそうになった咲夜をレミリアが受け止める。

「ダメよ。まだ良くなったわけではないんだから。咲夜はいつも頑張りすぎるんだから、今日くらいは主人の私を頼ってもらいたいわ。このままだとメイドに重労働を押しつけてるって他のみんなに言われても言い訳ができないもの」

 そういうと、小さな体のどこにそんな力があるのか、咲夜を軽々とお姫様だっこで持ち上げるとベッドに戻し、丁寧に毛布をかけてやった。

「今日の貴女の仕事はしっかり休む事よ。それ以外のことをしてはダメ。わかった?」
「……分かりました」

 本当は今すぐにでも着替えて仕事をしたかった。これ以上自分の失態をこの人に晒す事など我慢できなかった。だが、無理に動いてまた倒れてしまっては本当に申し訳が立たない。
 少し休めばまたすぐにでも頑張れる。そう考えていると、

「貴女が勝手に抜け出して仕事をしないように私はここで見張るから。間違っても少し休んだだけで治ったとか言わないで頂戴」

 にっこりとした笑みで先に釘を刺されてしまった。
 これでは動くに動けない。

「……流石にそんな無茶は致しません」
「そう? 咲夜ったらそんな顔をしていたから」

 図星を突かれ思わず黙ってしまう。

「やっぱり図星だったみたいね」

 くすくすと笑いながらレミリアが部屋に置いてあった椅子とテーブルをベットのすぐ横に持ってきて優雅に椅子に腰掛けた。

「私が立っていたんじゃ、咲夜も気まずいでしょう?」
「はい」
「素直でよろしい――そうだ、少し待ってて頂戴。いまパチェが作ってくれた薬を持ってくるから」

 やおら立ち上がろうとしたレミリアを咲夜は言葉によって引きとめた。

「――お嬢様」
「なに?」
「私では足りないのでしょうか?」
「〝足りない〟?」

 咲夜の不可解な言葉にレミリアは眉を顰める。

「私は人間――どうやってもそれは変わりません。でも私はお嬢様と一緒の時間を生きていたい。どんな時でも離れずにずっと。ですがそれもいずれは叶わなくなります。私は人間でお嬢様は吸血鬼――時間という絶対的な物がある限り、私はいつか立ち止まってしまい、お嬢様について行く事はできなくなってしまいます」
「…………そうね。いずれはそうなると思うわ」
「だからこそ、私は決心しました。最後の瞬間までお嬢様と離れたくない。その為にはどんな努力もしてみせると」
「――ばかね。あなたきっとばかなんだわ」
 
 レミリアはそう言うと、優しく咲夜の身体を抱きしめた。

「そんなに無理しなくても、貴女には十分すぎるほど感謝しているし、認めているのよ。けれど、その為に無茶な真似をするのだけはして欲しくない。咲夜が倒れてしまっては元も子もないもの。だから咲夜には無理をして欲しくない。それは貴女のためであり、私のためなのよ」
「お嬢様……」

 〝貴女にとって、私はどんな存在なのですか?〟
  再びこの言葉が脳裏に蘇ってきた。
  まるでその答えを返すかのようにレミリアはゆっくりと言った。

「あなたは私にって掛け替えのない従者であり、大切な家族の一員よ。今までも、そしてこれからも――だからもうそんな無茶はしないで。約束してくれるわね?」
 
 そう言われた時、どっと咲夜の頬を何かが流れた。
 流れた何かが涙だと知って驚愕した。泣きたい事などないはずなのに。よりによってこの人の目の前でなんて。

「いや……こんなの……」
 
 早く止まってくれと思い、相手から離れて目を拭った。だが涙は後から後から溢れ出てくる。
 そのうち拭う事も出来ずに泣いてしまった。両手に落ちた涙はひどく温かかった。

「……私は……ここにいていいのですか?……」

 にべも無く相手は頷いた。優しい紅い目がこちらに語りかけていた。
 いいのだと。自分はここに居ていいのだと。
 再び相手に抱きついたまま咲夜はその胸の中で泣いた。小さな子どものように大きな声を上げて。





