"米軍 殺人機械を実戦に投入していた! か?"
東京スポーツ、と言えば日本を代表するクオリティペーパーとして名高い。毎夕、東スポを熟読するのが、スカーレット家の当主、レミリア・スカーレットのような上流階級にとっての日課であり、義務であると言っても過言ではない。
三日間に渡って決勝の行われてきた、第一回幻想郷クリケット選手権も佳境に入ろうとしていたが、やはり、東スポを読む時間だけは外せない。それが、貴族の嗜みだ。
「おかわり」
「はい、お嬢様」
レミリア・スカーレット(CV 玄田 哲章)がかつて某国の特殊部隊「コマンドー」隊長で有ったことは広く知られているが、にこやかな表情でレミリアに紅茶を差し出したメイド長、T-800――今では十六夜咲夜として知られる少女(CV 玄田 哲章)が、未来より来訪した
それも昔の事だが。死闘の果てに、強敵は従者となった。
華やかな香りが湯気から伝わってきて心地よい。その快感に酔いしれつつ、レミリアは紅茶とケーキを口に運ぶ。
「しかし、流石は東スポね」
「ええ、河童の存在をスクープしただけはあります」
遠野の一角で撮られた、一葉の写真。空想上の存在と思われていた生物、河童の実在を証明した写真である。その年のピューリッツァー賞を受賞した写真でもあり、
「東スポのおかげで背が伸びました!」
「東スポのおかげで宝くじに当たりました!」
「東スポのおかげでにとりと結婚できました!」
そのスクープをきっかけに、東スポ編集局に届く感謝の手紙の山。親方日の丸故の非効率さがそれを裁ききれなかったことが、郵政民営化のきっかけでもあった。
「まあ、ミスタ・Oも今頃は大慌てでしょうけど――」
ミスタ・O。某国の大統領にしてエリア51の指揮官。十六夜咲夜の名をレミリアに与えられる以前の、咲夜の直属の上司でもあった。
「彼なら、なんとかしますよ」
「そうね」
二人は、柔らかな笑みを浮かべつつ言った。レミリアにとってはカリフォルニア州知事時代に随分とやりあった相手でもあるし、咲夜にとってはレミリア暗殺指令によって、血とオイルと硝煙の臭いに溢れたジャングルへと送り込まれた相手でもあるが……
「この地球を愛する気持ちは変わらないのだから」
「ええ、独立の日のことを思えば大丈夫です。彼ならやれますよ」
独立の日。そう、異星人が襲来した際には星条旗の下、共に戦った戦友でもある。
「きゅん!」
「了解。それじゃ最後一局、打ちましょうか」
ティータイムは終わりだ。ミミちゃんの呼び声が過去に浸る時間の終了を告げる。
FC夢時空対紅魔館スカーレッツ。舞台はどら焼きドラマチックパーク幻想郷。頂点を決める戦いの、再開だ。
さて、クリケットとは、またの名を"The Gentleman's game"と言うように、紳士淑女のスポーツとして知られる。
試合中にティータイムやランチタイムの時間が設けられていることからも、その雅さが伺えるだろう。
そのため貴族階級に好まれているスポーツであり、古ワラキアの貴族、ヴラド・ドラキュラの末裔たるレミリアもその例に漏れない。
もっとも、今日においては世界第二の競技人口が示すように、各階層に好まれるスポーツとなった。しかしながら、ここ日本、無論日本の一角足る幻想郷においては、些か人気が少ない。
故に、ルールを知らない読者の方もおられることだろう。だが、心配はいらない。バットとグローブを使い、攻撃中は常に「カバディカバディカバディカバディ――」と言わねばならぬ事からわかるように、そのルールは日本及び幻想郷においても一般的なスポーツ、麻雀に極めて近いのだから。
カバディカバディカバディカバディ――と言っては相手を撲殺し、その隙にグローブでフィールド上の牌を集め、役を作る。実にシンプルであり、またノブレス・オブリージュを体現したスポーツでもある。
淑女の中の淑女を決める戦い、その最後の一幕が、開く。
◇
パチュリー・ノーレッジがその紫色のローブの下に豊満な肢体を隠し持っていることは広く知られているが、その下に熱い熱情をも隠し持っていることはあまり知られていない。
「ねえ、菊千代――」
紅魔館の主立った面々がクリケットに興じている頃。紅魔館には静寂が満ちていた。静かな、邪魔者がいないその時、パチュリーは最愛の愛人との、逢い引きの時を過ごしていた。
