「藍、わたし結婚したいわ」
「寝言は冬眠中におっしゃってください」
主がいつものように放った戯言を、私はいつものように適当に流した。
しかし彼女は「本気よ!」と青筋立てて憤慨する。そして扇子で私の頭をぺちりと叩いた。
「私が真剣に人生相談しようとしているのに、何よその態度は?」
「紫様に結婚願望が芽生えたならば、吸血鬼は真夏の太平洋沿岸で日光浴しながらロザリオを胸に抱きニンニクを頬張るでしょうね」
「……ひどい言われよう。私にだって結婚願望くらいあるわよ――」
紫様は一呼吸置いて。
「女なんだから」
耐え切れず私は吹き出した。
そして電車に轢かれた。
☆ ☆ ☆
「しかし紫様」
やや真面目に話を聞く気になったので、首の骨折を治しながら部屋に戻ってきた。
「結婚するとおっしゃいますが、それは一人じゃ出来ないことですよ。お相手はいるんですか?」
「それは……これから探すのよ!」
目を輝かせている。乙女のように。
また吹き出しそうになったので、腹筋に力を入れて耐える。
流石に連続で轢殺されるのは勘弁だ。
「……はぁ、どなたか意中の殿方が?」
「まだ現れてないわね。私の前には」
「完全に一からじゃないですか。それで良く結婚したいなんて言えますね。妄言ですよ。現実と空想の境界をいじってしまったんですか?」
「思うのは勝手じゃないの。――願望は生き物の持つ普遍的で絶対的な感情である――21世紀の大妖・八雲紫の言葉よ」
まーた、主の気まぐれに巻き込まれるのか、とウンザリする。
が、しかし。
どうせ、いつもの暇つぶしなのだ。少し相手をしてやれば気が済むだろう。
という事で、ちょっくら付き合うことにした。
「それじゃあ、まず聞きますけど。恋愛結婚とお見合い結婚、どっちが良いんですか?」
「それはやっぱり、恋愛に決まってるじゃない。恋を通して愛を育み、そして結婚する。それが理想なのよ。うふふ」
「無理です」
即答してやった。
「なんでよ!」
「まず、妖怪だろうと人間だろうと、紫様と付き合おうと考えるような、馬鹿で向こう見ずで命知らずで胆力のある生物は、この幻想郷に存在しません」
「どういう意味よ!」
「それこそ知性と理性をスキマ送りにされたような奴じゃないと、生命のデメリットしか感じない行為には臨まないでしょう。そうなるとオススメの相手は、ゾンビかグールか腐った死体です」
「うーん、頭はマトモなのが良いんだけど」
「じゃあ、恋愛は諦めてください」
「……売ってる? 喧嘩」
「まさか」
私はあくまでも客観的に主を分析し、状況と照らし合わせているだけだ。
無論、面倒くさいという理由から、意図的にオブラートを放棄してはいるが。
「となると、紫様が恋愛をするには……。外の世界の男を引っ掛けるしかありませんね」
「なるほど、外の世界の男なら私の素性を知らないものね……。って、私は幻想郷で一体どんな扱いを受けているのよ……。流石にヘコむわ」
「まぁ、紫様の容姿なら男を狩るのは容易でしょう。多少、腰が引ける者もいるかもしれませんが、そこはお得意の強引さで」
「よし、そうなれば早速ね」
この茶番、早く終わらないかなー。
と思いつつ上の空でいると、紫様が一枚の紙を渡してきた。
首を傾げながらそれを受け取り、書かれた文字列に目を通す。
「なんですか? これ」
「そこに書いてあるのが“条件”よ。それに当てはまる男を、リストアップして頂戴」
「いや、恋愛したいんですよね? これじゃまるで、お見合いじゃないですか」
「やぁねぇ。私に釣り合うような男が、そこら辺に転がってると思うの? ある程度は絞ってもらわないと。30億人以上もいる男を一人ひとり吟味していったら、運命の男性は出会う前に老衰死するわよ」
「はぁ、恋愛も糞もないですね。玉の輿に乗りたがっている妙齢の女性みたいですよ。アラミレで焦ってるんですか?」
「アラミレって何よ? どこぞの吸血鬼みたいね」
「アラウンドミレニアム(1000歳前後)の略ですよ。ちなみにレミリアとは全く似てません」
「アラサー的な感じ? それに、私はそんなに若くないわよ」
「じゃあ、アラビリですか?」
「そこまではいってない!」
とりあえず、主とのくだらない会話を適当に切り上げ、私は渡されたリストを読み上げた。
「……まず、第一条件。“高身長高学歴イケメン、身体能力高く健康であること、若ければ尚よし”……結構絞られましたね。俗っぽいし。まぁ、でも紫様が望むには相応しいラインだとは思いますけど」
「でしょ? 貴方だって私が変なのと結婚したら嫌でしょ?」
「そりゃ……顔面アルティメットブディストな殿方と結婚されたら、翌日からお暇をいただくことになりますけど。えーっと、それで次の条件が……“年収22兆円以上、または一国以上の管理者であること”……ナニコレ?」
「だって私は幻想郷の管理者よ? 相手が国家レベルの財力を持っているか、一国を管理する立場の者じゃないと釣り合いが取れないわ」
「築30年のアパートの管理人とかじゃ駄目なんですか?」
「駄目に決まってるわよ!」
「なるほど。……2つ目の条件にして、この地球上に存在する雄の全てが候補から除外されましたね」
