※タイトルの通り、男性オリキャラが多いです。
「私の花婿を募集します」
ここは幻想郷内のとある夜雀コミュニティ。通称夜雀王国。
国といっても領域ははっきりしておらず、拠点となる城館も存在しない。
しかも基本的に夜間にしか王国は存在しない。
実質は夜雀族の情報交換のための町内会レベルの結びつきだが、みんなそれを大切にしている。
夜雀の少女、ミスティア=ローレライは、夜雀でも最強の妖力を持つだけでなく、
実はその王国の王位継承権第一位のお姫様だったのだ。
現国王は彼女の父親のミスチーパパ、今はミスチーママと一緒にミスチー谷で暮らし、
様々な公務(おもに忘年会や新年会の幹事、夜雀躍り、夜雀隠し芸の披露、対幽々子対策チーム世話役など)をこなしていて、寝ていたい時はミスチーママが女王に一日だけ即位する事もある。
姫君の花婿募集の知らせが夜雀の情報網を駆け巡った時、幾羽かの夜雀が応募し、
ミスティアも含めた女性夜雀一同による、一杯やりながらの書類選考の末、
4羽が最終選考に残り、真夜中の森のとある場所に呼び出されたのだった。
便宜上その4羽の名を、
みす雄
みす彦
みす太郎
みす朗
とする。
本当は漢字やドイツ語やラテン語などをちりばめた、カッコつけたような本名があるという。
みす雄は歌がうまく、人間を鳥目にする能力ではお姫様であるミスティアに匹敵する。
また、声色自体も美しいテノールで、男声(男性)夜雀では右に出る者はいない。
みす彦は派手な身だしなみを好み、あちこちから、時には危険を冒して手に入れた装飾物で身を飾る事が多かった。
彼の身だしなみに対するエネルギーは、女性夜雀すら超えるものがある。
しかし、動物の世界ではわりと普通である。
みす太郎は歌もファッションも得意ではないが、餌を捕まえるのが上手である。
食料調達では相当な能力を有し、八つ目鰻をたまにミスティアに卸したりもしている。
みす朗は引っ込み思案だった自分をダメもとで変えるため参戦した。大工でもあり、家づくりが得意。実は夜雀ではなく、スズメガの妖怪である。
鳥の世界において、綺麗な歌、派手な衣装、美味しい餌取り、快適な巣作りと、それぞれ特技を持つ男性夜雀達。
みなメスにアピールするオスとしてかなりの能力を備えていると言える。
「おい、お前夜雀ですらねえじゃねえか」
みす彦は歩きながらとび色の髪をヘアスプレーでセットし、種族の違うみす朗に突っ込みを入れた。
「あ、愛は種族を超えるんだい」
みす彦の気勢に圧倒されそうになるのをこらえ、みす朗が必死に反論を試みる。
「ミスチー姫の花婿選考だぞ、将来的に子供も作るんだぞ、分かってるのか?
それにお前、スズメガの妖怪だったな、幼虫が最高にグロいヤツ」
「言ったな、昆虫のフォルムもあれはあれで合理的で完成されているんだよ!」
「おい、これを読んで下さっている方々、『スズメガ』でググるなよ、いいか絶対だぞ」
「いや大丈夫。お尻のぴこぴこ動く尻尾がキュートな幼虫さんと、
外界で言う戦闘機のようなcoolなフォルムの成虫しか映ってないよ」
「二人とも何で、誰もいない方向を向いて言うんです?」みす雄が聞く。
「気にするな、それから、もしお前が合格して子供を作れても、
昆虫と雀の遺伝子が混ざってどんな怪物が生まれるかわからんだろ」
「そ、それは幻想補正でなんとかなるさ」
「フッどうかな? あと検索で気分を害された方『アケビコノハ 幼虫』でググってお口直しして下さい」
「フォローになってないじゃないか。リアルの人間さんを襲っちゃマズイだろ」
「やっぱり、俺達妖怪は人間を襲うサガなんだよなうんうん」 みす彦が腕を組んでうなずいた。
「まあまあ、参加資格に種族は規定されていないから良いじゃないですか」 みす雄が弁護する。
「どっちにせよ、決定権があるのはミスティア様のみだよ。みんなミミズでも食べて落ち着きたまえ」 みす太郎も冷静だ。
「いらねえよ、それより会場に着いたぞ」
ギャアアアアアアアアアア
モニターの向こうから人間達の悲鳴が聞こえてくる。
「やっぱ人間を襲うのは楽しいなっと」
「否定はできませんね」とみす雄。
そうこうしている内に、4羽がいる選考会場―この夜雀一族だけが知っている秘密の広場―に多くの同胞夜雀が飛んでやって来た。
おそらく花婿選考を見物にやってきているのだろう。
みんな4羽に注目している。悔しいが、俺よりカッコいいな、とか私ならあの人がいいな、などとささやき合う声が聞こえている。
やがて広場がスポットライトのような光で照らされ、2羽の和服姿の夜雀少女がその中心に降り立った。
服の色はミスティアと同じとび色で、羽飾りを小さくした他はミスティアおそろいの帽子を乗せていた。
「皆さま、ようこそお集まり下さいました、私達はミスティア=ローレライ姫の従者、ティスミアとスミティアでーす」
いよいよ花婿選考会が始る、候補者たちは息を飲む。
みなそれなりに自信はあるが、選ばれるのは当然1羽のみ。
軽口を叩いていたみす彦も、緊張の面持ちでライバル達の顔を見る。
従者の少女たちが、第一の課題を出す。
「まずは、姫様にふさわしい知性を備えているかどうか、クイズによる審査を行いまーす」
裏方の夜雀達が、広場に机と椅子を手際よく設置していく。
