Coolier - 新生・東方創想話

フタリの夜

2011/08/05 20:09:42
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 ――手を取りましょう 愛しいモノの

 ――楽しみましょう 親しいモノと

 ――踊りましょう 優しい臆病者よ

 ――今宵一晩限りの舞踏会 月夜の元の舞踏会

 ――様式はご自由に 楽しみ方もご自由に

 ――手を取りましょう 楽しみましょう 踊りましょう 今宵月夜の舞踏会

 闇夜に喉を震わせる。
 歌詞に合わせて皆が動き出した。
 氷精と妖精が、妖猫と闇の妖怪が、花の妖怪と蟲の妖怪が、各々リズムを刻む。



 そして、‘夜雀‘ミスティア・ローレライ――私は、より一層、声に力を込めた。



 今夜は夜雀屋台の定休日。
 と言いつつも、事前に定めた日ではない。
 つまり、友達が集まった夜、私は店を開かないことにしていた。
 そう言う日には、そも一見さんは妖怪の集いにぎょっとして立ち寄らない。
 常連さんはと言うと、一様に慈しむ視線を浴びせ、此方にアイコンタクトして帰っていった。

 こんな。

『ミスティア嬢ちゃんも遊びたい盛りだものな』
『あはは、ごめんねー』
『この光景を肴に家で一杯できると思えば、むしろ金を払うべき』
『やかましい』
『そいじゃ、また来るわ』

 飲んでもないのにほっこりした表情で帰っていくのはどうなんだろう。いや、有り難いけど。

 勿論、ヒトリフタリの友達が来るくらいでは閉めたりしない。
 仮にそんなことをしていれば連日休みになってしまう。
 だって、リグルやルーミアは、それこそ毎日来てくれるから。
 彼女たちフタリは、既に常連さんたちと顔見知りだ。
 前者はともかく、人食いを明言している後者はどうかと思わないでもない。

 ……そうでもないか。リグルや私だってそうだ。そうだった。何時以来だ。もう随分と食べていない気がする。

 まぁいいやと小さく首を振り、私は歌へと集中した。

 チルノに橙、ルーミアが満面の笑みを浮かべ、踊っている。
 大ちゃんは微笑み、幽香も目を細めていた。
 そして、リグルは――。

「……っ」

 此方を見ていたのだろうか。
 いや、仮に偶然でも構わない。
 大きな深緑の双眸と視線が重なった。
 眼前の光景を映すだけの器官だった目に、ぼぅと熱が宿る。
 気付かれる訳にはいかないと、私は、瞳を閉じ、胸に手を当てより大きな声を出した。

「ったく」
「ふふふ」

 続けて鼓膜を打ったのは、自身の歌声と友達のステップの音。
 そして、呆れたような溜息と楽しそうな笑い声。
 幽香と大ちゃんだなこんちくしょう。

 ムキになるのも大人げないかと思いつつ、自身の意思とは裏腹に、私の声は更に大きくなってしまった――。



 この歌は、とある冬に出来た即興歌。
 フレーズを変えるだけで誰と遊んでいても対応できるので、重宝していたりする。
 そう言った利便性を除いても、語呂が良く、口ずさみやすいので自作の中でも好きな部類だ。

 ふと思った。……一番好きな歌を、暫く歌っていない気がする。



「あー、私、そろそろ帰るね」

 ワンリピートの三周目を終えた所で、橙が手を挙げ、そう言った。

「え、もう?」

 刻みかけたリズムを放り投げ、小首を捻る。
 時刻的にはまだまだ余裕があるはずなのだが……。
 家――マヨヒガに藍先生や紫が来る予定があれば、そも此処に来ていないだろうし。
 無理強いをするつもりは勿論ないのだが、理由があるなら聞いてみたい。
 と言うか、どことなく橙も聞いて欲しそうだ。

「もうちょっとしたら、ウチで猫たちの集会があるの。
 つまり、私の式候補が集まってくるんだよ!
 じっくり見定めないとねっ」

 腰骨辺りに両拳をあて、気概を吐く橙。むふーっ。

 そう言うことなら致し方なし。
 次世代養育に余念がない橙に、皆が各々頷いた。
 仕草は同じだが、抱いている感想は概ね三つに分けられる。
 主従と言う関係に縁がないチルノとルーミアは、同意のみが込められていた。
 縁がないとは言え世俗の厳しさを知る私と縁のあるリグルは、激励も上乗せしている。
 残る二名は上記+αの視線でもって、橙に視線を送っていた。つまることろ、愛でている。

 え、幽香はともかく、大ちゃんも?

