(私と咲夜さんの本当の関係を知ったら皆はどんな顔をするのだろう)
美鈴は湖の畔で昼寝をしながらふとそんな事を考えた。
「なぁ、やっぱ美鈴は咲夜にむかついたりしてるのか?」
隣に並んで寝転んでいる魔理沙がそんな事を聞いてくる。
その問いかけには美鈴と咲夜の関係についての見方がよくあらわれていた。
(そう思うのが普通なんだろうなぁ)
と美鈴は苦笑する。
「うーん、そんな風に見えますか?」
「だって、お前に対する咲夜の態度ってそうとう酷いだろ。私なら復讐するか、逃げ出してるぜ」
「そんなに酷いですかね」
「お前のこと投げナイフの的ぐらいにしか思ってないんじゃな いか?」
「さすがにそんな事はないと思いますけど……」
弁護の言葉を探していたその時であった。
スコンッ!
美鈴の脳天に、銀のナイフが小美味の良い音をたてて突き刺さった。
「痛だーっ!?」
美鈴は悲鳴をあげて飛び起きた。
深々と突き刺さったナイフはあきらかに「痛い」の一言で済ませられるレベルではないのだが、
「もーっ、ひどいなぁ」
美鈴はスポンッとナイフを引き抜き、頭をおさえた。
魔理沙は特に驚くこともなく、
「ほらな?」
と短い皮肉を言った。
その二人の背後から
「おい」
とドスの聞いた声。
振り向くと、二人から数歩離れたところに、目をすわらせこめかみに青筋を浮べた咲夜が立っていた。背後からはどす黒い怒りのオーラを昇らせている。
一見だらしなく垂らされた咲夜の両手の先には、その実しっかりとナイフが握られている。両腕を十分に脱力させたその姿勢こそ咲夜の戦闘態勢なのである。
美鈴は慌てておべっか丸出しの低姿勢で咲夜に笑いかけた。
「ど、どうも咲夜さん。お仕事お疲れ様です。えへへ」
ピク、と咲夜のこめかみが痙攣した。
そしてその目つきがさらに鋭くなった次の瞬間、ヒュオッ、と片腕が鞭の ようにしなり四本のナイフが恐るべき速度で美鈴に向かって射出された。
「死ねロクデナシ」
「ひぃぃぃ!」
悲鳴をあげながら美鈴もまたかなりの瞬速を見せる。
人間には到底真似できぬ速度で身体を駆動させ、
右手、
左手、
口、
で飛来するナイフを受け止める。
が、
スコン!
残る一本は再び小気味のよい音を辺りに響かせつつ、美鈴の額にブッスリと突き刺さったのであった。
「うう……痛いよう」
命中の反動で上向いた美鈴の額には台座に封じられた聖剣のごとくナイフがそびえ立っている。美鈴はそのまま後ろに倒れこんで、地面にドサリと音とたてた。
「ひゅう、相変わらず容赦ねぇなぁ」
「仕事一つまともにできない能無しは紅魔館に必要ないわ」
冷徹な返事しながら咲夜はツカツカと美鈴に近づていく。
「ねぇ美鈴」
咲夜は膝を曲げて美鈴の顔をのぞきこむ。
「は、はい」
逆光になって見えそうで見えないメイドスカートの奥を意識しながら美鈴は応える。
「門番の仕事って何か知ってる?」
「も、門を守ることです」
「あら、ちゃんとわかってるのね。よろしい」
咲夜は微笑みつつ美鈴の額に刺さったナイフの柄を握った。
美鈴はてっきりナイフを抜いてもらえるのだとばかり思ったのだが――
「――だったらなぜ」
「……へ?」
「だったらなぜあんたは門から何十メートルも離れた場所で昼寝してるんじゃぁぁぁ!!!」
「ぎゃあああああ痛だだだだだだだだ!?」
咲夜は引き抜くどころか刃を左右に回転させてぐりぐりと傷をえぐりはじめた。
ゴリゴリゴリ!
己の頭蓋骨が削られる音を美鈴は初めて聞いた。脳に直接響くおぞましい音だった。というか切っ先はすでに脳に達しているだろう。
「咲夜さんやめてください脳が! 私の脳が、らめになっちゃいましゅう! 」
「あんたの脳みそなんかもとからまともに機能してないでしょうがっ」
美鈴はひっくり返されたゴキブリのようにひたすら手足をばたつかせるのであった。
「ほんと、美鈴はよく逃げ出さねぇなぁ」
魔理沙は寝転んだままノンビリと呟いていた。
古典的だが実に効果的な方法で紅魔館の正門まで咲夜は美鈴を引っ張っていった。
「痛い痛い痛い! 耳がちぎれちゃいますよ!」
「ほら、門番ならここにが定位置でしょ。立ってなさい!」
門のすぐわきに放り投げ出され、痛む耳たぶをさすりながら文句をもらす。
「ああ痛かった。酷いですよ。私の『気』なら湖の畔からだって紅魔館の全域をカバーできるのに」
「言い訳しない! きをつけ!」
「は、はい」
そんな二人のやり取りを魔理沙は可笑しそうに眺めている。
「さすがは鬼のメイド長だねぇ」
「何でついてくるのよ。貴方は昼寝でも何でも好きにしてなさいな」
「いやいや。私はもともと図書館に用事があったんだよ」
「『パチュリー様に用事がある』と言わないあたり、追い返すべきなのかしら」
飽きれた声で言いながら咲夜は美鈴に肘を入れた。
「客人の選別も本来は門番の仕事なのだけど」
美鈴は顔を強張らせたまま直立不動の門番スタイルを崩さない。
「す、すみません」
「まぁ良いわ。歓迎はしないけど、入りなさい。くれぐれも館を荒らさないように」
「へへ、どうも。おい美鈴、死ぬなよ」
嫌な冗談を残して魔理沙は門を飛び越えていった。素直に門をくぐらない辺りがなんとも魔理沙らしい。
魔理沙の気配が消えると門の前には美鈴と咲夜だけが残った。
「……」
咲夜は腕組をしたままじっと美鈴を睨んでいる。
(もう何発かは折檻を覚悟したほうがいいかなぁ)
なんてことを考えて美鈴の額から冷や汗が流れ落ちた。
すると、咲夜は突然くるりと半回転して美鈴に背を向けた。
「さ、咲夜さん?」
美鈴は咲夜の行動が読めずにおっかなびっくり呼びかける。
すると咲夜は背を向けたまま後ろに歩いて美鈴に近づいくる。、
「え、え……?」
戸惑う美鈴の胸に、ぽふり、と背中を預ける。
そして呟いた。
「美鈴の馬鹿。なんでちゃんとお仕事してくれないの?」
「咲夜さん……」
今までの声とは違っていた。ヤクザの女将のような声から、年相応の少女の声に変っている。
その声を聞いて美鈴もまた自分の気持ちが切り替わるのを感じていた。
「真面目にしてくれたら私だって美鈴を怒らずにすむのに」
美鈴からは咲夜の表情は見えない。背中でよりかかっている咲夜は、その頭を美鈴の巨大な乳房に埋もれさせている。
自分のおっぱいを枕のようにしている咲夜の小さな頭の頭頂部だけが、美鈴からは見下ろせるのだ。
