葉月、幻想郷の夏はピークに達しており、強い日差しが地面を焼き尽くす。そして地面に溜まった熱が上昇していき、天と地から容赦なく身体を焼き尽くす。無論博麗霊夢もその例外ではなかった。双方から来る熱が霊夢の白い肌をジリジリと焼き、流れる汗は、
身体中へと流れて巫女服に吸い取られていった。このままでは、境内の掃除が終わる前に自分が煮干になってしまう。そう思った霊夢は、神社の隅に箒を立て掛け、一服しようと神社の中へと入っていった。
中は戸を全開に開け、風の通りをよくしているのだが、今日は風が全く吹いていないため意味を成していなかった。気温は外と全く変わらないが、地面からの熱や直接日光に当たるよりかはマシだった。
「で、あんたはいつまでそうしている気なの」
霊夢が声をかけたその先には、畳の上に突っ伏している射命丸文がいた。葉団扇を団扇代わりにして、手が疲れない程度に扇ぎ、涼しくなるように風を操って、暑さをなんとか凌いでいた。
「霊夢が~最っ高にCOOLなお茶を出すまで~帰らない~」
取材モードではないため、文の態度は大きかった。暑さによる倦怠感も相まって、より一層めんどくさかった。
「なら、霧の湖まで行ってきてチルノ捕まえてきなさいよ。そうすれば最っ高にCOOLなお茶でも何でも出してあげるわよ」
「なんで、私が行かなくちゃならないのかわからないわね」
「……」
普段なら『よろしい、ならば戦争だ』と弾幕勝負を挑むのだが、暑さでやる気も起きなかった。
「仕方ないわね……」
そういって霊夢は台所へと消えていった。そして、しばらくしてお盆を持って戻ってくる。
「お待たせ、最っ高にCOOLじゃないけど、冷たいお茶入れてきたわよ」
「おお~気が利きますね~」
「立つのもかったるいでしょ。ほら、仰向けになって口開けて。今、流し込んであげるわ。後、畳の上だとこぼれた時に染みちゃうから縁側の方まで移動して」
「は~い」
文は素直にゴロゴロと、縁側の方へと向かっていく。それについていくように霊夢は湯呑みと急須を持って移動する。
「はい、口開けて」
「あ~ん」
文の口に冷たいお茶が注がれる。しかし、暑さにバテた身体に、湯呑み一杯のお茶では満たされることは無かった。
「もう一杯飲む?」
「飲む~」
霊夢は急須からお茶を注いだ。熱々のお茶を……
「それじゃあいくわよ、口開けて」
「あ~ん」
湯気が上がる湯飲みは文の口の上、湯気もこの炎天下の中では目視するのも難しい。そして文が気づくことなくお茶が口に注がれた。
「あちっ!?」
口の中で熱さによる痛みが文を襲う。脊椎反射により身体はビクッと動き、そのまま庭に落ちてしまった。
「いててて……熱いお茶を注ぐなんてひどいですよ……」
「熱々のおでんにした方がよかった?」
「しないでくださいよ!絶対にしないでくださいよ!」
「しないわよ。けどシャキッとしたでしょ」
「どうせなら、冷水を顔に思いっきりかけてもらった方がよかったです」
顔にかかった熱いお茶を拭きながら、文が嘆く。同時に取材モードのスイッチも入ったのか、丁寧な口調に変わっていた。
「さて、お茶でも飲もうかしら。あんたも飲む?」
「十分いただいたのでもういいです」
「そう」
霊夢は先程文に注いだ熱々のお茶を平然と飲んで落ち着いていた。しかし熱々のお茶である。霊夢の肌からは汗が止まることはなかった。
「文」
「はい?」
「それで扇いでくれる?」
霊夢が指を差した先には葉団扇。文は『自分にいたずらするためだけに、熱いお茶を注いだ』のだとわかると、『はぁーっ』とため息をついた。
「全く、素直に冷たいお茶を作ればいいものを……」
文は小さくつぶやきながら、風量を調節しながら扇ぐ。汗にひっついて動こうとしないものや、風に乗って仄かに泳ぐものもある。その動きは繊細でとてもしなやかだった。静かで短くても長く感じる空間。その空間を最初に砕いたのは霊夢の方だった。
