――0――
現から幻へ。
幻から夢へ。
夢から現へ。
あらゆる知識が流れ込むように設定された、私の図書館。
親友の吸血鬼から譲り受けた、私――パチュリー・ノーレッジの箱庭。
「あら?」
全ての知識を内包するこの場所は、度々私の知らない書物が流れ込む。
大抵は似た様な記述のどこかで見たことがある内容ばかりで、新しい面白みはない。
けれどその日――ふと目に留まった本には、何故だかひどく興味を惹かれた。
「……ん、タイトルが擦れて読めないわね」
魔力を感じない本。
けれど強力なトラップを持つ魔導書なんていくらでもある。
隠蔽能力に長けた魔導書は、誰かを襲うことが存在理由なのだから。
これも、そんな哀れな本なのかも知れない。
「本の形をしていながら、本の役割を果たせない」
その日私は、珍しく感傷的になっていた。
何故だかなんて、理由は分からない。
いや、解らないことが理由なのだろう――それすらも、本の魔力だったのなら。
「いいわ、私が読んであげる。今更、トラップにかかるほど未熟でもないし」
ざらざらとした革表紙の触り心地は、あまり良くない。
手触りが初めて触る自分に合いすぎて、気持ちが悪かった。
私はその黒革の本を持ち上げると、防御障壁を展開しながら、開く。
「あなたに綴られた知識、私に見せてちょうだい」
黒革の本は、私に命じられるまま、ゆっくりと表紙を開いた。
けれど、それでもなお魔力の気配は感じない。
「あら?普通の本だったのかしら?」
とくに、何も起きない。
本当にただの本だったのだろうか?
なんらかの形で図書館に紛れ込んだだけの、普通の本。
「なんだか拍子抜けね」
割と退屈だったから、紛らわせると思ったのに。
…………そんな考えはきっと、私の油断だったのだろう。
「っ」
指先に鈍い痛みを感じて、小さく声を上げる。
痛みに頬が引きつるのを感じながら指を見ると、そこには黒の茨があった。
真っ黒で、闇色で、影よりも深い黒の茨が指に巻き付いていた。
「っ遅延トラップ!?」
迂闊だった!
本から突如として出現した、一輪の黒薔薇。
その花弁が開こうとする度に、黒い茨が私を浸食する。
そうしてその茨が私の肩口に突き刺さったとき。
……黒い花弁がゆっくりと、その内側を晒しだ――
「させないわ」
――させはしなかった。
この私が、七曜の魔女が、本の罠如きに囚われたりはしない!
「【アグニシャイン】」
――ボンッ
真紅の炎が、茨を灼き、そのまま本を焼き尽くす。
少し火傷をしてしまったが……この程度なら、すぐに直る。
「仏心は出す物じゃないわね。……つぅ、小悪魔!来てちょうだい!」
つつ、ちょっと痛むわね。
そっと水で冷やしながら、灰になった本を見る。
結局開ききった花弁を見ることは叶わなかったが、背に腹は替えられないわね。
「はーい、パチュリーさ……ま!?どうしたんですか、その火傷!」
「いいから、常備薬を持ってきて。迂闊に魔力を用いた物で治せないの」
「は、はいっ!!」
飛んで去っていく小悪魔を見送り、漸く一息吐く。
相変わらず少しだけ痛いが、いい教訓になった。
これからは、もう少し無慈悲になろう。決めた。
そう私は、再び大きく息を吐いて、安楽椅子にもたれかかる。
こんなことは日常茶飯事……というほど多くはないけれど、たまにやるのだ。
今日だけ特別運が悪かった、ということではない。
妙に疲れた身体を庇いながら、私は小悪魔のことを待つ間、そんな益体のないことを考えていた。
これで終わりではなかったということなど――――知りも、せずに。
優閑のロジック
――1――
――肩が、重い。
「なに、かしら」
なにかが左肩にのしかかるような気怠さで、目が覚める。
妖精メイドが寝ている最中の私に、鉛でも置いたのだろうか?