「って訳だから」
「ちょい待ち」
「うに?」

 飛び立とうとする橙に、私は声をかけ、待ったをかける。

「刺身程度ならすぐ用意できるから、持って帰りなよ」
「え、でも、お金持ってない」
「いや、何時も貰ってないでしょうが」
「だったら、尚更悪いわ」
「あのね、そも、刺身のネタは橙が持ってきてくれてるんだよ?」

 そうだったと手を叩く橙に、私も頷く。

 経緯を更に詳しく言うならば、紫か藍先生が外で釣ってきてくれているのだそうだ。
 夏場に八目鰻がほとんど捕れないことを橙に零したら、保護者の二名が動いてくれた。
 その好意に甘えているのだから、これくらいはさせてもらっても罰は当たらないだろう。

「んじゃ、ちょっと待っててね」

 言って、私は屋台に引っ込もうとした。
 その時、背中に妙な視線を感じたように思う。
 それは、先の橙に注がれていたものと同様の類で……幽香と大ちゃん?

 なんだろう――思いつつ、屋台に入り、土産の準備を始めるのだった。





「ミスティア」

 土産の鱧を切り分けて葉っぱの皿に包んだ時、予想外の呼び声が私にかけられた。
 焦れた橙が中に入ってきたのかもと思ったが、その呼び方が推測を否定する。
 私の名前を略さずに言うのは、今日のメンツではヒトリしかいない。

 幽香だった。

「んぁ、なに、つまみ食い?」
「……して欲しい?」
「ノーサンキュー」

 突っ込みを期待したのだが、なんだか冷静に返された。

 けれど、それならそれで此処に来た理由が解らない。
 橙の代わりに催促に来た、とは考え辛い。
 手伝ってくれるとか?
 それにしては微妙な時間の開け方だ。
 一分二分とは言わないが、既に四五分過ぎている。

「なんなのさ」

 疑問を貼り付け顔をあげる私に、幽香が肩を竦めた。

「私とルーミアも、今日はお暇するわ」
「え、あ、そうなの……って、ルーミアも?」
「ええ。『偶にはお家で寝てはどうかしら』って言われていたの」

 持って回った言い方に、私はすぐにぴんときた。

「ルーミアがアリスに、だね」
「……流石ね」
「けったいな言い方だったし」
「そう」
「あれ、でも、なんで幽香も?」

 どう言う縁か、ルーミアはアリス――‘七色の人形遣い‘アリス・マーガトロイドと姉妹の縁を築いていた。
 いやまぁ、どう言うも何も、単にルーミアが『お姉ちゃん欲しい』って訪ねたんだけど。
 その願いにアリスが全力で応えてくれて、今も続いていたりする。

 だから、仮にこれが唐突な訪問であったとしても先方は対応してくれると思うのだが、幽香がつき添う必要はない。

「……もぅ」

 思考をまとめ口にする直前、また、幽香が溜息を吐いた。んだこら。

「いいこと、ミスティア・ローレライ。
 貴女は『ルーミアの願いにアリスが応えている』と考えている。
 だけれど、その実、アリスこそがルーミアを、いえ、妹と言う存在を求めているのよ……っ」

 拳を握りながら強く目を細める幽香。だからどうした。

「うん、初回の訪問は一緒に行ったから知ってる。
 だけど、取って食おうって話じゃないんだし、いいんじゃない?
 あんただって毎回毎回ルーミアにつき添っている訳でもなし、わざわざ今日、ついてくこともないと思うんだけど」

 微妙にずらされようとしている論点を戻し、私は更に一歩を踏み込んだ。

「……因みに、チルノと大ちゃんも帰るそうよ」

 返す言葉がないのか返す意思そのものがないのか、幽香は思い切り話を変えてきやがった。

 だけど、そうか、フタリも帰るんだ。
 氷精チルノに、暑い夜、遊び続けるのは辛いのかもしれない。
 湖から‘力‘を得ている――と思うんだけど――大ちゃんに、この場所で長時間過すのは厳しいのかもしれない。