涼しい風が吹いて、咲夜の細い銀髪とカチューシャのひらひらが揺れた。
ふわりと、咲夜の匂いが鼻腔をくすぐる。
香水の匂いだった。
昔によく嗅いだ咲夜の汗臭い体臭を美鈴はふと懐かしく思った。
「美鈴が悪いんだからね。私はメイド長なのよ。門番がさぼっているのなら、叱らないわけにはいかないでしょ」
どことなく、言い分けを言っているような口調だった。
「……美鈴、怒ってる?」
恐る恐る聞いてくる咲夜が可笑しくて美鈴は思わず噴出してしまいそうになった。
「まさか」
美鈴は口元を咲夜の後ろ髪にうめた。細い銀枝が唇と鼻の穴の入口をくすぐる。
すうと鼻で息をすうと、昔と変らない咲夜の匂いが香水のむこうにかすかに分かった。
「立派にメイド長を勤めている咲夜さんを、私が怒るわけないでしょう?」
「よかった」
咲夜は美鈴の両手を取ってマフラーみたいに自分の首に巻きつけた。
その意図を理解して、美鈴は咲夜をキュッと抱きしめる。大きくて柔らかいおっぱいに咲夜の頭がさらに沈んでいく。
母猫に抱かれて眠る子猫のように、咲夜は大人しくなった。
今では随分と減ったが、咲夜は時々こうしてスイッチが入る。いや、スイッチが切れるというべきか。レミリアや他の紅魔館の面々には絶対に見せない姿だ。ことさら瀟洒であろうとする咲夜の秘めたる素顔である。
「よしよし。咲夜さんは偉いですねぇ……」
咲夜が紅魔館にやってきたそもそもの初めから、美鈴は咲夜に家族のように接してきた。
何か特別な理由があるわけではない。性分だろう。
かつては人間を食べもしたし歴史に残るような悪事も働いた。
けれど幻想郷にやってきてから――とくに、門番が門番であることを必要とされなくなってからは、いつのまにかそういう性格になっていた。平和な環境に適応した、ともいえるのかもしれない。
咲夜が自分にだけ甘えてくれることが今の美鈴には心底嬉しかった。
けれど、誤算もある。
「ねぇ美鈴」
「何ですか?」
「約束の一週間は過ぎたよ。返事、聞かせてくれる……?」
「むぅ。そうでしたね……」
美鈴は家族として咲夜に接してきた。咲夜もそうだと思っていた。
それが思い違いだと気づかされたのが、つい一週間前の事である――。
「美鈴の赤ちゃんがほしい」
咲夜は一週間前の言葉をおずおずと繰り返した。
初めてその告白を聞いた時は、巨大な鉄球を猛スピードでぶつけられたような気分にさせられたものだが、今聞いてもやはり頭が少しくらくらする。
まったく考えてもいなかった言葉なのだ。
「うーん……」
煮え切らない美鈴に咲夜が口調を尖らせた。
「簡単につくれるのでしょ」
「まぁ、そりゃあ、そうですけど」
美鈴は咲夜のメイド服の下にするりと手をもぐりこませ、おへその下あたりにそっと触れた。
咲夜の体がぴくりと震える。
「こうして手のひらから私の妖気を流し込んで――」
「ん……お腹の中が暖かい」
「それが私の妖気ですよ。あとはこのまま、私の霊的中枢の一部とでもいいますか、それを送り込めば、咲夜さんのお腹に私との子供がやどります。妖怪はこうやって子を残すのですよ」
「うん……」
咲夜のうなじが紅潮している。無理も無いだろう。美鈴があと一押しすれば、咲夜はその瞬間に懐妊する。
が、美鈴はスッと手を離した。
「あ……」
咲夜は名残惜しそうに切なげな声をもらす。このまま妊娠させてほしかったのかもしれない。
「けど、まだ早いですよ」
「そんな」
「そう急ぐ事もないでしょう」
「でも……」
「それに、咲夜さんはメイド長なのですよ。せめて、後任をしっかり育てて、レミリアお嬢様にお許しをいただかないと駄目でしょう? 妊娠したらあまり忙しくはお仕事できなくなるのですから」
「それは……」
そういう言い方をしてやれば咲夜は弱い。咲夜は美鈴に特別な感情をいだいているが、それでもなおレミリアへの忠誠は何よりも強い。
「そうですねぇ咲夜さんが20歳になったら、赤ちゃんを作りましょう。それまでに色々な準備をしましょ」
子どもを作ること自体には、美鈴にも抵抗はない。孕みたいというなら孕ませてやろう、という気軽さが、妖怪にはある。
妖怪の血族には人間の親子ほどの特別な情のつながりは無い。子を産むことにさほど責任を感じたりはしない。あくまで別種の固体だという意識が強いのだ。周りの多くの固体に比べれば少しだけ自分との繋がりが深い、という意識はあるから、後天的に強い絆を得えやすいということは確かにあるのだが。
「本当? 私が20歳になったら美鈴の赤ちゃんを産ませてくれるのね?」
「ええ。約束しますよ」
美鈴は咲夜のうなじに優しく口づけをした。
「さぁそろそろ夕方ですよ。レミリアお嬢様がお目覚めでは?」
「お嬢様はいつも日が落ちてからお目覚めになるの。だから、もう少しだけ美鈴と一緒に……」
自分と咲夜のこんなやり取りを知ったら皆はどんな顔をするのだろう。
美鈴はそんな事を考えて、また可笑しくなった。
『だから、もう少しだけ美鈴と一緒に……』
レミリアは信じられないという顔つきでテーブルに置かれた水晶を覗き込んでいた。
水晶には咲夜の赤らんだ顔が写っている。
「こ、こんなの咲夜じゃない」
レミリアは目にしたものを信じられず――とういうより信じたくなくて、バンバンとテーブルを叩く。
紅茶のそそがれたティーカップやクッキーが盛られたお皿がそのたびにガチャガチャと耳ざわりな音をたてた。
テーブル同席しているのはパチュリーとフランドール。
珍しく日没前に目が覚めたレミリアは、たまには陽を浴びようやと二人を連れてテラスへやってきたのだが……。
対面で本を読んでいたパチュリーは顔をあげもせず飽きれた声で言った。
「咲夜じゃなかったら誰なのよ」
「咲夜のこんな甘えた声わたしは一度も聞いたことないわよ!?」
「レミィには見せない姿なのでしょうね」
「うう……」
ギリギリ、とレミリアの食いしばった歯が軋む。
ちなみにフランドールは我関せずでリスみたいにもそもそとクッキーを頬張り続けている。
「二人はいつの間にこんな関係になっていたの!?」
「いつの間にというか、そもそも昔からこうだったわよ」
「全然気づかなかった……」
「主には一切の隙を見せなかったのだから。パーフェクトメイドね」
「うぐぐぐ」