その後候補者たちに赤や青の派手なシルクハットが渡され、椅子に座るよう促された。
机には河童印のボタン式スイッチが人数分置かれている。ティスミアが説明する。
「今からクイズを出すので、回答者は答えを思いついたら素早くボタンを押してください。一番早く押した方に回答権があります、外れても素早くボタンを押せば、一問につき何度でも答える事が出来ます。そして、審査はこれだけではないので、一番多く正解した方が花婿になれるとは限りません、ですので正解した数が少なくても諦めないで下さい」
「さあ、それでは第1問」 出題者はスミティア。
一同はごくりと唾を飲み込んだ、これからふるい落としが始まるのだ。
「ドイツのライン川に住む、歌声で船を沈めるという伝説のある、ミスティア様の姓の由来にもなった精の名は……」
一番早くボタンを押したのはみす雄だった。ピコーンという音がして、彼の帽子からクエスチョンマークの飾りが飛び出した。
「はいみす雄さん」
「ローレ……(いや待てよ、ライン川の妖怪と言えばローレライだ、
それは予習で知っている、なんてったってミスチー様の姓の元ネタだからな。
でももし『……ローレライですが……』という引っかけ問題だったらどうしよう。
そうか、ローレライ伝説は欧州の話、だから対になる日本かアジア辺りの川にまつわる
伝説が来るに違いない、となれば……)」
「どうですか、回答権を他の方に回しますよ」
「織姫!」
「ぶっぶー、不正解です」
(しまった、考え過ぎたか)
ピンポーン
次にボタンを押したのはみす彦だった。
「みす彦さん」
「ローレライ」
みす雄はこの時、『素直に考えるんだった』と後悔したが、これも不正解だった。
「ブブー」
ピンポーン
「みす太郎さん」
「(……ローレライですが、○○に住む精霊は何でしょう、という問題か?)セイレーン」
「不正解」
ピンポーン
「みす朗さん」
「んーと、ローラレイ?」
「ブー、姫様の姓を間違うなんて、本当に求婚する気あるんですか」
「す、すいません」
「問題は最後まで聞きましょう。
ドイツのライン川に住む、歌声で船を沈めるという伝説のある、
姫様の姓の由来になった妖怪の名はローレライですが、
姫様の昨夜の屋台の売り上げはいくらでしょうか?」
「分かるかぁぁぁ!!!!!」4羽がハモった。
「全員正解です。第一、鳥頭である姫様にも分からないのですから、私達に分かるはずがありません、むしろ素直にそう答えればよかったのです。ごちゃごちゃ考えていても疲れるだけです」
「今さらっとミスチー様を馬鹿にしたぞ」 みす彦が指摘した。
「まさか、愛情をこめて言ったのです。それでは第2問、私達夜雀の存在意義って何?」
(こりゃまたえらく哲学的な問題だな)
一同は沈思黙考した。だがみす彦はこう思った。つい先ほど『ごちゃごちゃ考えんでもええ』的な事を言っていたではないか。恐れずボタンに手をかけ、回答権を得た。
「そんなもん、各自で答えを出せばいい。存在するモノはしょうがない。だろ?」
「正解です。思い切って主張する人、私は結構好きですよ」
みす彦はふふんと鼻を鳴らし、得意げに櫛で前髪を整えた。好きと言われるのは悪くない、でも本命は姫であるミスティアだ。
「では第3問、1から100までの数字を足すといくつ?」
みす雄は顔をしかめて考え、みす彦は片手の指で計算しようとし、
みす太郎は両手の指だけでなく、背中の羽根まで動員して答えを探した。
ちょっと難問のようである。
いち早く答えたのはスズメガのみす朗だった。
「ご、5050です!」
「正解です、すごいわ」
みす朗は大工のせいか、数字には夜雀族の中では強い方らしい。
(あのスズメガ妖怪、なかなかやるな、だが俺たちにだって強みはあるぞ)
3羽はみす朗をある程度認めつつ、さらなる奮闘を誓う。
次の質問はさらに風変わりだった。
「第4問、これは何と読むでしょう。→『因幡の素兎』」
みす朗が勢いに乗って答えるが……
「ええっと、いんばのそうさぎ」
「ぶーっ、不正解」
「わからん、何かヒントをくれ」みす彦が言った。
「じゃあヒント、永遠亭の悪戯好きなうさぎさんです」
「分かった、いなばのはらぐろさぎうさぎ」 とみす雄。
「気持ちは分かりますが、違います」
「いなばのしろうさぎ」
「ピンポーン、みす太郎さん正解です」
そして、さらにいくつかの問題が出された。
「えーっと今までの皆さんの正答の数は……すみちー誰が何回正解したっけ?」
とティスミアがとなりのスミティアに聞く。
「ええっ、ちすみー覚えてないの?」スミティアが驚く。
「すみちーこそ数えてなかったの?」
「おいおい。いい加減にしてくれよ」みす太郎が呆れた。
「あれ、所でいま何問目だっけ?」
出題者も回答者もだれも答えられなかった。
場に気まずい空気が流れる。
「まあいいや、そもそも私達の知力はみんなこんなもん。それでは次の審査です」
強引にティスミアが流れを変えた。
クイズ用の机や椅子が片づけられ、2羽の夜雀は次の審査場所へみんなを誘導する。
一同は気を引き締め直す。
まだ審査は始まったばかりだ。
発 幽霊監視所
宛 幽霊対策本部
鬼門方向より数体の幽霊(ばけばけタイプ)を認めるも、森に近づく様子なし。
引き続き平常監視を行う。
