Coolier - 新生・東方創想話

宵闇を想う

2011/08/09 23:29:49
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それは満月の夜、草木も眠る丑三つ時での事。
「こんばんは、お兄さん」
森の闇から奇妙に明るい少女の声。
「こんばんは。待たせてしまいましたか?」
答えるのは一人の青年。
「うん。今日はなにを食べさせてくれるの?」
闇の中には赤い瞳。
金色の髪に赤いリボンをつけた少女は黒のスカートを揺らしながら闇から姿を現した。
「今日は・・・」
男は彼女と出会った経緯を振り返っていた。

「すみません。こちらに来るとは思っていませんでしたのでこんなものしか出せませんが」
寺小屋での授業が終わり、上白沢慧音はその教室に一人の男を招いていた。
慧音は机の前に座ったその男に湯気の立ったお茶を出した。
「いえいえ、お構いなく」
そう答えながら、お茶を口に運び一服。
「例の件なのですが」
男は話を切り出した。
「ええ、こちらでも人を募って探しているのですが、まだ見つかっていません」
例の件、という言葉でわかったのか、慧音はすぐに答えた。
「その件で、少し進展があったのです」
「見つかったのですか?」
男は首を横に振り答える。
「いえ、もう二度と見つからなくなりました」
少し困ったような、そんな表情で彼は言った。
「それは…」
その言葉に慧音の表情が硬くなる
「はい。私の妻が亡くなったことが確認できたのです」
彼は少しだけ寂しそうな表情をしながら、さらりと言った。
「そう…か…」
悼んでいるのか目を閉じ悲痛の表情の慧音。
「はい」
重い沈黙がおりる。
慧音は自分より彼の悲しみの方がよほど大きいだろう、と目を開けると話を進めた。
「亡骸を、見つけたのですか…?」
「いえ、違うのです」
首を横に振る。
「慧音さんに相談したいのはそのことなのです」
「どういうことなのですか?」
彼は慧音の瞳をじっとみて話を切り出した。
「私は、私の最愛の人を喰ろうた妖怪にあったのです」

妻が里に帰らなくなり、私は昼夜を問わず里の外に探しに行ったのです。
そんなある夜、私は彼女に出会いました。
暗い暗い夜道に一人の少女がいたのです。
刻は草木も眠る丑三つ時、私は一目見て彼女を妖怪だと思いました。
すぐに逃げようとしましたがその妖怪は私に声をかけたのです。
あなたは食べてもいい人類、と。
私は気になり思わず足を止め、何故そのようなことを問うのか、妖怪に聞いたのです。
すると、その妖怪は答えたのです。
少し前に食べた人間は、食べてはいけない人間で、苦しいのだと。
さらに話を聞くと私はすぐにわかったのです。
この妖怪が喰ろうたのは、私の妻であると。