「ほんっと最近静かよね」
「そうですね、みんな暑さでバテているんでしょうかね」
「確かに宴会やるほど元気がでないわね。けど何かパーっと出来るものないかしらね」
「パーっとですか……あっ!」
何か思い立ったらしく文が立ち上がる。
「何か思いついたの?」
「ええ、面白いこと思いついたので、今日はここでおいたまさせていただきます」
そう言って、文は飛びたって行ってしまった。そして霊夢は何も教えてもらうことなく取り残されてしまった。
「……まぁいいわ。これでゆっくり……」
「おーい霊夢いるかー?」
うるさいのが1人居なくなったと思ったら、外からまたうるさいのが……そう魔理沙だ。
「はぁ……静かじゃないのは、私の周りだけかもしれないわね」
ため息を吐きながら霊夢はボソッと呟いた。
「……っということでお願いできる?」
「いきなり押しかけてきたと思ったら、また面白いもの要求してきたね~こんなもの何に使うつもり?」
文がやってきたのは河城にとりの元。扉を半壊にしてまで文が入ってきたと思ったら、ドンと企画書を渡してきたのだった。
「もちのろんで、ドでかい火花を打ち上げるためよ」
「それはわかるけどさ、文のことだから何かしら考えがあるんでしょ」
「それは企画書にしっかりと明記したじゃない」
「物を作る以上、使い道をしっかり教えてくれないと。こっちだって自分の名を貸す訳だから、その企画書とは別の目的を教えてもらわないとね。それに椛が『文さんが突発的に行動した時、必ず裏があるんすよ』って言っていたしね」
「あやややや、そこまで言われちゃ仕方ないわね」
(椛、後で覚えていなさい)
笑顔とは裏腹に椛に怒りを覚える文だったが、そこはお得意のポーカーフェイスで表には出さずに済ませる。そして、にとりなら椛と違って(ここ重要)余計なことは話さないだろうと思った文は、にとりの耳元でそっと今回の目的について話す。話を聞いたにとり
は、その使い道に笑いで涙は出るくらい笑っていた。
「あははは~あの文が、他人の感情を文の方から出してあげたいだなんて……真夏に大雪が降るってこのことかい?」
「失敬な、私だってそれくらいの心はあるわよ!」
「ごめんごめん、昔の文だったら考えられなかったからね。わかった、頼まれた物は責任を持って作らせてもらうよ。5日ほどもらえるかな?」
「わかったわ、その間に別の準備を進めておくわ」
そうして、文はにとりの家を後にした。
(さて次は……行きたくないけど。腹をくくるしかないわね)
方向をもう一度博麗神社に向けて、文は飛び立った。
「それで、私のところに来たってわけかい」
「そうです、もう来たくて仕方……」
「本音は?」
「来たくなかったです……」
「素直でよろしい」
文が次に向かったのは伊吹萃香のところだった。博麗神社で話すのはまずいと考え、萃香を捕まえると人里の居酒屋へと足を運んだ。そして早速企画書の内容を説明して、相手を持ち上げようとしたら一蹴されたところである。
「それで、お返事の方は?」
「天狗とは昔からの好みだしねぇ、一肌脱がせてもらうよ」
「ホントですか!ありがとうございます!」
「そのかわり……」
「えっ?」
これで終わると思いきや、萃香の突然な切り替えし、そして文はその切り返しに危険を察知した。正直このまま一目散に逃げたいところだが、相手は鬼、それもこちらが頼んでいる身だ。そう思考を回転させると文は、冷や汗を掻くしかなかった。
「お酒ですか?ではこの前お話しした八目鰻のお店に……」
「あ~それも悪くはないんだけどね。けど今回は違うのさ。昔のあんたに比べるとこんな企画を立てるなんて絶対になかった。それは何かあるってことで捉えていいのだろう?」
にとりの時と同じく、ここでも昔の文と比べられる。『そこまで変わったのだろうか?』と文は疑問に思うばかりだった。
