「お燐。貴方は少し服装が地味すぎる」
地霊殿の朝。眠気を吹き飛ばす香ばしいトーストの匂い。
今日も清々しい一日のスタートだ、と思っていた矢先。さとり様は突然そんな事を言い出した。
「……えと、さとり様?」
「大丈夫よお燐。貴方の言いたい事はよく判ってるわ」
覚(さとり)だからね。判るでしょうね。
とうの昔に取り繕う事を諦めた心中で私はそうぼやく。
さとり様もそんな事はとっくに判っているので、表情一つ変えず私の心を言葉に変換した。
「貴方は今、トーストに猫缶が乗っていなかった事を不満に」「捏造!?」「冗談よ。そう、貴方は少し細かい事に気を取られ過ぎている」「閻魔様口調マイブームなんですか!?」なんか割とウザい!
「うぐ、お燐も言うようになったわね」と私の心を読んださとり様は、自らの胸を苦しげに両手で押さえる。
私がそれを完全無視していると、さとり様は私が昔見たホラー映画の内容を寸分狂わず言葉にし始めたので慌ててサレンダーカード。ほんと止めて下さい。
「……それで、あたいの服がなんですって?」
「言った通りよ。お燐のその黒いドレスにその他諸々――少し地味じゃないかしら?」
「えー、そうですかね……」
そう言われた私は、改めて自分の服装を見直した。
黒を基調としたドレスに、後ろで三つ編みにされた赤毛。靴も特に派手なものは履いていないが、取り立てて地味とは思えない。
……うーん、どうなんだろう。
「あたいの服装って、そんなに地味ですか?」
「服装だけを見れば地味では無いわ。ただ、貴方には少々不釣り合いというか、もっと派手なものを着た方が似合うというか、単刀直入に言うと白ワンピに麦わら帽子被ったお燐の姿が見たい」
「最後が全てですよね!?」
流れ的にそんなオチだろうとは思ってたけど!
そんな私の胸中を「よく判ってるじゃない」の一言で流したさとり様は、私の右腕を掴んで踵を返す。
「さ、さとり様どこへ……?」
「決まってるじゃない、お着替えの時間よ。白ワンピに麦わら帽子うへへ」
なんか無性に嫌な予感がする! 理由は言わずもがな!
「ちょ、さとり様、着替えは後にまずは朝ご飯を頂きましょう!」
「え、私がお燐を頂いていいの?」
「それは幻聴!」第三の目は捏造して耳は幻聴とか酷すぎる!
さとり様が何かにトリップしている中で、私は必死にさとり様の引っ張る手に逆らう。
――その時、不意にさとり様の目に眼光が戻った。そして、私の耳に口を近づけ、囁くようにこう口にする。
「お燐。あの映画の××が〇〇して《自主規制》するシーンは……」
「すいません赦して下さい何でもしますから」
「ん? 今何でもするって言ったよね?」
暴政だよこんなの……
◇
「うにゅ……おはようございます……」
私が起床して幾時間か経過すると、リビングにお空こと――霊烏路空が眠い目をこすりながら入ってきた。
彼女は朝に弱いタイプなので、いつも私やさとり様よりも遅い時間に起きてくる。
起きた後も、暫くの間眠たそうに目を擦りながら机に突っ伏す――それがお空という地獄烏with八咫烏の姿。
「って、おりん……どったの?」
――の筈だったのだが。
お空は私の姿を目にした途端、椅子にも座らずその場で目を丸くしながら立ち尽くす。
私はもう、赤面しながら俯く他なかった。何と言っても、今の私の姿は実に恥ずかしいものとなっていたからだ。
「お空、その理由は私が話しましょう」
「さとり様」
「お燐はね、トーストに猫缶が乗っていなかった事を不服に」「違う!」まだ引きずるか!