「話はわかりました。では、私はなにをすればいいのでしょう?妖怪退治の専門家なら心当たりが無い訳ではありませんが」
事の顛末を聞き、慧音は彼の事を思い口にする。
「いえ、そうではないのです」
彼はその言葉を否定する。
「でしたら、私に相談とはいったい?」
男は、その言葉を口にするのを少し躊躇いながら切り出す。
「これから私が言うことは少々理解し難く突飛なことなのです」
「できるだけわかりやすく順を追って説明します」
一息つくと、彼は話し始める。
「私は妻を愛しています。妻の喪失は何事にも変え難いのです。私は亡くなったことがわかった今でも妻のことを想いたいのです。ところが妻の墓を建てようにも、肝心の妻の亡骸がそこにないのです。私の妻は今、彼の妖怪の血肉となっているのです」
そこで息をため言葉を口にする
「ならば、私が今、想いを馳せるべきは、彼の妖怪なのではないのかと」
慧音にとっては予想しなかった言葉が耳に入る。
「あなたは、自分の妻を亡き者にした妖怪になにか尽くそうというのですか?」
慧音は思わず聞き返した。
「その通りです」
彼はすんなりと肯定の言葉を吐く。
「その妖怪を恨んではいないのですか?」
慧音は当然の疑問を口にした。
「ええ、恨んでおります。ですが、どんなに強く恨もうと妻は帰ってこないのです」
男は少し俯きながら言った。
「なら、私は自身の衝動を満たすより、少しでも妻のことを想いたいのです」
それだけ妻を想っているということなのかもしれない。
「あなたの妻がその妖怪を恨んでいたとは思わないのですか?」
自分を害す相手を恨む。
それは当然のこと。
「もしそうでしたら、私は躊躇いなくその妖怪を退治し、妻の墓に捧げられるでしょう・・・ですが、違うのです」
「彼の妖怪は妻を優しい人と称したのです」
彼の妻は、彼の妖怪に優しくしたと、男は彼の妖怪から直接聞いたのだ。
「私は妻との間に子を授かることはありませんでした」
それは誰が悪いわけでもないことだけれど。
きっと辛い思いをしただろう。
「人間の少女のような外見の彼の妖怪に何か思うことがあったのでしょう」
どこか見えない遠くに視線を伸ばし、男は言った。
「とても納得のできる話ではありませんでしたが、わかりました。では、あなたは何をしようというのですか?」
慧音は納得できないという言葉とは裏腹に、話をしっかり理解した上で言葉を返した。
「妻がその身で育てた少女、というと、まるで本当の娘のようではありませんか」
それは、妻にとってだけでなく、男にとっても娘のように思えているのかもしれない。
「彼の妖怪を私が育てようと思います」
確かな意思をもって慧音に伝える。
「彼の妖怪は力こそ強けれど、思考は幼く、私でも教えれることはあるでしょう」
真っ当であるなら、恨むべき対象を、愛するというのは人間としてどこかおかしい。
それなのに男は自然に言う。
「そして・・・」
それを言うのは躊躇いがあるのか、声を貯めて、言った。
「私で彼の妖怪の空腹を満たそうと思うのです」
一瞬、なにをいっているのかわからずにいる慧音。
「なにを言っているのですか…?」
言葉は耳にしっかりと入っているのに、聞き返す。
「彼の妖怪は人喰いです。ならば育てるには人の血肉が必要でしょう」
目を見開いて驚く慧音。
「だから、あなたは自分の体を食べさせようというのですか!?」
声を荒げ確認を取る。
「生憎、私は私の体しかもっておりませぬので、この身以外で彼の妖怪を満たすことはできないのです」
それが、あたかも大したことではないかのように男は言う。
生きたままその身を食べられるという苦痛。
それを自ら望んで。
慧音には理解し難かったが。
ただ、それだけの苦痛を厭わぬほど、彼にとって妻が大切だったのかと思うと、否定はできずにいた。
「そうですか…いえ、話しはわかりました。それで私の出番なのですね」
歴史を食べる程度の能力
「はい。慧音さんにお願いしたいのはそのことなのです」
男は改めて向き直る。
「その妖怪があなたを食べたという歴史をなかったことにすればいいのですね?」
首を振り、またも否定の言葉。
「いえ、少し違うのです」
それは、慧音が彼の事を理解していないのではなく、彼の考えがずれているからだ。
「私の食べられた部分が私の体に付いていた、という歴史を食べてほしいのです」
手を食べられたのなら、自分の手は最初から自分の体にはついていなかったと。
自分の体に付いていないのだから、食べられても問題がないと。
「そんなことをしたら、あなたの体は戻ってこないのですよ? いえ、そんなことを続けてしまうと、あなたは、死んでしまいます…」
次々と体を失う。慧音の力で生きていくことはできるけれど、それにも限界がある。
「覚悟の上です」
必ず死に向かうその道を、男は既に覚悟していた。
「わかりません。あなたの心は既に死んでしまったのですか?」
男は少し考えて。
「いいえ、私の心は妻を失う時に死ぬのです」
彼の妖怪を満たせないと、自分の心は死ぬといった。
「辛い役目だとは思いますが、どうか引き受けていただけないでしょうか?」
辛い表情の慧音。
「わかり、ました…その役目を引き受けます」
慧音は彼を止めはしなかった。
「ありがとうございます」
男は慧音に笑みを投げ礼を言う。
「ですが…私が歴史を創ることができるのは満月の夜だけです」
白沢としての力は満月の夜にしか使えない。
そのことが男の行動を決めた。
「わかりました。では、私は月が満ちる度に彼の妖怪に会いに行きましょう」
男は会釈を一つ返し、寺子屋を後にした。

