騒がしく妖精たちが遊んでいる湖の畔で日傘を回しながらお嬢様と私は散歩をしていた。
お嬢様は食事のときに流れていたレコードのメロディーを口ずさんで、西に沈んでいく太陽の下で散歩を楽しんでいた。
「咲夜。庭の薔薇っていつぐらいに咲きそうなの?」
「もうすぐではないでしょうか。きっと、お嬢様のように気高く可愛らしい花が咲きますよ」
お嬢様は少し引きつった顔をした。可愛らしいが気に入らなかったようだ。
そんなお嬢様に私は微笑んだ。
お嬢様は「一人で歩いてくるわ」と湖の方へと歩いていった。
その様子に私は切り株の上に座ってお嬢様の帰りを待つことにした。優雅に散歩をするお嬢様はとても可愛らしかった。
そして、お嬢様が振り向いた時、激しく胸を刺されたような痛みが襲った。
「うっ」
顔に出さないように痛みに耐えようとした。しかし、その痛みは徐々に激しさを増していった。
(ゴホッゴホッ)
私は口に手をあてて咳をした。すぐに治まるだろうとしばらくそのままにしていると、掌に温かな液体があった。
「…………」
口の中に血の味が充満していた。
「お嬢様……そろそろ帰りませんか?夕日の光が体に触りますよ」
「分かったわ。戻ったら少し眠ることにするから」
私は血のついた掌を隠した。
風に乗って血のように赤い薔薇の花弁が少し開いた窓から入ってきた。
その花弁は私の足元に落ちて、思わず手にとってしまった。これも何かしらの運命なのかと思い私はその薔薇の花弁をエプロンのポケットにそっとしまった。
花弁が入ってきた窓から見下ろした庭は、血のように赤い薔薇に赤い月のスポットライトで照らされていた。
「……ふぅ」
お嬢様の好きな赤い世界がそこにはあった。
窓から広がる赤い世界は見慣れているはずなのに何度見てもそれは幻想的な光景。まるで、いつまでも続いていくような永遠の美しさだ。
「あら、咲夜。何を見ているの」
「ひぃっ」
私を呼ぶ声に驚いて振り向くと、そこには数冊の本を抱えた魔女がいた。
お嬢様の友人のパチュリー様は、心配になるほど病的なまでに肌が白い。もっと、外に出かけられたらよろしいのにと会うたびに思っている。本人には口が裂けてもいえないけど……。
「あなたは、何か失礼なことを考えてるの」
「えっ。す、すみませんパチュリー様」
「別に謝らなくてもいいわよ。でも、そろそろレミィが起きてくる時間じゃないかしら」
エプロンのポケットにしまってる懐中時計を見ると、深夜の12時を過ぎようとしている。私が赤い世界に心を奪われている間にいつの間にかこんな時間になっていた。
「はい、そうですね。パチュリー様も一緒にお食事をなさいますか」
「私は後でいいわ。レミィが食事を終えた後でも図書館に持ってきてちょうだい」
私は、かしこまりましたと頷いた。
パチュリー様が立ち去ろうとしたその時、ちょうど月が傾いて廊下へと月光が差し込んだ。
「それにしても今年の薔薇は最高の出来のようね。とてもいい香りだわ」
そういって、パチュリー様が窓を開けると一段と強くなる薔薇の香りが風と共に屋敷の中を吹き抜ける。その風はパチュリー様と私の髪をそっと撫でるように揺らした。
「ああ、そうだ――」
咲夜、後で庭の薔薇を花瓶にでも活けてちょうだい。それでは、お食事と一緒にお持ちしますね。
レミィが起きたら昨日持ち出した本を返すようにいってもらえるかしら。お嬢様には、しっかりと伝えておきます。
「お願いね咲夜」
「かしこまりました。パチュリー様……」
私は月が照らす廊下に一人佇んだ。
胸の奥に存在する確かで正体の分からない不安が形を作り始めているかのように、小さな人の身体を包んでいく。
まだ、そのときじゃない。気付いていても気付かないふりをする。それが出来るほど私は器用だった。
お嬢様は月の光で赤く染まったテラスに座っていた。私はその側に立って空になったティーカップの中に赤く染色された紅茶を注ぐ。
「さっき……パチェも言っていたみたいだけど、今年の薔薇は最高の出来ね。庭を手入れしてる美鈴に何かしらのボーナスをあげようかしら。ねぇ、咲夜はどう思う」
イタズラっぽく微笑むお嬢様は何か言葉を待っているかのように私の顔を覗いた。