 ……うん? でも、遊んでいる最中、そんな素振りは見えなかったんだけどな。

 ともかく、このまま帰すのは酷だろう。
 コップを手に取り、桶の氷水を柄杓で注ぐ。
 ‘力‘を込めたチルノの氷は、ちょっとやそっとじゃ溶けないのだ。

「本当に、小賢しい夜雀」

 帰宅の理由の推測が当たっていたんだろう、褒めるんなら素直に褒めやがれ。

「……言いたいことがありそうな表情ね」
「素直に『賢い』って言ってくれればいいのに」
「全体を捉えず一点しか見ようとしない貴女には、小賢しいで十分よ」
「あれー、私、ひょっとして喧嘩売られてるー?」
「押し売りしましょうか?」

 ノーサンキュー。

 思いつつ、私は舌を出す。
 一瞬後、幽香の姿が視界から消え……額を弾かれた。
 然して強くない威力だが、私の意識を奪うには絶好なタイミングだった。

「あいた……んぅ?」

 霞む視界のピントが治った時、既に幽香は弾いた指を振りながら屋台の外に出ようとしていた。

「いいこと、ミスティア・ローレライ。
 現在、この場にいるのは七名よ。
 そして、五名が去ると言っている」

 その手には、橙に渡してくれるのだろう土産が持たれている。

「ねぇ、ミスティア・ローレライ。
 残る二名は、誰と誰?
 考えてみなさいな」

 視界に遅れて、思考が治る。
 私は、問われた解を求めようとした。
 去る五名は、橙にチルノに大ちゃん、そして……。

 ……えっと。

 目をぱちくりとさせる私に、ぱちんとウィンクして、幽香が続けた。

「そうよ、ミスティア・ローレライ。
 解ったのならおめかしでもしなさいな。
 夜はまだまだこれからで、貴女たちはフタリきり」

 つまり、橙の帰宅に合わせ、大ちゃんと幽香が共謀してチルノとルーミアを遠ざけて、私とリグルをこの場に残すつもりなのだろう。
 大ちゃんやチルノは本当に疲れているかもしれない、って?
 それなら幽香はコップも持ってるよ。

 ちょっと待て。

「いや、いやいや、ちょっと何、変に気を使ってるのよ!?
 いきなりそんなこと言われたって心の準備、じゃない!
 り、リグルだって帰るかもしれないじゃん!?」

 荒げる声は、だけど、それほど大きくなかった。
 具体的に言うと、幽香に届くかどうかの声量。
 意識して、大きさを絞っている。

 結局のところ、降って湧いた好機を私は喜んでいるのだ――小賢しいと言われても致し方ない。

 勿論、大妖たる幽香はそんなことお見通しなのだろう。
 格好だけで睨みつける私を、一動作で黙らせた。
 彼女は、口の端を釣り上げようとしたのだ。

 幽香の、向日葵のような笑顔を最初に見るのはルーミア――そんな約束を、彼女は利用した。

 そして、あてつけるような歌を残し、幽香は外に出ていった。

 ――手を取りましょう 楽しみましょう 踊りましょう 今宵フタリきりの舞踏会



 もしそうなったとしても踊りはしないだろうけど、などと私は意固地に思うのだった。





 数分後、私は外に出た。

 おめかしをしていた訳じゃない。
 そも、そんな洒落たものはこの屋台になかった。
 だけれど、絶対にないとは自身断言出来ず、あれやこれやをいじっているうちに数分が経ってしまったのだ。

 あぁそうさちくしょう探したよめっちゃ探したよ、終いには包丁片手に出ようとしてたよ、トンベリとか可愛いじゃん、いやどんな判断だ私。

 落ち着くようにと自身を宥め、息を吸う。
 そう、正直、別に緊張するようなことじゃない。
 つい幽香の言葉に乗せられ混乱してしまったが、フタリなんてことは――。

「ミスチー?」
「っぷは!?」
「わ、びっくりした」

 思考を続けるより先、息を吐く直前、リグルの匂いが私の鼻を擽った。

 胸が高鳴るような、心が休まるような、そんな匂い。
 相反する効果だったが、どちらにも偽りはない。
 結果、心拍数が高いまま、私は話を続けた。

「えっと……皆、帰っちゃったのかな」

 問いつつ、視界を左右に振る。
 待たせていた橙には幽香が土産を渡してくれたのだろう。
 伝えられた通りと言うか、確かに、私とリグルが残されたようだ。

「全然気付かなかったけど、大ちゃんは結構疲れていたみたい。
 だから、『少し早いけど湖に戻るわ』って言ってたよ。
 あ、お水飲んでもらった方が良かったかな……?」