「か、かわいいっ!」
さとり様の妄言に突っ込んだ時、私に向かってそんな言葉が飛んできた。
言うまでも無く、それはさとり様の言葉でも私の言葉でも無い。目の前で立ち尽くしていた筈のお空が、両手を胸の前で組み、目を輝かせながらそう言ったのだ。
「あらお空……貴方もこのお燐の魅力に気付いたのね」
さとり様がニヤリと笑ってお空に話しかけると、お空は満面の笑顔を私に向けて「うん、お燐すっごくかわいいよ!」なんて言い始める。
私はもう顔が爆発しそうだった。とてもではないが顔を上げる事など出来そうにない。
「これで分かったでしょう、お燐。三つ編みを解いた赤毛のストレートに、真珠のように輝く純白のワンピース。ほら、早く麦わら帽子も被りなさいな、それで貴方という存在は初めて確立するのよ」
「あたいの今までを全否定しないで下さいっ!」
両こぶしを握り締めてさとり様に食いかかる。
すると、それを脇で見ていたお空は、何を思ったかわたわたしながら勢いのままに言う。
「だ、だいじょーぶだよお燐! 私は黒いお燐も白いお燐も大好きだからっ!」
うわああああああああ何を恥ずかしい事を言うかコイツわああああああ!?
顔はもう爆発してしまいました。ああもう黒煙上がりそう。
「大丈夫よお燐、今の貴方から黒い煙は上がらないわ。上がるとしたら半透明に濁った狼煙」
「心を読まないで下さい!」
「……? 煙ってなに?」
「お空には関係ないよ、さあ忘れた忘れた」
最早さとり様は信用ならなかった。朝食も食べさせないまま、お空を両手で押してリビングから出ていく。
そんな私の名前を、さとり様はもう一度だけ呼ぶ。うんざりしながら振り向くと、さとり様は私に麦わら帽子をブーメランの如く投げてきた。
「わっ、と」
「最近は暑いわ、それを被って行きなさい。どうせ博麗神社にでも行くのでしょう?」
「うー……」
どさくさに紛れて、私に麦わら帽子を被らせようとしているのかと思ったが、さとり様はただ小さく笑いを返すのみ。
……本当は心の中を知っている筈なのに、こういう思わせぶりな表情を見せるのは反則だ。
そんな私の心象にも、さとり様はただ微笑するだけであった。
◇
「アンタ誰よ。殺すわよ」
博麗神社の境内。
掃き掃除中の霊夢と顔を合わせるやいなや、私はそんな扱いである。
そりゃ見分けはつかないかもしれないけどさ、いきなり殺そうとするこの巫女は鬼の異名に恥じないね。
「誰が鬼よ殺すわよ」
「アンタはさとり様か!?」
「あんな得体の知れない奴と一緒にするなっての。それに、アンタの口から出てたのよ」
「うええ?」
私には独り言の口癖があるというのだろうか……?
思えば、さとり様と過ごしていると、言いたい事を包み隠さず言う事に慣れてしまっている気がする。
基本的に外出はしないタイプだし、博麗神社もそこまで多い頻度で行く訳でもない。この辺は気をつけないといけないなと思う。
「てか……お空」
「うにゅ?」
「本気(マジ)な話……コイツ誰よ?」
「本当に分からないのかよ!?」そんな馬鹿な!?