「まぁ貴方になら話しても大丈夫でしょう。ゴニョゴニョゴニョ……」
「ぷっ、はははははは!な~るほど、こいつは面白い!」
文の事情を聞くと、萃香は腹の底から大笑いした。
「あの天狗が……面白い。なら盛大に盛り上げさせてもらうよ」
「ありがとうございます。しかし、このことは他言無用でお願いしますよ」
「ああ、約束するよ。鬼は嘘をつかないさ。それなら……」
「?」
萃香が文にこっそりと耳元に伝える。
「どうせ、完成するまで暇なんだろう?ならあんたもやってみるといいさ」
「そうさせてもらいます」
(二度も笑われるとは思いませんでしたね……)
その感情は怒りではなく、疑問として文の心に残った。
博麗神社、この殺風景な神社は相変わらず静かだった。文が飛び出して以降、魔理沙が来たくらいで、それ以降は誰一人と神社には訪れず。ただ悠然と静かな時が流れていた。
「静かね……本当に静か。そして、暑い……」
霊夢は夏の暑さに完全にダウンしていた。人里へであることもしたがそれも、気が進まなく結局行かず仕舞いだった。夏の暑さ恐るべし。
少しでも身体を冷やそうと、桶に水を貯め、そこに素足をチャポンと入れる。足が冷えることによって、少しだけ身体全体も暑さから解放される。
「やっぱ暑い日はこれね~気持ちいい~」
足を小さく動かして波を作る。押しては返される波が、桶の底にある冷たい水の層を上へと持ち上げ、もう一度霊夢の足を冷やした。
「毎度おなじみ文々。新聞で~す」
遠くから文の声が聞こえてくる。そして上から落ちてくる一枚の紙。ゆらゆらと舞いながら霊夢の膝へと落ちてゆく。
「なにこれ?花火大会?会場は……うち!?」
花火大会当日の夜、博麗神社には人妖混ざった様々な幻想郷の種族が集まってきた。
「なんでこんなことに……」
「霊夢さーん」
「原因はあんたか、あ・ん・た!」
近づいてきた文を掴み、綺麗にジャーマンスープレックスを決める。
「背骨っ!?」
「それで、何の意味で花火大会何て開いたのかしら?」
「いつつ……それは、霊夢さんがパーっと出来るものはないかと言ったので、パーっと出来そうなものを選んでみただけです」
背中をさすりつつ、霊夢の質問にごく自然に返す文。気になることはいくつかあるが、まぁ楽しめればいいかと思い。霊夢はこれ以上言及しなかった。
「さて、霊夢さん。行きましょうか」
「えっ、どこに?だってもうすぐ花火始まるんじゃないの?」
「そうですよ、ですから特等席で見るとしましょう」
文に手を引っ張られ連れていかれる霊夢。向かった先は神社の屋根の上だった。
「特等席ねぇ……」
「なんですか、花火を見るときは屋根の上で見た方が迫力あるじゃないですか。あと……ほら、お酒もしっかりと用意していますし」
そういって霊夢に酒器を渡し、お酒を注ぐ。
「夏ということで冷づくし、それも雪冷えにしてみました」
「ぷは~おいしいわね。よくここまで冷やせたわね」
「氷精に頼んで冷やしてもらったんですよ。さすがに温度を保持するのは大変でしたが、なんとか持って良かったです。さぁ夏の夜にお酒と特等席で花火を楽しみましょう」
夜空へと打ち上がる花火玉、それが夜の闇へと消えたと思うと、大きくその花を咲かす。普段霊夢達が見ている弾幕ごっことはまた違った美しさ。その輝きは空を照らしそして消えてゆく。
そして単発の花火が終わったと思ったら、次々とリズムよく連続で打ち出される。仕掛け花火の一種、スターマインが夏の夜空を彩る。
「綺麗ね……」
「そうですね」
打ち上げられる花火に見とれる二人。文自身も此処まで盛大に打ち上げてくれるとは思わなかった。事情を知っている萃香とにとりが色々手配してくれたのだろうか。始めは話して後悔したけれども、これはこれで話してよかったと文は思う。
「はは、面白い花火」
「へ?ああ……」
