在りし日の白蓮にとって、寺の信仰を集めることは何よりも重要な課題であった。
そのために彼女は、自身が信仰する毘沙門天を寺に召還したのだが……。
「毘沙門天! あと五分、あと五分でいいからお時間を!」
「勘弁してよ白蓮ちゃん! 私は忙しいの! もう行かないと次の予定が……」
「そう仰らずに、あと十分だけでも構いませんから!」
「なんか増えてるよ!? とにかくもう行くね! またね!」
追いすがる白蓮を振り払い、毘沙門天は寺から去って行ってしまう。
「ああ……行ってしまわれた」
「姐さ~ん、オッサン帰りました~?」
物陰からひょっこり顔を出したのは、白蓮を慕う妖怪の一輪と村紗であった。
「こら一輪、毘沙門天をオッサン呼ばわりしてはいけませんよ」
「すみません。でもあの人、喋り方がカマ臭くてどうも……」
「聖って、ひょっとしてああいう男性が好みなんですか?」
「べっ、別にそういう訳ではありませんよ!? 私は今でも命蓮一筋……はっ!?」
慌てて否定するあまりボロを出した白蓮を見て、二人の頬が緩む。
「あっ、あっあっあなたたちは……!」
「まあまあ姐さん、コレでも見て落ち着いて下さいよ。雲山、おいで!」
一輪の呼びかけに応えて現れたのは、毘沙門天の姿を模した雲山であった。
「う、雲山? どうしたのですその姿は」
「いやあ、姐さんが寂しい思いをしてはいけませんから。代わりになればと思いまして」
「代わりってあなたねえ……ん? 待てよ」
何かを思いついた様子の白蓮は、しばらくの間雲山を撫で回していたが、
「これよ、これだわ! きゃーっ!」
奇声を上げて跳ね回ると、そのまま寺に駆け込んでしまった。
「どうしちゃったのかしら、聖」
「さあねえ……」
残された三人は、呆けた顔でその後姿を見送るしかなかった。
それからしばらく経ったある日、再び毘沙門天が白蓮の寺を訪れた。
「やっほー白蓮ちゃん、おひさし……うわあ!?」
「お待ち申しておりました、毘沙門天」
毘沙門天が目撃したもの。
それは、自身と同じ姿をしたピンク色の物体が妖しく蠢いている光景であった。
「なあにこれぇ!? やだっ、こわーい!」
「あなた様の御姿を、1分の1スケールで再現いたしました」
「スケールとか言っちゃ駄目だよ!? 時代考証メチャクチャだよ!」
「型を取らせていただければ、完成度はさらに高くなりますわ」
「何言っちゃってるのこの子!?」
笑顔で答える寺の面々に対し、毘沙門天は既にドン引きである。
「とにかくダメだよ! こんなの絶対おかしいよ! すぐにやめさせて!」
「う~ん、いいアイディアだと思ったのですが……」
「ンモー、また横文字使うー! 何がいいアイディアだっていうのさ、もう!」
「だってあなた様は、全然この寺に留まってくださらないし、それならいっその事代わりを立てるしか……」
「だからってコレは無いよ! どうせならもっとマトモなのを用意しようよ、ねっ?」
コレ呼ばわりされた雲山がヘソを曲げてしまったが、誰も気にする者は居ない。
「では、もっとマトモな者を据えればよろしいので?」
「うーん……まあ、私の口からいいとは言えないけど、頼むよ? マジで」
毘沙門天が帰った後、四人は代理の人選について相談を始めた。
「私や一輪じゃあダメでしょうねえ、多分」
「そうね。あのオッサンが泣いて喜ぶくらいマトモなヤツじゃないと」
「困ったわねえ。そんなイケメン、この辺りに居たかしら」
「えっ」
「えっ」
何故にイケメン? という疑問が一輪と村紗の口から出掛かったが、当の白蓮がひどく真面目に考え込んでしまっているため、二人はあえて何も言わない。
「ねえ、あなたたち知らない? イケメンで、賢くて、温厚で、良識あって、強さ議論でも上位に食い込めそうな妖怪を」
「姐さん……いくらなんでも条件が厳しすぎやしませんか?」
「そうですよ。そんな完璧超人見たことも聞いたこともありませんて」
話し合いはしばらくの間続けられたが、適格と思われる者の名前はなかなか挙がらない。
「やっぱりイケメンってのがネックですね。聖、そこは妥協しませんか?」
「仏の道に妥協なし。この際イケメンなら性別も種族も問いません」
「まーた訳の分からないことを……えっ? それは本当なの? 雲山」
場の停滞を打ち破ったのは、意外な事に雲山であった。
「雲山が一人知ってるそうです。そのヒトは女性、というか雌だけど、ルックスはイケメンだそうで」
「どうでしょう聖、一度お会いしてみては……聖?」
村紗が振り向いた時には既に、白蓮は余所行きの仕度を整え終えていた。
超人と呼ぶに相応しい所作という他ない。
「今からそいつの家に雷を落としますので、それを目印にしてください」
「ありがとう一輪。それでは……」
上空に舞い上がった雲山が雷を落とすと同時に、超人白蓮は疾風の如く飛び立った。
「誠に胸躍り、意気衝天であるッ! いざ、南無三──!」
一方その頃、黒焦げとなった庭の樹木の前で、地元の妖怪寅丸星はしきりに首を捻っていた。
「はて面妖な。晴天の霹靂とはまさにこのことか」
家に戻ろうとした星であったが、背後に尋常ではない闘気を感じ、咄嗟に振り返り身構える。
「ローリングサンダー!」
「おやおや」
白蓮が繰り出した必殺の三段突きを、星は片腕のみで捌ききった。
「南無三! パンチの最強技がこうも簡単に……!」
「なんなんですかあなたは……検非違使を呼びますよ」
「け、検非違使!? そんなものを呼んでどうしようというのです!?」