 多分演技なので大丈夫です。

 好意に悪意をかぶせるのもどうかと思い、私は笑って誤魔化した。

「あはは……で、ルーミアと幽香はアリスのとこに行ったんだよね」
「うん。ミスチーに『お休み』って言ってたよ」
「ルーミアが?」
「そうだよ。……幽香は、先に言ってたのかな?」
「んー、あー、まぁ、そんなところ」

 恐らく、橙とチルノとルーミアは単に『お休み』と告げ、大ちゃんと幽香は『早いけど』と前置きしたんだろう。
 それは勿論、二名がお節介を焼こうとしていたからだ。
 まだまだ夜は長いですよ、と暗に言っている。
 ルーミアの後に出会った幽香はともかく、大ちゃんは以前の私たちを知っているだろうに。
 とは言え、彼女を問い詰めても『なんのこと?』と軽くかわされるだけだろう――大ちゃんの悪戯は、何時だって大人向けだ。

 うん……そろそろ事態を受け入れて、覚悟を決めるべきだろう。

 表情を引き締めて、私はリグルに向かい合った。

「リグル」
「なに、ミスチー?」
「み、皆帰っちゃったけど、リグルは大丈夫? いやほら、明日も仕事があるだろうしっ」

 どんな時でも相手の事情を考慮する、私は出来る女。きりっ。

 ……だってのに、なんだか方々から非難の声を浴びせられているような気がする。緑髪の大妖とか緑髪の妖精とか。

 うっせぇちくしょうどうせ私はへたれだよ好かれたいと思うより嫌われたくないって考えちゃうよ!
 大体二人きりになったからっていきなり良い雰囲気になるってどこの三文小説だ!?
 そんなもんがあるのなら参考にしたいのでどうか教えてくださいお願いしますっ。

 心の中であらん限りに叫ぶ私。
 五体投地すら辞さない心持だったが、鼻を擽る匂いに思い留まった。
 気付けば、此方の奇行に、目と鼻の先でリグルが首を傾げている。

 そう思ったのだが、どうやら被害妄想らしかった。

「あるにはあるけど……まだ、そんなに気にする時間じゃないよ。
 皆も『早い』って言ってたし。
 うん、だから大丈夫」

 ありがとう幽香、ありがとう大ちゃん。

 笑むリグルに気付かれないよう、もう一度、小さく深呼吸。
 慌ただしかった感情が、少しは落ち着いてくれたようだ。
 依然として高鳴りは続いているけど、もう慣れた。

 さて、これからどうしよう。

 思う私の眼前に、白い手が差し出された。

「とりあえず、何時ものとこ、行こっか」

 掌が向けられている。
 だけど、私は手を掴まなかった。
 リグルに、誘うような仕草は似合わない。
 そう思っているのは、ひょっとしたら私だけなのかな。
 だとしても、いや、だからだろうか……そんな自身の認識を、嬉しく思う。

「ミスチー、って、わ!?」
「あは、可愛い悲鳴」
「もうっ」

 代わりとばかりに腕を掴み、引きずるように夜空へと浮かび上がった――。





 ‘何時もの場所‘……そこは、屋台からそう離れていない大木の枝だった。
 枝とは言えその太さは十二分にあり、別にどっきりハプニングを期待して来ている訳じゃない。
 いや、起こってくれても一向に構わないのだけれど、少なくとも今まで一度も揺れたり折れたりはしなかった。
 そもそも普段はサンニンで座っているのだから、現状でどうこう起こる可能性は低いだろう。
 そう、例えば突然強い風が吹いたり爆音が響いたりしない限りは、私もリグルも此処でうろたえるようなことはない。

 うん、でも、万が一そんなことがあったなら、小さく悲鳴をあげるリグルをがっつり掴んだり……。

「……何か、変なこと考えてない?」
「フラグの蓄積をしています」
「ふら……何?」

 解っていないながらも碌でもないことと認識し、リグルが半眼で睨んできた。当たっています。

 その距離を、妙に遠く感じる。
 リグルが幹に寄りかかり、私は枝の真ん中辺り。
 互いに座っているのは定位置で、普段と少しも変わらない。
 だと言うのに、私たちの間には疑いようもないほどの隔たりがある。
 先の妄想がリグルに警戒心を与えたのだろうか。
 思いつく理由などそう多くなく、私はそれに縋ろうとした。