私の突っ込みを横目に、お空は私が火焔猫燐だという事、さとり様が私に白ワンピその他を着せ替えた事、そしてその理由が猫缶をトーストに乗せて欲しい為だったという事を説明した。
もう何か果てしなくどうでも良くなった。猫缶乗せたいなら勝手に乗せて下さいな。
「ほー……アンタがお燐、ねえ……」
霊夢は物珍しそうな目で私を見つめる。
……だからこういう事をするのは嫌なのだ。好奇の目で見られる事を嬉しいと思わない者は少なくない筈だ。
「なんだい。あたいがお燐じゃ悪いかい?」
「いやー、なんつーかさ……」
突然、霊夢は口ごもった。
私とお空が不思議そうに見つめる中で、霊夢は前髪をくりくりしながらボソリと言う。
「……やるじゃない、アンタ」
「……え?」
そう言うと、霊夢はさっさと本殿に帰ろうとする。
私は一瞬何が何だか分からなかったが、すぐにその言葉が皮肉とかそういう意味じゃない事に気付く。
「い、いやいや霊夢、これはさとり様から頂いた服で――」
「へいへい」
霊夢がまともに取り合ってくれる気配はなさそうだ。
これまた私は、うっすらと頬が赤くなる感覚を覚える。今日はやたらに赤面する日だなあと思った。
それから私は、様々な者から様々な反応を受ける事になった。
神社に訪れたのは魔理沙、アリス、紫、紅魔館の吸血鬼(同伴メイド)の計5人。
前者3人は私を『……誰?』と訊いてくる始末であり、吸血鬼に至っては『あら、可愛らしい人間ね』と完全に新参者扱いである。
「ほお、これがお燐ねえ……こりゃ久々にたまげたぜ」と魔理沙。
「あの覚妖怪も中々分かってるじゃない」とアリス。
「ふふ、霊夢も遂に愛人を作ったのかと思ったわ」「作るか!」紫の言葉には霊夢が食いつく。
「咲夜、私はコイツを気に入ったわ。紅魔館のペットにしましょう」
「それは良い考えですわ、お嬢様」
「そっちは勝手に話を進めるんじゃないよ!?」
私は地霊殿の、さとり様のペットだからね?
……ペットといえば、さっきからお空の声を聞いていない気がする。
一同が輪を作って私を囲む中、私は居間全体をぐるりと見渡す。
すると、机の片隅で黙々と、ゆで卵を頬張っているお空を見つけた。何を一人でやっているのだろうか。
「お空ー、どうかしたのかい?」
一同が色々と談義しているのを尻目に、私はお空に声をかける。
するとお空はゆで卵を口いっぱいに含みながら、それでもはっきり判るくらいに頬を膨らませて、
「……ふぁんふぇもふぁいもん」
言葉にならない言葉を、聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
◇
日は西に傾いていた。
結局、一日中博麗神社に籠城していた事になる。何やかんやで居心地が良いというのは頷けることで、他の妖怪が神社をよく訪れる気持ちも分かる。
ただ、いつまでも人様の家に居る訳にはいかない。私とお空は他の妖怪よりも先にお暇する事にした。
「いやあ、結局一日中お世話になっちゃったよ」
「……」
「ああもう疲れた、早く地霊殿に戻って汗を流したいよ。あ、それなら裏山の温泉にでも入ってくれば良かったかねぇ」
「……」
「……なにさお空。黙りこくっちゃって」
怪訝な顔で、私はお空に尋ねる。思えば神社にいる時から、お空はやけに黙っていた。
朝はあんなに機嫌が良かったのに、何かあったのだろうか。
「……別に。なんでもないもん」
お空の返す答えはぶっきらぼうだった。
赤く染まる世界を背にして、彼女の姿も言葉に比例するように、寂しげなシルエットを作り上げる。
そんなお空を見ると、私はもどかしさでいっぱいになる。
「……お空、あたいはさとり様じゃないから、お空の気持ちが分からないのさ」
「……」
「何か言いたい事があるなら、ハッキリと言っておくれよ。そうしなきゃあたいも、どうすればいいのか分からないじゃないか」
――暫時の沈黙。聞こえるのは、お互いに地を踏む足音だけ。
チラリとお空の顔を見れば、もう頬を膨らませてはいなかった。ただその顔を赤面させて、唇をぷるぷると震わせている。
「お空」
「……白いお燐が、いじわるだから」
不意にお空は、こうべを垂れてそう呟く。
白い、というのは――この格好の事だろうか。
「あたいがいつ、お空にいじわるしたっていうのさ」
「してたもんっ! 今日ずっとっ!」
そこからお空は、私をビシっと指差して。
真っ赤な顔をしながら、何かが弾けるように言葉を紡ぎ始める。
「お燐のいじわるっ! その白いのにまみれてからずっといじわるだもんっ!」
その言い方は止めて頂けませんかね!?