「それがイヤなら……KBECを呼びます」
「なんですかそれは!?」
奇襲を仕掛けた白蓮であったが、いつの間にか主導権を星に奪われてしまっていた。
「ひょっとしてあなた、お寺の住職さんではないですか? この近くの」
「え、ええ。聖白蓮と申します。以後お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧に。私は寅丸星。この辺りでファイナンシャル・プランナーの仕事をしております」
「ファイナル……何?」
「冗談ですよ」
星は悪戯っぽい笑みを浮かべ、白蓮と握手を交わす。
「立ち話もなんですし、中でお茶でも如何ですか?」
「あら。それではお言葉に甘えて……ウウッ!?」
玄関の戸が開かれると同時に、中から黄金色の光が溢れ出して来た。
「ああ、申し訳ない。ちょうど財宝の整理をしていたところでして」
「ざ、財宝!? 何故そのようなものが!?」
「まあ、体質のようなものですよ。よかったらお一つ持って行かれますか?」
「いえいえ! やっぱり外でお話しましょう。私にとってこの光景は目に毒ですから!」
「まあそう仰らずに。この金の延べ棒なんかどうです? 汎用性ならこれに勝るものは無い」
「らめえええええひじりん還俗しちゃうううううううう!」
白蓮ほどの者であっても、金の持つ魔力には抗い難いのである。
「危なかった……心の中に命蓮が居なかったら即死だった」
「お互い命は大事にしたいものですね。それで、何故いきなり殴りかかってきたのですか?」
「単刀直入に申します。あなた、毘沙門天になるつもりはありませんか?」
「……は?」
口を半開きにしたまま固まる星を見て、白蓮はちょっとだけ勝った気分になった。
「それはまた……どういう……?」
「気性、戦闘力、知性、財力、そしてルックス……どれ一つ取っても申し分ない。あなたこそ私たちの求めていた人材です」
「それにしても毘沙門天とは……いくら何でも話が突飛過ぎやしませんか?」
「とにかく、詳しい話は私どもの寺にて」
「待ってください、私はお寺では暮らせませんよ」
手を取ろうとしてきた白蓮を、星はやんわりと拒絶した。
「何故です? 妖怪だからって遠慮する必要などないのですよ」
「それもありますが、お寺というからには飲酒や肉食は禁じられているのでしょう?」
「それはまあ、お寺ですから」
「だったら話は終わりです。それらを禁じることは、私に対して死ねと言っているのに等しいですから」
「ちょっ、ちょっと待って!」
踵を返した星を、白蓮は慌てて呼び止める。
「仏教には方便というとても便利なシステムがありまして……それを用いれば寺に居ながらお酒やお肉をいただけますよ! 大丈夫、これはどこのお寺でもやっていることで……」
「とにかくこの話はなかったということで。大丈夫、私なんかより適した者がきっと居るはずですよ。それでは」
星は簡潔に別れを告げると、そのまま家に閉じこもってしまった。
「うぎぎ……私は絶対に諦めませんからねー!」
その日の晩、白蓮の寺では星をスカウトするための作戦会議が催された。
「姐さん、寅丸星についてのデータがまとまりました。こちらの資料をご覧下さい」
白蓮と村紗の前に、雲山の口からプリントアウトされた書類が配られる。
「なにこれ一輪……項目の半分近くがUNKNOWNで埋まってるじゃないの」
「残念ながら、雲山のデータベースにある彼女の情報はこれで全てです」
「雲山もそうだけど、あなたも大概UNKNOWNよねえ、一輪?」
村紗の軽口に苦笑で応えた後、一輪は資料の説明を始めた。
「見ての通り年齢、職業、経歴等は一切不明ですが、ここでの暮らしぶりについては幾つか分かっている事があります」
「晴れの日は狩りや畑仕事、雨の日は家で読書……悠々自適の生活ってやつね」
「定期的に大量のお酒を仕入れてるみたいだけど、酒屋でもやってるのかしら?」
「自分で飲んでるんですよ。それも毎晩えらい量をね」
「しかも酒肴は漬け物か塩のみか……こいつ絶対早死にするわ」
「いずれにせよ、星にはお酒を諦めてもらわなければなりません」
断言した白蓮に、一同の視線が集まった。
「ジョークのセンスは別としても、星の性格は真面目そのものです。この寺に入るという事は即ち、彼女が酒を断つのと同義になるでしょう」
「それと肉食もね。もっとも、見るからに寅っぽい彼女に対して、それを要求するのはちょっと酷かもしれませんが」
「問題は、彼女がそれに代わるものをこの寺に見出せるかどうかですねえ」
しばしの間、一同は頭を抱えて黙り込む。
「聖、ここはやはり色仕掛けで攻めるべきですよ!」
村紗のいきなりの発言を受け、白蓮は面食らった。
「なっ、なっ、何を言うのですあなたは!? 駄目に決まってるでしょう仏教的に考えて……」
「具体的にナニをしろと言っている訳ではありません。ただ今度彼女の元に行く時に、少しだけスカートの丈を短くしてもらえればそれでいいのです」
「どういう事なの?」
「一輪なら分かるでしょう? 同姓の私たちから見ても、聖は十二分に魅力的だということを」
「それはまあ、否定できないわね」
「あなたたち……そういう目で私のことを見ていたのですか!?」
「あくまで客観的な意見を述べたまでです。誤解なさらぬよう」
プリプリ怒る白蓮に対し、村紗は悪びれた様子もなく答えた。
「寅丸星の記憶にしかと刻み込んでやるのですよ。聖の脚線美をね」
「星の記憶に……私の……」
