「なんだ、これ」
藤原妹紅はつぶやいた。目の前の光景を理解することができなかったのだ。
「あら、妹紅じゃない」
蓬莱山輝夜は、くりっと目だけを動かして妹紅を見やる。
「よっ」
「よっ、じゃないよ。何やってんだ」
「見ての通りよ」
「見てわかんないから聞いてるんだよ」
「面倒なやつね」
「燃やしたいなぁ」
妹紅の目の前に広がる光景、それは、輝夜の髪を梳かす八意永琳、永琳の髪を結う鈴仙・優曇華院・因幡、鈴仙の髪で遊ぶ因幡てゐ、てゐの髪をいじる輝夜の、一つの円であった。
各々が自分の斜め右に位置する人物の髪を好き勝手に触っている。なんとも不思議な光景だった。
輝夜の妹紅の殺し合いは、何も時刻を指定して正々堂々と、というわけではない。もちろんそういった場合もあるが、大抵はどちらかが気まぐれに相手方に赴き、不意打ちさながらに弾幕を放り込むという、なんとも気楽(殺伐)としたものであった。それは朝の時もあれば、昼も夜もある。どちらかが望んだ時に、それは始まるのだ。
時刻は早朝。人の営みが始まるか始まらないかといった時分であった。
だからであろう、妹紅は永遠亭の朝のルーチンにこんな不可思議な行為が含まれていることを初めて知った。
「で、なんなの、これ」
「髪を、いじってる」
「なんの儀式だよ。はっきり言って、端からみると怖いぞ」
「しょうがないじゃない。これが一番効率いいんだから」
そうそう、と永琳がうなずく。
「私は薬の研究や往診などで忙しいから、できるだけ朝にかける時間は省きたいのよ」
「私も。薬の販売で里に出かけたりするから。やっぱり朝は急ぎたいの」
鈴仙が同意する。
「鈴仙は早く出かけちゃうからね。朝一のいたずらはここでするしかないのさ。枝毛ぴー」
「ちょ、やめてよ!」
「と、いうわけよ」
「なるほど。わからん」
妹紅は頭を抱える。
「時間は有限ってことよ。一分一秒を大切になさい。人生は短いのだから」
「お前が言うと、説得力ゼロ。よくそんな心にもない言葉が出てくるもんだ」
「あはは、ばーか」
「あ、姫様が頭を使うことを放棄した」
「あんなあからさまな挑発じゃあ、妹紅も乗らないでしょうに」
「……あぁ?」
「乗りましたね」
「乗ったわね」
臨戦態勢に入った妹紅はゆっくりと輝夜に近づく。
「元々殺し合いに来たわけだしな。来いよ輝夜」
「ふん、望むところ――いたっ」
妹紅を迎え撃つべく、立ち上がろうとした輝夜の頭がカクンと引っ張られた。
「あ、姫様。動かないでください。まだ終わってませんよ」
「今から殺し合いなんだけど」
「こっちが先です。座ってください」
「はーい……」
輝夜はしぶしぶその場に座る。
「というわけなの」
「面倒だなぁ。なんならお前らまとめて燃やしてもいいんだぞ」
「山賊みたいなやつね。親の顔が見てみたいわ」
「見たことあるだろ。わざとだなそれ」
「とにかく、相手はあとでしてあげるから、しばらくそこで待ってなさい」
妹紅は「チッ」と舌打ちをし、どかっとその場に座り込む。
それを確認し、鈴仙とてゐは、ほっと安堵の溜め息を吐いた。
輝夜はもとより、不死である永琳も二人のやりとりを平然と聞いていたが、うさぎ二匹からしてみたら堪ったものではない。うさぎは寂しくても死ぬし、燃やされても死ぬのだ。
「全く、いいとこのお嬢さんだとは思えないよ」
「姫様も、無駄に煽らないでくださいよー」
「いつも通りに会話しただけなんだけどね。まぁ、この状況ってのは今までなかったわ」
「いっそのこと、殺し合いの時間はきっちり決めてみてはどうです? そうしたらきちんと準備をしていけますよ」
「あー、パス。そういう時間に縛られる感じはやなの。自由でいたいっていうか?」