「ちょ、お空!?」
「ずっとみんなとばっかりお話してて、私には全然構ってくれなかったもん……」
「う……」
「白いお燐はかわいいけど、でも……なんか、いやだもん……」
それに関しては――何も言えない。
今日一日、ずっと霊夢とその友達とばかり話していたという事実は、私も認めざるを得なかった。
お空は、今の勢いはどこへやら、再び俯き黙ってしまう。私も、その姿に声をかける事が出来ない。
今や私は、自分の鈍さに怒りを覚えている。そしてお空は、こんな私を責めこそ、それをこの白いワンピースのせいにしてくれている。
本当は、この私自身がいけないのに。それでもなお、お空は、私を。
「――お空。これを見ておくれよ」
やっぱり、私はお空に言わなければいけない事がある。
被っていた麦わら帽子を取って、お空の下に近づく。
そして自らの頭に向けて指をさすと、お空はポカンとしたように私の頭を見上げた。
「……耳?」
「そう、耳さ。さとり様は麦わら帽子で隠したがってたみたいだけど……服に全然似合ってないだろ?」
私の耳に付いている、黒い猫の耳。さとり様は「白いワンピに似合わないから麦わら帽子でも被りなさい。そっちの方が夏っぽくもあっていいわ」と言って、麦わら帽子を私に被らせた。
しかし、所詮は隠しただけなのだ。私の黒い猫耳は、今も確かに私の頭に付いている。それは決して変わらない事実。
「お空は白いあたいと言っていたけれど……それは間違い。あたい自身は今も昔も、黒いあたいなんだ。それは絶対に変わらないのさ」
「……お燐」
「……許してくれるかい? 黒いあたいを――あたい自身を」
私は変わらない。白く取り繕っても、それは結局私自身でしかない。
だから、お空に謝る時は――私自身で。
「……お燐」
お空は、その答えを言葉で返しては来なかった。
ただ私に近づいてきたかと思えば――私の左腕に、その身体をすり寄らせてくる。
それが、私のことを許してくれた印かどうかは、さとり様でもない限り判らない。
ただ、私に出来る事は――――ないがしろにしてしまったお空の時間を、取り戻す事だけだろう。
◇
「散々いちゃついてくれたみたいじゃない、ああ嘆かわしい事だわ」
「さとり様……」哀れです。
「哀れとは失礼ね。私は貴方とお空の貞操観念について心配しているだけよ」
「なんですかそれ?」
「白いのにまみれていたんでしょう? あらあら」
「違うしあらあらじゃねえよ!」それに白いの着させたのはさとり様じゃないですか!
私はすでに白く染められた服を着替え、いつも通りの黒いドレスを身に着けていた。
下ろしていた髪も三つ編みに戻し、今日の自分がまるで昔の事のように思えてくる。
「さて、今度はどんな服を着せようかしら」
「私はリカちゃん人形じゃないんですから」
「まあでも、デフォルトはその姿が一番ね」
私の格好を舐めるように見たさとり様が、頬杖を突きながら言う。
確かに、この姿が一番落ち着く事には違いない。だけど――
「私は、何色を纏っても私自身ですよ」
そう返すと、さとり様は少し予想外なように目を丸くした。
その表情を見て、私は清々しいような気持ちになる。それを感じ取ったさとり様がジト目で見つめてくるけど、清々しさは変わらない。
「お燐ー、お味見してー」という声がキッチンから聞こえてきたので、私は大きく返事をしてリビングを後にした。
さとり様は最後まで口を尖らせていたけれど、キッチンに入る直前ふと振り返れば、優しい笑顔で紅茶を啜っていた。
「……で、お空。これを味見しろと?」
「そう、牛丼に入れる玉葱のお味見。これ食べたら今日の事許してあげる!」
「死ぬから!」
しかし、思いのほかお空は鬼畜なのでした。
地霊殿の朝。眠気を吹き飛ばす香ばしいトーストの匂い。
今日も清々しい一日のスタートだ、と思っていた矢先。さとり様は突然そんな事を言い出した。
「……えと、さとり様?」
「大丈夫よお燐。貴方の言いたい事はよく判ってるわ」
覚(さとり)だからね。判るでしょうね。
とうの昔に取り繕う事を諦めた心中で私はそうぼやく。
さとり様もそんな事はとっくに判っているので、表情一つ変えず私の心を言葉に変換した。
「貴方は今、トーストに猫缶が乗っていなかった事を不満に」「捏造!?」「冗談よ。そう、貴方は少し細かい事に気を取られ過ぎている」「閻魔様口調マイブームなんですか!?」なんか割とウザい!