日頃は仏頂面、と呼んでも差し支えない表情を浮かべ続けるパチュリーだが、彼と二人きりの、この時間。流石にその相好を崩していた。
そして、頬は微かに上気して、目線もどこか胡乱に思える。
「一億と二千年後も愛してるから……」
彼女からこれだけの愛情を受けるとは、なんと妬ましいことか! まったく、ありとあらゆる所に緑色の目をした見えない怪物が潜んでいるように思えた。
しかしながら、菊千代はそんなグリーンアイドモンスターの目にも、パチュリーの甘い言葉にも、つぶらで、優雅な目を向け続けるだけで、ただただ、泰然と水中を漂っていた。
それがまた、パチュリーの心を溜まらなく引きつける。99のツンの中に潜むはずの1のデレを、彼女は求め続けるのだ。
扁形動物門ウズムシ綱ウズムシ目ウズムシ亜目――俗に言うプラナリアの菊千代ちゃんに。
そもそも無性生殖が出来る上に、雌雄同体のプラナリアである菊千代ちゃん(分裂から二年)に性別があるのかも疑問だが、パチュリー・ノーレッジ(約百歳)は愛しの男と認識していたようだ。
いや、この幻想郷において性別など些細な事。ともかくも、指先でプラナリアを掴んでは、何処にあるのかわからない彼の口に接吻をかわそうとしたとき――
「大変です! お嬢様が戦死しました!」
「なんですって!?」
ドタバタ、と言う足音と共に、紅魔館最後の壁として自宅警備の任務を果たしていた美鈴が飛び込んできた。凶報と共に。
あまりの困惑ゆえ、パチュリーは思わず菊千代を握りつぶしてしまい、彼はちぎれた二つの半身を水面に浮かべる。だが、心配はいらない。プラナリアは強い子。幾ら切断しようが、そこから分裂しては蘇るのだ。古い文献によれば、三百に分割しても健在だったという。自然の神秘とは、やはり敬すべきものである。
余談であるが、この時に別れた菊千代の半身はチコと名付けられ、後に荒野の七人と呼ばれる伝説のガンマン集団の一員となった――だが、それはまた別の話である。
レミリア死す、の報に。友の死に。パチュリーは言いしれぬ衝撃を受けた。同時に、「何故!?」との思いも覚えた。
吸血鬼の生命力もまた、プラナリアにひけをとらぬ。そもそも、吸血鬼が生物学的に最も近いとされるのはプラナリアである。
自らを無数の蝙蝠に分割する力。霧状になっては隙間に入り込み、再生する姿。分裂しては再生するプラナリアと酷似していることは言うまでもない。
付け加えれば、あのつぶらで愛しい瞳。CrazyでKiddingな笑み。プラナリアと吸血鬼――レミリアとフランドール――以外の存在であれほどまでに蠱惑的な存在が他にいようか?
……ともかく、レミリアは死んだ。死んだのだ。死、と言う不可逆的な物の極地が、皆とレミリアの間を裂いたのだ。
◇
【黒衣の天使に捧ぐ】
崩れ落ちていくキミ。私の手のひらは真っ赤に染まり、ライカンスロープの呼び声が、私にその手を啜らせた。
奴らは呼ぶ。スカーレットデビルと。奴らにはわからないのだ。闇の深さと、恩寵を。黒こそが、世界で最も暖かい色だと。
無慈悲な夜の女王に見送られ、私はキミの亡骸を埋め続ける。それが、私の愛の証。キミに全てを与えた私は、もう抜け殻。
世界はモノクローム。シックなシンドローム。堕落した世界で私は祈る。
気がつけば、私の目は赤く光っていた。喇叭の音が聞こえる、コキュートスの堕天使が紅響曲を奏で始めたのだ。黙示の時の始まり。それは、暗黒の民が凍り漬けの世界から目覚めた証だ。終わりの始まりを告げる音色だ。
あの、ルサンチマンに包まれた連中にはわからない。絶望こそ希望。全世界ナイトメアこそ、私とキミの、真実の証。
※ せんせいより。
独特のセンスが溢れている詩ですね。大変、興味深い作品でした。
ただし、これは交換日記ですので、次回からポエムはチラシの裏に書きましょう。これで三回目ですよ? パチュリー先生との約束。守ってくださいね。
レミリア入魂のポエムが、革表紙の日記に綴られていた。フランドール・スカーレットはそれを見ては、傍と落涙する。上質な紙が、滲んで黒くなった。
「お姉様……」
軌道エレベーター「ジェンガ」
幻想郷の中心に立つ、使い道のないハコモノの象徴だ。
ミミちゃんと共に爆散したレミリアの遺品を片手に、二代目当主、フランドールは一歩一歩、巨大ジェンガをよじ登っていく。満月が見守る中、進んでいく。