いや……それなら、寝室の対侵入者トラップで、七回は“休み”になっているはずだ。
「……面倒ね」
呟いて、身体を起こす。
思ったよりも身体を起こすのは辛くなくて、左肩が重いだけのようだ。
首を回すのも面倒だし、姿見まで跳んでいった方が楽そうね。
魔力で身体を動かし、姿見にかけられた布を外す。
ぱさりと布が落ち、そこに私の姿が映し出された。
そして、その姿に――
「なによ、これ」
――眠気が吹き飛んだ。
私の左肩から咲いた、一輪の黒薔薇。
あの茨が、棘が刺さった箇所から花が咲いたのだ。
「毟ったらまずいかしら」
らしくもなく気が動転した状態で、花弁に手を伸ばす。
けれどどうにも、毟り捨てるのには勇気が必要だった。
……養分でも吸われているのか。私はどうも、泥棒に絞られる確率が高いようね。
「はぁ……詳しく調べないとダメかしら。面倒ね」
けれど無理に行って左手が使い物にならなくなるのは、避けたい。
だったら、多少面倒でもしっかりと調べる必要がある。
「小悪魔!」
寝室を出て、図書館の中央まで飛んでいく。
そうしていると、私に追従してくる姿があった。
私の司書仕事以外ではあまり役に立たない使い魔、小悪魔だ。
「な、なんでしょうか?パチュリー様」
「私の肩のこれなんだけど――」
「肩が……どうかされたんですか?」
「――え?」
思わず、止まる。
小悪魔は私の右肩か左肩かも判断できないのか、首を傾げながら目を泳がせていた。
彼女には見えていないのだろうか、この、黒薔薇の花弁が。
「私の肩、どう見える?」
「ど、どう、ですか?……ええと、華奢です」
「そう、まぁいいわ」
やはりそうだ。
小悪魔には――いや、おそらく私以外の誰にも、この黒薔薇は見えない。
そういった性質のものと考えるのが一番だろう。
「もう戻って良いわ」
「え?は、はぁ」
首を捻る小悪魔を手で追い払い、背を向ける。
すると……私の肩口から、声が聞こえた。
『いつもありがとう、ご苦労様』
「ええぇっ、パチュリー様が褒めてくれた!?」
私の声。
けれど、私の言葉ではない。
「え?いや、今のは」
「あああ、ありがとうございます!この小悪魔、誠意努力し精進します!では!」
「ちょ、ちょっと!」
小悪魔は、妙に張り切った様子で飛び去ってしまった。
姿は見えなくても、声は聞こえる?どういうこと?
「なんにしても余計なことを」
思わず、首を動かして花弁を見る。
その蕾は既に完全に開かれていて――中の“私”と、目が合った。
「っ」
花弁に埋もれた私の顔。
自分の物とは思えないほどに穏やかな顔をした、私の顔。
小さなそれが、花弁の内側で微笑んでいた。
「な、によ、あなた」
声を上げなかったのは、褒めて欲しい。
正面から映した姿見では、この顔は見られない。
『私はあなたよ、パチュリー』
「冗談言わないで」
『いいえ、私はあなたなの。あなたに人を惹きつけるための、あなた』
「はぁ?」
人を惹きつける?
そんなこと、望んだことはない。
だというのに、花弁の中のそれは、ただ優しげに微笑んでいた。
「私はあなたのようなものを、望んだことは――」
「――よう、パチュリー!」
「また妙なタイミングで……」
振り向くと、快活な笑顔で立つ魔理沙の姿があった。
彼女はまたぞろ本を持っていて、美鈴を打ち破ってやってきたということがわかる。
美鈴にも、もうちょっと頑張って貰わないと。ドーピングとかで。
「なにか面白いことはないか?」
「ないわよ。というか、今日は忙しいからさっさと帰りなさい」
「お?見逃してくれるのか?気前が良いぜ」
魔理沙はそういうと、近場の本棚から更に二冊抜き出す。
それなりに上等な物でもランダムで抜き出せる直感は、巫女にも劣らないのではないか。
本当に、迷惑な才能ね。
「今日だけよ」
「怪しいぜ。何かあるのか?」
猫のように、眼を細める魔理沙。
興味を持つと一直線、星を撒き散らしながら進む魔法使い。
迷惑な才能、迷惑な魔法使いね。
『私は、あなたが心配なだけ』
「へ?」
ため息を吐いた隙を突かれて、肩口から声を出された。
『それを持って帰って、さっさと力を付けなさい』
「パチュリー?」
『いつかあなたが無茶をして、取り返しの付かないことになるのが心配なの』
誰よこれ。
ああいや、そうじゃなくて!