「うぐ、お燐も言うようになったわね」と私の心を読んださとり様は、自らの胸を苦しげに両手で押さえる。
私がそれを完全無視していると、さとり様は私が昔見たホラー映画の内容を寸分狂わず言葉にし始めたので慌ててサレンダーカード。ほんと止めて下さい。
「……それで、あたいの服がなんですって?」
「言った通りよ。お燐のその黒いドレスにその他諸々――少し地味じゃないかしら?」
「えー、そうですかね……」
そう言われた私は、改めて自分の服装を見直した。
黒を基調としたドレスに、後ろで三つ編みにされた赤毛。靴も特に派手なものは履いていないが、取り立てて地味とは思えない。
……うーん、どうなんだろう。
「あたいの服装って、そんなに地味ですか?」
「服装だけを見れば地味では無いわ。ただ、貴方には少々不釣り合いというか、もっと派手なものを着た方が似合うというか、単刀直入に言うと白ワンピに麦わら帽子被ったお燐の姿が見たい」
「最後が全てですよね!?」
流れ的にそんなオチだろうとは思ってたけど!
そんな私の胸中を「よく判ってるじゃない」の一言で流したさとり様は、私の右腕を掴んで踵を返す。
「さ、さとり様どこへ……?」
「決まってるじゃない、お着替えの時間よ。白ワンピに麦わら帽子うへへ」
なんか無性に嫌な予感がする! 理由は言わずもがな!
「ちょ、さとり様、着替えは後にまずは朝ご飯を頂きましょう!」
「え、私がお燐を頂いていいの?」
「それは幻聴!」第三の目は捏造して耳は幻聴とか酷すぎる!
さとり様が何かにトリップしている中で、私は必死にさとり様の引っ張る手に逆らう。
――その時、不意にさとり様の目に眼光が戻った。そして、私の耳に口を近づけ、囁くようにこう口にする。
「お燐。あの映画の××が〇〇して《自主規制》するシーンは……」
「すいません赦して下さい何でもしますから」
「ん? 今何でもするって言ったよね?」
暴政だよこんなの……
◇
「うにゅ……おはようございます……」
私が起床して幾時間か経過すると、リビングにお空こと――霊烏路空が眠い目をこすりながら入ってきた。
彼女は朝に弱いタイプなので、いつも私やさとり様よりも遅い時間に起きてくる。
起きた後も、暫くの間眠たそうに目を擦りながら机に突っ伏す――それがお空という地獄烏with八咫烏の姿。
「って、おりん……どったの?」
――の筈だったのだが。
お空は私の姿を目にした途端、椅子にも座らずその場で目を丸くしながら立ち尽くす。
私はもう、赤面しながら俯く他なかった。何と言っても、今の私の姿は実に恥ずかしいものとなっていたからだ。
「お空、その理由は私が話しましょう」
「さとり様」
「お燐はね、トーストに猫缶が乗っていなかった事を不服に」「違う!」まだ引きずるか!
「か、かわいいっ!」
さとり様の妄言に突っ込んだ時、私に向かってそんな言葉が飛んできた。
言うまでも無く、それはさとり様の言葉でも私の言葉でも無い。目の前で立ち尽くしていた筈のお空が、両手を胸の前で組み、目を輝かせながらそう言ったのだ。
「あらお空……貴方もこのお燐の魅力に気付いたのね」
さとり様がニヤリと笑ってお空に話しかけると、お空は満面の笑顔を私に向けて「うん、お燐すっごくかわいいよ!」なんて言い始める。
私はもう顔が爆発しそうだった。とてもではないが顔を上げる事など出来そうにない。
「これで分かったでしょう、お燐。三つ編みを解いた赤毛のストレートに、真珠のように輝く純白のワンピース。ほら、早く麦わら帽子も被りなさいな、それで貴方という存在は初めて確立するのよ」
「あたいの今までを全否定しないで下さいっ!」
両こぶしを握り締めてさとり様に食いかかる。
すると、それを脇で見ていたお空は、何を思ったかわたわたしながら勢いのままに言う。
「だ、だいじょーぶだよお燐! 私は黒いお燐も白いお燐も大好きだからっ!」
うわああああああああ何を恥ずかしい事を言うかコイツわああああああ!?
