Coolier - 新生・東方創想話

夜明けを待って床に伏す

2011/07/31 19:32:49
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 あの綺麗な金髪の少女へと、返信を送って私は携帯端末を手放した。続いてゆっくりと瞼をおろし、頭の内側から来る疼痛が少しでも治まるように配慮する。
 うかつだぞ、宇佐見蓮子。
心の中で自分を叱責して、ぐったりとベッドへ体重を預けた。
 ……何のことはない、私は大事な時にたちの悪い風邪にかかってしまったのだ。



 私の目には他人には見えていないものが見えているようだ。ようだ、というのは他人の視界を覗いたことがないからであって、またそういう力に目覚める予定もないので、これからもないと思われる。
 ともかく私の目は夜空から情報を読み取ることが出来た。星を見れば時を知り、月を見れば場所を知れた。それが面白くて幼いころから夜空を見上げ続けている。かわいらしい少女の映った写真の構図が空を見ているものが圧倒的に多いのはその所為だ。
 この目が普通ではないと知ったときに、私は少し困惑した。本当に少しだったはずなのに、いつの間にか似たような人を探していることから察するに、大きなことだったのかもしれない。
 それでもつい先日まで同じような仲間を見つけることはできず、大学という人の集まる場所でもダメかと諦めかけていたころのことだ。
 月曜日のことだった。一年生の密な時間割を終えた後、すぐにはアパートに戻らなかった。理由は夕食の準備をするのが面倒くさく、とりあえず学生食堂で済ませてしまおうと考えていたからで、人が少ないと予想した食堂内部は予想通りだった。
 予想外なのは入り口から見える席に、金髪の少女が座っていたことで、夕日にきらきらと輝く金髪が綺麗だなとか、紫の服がどこかお嬢様っぽいとか、そんな瑣末なことよりも彼女の目が私を釘付けにした。
 虚空をぼんやりと眺めているようで、空気の中に浮かぶ埃を見ているような印象を受ける視線は、私でなければ違和感を得ることもなかっただろう。
 その目は写真に映った私の目とそっくりだった
 チャンスの神様は前髪しかないとか、チャンスは準備された心に降り立つとか。いわゆる好機に関連した格言は多い。大体のものに共通しているのが、その一瞬を逃してはならないということだ。
 ということで深く考えることも無く、その娘の方へと向かっていった、遠めに見るよりも肌は白かった、そんなことを考える距離になってから、彼女はこちらに視線を向けてさも大げさに私の接近に驚いたようで大きくのけぞった。
 それにも構わず、私はテーブルに手を突いて本題を切り出そうとする。
 そう、本題……本題なのだが。
 あまりに衝動的に向かっていってしまったために、頭の中はあんまり整理していなかった。いきなり貴女も変なものが見える? などというわけにも行かないし、貴女に興味がある、なんてものちょっと変な意味に取られそうだ。
 とはいえここから黙って戻るなんていうのはさすがに変だ、いや今の行動もそれなりに変なのだけれど、チャンスを求めてきたというのにその選択肢は無い。
 それじゃあなんて言えばいい? パソコンが時折起こすフリーズに近い状態になったとき、彼女のほうから先に口を開いた。
「な、なにか御用でも?」
「あ、あははははは」
 笑ってしまった、笑ってどうする! がんばって話しかけてきたと思しき彼女も不審の目をしているではないか、こっちが頑張れ! 何でもいいからつながる話題を!
「え、えっとね。今度家で食事でもどうかな!? とおもってね! えっとこれが連絡先なんだけれど、土日とかならひまだからさ! それじゃあね!」
 メモを取り出して、テーブルに置きながら、一方的にしかも明らかに何か間違ったお誘いをしてしまった。足早に逃げ出す間にも、後悔が頭の中を駆け巡っている、というか私はもしかしたら馬鹿なのかもしれない。
 食堂から出た後うしろも振り向かず全速力で部屋に走った、顔は間違いなく赤かったし、涙眼になっていたかもしれない……みっともなさすぎだ。
 部屋について荷物を置くとベッドに飛び込んだ、スプリングが身体を押し返して何度かきしむ。
 まだ見慣れない天井が視界にとらえられる、大きなライトが三つ飾られている、それでも一人暮らしには少し広い部屋を照らしきるには弱く、卓上ライトを勉強や読書のためにこの前購入した……のだが、それもベッドの中で勉強するために今は寝床にあった。
 何故肝心なところで上手く行かないのだろう、どうにも私はここ一番というところに弱かった、運動会の本番とか学芸会の本番とか、エトセトラエトセトラ。
 大きなため息を一つついて、今日のフォローをしなくちゃならないかなと考えていると、お腹が小さく鳴った、ああ夕ご飯も食べ忘れていた。
 ゆっくりと目を瞑って頭の中を整理すると私は立ち上がった。