レミリアは椅子から乱暴に立ち上がって、門の方向を悔しそうに睨んだ。二階の開けたテラスからは、前庭を挟んで正門が見える。ただ二人は鉄格子わきの壁の影にいるので姿は見えない。レンガの壁を挟んだ向こうで今の二人がいちゃついていると思うとレミリアはさらに悔しくなるのであった。
「あの泥棒猫……!」
「ご愁傷さま」
「パチェはいつから知ってたのよ!?」
「咲夜が門番隊に配属されてすぐの頃から。水晶で覗いてたもの」
「ほぼ最初から知ってたってことじゃない! なんで教えてくれなかったの!」
「他人の私生活を吹聴する趣味は無いし」
「覗いてたくせに!」
「それはまぁ……魔女のたしなみ」
「うがー! もう! 咲夜の馬鹿! 甘えたいのなら私に甘えてくれればいいじゃない!」
「レミィの前ではことさら完璧にあろうとしたのよ。自分を拾ってくれたことへの恩かしらねぇ。まぁ、その反動を全て美鈴が受けとめたのでしょうね」
美鈴に対する嫉妬がメラメラと燃え上がってくる。
「美鈴め……クビにしてやろうかしら」
「咲夜は悲しむでしょうね。あ、下手したら美鈴を追いかけて自分もやめちゃうかもね」
「……」
そんなまさか、とは思うのだが今のレミリアにはちょっと自信が無い。今しがたありえないものを目にしたばかりなのだから。
レミリアは力なく椅子に腰を下ろした。
「けど、パチェはなぜ今になって二人の事を私に教える?」
「美鈴と咲夜はそろそろ自分達のことをレミィにうち明けようとしているわ。何も知らずにいきなり聞かされたらレミィがショック死するんじゃないかと思って」
「パチェ……」
友人の心使いに不覚にもジーンと来てしまった。忠臣に裏切られて(?)心が弱っていたのかもしれない。
「心配してくれたのね……」
「家主に死なれて居候先が無くなっては困るものね」
「……」
溢れかけていた涙はすすすすっと引っ込んでいった。
魔女というのはこういうやつだ。自分の益にかなうことしかしない。
「もうやだ……」
レミリアはぐったりとテーブルにつっぷして、紅茶の注がれたティーカップを指でつついた。一般メイドのいれた紅茶である。咲夜は雑務に忙しいだろう、と気を使って別のメイドにいれさせたのだが……。
「ねぇねぇお姉さま」
と、それまで隣で大人しくクッキーを頬張っていたフランが、レミリアの頬をつついた。
「なぁにフラン……」
「私も赤ちゃんほしい」
「ごふっ」
パチュリーが紅茶をふいた。
運悪く丁度ティーカップをカップに口をつけていたところで、開いていた本のペーシがべちょべちょである。
「ほ、本がっ!」
いい気味だ、とレミリアはフランの頭を撫でてやりながらこっそりとほくそえんだ
「もう少し待っていなさいフラン。咲夜と美鈴がそのうち可愛い赤ちゃんを産んでくれるわよ……あ、名前考えなきゃね……」
レミリアは覚悟を決めるのが早い。口調は投げやりであるが、すでに運命を受け入れはじめている。
フランは不服そうに頬を膨らませた。
「そうじゃなくて! 私は自分の赤ちゃんがほしいの」
「自分のって……フラン、赤ちゃんは玩具じゃないのよ」
「そ、それに妹様――」
パチュリーが珍しく姉妹の会話に口を挟んだ。
「妹様の体はまだ幼い。十分に成長してからでないと」
「そんなことないもん! もう495歳だもん!」
「年の問題ではありませんよ。体の問題」
レミリアは妊娠した妹の姿を頭に思い浮かべた。
年端もいかぬ見てくれをした童女のボテ腹らーじぽんぽん――。
「うーん……不健全な感じがするなぁ」
「そうそう。妹様にはまだ早いのですよ」
ようやく本の染みを魔法で処理し終えたパチュリーは、ヤレヤレという感じで再びティーカップに口をつける。
「別に私が妊娠しなくてもいいの! お姉さまが私の赤ちゃんを産んでくれればいい!」
「ぶふぅ!」
追い討ちのように放たれたフランの告白に再び、今度はさっきよりもさらに激しく、紅茶の飛沫が飛び散った。
「げほっげほっ」
「あら、私でいいの?」
気管に入ったのか、苦しそうに咳をするパチュリー。
レミリアは病弱な友人をわずかに心配しつつも、
「さっきからはしたないわよパチェ」
といさめる。
普段は本意外にはとんと興味の薄い友人が、今日は偉く騒がしい。
「ねぇお姉さまー赤ちゃんつくろうよー」
フランのほうは相変わらず自分の関心があることしか見えていないようであるが。
せめてもの情けとパチュリーにハンカチを投げてやってから、レミリアは隣に座る妹の頭を優しくなでた。
「そうねぇ。咲夜は美鈴と仲良しになっちゃったし私もフランと赤ちゃんをつくろうかしらねぇ」
「何でそうなるのよ!?」
パチュリーはハンカチで口もとを押さえながら、信じられないという目でレミリアを睨んだ。
「貴方たち姉妹でしょ。何馬鹿なこと言ってるの」
「あらパチェったら、人間みたいな事を言うのね」
魔女はどちらかというと妖怪よりも人間に近い考え方をするのだったな、と思い出しながら、
「私達にはさして珍しい事でもないわ。ひ弱な人間みたいに遺伝上の問題を起こしたりもしないし、むしろ近しい固体が交配する事でより確実に優れた固体を生み出すことができる……私とフランのような強い吸血鬼どうしならなおさら、ね」
「ちょっと待ちなさいよ……あなた、本気で子どもを生むつもり?」
パチュリーの声には嫌悪感が混じり始めている。
少し意外な反応ではある。
おおむねは軽い冗談のつもりだったし、パチュリーもそれを理解していると思ったのだが。
さておきレミリアはそんな反応を返されると、余計に調子に乗ってしまうタイプなのだ。
険しいパチュリーの視線に、にぃっと歪んだ笑みを返してやる。
「スカーレット家の跡取り……私とフランの子どもほどふさわしい者はいないでしょうね」
「……あきれた」
するとパチュリーが小さく溜め息をついて立ち上がった。
「あらちょっとパチェ?」
「……魔理沙が図書館にきてるみたいだからお邪魔するわね。本を盗られないように監視してないと」
憮然とした顔でそう言うと、さっさと館の中へ戻っていってしまった。
さすがにレミリアもきょとんとした顔をする。
何か様子が変だとフランドールも感じたらしい。
「お姉さま、なんだかパチェ怒ってた?」
「さぁ、どうかしらね」
紅茶を口に含みながら、首を傾げる。
「……あぁ、もしかして、そういうこと?」
ふと閃いたある仮定に、レミリアは口元をにやりとさせた。
それから数時間後、人間でいえば宵の口。吸血鬼にとっての昼真っ盛り。