「なるほどねえ。姐さんの御御足が星の記憶に焼きついたが最後、大好きな酒も肉も喉を通らなくなるでしょうねえ」
『ほしのきおく』ではなく『しょうのきおく』である。念のため。
「そうなれば、きっと星も寺で暮らしたいと思うようになるでしょう。イケる、我ながらイケるわこのアイディア!」
「ちょっと待って。もし仮に成功したとして、その後はどうなるのかしら? 本能に身を委ねた星が私に対してあんなことも! こんなことも! するっていう可能性は無いの?」
「姐さんが見込んだほどの妖怪でしょう? それにいざという時は雲山にバッチリ録画してもらいますから大丈夫ですよ」
「一輪、私にも焼き増しお願いね」
「水臭いこと言わないの。そのときは一緒に愉しみま姐さんジョークですジョークエア巻物仕舞ってください」
「まったくもう……あなたたちにももう少し真面目になってもらいたいものだわ」
「いやあ、私ら昔ワルだったもんで……誰か来ましたね」
一同は会話を止めて、近づいてくる小さな足音に耳を傾けた。
「失礼、聖白蓮さんはこちらに居られるかな?」
広間に姿を現したのは、一匹の鼠妖怪であった。
「白蓮は私ですが、あなたは?」
「夜分恐れ入る。私はナズーリン、毘沙門天から遣わされてきた者だ」
「まあ、毘沙門天の……」
白蓮は席を勧めたが、ナズーリンはあえて座ろうとはせず、一同を見下ろしたまま話を始めた。
「話によると君たちは、畏れ多くも毘沙門天の代理となる者を探しているらしいね」
「探しているというか、既に良さそうな方を見つけました」
「ふうん、こいつは驚いた。久方ぶりにダウジングの腕を披露できると思ったんだがね」
ナズーリンは小馬鹿にしたような表情で、大げさに肩をすくめてみせた。
「明日また訪ねてみようかと思っていたところですが、よろしければご一緒しませんか?」
「またって事は断られたのかな? まあいいさ、私からそいつに物の道理ってやつを言って聞かせてあげようじゃないか」
「ねえ一輪、あのネズミどうしてあんなに偉そうにしてるのかしら?」
「そりゃあまあ、あのオッサンの手下だからでしょ。ナントカの威を借る鼠ってところかしら」
「威じゃなくて衣だったら、無理矢理にでも引っぺがしてやるところなんだけどねえ」
「それいいかも。ああいうタイプが目に涙を浮かべて許しを請う姿……たまらないわね」
不穏な話題で盛り上がる村紗と一輪を横目で睨みつつ、ナズーリンは小さな溜息をつく。
「お気を悪くなさらないでくださいナズーリンさん。あの子たちも悪気があってあのような事を申している訳ではないのですから」
「あれが悪気じゃなければ何だ? 煩悩かい? まったくここはひどい煩悩寺だね」
『ぼんのうじ』ではなく『ぼんのうでら』である。念のため。
翌日、スカートの裾を膝上20センチメートルまで上げた白蓮は、ナズーリンを伴って星の家を訪問した。
「なあ君、そのスカートは……」
「何も仰らないで下さい。私にも考えがあっての事です」
「やはり煩悩寺……おや?」
戸が開き、家の中から星が姿を現した。
「おや、またお会いしましたね。今日はどのようなご用件で……」
「知れたこと。あなたをお迎えに上がりました」
「お気持ちは嬉しいのですが、何分私にも事情というものが……そちらのお嬢さんは?」
「ああ、こちらは毘沙門天がお遣わしになった方で……ナズーリンさん?」
白蓮の呼びかけにも応えず、ナズーリンは呆けたような表情で星の顔に見入っている。
「ナズーリンナズーリンナズーリンナズーリンナズーリンナズーリンナズーリンナズーリン……」
「やめてくれないか! 人の名前を連呼するのは! ちゃんと聞こえてるよ!」
「ナズーリン。ときめくお名前です」
星はそっと歩み寄り、ナズーリンの頬を撫でた。
「うひゃあっ!? な、何を……!?」
「聖さん、もしよろしければ彼女と二人っきりで話をしたいのですが、如何でしょうか?」
「私は別に構いませんが」
「お、おい、勝手に決めるな! 私は……ひゃうん!?」
「ありがとう。それでは……」
星は白蓮に会釈すると、ナズーリンを伴って家の中に入っていった。
「これはまた……意外な展開になったものだわ」
辺りを見回して人目が無いことを確認した後、白蓮は戸に耳を当てて中の様子を窺い始める。
『何だこの部屋は……眩しくて何も見えやしない』
『ふふっ、怖がることはありません。安心して私に身を委ねて……』
『ま、待ってくれ! まだ心の準備が……』
『そうかしら? あなたのペンデュラムはとっくに高感度ナズーリンみたいよ』
『あっ、そんなっ、アブソリュート過ぎるッ!』
『今の私はハングリータイガー。誰にも止めることなど出来はしない!』
『や、やめてえ! グレイテスト過ぎてトレジャーに訴えられちゃうっ!』
『ゴールドラッシュ! 百万ドルでもッ! 愛は買えないッ! だから奪いたい!』
『エッ、エッ、エルドラドオオオオオオオオオオッ!』
……しばらく経った後、家の中から妙にスッキリした表情の星が現れた。
「聖さん、素敵な時間をありがとうございました。私にできることがあったら何でも言ってください」
中で何が行われたのか根掘り葉掘り問い詰めたい、というのが白蓮の偽らざる本心であったが、それは些かデリカシーに欠けると彼女は判断した。
「そ、それでは、私どもの寺に入っていただけるのですね!?」
「もはや俗世に何の未練もありません。今はただ、私の元に天使を連れてきてくださったあなたにお礼がしたい。それだけです」