顔はもう爆発してしまいました。ああもう黒煙上がりそう。
「大丈夫よお燐、今の貴方から黒い煙は上がらないわ。上がるとしたら半透明に濁った狼煙」
「心を読まないで下さい!」
「……? 煙ってなに?」
「お空には関係ないよ、さあ忘れた忘れた」
最早さとり様は信用ならなかった。朝食も食べさせないまま、お空を両手で押してリビングから出ていく。
そんな私の名前を、さとり様はもう一度だけ呼ぶ。うんざりしながら振り向くと、さとり様は私に麦わら帽子をブーメランの如く投げてきた。
「わっ、と」
「最近は暑いわ、それを被って行きなさい。どうせ博麗神社にでも行くのでしょう?」
「うー……」
どさくさに紛れて、私に麦わら帽子を被らせようとしているのかと思ったが、さとり様はただ小さく笑いを返すのみ。
……本当は心の中を知っている筈なのに、こういう思わせぶりな表情を見せるのは反則だ。
そんな私の心象にも、さとり様はただ微笑するだけであった。
◇
「アンタ誰よ。殺すわよ」
博麗神社の境内。
掃き掃除中の霊夢と顔を合わせるやいなや、私はそんな扱いである。
そりゃ見分けはつかないかもしれないけどさ、いきなり殺そうとするこの巫女は鬼の異名に恥じないね。
「誰が鬼よ殺すわよ」
「アンタはさとり様か!?」
「あんな得体の知れない奴と一緒にするなっての。それに、アンタの口から出てたのよ」
「うええ?」
私には独り言の口癖があるというのだろうか……?
思えば、さとり様と過ごしていると、言いたい事を包み隠さず言う事に慣れてしまっている気がする。
基本的に外出はしないタイプだし、博麗神社もそこまで多い頻度で行く訳でもない。この辺は気をつけないといけないなと思う。
「てか……お空」
「うにゅ?」
「本気(マジ)な話……コイツ誰よ?」
「本当に分からないのかよ!?」そんな馬鹿な!?
私の突っ込みを横目に、お空は私が火焔猫燐だという事、さとり様が私に白ワンピその他を着せ替えた事、そしてその理由が猫缶をトーストに乗せて欲しい為だったという事を説明した。
もう何か果てしなくどうでも良くなった。猫缶乗せたいなら勝手に乗せて下さいな。
「ほー……アンタがお燐、ねえ……」
霊夢は物珍しそうな目で私を見つめる。
……だからこういう事をするのは嫌なのだ。好奇の目で見られる事を嬉しいと思わない者は少なくない筈だ。
「なんだい。あたいがお燐じゃ悪いかい?」
「いやー、なんつーかさ……」
突然、霊夢は口ごもった。
私とお空が不思議そうに見つめる中で、霊夢は前髪をくりくりしながらボソリと言う。
「……やるじゃない、アンタ」
「……え?」
そう言うと、霊夢はさっさと本殿に帰ろうとする。
私は一瞬何が何だか分からなかったが、すぐにその言葉が皮肉とかそういう意味じゃない事に気付く。
「い、いやいや霊夢、これはさとり様から頂いた服で――」
「へいへい」
霊夢がまともに取り合ってくれる気配はなさそうだ。
これまた私は、うっすらと頬が赤くなる感覚を覚える。今日はやたらに赤面する日だなあと思った。
それから私は、様々な者から様々な反応を受ける事になった。
神社に訪れたのは魔理沙、アリス、紫、紅魔館の吸血鬼(同伴メイド)の計5人。
前者3人は私を『……誰?』と訊いてくる始末であり、吸血鬼に至っては『あら、可愛らしい人間ね』と完全に新参者扱いである。
「ほお、これがお燐ねえ……こりゃ久々にたまげたぜ」と魔理沙。
「あの覚妖怪も中々分かってるじゃない」とアリス。
「ふふ、霊夢も遂に愛人を作ったのかと思ったわ」「作るか!」紫の言葉には霊夢が食いつく。
「咲夜、私はコイツを気に入ったわ。紅魔館のペットにしましょう」
「それは良い考えですわ、お嬢様」
「そっちは勝手に話を進めるんじゃないよ!?」
私は地霊殿の、さとり様のペットだからね?