さて、今宵は満月。彼の妖怪に会いに行かねば。
家を出るのは久方ぶりだ。動くのは辛いが月に一度の満たされる日。
待っている彼女を放っておくわけにもいくまい。
この前は里の事を話したから、今日は彼女に自分のことを話そう。
里の入り口では慧音さんが待っていた。
以前は彼女を見下ろしていたような気もするが、自分の背丈が慧音さんより高いはずがないと思い直し、歩を進めた。
彼女がなにか言っているようにも見えたが、いかんせん耳の調子が悪くうまく聞き取ることができない。
ただ、彼女が自分の身を案じてくれていることだけはわかったので、笑みで返した。
視界は悪いが目的地は覚えている。
右腕で体をするように、夜道を進んだ。

慧音は彼がもう帰ってこないと思っていた。
月が満ちるたびに、手を、足を、耳を、目を、失っていく彼。
右腕と左眼だけの今の彼が、そのどちらを失くしても帰ってくることはないだろう。
慧音の中には自責の念があった。
それは自身が彼の生きる道をあきらめてしまったことだ。
だけど、彼を止めれば、心が死ぬと、彼自身が言ったのだ。
彼の心を殺すほどの覚悟は慧音にはなかった。
それ故に諦めてしまったのだ。
彼の心身が共に長く生きる道を。
彼が帰ってくるとは思えなかったが、それでも慧音は待ち続けた。
それは彼との約束だったから。

しばらくして、闇の向こうにぼんやりと人影が見えた。
それは、四肢を全て失くした彼を抱えた少女の姿だった。
「あなたが上白沢慧音?」
はっきりとしない視界の中、高い声だけがはっきりと慧音の耳にはいる。
「そうです。宵闇の妖怪」
彼が話しをしたのだろうと、言葉を返す。
「このお兄さん返すね」
慧音は彼の右腕から流れる血を浴びることも構わず彼を受け止めた。
彼の心臓はまだ動いていた。
まだ生きている。
「それでね。上白沢慧音にお願いがあるの」
少女は彼を慧音に渡すと一歩下がって口を開いた。
「…なんでしょう?」
お願い、という言葉に違和感を覚えながらも慧音は答えた。
「このお兄さんを食べたことをなかったことにしてほしいの」
それは、彼の願いとは全く逆の言葉。
何故、人が食べられることを望み、妖怪が食べることを拒むのか。
「それは、どうしてなのでしょうか?」
慧音はそのまま疑問を口にした。
「このお兄さんも毒があったの。前にお姉さんを食べた時と一緒。胸がね、きゅーってなって苦しいの」
小さな胸を両の手で押さえる少女。
「だから食べたことをなかったことにしてほしいの」
「・・・わかりました。ですが、彼はあなたに食べられることを望んでいました」
今は言葉を紡げない彼の代わりに慧音はいった。
「じゃあ、お兄さんから私のことを忘れさせて。もう会いに来ないようにして」
自分の腹を満たす者を、少女は容易く手放した。
「それで、いいのですか?」
人に毒なんて無い。
「食べられない人類に来られても困るだけだもん」
人喰いは人を喰らわずに生きていけるのか。
「あなたはそれで人を食べられるのですか?」
何故か、慧音は目の前の妖怪のことを思って口を開いた。
「わからないわー。人間は駄目ね。嘘吐きだから、食べてもいいって聞いてもわからないし」
ちょっとした悪態を吐くように少女は呟く。
「でも、わかった。優しい人間は駄目ね。毒があるもん」
慧音は思った。
この少女は、人間でいう良識というものがあるのではないかと。
優しい人を自らが食べてしまい、そのことを苦しんでいるのではないかと。
自分が苦しんでいる理由を理解できない。
ただそれだけなのではないかと。
「次からは優しくない人間を食べることにするわ」
宵闇の妖怪はそういうと、闇の中に消えていった。

慧音は『宵闇の妖怪が彼を食べた』という歴史を、さらには宵闇の妖怪と出会った記憶と彼に妻がいたという歴史を、なかったことにした。
そのことを知る者はいない。
それ故に彼は生きていける。
それは彼の心を殺す行為に他ならなかったが、宵闇の妖怪がそれを望み、彼にとってそれが良かれと、慧音が思ったからだ。
それでも慧音は忘れない。
自分が彼から大事な者を二人も奪ったことを。