 醜い心を晒しても、リグルの傍にいたい――思った矢先、何故か彼女が頭を下げた。

「えっと……変に勘ぐって、ごめん。だから……」
「え? いや、凄く的を射た推測だったよ?」
「でも、距離が……」

 困ったような表情を浮かべるリグルに、私は一瞬ぽかんとなった。

 リグルも、この隔たりを不可思議に感じているようだ。
 だけれど、何故だか互いに距離を詰めづらい。
 まるで、そこに何かあるように。

「……あ」

「だけど、そうなのか。
 変なことは考えていたんだね。
 良かった。いや、良くない、ミスチー――って、あ」

 ほぼ同時に気付く。
 重なる声に視線を合わせた。
 そして、どちらからともなく笑いだす。

 その隔たりは、少女一人分と言うには小さくて、幼女一人分と言うのは大きかった。

「そーなのか」
「そーなのかー」
「そーなのかーっ」

 一度目は私、二度目はリグル、三度目にはフタリの声が重なった。

 重ねたのは、親友の口癖だ。
 何時も、私とリグルの間で笑ってくれている少女。
 幼くて無邪気な彼女を、私たちはついつい必要以上に気にかけてしまう。

 彼女の名は――「ルーミアがいないんだね、今日」

 リグルの呟きに、私は頷く。

 思えば、出会った頃からずっと、ルーミアは傍にいた。
 勿論、一日中ずっとくっついている訳ではないけれど。
 お早うとお休みの挨拶が、私たちの間では日常的になっていた。

 だから今日も、無意識でルーミアのスペースを空けてしまっていたんだろう。

「ねぇミスチー」
「ん?」
「初めてルーミアと遊んだ日、覚えてる?」
「そりゃ忘れないよ」
「うんうん、押し倒されてたもんね」
「ぶっ!?」
「わ、汚ないよぅ」
「リグル! 私はともかく、ルーミアをそう言う目で見ちゃいけねぇ!」
「や、冗談だけど……ほんとにもぅ、過保護なんだから」

 だけど今日は、いや、今夜は、そんなルーミアがいない。

「過保護って、よく言うよ」
「なによぅ」
「‘最凶妖怪‘んとこについていったのは、誰だっけ?」
「……誰?」
「リグルでしょって、まさか」
「‘最凶‘……?」
「マジボケか! 幽香だよ!」

 私とリグルの、フタリきりの夜。

「……あー、やー、ほら、ルーミアって誰の所にでも行くから」
「言い訳になってないよソレ」
「椛やメディだって、ルーミア経由で知り合ったんだし」
「椛が‘最凶‘かー、素質はあるねー」
「あぁんもうっ、ミスチーの意地悪ぅ!」