これでは、私が恥ずかしい事を言ってしまった空気になる!
『何度も言わせないで、さっさと帰りなさい!……恥ずかしいじゃない』
「う、うん。わかった、ぜ?」
だというのに、魔理沙はさっさと飛び去ってしまう。
私ではないとはいえ、私の声で許可を受け取ったのだ。
当然、その手には本が数冊抱えられていた。
「ちょ、ちょっと魔理沙、今のは――」
「――わかってる。誰にも言わない。……その、ありがとな。パチュリー」
それだけ告げて、飛び去ってしまう。
帽子を掴んで降ろしている仕草が照れ隠しに見えて、思わず顔に熱が集まった。
やだなにこれはずかしい。
これで明日から私は、幻想郷一恥ずかしい魔法使いになってしまった。
なによこれ、本当に、なんなのよ。
聖痕?――魔女に?
妖怪の類だろうか?いえでも、それにしては魔力を感じられない。
だったらこれは、いったい……。
なんにしても、もっと良く調べてみる必要があるわね。
そう呟いた私は、気がつかなかった。
花弁の中のそれが、歪に笑ったことに――。
――2――
それから、散々だった。
調査は難航。
どんなに調べても、魔力なしでこんなことをやってのける存在はなく。
無駄だと言わんばかりに微笑む黒薔薇が、癇に障った。
進まない調査に反比例して増える“被害”と、悪化する状況。
誰が現れても私の花弁に注意を払う物は居らず、“それ”の言葉に感化される。
誰も彼も、本当に私をどんな目で見ていたのだろう。
毒舌で?
横暴で?
我が儘で?
それが、“私”であっても、いや、そう、誰も彼もが“私”を見ずに“私”を見るのだ。
例えば、美鈴の時。
「すいません、また通してしまい……」
『いいのよ、そんなに気にしないで。頑張っているのは知っているから』
「パチュリー様……はいっ」
その“私”に、もうちょっと違和感を持ちなさい。
嬉しそうに走り去った美鈴を思い出して、頭を抱える。
思えば私は彼女を、いつも適当に扱っていた気がする。彼女に私は……。
――いや、そんなことはない。私は彼女が嫌いではない。だから違う。
例えば、咲夜の時。
「お茶をお持ちしました、パチュリー様」
『いつもありがとう。あなたも、少し休んでいく?』
「え?ああ、いえ、仕事がありますので」
『冗談よ。でも、感謝は本当』
「ふふ、お心遣い嬉しく思いますわ。パチュリー様」
だから、誰よそれ。
私の言葉に気をよくした咲夜は、何時もよりほんの少しスパイスを利かせた紅茶を出してくれた。
実は気がついていて嫌がらせ……ではなく素でしょうね。塩珈琲。お茶ですらない。
そういえば私は、これほどまでに彼女に近づかれたことがあっただろうか。
いつもどこかで、心に膜を持って接されていたような、そんな気がする。
――違う。割と彼女は物怖じすることなく私に発言する。だから、違うはず、だから。
例えば、妹様の時。
「パチュリー、なにか本、ある?」
『待っていなさい、いいのを探してあげる』
「へぇ、珍しいね。自分から動くなんて」
『妹様の為なら、動くわよ』
「…………ふ、ふーん」
照れないでよ。
言った手前、退けなくなるし。
嬉しそうに飛び去る妹様を見ていると、心が痛まないこともない。
そこにいるのは、いずれ消え去る幻影の私にすぎないのに……。
いつも雨ばかり降らせている私を、彼女は疎ましく思っていたのではないか。
いつもいつも、優しさの欠片もなく、ただ幽閉をして、だから私は、もしかしたら。
――そうじゃない。魔法を教えたことだってあった。だから私は、疎まれてなんか。
「ダメね、この思考は良くないわ」
鈍る思考。
停滞する感情。
淀んでいく心。
全てが、余すことなく、私を蝕む。
『……そんなことはないわ』
「っ、何か用?」
肩口で甘く囁く、“私”の顔。
気味が悪い、それに気持ちが悪い。
なんで、こんなものに取り憑かれてしまったのか。
『私が居れば、疎まれることもない。日々、愛されて過ごせるわ』
「必要ないわ」
煩い。
こいつは私の何を知っているというのか。
いったい何を知っていて、こんなことを言っているのか。
『本当は気にしていたんじゃないの?』
「なに、を」
煩い、煩い。
私はそんなことを気にして生きるような、弱い妖怪ではない。
ないのに、ないのに、どうしてこんなにも苛立つのか。
『異変解決で、頼られたことはない。それはあなたが、いつも鋭い刃を言葉に込めるから』
「っ」
煩い、煩い、煩い!