「強者など何処にも居ません……人類全てが弱者なんです……」
観客の早苗はそう呟きつつ、何故、我々は戦い続けなければならないのか? と、けばけばしい緑に、熱帯雨林に住む毒蛙を思わせるパーソナルカラーで彩られた相棒へ。1/60早苗専用ゲルググキャノンのプラモに内心、問いかけた。
「私専用ゲルググキャノンは何も答えてくれません……教えてください……レミリアさん……」
もはや、闘う理由など無いのだ。突如幻想郷へと飛来した宇宙恐竜。彼の必殺技、一兆度の火球がもし放たれていたら、地球は瞬時にプラズマ化しては蒸発し、放たれるガンマ線は、太陽系は愚か、半径数千光年の星々を死の星に変えたはずだ。
しかし、地球は救われた。
「これは覇王翔吼拳を使わざるをえないわね!」
「ウボァー」
ミミちゃんの体当たりと共に放った、渾身の覇王翔吼拳の前には、宇宙恐竜といえど、流石に耐えられることは無かった。
代償は大きい。レミリアを乗せたミミちゃんの最高速度はマッハ20。覇王翔吼拳の反動と、ミミちゃんの頭に積まれた核弾頭の破壊力は、二人を素粒子レベルまで分解するに余りある破壊力を持っていた。
クリケット・インドプレミアリーグMVPのレミリア。
リーガ・エスパニョーラ得点王のミミちゃん。
共にエースを失った両チームにもはや戦意はなく、忘れ形見に「天和 大四喜 字一色 四暗刻」をレミリアが残したともなれば、トビ無しのルールとはいえ、勝負は見えている。
圧倒的な差が付いてのオーラス。別に、親流れでも構わない。それでも、フランドールは登っていく。テンパイはした。中待ちでテンパイ。安目だけど、レミリアらしい赤が、空で待っている。
中の場所はもうわかっている。レミリアが遺言で教えてくれたからだ、死ぬ前に見た、最後の未来を、運命を。
中は、空に浮かぶ幻の国。雲山と雲の王国にある。
酷い揺れだ。下方では、七時半からのカラテの稽古を休んだ咲夜が、ロケットランチャーを乱射している。
「お嬢様。今回は大丈夫です……ちゃんと説明書は読みました……」
もはやレミリアに届かぬ慟哭を放ちながら、それでもロケットランチャーを撃ち続ける。
機械仕掛けのメイドさん、るーこととはいえ、流石にロケットランチャーの直撃にはダメージを隠せない。その隙を見ては、咲夜は慎重にジェンガを抜き取り、メイド妖精に手渡しては頭上へと運ぶ。フランドールの道が作られ、雲の向こう、約束の場所へと近づいていく。
見えた。雲山と雲の王国が見えた。もう、ジェンガの殆どは、一つか二つの木でしか支えられていない。それでも、紅魔館の面々が繋いできたバトンは繋がった。休憩中の雲山まで届いた。
手を伸ばす。その刹那、ジェンガは崩れ落ち、幻想郷に轟音が響き渡る。フランドールは雲を握る、しっかりと。もう二度と会えないだろう姉を慈しむかのように、優しく、だが決して離さぬように、質量を持った雲を掴む。上に登る。
月明かりで柔らかく照らされた世界。雲山の半身で形作られた雲の王国。その中心部にはバロック様式の大聖堂が重々しくそびえ立ち、その周囲を、石造りを模した重厚な建物が囲んでいる。建物は、雲山を象徴するかが如き重みを持っていた。
しかし、決して野暮ではない。白一色で形作られたその世界は、威風堂々、と言う言葉を体現したかのようだが、美しい。
フランドールは大聖堂の向かいに立つ、噴水へと足を運んだ。無限に立ち上る水の前のベンチで、うたた寝をしていた男。ミケランジェロの手によるダビデ像を思わせる、端正な相貌を称えていた。
その姿と、この国を見やると、古い伝承に伝えられる白の国、アルビオンに迷い込んだかのような気分をフランドールは抱いた。
その男とは、言うまでもない、雲山その人だ。そも、自在に姿を変えられる雲山には、本来の姿、と言うべき物は無いとも考えられるが、生まれ落ちた時の姿であり、もっともリラックス出来る姿といえばこれと言えるだろう。
我々が日頃目にする雲山の姿はこれに比べると、随分と野暮ったい頑固親父に見えるが、無論、理由はある。
かつて「ゴッド・ハンド」の異名を持った空手家、大山倍達。彼は修業時代に山ごもりを敢行したのだが、その際、片眉をそぎ落とした。理由は? と言えば、あえて他人には見せられぬ無様な格好をすることによって、俗世への思いを断ち切り、修行に専念するため、と言うものである。