 金曜日。
 波乱の月曜日から四日。あたりまえだけれど連絡が来ることは無く、彼女にまた会うことも出来なかった。
 眼鏡をかけた教授が大画面に映した映像を見ながら講義をしている、適当にノートを取りつつ、少し暑いなと心の中でつぶやいた。
 汗が出るような暑さではなく、頭をぼうっとさせるような暑さ、授業の内容が頭に入りにくい。
 ペンの頭でこめかみを押すと鈍い痛みを感じた。気温の所為じゃなくて、体調が悪い所為かと小さく舌打ちをする。
 体が弱いわけではないのだけれど、風邪をひいたりすると学校を休みがちだった、もとよりあまり学校に通うことが好きではなかったし、無理をしてでもいきたいとは思えなかった。両親もそれに文句を言うことも無かった。
 ただ、大学生になって、体調管理をしっかりしようと言外に誓った身としては情けなかった。
 幸いなことに、今日を終えれば休日を迎えることが出来る。少し無理をしても大丈夫だと、私は授業に集中することにした。それでも殆どぼうっとしたまま、チャイムを迎えることになってしまった。
 午後になって必修である理系論文基礎を受けてから、私は帰路に着いた。
 まだこれから夕方を迎える街はせわしなく人々が行きかいにぎわっている、バス停には学生と思われる一群が顔を並べていて、その前を通るのはなんとなく苦手だった。
 坂道が多い街で、学校から比較的近い場所に部屋があることはかなりありがたかった、体調が悪いときはいつもより感謝の心が強くなる。
 階段を昇って部屋の鍵を開けた。玄関に置いたカモミールの芳香剤がふわりと香る。
 荷物を置いてパジャマに着替える、一応上に羽織って人前に出られる上着を準備したけど、使うことは無いと思われた。
 床に座ってベッドへともたれる、携帯端末を弄ってみるが、やはりメールは着ていなかった。嘆息して脇に置いてから目を瞑った。
 体調が悪いと、全てが落ち込む、エネルギーも気分も。こういうときに出来ることは、ただ少しでもマシになるのを祈って耐えるだけだ。
 あ、薬買ってきたほうがよかったかな。
 痛みをました頭で考えたけれど、外に出るために着替えるのがどうにも億劫で諦めた。そこまで深刻なことにはならないだろうし、週末の予定も無い、のんびり直せばいい。
 そう考えて、もそもそとベッドの中へ移動する。枕に頭を乗せて、いつ来るのか判らない眠りを待つことにした。



 闇が広がっている。
 闇の中に輪郭として立ち上がるものは無く、目を瞑っているのか、開いているのかを視覚から判断することは不可能だった。
 歩く。こつこつと床を叩く音が聞こえる、周りには何も無いことだけはわかる。
 空気でさえ時間が止まってしまったように、ただ静止している。歩く。
 意外な事に、果てまで続くと思われた闇の中に光が現れた。
 光は闇の中にぼんやりと浮かんでいる。
 それでも私はそれを強く望まなかった。歩く。
 光は視界の外側に消え、背後に行ったように思われた。やがて後ろから追ってくる光も無くなった。歩く。
 闇は続いている、また光が現れた、ぼやけた輪郭を私はまた無視する。歩く。
 足音が響く、また光。歩く。足音。光。歩く。音。光。行動。
 幾多の光を通り越した。光を見るたびに少しだけ惹かれる心に気づいていた。
 ただ、立ち止まらない。立ち止まるに値する光ではない。考えて、歩く。
 光が現れる間隔は段々と広がっていった。ためらわない。歩く。
 歩き続けても疲れなかった、光はしばらく現れなかった後、まるでこれが最後だとでもいうように一つ現れた。
 私はそれを通り過ぎた。ふと、そこで何かに気づいた。
 何か。目の前は完全な闇が広がっている何も見えない、空気は凍ったように動かない、身体は動かさず、私は顔だけで振り返る。
 何も無かった。黒々とした闇。無視してきたはずの光は全て潰えていた。
 もういちど前だと思われるほうを向く。何も、見えなかった。