「典型的なダメ人間だね」
「まぁ、気持ちはわかるけどね。軍隊とか、すごいよー……」
「…………」
姦しいながらも、平和な日常の会話。妹紅はぼんやりと目の前の光景を眺めていた。
(楽しそうだな……)
素直な感想である。
弾む会話と、止まることなく髪を泳ぐそれぞれの指先。
幼い時分より、誰かの髪を結うなんてことはしたことがない。人との繋がりも持たずに、ただひたすら復讐に燃えていた。誰かと和気あいあいと話すことなどなかった。
それも今までのこと。
不死という、人との深い溝も、幻想郷に流れ着きあまり気にならないものとなった。
だからだろう、妹紅も人並みに、人並みの繋がりが羨ましいと感じられるほどには人間らしさを取り戻しつつあった。
「な、なぁ」
「あによ」
「それ、楽しいか?」
「へ?」
何かしらの文句でも言われるだろうと身構えていた輝夜は、予想していなかった質問に、きょとんとする。
「え、それって、これ?」
「そう、それ」
「髪いじり、のことよね」
「それ以外にないだろ」
妙にそわそわしている妹紅を見て、輝夜は察した。
「は、はぁ~ん」
「な、なんだよその顔は」
「いいええ、なんでも? それよりも、質問に答えなきゃね。ええ、楽しいわよ。とっても」
「そ、そうなのか」
「そうなのよ」
輝夜はそれだけ言うと、再びてゐの髪をいじり始めた。
それが余計に妹紅の興味を引かせた。
どう楽しいのか、何が楽しいのか。
普段の輝夜ならば、妹紅を挑発する意味も込めて、あれやこれやと誇張を含んだ言葉を並びたてる。それは妹紅にとって慣れたものであった。
しかし、このように最低限の言葉だけで締められてしまうと、妹紅としてはどうしようもない。
直接聞くしかないのだ。
「なあ、それ……どうなんだ?」
「どうって?」
「いや、ほら、なんかあるだろ。さらさらしてるとか、ふわふわしてるとか」
輝夜は頬に人差し指を当て、「んー」と考える。
「ねえ、永琳。私の髪って、どう?」
「姫様の髪ですか? そうですねぇ……手を当てると一瞬ひやっとして、動かすままに指の間を髪が流れていきますね」
「そう、じゃあ永琳の髪は?」
「師匠のですか。んー、なんかこう、全体的にふわふわしてて、動くたびに光がキラキラ反射してとても綺麗です。あと、しばらく触っていると、手に師匠の髪の甘い匂いがついて、しばらく幸せです」
そわそわ。
「うどんげのは?」
「んー、ちょっと枝毛が多いけど、さらさらで気持ちいいよ。シャンプーの匂いが良い匂い。私のは? 姫様」
「てゐのは、そうね。とても艶やかね。くるんとまとまっていて、触っているのがとても楽しいわ」
「へ、へぇー……」
各人の髪の説明を聞いて、妹紅が思ったことは。
(さ、さわってみたい……!)
ということだった。
見た目からしてさわり心地は違うだろうことは想像がついたが、それでもやはり事細かに聞いたあとでは、説明だけでは物足りぬ。そんな心情がゆさゆさと畳を揺らす貧乏ゆすりによって表されていた。
そわそわそわそわ!
そんな妹紅を見て、輝夜はにんまりと笑う。
「あらぁ、もこたんどうしちゃったのかしら?」
「む……なんでもねーよ」
恐らく自分の考えが輝夜に読まれているだろうことは、妹紅にもわかっていた。輝夜の顔が新しいオモチャを見つけたときのそれになっていたから。
しかし、おいそれと認めるわけにはいかぬ。妹紅にも敵対してきたからには突っぱねねばならないところはあるのだ。
「もこたん、交ざりたくなっちゃったわけね」
「うぐ……」
読まれているのがわかっていたとはいえ、改めて言われると恥ずかしいものがある。
妹紅は何も反論できず、俯いてしまった。
どうせ交ぜてくれないんだろ!