雲山も然り。この姿のままでは、女子の嬌声が仏道の妨げになる。そう感じては、あえて頑固親父の姿を取っているのだ。
「あの」
当たり牌は、この雲の王国の何処かにあるはずだけど……何処にあるんだろう? と思い、フランドールは雲山に問いかけた。
人間の辿り着けるような場所に無い守矢神社や、人を呼ぶ気の無い博麗神社に比べ、人里近くにある命蓮寺は人妖の来訪が多く多忙だ。それに対応していた雲山も、随分と疲れていたのだろう。
返事は、無かった。
「ヒヒーン」
ただ、代わりに一匹のユニコーンのいななきが聞こえた。イルカが右脳と左脳を交互に眠らせることで、睡眠中にも動けるように、雲山もまた、片側だけを眠らせることが出来る。このユニコーンは、雲山の右脳の顕現であった。
ともすれば野蛮とも、言い換えれば勇敢とも言われるユニコーン。だが、フランドールのような乙女を前とすれば、流石に優しげな目を携えつつ、ゆっくりと歩みを始めた。「貴方の望みは承知しています」とでも言うように。
「……」
白一色の世界で、赤の色は目立つ。遠目に見てもそれが中で有ることは伺える。
早足で近づいた。手に取った。それを見届けると、ユニコーンは雲と混じって、消えた。
「……」
声が、出ない。「ツモ!」と叫べば、全てが終わるから。牌を掴んで、フランドールは周囲を見やった。
雲の上からは、何処までも広がる世界が見える。幻想郷の中ですら、そこは果てしなく広くて、そのどれもが彼女の知らない世界だ。
地平線が見えた。その先には結界があるけれど、やはり知らない、無限の世界が広がっている。
495年間。フランドールが過ごしてきた世界、狭い世界。その外に広がる、もう、レミリアとは歩けない世界。
ふと、ランチタイムの時に、レミリアと交わした会話を思い出した。二人で、一面からみこすり半劇場まで東スポを熟読しては、新日の1・4決戦。闘強童夢でのビッグマッチに思いを二人で馳せていたものだ。
もう、それは叶わない。だから全部を認めて、フランドールは叫んだ。大聖堂の向かいで、雲山の中心で、愛を叫ぶ。その二文字に万感を込めて、宇宙の果てまで、冥界までも届けと思って、
「ツモ!」
流れる水がフランドールの頬を伝った。流れる水は吸血鬼を拒むから、もう、一歩も動けない。レミリアもフランドールも流れる水は心底嫌いだったけれど、この時だけは、その水が愛おしかった。
◇
レミリア・スカーレット死す! の報は結界を超え、全世界を駆け回った。
「我々は一人の英雄を失った! これは我々の敗北を意味するのか!? 否! 始まりなのである――」
国連総会ではレミリアを追悼する演説が行われ、ローマ法王庁はレミリアを福者に認定。二千年間続いた、悪魔と天使の争いに終止符が打たれた。世界ボディビルディング連盟もレミリアのボディビル殿堂入りを表明。ダークナイト・ライジスのヴィランとしてMr.フリーズがアーカイブ出演することが決定し、レミリアの伝記映画として、ターミネーターVSコマンドーが制作されることも発表された。
……そして、レミリアを失った紅魔館は窮地に立たされていた、レミリアの復活を阻止せんとする八雲紫の魔の手がフランドール達の元へ迫る。
「ええと、はい。寿司を三人前ください。梅でいいです」
地上ではレミリアを称える声がやまないのだけど、紅魔館地下迷宮、通称ブリキの
トラップに引っかかった咲夜はいしのなかに飛ばされて、美鈴は捨て石となっては主を守り、生死もわからない。
今少しすれば、紫の式達の声も聞こえるかもしれぬ。だが、美鈴はよく守った。彼女のサニーパンチがどれだけの敵をなぎ倒したことか。おかげで少なくない時間が稼げた。
(いしのなかにいる)咲夜を救出する時間と、寿司を食べる時間はどうにか、確保出来たのだ。
「やったわフラン!」
パチュリーの声が響く。二人の魔法は遂に地下迷宮の壁を破ることに成功した。丁度その時、
「まいど」
出前迅速落書無用。流石のスピードで寿司屋も到着した。高名なエルフの忍者が御用達にしているだけはある。料金を払うと三人の財布は空になった。しかし、腹は満たされた。これで、戦もできる。
三人はキャンプを出て、奥へ向かう。
すぐに、数匹の悪魔と出会った。主レミリアを失っては暴走した使い魔達だ。すかさず、パチュリーが「大地を揺るがすギャルのパンティー+6」を投げつけては追い払う。