次に打ち上げられた花火、それは萃香が文に作ってみろと言われ、試行錯誤しながら作った花火だった。
「がんばったんですけどね……思った通りにいかないものです」
残念そうにする文の肩に、そっと霊夢が手をのせる。
「がんばったのなら、結果がどうあれ、それでいいじゃない。それに面白かったけど、今までの花火とは別でよかったわよ」
「あ、ありがとうございます」
微かに頬を赤くする文。霊夢に気に入ってもらって、うれしいやら恥ずかしいやら、気持ちが落ち着かなかった。
最後に柳花火が一面を飾り、花火大会は終わりを告げた。
「終わったわね」
「そうですね……」
「なんか、花火を見ていたら昔を思い出しちゃった」
「えっ?」
「あんまり覚えていないんだけどね。昔神社で花火を見た時こうして屋根の上に登って誰かと花火を見た気がするの」
「そうですか」
文はそっと静けさの戻った空を見上げる。そんな文に霊夢は後ろから抱きつき。
「ありがとね、楽しかった」
「楽しんでいただけたのなら、こちらとしても企画したかいがあったというものです」
「次神社を会場にする時は事前に私の許可を取ること、いいわね」
「はい……」
感動的なシーンがすぐさま崩壊した。しかしそれも悪くないかと、文はそっと微笑んだ。
「さて、下に降りてもう少し飲むとしましょうか」
「そうね、にぎやかなお酒の後に静かなお酒をいただきましょう」
二人が屋根の上から降りようとした時、再び空が輝く。
「あれ、花火はもう全部打ち上げたはずじゃ……」
輝く方へと振り向くと、そこにはあの花火だけじゃ満足しきれず、弾幕ごっこを始める者たちがたくさんいた。
「花火大会に2次会はこれで決まりね、文」
「そうですね。それも悪くはありませんね」
二人は幻想郷ならではの花火の方へと向かった。
身体中へと流れて巫女服に吸い取られていった。このままでは、境内の掃除が終わる前に自分が煮干になってしまう。そう思った霊夢は、神社の隅に箒を立て掛け、一服しようと神社の中へと入っていった。
中は戸を全開に開け、風の通りをよくしているのだが、今日は風が全く吹いていないため意味を成していなかった。気温は外と全く変わらないが、地面からの熱や直接日光に当たるよりかはマシだった。
「で、あんたはいつまでそうしている気なの」
霊夢が声をかけたその先には、畳の上に突っ伏している射命丸文がいた。葉団扇を団扇代わりにして、手が疲れない程度に扇ぎ、涼しくなるように風を操って、暑さをなんとか凌いでいた。
「霊夢が~最っ高にCOOLなお茶を出すまで~帰らない~」
取材モードではないため、文の態度は大きかった。暑さによる倦怠感も相まって、より一層めんどくさかった。
「なら、霧の湖まで行ってきてチルノ捕まえてきなさいよ。そうすれば最っ高にCOOLなお茶でも何でも出してあげるわよ」
「なんで、私が行かなくちゃならないのかわからないわね」
「……」
普段なら『よろしい、ならば戦争だ』と弾幕勝負を挑むのだが、暑さでやる気も起きなかった。
「仕方ないわね……」
そういって霊夢は台所へと消えていった。そして、しばらくしてお盆を持って戻ってくる。
「お待たせ、最っ高にCOOLじゃないけど、冷たいお茶入れてきたわよ」
「おお~気が利きますね~」
「立つのもかったるいでしょ。ほら、仰向けになって口開けて。今、流し込んであげるわ。後、畳の上だとこぼれた時に染みちゃうから縁側の方まで移動して」
「は~い」
文は素直にゴロゴロと、縁側の方へと向かっていく。それについていくように霊夢は湯呑みと急須を持って移動する。
「はい、口開けて」
「あ~ん」
文の口に冷たいお茶が注がれる。しかし、暑さにバテた身体に、湯呑み一杯のお茶では満たされることは無かった。
「もう一杯飲む?」
「飲む~」
霊夢は急須からお茶を注いだ。熱々のお茶を……
「それじゃあいくわよ、口開けて」
「あ~ん」