レミリアは図書館を訪れた。
パチュリーがまだ起きているかどうかは、五分五分。
一日中図書館に篭っているパチュリーには昼も夜も無い。疲労が溜まれば寝る、という生活を送っている。
「……レミィ」
パチュリーは起きていた。
「隣いいかしら?」
「どうぞ」
数え切れないほどの本棚がならぶ薄暗い図書館。その中央スペースにそなえつけられた大きなテーブルでパチュリーはいつも本を読んでいる。時には魔理沙やアリスが同席することもあるし、紅魔館の面々が暇つぶしに腰をおろすこともある。
今はレミリアとパチュリーだけだ。
時折、本棚の間を史書妖精達が飛びまわってはいるのが目につくのみ。音も無い静かな空間。
「魔理沙に図書館を荒らされなかった?」
「……ええ。本を読んで気が済んだら帰ったわ」
夕刻の件である。
パチュリーの途中退席に合えて触れないのが、レミリアのいやらしさだ。
「ところで、あれから考えたのだけれど」
「?」
「パチェが門番隊に配属された咲夜を覗いてたのって、つまるところ私のためなんじゃないかしら?」
パチュリーは返事をしないまま本に目を向けている。だが瞳は文字を追っていない。
「ヴァンパイアハンターとしてやってきた刺客を自分の家来にしてしまう……あの時もパチェは大反対したものね」
「レミィの酔狂には、いつもいつもあきれるわ」
「咲夜が妙な気をそして起こさないか、パチェは水晶で監視してくれたんだわ。ふふ、友達思いね」
「そんな下らない推論をわざわざひけらかしに来たの?」
あるいは照れ隠しであろうか、パチュリーは不愉快そうにレミリアを睨んだ。
しかし今やレミリアの心には、この無愛想な友人への愛情がこんこんと湧き出している。
「そしてまた私は考えたのだけど」
「何よ」
「私がフランの子どもを生もうかといったら、パチェはすごく怒ってた」
「……別に」
「隠しても無駄よ。パチェのことはなんだってわかるんだから」
椅子から立ち上がり、コケチッシュな笑顔を向けつつ、パチュリーの背後に回りこむ。そして背中からギュッと抱きしめて、肋骨の浮き上がった痩せた体の前面をゆっくりと撫でた。見方によっては、愛撫かもしれない。
レミリアがパチュリーの髪の毛に顔を埋める。鼻先でかき分けていくと少しほこり臭いパチュリーの匂いがレミリアの肺一杯に流れ込む。ほどなくして、唇が柔らかい耳たぶにふれた。その耳たぶを甘かじりしながら直に囁きかける。
「ねぇ――嫉妬してたんでしょう?」
「……」
パチュリーは体内の火照りを逃がすように一度鋭く浅い呼吸をした。
観念したようだった。
「……悪い?」
ぞくり、とレミリアの背筋に電気が走る。
友人の心を征服してやったという達成感だろうか。背徳的な何かが、レミリアを高ぶらせる。
「ふふ、知らなかったわ。けれど薄々は感じてた。パチェは私を愛してるって――」
パチュリーの隠された耳穴に吐息を吹きかけつつ、その肋骨すべてを鷲づかみにしようと痩せた肌をさらに撫で下ろしていく。
しかし、レミリアが脳髄から湧き出るチリチリとした衝動に身を任せてしまいそうになったその時――
「ちょ、ちょっと待って。貴方何か勘違いをしていない?」
パチュリーは己の胸を愛撫するレミリアの腕を掴んだ。
パチュリーにしては珍しく力強いアプローチに一瞬驚く――いや、そんなことよりも、
「へ? 勘違い?」
「レミィは良い友人だけど、愛しているというのはちょっと……」
「え、いや、だって貴方、フランに嫉妬して――」
と、口にした瞬間であった。
レミリアの優秀な頭脳は多少混乱しながらであっても、もう一つの、恐るべき可能性に気づいたのである。
「パ、パチェ貴方まさか……」
レミリアが目を見開きながらパチュリーの顔を後ろからのぞきこむ。
パチュリーはばつが悪そうに、ふぃっと目をそらした。
もう、疑いようがなかった。
「フランに嫉妬してたんじゃなくて……私に嫉妬してたの!?」
夕刻の咲夜ショックに続いて、今度は親友が自分の妹をねらっていたという衝撃の事実。レミリアの体がわなわなと震えた。
と、いつにない機敏さでパチュリーが椅子が立ち上がる。
「さ、さてと。レミィ、私は用事があるので失礼するわね」
「ち、ちょっと何逃げようとしてるの!?」
そそくさと出口に向かうパチュリーをレミリアは慌てて制止する。
「い、いや、逃げるとかじゃないし。魔理沙に用事があるだけだし。ちょっと魔法の森まで」
「嘘おっしゃい! 人間はとっくに寝てる時間でしょ!」
「嘘じゃないわ。夜中の二時にこっくりさんをする約束をしていたの」
「紫の式神でも呼び出すつもり!?」
顔を赤くしたパチュリーはレミリアを引きずったままズリズリと歩いていく。
普段の彼女からは信じられないような馬力がでている。
「詳しい話を聞くまで絶対にがさないわよ! ……って、うぷっ!? ちょ、ちょっと! おぼぼぼぼ!?」
パチュリーは魔法で作り出した大量の水を放った。レミリアは間近でモロにそれを浴びて、溺れそうになる。
その拍子に掴んでいたパチュリーの裾から手を離してしまった。
「こらー! パチェー!!」
「く、詳しい話はそのうちっ」
「ごぼぼぼー!」
次々にそそがれる水のせいで身動きがとれない。
結局レミリアは本棚の間を遠ざかっていくパチュリーの後姿を無様に見送るしかなかった。
パチュリーはいまだ火照りのおさまらない頬を押さえながら、薄暗い廊下を歩いていく。
向かう先はフランドールの部屋。
わざわざ本当に紅魔館から出て行ったりはしない。
フランドールの地下室なら普段は誰も近寄らないので隠れる場所としては灯台もと暗し的な場所だ。
レミリアもしばらくは動けまい。
「レミィったら肝心なところでずれてるんだから……余計に恥ずかしくなっちゃったわよ」
その独り言を聞く者も昼間と違って今は誰もいない。メイド妖精達は暗くなってからはあまり活動しないのだ。
定間隔で吊るされたランタンの慎ましやかな光が暗闇の底にうっすらと照らしだす赤い絨毯。パチュリー10センチほど宙に浮かび上がったまま音もなく浮遊してゆく。
結局誰とも会うことなくフランドールの部屋にまで移動できた。
フランドールは、眠っていた。
お昼寝だ。
玩具が散乱する部屋の隅に備えられた上品なベッド。
フランドールはあお向けになってそこでスヤスヤと眠っていた。
「……」
パチュリは無言でふゆふよと部屋を横切っていく。