そして、最下層へ続く階段、それを塞ぐ扉の前に至り、
「ナルケマレバンガカピカッピ!」
フランドールの呪文に応じて、厳重な封印が施されたドアが、スカーレットの血を持つ物にだけ応えるドアが、開いた。
目的地は、近い。
紅魔館の奥底に潜む、紅魔館最大の秘宝、禁断の魔筆。二人はそれを求め、迷宮の深層を目指す。愛しい姉に会うために、相続税の支払いを逃れるために。
魔筆で書かれたことは、全てが現実になるという。運命を操る悪魔、レミリア・スカーレットに相応しい秘宝だが、これまでに出番はなかった。そもそも、レミリアの力があれば運命を、未来を思うように操れるのだから……
今回も、事前に怪獣が襲来することを把握していれば、命を散華させずに済んだはずだった。……終わったことではあるのだが。そして、今は過去を振り返る暇はない。ブリキの迷宮の最深層、災禍の中心へと、魔筆へと足を進めた。だが、
「見つけたわ! 橙!」
敵もさる者、紅魔館の財産を狙う式達に追いつかれたようだ。藍が橙を投げつけてきた。フランドールは一瞬、反応が遅れる。
「フラン様! お先に!」
「咲夜!」
咲夜が身を呈して化け猫の体当たりを防ぎ、
「アスタラビスタ! ベイビー!」
すぐさま反撃に移る。
だが、ターミネーターたる咲夜とは言え、長年の幻想が鍛え上げてきた、化け猫の体当たりには流石に少なくないダメージを与えられた。ガトリング砲を打ち返すが、狙いが甘い。
フランドールは思わず助けに行こうとするが、パチュリーは腕を引っ張るようにして、奥へと急ぐ。
「I'll be Back……」
息も絶え絶えな咲夜の言葉が最後に聞こえ、後はもう聞こえなくなった。「必ず戻ります」そんな咲夜の声の残響だけが、二人の耳に残った。
残響だけが聞こえる静けさもしばしの事、あと少しで目的地にたどり着ける、と言うとき、バサバサ! と言う羽音が聞こえ、二匹の烏、それに身を宿した、前鬼と後鬼の姿が見えた。
「フラン! 先に行って! 最後のドアを開けるのは、レミリアの妹である貴方だけよ!」
レミリア、の名を聞いて、ついにフランドールは迷いを断ち切った。後ろを振り向かずに走る。何も考えずに走る。
「希望の灯は消さない!」
そんな言葉を聞いて、残されたパチュリーは満足げな笑みを浮かべつつ、
「こ、こ、ここなんあろか……失礼、やり直すわ」
「??」
「???」
決めポーズと共に、一度は口にしたい言葉ナンバーワン(花果子念報調べ)である「こんなこともあろうかと!」と言おうとしたが、緊張と喜びのあまり、思わず噛んでしまった。だが、二匹の式は話のわかる子。
「こんなこともあろうかと!」
「!?」
「!?」
二度目の口上でも、
「地下にモビルスーツを隠しておいたのよ!」
床を突き破っては登場するはずのモビルスーツを待ちわびる。だが、計算が狂っていたのか、地下に埋められていた巨大ロボットは遙か彼方に現れたようだ。
「あら? 場所がずれていたわね……」
彼方から聞こえる音へ向かい、三人は仲良く、駆けていった。
モビルスーツが現れたのは、奇しくも魔筆の収められた部屋であった。
その部屋のドアを開けられるのは、スカーレットの血を引く物だけだが、モビルスーツが登場した際に壁が壊れたので、実際の所はフランドールが向かう必要は無かった。
ともあれ、フランドールはついに魔筆にたどり着いたのだ。
「邪魔だな……」
全長18mの巨人が地下迷宮の一フロアに収まるわけもなく、天上に突き当たっては壁のようにそびえ立っていたので、フランドールは粉々に破壊しては地下倉庫に戻した。それ以来、パチュリーのモビルスーツを見た物はいない。
フランドールは、レミリアのポエムの脇に筆を走らせる。
主人が怠け者だと、式まで質が落ちる――私を除いて、とぼやきながら、藍もフランドールの元へと急ぐ。橙は咲夜と遊び始めていて、紫の二枚舌に不満を持っていた前鬼後鬼は、元よりやる気が無かった。
古人は「この世で避けて通れないものがある、それは、死と税金である」と言った。
税とは、社会の基盤である。何人も逃れることを望むが、許されないはずだ。そして、無事に回収できるかは、もはやマルサの狐、八雲藍の手腕に託されていた。
もし、フランドールが魔筆を使えば――紅魔館から取れるはずの多額の相続税が無くなってしまう! いや、あるいは税制度を廃止するかもしれぬ!