 猛烈な渇きに襲われて、私は目を覚ました。
 汗が染みた服を肌に感じながら気だるげに身を起こす、残念なことに体調は快復するどころか悪化しているようで、鈍い痛みが訴えかけてくる。
 目をこすると粘性のある目ヤニが指についた、のそのそと立ち上がると洗面所へ向かう。
 手を洗って、コップに注いだ水道水を飲んだ。特別美味しくはないが喉も唇も渇いている現状では何杯でも欲しくなる。
 とりあえずの満足が得られるまで飲んだ後、コップを水洗いしてから、ベッドのほうへと戻った。
 枕に頭を預けると、携帯端末が目に入った。新着メールの表示。
 手を伸ばして内容を確認すると知らないアドレスと、おそらく彼女からと思われる文面が現れた。
 先日はお誘いありがとうございます、本日うかがっても大丈夫でしょうか?
 口に出して読んでみると悲しくなってきた。何故こうもタイミングが悪いのか。
 とはいえ彼女の側に問題があるわけではない、痛む頭をきにしつつ謝罪の文章を作り上げて返信した。
 ちょうど土曜日がやってきた直後のことだった。



 狭い部屋の中にいる。
 ベッドが一つ壁際に置かれているだけの簡素な部屋だ、窓は無い。
 ただドアが一つあった。そのドアには窓がつけられていて、外の様子を確かめることが出来る。
 覗いてみると人々が歩いているのが判る、みな一様に前を向きまっすぐ歩いている。その視線がこちらを向くことは無い、だれもかれも、私が存在しないかのように歩いている。
 ドアノブに手をかける。廻らない。力を入れても廻らない。ドアは閉まったまま。
 がちゃがちゃがちゃ!
 やけになったように、ドアノブをまわそうとする、廻らない。
 がちゃがちゃがちゃ!
 音だけがやかましく響いている、ノブは廻らない、ドアは動かない、人々はこちらを見ようともしない。
 がちゃがちゃ!
「あ……」
 小さく声を上げる、そこでようやく腰に何かを下げていることに気づく。鍵束だ。
 ドアノブを観察すると、鍵穴があることにも気づいた。
 だが鍵束は冗談じゃないのかと思うぐらいに多数の鍵がつけられていた、数を数えることは諦めるほどで、その重量もずっしりと重い。
 それでも鍵を一つ一つ試すことにした。一度試した鍵が混ざらないように神経を使いながら、鍵穴に合う鍵を探していく。
 いつの間にか100を数えていた。いつの間にか1000を数えていた。いつの間にか……
 ドアは、開かなかった。



 悪い夢を見た。
 飛び起きるような悪夢ではなかったが、思わず目を覚ましてしまった、夕方ぐらいから眠っているのだから、深い眠りにつけないのは当然かもしれないが。
 部屋は暗くて静かだ、何も動くものはないし、何かが音を立てることも無い。
 頭痛に加えて喉まで痛くなってきたので、うがいをしようと起きた。
 洗面所のコップにまた水を注いでうがいをした、ついでに水も飲んでおこうとしたが運悪く気管に入ってしまい、咳に苦しめられることになった。
 ……なにやってるんだろ。
 あまりの情けなさに自嘲の笑みすら沸いてくる、チャンスを自ら逃した上に、体調をどんどん悪化させている。こんなことだから……。
 思考がマイナスへと寄っていくのを感じてかぶりをふった。急いでベッドに戻ると、何も考えまいと布団を被り、強く目を瞑った。