湯気が上がる湯飲みは文の口の上、湯気もこの炎天下の中では目視するのも難しい。そして文が気づくことなくお茶が口に注がれた。
「あちっ!?」
口の中で熱さによる痛みが文を襲う。脊椎反射により身体はビクッと動き、そのまま庭に落ちてしまった。
「いててて……熱いお茶を注ぐなんてひどいですよ……」
「熱々のおでんにした方がよかった?」
「しないでくださいよ!絶対にしないでくださいよ!」
「しないわよ。けどシャキッとしたでしょ」
「どうせなら、冷水を顔に思いっきりかけてもらった方がよかったです」
顔にかかった熱いお茶を拭きながら、文が嘆く。同時に取材モードのスイッチも入ったのか、丁寧な口調に変わっていた。
「さて、お茶でも飲もうかしら。あんたも飲む?」
「十分いただいたのでもういいです」
「そう」
霊夢は先程文に注いだ熱々のお茶を平然と飲んで落ち着いていた。しかし熱々のお茶である。霊夢の肌からは汗が止まることはなかった。
「文」
「はい?」
「それで扇いでくれる?」
霊夢が指を差した先には葉団扇。文は『自分にいたずらするためだけに、熱いお茶を注いだ』のだとわかると、『はぁーっ』とため息をついた。
「全く、素直に冷たいお茶を作ればいいものを……」
文は小さくつぶやきながら、風量を調節しながら扇ぐ。汗にひっついて動こうとしないものや、風に乗って仄かに泳ぐものもある。その動きは繊細でとてもしなやかだった。静かで短くても長く感じる空間。その空間を最初に砕いたのは霊夢の方だった。
「ほんっと最近静かよね」
「そうですね、みんな暑さでバテているんでしょうかね」
「確かに宴会やるほど元気がでないわね。けど何かパーっと出来るものないかしらね」
「パーっとですか……あっ!」
何か思い立ったらしく文が立ち上がる。
「何か思いついたの?」
「ええ、面白いこと思いついたので、今日はここでおいたまさせていただきます」
そう言って、文は飛びたって行ってしまった。そして霊夢は何も教えてもらうことなく取り残されてしまった。
「……まぁいいわ。これでゆっくり……」
「おーい霊夢いるかー?」
うるさいのが1人居なくなったと思ったら、外からまたうるさいのが……そう魔理沙だ。
「はぁ……静かじゃないのは、私の周りだけかもしれないわね」
ため息を吐きながら霊夢はボソッと呟いた。
「……っということでお願いできる?」
「いきなり押しかけてきたと思ったら、また面白いもの要求してきたね~こんなもの何に使うつもり?」
文がやってきたのは河城にとりの元。扉を半壊にしてまで文が入ってきたと思ったら、ドンと企画書を渡してきたのだった。
「もちのろんで、ドでかい火花を打ち上げるためよ」
「それはわかるけどさ、文のことだから何かしら考えがあるんでしょ」
「それは企画書にしっかりと明記したじゃない」
「物を作る以上、使い道をしっかり教えてくれないと。こっちだって自分の名を貸す訳だから、その企画書とは別の目的を教えてもらわないとね。それに椛が『文さんが突発的に行動した時、必ず裏があるんすよ』って言っていたしね」
「あやややや、そこまで言われちゃ仕方ないわね」
(椛、後で覚えていなさい)
笑顔とは裏腹に椛に怒りを覚える文だったが、そこはお得意のポーカーフェイスで表には出さずに済ませる。そして、にとりなら椛と違って(ここ重要)余計なことは話さないだろうと思った文は、にとりの耳元でそっと今回の目的について話す。話を聞いたにとり
は、その使い道に笑いで涙は出るくらい笑っていた。
「あははは~あの文が、他人の感情を文の方から出してあげたいだなんて……真夏に大雪が降るってこのことかい?」
「失敬な、私だってそれくらいの心はあるわよ!」
「ごめんごめん、昔の文だったら考えられなかったからね。わかった、頼まれた物は責任を持って作らせてもらうよ。5日ほどもらえるかな?」