足元の人形や玩具はよくよく見ると首がちぎられていたり半分壊れていたりしている。
フランドールを完全に解放するのはまだ先の事だなとパチュリーはいくらかの満足感を得つつ思った。
(そう、満足――私は妹様を自分の魔法で館に閉じ込めている事に喜びを感じている……)
いつも間にかパチュリーの口元には笑みが浮かんでいた。己の欲望を満たしたものが浮べる、陰湿な笑みだ。
「可愛い可愛い妹様……」
パチュリーはベッドの上に着地する。
そして、フランドールをおこしてしまわないよう慎重にゆっくりと、寄り添うように体を横たえた。
フランドールの愛らしい寝顔が目の前にある。
閉じられた瞳は夢を見ているのだろうか。
ウェーブのかかった金髪は重力に惹かれて枝垂れおち、少しとがった小さな耳が無防備に露出している。
天井を向いた小さな唇がときおりぴくぴくとピンクの丘を震わせている。
すぅすぅとかすかに聞こえる寝息を聞きながら、パチュリーはフランドールを抱きしめてしまいたい衝動と戦っていた。
柔い唇を口に含んでみたい。ほっぺたの匂いをもっと鼻をくっつけて嗅いで見たい。
(――はじめは同情ですらなかった)
欲情の波を感じながらも、パチュリーはぼんやりとフランドールへの思いを懐古する。
(幼いとは言え恐ろしい力を持った吸血鬼を我が手で封じ込めている――私が妹様に会いに来る理由はその成果を確認して悦に浸るためだったのよね。もともとは)
パチュリーは何度もそうしてきたように今晩もまたフランドールの頭の下にそっと片腕を通した。気づかれてしまっても構わないと思っている。添い寝をしてやっているというだけだ。フランドールはとくに気にもとめないだろう。
フランドールの柔らかい髪の毛と小さな後頭部の触感が、二の腕に心地よい。
(もともとは、ですって? いいえ、今でもそうでしょう? 館から出られない妹様をかわいそうだと思う反面、妹様をある意味では支配していることに、私は満足感を得ているんだわ。うふふ)
パチュリーは深い充足感が心の底からわいてくるのを感じる。
フランドールのツムジに鼻を当てて、匂いをかぐ。鼻腔をみたしたミルクの香りに頭がくらくらした。
(ペット感覚……なのかしらね。もみくちゃにして抱きしめてしまいたいとむしょうに思うときがある。レミィは怒るでしょうけれど、妹様ほどの吸血鬼を自分のペットにできたらと思うと……あぁ、疼くわ)
強大な力を得たい――それは魔女としての本能であるかもしれないが、その一方でどこか倒錯している己をもまたパチュリーは感じる。
抱きしめてしまいたいという誘惑に負けて、パチュリーはとうとうそれを実行せざるをえなかった
フランドールの頭に敷いている腕で小さなその肩をそっと持ち上げ、姿勢を横向きに変えていく。
「ん……」
ある程度体を密着させると、フランドールは自然とパチュリーの体に抱きついてきた。昔からの抱きつき癖今でも変らないのだ。
パチュリーの首筋にフランドールが顔を埋めた。
体に感じるフランドールの柔らかさをパチュリーは夢中で堪能する。背中や腰をゆっくりとさすった。
(もし、妹様がレミィの妹でなければ――)
親友の妹でなければ、この愛らしい動物を、自分はどうしていただろうか――。
それを無想してふとほくそえむ夜がある。
(自分の子を孕ませることぐらいはとうにしていたかもしれない)
子どもがほしいわけではない。自分の子を産ませた、という事実がほしいのだ。
鼻と鼻がくっつくほどの距離に、フランドールの幼い寝顔がある。
すぅすぅとフランドールが寝息を立てるたび、その吐息がパチュリーの唇をくすぐった。
パチュリーはそっと唇を突き出す。フランドールのピンクの双丘にそっと先端がふれた。
(このまま口移しに妖力を流し込めば、妹様は私の子を……)
フランドールの細いまつげの一本一本や、瞼の盛り上がり、二重のしわの一つ一つまでを観察しながら、パチュリーは本能と理性の危険な綱渡りを楽しむ。
――その時、フランドールがかすかに寝言を言った。
「……むにゃ……おねぇさま……」
一瞬、パチュリーの呼吸が止まった。
「……。やれやれ……」
パチュリーは小さく微笑んでフランドールの額にキスをする。
「お休みなさい。妹様」
それからそっとフランドールから離れ、頬にたれた髪の毛を払いながら、静かにベッドから降りた。
フランドールは姉に抱かれて眠る夢をみた。
抱いてくれる姉の体は温かくて柔らかくて、その優しさに包まれて自分は眠るのだ。
初めてではない。これまでにも同じような夢を何度もみている。
そして今日もまた、夢の終わりは唐突だった。
キィ――
扉が鳴った音を目が覚める直前に聞いたような気がする。
「ん……?」
瞼の開ききらないぼんやりとした視界の中で扉のほうを確認する。
扉にはなにも変った様子はなかった。
「気のせいかな」
それ以上の感心はわかなかった。
今しがたの夢を楽しむことのほうがフランドールには大事だった。
枕を抱きしめながら姉の感触を思い出して顔をほころばせる。
しかしそうしていると、部屋に漂う沈黙が妙に耳障りになってきた。
一人の部屋がとても寂しくなってくる。
「お姉さま」
フランドールは部屋を飛び出した。
探し求めていた姉はなぜかずぶ濡れで廊下を徘徊していた。
「お、お姉さま?」
「あぁフラン」
髪の毛を頬やらオデコやらにはりつかせ、どことなく肩をしょぼくれさせている。ドレスのすそからは今もぽたりぽたりと雫がたれていた。
けれどカリスマだけはいつものままにレミリアは微笑を浮べた。
「パチェを見なかった?」
どことなく怒気を含んだ笑みであったが。
「知らない」
「あいつめ……絶対館の中にいるはずよ。フランのところかと思ったのだけれど」
「パチェとケンカしたの?」
「え? んー……」
レミリアはなぜかちょっと微妙な顔をして何度かフランドールにチラチラと目線をやった。
「ケンカというわけではないけれど。……ハァ。もういいか。ねぇフラン、今から湯浴みにいくけれど一緒にどう? こうずぶ濡れだと体に力がはいらないわ……」
「うん! 入る!」
レミリアが誘ってくれたことが嬉しい。他のあらゆる疑問はそれで一切かき消されてしまうのであった。
「わーい」
服が濡れるのも構わずにレミリアの腕にしがみ付く。
「こらこら」
姉は夢の中と同じくやっぱり優しかった。