「これじゃどっちが主人でどっちが従者だか分からないわね」

 部屋に入ったパチュリーの第一声がそれだった。
 見ればベットで寝ている従者の横でせっせとリンゴを剥いてあげてる主人という構図ができあがっており、思わずそう言いたくもなるのだが。
 その肝心の主人はと言えば、今も何食わぬ顔でリンゴを器用にウサギの形に切っており、心底今の状況を楽しんでいるように思える。
 切り終わったリンゴを皿に置き、新たなリンゴを手にとってレミリアが言った。

「偶にはこういう日がってもいいと思うわない? 流石に従者に過労で倒れられては、主人の面目は丸潰れよ」
「そうね、うちの小悪魔も偶には休ませてあげないといけないのかもしれないわ。あの子も咲夜と同じで頑張りすぎる娘だから」
「咲夜の方がもっと頑張ってるわよ。きっと」
「……あなた、相当な主人莫迦ね」
「主人莫迦で結構。私はこの娘がとても可愛いのだから」
「フランよりも?」

 この質問にレミリアは顔をむっとさせる。

「妹とこの娘への愛は、何かの天秤にかける類の物ではないと言っておきましょう。〝父親と母親ではどっちが好きか?〟という質問はナンセンスだわ。パチェだってそう思ってあえて言ってるんでしょう?」
「さて、どうかしらね」
「案外いじわるなのね。パチェって」
「なんと言っても魔女ですもの」

 お互いに微笑んだ後、パチュリーが粉の入った瓶をテーブルに置いた。

「これ、追加の解熱薬ね。朝と夕日の食後に一匙、飲んでちょうだい。――じゃあ、私はもう地下に戻るわ。誰かさんがいつまで待っても薬を取りに来ないから渡しに来ただけだし。看病ももう付いてるから必要ないだろうし」

 それだけ言い残してパチュリーはそそくさと部屋を去っていった。
 再び部屋に沈黙が蘇る。
 リンゴを全て剥き終わったレミリアが一息ついてから言った。

「私もそろそろ行くわ。本当は咲夜のそばにずっといたいけど、そうしてると咲夜の方が疲れちゃうでしょうから。――リンゴは後で食べてくれればいいから、おやすみなさい咲夜。今日はゆっくり休んでね」

 ふと申し訳なさそうに咲夜が声を上げた。

「お嬢様……あの……一つだけお願いがあるのですけれど……」
「なに? 何でも言ってみて?」
「……このまま、お話しながら眠ってもいいでしょうか?」

 驚いたように目をぱちくりとさせ、レミリアが優しく答えた。

「いいわよ。あなたが眠るまでここにいて話してあげる」

 それから二人は話し続けた。
 たわいもない会話。楽しかった記憶。これからやってみたい事。お互いの夢。時は瞬く間に過ぎて行った。
 そのうち睡魔が訪れ、意識がまどろみ始めた時、無意識の中で安らぎの声を咲夜は感じた。

〝愛してるわ。私の咲夜〟
意外と早く次につなげられました。
これも随分前に書いかけていたものを掘り起こした形です。
自分のPCには書きかけの物がいっぱいあるので、早く完成させてやりたいと思うのが最近の悩みです。
その作品たちもいつか日の目を見る事ができるといいな。
ではまたどこかで、次回のお話も、かくのごとくなりますことを。
コバルトブルー
http://twitter.com/#!/cobalt_blue____
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コメント



0.840簡易評価
2.無評価コバルトブルー削除
>ミラクル
 ありがとうございます。修正いたしました。
5.100ミラクル削除
よかったです。
誤字;それだけ言いい残してパチュリーは
   それだけ言い残してパチュリーは
11.100朔盈削除
自分の好きなタイプのレミ咲でした。
おもしろかったです。
17.80葉月ヴァンホーテン削除
良いレミ咲でした。