 風が吹いて砂を巻き上げた、顔を打つそれを不快に思いながら、私は塔へ視線を注ぐ。
 石造りだと思われる塔は周囲の荒野と似た色合いで建っていた、頂上が見えないほど高いうえに、一周するのにかなりの時間を費やすほど大きい塔だった。
 その外壁に螺旋階段の如く段々と足場が設置されている、小さすぎることも無く、それを使えば上っていくことは可能だろう。
 だが足場は見るからに粗末なつくりで、体重を支えてくれるのかという不安は残る。
 ならば登らなければいいだろうと人は言うだろう、だけれども私はこの上に求めるものがあることを知っている。
 誰かに教えられたわけではなく、文献で学んだわけでもない、ただ知っている。
 だからこそ悩む。この不安定な足場を上っていいのか、直感的な自分は肯定する、目指すものがあるのならばわき目も振らず行くべきだと。理性的な自分は否定する、そんなことをしなくてももっと安全な場所があると。
 気づけばほんの数瞬の葛藤だった。私は足場へと踏み出していく、粗末な足場は私の体重を受け止める。問題ない。
 次の足場もその次の足場も問題は無かった、怖さが無くなって、走るようにして高さを上げていく。
 軽快に上っていると疲れがやってきた、少し休もうと後ろへ視線を向けると、ちょうど視界の端で上ってきた足場が崩壊しているのを見た。
 焦って上へと上っていく、がらがらと足場が地に落ちる音が後ろから伝わってくる。
 気付けばかなり高いところまで来てしまっていた、こんな場所から落ちたら……。
 そう思ったとたん、乗っている足場が崩壊した。
 落ちる、何の抵抗も出来ずに落ちていく。



 秒針の音が気になって私は目を覚ました。
 時刻は午前の3時をまわったところだった。いまどき珍しい電池で動くアナログの時計は規則正しく秒針を動かしていた。
 長い夜だな……。
 ため息をついて思う。浅い眠りが連続している所為か時間の進みが遅く感じられた。体調に問題さえなければ、起きて読書でもしていればいいのだが、動くことすら面倒だった。
 長い夜はこれまでにも越えてきた。ただ朝が来れば良いわけでもなく、どちらかといえばこの長い夜にずっといたいと思うことも多かった。
 夜は静かだし、何より一人だった
 それでもいつまで続くかわからない覚醒と夢想を行き来するのは、ただの苦痛でしかなかった。



 一つ以外何も無い場所だった。
 延々と白い空間がひろがっている、視界をさえぎるものは何も無いというのに、一様な白さの中に何も見出すことは出来ない。
 唯一つ、直ぐ目の前に透明な扉が存在していた。
 巨大な観音開きの扉だ、透明なので向こう側が透けて見える。
 それは白い空間で唯一の黒だった。
 広大な宇宙を思わせる黒が扉の向こうに広がっている、ただ完全な闇ではない。
 冬の夜空のように星を思わせるかすかな光が見える。
 だが殆どは闇だ、少し先の確認すら出来ないほどに黒々とした世界、小さな星に期待を抱くだけしか出来ないような冷たい世界。
 それでも私は扉を開けることを選ぶ、手をかけて体重を乗せて押していく。
 重い扉はゆっくりと時間をかけて開き……。



 トイレに行きたくなって、私は目を覚ました。
 夕食をとっていなかったので空腹も感じていたが、何か食べる物を準備する元気は無かった。
 便座に座り込んで、閉じられたドアを見ている。ただ見ている。
 体調はいいとはいえなくとも最悪は脱したようだった、朝が来れば薬局に出向くことぐらいは出来るだろう、あとは朝まで辛抱するだけだ。
 水を流して手を洗った、惰性のような眠気を引きずってベッドに倒れこんだ。