言われるまでもない、役に立たない知識人だとでも言いたいのか。
違う/私は疎まれている/なんかない/混濁して/思考が/違う/あ、ぁぁぁッ。
「いい加減に――」
思わず、花弁を掴む。
――人肌のような、生温かな感覚。
「――黙りなさいっ!!」
そしてそのまま――毟り、とった。
黒薔薇は力に抗うこともできず、無残に花弁を散らす。
なにもかも染め上げるように、黒く、黒く、黒く。
その黒々とした色は、煮詰めた欲望のようで。
「な、んだ……簡単に――」
『ねぇ、本当はわかっているんでしょう?』
「――っ!」
肩口から、声がする。
むしり取った花弁は、床の上で溶けて消えた。
代わりに、私の肩に、もう一輪の黒薔薇が咲く。
穏やかで、歪で、美しくて、歪んでいて、楽しそうで、淀んでいて、笑って笑って笑って!
そして、楽しそうな声で――大きく大きく大きく、笑いだした。
『私の方がいいの』
「望んでいない」
――ふふふ、あはは
『私の方が円滑な関係が築けるわ』
「望んでいない、やめなさい」
――あはは、うふふふふ
『私の方が誰からも好かれるのよ』
「望んでいない、いい加減にして!!」
――あは、ひ、ふふ、ふふふ
『私の方が――』
「黙りなさい、黙って」
――ひははは、あ、ふふふ、ひひひひひ
『――みんなに』
「黙って、ねえ、やめなさい、やめて!」
――ひははひゃはひひゃははひひひひはひゃはっっっァァァァァっ
「望まれているのよ」
『やめて!!』
世界が、変わる。
足下がぐらつく感覚。
それも、もう、なくて。
私は、私の“肩”で、ただ呆然としていた。
『え?』
声が漏れる。
目だけを動かして見上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべた、“私”がいた。
誰からも好かれる、優しい笑みを浮かべた、私が。
「これからは私が、あなたの代わりに居てあげる」
『そん、な』
「私の視点で、あなたの大好きな本だって読ませてあげるわ」
『あ、ぁぁぁ』
「だから、あなたの一生は」
『い、いや、やめて』
それが、私の顔のそれが。
私が、私自身が――――歪に微笑んだ。
「――私にちょうだい――」
涙を流すことすら、叶わない。
だめだ、私はもうきっと、だめなんだ。
優しい彼女にみんなが集まって、やがて私は枯れ落ちる。
きっと、私は必要ないから。
「おーい、あれ?どこへ行ったのかしら?」
声が聞こえる。
何よりも失いたくない、声。
無邪気で自分勝手で、いつも胸を張っていて、奇麗な笑顔を向けてくれて。
私と一緒に居たいと言ってくれた――親友の、声が。
「彼女も直ぐに、私の方が好きになる。解るでしょう?」
『お願い、おねがいだから、それだけはやめて、レミィ、レミィだけは』
「ふふ、だぁめ」
甘い声が、水飴みたいに甘くねばつく声が。
私の唯一残った頭を、じわじわと濡らしていく。
私はそれに、寒天で出来た海に放り込まれた魚みたいに、口をぱくぱくと動かすことしかできなかった。
「レミィ」
「ああ、そんなところにいたの」
レミィは、穏やかな笑みを浮かべる私を、疑うことなく近づいてくる。
レミィが、彼女の笑顔を望むのなら、私はもう枯れ落ちよう。
彼女に必要とされない苦痛を味わうくらいだったら、ああ、でも。
もう少し、レミィの声を、聞いていたい。
「待っていて、珈琲を用意してあげる。いつもの、甘めの珈琲をね」