ユユコン(幽々子コンディションの略、西行寺幽々子の脅威度を表す)5
しばらく飛んだところで、森の中の一本道が見えた。
一向は木々の枝に思い思いに立ち、次の審査を待つ。
「次の審査は、一人ずつ、ここにこれから来る人間を襲って下さい、
ただし、死なせたり大けがをさせたら問答無用で失格です。
さあ、妖怪の怖さを教えてやりましょう。ほら、誰か来ましたよ」
誰かが夜道を歩いてくる。人間の女の子のようだ。
最初に名乗り出たのはみす雄だった。
「まずは私が」
「おおっ、みす雄が行ったぞ」
審査員、候補者、観客の夜雀一同は、気配を殺して見守る。
ここでカッコいい所を見せ、審査員と、どこかで見ているであろう姫に認めてもらうのだ。
そう思い、みす雄は意気揚々と女の子の歩く方角へ向けて飛び立つ。
「ふーっ、みかじめ……、じゃなくて妖怪退治のお礼が貰えないってどういう事よ」
森の夜道、霊夢が不満顔で歩いていた。
妖怪退治の依頼を受けて出向いたものの、報酬が出なかったのだ。
「ちょっと夢想封印で4、5軒吹き飛ばしたくらいが何よ」
戦いの最中に霊夢が誤って壊した被害が、妖怪のもたらす災いの規模を上回ったらしい。
頭ではわかっていても、やっぱり不満がくすぶっている。
ちなみに、妖怪の被害は食料がいくらか盗まれる程度のものであった。
「それに妙な気配もするし」
霊夢が空を見上げると、急に男声の歌声が聞こえ、視界が暗くなった。
「ららら~、愚かな人間よ~、夜雀の恐怖を味わいたまえ~」
(人がイラついているときに呑気に歌いやがって、)
霊夢は顔をひきつらせ、懐から陰陽玉を取り出し、気配のした方向へ投げつけた。
玉はひとりでにみす雄に吸い寄せられ、鈍い音がした後、地面に墜落してしまった。
頭をさすりつつみす雄が見上げると、そこには引き攣った笑顔の霊夢がいた。
「妖怪ね、今誰でもいいからボコボコにしたい気分なの、付き合って下さらない?」
「ひいっ、鬼巫女だあ~」
みす雄は慌てて逃げようとするが、進行方向の地面に無数の針が突き刺さり、逃げ道を塞がれてしまう。
「あらあら、遠慮せず私を襲っていいのよ」
「くっ、くそっ、こうなったら破れかぶれだ」
「そうこなくっちゃ」
弾幕の音が鳴り響く、みす雄は必死に避け、弾幕を撃ち返し、歌の能力で霊夢を鳥目にしようとした。
「なかなかしぶといわね」
「ただで負けてたまるか」
やがて弾幕の音が止んだ。仰向けに倒れたみす彦の喉を、霊夢が踏みつけていた。
「この喉ね、人を鳥目にしているのは」
「頼む、喉だけは、夜雀にとって声は命なんだ」
「じゃあ、こう言うのはどうかしら、焼き鳥になって私の食卓に上がるのと、
声帯を潰すのと、どっちらかを選ばせてあげるわ」
「そんな、どっちも嫌だ、勘弁してくれ」
「あはは冗談よ」しかし目が笑っていない。
霊夢は妖怪をいじめて一通り気が晴れたのか、みす雄を蹴り転がし、
一言つぶやいて去っていった。
「次は殺す」と。
「大丈夫か!」
「し、死ぬかと思った」
「なんて巫女だ、まるで妖怪以上だ」
何とか逃げ帰り、翼を動かして枝に腰掛けたみす雄を介抱しながら、男声夜雀たちが本音を漏らす。
ライバルが減って良かった、などと言っている余裕はなかった。
審査員のティスミアとスミティアもあまりの凄惨な光景に息を飲んでいたが、気を取り直し、審査を続行させる。
「幾らなんでもここまで……」
「あんたは歌は上手かも知れねえが、こういう荒事は不得手のようだな」
みす彦はそう言いながらも、包帯をみす雄の頭に巻いてやった。
「ああ、次に誰かが来ましたよ、どうしますか、棄権するのも勇気です」
「次は普通の人間かもしれませんよ」
「じゃあ、俺が行く、そこで見てな」
派手な衣装のみす彦が名乗り出、道に降り立った。
「あ~真っ暗。早く帰らなきゃ」
人間の少女が夜道を急いでいる。
手入れの行き届いた金髪は腰まで伸び、里の子供にしては珍しい西洋的な風貌。
黒と白のエプロンドレスを身につけ、特徴的な帽子を身に付けた様は、
まるで絵本の中から飛び出してきたかのよう。
彼女はある用事で魔法の森に入っていたのだった。
「うふふ、でもこんなに不思議なキノコ、手に入っちゃった」
少女は笑顔で包みの中の収穫物を見た。
上々の成果だったようである。
「これをうまく加工して、霖之助さんやパパを驚かせてやるんだから、
そうしたら皆私の成長を認めてくれるかしら、きゃはは、楽しみ♪」
少女の目の前に、みす彦が躍り出た。
「そこの可愛い喋り方のお嬢さん、俺に惑わされてみない?」
ナンパのような声でみす彦が立ちふさがった。
少女はとっさに両手を軽く握りしめてあごにくっつけ、驚きの声をあげた。
「きゃっ」
少女とみす彦はしばらく無言で向き合っていた。
最初驚かすのはうまくいったものの、みす彦はこの後どうしていいかわからない。
(そういや俺、一度も人間を驚かせた事無かったんだ)
「え、ええと、夜道を歩く子供は、俺様が攫っちゃうぞー」
「やんっ」
精一杯少女を怖がらせてみる。
だが少女が急にはっとした表情になると、口調が一変した。
「今お前、可愛い喋り方っつったよな、聞いていたのか?」
「え?」
「今私の声を聞いてたのかってんだ、答えやがれ」