「そうですね、あげてもいいかもしれませんね。でも、あれを甘やかすのは……」
お嬢様は腕を組んで微笑んだ。とても可愛らしい笑顔。永遠のような気高い美しさ。
私も自然と頬が緩む。こんな素晴らしい人に仕えることのできる私は誇らしかった。
「お嬢様……ここから見える薔薇の庭はまるで永遠の時間を刻んでいるようですね」
「そうね」
声が少し曇るような気がした。お嬢様は紅茶を少し飲むとティーカップに残ったものを見るように目を落とした。
「でも、永遠なんて退屈なだけだわ。どんなに強靭な体を持っている吸血鬼でもいつかは死んでしまうの。咲夜のような人間もね」
「……ええ」
お嬢様のその言葉に竹林に住んでいる人間をやめた少女のことを思い出した。永遠の命を手に入れてしまった哀れな少女は人間として死ぬことができない。生きているのに生きていない、不死の操り人形。
「お嬢様……あの竹林でもいいました。私はあなたとずっと一緒にいます、少なくともこの命が尽きて消えるまでは」
「何を言っているのよ。そんなの当然じゃない」
お嬢様は紅茶のティーカップに口をつけて顔を隠した。
私はそんなお嬢様の隣でただ立っていた。
「紅茶のおかわりはいかがですか?」
「ええ、もらうわ」
笑顔でティーカップを差し出すお嬢様の顔に近づいた時、目の前が幕を下ろしたかのように暗くなった。そして、突然体に掛かる衝撃とお嬢様の叫び声が私の耳に残った。体は自由に動かなかった。
(ああ、私はこの小さな主人を悲しませてしまうのか)
深夜の屋敷の中で私の世界は赤く紅くあかく、その色を変えてしまった。
目を覚ますと私は赤いベッドの上で眠っていた。周りには見慣れた装飾の家具で窓からは赤い月の光が差していた。
「どれくらい眠っていたのでしょうか?」
胸の痛みは少しよくなっていた。
コンコンコン。ドアをノックする音で私は顔を上げた。そこにはいつもの可愛らしいお嬢様の顔があった。
「もう、おきても大丈夫なの」
お嬢様の目は少し腫れたようになっていた。私がお嬢様を泣かしてしまったのかと胸が苦しくなった。
「いくら時間を操れるといっても、咲夜は人間なんだものね」
お嬢様は落ち着いた顔で私の手を握っていた。
「すみません、お嬢様。私はわたしは……」
「分かってるわ。何もいわなくていい」
私が人間である限り、死という別れは必ず来るのだ。もう人間をやめる術はない。
あれから。私が倒れた日から数日が過ぎていた。
あのあと、お嬢様の叫び声を聞きつけたメイドたちが私をベッドまで運んだという。門番の美鈴を永遠亭まで走らせてパチュリー様は私の病の進行を遅くしてくれていたらしい。
「咲夜が居なくなったら、誰が紅魔館を管理するの?」
「ええ。私は、お嬢様だけでも大丈夫だと思いますよ」
長い時間を二人だけで過ごした。もうすぐ太陽が東の空に顔を出す頃になってようやく、お嬢様は目を擦って欠伸をした。
そのまま、私の寝ていたベッドの上で吐息をこぼした。
「咲夜は咲夜のままでいい、死ぬまで私の僕でいなさい」
優しく可愛らしいお嬢様の寝言に私は微かに笑った。
「……お嬢様……。私はいつまでも一緒にいます。ずっと一緒にいます」
赤いベッドの上で、私はお嬢様の小さな体を抱きしめた。
永遠の美しさなんてない、咲いては散る薔薇の花こそがもっとも美しい。そんな薔薇のように咲き誇るお嬢様は、美しかった。
翌日の昼頃に手紙を持った兎が門の前にやってきた。
「先日は助かりましたとお宅の医者に伝えていただけますか?」
「はい分かりました。それと、これは師匠からです」
手紙には<あなたの部下思いの優しいお嬢様に免じて>と書かれていた。
そして小さな小瓶を渡された。そのラベルには――
「……劣化版蓬莱の薬……」
本物の蓬莱の薬とは違って永遠の命なんて手に入らない。しかし、失った寿命を少しだけ延ばすことが出来る。
私はその薬をありがたく飲むことにした。
少しでも私の可愛い主人と一緒にいられますように――。
お嬢様は食事のときに流れていたレコードのメロディーを口ずさんで、西に沈んでいく太陽の下で散歩を楽しんでいた。
「咲夜。庭の薔薇っていつぐらいに咲きそうなの?」
「もうすぐではないでしょうか。きっと、お嬢様のように気高く可愛らしい花が咲きますよ」