だが、時既に遅し、藍がたどり着いた時には、レミリアは地獄よりの帰還を果たしていた。
「……遅かったわね」
「ふん。一度死んだ身。法律上のお前はもうゼロ歳児。つまり、相続税は払ってもらうぞ!」
強がるようにして、藍は必死に叫ぶのだが、
「全宇宙で最強の言葉を教えてあげましょうか? 『それがどうした!』よ。税金なんて踏み倒すためにあるわけ」
「重加算税が付くぞ!」
「狐のステーキを食べながら考えることにしましょうか。……この魔王の安眠と、友と家族を傷つけた罪は重い。業火の中で焼け死ね!」
最後にはうなだれることしか出来なかった。冥府より舞い戻りし暗黒の騎士――レミリアがポエムで好んで用いた言葉でもあった――レミリア・スカーレットの復活を目の当たりにしては。
「レミィ!」
「お嬢様!」
「下がっていなさい。後は私が全て倒す!」
皆も追いついた。だが、レミリアの魔法は危険だ。故にパチュリーは、
「そう、あれを使うのね。地上で楽しみにしているわ」
マロール――テレポート魔法を唱えた。だが、心中で(私の百式が……私の百式が……)と嘆いていたのがよくなかったか。転送位置が狂ったようだ。
地上へ飛ぶはずだったパチュリーと咲夜、それに橙と前鬼後鬼はいしのなかにいき、後日、莫大な金を支払ってはどうにかロストを逃れた。
「ドクターペッパー千年分……地球上からタケノコの山を消滅させる……そうそう、家の中であいつが火遊びしないようにもさせないと、家の中で炎を使っちゃ危ないよね。私は反省してるけどさ」
フランドールはまだ魔筆に夢中だ。そして、レミリアの必殺魔法は、文字通り必殺だ。チャック・ノリスとセガール以外の相手は食らったら死ぬ。
「……何が始まるの?」
ブリキの迷宮に、震動が走る。藍は諦念と共に問いかけ、
「……第三次大戦よ」
レミリアは薄笑いと共に応えた。その返事は、詠唱の始まりでもあった。レミリアの魔法は威力は確かだが、強力な魔法の常か、詠唱に時間がかかるのが玉に瑕だ。
――何でこの歌手がボーイ・ジョージなんだ? ガール・ジョージにすればすっきりするのに――追ってくるぞ! あの馬鹿!――面白い奴だな、気に入った。殺すのは最後にしてやる――容疑者は男性、190cm、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ!