……ペットといえば、さっきからお空の声を聞いていない気がする。
一同が輪を作って私を囲む中、私は居間全体をぐるりと見渡す。
すると、机の片隅で黙々と、ゆで卵を頬張っているお空を見つけた。何を一人でやっているのだろうか。
「お空ー、どうかしたのかい?」
一同が色々と談義しているのを尻目に、私はお空に声をかける。
するとお空はゆで卵を口いっぱいに含みながら、それでもはっきり判るくらいに頬を膨らませて、
「……ふぁんふぇもふぁいもん」
言葉にならない言葉を、聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
◇
日は西に傾いていた。
結局、一日中博麗神社に籠城していた事になる。何やかんやで居心地が良いというのは頷けることで、他の妖怪が神社をよく訪れる気持ちも分かる。
ただ、いつまでも人様の家に居る訳にはいかない。私とお空は他の妖怪よりも先にお暇する事にした。
「いやあ、結局一日中お世話になっちゃったよ」
「……」
「ああもう疲れた、早く地霊殿に戻って汗を流したいよ。あ、それなら裏山の温泉にでも入ってくれば良かったかねぇ」
「……」
「……なにさお空。黙りこくっちゃって」
怪訝な顔で、私はお空に尋ねる。思えば神社にいる時から、お空はやけに黙っていた。
朝はあんなに機嫌が良かったのに、何かあったのだろうか。
「……別に。なんでもないもん」
お空の返す答えはぶっきらぼうだった。
赤く染まる世界を背にして、彼女の姿も言葉に比例するように、寂しげなシルエットを作り上げる。
そんなお空を見ると、私はもどかしさでいっぱいになる。
「……お空、あたいはさとり様じゃないから、お空の気持ちが分からないのさ」
「……」
「何か言いたい事があるなら、ハッキリと言っておくれよ。そうしなきゃあたいも、どうすればいいのか分からないじゃないか」
――暫時の沈黙。聞こえるのは、お互いに地を踏む足音だけ。
チラリとお空の顔を見れば、もう頬を膨らませてはいなかった。ただその顔を赤面させて、唇をぷるぷると震わせている。
「お空」
「……白いお燐が、いじわるだから」
不意にお空は、こうべを垂れてそう呟く。
白い、というのは――この格好の事だろうか。
「あたいがいつ、お空にいじわるしたっていうのさ」
「してたもんっ! 今日ずっとっ!」
そこからお空は、私をビシっと指差して。
真っ赤な顔をしながら、何かが弾けるように言葉を紡ぎ始める。
「お燐のいじわるっ! その白いのにまみれてからずっといじわるだもんっ!」
その言い方は止めて頂けませんかね!?