「今まで、女の子っぽい口調で独りごと言ってたんだけど」
「聞いたんだな」
「は、はい」 みす彦はすでに主導権を失っていた。
少女はスペルカードを取り出し、みす彦に向ける。
「聞かれたからには、生かしておけん」
霧雨魔理沙が放った光の奔流が、男の夜雀を天空の彼方に吹き飛ばし、みす彦は星となった。
「無茶しやがって」
一同はみす彦が空から帰って来るのを待った。
10分ほどして、お気に入りの服や羽根飾りがボロボロになった姿でフラフラと飛んでくる。
「みす彦君!」「みす彦!」「みす彦さん!」
一同がみす彦を地面に寝かせると、スミティアが瓢箪の水で傷口を洗い、手当てを開始した。
「あれほど大口を叩きながら、情けねえ」
「喋らないで、良く頑張ったわ、ああいう奴相手なら、生きて帰れただけでもラッキーよ」
「どうする、姫に言って今回の審査は取りやめにする?」
ティスミアが不安な顔で一同に尋ねた。包帯を巻くスミティアもうなずいている。
「大丈夫、次は、俺にやらせて下さい」
しばらくの沈黙の後、みす朗が意を決して名乗り出た。
同時に、ちょうど三人目らしき通行人の影が、一本道に見えた。
「でもあなたはスズメガだから、鳥目にする能力は無いんでしょう?」
「こう見えても妖怪のはしくれ、ビビらせてやりますよ」
みす朗は精一杯笑顔を作り、震える両足に鞭打って進み、道の端に隠れて目標を待つ。
(よし、気付いてないな。僕だってやればできるはずだ)
ターゲットはみす朗に気づかず、待ち伏せポイントを通り過ぎる。
(スズメガの僕だって、立派な夜雀だと言う事を証明して、皆を見返すんだ)
意を決して背後からそっと近づき、驚かそうとした。
3間、2間、1間、慎重に距離を詰めていく。
しかし不幸な事に、相手も驚かせる人間を探していた妖怪だった。
怖がらせてやろうと声をあげかけた瞬間に先手を取られ……。
「おどろ……」
「おどろけーー」
いきなり目の前に唐傘お化けが!
「!!!!!」
そして、そのまま気絶してしまった。
みす朗を気絶させた妖怪少女は、嬉しそうに軽やかなスキップで去って行く。
彼女は森の一本道で標的を探していたが、だんだん日が暮れて自分の方が怖くなってしまった。
それでも待ち続けた甲斐があったのだ。
これほど驚いてくれるとは思ってもみなかった。
「やったー、驚いてくれたー。わちき自信がついたー。イエァァァー!」
「いかん! 心停止している」
男声陣が懸命にみす雄の心臓マッサージを試みる。
が、虫の妖怪も、人間と同じ位置に心臓があるのか、そもそも妖怪に心臓があるのかは分からないが、それでもそうせずにいられなかった。
それが駄目だと分かると、妖力を4羽でみす雄に注ぎ込み、ティスミアとスミティアも協力し、ようやく息を吹き返した。
「ありがとう、みんな」
「なあに、ライバルでも死なれたら寝覚めが悪いからな」
みす彦のみす朗に対する口調は、最初に比べて幾分棘が抜けていた。
「驚かす方が驚かされるなんて、情けない、花婿失格だ」
「でも私達があれほどボコボコにされても向かって行ったのは立派ですよ」とみす雄。
「夜雀じゃないからと高をくくっていたが、大した度胸だ」
最年長のみす太郎もそううなずいた。
「あの、最後はみす太郎さんですが……」 ティスミアが控えめに申し出る。
「さて、私も行くとするか」
「いいの? またとんでもない奴が来るかもしれないのよ」スミティアが止めようとする。
「いや、続けさせてくれ。正直私はもう棄権しようと思っていた。こんな事割に合わなさすぎるって思っていた。でも二人の勇気を見て気が変わったんだ、俺もやってみようって」
「あ、あんた」 横たわるみす朗がみす太郎を見上げる。
「それに、私は君たち3人の根性を甘く見ていたよ。でもみす雄君は必死にあの鬼巫女に食い下がったし、みす彦君も果敢にあの少女に挑んだ、みす朗君も一歩も引きさがらなかった。仮にも年長の私が逃げてどうするよ?」
一本道に気配がする。みたび誰かが歩いてくるようだ。
みす太郎は居本道に向き直り、歩いて行く。3羽がその背中に声をかける。
「どうかお気をつけて」
「あんた、死ぬなよ」
「ご武運を」
みす太郎は振り返らず、無言で片手を上げて応じた。
候補者たちは皆心のどこかで、ライバルが脱落すればその分自分が有利になるという思いがあった。
しかし、脱落者たちの悲惨な状態を見て、ライバルでありながらも、
お互い気遣いあう感覚が生まれつつあった。
紅魔館のメイド、十六夜咲夜はレミリアの怒りを買い、
罰として、今までにない美味しい食材を探すまで戻って来るなと言われていた。
頭では自業自得と分かっていても、感情は少し理不尽なものを感じている。
「お嬢様、ちょっと手鏡で覗いたくらいですのに……
でもお顔を真っ赤にしてスカートを押さえるあの仕草、時を止めては味わえませんわ」
咲夜は主の表情を反芻して鼻血を出しかけた。
それはそうと、夜道を歩いていても、美味しそうな食材など見つかりそうにない。
今日は戻って主に謝り、また明日から探そうと思ったとたん、妖怪の気配が急速に濃くなった。
男の夜雀、みす太郎が咲夜の前に舞い降り。使い魔を展開し、今にも弾幕をばらまきそうな状態で言い放つ。
「そこのメイド、人間なのに夜道に歩くとは無謀だな、私にいろいろと切ない目にあわされるが良い」