「えっ、嘘? まったく、外の世界の男はヤワねえ」
「貴方の頭がヤワいだけですよ」
紫様の提示したリストにはそれ以外にも“性格は優しく、でも頼りがいがある”“とにかく私に尽くしてくれる”“家事は全てやってくれる”“将来ハゲない”“イビキかかない”“不老不死だとなお可”などといった条件が延々と続いていた。
私はそれら全てに目を通すことをせず、溜息をつきながら紫様に突き返した。
「紫様、無理です。こんな空想上の生き物は、この世に存在しません」
「えぇ? なんでよ! だって、私は魅力的よ?」
「いや意味分かんないですけど。……まぁ、確かに外の世界に住む人間からすれば、紫様ほどの魅力を持った生き物は、まさしく空想上の生き物といえますが……」
私だって何もいたずらに主を卑下しているワケではない。無論のこと、彼女が大多数の男にとっては高嶺の花であるとは理解しているのだ。ただ、それが成層圏まで届くような高みにあるのが問題でもある。
「それにですね。仮に紫様が妥協しまくったとしても、相手が紫様にOKを出すかは分かりませんよ。恋愛や結婚というのは人間特有の珍妙な心理現象に起因する儀式ですからね。効率や理屈では図れない部分があります」
「人間特有? 世界の神様たちだって、結婚しまくってるじゃない」
「あれは子供を作る為ですよ。そうそう、結婚の大きな目的として、種の保存があります。しかし紫様にそれは必要ないでしょう?」
生物的に貧弱なネズミが大量の子を産むように、生物的に屈強な紫様は子を必要としない。彼女はアルティメットシイングなのだ。
だが当の本人はきょとんとして、こう続けた。
「こう見えても子供好きよ、私」
「それは博麗の巫女を眺めたりする、愛玩的な意味であって、決して自分の子供が欲しいという意味ではないと思いますよ」
そこまで言うと、主は突然に眉を吊り上げ、ぷんすかと怒り出した。
まぁ、私との会話中ずっと怒ってたような気もするけど。
「ちょっと藍! あなたさっきから、私の全てを知っているような口を聞いてくれるけど……。あなたに私の何が分かるっていうのよ?」
「そりゃ分かりますよ。何千年も紫様の側にお仕えしてきましたからね」
「そもそも、私の方が年上よ!」
「耳年増なだけじゃないですか。私は経験豊富ですからね」
「ぐぬぬ……流石は古代中国でブイブイいわせていただけあるわね……」
「ブイブイて……。とにかく、紫様にアドバイスを申し上げるなら、貴方には恋愛も結婚も無理だという事です」
突きつけられた結論に、紫様はがっくりと肩を落とした。
「そっかぁ、やっぱり駄目かぁ……」
なんだ、案外と本気だったのかな。
「気を落とさないで下さい。……そんなに素敵なものでもないですよ、結婚」
「何を知った風な口きいてるのよ。貴方だって偽装結婚しかした事ない癖に」
「まぁ、そうなんですけど。じゃあ、言い方を変えれば……したいと思ってするもんじゃないですし、それに相応しい相手が現れたら、そこから頑張ればいいんですよ」
「そんな出会いがあると思う? 私たちに」
「んー。ないですねぇ」
「でしょ?」
「はい」
しばしの無言が私たちを襲う。なんだか私まで悲しくなってきた。
というわけで、私はお開きの合図に両手をパンと鳴らした。
「はい! 下らない戯言はここまでにしましょう。……そういえば紫様、人里に新しい甘味処が出来たのを知っていますか?」
「ほほう、初耳ね。幻想郷の管理者として、その店の味は知っておかねばなるまい」
「それじゃ、さっそく行きましょうか」
「あーあ、どこにいるかも分からない素敵な男性よりは、お金を払えばポンと出てくるお菓子の方が魅力的だわー」
「やれやれ、貴方の満足いく結婚相手は、この世には存在していないんでしょうね」
「そうよ、とうの昔に、きっと死んじゃってるのね。私のダーリンは」
居もしない相手に現を抜かすのは止めて、私たちは件の喫茶店へと向かった。
恐らく私と紫様は、その店にある窓際の席で甘味を賞味しながらも、空想の彼氏への愚痴を零すのであろう。
幻想の理想像は追い求める限り、死にもしないが生きることもしないのだから。
だが、また、それもいい。
芳香ちゃんですね、わかります
しかしまあ、もうちょっと藍様も親身になってあげてもいいんじゃないかな、うん。
だってこれ、もう夫婦じゃんw
ゆかりんと藍さまが結婚すればいい。子供?橙がいるじゃないかよし完璧だ
紫様可愛いw
GUBなら元は一国の王子で優しくて恐らく不老不死でツッコミ体質な人が、立川でジ○ニーデ○プ似の人とアパート暮らししてますよ
タチの悪い冗談はさておき年齢性別問わずなら幻想郷ではよりどりみどりだが、ゆかりんのいやんなところを全て受け止められるのは藍様しかおらんぜ実際
テンポの良さ、軽快な会話、漂う雰囲気、ネタの切れ味
どれも素晴らしかったです
というかそうしてください。二人の結婚が世界平和の第一歩です
もうYOU達結婚して橙を子供にしちゃいなYO
こんなゆかりんを幸せに出来るのはきっと藍しゃまだけ
あーた、広さで行ったら幻想郷なんて日本の一地方の山奥じゃんwww
人妻臭がするものww
しかしコレじゃ、ゆからん夫婦だな