 暗い部屋だった、どうやら横を向いている私は視線だけをうごかして部屋の様子を確かめようとするが、上手くは行かない。
 かすかに物音が聞こえる、耳を澄ますと人が歩いているような足音も聞こえる。そちらに頭を向けるようにすると、部屋の出入口から光が入ってきていた。
 何があるのだろうと、身体を動かそうとする、自分が寝転がっているのがわかったので上手く立ち上がろうとして……落ちた。
 どしん。と大きな音がして、少しの痛みを感じる。あれ?
 そこは私の部屋だった。さっきまで寝起きをしている部屋で間違いなく、なんら変わったことは無い、はずだった。
 それじゃああの光は、あの音はなんなのだろう?
 頭がその思考に行き着くと、耳が歩いてくる足音を捉えていた。
 足音は的確にこちらに近づいてきて、部屋の中に入ってきた。かちっという音と同時に明かりがついて、金髪の少女がこちらを見て目を丸くしていた。
 私にはわけがわからなかった。ひねり出した言葉もなんだかとぼけたものだった。
「あれ、鍵かけ忘れてた?」
「ええ、女子の一人暮らしで鍵をかけ忘れるなんて……危ないわよ?」
 彼女はそういってからまぁ私が言うべきじゃないかな。と苦笑した。その笑みがあまりにも自然だったから、私もつられて笑ってしまう。
「あ、おなかすいてないかしら? もしかしてと思って、お粥を作っているのだけれど」
「……いただきます、風邪で舌が変かもしれないけど」
「そう、なら都合はいいわね。あんまり、美味しいものは作れない……っと」
 また笑って私をベッドへと戻そうとする、体重を支えてもらいながらゆっくりと腰掛ける。彼女は期待しないで待っていてと言って台所へと戻っていった。
 彼女が見えなくなってから、ふに、と頬をつねった。夢ではなかった。



 完成したということで、テーブルのほうへと移動した。目の前には湯気を立てているお粥といくつかの薬味が置かれていた。
 彼女はせわしなく動きながら、お茶を淹れるための湯を沸かし、食器を準備してくれた。
 召し上がれと言われたので、小さくいただきますといってから木匙で食べた。少し薄味だったけれど、優しい味のするお粥だった。あまり咀嚼する必要もなく飲み込むことが出来た。
 薬味を入れて味の変化を楽しみながら食べていると、ウーロン茶を出してくれた、塩気のある薬味を流すのにちょうど良かった。
「どう? 味、大丈夫かしら?」
「美味しいわよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「よかった、あんまり人に作ること無いから」
 彼女は私の正面に座ると、味についてたずねてきた、正直に答えると安心したように笑った。二人もいると部屋が少し狭く感じられた。
 頭が冴えてくるにしたがって、いくつか、いやいくつも聞きたいことが浮かんできた。とりあえずは食事を終らせることにしたけれども。
 ごちそうさま、おそまつさま。とかそんなやり取りをした後私は彼女に切り出した。
「それで……なんで私の部屋に居るのかしら?」
「えっと、メールが帰ってこなかったから」
「メール? 返したと思うけど」
「一通目じゃなくて、その後何回か送ったのよ、気づかなかった?」
 気づかなかった。というより確認もしていなかったなそういえば。そう答えると、彼女はため息をついて、もう心配で心配でとつぶやいた。
「それじゃあ私の部屋は何で知っているの?」
「あーうん、やっぱりそれは聞くよね……実はひそかにあとをつけて」
「それって……ストーカー?」
「いや、ごめん嘘。本当はね、本当にたまたまこっちにきたとき見かけたの」
「私が帰るところを?」
「そう、だから大体この辺だなーっていうのは知ってた。細かいところは判らなかったけどね」
「間違ったらどうするつもりだったの」
「ここに来るまでに何回か違う場所に行っちゃった。まぁアドレスで苗字はわかっていたし、根気良くしらべたのよ」
 アドレスには確かにusamiと入れてはいるけれども……。
 真顔で言う彼女に呆れてしまったけれど、この人ならなんとなくありえるかな、と思った。そういう常識が通用しないような匂いを体から発している。
「それじゃあ最後ね、何でこの前あったばかりの私のことが心配でしょうがなかったのかしら?」
「それはやっぱり似ているから、かな」
「何が?」
「私と貴女」
「貴女と私?」
 そう。と笑って彼女は言葉を捜すように宙を見る。それを追いかけると、彼女の瞳がまたあの食堂のようになっているのがわかった。ゆっくりと視線を私に戻して、彼女は言葉を続ける。
「貴女の目には、何が見えているのかしら?」
 聞きたいことを先に言われて、少し戸惑う、というより私の目が違うことを何故彼女は知っているのか。
「何で……そう思うの?」
「貴女が食堂で私を見て思ったのと同じ……だと思うわ」
「つまり、私の目が……」
「そう、夜空をみる貴女の目は、何も見ていないようで、他人には見えない何かを見る目だったわ」
 ため息を一つ。なるほどそれはそうだ。私が彼女の目を、自分の目と似ていると思ったのと同じように、彼女が夜空を見上げる私を見たならば、彼女も私の目を、自分の目と似ていると思っても不思議ではない。
 そしてこの眼は、世間にごろごろと転がっているようなものではないのだ。
「それにね、病気の夜は辛いじゃない」
「……そうね」
 付け加えるように言って彼女は微笑む、私も同意して笑った。
 それからは他愛の無い話を少ししただけで、お互いの目のことについてはまた後日。ということになった。また後日と約束をすることも久しぶりだった。
「それじゃあ、朝が来るしそろそろ帰るわ」
「ええ、気をつけて。道に迷わないように」
「そちらこそお大事に、それじゃあまた今度」
 ドアの向こうから白んだ空が見えた、軽く手を振って彼女は帰り、しばらくして私はドアに鍵をかけた。
 部屋に目を戻すと、一人暮らしには少し広い部屋が数時間前と変わらずにあった。もう一度だけ、私は頬をつねってみた。
 頭痛より何より、痛かった。