「どいて下さらない? 私、今までお嬢様が味わった事が無い珍味を探しているのです」
「ふふふ、ではお前を我が食卓に乗せてやろう」
とは言ったが、実際殺して食うわけではない。
妖怪は人間の幻想、例えば恐怖の感情があればお腹いっぱいになれるらしい。
物理的な食べ物はあくまで楽しみのため。
しかし、一向に腹が満たされる感覚がしない。
「どうだ怖いだろう」
「…………」 咲夜は立てた人さし指を動かしながら、何やら考え事にふけっている。
「あの、怖がってます?」
「そうだ! 食材を見つけましたわ」 手をポンと叩く。
「え?」
「みす太郎さんの妖気が……消えた」
ティスミアが耳をピンととがらせ、何かを感じ取る。
「何だって?」 騒然とする候補者、観衆たち。
「と思ったらまた復活した」
「はあ、驚かせんなよ」
「あ、また消えた」
「ええっ?」
「生き返った、あっまた消えた」
「どっちですか?」
「今度は完全に復活……また消えた、またついた、うおっ、また、くそっ
んもうどっちかにしなさいよ」
木の枝を両手で持って体を引きずり、先程の挑戦者たちとほぼ変わりない風体でみす太郎が帰還した。
「死にかけた……」
「無事でよかった、早く手当てを」スミティアが駆け寄る。
今までと同じく審査員と候補者総出でみす太郎の治療に当たった。
「しっかし、なんだってこの辺の人間達は、いろいろと終わってる奴らばかりなんだ?
聴覚研ぎ澄まして聞いてたが、さっきのメイドもとんでもない事口走ってたし」
みす彦が呆れかえった。他も同感だった。
その後、メイドを探しに来たらしい異形の翼を持った吸血鬼の妹が道を通り、
さらにその後、別の神社の巫女が『最近妖怪の断末魔聞いてないなあ』と呟きながら歩いて行った。
候補者、審査員、観客全員が、気配と息を殺し、全力でスルーした。
その時、夜雀一族に奇妙な一体感が生まれた。
通り過ぎた後、ある者は胸をなでおろし、またある者たちは抱き合い、
今日の命があった事を天に感謝する。
4羽の候補者たちも、口には出さないものの、なんだか昔からの絆で結ばれているような、
そんな不思議な感覚を共有するようになる。
今までほとんど顔を合わせる機会は無かったにも関わらずに、である。
ともに困難な状況を体験していく事で得られた効果だろうか。
例え審査に不合格でも、得難い体験には違いなかった。
発 幽霊監視所
宛 幽霊対策本部
ばけばけタイプの幽霊若干増加、白玉楼方面の扉が開きかけている模様。
より厳重な警戒を要するものと思われる。
現在のところ、『Y.S』の姿は確認できず。
ユユコン4
「私の花婿を募集します」
ここは幻想郷内のとある夜雀コミュニティ。通称夜雀王国。
国といっても領域ははっきりしておらず、拠点となる城館も存在しない。
しかも基本的に夜間にしか王国は存在しない。
実質は夜雀族の情報交換のための町内会レベルの結びつきだが、みんなそれを大切にしている。
夜雀の少女、ミスティア=ローレライは、夜雀でも最強の妖力を持つだけでなく、
実はその王国の王位継承権第一位のお姫様だったのだ。
現国王は彼女の父親のミスチーパパ、今はミスチーママと一緒にミスチー谷で暮らし、
様々な公務(おもに忘年会や新年会の幹事、夜雀躍り、夜雀隠し芸の披露、対幽々子対策チーム世話役など)をこなしていて、寝ていたい時はミスチーママが女王に一日だけ即位する事もある。
姫君の花婿募集の知らせが夜雀の情報網を駆け巡った時、幾羽かの夜雀が応募し、
ミスティアも含めた女性夜雀一同による、一杯やりながらの書類選考の末、
4羽が最終選考に残り、真夜中の森のとある場所に呼び出されたのだった。
便宜上その4羽の名を、
みす雄
みす彦
みす太郎
みす朗
とする。
本当は漢字やドイツ語やラテン語などをちりばめた、カッコつけたような本名があるという。
みす雄は歌がうまく、人間を鳥目にする能力ではお姫様であるミスティアに匹敵する。
また、声色自体も美しいテノールで、男声(男性)夜雀では右に出る者はいない。
みす彦は派手な身だしなみを好み、あちこちから、時には危険を冒して手に入れた装飾物で身を飾る事が多かった。
彼の身だしなみに対するエネルギーは、女性夜雀すら超えるものがある。
しかし、動物の世界ではわりと普通である。
みす太郎は歌もファッションも得意ではないが、餌を捕まえるのが上手である。
食料調達では相当な能力を有し、八つ目鰻をたまにミスティアに卸したりもしている。
みす朗は引っ込み思案だった自分をダメもとで変えるため参戦した。大工でもあり、家づくりが得意。実は夜雀ではなく、スズメガの妖怪である。
鳥の世界において、綺麗な歌、派手な衣装、美味しい餌取り、快適な巣作りと、それぞれ特技を持つ男性夜雀達。
みなメスにアピールするオスとしてかなりの能力を備えていると言える。
「おい、お前夜雀ですらねえじゃねえか」
みす彦は歩きながらとび色の髪をヘアスプレーでセットし、種族の違うみす朗に突っ込みを入れた。
「あ、愛は種族を超えるんだい」
みす彦の気勢に圧倒されそうになるのをこらえ、みす朗が必死に反論を試みる。
「ミスチー姫の花婿選考だぞ、将来的に子供も作るんだぞ、分かってるのか?