 うぅん、そんな色っぽく言うもんじゃない。

「あはは、ごめんごめん」
「つーん、聞こえませーん」
「これは困った、どうしよう」

 だって、ルーミアと知り合う前は、それこそこれが日常だったのだから。

 目を閉じそっぽを向くリグル。
 合わせるように、私も目を閉じた。
 代わりに、胸に手を当て、口を開く。



 紡ぐのは、私が一番好きな歌。



 ――今宵貴女は何処にいる

 ――野を往き山越えお仕事ですか

 ――それとも葉っぱの毛布でお休み中なのかしら

 ――私にはわからない

 ――まんまる満月きらきら星々だけが知っている



 歌いつつ、私は体の位置を少しずらした。
 体半分ほどのずれ。
 それで充分だ。

 視覚を閉ざしたため、より敏感な嗅覚を、草と木、陽光の香り――リグルの匂いが擽る。

 リグルも、私と同じように動いたのだろう。
 さらりとした緑の髪に、私の髪が絡む。
 額と額が触れ合った。

 どちらか一方が寄りかかるのではなく、互いに寄り添う、そんな姿勢。



 小さな、本当に微かな息を吸う音が、耳へと届く。
 先の歌を、私が一番好きな理由。
 それは、このためだった。



 ――今宵私は此処にいる

 ――野を往き山越え仕事を終えて

 ――今宵私は此処にいる

 ――貴女はわからないと言うけれど

 ――だったら ねぇ その目を開いてくださいな



 歌に従い、目を開く。
 視界に映るのは、‘貴女‘の顔。
 皆は格好いいと言うけれど、可愛くて綺麗で……そう、私の大好きなリグルが、視覚の全てを奪った。



 ――今宵私は此処にいる



 絡む視線に、歌で応える。



 ――今宵貴女は傍にいる



 そして、最後に返された。



 ――今宵私は 賢く凛々しい 貴女の傍にいる



「……賢いはともかく、凛々しいかなぁ」
「やらしいとかの方が良かった?」
「どこぞの天狗じゃあるまいし」
「ん、文から助けてもらった時……あぁ、その後やらしかったね」
「女の子同士のスカートめくりは常識だって、守矢の風祝が言ってた」

 こつんこつん、と音が鳴る。

「あの人の常識は……って、そんなこと言ってないでしょうに」
「屋台で巫女の袴をめくった時に言ってたよ」
「無茶しやがって」
「あぁうん、その場に男がいたからか、怒ってたね」
「ありゃ珍しい。霊夢って早苗さんには甘いイメージがあったんだけど」

 さらりさらり、と髪が絡む。

「因みに、リグルの私へのイメージは?」
「甘辛い」
「それは匂いのみでしょう?」
「美味しそうだよね」
「蟲が鳥を食べようとするなーっ!?」

 とくんとくん、と胸が騒ぐ。

 鼻を鳴らすまでもなく互いの匂いを感じとれる距離で、私たちは会話を続けた。
 高鳴る鼓動を少々煩く感じるも、もう慣れていた。
 だって、こんなことは日常茶飯事。

「えへへ」
「もう……ふふ」

 ルーミアと知り合う前には毎日毎晩行われていたことだ。
 だから、‘きり‘とか‘だけ‘とか、そんな色っぽい修飾は似合わない。
 つまり、今宵今晩私たちのこの時間をわざわざ呼ぶとすれば、そう、‘フタリの夜‘。



 ――あははははっ!



 そうして、月が沈み太陽が昇るまで、私たちは何時もの時間を過ごすのだった――。








                   <了>



《明けて翌朝》



「昨夜はお楽しみでしたね」
「……なんでいるの?」
「それはともかく、さぁ昨日の話を聞かせなさい」
「いや、あの、ルーミアは?」
「今頃アリスと朝ご飯でしょう。ささ、早く早く」

 てぃんてぃん。

「と言う訳で、とても楽しいフタリの夜でした」
「は? 一晩中フタリきりだったのに話していただけ?」
「久しぶりなだけで特別って訳でもないし」
「いやもうほんと、どれだけへたれーなのよ、貴女たち……」
「だぁらあんたが知らなかっただけで、って、リグルは関係ないでしょう?」
「……そうね、話を聞く限り、彼女はへたれーじゃないわ」
「モーションかけてきたしね。食べたいって。食欲的な意味で」

 あっはっは。

「ほんと、へたれ」
「私が何をした!?」
「何もしないからでしょ。へたれーめー」



《/へたれーめー》
甘辛い百合が書けて、私は満足です。五十五度目まして。

そして、久しぶりのミスリグ。
だと思っていたのですが、まるまる一本この題材で書いたのは初めてな模様。
ルーミアが間にいたり、幽香がちょっかいかけてたり。もう暫くこんな感じでしょう。

あと。ミスティアがリグルにした『時間への配慮』とその理由。共感して頂ける方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。……呑もう(私は呑めないですが)。

以上
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フタナリに見えた
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……ふぅ。いい雰囲気ですね~、ほっこりさせてもらいました。
10.90名前が無い程度の能力削除
へたれめー……うん、いざとなるとへたれなみすちーって良いよね!
14.100名前が無い程度の能力削除
みんな大好き
15.100名前が無い程度の能力削除
ミスチーが可愛い
17.70名前が無い程度の能力削除
橙の「むふーっ」にやられてしまった
21.90名前が無い程度の能力削除
へたれーめー。
恋するみすちーいいなぁ。リグルももっと積極的になるといいと思う。
22.80名前が無い程度の能力削除
へたれーめー
恋する夜雀は今日もかわいいな