「それはよかった! ……ところでナズーリンさんは?」
「中で眠っていますよ。ああそうだ、私の財産は全て彼女に譲ることにしました」
「ええっ!? あの財宝を、全部……!?」
「ええ。私にはもう必要の無い物ですから」
「そうですか……ところで」
白蓮はスカートをギリギリまで捲り上げ、星に脚線美を見せ付けた。
「私のスカートを見てください。こいつをどう思います……星?」
「すごく……短いです……聖」
かくして聖白蓮による寅丸星のスカウトは、色んな意味でギリギリな結果に終わったのであった。
毘沙門天と星の対面が成ったのは、それから数日後のことである。
「わーお! すごいじゃない白蓮ちゃん! この子なら私も文句は無いよ!」
「やりましたね姐さん。毘沙門天の許可が下りましたよ」
「あー、いや、ちょっと待って。私もさあホラ色々あってね。残念ながら許可は出せないのよ。困ったことに」
「この期に及んで何空気の読めない事言ってるんですか? 私のアンカーに向かってもう一度同じ事言ってみますか? オラ」
「いちいち怖いなキミたちは! 別に駄目だって言ってる訳じゃなくってね、あくまでその、黙認て形になっちゃうのは仕方の無いことなのよ、うん」
「何はともあれ、これにて一件落着ですね」
村紗と一輪に突っつきまわされている毘沙門天を眺めながら、白蓮はほっと胸を撫で下ろした。
「星、これからはあなたも私たちの同志です。頑張って信仰を集めていきましょうね」
「はい。私程度の者がどこまでやれるか分かりませんが、力の限り役目を果たすつもりです」
「何と頼りないことを仰るのやら。ご主人様ならきっと見事に代理を務められますよ」
一同が声のした方に振り向くと、そこには毘沙門天の宝塔を携えたナズーリンの姿があった。
「ナ、ナズーリン!? どうしてあなたがここに? それにご主人様とは……」
「毘沙門天の命により、今日から寅丸星様の部下として働くことになりました。不束者ですが今後ともヨロシク」
「えっ。何それ、私聞いてない……」
ナズーリンは舌打ちをひとつすると、困惑気味の毘沙門天を部屋の外へと連れ出し、ヒソヒソと内緒話を始める。
「差し出がましい事を申し上げますが、この寺の連中をそう簡単に信じてしまってよろしいのですか?」
「そりゃあまあ不安が無いと言えば嘘になっちゃうけど、星ちゃんを強く推してたのは他でもないナズナズじゃないの?」
「だからこそ、この私がここに残って監視を続けようというのですよ。彼女のお傍近くでね」
「またまたー、そんな事言って本当は彼女にホの字なんじゃないのー? このこのー!」
「毘沙門天ともあろうお方がなんと嘆かわしいことを……この賢将ナズーリンに他意など有ろうはずも無い! ええ有りませんとも!」
「わ、わかったわかった! わかったからロッドで突くのやめて!」
部屋に戻ってきた二人は星の元へと歩み寄り、宝塔を手渡した。
「ご主人様、これさえあればあなたも今日から毘沙門天です。本人の前で言うのもアレですが」
「念のため言っておくけど、あくまで預けておくだけだからね! 絶対に失くしたりしちゃ駄目だよ!?」
「心配ありませんよ。いざという時は私が捜して差し上げますから」
「ありがとうナズーリン。でも大丈夫、絶対に失くしたりしませんよ」
「本当に頼むよ? マジで」
心配そうな毘沙門天をよそに、二人は朗らかに笑う。
「さあさあ皆さん! 今宵はパアーッと盛り上がりましょう!」
白蓮の合図により、雲山らの手によって酒宴の準備が始められた。
「よ、よろしいのですか? 仮にもお寺でお酒なんて……」
「今夜は特別。それにこれはお酒じゃなくて般若湯というのよ。まあ同じものなんだけどね」
「星、あんた結構イケる口らしいじゃないの。今夜はとことん付き合ってもらうわよ」
一輪が星に盃を持たせ、村紗がなみなみと酒を注ぐ。
「うーん、しかしですね……」
星は遠慮がちに毘沙門天の方に目をやるが、当の本人は白蓮に酌をされていた。
「一杯だけ、ホントに一杯だけだからね? あんまり飲むと明日の仕事に支障が……」
「まあまあそう仰らずに。折角ナズーリンがこんなに沢山のお酒を用意してくれたんですから」
「ご主人様の財産で購入したものですので、どうぞ遠慮なさらず」
「そういう問題じゃないんだけどなあ……まあいいか」
しばらくの間その様子を眺めていた星であったが、やがて決意を固めると、盃に入った酒を一気に飲み干した。
「おおっ、いい飲みっぷり!」
「私たちも負けてられないわね……雲山、あなた飲むとすぐ顔に出るのね」
照れ臭そうに顎を掻く雲山を見て、星の表情も緩やかなものになる。
「あなたたちもこっちにいらっしゃいな! 新旧毘沙門天で飲み比べといきましょう!」
「ちょっ、旧って私のことぉ!? ひっどいなあ白蓮ちゃん!」
「ご主人様は相当お強いらしいですからね。下手したら潰されてしまいますよ?」
「嘗めてもらっちゃ困るね! 言っておくけどやるからには勝つよ、私は!」
明日の予定の事など忘れて、毘沙門天はすっかりやる気になっている。
「行きましょう、星」
「……ええ!」
星は盃を手に、白蓮らの元へと歩み寄った。
そのために彼女は、自身が信仰する毘沙門天を寺に召還したのだが……。
「毘沙門天! あと五分、あと五分でいいからお時間を!」
「勘弁してよ白蓮ちゃん! 私は忙しいの! もう行かないと次の予定が……」
「そう仰らずに、あと十分だけでも構いませんから!」