それも当然である。市民ケーン。戦艦ポチョムキン。アラビアのロレンス等と並ぶ、映画史が誇る傑作中の傑作。コマンドーの全台詞を暗唱せねばならぬだから。
「とんがらCを再販させて……メッコールも飲みたいな。そうそう、カップヌードルはミルクシーフード以外発売禁止に――せっかくだからあいつのおねしょ癖も直してあげよう――」
遠くテキサスから、千年分のドクターペッパーが紅魔館に送られてきた。タケノコの山は地球上から消滅し、有史以前からのキノコ派との争いは、キノコ派の大勝利に終わった。全国のコンビニに「辛い清涼飲料水」として著名なとんがらCと、「麦茶のコーラ割」と称されるメッコールが並ぶ。「飲むサロンパス」として評価の高いルートビアもおまけに並んだ。謎肉廃止にも耐えてきた剛の者ですら、カップヌードルを食べられなくなり、火遊びをやめたレミリアはおねしょ癖が治った。
「あと、ゾノが現役復帰してブラジルワールドカップに出られるように、と」
2014年。カズとゾノの活躍と、ヒデによるデカビタCの差し入れも相まって、日本は世界の頂点に立つこととなり、イジメも無くなった。
だが、レミリアの詠唱は終わらない。
――こんなの飛行機じゃないわ! 羽のついたカヌーよ!――だったら漕げばいいだろ!――見て来いカルロ
その間隙を縫っては、藍の陰陽玉から、聞き慣れた声が響いた。
「藍、心配しないで。今からある一人の、超大物妖怪が助太刀に行くわ」
「超大物妖怪? 誰ですか?」
「私よ。それとも何かしら? 八雲紫は超大物妖怪ではないと言うの?」
「ゆ、紫様!」
……そして、スキマから伸びる、白い腕がフランドールの手から魔筆を抜き取った。
「これは危険すぎるわ。ソノウソホントやウソ800、あるいはゲームボーイと共に、永久に封印されねばならぬ物なの」
千の技を持つ女、無冠の帝王。少女の中の少女、八雲紫は毅然として言い放つ。
「でも、その前にレミリアを何とかしないとね」
――来いよベネット! 怖いのか?――アハハ……ハジキも必要ねぇや! 誰がテメェなんか! テメェなんか怖かねえ!――これから死ぬ気分はどうだ大佐! てめえはもう終りだ!
舞台も終盤。レミリアの一人芝居も盛り上がりのピークに達している。
レミリアが(悪いことをしないように)と紫は書こうとしたが、フランドールが横から奪っては、紫が(爆発しますように)と書いて、手元にはレミリアが紫が、とだけ書かれたメモが残った。
そこに颯爽と藍も入り込み、
「私を忘れてもらっては困る」
(フランドールが銀河の向こうまで吹き飛びますように)と書こうとした。だが、あいにく藍は彼女の名前を知らなかった。引きこもり生活が吉と出た。
「まあいいか、紫様がまとめて吹きとんだとしても、さしたる影響はない。むしろ、強制労働の身から解放されるかもわからぬ」
と思っては、あいつらがいなくなれと書こうとした所、あいと書いてはペンのインクが切れた。諸行無常。仕方のないことだ。クリスタルペプシとペプシキューカンバーとペプシブルーを今一度、この目で見たい。あわよくば混ぜ合わせたい。というフランドールの夢は潰えた。
残された文面「レミリアが 紫が あい」
それを見た魔筆は――正確に言えば、魔筆に宿るペンの妖精は困惑した。日本語としてどうにも不明瞭だ。
内心で「昔はよかった」と呟きつつ日本語の乱れを憂うのだが、妖精としての勤めは果たさねばならない。
似たような経験はある。かつて、まだペンが紅魔館に納められていない頃。
「星の鼓動は愛なんだ!」
と書いては熱弁する人間に出会っては、どうやって望みを叶えればいいのか? そもそも望みとは? と迷ったものだ。その辺にサボテンが有ったので、花を実らせてみては、
「サボテンの花が……咲いている」
と適当に応えたら納得はしてくれたが。
(まあいいや。誰も一人では生きられないんだから)
面倒になった妖精は、とりあえずレミリアと紫を愛し合わせた。
「地獄に堕ちろ、ベネット!……ん。何かしら。この気分」
「レミリア……もう一度コマンドー部隊を編成しない?」
「もちろんよ、やりましょう。でも、その前に……」
「ふふ。何が欲しいの」
「馬鹿……妹の前で何を言わせるのよ」
「あら? 私は式の前でそう言うことをするのが実は趣味なの」
かくして二人は結ばれ、幻想郷は平和になった。再結成したコマンドー部隊が、「愛」をエネルギーにするロボットで異星人「プレデター」を壊滅するのは、この少し後のことである。
私の負けなのでしょうね
後書きでトドメさされたwwwwww
なんだこれ!?
面白かったです
それとあとがきがただの悪夢だww
それだけが残念でした。あと皆の頭の中が少し残念でした
でも後書きにやられたので。