 後日。
 私は彼女の発音しにくくてしょうがない名前に辟易し、ニックネームをつけた、ついでにサークル作成用紙へと記入を済ませて、学園事務局に提出した。
 サークル名は秘封倶楽部。よくあるオカルトサークルの皮を被った、誰も知らない秘密を暴くサークルだ。
最後まで読んでいただけたのならば感謝を。
蓮子とメリーが出会う話に病床の話を混ぜた感じなのですが
「救い」の要素が曖昧でちょっと気持ち悪い作品になってしまった気がします。
病床は題材としては書きやすいのでジャネリックの79にも「不器用な彼女の」という作品を投稿させていただきました。短い作品ですのでよろしければ……(宣伝
今回はもっとネチネチとした描写を心がけていたのですが、バランスが難しくこの形に落ち着きました。
あとは作品が語ってくれることを期待して、このあたりで失礼させていただきます。

多くの評価ありがとうございます。若干人を選ぶかなと思いましたが、平均はそれなりにいただきました嬉しい限りです。
コメントを一ついただきましたのでコメ返し。

>13
コメントありがとうございます。
甘さ控えめのものしか書けない気がするのは秘密。色んな味付けが楽しめるのが秘封ですし、楽しんでいただけたのならば幸いです

幸運と行動に感謝をしつつ。コメント返しをさせていただきます。

>15
つい気づくと食傷気味にさせる文章が出来上がっております、夢ももう一つ挿入する予定でした
個人的には少し淡白にしすぎたかなとも考えておりましたが、読みやすいという評価は嬉しく受け取らせていただきます。
\蓮子!/\メリー!/\ちゅっちゅ!/ 残念ながらこの先の時間軸でも見当たりませんでした
コメントありがとうございました

>16
コメントと内容に関するアドバイスありがとうございます
ご指摘いただいた部分を意識して読みなおすと確かにそう感じます、蓮子とメリーの気持ちが鏡写しのような感じにできればなんとかなるかなと考えておりましたが浅薄でした。
メリーを見かけたり、視線を感じたりする伏線をはるべきでしたね
秘封の色は数あれどそれを超えて楽しめる作品を書きたいです。出来ることなら、幸せで、素敵な冒険を。
コメントありがとうございました。
赤錆びたトタン屋根
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コメント



0.680簡易評価
13.100名前が無い程度の能力削除
こういう甘さひかえめなのも良いですねぇ。
15.90名前が無い程度の能力削除
夢の描写がちょいとくどく感じたけど、文体自体はユーモアをまぜつつたんたんとして読み
やすくて、それが作者さんの魅力ではないかなと感じました。
なにが言いたいかというと蓮メリちゅっちゅ
16.80名前が無い程度の能力削除
出会い方は蓮子らしいなぁ、なんて思えました
ただメリーが疑問に思ったこと。蓮子の態度から押しかけるまでに至った理由。
ちょっと弱いかなぁ、と感じてしまいました。いうなればご都合主義。
蓮子の一人称で進んでいるから仕方ありませんが、もうちょっと動機付けが欲しいと思ってしまいました。
いくら疎外感を持っていたとしても、メリーが不審人物に近寄るってちょっと思えない。
もっともこれは私が思う秘封倶楽部でして、メリーが強引さを発揮するのもありです。
何にせよ、素敵な邂逅でした。これからの二人が胸高鳴る冒険を見つけることを祈ります。