「なんか増えてるよ!? とにかくもう行くね! またね!」
追いすがる白蓮を振り払い、毘沙門天は寺から去って行ってしまう。
「ああ……行ってしまわれた」
「姐さ~ん、オッサン帰りました~?」
物陰からひょっこり顔を出したのは、白蓮を慕う妖怪の一輪と村紗であった。
「こら一輪、毘沙門天をオッサン呼ばわりしてはいけませんよ」
「すみません。でもあの人、喋り方がカマ臭くてどうも……」
「聖って、ひょっとしてああいう男性が好みなんですか?」
「べっ、別にそういう訳ではありませんよ!? 私は今でも命蓮一筋……はっ!?」
慌てて否定するあまりボロを出した白蓮を見て、二人の頬が緩む。
「あっ、あっあっあなたたちは……!」
「まあまあ姐さん、コレでも見て落ち着いて下さいよ。雲山、おいで!」
一輪の呼びかけに応えて現れたのは、毘沙門天の姿を模した雲山であった。
「う、雲山? どうしたのですその姿は」
「いやあ、姐さんが寂しい思いをしてはいけませんから。代わりになればと思いまして」
「代わりってあなたねえ……ん? 待てよ」
何かを思いついた様子の白蓮は、しばらくの間雲山を撫で回していたが、
「これよ、これだわ! きゃーっ!」
奇声を上げて跳ね回ると、そのまま寺に駆け込んでしまった。
「どうしちゃったのかしら、聖」
「さあねえ……」
残された三人は、呆けた顔でその後姿を見送るしかなかった。
それからしばらく経ったある日、再び毘沙門天が白蓮の寺を訪れた。
「やっほー白蓮ちゃん、おひさし……うわあ!?」
「お待ち申しておりました、毘沙門天」
毘沙門天が目撃したもの。
それは、自身と同じ姿をしたピンク色の物体が妖しく蠢いている光景であった。
「なあにこれぇ!? やだっ、こわーい!」
「あなた様の御姿を、1分の1スケールで再現いたしました」
「スケールとか言っちゃ駄目だよ!? 時代考証メチャクチャだよ!」
「型を取らせていただければ、完成度はさらに高くなりますわ」
「何言っちゃってるのこの子!?」
笑顔で答える寺の面々に対し、毘沙門天は既にドン引きである。
「とにかくダメだよ! こんなの絶対おかしいよ! すぐにやめさせて!」
「う~ん、いいアイディアだと思ったのですが……」
「ンモー、また横文字使うー! 何がいいアイディアだっていうのさ、もう!」
「だってあなた様は、全然この寺に留まってくださらないし、それならいっその事代わりを立てるしか……」
「だからってコレは無いよ! どうせならもっとマトモなのを用意しようよ、ねっ?」
コレ呼ばわりされた雲山がヘソを曲げてしまったが、誰も気にする者は居ない。
「では、もっとマトモな者を据えればよろしいので?」
「うーん……まあ、私の口からいいとは言えないけど、頼むよ? マジで」
毘沙門天が帰った後、四人は代理の人選について相談を始めた。
「私や一輪じゃあダメでしょうねえ、多分」
「そうね。あのオッサンが泣いて喜ぶくらいマトモなヤツじゃないと」
「困ったわねえ。そんなイケメン、この辺りに居たかしら」
「えっ」
「えっ」
何故にイケメン? という疑問が一輪と村紗の口から出掛かったが、当の白蓮がひどく真面目に考え込んでしまっているため、二人はあえて何も言わない。
「ねえ、あなたたち知らない? イケメンで、賢くて、温厚で、良識あって、強さ議論でも上位に食い込めそうな妖怪を」
「姐さん……いくらなんでも条件が厳しすぎやしませんか?」
「そうですよ。そんな完璧超人見たことも聞いたこともありませんて」
話し合いはしばらくの間続けられたが、適格と思われる者の名前はなかなか挙がらない。
「やっぱりイケメンってのがネックですね。聖、そこは妥協しませんか?」
「仏の道に妥協なし。この際イケメンなら性別も種族も問いません」
「まーた訳の分からないことを……えっ? それは本当なの? 雲山」
場の停滞を打ち破ったのは、意外な事に雲山であった。
「雲山が一人知ってるそうです。そのヒトは女性、というか雌だけど、ルックスはイケメンだそうで」
「どうでしょう聖、一度お会いしてみては……聖?」
村紗が振り向いた時には既に、白蓮は余所行きの仕度を整え終えていた。
超人と呼ぶに相応しい所作という他ない。
「今からそいつの家に雷を落としますので、それを目印にしてください」
「ありがとう一輪。それでは……」
上空に舞い上がった雲山が雷を落とすと同時に、超人白蓮は疾風の如く飛び立った。
「誠に胸躍り、意気衝天であるッ! いざ、南無三──!」
一方その頃、黒焦げとなった庭の樹木の前で、地元の妖怪寅丸星はしきりに首を捻っていた。
「はて面妖な。晴天の霹靂とはまさにこのことか」
家に戻ろうとした星であったが、背後に尋常ではない闘気を感じ、咄嗟に振り返り身構える。
「ローリングサンダー!」
「おやおや」
白蓮が繰り出した必殺の三段突きを、星は片腕のみで捌ききった。
「南無三! パンチの最強技がこうも簡単に……!」
「なんなんですかあなたは……検非違使を呼びますよ」
「け、検非違使!? そんなものを呼んでどうしようというのです!?」
「それがイヤなら……KBECを呼びます」
「なんですかそれは!?」
奇襲を仕掛けた白蓮であったが、いつの間にか主導権を星に奪われてしまっていた。
「ひょっとしてあなた、お寺の住職さんではないですか? この近くの」