それにお前、スズメガの妖怪だったな、幼虫が最高にグロいヤツ」
「言ったな、昆虫のフォルムもあれはあれで合理的で完成されているんだよ!」
「おい、これを読んで下さっている方々、『スズメガ』でググるなよ、いいか絶対だぞ」
「いや大丈夫。お尻のぴこぴこ動く尻尾がキュートな幼虫さんと、
外界で言う戦闘機のようなcoolなフォルムの成虫しか映ってないよ」
「二人とも何で、誰もいない方向を向いて言うんです?」みす雄が聞く。
「気にするな、それから、もしお前が合格して子供を作れても、
昆虫と雀の遺伝子が混ざってどんな怪物が生まれるかわからんだろ」
「そ、それは幻想補正でなんとかなるさ」
「フッどうかな? あと検索で気分を害された方『アケビコノハ 幼虫』でググってお口直しして下さい」
「フォローになってないじゃないか。リアルの人間さんを襲っちゃマズイだろ」
「やっぱり、俺達妖怪は人間を襲うサガなんだよなうんうん」 みす彦が腕を組んでうなずいた。
「まあまあ、参加資格に種族は規定されていないから良いじゃないですか」 みす雄が弁護する。
「どっちにせよ、決定権があるのはミスティア様のみだよ。みんなミミズでも食べて落ち着きたまえ」 みす太郎も冷静だ。
「いらねえよ、それより会場に着いたぞ」
ギャアアアアアアアアアア
モニターの向こうから人間達の悲鳴が聞こえてくる。
「やっぱ人間を襲うのは楽しいなっと」
「否定はできませんね」とみす雄。
そうこうしている内に、4羽がいる選考会場―この夜雀一族だけが知っている秘密の広場―に多くの同胞夜雀が飛んでやって来た。
おそらく花婿選考を見物にやってきているのだろう。
みんな4羽に注目している。悔しいが、俺よりカッコいいな、とか私ならあの人がいいな、などとささやき合う声が聞こえている。
やがて広場がスポットライトのような光で照らされ、2羽の和服姿の夜雀少女がその中心に降り立った。
服の色はミスティアと同じとび色で、羽飾りを小さくした他はミスティアおそろいの帽子を乗せていた。
「皆さま、ようこそお集まり下さいました、私達はミスティア=ローレライ姫の従者、ティスミアとスミティアでーす」
いよいよ花婿選考会が始る、候補者たちは息を飲む。
みなそれなりに自信はあるが、選ばれるのは当然1羽のみ。
軽口を叩いていたみす彦も、緊張の面持ちでライバル達の顔を見る。
従者の少女たちが、第一の課題を出す。
「まずは、姫様にふさわしい知性を備えているかどうか、クイズによる審査を行いまーす」
裏方の夜雀達が、広場に机と椅子を手際よく設置していく。
その後候補者たちに赤や青の派手なシルクハットが渡され、椅子に座るよう促された。
机には河童印のボタン式スイッチが人数分置かれている。ティスミアが説明する。
「今からクイズを出すので、回答者は答えを思いついたら素早くボタンを押してください。一番早く押した方に回答権があります、外れても素早くボタンを押せば、一問につき何度でも答える事が出来ます。そして、審査はこれだけではないので、一番多く正解した方が花婿になれるとは限りません、ですので正解した数が少なくても諦めないで下さい」
「さあ、それでは第1問」 出題者はスミティア。
一同はごくりと唾を飲み込んだ、これからふるい落としが始まるのだ。
「ドイツのライン川に住む、歌声で船を沈めるという伝説のある、ミスティア様の姓の由来にもなった精の名は……」
一番早くボタンを押したのはみす雄だった。ピコーンという音がして、彼の帽子からクエスチョンマークの飾りが飛び出した。
「はいみす雄さん」
「ローレ……(いや待てよ、ライン川の妖怪と言えばローレライだ、
それは予習で知っている、なんてったってミスチー様の姓の元ネタだからな。
でももし『……ローレライですが……』という引っかけ問題だったらどうしよう。
そうか、ローレライ伝説は欧州の話、だから対になる日本かアジア辺りの川にまつわる
伝説が来るに違いない、となれば……)」
「どうですか、回答権を他の方に回しますよ」
「織姫!」
「ぶっぶー、不正解です」
(しまった、考え過ぎたか)
ピンポーン
次にボタンを押したのはみす彦だった。
「みす彦さん」
「ローレライ」
みす雄はこの時、『素直に考えるんだった』と後悔したが、これも不正解だった。
「ブブー」
ピンポーン
「みす太郎さん」
「(……ローレライですが、○○に住む精霊は何でしょう、という問題か?)セイレーン」
「不正解」