「ちょ、お空!?」
「ずっとみんなとばっかりお話してて、私には全然構ってくれなかったもん……」
「う……」
「白いお燐はかわいいけど、でも……なんか、いやだもん……」
それに関しては――何も言えない。
今日一日、ずっと霊夢とその友達とばかり話していたという事実は、私も認めざるを得なかった。
お空は、今の勢いはどこへやら、再び俯き黙ってしまう。私も、その姿に声をかける事が出来ない。
今や私は、自分の鈍さに怒りを覚えている。そしてお空は、こんな私を責めこそ、それをこの白いワンピースのせいにしてくれている。
本当は、この私自身がいけないのに。それでもなお、お空は、私を。
「――お空。これを見ておくれよ」
やっぱり、私はお空に言わなければいけない事がある。
被っていた麦わら帽子を取って、お空の下に近づく。
そして自らの頭に向けて指をさすと、お空はポカンとしたように私の頭を見上げた。
「……耳?」
「そう、耳さ。さとり様は麦わら帽子で隠したがってたみたいだけど……服に全然似合ってないだろ?」
私の耳に付いている、黒い猫の耳。さとり様は「白いワンピに似合わないから麦わら帽子でも被りなさい。そっちの方が夏っぽくもあっていいわ」と言って、麦わら帽子を私に被らせた。
しかし、所詮は隠しただけなのだ。私の黒い猫耳は、今も確かに私の頭に付いている。それは決して変わらない事実。
「お空は白いあたいと言っていたけれど……それは間違い。あたい自身は今も昔も、黒いあたいなんだ。それは絶対に変わらないのさ」
「……お燐」
「……許してくれるかい? 黒いあたいを――あたい自身を」
私は変わらない。白く取り繕っても、それは結局私自身でしかない。
だから、お空に謝る時は――私自身で。
「……お燐」
お空は、その答えを言葉で返しては来なかった。
ただ私に近づいてきたかと思えば――私の左腕に、その身体をすり寄らせてくる。
それが、私のことを許してくれた印かどうかは、さとり様でもない限り判らない。
ただ、私に出来る事は――――ないがしろにしてしまったお空の時間を、取り戻す事だけだろう。
◇
「散々いちゃついてくれたみたいじゃない、ああ嘆かわしい事だわ」
「さとり様……」哀れです。
「哀れとは失礼ね。私は貴方とお空の貞操観念について心配しているだけよ」
「なんですかそれ?」
「白いのにまみれていたんでしょう? あらあら」
「違うしあらあらじゃねえよ!」それに白いの着させたのはさとり様じゃないですか!
私はすでに白く染められた服を着替え、いつも通りの黒いドレスを身に着けていた。
下ろしていた髪も三つ編みに戻し、今日の自分がまるで昔の事のように思えてくる。
「さて、今度はどんな服を着せようかしら」
「私はリカちゃん人形じゃないんですから」
「まあでも、デフォルトはその姿が一番ね」
私の格好を舐めるように見たさとり様が、頬杖を突きながら言う。
確かに、この姿が一番落ち着く事には違いない。だけど――
「私は、何色を纏っても私自身ですよ」
そう返すと、さとり様は少し予想外なように目を丸くした。
その表情を見て、私は清々しいような気持ちになる。それを感じ取ったさとり様がジト目で見つめてくるけど、清々しさは変わらない。
「お燐ー、お味見してー」という声がキッチンから聞こえてきたので、私は大きく返事をしてリビングを後にした。
さとり様は最後まで口を尖らせていたけれど、キッチンに入る直前ふと振り返れば、優しい笑顔で紅茶を啜っていた。
「……で、お空。これを味見しろと?」
「そう、牛丼に入れる玉葱のお味見。これ食べたら今日の事許してあげる!」
「死ぬから!」
しかし、思いのほかお空は鬼畜なのでした。
でも、白いお燐も可愛いですね
ネギってだめなんだ…
ああ次は黒いお空だ……
それにしてもお空の可愛さといったらもう…
閻魔口調がマイブームのさとりも可愛い。
照れるお燐もやきもちお空もかわいいです
>「すいません赦して下さい何でもしますから」
>「ん? 今何でもするって言ったよね?」
あのさぁ…
純白のドレスに身を包んだこいしだ……!
しかし想像して出てきたおりんだれてめぇ
想像してみたけどやべえこのお燐可愛い。髪を下ろしたら釣り目気味なのが柔らかい表情になったっていうのもあるのかも。
やきもち焼きのお空がまた可愛い。
さとり様もっといろいろ着せたって!!