「え、ええ。聖白蓮と申します。以後お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧に。私は寅丸星。この辺りでファイナンシャル・プランナーの仕事をしております」
「ファイナル……何?」
「冗談ですよ」
星は悪戯っぽい笑みを浮かべ、白蓮と握手を交わす。
「立ち話もなんですし、中でお茶でも如何ですか?」
「あら。それではお言葉に甘えて……ウウッ!?」
玄関の戸が開かれると同時に、中から黄金色の光が溢れ出して来た。
「ああ、申し訳ない。ちょうど財宝の整理をしていたところでして」
「ざ、財宝!? 何故そのようなものが!?」
「まあ、体質のようなものですよ。よかったらお一つ持って行かれますか?」
「いえいえ! やっぱり外でお話しましょう。私にとってこの光景は目に毒ですから!」
「まあそう仰らずに。この金の延べ棒なんかどうです? 汎用性ならこれに勝るものは無い」
「らめえええええひじりん還俗しちゃうううううううう!」
白蓮ほどの者であっても、金の持つ魔力には抗い難いのである。
「危なかった……心の中に命蓮が居なかったら即死だった」
「お互い命は大事にしたいものですね。それで、何故いきなり殴りかかってきたのですか?」
「単刀直入に申します。あなた、毘沙門天になるつもりはありませんか?」
「……は?」
口を半開きにしたまま固まる星を見て、白蓮はちょっとだけ勝った気分になった。
「それはまた……どういう……?」
「気性、戦闘力、知性、財力、そしてルックス……どれ一つ取っても申し分ない。あなたこそ私たちの求めていた人材です」
「それにしても毘沙門天とは……いくら何でも話が突飛過ぎやしませんか?」
「とにかく、詳しい話は私どもの寺にて」
「待ってください、私はお寺では暮らせませんよ」
手を取ろうとしてきた白蓮を、星はやんわりと拒絶した。
「何故です? 妖怪だからって遠慮する必要などないのですよ」
「それもありますが、お寺というからには飲酒や肉食は禁じられているのでしょう?」
「それはまあ、お寺ですから」
「だったら話は終わりです。それらを禁じることは、私に対して死ねと言っているのに等しいですから」
「ちょっ、ちょっと待って!」
踵を返した星を、白蓮は慌てて呼び止める。
「仏教には方便というとても便利なシステムがありまして……それを用いれば寺に居ながらお酒やお肉をいただけますよ! 大丈夫、これはどこのお寺でもやっていることで……」
「とにかくこの話はなかったということで。大丈夫、私なんかより適した者がきっと居るはずですよ。それでは」
星は簡潔に別れを告げると、そのまま家に閉じこもってしまった。
「うぎぎ……私は絶対に諦めませんからねー!」
その日の晩、白蓮の寺では星をスカウトするための作戦会議が催された。
「姐さん、寅丸星についてのデータがまとまりました。こちらの資料をご覧下さい」
白蓮と村紗の前に、雲山の口からプリントアウトされた書類が配られる。
「なにこれ一輪……項目の半分近くがUNKNOWNで埋まってるじゃないの」
「残念ながら、雲山のデータベースにある彼女の情報はこれで全てです」
「雲山もそうだけど、あなたも大概UNKNOWNよねえ、一輪?」
村紗の軽口に苦笑で応えた後、一輪は資料の説明を始めた。
「見ての通り年齢、職業、経歴等は一切不明ですが、ここでの暮らしぶりについては幾つか分かっている事があります」
「晴れの日は狩りや畑仕事、雨の日は家で読書……悠々自適の生活ってやつね」
「定期的に大量のお酒を仕入れてるみたいだけど、酒屋でもやってるのかしら?」
「自分で飲んでるんですよ。それも毎晩えらい量をね」
「しかも酒肴は漬け物か塩のみか……こいつ絶対早死にするわ」
「いずれにせよ、星にはお酒を諦めてもらわなければなりません」
断言した白蓮に、一同の視線が集まった。
「ジョークのセンスは別としても、星の性格は真面目そのものです。この寺に入るという事は即ち、彼女が酒を断つのと同義になるでしょう」
「それと肉食もね。もっとも、見るからに寅っぽい彼女に対して、それを要求するのはちょっと酷かもしれませんが」
「問題は、彼女がそれに代わるものをこの寺に見出せるかどうかですねえ」
しばしの間、一同は頭を抱えて黙り込む。
「聖、ここはやはり色仕掛けで攻めるべきですよ!」
村紗のいきなりの発言を受け、白蓮は面食らった。
「なっ、なっ、何を言うのですあなたは!? 駄目に決まってるでしょう仏教的に考えて……」
「具体的にナニをしろと言っている訳ではありません。ただ今度彼女の元に行く時に、少しだけスカートの丈を短くしてもらえればそれでいいのです」
「どういう事なの?」
「一輪なら分かるでしょう? 同姓の私たちから見ても、聖は十二分に魅力的だということを」
「それはまあ、否定できないわね」
「あなたたち……そういう目で私のことを見ていたのですか!?」
「あくまで客観的な意見を述べたまでです。誤解なさらぬよう」
プリプリ怒る白蓮に対し、村紗は悪びれた様子もなく答えた。
「寅丸星の記憶にしかと刻み込んでやるのですよ。聖の脚線美をね」
「星の記憶に……私の……」
「なるほどねえ。姐さんの御御足が星の記憶に焼きついたが最後、大好きな酒も肉も喉を通らなくなるでしょうねえ」
『ほしのきおく』ではなく『しょうのきおく』である。念のため。
「そうなれば、きっと星も寺で暮らしたいと思うようになるでしょう。イケる、我ながらイケるわこのアイディア!」