これまでの自分に対する輝夜を思い返す限り、輝夜が妹紅の頼みを聞いた試しはない。そもそも、妹紅が輝夜に頼みごとをするなんてこともなかったのだが。
そんな妹紅の心中を知ってか知らずか、輝夜はふと柔和な笑みを浮かべて言った。
「もう、入りたいのなら、素直にそう言えばいいのに」
「え……?」
妹紅は耳を疑った。
輝夜の発した言葉は、「入れてあげる」と言っていると同意である。それはつまり、輝夜が妹紅に歩み寄るという形だったのだ。
「拳を合わせれば伝わる、なんてスポ根な関係じゃないでしょう? 私たちは。言わなければ伝わらないこともある――いいえ、言わなければ伝わらないことの方が多いわ。今までのすれ違いやいがみ合いも、そんな簡単で当たり前なことをしていなかったからなのかもしれないわね……」
「輝夜……」
「姫様……」
輝夜は変わった。誰もがそう思った。
幻想郷という楽園に来て、自分を縛る枷がなくなった今、輝夜の心にゆとりが生まれたせいなのかもしれない。
そんなことを永琳と妹紅は考えた。
「へ……」
千年いがみ合ってきた相手から差し伸べられた手。妹紅にとってそれはとても気恥ずかしいものである。
しかし、綺麗な綺麗な幻想郷。血で血を洗うような闘争は、もはや時代遅れなのかもしれない。
手を握り返すのは、とても勇気がいることだ。しかし、最初の一歩を踏み出した輝夜の勇気に負けるわけにはいかない。
そう思い、妹紅は思い切って、輝夜に言った。
「え、えと、その……わ、私も! 入れてくれよ!」
妹紅の一世一代の、輝夜への頼みごと。顔を真っ赤にして放ったその言葉は、はっきりと輝夜に届いた。
輝夜は優しく笑みを浮かべ、そして
「いやよ、ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁか!」
時が止まった。そして――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
涙を浮かべ飛びだした妹紅。居間に残ったものは、ナイスアフロの四人であった。
「……けふっ」
笑わせてもらいました。
鈴仙ェ……
円の中心で寝転がってまわりで髪を結いあう4人(or5人)を眺めていたい!
女の子同士の髪いじりって微笑ましいよね
てっきり姫様が妹紅の髪を結いながら思いっきり引っ張って首を折ったり編みながらそれで首を絞めたりするのかと思いきや。
アフロになったえーりんは普段とのギャップが激しすぎるww素敵な笑顔でメスを持ってそれでアフロとか想像するともう怖すぎるww
髪の毛そのものは再生しないから全部生え変わるまでしばらくアフロのままなんだろうな。
あともこたん可愛い。
ありがとうございました。
安心と信頼の爆破オチ。
>奇声を発する程度の能力さん
きっとこんな日常もあったはずです!
>5
へっへっへ。ここがいいんですかい。
>7
姫様は天衣無縫な感じです。
>11
ありがとうございました。
ほっと一安心。
>16
まぁそりゃあ、あんなメンツの中にいたらw
>19
そうなんですー!
>KASAさん
それはそれでなんの儀式ですかw
>30
なみだがでちゃう もこたんだって おんなのこだもの
>ぺ・四潤さん
次のコマでは元通りになっているかも!
あともこたん超かわいい。
どうでもいいが、私のはもこけねが大好きです
自然と頬が緩みました。良かったです。
あ、あと永琳が非常に羨ましい。
アップにしたり三つ編みにしたりたまにはみんな髪型を変えてるとなおさら可愛いな
とにかく皆が可愛らしい。好きです、ふわふわのロング。
ワイヤーブラシみたいに頑固な直毛の私には眩しすぎる……
意地悪だけどみんな可愛いから許すっ
仲よさそうな永遠亭組みと、キャラたちの生き生きとした髪の描写が素敵でした。
その二人は良いですよね。
私はけねもこの方が好きですがw
>39
困ったら爆発! そしてアフロ!
>Ashさん
私はうどんげが羨ましいですw
>43
てゐは盛っても似合いそうです。
>がま口さん
てゐに謝れー!
ふわふわした髪は良いですね。
>ダイさん
これはてるもこと言うんでしょうかw
>51
これでこそ、です。
輝夜はそこそこ性格悪くてもそこそこ許せる不思議。
>53
あじゃす!
>とーなすさん
ほのぼのに限りなく近い何か。
ありがとうございました!
これは泣かざるをえないww
いやぁ、しかし俺も仲間に入れて欲し…………髪、弄れる程長くなかったorz
一点だけ、最後の長い改行が余りにもにおい過ぎて、オチがそれとなく読めてしまったのが、残念だったかと。
でも、しっかり笑わせて頂きました、特に後書きwwww。
激しく同意せざるを得ないっ
いやぁなんつーか、さすが姫さまですわw
大丈夫、それはそれでさわってて気持ちの良い髪型だからw
>64
ありがとうございます。
爆笑してもらえて良かったです。
>67
だって輝夜さんだもの!
>69
助けてえーりん(必死)
って感じ。
>71
もこたんは、実は可愛い。
これってトリビアになりませんか。
>73
もこたんを苛めることに全ての脳細胞を使っている気がします。
だがそれがいい。
落ちもいいです。