背中を流しっこした後、一緒に湯船に浸かる。大人10人が同時に浸かってもなお余裕のある大浴槽だが、今は二人だけだ。
レミリアは風呂のふちに頭を寝かせて気持ち良さそうにい目を瞑っている。
その隣でフランドールはアヒルさん人形をなんとか湯に沈めてやろうと四苦八苦していた。ばちゃばちゃと湯水の跳ねる音が反響する。
ふと、湯船の底に沈んだ姉の下腹部が目に入った。それでフランドールは夕刻の会話を思い出していた。おへその辺りに赤子が宿るという程度の知識は持ち合わせている。
「ねぇお姉さま」
「んー?」
「やっぱり赤ちゃんほしい」
「赤ちゃんねぇ……そういえばね、パチェが赤ちゃんを欲しがってるみたいなんだけど」
「パチェが?」
「うん。それでねフラン。パチェと一緒に赤ちゃんを作ってみたらどう?」
「えー?」
一応は姉の話を検討してみるがやはり問題外。
パチュリーと一緒に赤ん坊を抱いている姿を想像してみるけれどそこには何の喜びもなかった。
「やだ。お姉さまがいい」
「そっか」
レミリアは湯気の向こうの天井を見上げて何かを考えているらしかった。
フランドールはじれったくなった。
「お姉さま、今すぐ赤ちゃんつくろうよ!」
「へ?」
と、レミリアが自分のほうに視線を向けるまでの一瞬に、フランドールは3つの分身を作り出している。
突然発生した3人分のフランドールの体が湯船をばしゃりと押しのけ、はねた雫が二人の顔を打った。
「ちょっとフラン!?」
叫んだレミリアが湯船から立ち上がる間もなく、4人のフランドールはレミリアの体を押さえ込んだ。
二人は左右からレミリアの両腕を、一人は湯船の中で両足を拘束する。
本体は湯船の中でそっと体を寄り添わせ、手のひらで姉の下腹部をそっとなでた。
「ここに私の妖気を流し込めば……お姉ちゃんは妊娠するんだよね……?」
レミリアの激しい抵抗を予感して、フランドールは含み笑いをする。
フランドールはレミリアに叱責されたり抵抗されることで、己の行動に実感を得る。
他人が自分に向ける怒りの感情こそが「自分を認めてくれている」という強い満足感を与えてくれるのだ。相手が姉のレミリアであればなおさらである。地下で孤独にすごした日々がフランドールに歪んだ性質を植えつけたのだろう。
分身立ちは狂気の笑みを浮べつつレミリアを掴む手に強く力を込めた。
しかしこの時、レミリアは一切の抵抗をしなかった。
レミリアは初めこそ瞳を驚かせていたが、すぐに全身から力を抜いて、また湯船のふちに頭を寝かせた。
「お姉さま……?」
フランドールは自分がないがしろにされたように感じる。とたんに弱気になって分身立ちからも力が抜けていった。
今なら容易に逃げ出せるのにレミリアは相変わらずゆったりと湯に使っている。
「……悪くないかもね……」
「え?」
レミリアはフランドールの本体を湯船の中でギュッと抱き寄せた。
ぱしゃりと湯に波が広がり、二人の肌と肌が触れ合う。じかに触れた姉の素肌は夢の中よりも何倍も柔らかかった。
背中に回されたレミリアの手が肩甲骨や脊椎の凹凸を指先で撫で回す。フランドールはしびれるよゆな快感を味わいつつ、レミリアの鎖骨に頬擦りをした。舐めながら口に含んで甘噛みをするとこりこりとした骨の感触が舌と歯に心地よい。
気がつけば、いつのまにか分身たちは消えていた。それほど姉に夢中になっていたのだろう。
「咲夜と美鈴は遠からず子をもうける。それにあわせて私も子を産めば、とも未来の紅魔館を支えてくれるだろうね……」
「未来の紅魔館……?」
レミリアは時々フランドールの分からないことを言う。
「フランが相手ならきっと強い吸血鬼が生まれるだろう。それにその子はスカーレット家の純粋な血統を受け継いでくれる。僅かほどの濁りもなくね」
「……うん! うん!」
フランドールはそんなレミリアの言葉の中から、自分に理解できる事柄だけを取り出す。
姉が妊娠に前向きな事を読み取ってフランドールは目を輝かせた。
「けどねぇフラン。今のままではだめよ」
「ええ?」
「そこらの妖怪なら産み落とした後はそれで知らんぷりでしょうけど、生まれてくる子どもはスカーレット家の跡取りなのよ。私達はその子に適切な教育をほどこさなくちゃいけない」
「よくわかんない」
「フランはもっとたくさんお勉強して、良い子にならなきゃ駄目って事」
「うー……。でも、良い子にしてたら赤ちゃんを産んでくれるの?」
「まぁ、そうね」
「いつまで? いつまで良い子にしてればいいの?」
「いつまでって、サンタさんじゃないんだから……」
レミリアは苦笑した。
それからちょっとま思案顔をしてから、フランドールに言った。
「じゃあ、咲夜と美鈴の赤ちゃんが生まれるまでの間ちゃんとお母さん修行をしてくれたら、それから一緒に赤ちゃんを作ってあげる」
「本当?」
「ええ」
「やった! じゃあ早く咲夜と美鈴に赤ちゃんを生んでもらわないと!」
「こら、せかしちゃだめよ。咲夜と美鈴が自分達の口から言うまで、私達は二人の関係は知らないふりしてるの」
「なんでー?」
「なんでも」
「……はーい」
不満ではあったけれど、それよりもレミリアが赤ちゃんを約束してくれたことが嬉しい。
「きゃはは!」
自分の赤ん坊を想像してフランドールははしゃぐ。
「でも一応パチェに相談しとかなきゃね……ひょっとしたら、とっくにこの会話も盗み聞きされてるかもしれないけど」
レミリアの呟いたそんな声はもう聞こえてはいなかった。
『でも一応パチェに相談しとかなきゃね……ひょっとしたら、とっくにこの会話も盗み聞きされてるかもしれないけど』
「ご明察」
テーブルのに置かれた透明な水晶をパチュリーはピンと指ではじく。
水晶に浮かび上がっていたレミリアとフランドールの姿がふっと煙のように消えた。ただの透明な水晶玉が残った。
「フラレちゃったわね……」
ふぅ、とアンニュイな溜め息をこぼす。
フランドールの部屋をでた後パチュリーはすぐに図書館に戻ってきた。レミリアはすでにいなかった。廊下にはレミリアの垂らした雫のあとが点々と残っていたから、図書館にいないであろうことは分かっていた。
ただ戻ってこられて鉢合わせすると面倒なので水晶で監視していたのである。
「……レミィ。もう気にする事ないわよ。妹様が望むなら、二人で子どもをつくればいい」
虚空を見上げて一人呟く。図書館の天井は光が届かないほどに高く、そこには暗やみがわだかまっていた。