「へぇ?パ――パチュリーが私に優しくしてくれるなんて、今日は雨でも降るのかしら?」
やめて、そこでレミィの声を聞くのは私なの。
――でももう私は、枯れ落ちる。だからこの懇願に、意味はない。ない、のに。
「なんか、穏やかになったね。パチュリー」
「ええ、前の私は横暴でとても我が儘だったから、自分を見つめ直してみたの」
「ふぅん。それでみんなに優しくなったんだ?」
「ええ、そう」
誰にも優しい私。
そんな私が、望まれていた私だったのか。
だったらここで枯れ逝く私に、やはり価値など無い。
「もう迷惑はかけないわ」
迷惑だったのだろうか。
何年も何年も、レミィと一緒に居た。
魔女狩りも吸血鬼退治も、二人で笑い合いながら乗り越えてきた。
笑顔でお茶を飲んだ夜。
月明かりの下で交わしたワイン。
私があまり動かないから、いつも図書館に来て、私は面白い話なんか出来ないのにずっと一緒に居てくれた。
嬉しかったから。
嬉しかったから、だから。
嬉しかったから、だから、もういいかもしれない。
このまま、枯れ落ちて、終わってしまっても。
「現在進行形で迷惑よ」
「あら?どういう意味?」
ごめんね、レミィ。
最後に、最後に――ありがとうって、言いたかったけれど。
でも、もう――。
「へぇ?わからないの?」
「ええ、そうね。あまり意地悪しないで」
レミィの右手が、ゆっくりと伸ばされる。
やがてその手は、穏やかに微笑む“私”の頬に這った。
「“パチェ”を返せって意味よ」
「え?」――『え?』
私と私の声が、重なった。
「どういう、意味、よ」
「どうもこうもないわ。親友を返せっていったんだ。聞こえなかった?」
呆然とする私の左肩に、レミィの手が置かれる。
その怒りに濡れた瞳からは、茨など物ともしない、強い炎が宿っている。
暗く、紅く、力強い炎が――爆ぜた。
その真紅の輝きは、あっという間に黒薔薇を摘み取る。
途端に、私は足下がぐらつく感覚を覚えた。
もう二度と味わえないとすら思っていた、感覚。
それが、小さくて大きな手と共に、私を包み込んだ。
「あ、れ?」
「他のやつは騙せても、私は騙せないよ」
レミィの小さな腕に、抱きかかえられる。
彼女の右手の中には、“私”の顔を宿した黒薔薇があった。
「運命を操る吸血鬼に、運命の上書きが通じるとでも思ったの?」
レミィの、横顔だ。
普段はあまり本気にならないのに、大事なときには怒ってくれる。
「莫迦にするのもいい加減にしろ――外道の分際でッ!!」
大切なともだちの、愛おしい横顔だ。
『そんな、何故、だって、私の方が』
黒薔薇から、動揺の声が零れる。
ぽとり、ぽとりと花弁を散らしながら。
「我が儘なパチェもあんまり役に立たないパチェも横暴なパチェも――」
『ひ、ぃあ』
レミィの手から、真紅の魔力が滾る。
誰よりも力強くて、誰よりも綺麗で、誰よりも頼りになる。
私の好きな、紅。
「――全部が全部好きで、親友をやっているのよ」
『あぁひぁぁぁひひゃはははぁぁぁぁッッッ!!?』
赤い渦に呑み込まれて、黒薔薇が消滅する。
その断末魔に含まれた“歓喜”の色に、私はどうしようもない不安を感じた。
彼女にとって、その瞬間ですら、幸福だったというのだろうか。
いや、もしかしたら彼女は、なにもかもを同列に見なしていたのかも知れない。
「終わったの?レミィ」
「終わったよ、パチェ」
彼女の腕の中で、息を吐く。
来てくれた――来て、くれた。
そのことが、こんなにも嬉しいなんて、思いもしなかった。