ピンポーン
「みす朗さん」
「んーと、ローラレイ?」
「ブー、姫様の姓を間違うなんて、本当に求婚する気あるんですか」
「す、すいません」
「問題は最後まで聞きましょう。
ドイツのライン川に住む、歌声で船を沈めるという伝説のある、
姫様の姓の由来になった妖怪の名はローレライですが、
姫様の昨夜の屋台の売り上げはいくらでしょうか?」
「分かるかぁぁぁ!!!!!」4羽がハモった。
「全員正解です。第一、鳥頭である姫様にも分からないのですから、私達に分かるはずがありません、むしろ素直にそう答えればよかったのです。ごちゃごちゃ考えていても疲れるだけです」
「今さらっとミスチー様を馬鹿にしたぞ」 みす彦が指摘した。
「まさか、愛情をこめて言ったのです。それでは第2問、私達夜雀の存在意義って何?」
(こりゃまたえらく哲学的な問題だな)
一同は沈思黙考した。だがみす彦はこう思った。つい先ほど『ごちゃごちゃ考えんでもええ』的な事を言っていたではないか。恐れずボタンに手をかけ、回答権を得た。
「そんなもん、各自で答えを出せばいい。存在するモノはしょうがない。だろ?」
「正解です。思い切って主張する人、私は結構好きですよ」
みす彦はふふんと鼻を鳴らし、得意げに櫛で前髪を整えた。好きと言われるのは悪くない、でも本命は姫であるミスティアだ。
「では第3問、1から100までの数字を足すといくつ?」
みす雄は顔をしかめて考え、みす彦は片手の指で計算しようとし、
みす太郎は両手の指だけでなく、背中の羽根まで動員して答えを探した。
ちょっと難問のようである。
いち早く答えたのはスズメガのみす朗だった。
「ご、5050です!」
「正解です、すごいわ」
みす朗は大工のせいか、数字には夜雀族の中では強い方らしい。
(あのスズメガ妖怪、なかなかやるな、だが俺たちにだって強みはあるぞ)
3羽はみす朗をある程度認めつつ、さらなる奮闘を誓う。
次の質問はさらに風変わりだった。
「第4問、これは何と読むでしょう。→『因幡の素兎』」
みす朗が勢いに乗って答えるが……
「ええっと、いんばのそうさぎ」
「ぶーっ、不正解」
「わからん、何かヒントをくれ」みす彦が言った。
「じゃあヒント、永遠亭の悪戯好きなうさぎさんです」
「分かった、いなばのはらぐろさぎうさぎ」 とみす雄。
「気持ちは分かりますが、違います」
「いなばのしろうさぎ」
「ピンポーン、みす太郎さん正解です」
そして、さらにいくつかの問題が出された。
「えーっと今までの皆さんの正答の数は……すみちー誰が何回正解したっけ?」
とティスミアがとなりのスミティアに聞く。
「ええっ、ちすみー覚えてないの?」スミティアが驚く。
「すみちーこそ数えてなかったの?」
「おいおい。いい加減にしてくれよ」みす太郎が呆れた。
「あれ、所でいま何問目だっけ?」
出題者も回答者もだれも答えられなかった。
場に気まずい空気が流れる。
「まあいいや、そもそも私達の知力はみんなこんなもん。それでは次の審査です」
強引にティスミアが流れを変えた。
クイズ用の机や椅子が片づけられ、2羽の夜雀は次の審査場所へみんなを誘導する。
一同は気を引き締め直す。
まだ審査は始まったばかりだ。
発 幽霊監視所
宛 幽霊対策本部
鬼門方向より数体の幽霊(ばけばけタイプ)を認めるも、森に近づく様子なし。
引き続き平常監視を行う。
ユユコン(幽々子コンディションの略、西行寺幽々子の脅威度を表す)5
しばらく飛んだところで、森の中の一本道が見えた。
一向は木々の枝に思い思いに立ち、次の審査を待つ。
「次の審査は、一人ずつ、ここにこれから来る人間を襲って下さい、
ただし、死なせたり大けがをさせたら問答無用で失格です。
さあ、妖怪の怖さを教えてやりましょう。ほら、誰か来ましたよ」
誰かが夜道を歩いてくる。人間の女の子のようだ。
最初に名乗り出たのはみす雄だった。
「まずは私が」
「おおっ、みす雄が行ったぞ」
審査員、候補者、観客の夜雀一同は、気配を殺して見守る。
ここでカッコいい所を見せ、審査員と、どこかで見ているであろう姫に認めてもらうのだ。
そう思い、みす雄は意気揚々と女の子の歩く方角へ向けて飛び立つ。
「ふーっ、みかじめ……、じゃなくて妖怪退治のお礼が貰えないってどういう事よ」
森の夜道、霊夢が不満顔で歩いていた。
妖怪退治の依頼を受けて出向いたものの、報酬が出なかったのだ。
「ちょっと夢想封印で4、5軒吹き飛ばしたくらいが何よ」