お嬢様は少し引きつった顔をした。可愛らしいが気に入らなかったようだ。
そんなお嬢様に私は微笑んだ。
お嬢様は「一人で歩いてくるわ」と湖の方へと歩いていった。
その様子に私は切り株の上に座ってお嬢様の帰りを待つことにした。優雅に散歩をするお嬢様はとても可愛らしかった。
そして、お嬢様が振り向いた時、激しく胸を刺されたような痛みが襲った。
「うっ」
顔に出さないように痛みに耐えようとした。しかし、その痛みは徐々に激しさを増していった。
(ゴホッゴホッ)
私は口に手をあてて咳をした。すぐに治まるだろうとしばらくそのままにしていると、掌に温かな液体があった。
「…………」
口の中に血の味が充満していた。
「お嬢様……そろそろ帰りませんか?夕日の光が体に触りますよ」
「分かったわ。戻ったら少し眠ることにするから」
私は血のついた掌を隠した。
風に乗って血のように赤い薔薇の花弁が少し開いた窓から入ってきた。
その花弁は私の足元に落ちて、思わず手にとってしまった。これも何かしらの運命なのかと思い私はその薔薇の花弁をエプロンのポケットにそっとしまった。
花弁が入ってきた窓から見下ろした庭は、血のように赤い薔薇に赤い月のスポットライトで照らされていた。
「……ふぅ」
お嬢様の好きな赤い世界がそこにはあった。
窓から広がる赤い世界は見慣れているはずなのに何度見てもそれは幻想的な光景。まるで、いつまでも続いていくような永遠の美しさだ。
「あら、咲夜。何を見ているの」
「ひぃっ」
私を呼ぶ声に驚いて振り向くと、そこには数冊の本を抱えた魔女がいた。
お嬢様の友人のパチュリー様は、心配になるほど病的なまでに肌が白い。もっと、外に出かけられたらよろしいのにと会うたびに思っている。本人には口が裂けてもいえないけど……。
「あなたは、何か失礼なことを考えてるの」
「えっ。す、すみませんパチュリー様」
「別に謝らなくてもいいわよ。でも、そろそろレミィが起きてくる時間じゃないかしら」
エプロンのポケットにしまってる懐中時計を見ると、深夜の12時を過ぎようとしている。私が赤い世界に心を奪われている間にいつの間にかこんな時間になっていた。
「はい、そうですね。パチュリー様も一緒にお食事をなさいますか」
「私は後でいいわ。レミィが食事を終えた後でも図書館に持ってきてちょうだい」
私は、かしこまりましたと頷いた。
パチュリー様が立ち去ろうとしたその時、ちょうど月が傾いて廊下へと月光が差し込んだ。
「それにしても今年の薔薇は最高の出来のようね。とてもいい香りだわ」
そういって、パチュリー様が窓を開けると一段と強くなる薔薇の香りが風と共に屋敷の中を吹き抜ける。その風はパチュリー様と私の髪をそっと撫でるように揺らした。
「ああ、そうだ――」
咲夜、後で庭の薔薇を花瓶にでも活けてちょうだい。それでは、お食事と一緒にお持ちしますね。
レミィが起きたら昨日持ち出した本を返すようにいってもらえるかしら。お嬢様には、しっかりと伝えておきます。
「お願いね咲夜」
「かしこまりました。パチュリー様……」
私は月が照らす廊下に一人佇んだ。
胸の奥に存在する確かで正体の分からない不安が形を作り始めているかのように、小さな人の身体を包んでいく。
まだ、そのときじゃない。気付いていても気付かないふりをする。それが出来るほど私は器用だった。
お嬢様は月の光で赤く染まったテラスに座っていた。私はその側に立って空になったティーカップの中に赤く染色された紅茶を注ぐ。
「さっき……パチェも言っていたみたいだけど、今年の薔薇は最高の出来ね。庭を手入れしてる美鈴に何かしらのボーナスをあげようかしら。ねぇ、咲夜はどう思う」
イタズラっぽく微笑むお嬢様は何か言葉を待っているかのように私の顔を覗いた。
「そうですね、あげてもいいかもしれませんね。でも、あれを甘やかすのは……」
お嬢様は腕を組んで微笑んだ。とても可愛らしい笑顔。永遠のような気高い美しさ。
私も自然と頬が緩む。こんな素晴らしい人に仕えることのできる私は誇らしかった。
「お嬢様……ここから見える薔薇の庭はまるで永遠の時間を刻んでいるようですね」
「そうね」