「みんなには、変な実験のせいでおかしくなったとでもいっておきなさいよ?」
「わかっているわ。意地悪ね」
もっとも、違和感を覚えていないのは、一人も居ないのだろうけれど。
そう付け加えたレミィの声が、なんだかいつもよりもずっと、優しくて。
その声に、安心する。
「あれは、なんだったの?」
「あれは忘れなさい。パチェ。運命に見放されたものは、いつもああなるの」
「え?」
手を引くレミィの、厳しい横顔。
残忍さを込めながらも、どこか痛ましさを含んだ、彼女の珍しい表情。
レミィが居てくれるのなら、私はきっと大丈夫だ。
けれど、今日だけは、今日だけは……ほんの少しだけ、夜が不安、かもしれないから。
「ねぇ……レミィ、たまには一緒に寝ない?」
「うーん。パチェのベッド、小さいからなぁ」
「いいじゃない、小さくても」
まぁいいか、とレミィは牙を見せて笑う。
きっと彼女の寝相で私は叩き落とされてしまうのだけれど、けれど今日だけは一緒に居たかった。
レミィは、運命に深く繋がりのある彼女は、あれを知っているのかも知れない。
彼女自身、“道を外れたモノ”と言った、あれの正体を。
もし、レミィがいなければ、私はどうなっていたのだろう?
決まっている、そうそうに心を侵されて、枯れ落ちていた。
じゃあ、レミィのような力を持つ人が、側にいないものが取り憑かれたら?
――紅魔館以外の場所。
――そこにはすでに、知っているけれど知らない人が、いるのかもしれない。
――了――
こういうオチは本当にゾクゾクします
次の作品も楽しみにしています
いや大丈夫だ。きっと霊夢あたりが何とかしてくれるさ、たぶん。
展開が「読めた」ではなく「知っていた」なのですか?どこかに、同じような内容の作品があるのでしょうか……?
作者さんの作品は作者読みしちゃいます。
これからももっとゾクゾクするホラーを楽しみにしています。
肩についた人面痣の話があったかと、何かの漫画だったかな?
てっきり元ネタかと
たしかドラえもんでも、影と本体が入れ替わって……っていう似たような話があったはず。
世にも奇妙な物語にもこういう話があったかな。
ラストにもう一捻り欲しかった。
面白かったです
魔理沙あたりは疑ってくれると思ってましたが、ラスト担当でしたか!
ありがとうございます!ちょっと調べてみます。
あっちは肩じゃなくて後頭部でしたが
大丈夫な気がしますけど……
うむむ、いい作品でした。
あと、誤字報告
パチュリーが薔薇を燃やすところ
させわしなかった。→させはしなかった。
おぜうさまの心が広くてカリスマすぎる
そしてパチェさんは少しは悔い改めるべき
レミリアが格好いい。これぞ親友。
作者様の幻想郷には人間と妖怪と後もう一つ、悪意をもった何かが潜んでいますね。
作者さんの書くホラー、すごい好きです。
パチュリーは普段の仕返しとギリギリまで助けずに涙目の魔理沙ってところまで
想像した。
本体はあくまで本なのか。本が本体のスタンドってのも面白いかも。
魔理沙はアリスや霊夢がいるから大丈夫だろうけど。
面白かったです。
次回作も楽しみにしてます
ストーリーも怖くて面白かった。
魔理沙さんどうすんだろ、霊夢たちがなんとかしてくれると信じてる。
すごいホラーしてました。涼しくなるにはちょうどいいかもです
更なる犠牲の予感を感じさせる落ちもgood
手塚先生のブラックジャックに似た感じのがあったかと