「ちょっと待って。もし仮に成功したとして、その後はどうなるのかしら? 本能に身を委ねた星が私に対してあんなことも! こんなことも! するっていう可能性は無いの?」
「姐さんが見込んだほどの妖怪でしょう? それにいざという時は雲山にバッチリ録画してもらいますから大丈夫ですよ」
「一輪、私にも焼き増しお願いね」
「水臭いこと言わないの。そのときは一緒に愉しみま姐さんジョークですジョークエア巻物仕舞ってください」
「まったくもう……あなたたちにももう少し真面目になってもらいたいものだわ」
「いやあ、私ら昔ワルだったもんで……誰か来ましたね」
一同は会話を止めて、近づいてくる小さな足音に耳を傾けた。
「失礼、聖白蓮さんはこちらに居られるかな?」
広間に姿を現したのは、一匹の鼠妖怪であった。
「白蓮は私ですが、あなたは?」
「夜分恐れ入る。私はナズーリン、毘沙門天から遣わされてきた者だ」
「まあ、毘沙門天の……」
白蓮は席を勧めたが、ナズーリンはあえて座ろうとはせず、一同を見下ろしたまま話を始めた。
「話によると君たちは、畏れ多くも毘沙門天の代理となる者を探しているらしいね」
「探しているというか、既に良さそうな方を見つけました」
「ふうん、こいつは驚いた。久方ぶりにダウジングの腕を披露できると思ったんだがね」
ナズーリンは小馬鹿にしたような表情で、大げさに肩をすくめてみせた。
「明日また訪ねてみようかと思っていたところですが、よろしければご一緒しませんか?」
「またって事は断られたのかな? まあいいさ、私からそいつに物の道理ってやつを言って聞かせてあげようじゃないか」
「ねえ一輪、あのネズミどうしてあんなに偉そうにしてるのかしら?」
「そりゃあまあ、あのオッサンの手下だからでしょ。ナントカの威を借る鼠ってところかしら」
「威じゃなくて衣だったら、無理矢理にでも引っぺがしてやるところなんだけどねえ」
「それいいかも。ああいうタイプが目に涙を浮かべて許しを請う姿……たまらないわね」
不穏な話題で盛り上がる村紗と一輪を横目で睨みつつ、ナズーリンは小さな溜息をつく。
「お気を悪くなさらないでくださいナズーリンさん。あの子たちも悪気があってあのような事を申している訳ではないのですから」
「あれが悪気じゃなければ何だ? 煩悩かい? まったくここはひどい煩悩寺だね」
『ぼんのうじ』ではなく『ぼんのうでら』である。念のため。
翌日、スカートの裾を膝上20センチメートルまで上げた白蓮は、ナズーリンを伴って星の家を訪問した。
「なあ君、そのスカートは……」
「何も仰らないで下さい。私にも考えがあっての事です」
「やはり煩悩寺……おや?」
戸が開き、家の中から星が姿を現した。
「おや、またお会いしましたね。今日はどのようなご用件で……」
「知れたこと。あなたをお迎えに上がりました」
「お気持ちは嬉しいのですが、何分私にも事情というものが……そちらのお嬢さんは?」
「ああ、こちらは毘沙門天がお遣わしになった方で……ナズーリンさん?」
白蓮の呼びかけにも応えず、ナズーリンは呆けたような表情で星の顔に見入っている。
「ナズーリンナズーリンナズーリンナズーリンナズーリンナズーリンナズーリンナズーリン……」
「やめてくれないか! 人の名前を連呼するのは! ちゃんと聞こえてるよ!」
「ナズーリン。ときめくお名前です」
星はそっと歩み寄り、ナズーリンの頬を撫でた。
「うひゃあっ!? な、何を……!?」
「聖さん、もしよろしければ彼女と二人っきりで話をしたいのですが、如何でしょうか?」
「私は別に構いませんが」
「お、おい、勝手に決めるな! 私は……ひゃうん!?」
「ありがとう。それでは……」
星は白蓮に会釈すると、ナズーリンを伴って家の中に入っていった。
「これはまた……意外な展開になったものだわ」
辺りを見回して人目が無いことを確認した後、白蓮は戸に耳を当てて中の様子を窺い始める。
『何だこの部屋は……眩しくて何も見えやしない』
『ふふっ、怖がることはありません。安心して私に身を委ねて……』
『ま、待ってくれ! まだ心の準備が……』
『そうかしら? あなたのペンデュラムはとっくに高感度ナズーリンみたいよ』
『あっ、そんなっ、アブソリュート過ぎるッ!』
『今の私はハングリータイガー。誰にも止めることなど出来はしない!』
『や、やめてえ! グレイテスト過ぎてトレジャーに訴えられちゃうっ!』
『ゴールドラッシュ! 百万ドルでもッ! 愛は買えないッ! だから奪いたい!』
『エッ、エッ、エルドラドオオオオオオオオオオッ!』
……しばらく経った後、家の中から妙にスッキリした表情の星が現れた。
「聖さん、素敵な時間をありがとうございました。私にできることがあったら何でも言ってください」
中で何が行われたのか根掘り葉掘り問い詰めたい、というのが白蓮の偽らざる本心であったが、それは些かデリカシーに欠けると彼女は判断した。
「そ、それでは、私どもの寺に入っていただけるのですね!?」
「もはや俗世に何の未練もありません。今はただ、私の元に天使を連れてきてくださったあなたにお礼がしたい。それだけです」
「それはよかった! ……ところでナズーリンさんは?」
「中で眠っていますよ。ああそうだ、私の財産は全て彼女に譲ることにしました」
「ええっ!? あの財宝を、全部……!?」
「ええ。私にはもう必要の無い物ですから」
「そうですか……ところで」
白蓮はスカートをギリギリまで捲り上げ、星に脚線美を見せ付けた。