声が少し曇るような気がした。お嬢様は紅茶を少し飲むとティーカップに残ったものを見るように目を落とした。
「でも、永遠なんて退屈なだけだわ。どんなに強靭な体を持っている吸血鬼でもいつかは死んでしまうの。咲夜のような人間もね」
「……ええ」
お嬢様のその言葉に竹林に住んでいる人間をやめた少女のことを思い出した。永遠の命を手に入れてしまった哀れな少女は人間として死ぬことができない。生きているのに生きていない、不死の操り人形。
「お嬢様……あの竹林でもいいました。私はあなたとずっと一緒にいます、少なくともこの命が尽きて消えるまでは」
「何を言っているのよ。そんなの当然じゃない」
お嬢様は紅茶のティーカップに口をつけて顔を隠した。
私はそんなお嬢様の隣でただ立っていた。
「紅茶のおかわりはいかがですか?」
「ええ、もらうわ」
笑顔でティーカップを差し出すお嬢様の顔に近づいた時、目の前が幕を下ろしたかのように暗くなった。そして、突然体に掛かる衝撃とお嬢様の叫び声が私の耳に残った。体は自由に動かなかった。
(ああ、私はこの小さな主人を悲しませてしまうのか)
深夜の屋敷の中で私の世界は赤く紅くあかく、その色を変えてしまった。
目を覚ますと私は赤いベッドの上で眠っていた。周りには見慣れた装飾の家具で窓からは赤い月の光が差していた。
「どれくらい眠っていたのでしょうか?」
胸の痛みは少しよくなっていた。
コンコンコン。ドアをノックする音で私は顔を上げた。そこにはいつもの可愛らしいお嬢様の顔があった。
「もう、おきても大丈夫なの」
お嬢様の目は少し腫れたようになっていた。私がお嬢様を泣かしてしまったのかと胸が苦しくなった。
「いくら時間を操れるといっても、咲夜は人間なんだものね」
お嬢様は落ち着いた顔で私の手を握っていた。
「すみません、お嬢様。私はわたしは……」
「分かってるわ。何もいわなくていい」
私が人間である限り、死という別れは必ず来るのだ。もう人間をやめる術はない。
あれから。私が倒れた日から数日が過ぎていた。
あのあと、お嬢様の叫び声を聞きつけたメイドたちが私をベッドまで運んだという。門番の美鈴を永遠亭まで走らせてパチュリー様は私の病の進行を遅くしてくれていたらしい。
「咲夜が居なくなったら、誰が紅魔館を管理するの?」
「ええ。私は、お嬢様だけでも大丈夫だと思いますよ」
長い時間を二人だけで過ごした。もうすぐ太陽が東の空に顔を出す頃になってようやく、お嬢様は目を擦って欠伸をした。
そのまま、私の寝ていたベッドの上で吐息をこぼした。
「咲夜は咲夜のままでいい、死ぬまで私の僕でいなさい」
優しく可愛らしいお嬢様の寝言に私は微かに笑った。
「……お嬢様……。私はいつまでも一緒にいます。ずっと一緒にいます」
赤いベッドの上で、私はお嬢様の小さな体を抱きしめた。
永遠の美しさなんてない、咲いては散る薔薇の花こそがもっとも美しい。そんな薔薇のように咲き誇るお嬢様は、美しかった。
翌日の昼頃に手紙を持った兎が門の前にやってきた。
「先日は助かりましたとお宅の医者に伝えていただけますか?」
「はい分かりました。それと、これは師匠からです」
手紙には<あなたの部下思いの優しいお嬢様に免じて>と書かれていた。
そして小さな小瓶を渡された。そのラベルには――
「……劣化版蓬莱の薬……」
本物の蓬莱の薬とは違って永遠の命なんて手に入らない。しかし、失った寿命を少しだけ延ばすことが出来る。
私はその薬をありがたく飲むことにした。
少しでも私の可愛い主人と一緒にいられますように――。
二次創作ならば、蓬莱人として生きる決意をするのもありでしょう。けれどもやはり展開が早すぎると感じました。
出来る事ならクッションを入れて欲しい。「何としても傍に留まりたい」そう決心させるようなシーンを一つ。
それと冒頭の咲夜さんが吐血したシーン。これは自らの体調を案じて、主人の時間を妨げたように受け取れます。
お嬢様は察したのでしょうけれど、ちょっと我侭かなぁ、と。
咲夜さんには気丈に振舞って欲しい。主従の関係を守って欲しい。これも私の我侭なんですが。
表現が綺麗で、静かな雰囲気が素敵でした。
着飾った言葉はとても詩的で、素敵でした。