彼は小川で釣りをして過ごしていた。
早朝から夕刻まで、日がな一日、釣り糸を川面に垂らし魚がかかるのを待った。
町に戻ると魚を捌きその日の糧にする。
丸一日をそのまま釣りに費やすため、彼の生活を支えるには十分な数の魚が釣れていた。
道行く人に笑みを投げ、和気藹々と今日の成果を語る。
そうして彼の一日は終わる。
ただ満月の夜だけは、その明かりを頼りに川面に釣り糸を垂らした。
草木も眠る丑三つ時。
魚とて例外ではないようで、釣り針に魚がかかることはめったになかったが、その夜はいつも自分を満たしてくれるように思えた。
川辺から森の闇を見る。
夜闇を照らす月明かりも、生い茂る木々のその先を照らすことはない。
昼間ですらぼんやりと薄暗いのだから当たり前かもしれない。
その闇の奥に、彼はなにかを思う。
自分の胸の内には闇がある。
見ることも叶わぬが、なにか大切なものがそこにあった気がするのだ。
誰かが隣にいれば寂しくもないかと思ったけれど。
独り身の自分にそれは難しい。
その手の話が無い訳ではなかったが、失う悲しみを思うと気は進まずにいた。
自分でも何故そんなことを考えるのかわからずにいたけれど。
ただ、失うことは悲しいと、彼はそのことを知っていた。
あの闇の向こうにはなにか大切なものがあるような気がするのだ。
ぼんやりと、かつて自分を満たしていたような、そんな感覚を覚える。
釣竿を持つ両の腕を。
岩場に座る両の足を。
静寂を聞く両の耳を。
宵闇を見る両の眼を。
熱のような痛みで満たす、なにかがあったような気がした。
決して満たされることはなかったけれど。
彼は満月の夜にこそ。
宵闇を想う。
六作目のうそつきなくらげです。
この話は四作目の『妖魔夜行』の話の続き、といった位置づけになっています。
読んでなくても問題はなにもないです。
自分でもなんと称したものか、わからないのですが、書きたくて書いたというのが事実です。
この話しはルーミアは人喰いで、幼い少女だという話です。
人の形をして、意思の疎通までできたら人を喰らうのは辛い。
その人が自分に優しくしてくれたらなお辛い。
だけど、そのことに気がつかないまま少女は人を食べる。
そんなお話でした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この話を読んで何か想うことがあれば幸いです。
よろしければコメントお願いします。
嘘月海月
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コメント



0.670簡易評価
3.80奇声を発する程度の能力削除
おお…これは何とも…
何だか言葉で表せないもどかしさを感じました
7.80名前が無い程度の能力削除
幻想郷なら有り得るかも、と言う男の思考回路が良いですね
ルーミアの思考は逆に普通過ぎて余りヤマがなかったかも
男と慧音の会話が好きな感じだったので今後に期待
8.70名前が無い程度の能力削除
ふむ
11.無評価嘘月海月削除
>>3
お互いを求めてるのに一緒にいれない、というのはもどかしいですね。
二人の間に穏やかな時間が流れていれば幸せな話だったかもしれません。
>>7
ルーミアは人喰いなのに普通の思考というのがある意味で今回のポイントだったのですが。
それゆえ少し地味になってしまったかもしれません。オリキャラを書くというのは中々緊張していたので、よかったといってもらえてなによりです。続きは・・・思いつかないわけではないので機会があったら書くかもしれません。
>>8
この作品を読んでなにやら想うことがあるようで嬉しいです。
15.100愚迂多良童子削除
ゲスは美味と相場が・・・ってなんのマンガだったかな。
男の方が妖怪じみていて不気味だ。きっと妻を亡くして狂ったんだろうか。
17.80Dark+削除
ルーミアに食われたい……
18.無評価嘘月海月削除
>>15
な、なんの台詞ですソレ、すごく気になりますw
妻という最愛の人を亡くしてしまい、心の拠り所が人喰いの妖怪になってしまったのが問題なのかと思います。
普通なら、悲しんで、忘れる。だけど純粋な彼にはそれができなかった。死を望まずに死に向かうその姿は狂っていると言えるかもしれません。
17>>
そんなあなたは慧音先生にルーミアの記憶を消されるかもしれませんw