今日も晴れやかないい天気ですねー。ちょっと気温が高すぎる気がしないでもないですが、まあ夏ということで。感じる風はいつでも気持ちいいものです。温いけど。
「号外ー! 『文々。新聞』の号外だよー!」
新聞をばら撒きながら空を飛んで、目指す先は香霖堂。店主の霖之助さんは『文々。新聞』の購読者。購読者には手渡しが基本なのです。お得意様にはいい顔しなきゃですからね。
視界にボロッとしたお店が入ってきました。お店の前に降りて、風に煽られて少し揺れている扉を開けます。
「こんにちは! 『文々。新聞』の配達に来ました」
カウンターに座ったやぐされ店主さんは、苦笑いを浮かべてこっちを見ました。
「やあ、射命丸くん。君が来る度、店の下敷きになるんじゃないかと戦々恐々だよ」
「こんなボロッちいお店なのがいけないんですよ。はい、これが新刊です」
私が新刊を差し出すと、霖之助さんは持っていたカルタのようなものをカウンターに置いてから受け取りました。
「それは?」
「ああ、百人一首だよ。ついに、これさえも幻想入りする時代なのかな」
ほら、と手渡してきましたが、別段興味もないので軽く手を振って断りました。和歌に興味がないとは言いませんが、それを渡されるより昔の瓦版でももらったほうが嬉しいです。霖之助さんが苦を消して笑いました。
「外は大分暑かっただろう、お茶でも出すよ。冷たい麦茶でいいかい?」
「ありがとうございます。夏ですし、やっぱり暑いですねー。あ、タオルもお借りしても?」
「構わないよ。少し待っていてくれ」
気前がいいですね、最近は別に催促しなくともお茶やお菓子を出してくれるようになって。気難し屋が珍しいものです。
いやしかし、動いているときはいいですが、腰を落ち着けると風を感じなくて暑さが身に染みますね。いやあ、汗が出る出る。手団扇で煽いでいると、奥から霖之助さんが戻ってきました。改めて見ると、涼しい色合いとはいえ、暑そうな格好ですね。別の服持ってないんでしょうか。
「お待たせ。お茶請けは水羊羹でいいかい?」
「勿論ですとも! ありがとうございます」
お茶請けまでくれるとは! 嬉しくはありますが、雨にはならないでほしいですね。新聞が濡れてしまうので。ひんやりした水羊羹は夏にぴったりです。感覚的に涼しくなった気がしますね。……とはいえ、借りたタオルで汗を拭いても、少しもマシになった気がしないわ。
「このお店、暑すぎないですか?」
「夏だからね。窓は開けているんだが、どうにも部屋に風が入らないんだ。上手く循環していないんだろう」
「では、ちょっと失礼」
風を操って、停滞した空気を上手く循環させます。もわーっとした空気が無くなり、風も感じられるようになったので、大分マシな環境になりました。
「おや、助かるよ。風を操れるというのは便利だね。射命丸くん、夏の間だけでもここにいないかい?」
「いやですよ。新聞作れないじゃないですか」
んー、水羊羹は美味しいですねー。甘さ控えめなあたりが私好みです。麦茶を飲み干すと、霖之助さんはもう一杯注いでくれました。ほんとになんというかまあ、気が利きすぎて怖いですね。
……って、ああ! 雲行き悪くなってる!
「雨になりそうじゃないですか! もう、貴方が変なことするからですよ!」
「僕が何をしたっていうんだ」
「とにかく、私はこれでお暇します!」
手早く荷物を持って、タオルを返して椅子を立ちます。
「うん? そんな急がなくてもいい気がするが」
「雨になったらカメラと新聞が濡れちゃいますので! お茶ありがとうございました!」
戸を開け放つ。
「ああ、少し待ちたまえ」
「はい?」
そんな私を霖之助さんが呼び止めます。あややや、湿っぽい風がー。霖之助さんは悠長にカルタを一枚手に取って、
「『天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ』」
なんて言い出しました。
「? 『をとめの姿 しばしとどめむ』。それがなにか?」
確か、遍照がまだ俗っぽかった時の和歌ですよね? それがどうしたのかと思っていると、霖之助さんはふっ、と、なんでか自嘲めかして笑いました。
「……千年を超えて生きていれば、流石に覚えるか」
「もしかして、莫迦にしてました?」
「まさか。君が賢いのはよく知ってるよ」
…………。しかし、本当に雲行きが悪いですね……。長居は禁物。
「では、お邪魔しました!」
返事は聞こえませんでしたが気にしないことにして、戸を閉めてから飛びました。どんよりした雲が少し近くなった辺りで、目の前の雲が二つに割れる。それはさながら、東風谷の巫女のスペルカードのよう。
裂け目から射し込む陽光が、とても眩しく感じました。
■ ■ ■
「……天つ風は結局、願いを聞き届けてはくれなかったか」
少し揺れる店の中で呟いてから、僕はカウンターに札を置いた。まあ、天つ風の行く道を閉ざすことを天つ風に願ってる時点で論外か。彼女の行く道はいつでも開けていそうだ。喜ばしいのかどうなのか。鳥の留まらない止まり木は悲しそうだ。
新聞を手に取り、椅子に深く腰掛けた。再び差してきた陽光で紙面を詠みながら、この新聞を作っている彼女の様を思い浮かべる。そうして薄く笑みが浮かんでしまうのを、自分で気持ち悪いなと思いつつ麦茶を飲む。
『文々。新聞』の発行は不定期だ。さて、次の発刊はいつだろう。まだ今回の新聞を読み終わっていないうちから楽しみにしているあたり、僕もつくづく終わっていると思う。
思いは届く日が来るのだろうか…
霖之助ドンマイ。