「私のスカートを見てください。こいつをどう思います……星?」
「すごく……短いです……聖」
かくして聖白蓮による寅丸星のスカウトは、色んな意味でギリギリな結果に終わったのであった。
毘沙門天と星の対面が成ったのは、それから数日後のことである。
「わーお! すごいじゃない白蓮ちゃん! この子なら私も文句は無いよ!」
「やりましたね姐さん。毘沙門天の許可が下りましたよ」
「あー、いや、ちょっと待って。私もさあホラ色々あってね。残念ながら許可は出せないのよ。困ったことに」
「この期に及んで何空気の読めない事言ってるんですか? 私のアンカーに向かってもう一度同じ事言ってみますか? オラ」
「いちいち怖いなキミたちは! 別に駄目だって言ってる訳じゃなくってね、あくまでその、黙認て形になっちゃうのは仕方の無いことなのよ、うん」
「何はともあれ、これにて一件落着ですね」
村紗と一輪に突っつきまわされている毘沙門天を眺めながら、白蓮はほっと胸を撫で下ろした。
「星、これからはあなたも私たちの同志です。頑張って信仰を集めていきましょうね」
「はい。私程度の者がどこまでやれるか分かりませんが、力の限り役目を果たすつもりです」
「何と頼りないことを仰るのやら。ご主人様ならきっと見事に代理を務められますよ」
一同が声のした方に振り向くと、そこには毘沙門天の宝塔を携えたナズーリンの姿があった。
「ナ、ナズーリン!? どうしてあなたがここに? それにご主人様とは……」
「毘沙門天の命により、今日から寅丸星様の部下として働くことになりました。不束者ですが今後ともヨロシク」
「えっ。何それ、私聞いてない……」
ナズーリンは舌打ちをひとつすると、困惑気味の毘沙門天を部屋の外へと連れ出し、ヒソヒソと内緒話を始める。
「差し出がましい事を申し上げますが、この寺の連中をそう簡単に信じてしまってよろしいのですか?」
「そりゃあまあ不安が無いと言えば嘘になっちゃうけど、星ちゃんを強く推してたのは他でもないナズナズじゃないの?」
「だからこそ、この私がここに残って監視を続けようというのですよ。彼女のお傍近くでね」
「またまたー、そんな事言って本当は彼女にホの字なんじゃないのー? このこのー!」
「毘沙門天ともあろうお方がなんと嘆かわしいことを……この賢将ナズーリンに他意など有ろうはずも無い! ええ有りませんとも!」
「わ、わかったわかった! わかったからロッドで突くのやめて!」
部屋に戻ってきた二人は星の元へと歩み寄り、宝塔を手渡した。
「ご主人様、これさえあればあなたも今日から毘沙門天です。本人の前で言うのもアレですが」
「念のため言っておくけど、あくまで預けておくだけだからね! 絶対に失くしたりしちゃ駄目だよ!?」
「心配ありませんよ。いざという時は私が捜して差し上げますから」
「ありがとうナズーリン。でも大丈夫、絶対に失くしたりしませんよ」
「本当に頼むよ? マジで」
心配そうな毘沙門天をよそに、二人は朗らかに笑う。
「さあさあ皆さん! 今宵はパアーッと盛り上がりましょう!」
白蓮の合図により、雲山らの手によって酒宴の準備が始められた。
「よ、よろしいのですか? 仮にもお寺でお酒なんて……」
「今夜は特別。それにこれはお酒じゃなくて般若湯というのよ。まあ同じものなんだけどね」
「星、あんた結構イケる口らしいじゃないの。今夜はとことん付き合ってもらうわよ」
一輪が星に盃を持たせ、村紗がなみなみと酒を注ぐ。
「うーん、しかしですね……」
星は遠慮がちに毘沙門天の方に目をやるが、当の本人は白蓮に酌をされていた。
「一杯だけ、ホントに一杯だけだからね? あんまり飲むと明日の仕事に支障が……」
「まあまあそう仰らずに。折角ナズーリンがこんなに沢山のお酒を用意してくれたんですから」
「ご主人様の財産で購入したものですので、どうぞ遠慮なさらず」
「そういう問題じゃないんだけどなあ……まあいいか」
しばらくの間その様子を眺めていた星であったが、やがて決意を固めると、盃に入った酒を一気に飲み干した。
「おおっ、いい飲みっぷり!」
「私たちも負けてられないわね……雲山、あなた飲むとすぐ顔に出るのね」
照れ臭そうに顎を掻く雲山を見て、星の表情も緩やかなものになる。
「あなたたちもこっちにいらっしゃいな! 新旧毘沙門天で飲み比べといきましょう!」
「ちょっ、旧って私のことぉ!? ひっどいなあ白蓮ちゃん!」
「ご主人様は相当お強いらしいですからね。下手したら潰されてしまいますよ?」
「嘗めてもらっちゃ困るね! 言っておくけどやるからには勝つよ、私は!」
明日の予定の事など忘れて、毘沙門天はすっかりやる気になっている。
「行きましょう、星」
「……ええ!」
星は盃を手に、白蓮らの元へと歩み寄った。
ピクッ
毘沙門天が良い味出してましたw
この分だと聖の封印イベントもかなりアホっぽい理由で為されそうで、オラわくわくすっぞ。
それはそうと、ローリングサンダーは星ちゃんの技って気がするね。オリジナルが志那虎だけに。
白蓮様はマグナムかファントム辺りかな?
ノリと勢いで突っ走る本作、堪能させて頂きました。
面白かったです。
もう少し厚く肉付けできるはず。
乙女で漢女なマッチョ毘沙門天w
ダメな命蓮寺だなーw
で、小屋の中での詳細はまだかね?
平安座さんの毘沙門天良いキャラしてんなぁ~w
エルドラドwww
こんな口調でオッサンとか理解を拒むわw