レミリアの気遣いが嬉しかった。
自分などよりよほどフランドールにふさわしい相手だ。
「パチュリー様! なんだかおもしろそうな事になっていますねぇ」
妙に上機嫌な様子で小悪魔がやってきた。紅茶を運んできてくれたらしい。
「盗み聞きしてたの?」
「パチュリー様だってお二人の話を盗み聞きしてたじゃないですかぁ」
「他人の話を盗み聞きするのは好きだけど自分がされるのは嫌いよ」
「わかりますよその気持ち」
小悪魔は湯気の立つティーカップを並べながら、やはりニヤニヤとしている。
「何なの?」
「皆さん子どもを生むみたいですね?」
「そうなるでしょうね。レミィと妹様はまだわからないけれど」
「うふふ……。私達も丁度いい頃合かもしれませんね」
にゅふふ、と顔の下半分を持っていたお盆で隠しながら小悪魔が目もとを三日月型にゆがめる。
話が見えずパチュリーは眉を寄せた。
「どういう意味よ」
「またまたとぼけちゃって」
「いや、本当にわけがわからないんだけど」
「え……」
小悪魔の表情が怪訝なものに変る。
ずいと顔を近づけてきて責めたてるような口調で言う。
「お、覚えてないんですか?」
小悪魔の妙な気迫に気押されて肩を後ろにさげる。
しかし一応記憶を探ってはみたものの何も心当たりはなかった。
「だ、だから、何をよ?」
聞いたとたん、小悪魔が叫んだ。
「ひどいですよ! パチュリー様私の子供を生んでくれるって約束したじゃないですか!」
パチュリーは唖然とした。
「何よそれ!?」
「本当に覚えてないんですか!?」
「何で私があんたの子どもを生まなきゃならないのよ!」
「だって! 私を召還したときに契約したじゃないですか! 契約ですよ契約!? 忘れてたじゃすみませんよ!?」
「契約……? ……あ」
まるで暗がりに突然日が差したように、突然に甦ってくる記憶がある。
パチュリーが紅魔館に住まうようになってまだ間もない頃――
『妊娠? 私にお前の子を産めというの?』
『その通りです』
召還した悪魔の提示した契約にパチュリーは驚かされた。
普通、悪魔の契約というと『寿命』や『魔力』、『定期的な生贄』など面倒な供物を要求されるものだ。
けれどパチュリーが召還したこの悪魔は、
『いずれ魔女様に私の子供を生んでいただきたいのです。この望みをかなえてくれるのなら私は貴方に仕えましょう』
そのような要求は聞いた事がない。悪魔側のメリットが少なすぎるのだ。
子どもがほしいのならば、どこでなりとさらってくれば済む話である。
『目的を聞かせてくれる?』
『はい。魔女さまはたいへん力のお強い方だとお見受けします。その魔女様のお子を我が一族の跡取りとさせていただきたい』
『跡取り?』
『正直に申し上げれば我らの一族はそれほど力のある悪魔ではございません。ですから魔女さまの優秀な血を分けていただきたいのです』
『あぁ、そういう事』
それで合点がいった。
要するにお家のためである。
『かまわないわよ。それで契約がかなうのなら、安いものだわ』
魔界のお家事情など知ったことではないし、我が子とは言え生み落とした瞬間からその子は他人である。どんな人生を歩もうが自分に責任はない。
そのあたりパチュリーの感性は実に魔女らしかった。
「――あぁ、思い出した。そういえばそんな約束してたわね」
「もう! 忘れないでくださいよ!」
「悪かったわね。どうでもよすぎて。……けど、そうか。そうだったわね……」
奇妙な気分だった。
生んでやろう、という気になってしまっている。
もしかするとフランドールにふられて妬けになっているのかもしれないとは思うのだが、赤ん坊を作るという行為に、今までにはない羨望を感じる。
パチュリーは立ち上がり、小悪魔の手をとった。
「じゃあ、今から作りましょうか」
「え! 今からですか?」
驚きつつも、小悪魔の表情には期待の色がある。
「ここ数年は体調もそう悪くないし、出産にも耐えられるでしょう」
「や、やった! わーい!」
「レミィ達も咲夜達も子どもを生む。今のうちに居候組みも戦力アップしておくのも悪くはないわ」
「あ……。どうせならパチュリー様のお部屋にいきません?」
小悪魔は急に内股になって太ももをもじもじとさせた。
「なんでよ?」
顔をうつむかせ頬をそめながら気色の悪い上目使いでチラリチラリとパチュリーに目線を送る。
「そのぉ……どうせなら人間がやるみたいに、ちょっと楽しみません?」
「はぁ?」
あぁこいつは淫魔だったな、とパチュリーはどうでもよい記憶を掘り起こしていた。
「嫌よ。しんどいし。あんたとそういう事したいとも思わないし」
「えー! 私はパチュリー様のこと結構好きなのに! ね、ね、せっかく赤ちゃんをつくるんですから、キスくらいさせてくださいよ」
「お断りよ。気持悪い。あくまで契約履行のためなんだからね」
「ひ、ひどい……」
「ほら、さっさと妖気をよこしなさい。私のやる気がうせないうちに」
「ふぇぇぇん……わかりましたよぅ」
ぺろん、とパチュリーはトップドレスをめくり上げ、小さなおへそとお肉少な目の白い肌が露出した。
数年後――
「次から次にポコポコとよくもまぁ……」
相変わらず薄暗い図書館の、その中央に備え付けられた大テーブル。
腰かけた魔理沙は飽きれたようにいった。
「次から次って、まだ一人目じゃないの」
と向かいに座るレミリア。
その腹はまるで巨大な腫瘍が出来たかのように膨れ上がり、まごうことなきラージぽんぽんであった。
近頃着始めたマタニティウエアがすっかり板についている。
身長は相変わらずの小五ロリレベルなので、ある種異様な光景ではある。
「お、また動いた」
レミリアが腹をさすりながら言うと、その隣に座るフランドールが顔をほころばせる。
「さすがはお姉さまと私の子。元気な子ども達だわ」
フランドールはここ何年かで随分と礼儀作法がしっかりしてきた。言葉遣いも仕草も、今では立派なお嬢様である。癇癪だけはいまだにおさまりきらないようだが、まぁ愛嬌である。
「この子達ったらもう腹の中で弾幕ゴッコしてるのよねぇ。子宮がチクチクしてしかたがないわ」
「双子だもんなぁ。たまげたぜ。名前はもう考えたのか」
と魔理沙がたずねると、レミリアは待ってましたとばかりに答える。
「もちろん! 『レッドナイトディスティニー』と、『ブリリアントブラックムーン』! どうだカッコいいだろう」