「わかったわ、その間に別の準備を進めておくわ」
そうして、文はにとりの家を後にした。
(さて次は……行きたくないけど。腹をくくるしかないわね)
方向をもう一度博麗神社に向けて、文は飛び立った。
「それで、私のところに来たってわけかい」
「そうです、もう来たくて仕方……」
「本音は?」
「来たくなかったです……」
「素直でよろしい」
文が次に向かったのは伊吹萃香のところだった。博麗神社で話すのはまずいと考え、萃香を捕まえると人里の居酒屋へと足を運んだ。そして早速企画書の内容を説明して、相手を持ち上げようとしたら一蹴されたところである。
「それで、お返事の方は?」
「天狗とは昔からの好みだしねぇ、一肌脱がせてもらうよ」
「ホントですか!ありがとうございます!」
「そのかわり……」
「えっ?」
これで終わると思いきや、萃香の突然な切り替えし、そして文はその切り返しに危険を察知した。正直このまま一目散に逃げたいところだが、相手は鬼、それもこちらが頼んでいる身だ。そう思考を回転させると文は、冷や汗を掻くしかなかった。
「お酒ですか?ではこの前お話しした八目鰻のお店に……」
「あ~それも悪くはないんだけどね。けど今回は違うのさ。昔のあんたに比べるとこんな企画を立てるなんて絶対になかった。それは何かあるってことで捉えていいのだろう?」
にとりの時と同じく、ここでも昔の文と比べられる。『そこまで変わったのだろうか?』と文は疑問に思うばかりだった。
「まぁ貴方になら話しても大丈夫でしょう。ゴニョゴニョゴニョ……」
「ぷっ、はははははは!な~るほど、こいつは面白い!」
文の事情を聞くと、萃香は腹の底から大笑いした。
「あの天狗が……面白い。なら盛大に盛り上げさせてもらうよ」
「ありがとうございます。しかし、このことは他言無用でお願いしますよ」
「ああ、約束するよ。鬼は嘘をつかないさ。それなら……」
「?」
萃香が文にこっそりと耳元に伝える。
「どうせ、完成するまで暇なんだろう?ならあんたもやってみるといいさ」
「そうさせてもらいます」
(二度も笑われるとは思いませんでしたね……)
その感情は怒りではなく、疑問として文の心に残った。
博麗神社、この殺風景な神社は相変わらず静かだった。文が飛び出して以降、魔理沙が来たくらいで、それ以降は誰一人と神社には訪れず。ただ悠然と静かな時が流れていた。
「静かね……本当に静か。そして、暑い……」
霊夢は夏の暑さに完全にダウンしていた。人里へであることもしたがそれも、気が進まなく結局行かず仕舞いだった。夏の暑さ恐るべし。
少しでも身体を冷やそうと、桶に水を貯め、そこに素足をチャポンと入れる。足が冷えることによって、少しだけ身体全体も暑さから解放される。
「やっぱ暑い日はこれね~気持ちいい~」
足を小さく動かして波を作る。押しては返される波が、桶の底にある冷たい水の層を上へと持ち上げ、もう一度霊夢の足を冷やした。
「毎度おなじみ文々。新聞で~す」
遠くから文の声が聞こえてくる。そして上から落ちてくる一枚の紙。ゆらゆらと舞いながら霊夢の膝へと落ちてゆく。
「なにこれ?花火大会?会場は……うち!?」
花火大会当日の夜、博麗神社には人妖混ざった様々な幻想郷の種族が集まってきた。
「なんでこんなことに……」
「霊夢さーん」
「原因はあんたか、あ・ん・た!」
近づいてきた文を掴み、綺麗にジャーマンスープレックスを決める。
「背骨っ!?」
「それで、何の意味で花火大会何て開いたのかしら?」
「いつつ……それは、霊夢さんがパーっと出来るものはないかと言ったので、パーっと出来そうなものを選んでみただけです」
背中をさすりつつ、霊夢の質問にごく自然に返す文。気になることはいくつかあるが、まぁ楽しめればいいかと思い。霊夢はこれ以上言及しなかった。
「さて、霊夢さん。行きましょうか」