「……」
壮絶な洋風DQNネームに魔理沙は閉口した。
それを察して、フランドールが姉をフォローする。
「お姉さま。ほらやっぱり名前が長すぎるのよ。『ぽち』『たま』がいいのよ。可愛いし」
魔理沙は二人の背後に控えている咲夜に助けを求めた。
「咲夜……お前かわりに考えてやれよ……」
「私ごときが口を出すことではありませんわ。ねぇ十六(いざよ)」
咲夜はそう言って背中におぶった赤ん坊に笑いかけた。
十六夜十六。
つい数ヶ月前に生まれた咲夜と美鈴の第一子である。
「赤ん坊をおぶってまで仕事か。休ませてやれよレミリア」
「だって咲夜が働きたいって言うんだもん」
「お嬢様に生涯をささげるのだと、娘にも今から仕込んでおくのです。私はもう数十年で死にますが、この娘は千年お嬢様に仕えてくれる」
「ショウシャー」
赤ん坊があえいだ。
「最初に覚えた言葉がしょうしゃ~、だからな……末恐ろしいぜ」
魔理沙が苦笑いをしていると、柔らかい何かがほっぺたをつついた。
「む?」
と顔を振り向かせるとすぐとなりにクラゲ――いや、幼さない少女が浮いていた。
身長は50cmほどだろうか。纏っている寝間着のようなドレスは白く、そして長く伸ばした髪の毛まで白い。遠めに見るとまさにクラゲが宙を漂っているように見える。特徴的なのは頭の両側と背中に生えた悪魔の翼。そしてお尻から伸びた黒い尻尾である。
どこか眠たそうな半開きの目をした小さな少女は、魔理沙の顔のそばにぷかぷかと浮いたまま、持っていた本でバシバシと叩いてくる。
「ムキュームキュー」
「おっと。いててて。相変わらず嫌われてんなぁ私」
「泥棒は追い出せ、としっかり教育されているのですわ」
魔理沙はまいったなぁという顔をした。さすがに反撃できずに叩かれるままである。
と、本棚の間をパチュリーと小悪魔がやってくる。
「えらいわよ、コアチュリー。強いて言うならもっと殺す気でやればモアベター」
「魔法さえ使えるようになればその時こそ魔理沙さんを丸焼きですね~」
などと物騒なことを言う。
「勘弁してくれよ。うーむ。コアチュリーはそのうち恐るべき宿敵になりそうだな」
魔理沙が攻撃の隙をぬって少女――コアチュリーのほっぺたとツンとつついてやる。
「ムキュー」
となぜかはしゃいだ声を上げて、パチュリー達のほうへ飛んでいった。パチュリーと小悪魔は並んでテーブルにつき、その周りをコアチュリーがビットのようにふよふよと飛びまわっている。
コアチュリー――数年までに生まれた一番最初の次世代紅魔館メンバーである。名前はパチュリーが適当につけた。
「やれやれ。本当に賑やかになったものだな」
魔理沙は改めてテーブルを見回し、おなか一杯だという風に言った。
「しかもまだこれからヤバイのが二人も生まれるってんだから、たまらんぜ」
レミリアがニィと笑った。
「魔理沙、あなたは子を作る気は無いの? この子達のライバルにしてやらんでもないぞ?」
「子どもなんてガラじゃないんでね。私は魔法の研究にいそがしいんだ」
魔理沙はそう言って後ろ髪を誇らしげかきあげた。金髪は今では腰まで伸びて、顔立ちも随分大人しくなり、貫録がにじみではじめている。
「香霖堂の店主かアリス辺りなら子作りの相手にくらいなってくれるでしょうにね」
「やめてくれよ」
咲夜の軽口に魔理沙が顔をしかめたその時だった。
「どもー!休憩時間でーっす!」
美鈴の大声だ。図書館出入口から中央テーブルまでは距離があるが、それでもはっきり聞こえてくる。
「あの馬鹿」
咲夜が顔をしかめた。
だだだだだ、とはずむ足音が聞こえてくる。
薄暗い本棚の間から輝く笑みをたたえた美鈴が飛び出してきた。
「十六ちゃーん! 美鈴ままでちゅよー!」
と咲夜の背負った赤ん坊に頬擦りをしようとした次の瞬間には、額にナイフが生えていた。
「痛だーっ!?」
「子どもを生んでも相変わらずだなぁお前らは」
「そうよ。相変わらず私の見てないところでこっそりいちゃついてるんだから。来年には早くも二人目が生まれるかもねぇ」
「……お嬢様。覗き見はおやめくださいと何度も言っているではないですか」
「ショウシャショウシャー」
「こえー。自分の親が頭から血ぃふきだしてるの見て笑ってるぜこいつ」
「ふふ。我が悪魔の館にふさわしい子に育つだろう。紅魔館は千年先まで安泰だ」
レミリアの為政者らしい誇らしく太い声が図書館に深く響いた――。
ショウシャショウシャー
カプ全てに愛を感じたわけではないが皆の思考が好きだったので満点だ
愛に満ちた紅魔館ですね。
十六夜十六はないよ……
100点ぽっちじゃ足りねぇ
50000000000点!
>『その通りです』
↓
>「今は体の調子も良いし。上手く貴方のお腹に妖力を流し込めるでしょう」
>「ほら、さっさとお腹だしなさい。私のやる気がうせないうちに」
>ぺろん、と小悪魔は服をめくり、小さなおヘソが顔を出した。
「パチュリーが小悪魔の子を産む」から「小悪魔がパチュリーの子を産む」にすり替わってる?
このままでは契約不履行なので、是非二人目を
この紅魔館なら一万年先でも安泰だな
これにやられた
でも濃厚なお料理は嫌いじゃありません。むしろ好きだ!
とんかつパフェな紅魔館、お腹いっぱい堪能しました。
デブ専に受けがいいのかな?
吾は顔が丸い子もエエけど。
ニタァ・・・
そういえばKASAさん、俺もヤッホーシリーズ書いていいかい?
それぞれがいい味を出していました。
どんどん書いてください!
むしろ書いてくださいお願いします!
普段は大衆の面前で語るの躊躇われるような題材を、真っ正面からまじめに語る作風が板に付いてきた気がする
これからも絶賛はじけてください
誤字だけはなんとかなりませんかね
カオス過ぎるwwwwもう、色々と超越していらっしゃるwwww
紅魔館で赤ちゃんを産むとこうなるのか!
けどこれなら人間である父親、母親概念がなくなりそう
あと子供の泣き声に吹いた
コメ番号56様とは別口です
申し訳ありませんでした 今の自分がやるとああいうふうになりました
お怒りであればすぐに消させていただきます
よろしくお願いいたします
もう、この一言であんたの勝ちだよ。もってけ100点。
作者さんGJ!
それはさておき楽しませて頂きましたっ。
あえて言うならマリアリも見たくなる