「えっ、どこに?だってもうすぐ花火始まるんじゃないの?」
「そうですよ、ですから特等席で見るとしましょう」
文に手を引っ張られ連れていかれる霊夢。向かった先は神社の屋根の上だった。
「特等席ねぇ……」
「なんですか、花火を見るときは屋根の上で見た方が迫力あるじゃないですか。あと……ほら、お酒もしっかりと用意していますし」
そういって霊夢に酒器を渡し、お酒を注ぐ。
「夏ということで冷づくし、それも雪冷えにしてみました」
「ぷは~おいしいわね。よくここまで冷やせたわね」
「氷精に頼んで冷やしてもらったんですよ。さすがに温度を保持するのは大変でしたが、なんとか持って良かったです。さぁ夏の夜にお酒と特等席で花火を楽しみましょう」
夜空へと打ち上がる花火玉、それが夜の闇へと消えたと思うと、大きくその花を咲かす。普段霊夢達が見ている弾幕ごっことはまた違った美しさ。その輝きは空を照らしそして消えてゆく。
そして単発の花火が終わったと思ったら、次々とリズムよく連続で打ち出される。仕掛け花火の一種、スターマインが夏の夜空を彩る。
「綺麗ね……」
「そうですね」
打ち上げられる花火に見とれる二人。文自身も此処まで盛大に打ち上げてくれるとは思わなかった。事情を知っている萃香とにとりが色々手配してくれたのだろうか。始めは話して後悔したけれども、これはこれで話してよかったと文は思う。
「はは、面白い花火」
「へ?ああ……」
次に打ち上げられた花火、それは萃香が文に作ってみろと言われ、試行錯誤しながら作った花火だった。
「がんばったんですけどね……思った通りにいかないものです」
残念そうにする文の肩に、そっと霊夢が手をのせる。
「がんばったのなら、結果がどうあれ、それでいいじゃない。それに面白かったけど、今までの花火とは別でよかったわよ」
「あ、ありがとうございます」
微かに頬を赤くする文。霊夢に気に入ってもらって、うれしいやら恥ずかしいやら、気持ちが落ち着かなかった。
最後に柳花火が一面を飾り、花火大会は終わりを告げた。
「終わったわね」
「そうですね……」
「なんか、花火を見ていたら昔を思い出しちゃった」
「えっ?」
「あんまり覚えていないんだけどね。昔神社で花火を見た時こうして屋根の上に登って誰かと花火を見た気がするの」
「そうですか」
文はそっと静けさの戻った空を見上げる。そんな文に霊夢は後ろから抱きつき。
「ありがとね、楽しかった」
「楽しんでいただけたのなら、こちらとしても企画したかいがあったというものです」
「次神社を会場にする時は事前に私の許可を取ること、いいわね」
「はい……」
感動的なシーンがすぐさま崩壊した。しかしそれも悪くないかと、文はそっと微笑んだ。
「さて、下に降りてもう少し飲むとしましょうか」
「そうね、にぎやかなお酒の後に静かなお酒をいただきましょう」
二人が屋根の上から降りようとした時、再び空が輝く。
「あれ、花火はもう全部打ち上げたはずじゃ……」
輝く方へと振り向くと、そこにはあの花火だけじゃ満足しきれず、弾幕ごっこを始める者たちがたくさんいた。
「花火大会に2次会はこれで決まりね、文」
「そうですね。それも悪くはありませんね」
二人は幻想郷ならではの花火の方へと向かった。
でも気になった点が。
>次に打ち上げられた花火、それは萃香が文に作ってみろと言われ、試行錯誤しながら作った花火だった。
文が萃香に作ってみろと言われ、ではなく?
あやあやれいむれいむです
文の行動力とそれに惹きつけられる協力者の面々。そう考えると、幻想郷の、人物を中心とした夏景色が見えてこれもなかなか涼味があって良いですね。
彼女らが計画に乗ったのは霊夢絡みだから、文絡みだから、だけではなく、両者の繋がりにこそ面白みを見出したからなんだなー、とか。つまりあやれいむも悪くないねと。楽しかったです。