戦いの最中に霊夢が誤って壊した被害が、妖怪のもたらす災いの規模を上回ったらしい。
頭ではわかっていても、やっぱり不満がくすぶっている。
ちなみに、妖怪の被害は食料がいくらか盗まれる程度のものであった。
「それに妙な気配もするし」
霊夢が空を見上げると、急に男声の歌声が聞こえ、視界が暗くなった。
「ららら~、愚かな人間よ~、夜雀の恐怖を味わいたまえ~」
(人がイラついているときに呑気に歌いやがって、)
霊夢は顔をひきつらせ、懐から陰陽玉を取り出し、気配のした方向へ投げつけた。
玉はひとりでにみす雄に吸い寄せられ、鈍い音がした後、地面に墜落してしまった。
頭をさすりつつみす雄が見上げると、そこには引き攣った笑顔の霊夢がいた。
「妖怪ね、今誰でもいいからボコボコにしたい気分なの、付き合って下さらない?」
「ひいっ、鬼巫女だあ~」
みす雄は慌てて逃げようとするが、進行方向の地面に無数の針が突き刺さり、逃げ道を塞がれてしまう。
「あらあら、遠慮せず私を襲っていいのよ」
「くっ、くそっ、こうなったら破れかぶれだ」
「そうこなくっちゃ」
弾幕の音が鳴り響く、みす雄は必死に避け、弾幕を撃ち返し、歌の能力で霊夢を鳥目にしようとした。
「なかなかしぶといわね」
「ただで負けてたまるか」
やがて弾幕の音が止んだ。仰向けに倒れたみす彦の喉を、霊夢が踏みつけていた。
「この喉ね、人を鳥目にしているのは」
「頼む、喉だけは、夜雀にとって声は命なんだ」
「じゃあ、こう言うのはどうかしら、焼き鳥になって私の食卓に上がるのと、
声帯を潰すのと、どっちらかを選ばせてあげるわ」
「そんな、どっちも嫌だ、勘弁してくれ」
「あはは冗談よ」しかし目が笑っていない。
霊夢は妖怪をいじめて一通り気が晴れたのか、みす雄を蹴り転がし、
一言つぶやいて去っていった。
「次は殺す」と。
「大丈夫か!」
「し、死ぬかと思った」
「なんて巫女だ、まるで妖怪以上だ」
何とか逃げ帰り、翼を動かして枝に腰掛けたみす雄を介抱しながら、男声夜雀たちが本音を漏らす。
ライバルが減って良かった、などと言っている余裕はなかった。
審査員のティスミアとスミティアもあまりの凄惨な光景に息を飲んでいたが、気を取り直し、審査を続行させる。
「幾らなんでもここまで……」
「あんたは歌は上手かも知れねえが、こういう荒事は不得手のようだな」
みす彦はそう言いながらも、包帯をみす雄の頭に巻いてやった。
「ああ、次に誰かが来ましたよ、どうしますか、棄権するのも勇気です」
「次は普通の人間かもしれませんよ」
「じゃあ、俺が行く、そこで見てな」
派手な衣装のみす彦が名乗り出、道に降り立った。
「あ~真っ暗。早く帰らなきゃ」
人間の少女が夜道を急いでいる。
手入れの行き届いた金髪は腰まで伸び、里の子供にしては珍しい西洋的な風貌。
黒と白のエプロンドレスを身につけ、特徴的な帽子を身に付けた様は、
まるで絵本の中から飛び出してきたかのよう。
彼女はある用事で魔法の森に入っていたのだった。
「うふふ、でもこんなに不思議なキノコ、手に入っちゃった」
少女は笑顔で包みの中の収穫物を見た。
上々の成果だったようである。
「これをうまく加工して、霖之助さんやパパを驚かせてやるんだから、
そうしたら皆私の成長を認めてくれるかしら、きゃはは、楽しみ♪」
少女の目の前に、みす彦が躍り出た。
「そこの可愛い喋り方のお嬢さん、俺に惑わされてみない?」
ナンパのような声でみす彦が立ちふさがった。
少女はとっさに両手を軽く握りしめてあごにくっつけ、驚きの声をあげた。
「きゃっ」
少女とみす彦はしばらく無言で向き合っていた。
最初驚かすのはうまくいったものの、みす彦はこの後どうしていいかわからない。
(そういや俺、一度も人間を驚かせた事無かったんだ)
「え、ええと、夜道を歩く子供は、俺様が攫っちゃうぞー」
「やんっ」
精一杯少女を怖がらせてみる。
だが少女が急にはっとした表情になると、口調が一変した。
「今お前、可愛い喋り方っつったよな、聞いていたのか?」
「え?」
「今私の声を聞いてたのかってんだ、答えやがれ」
「今まで、女の子っぽい口調で独りごと言ってたんだけど」
「聞いたんだな」
「は、はい」 みす彦はすでに主導権を失っていた。
少女はスペルカードを取り出し、みす彦に向ける。
「聞かれたからには、生かしておけん」
霧雨魔理沙が放った光の奔流が、男の夜雀を天空の彼方に吹き飛ばし、みす彦は星となった。
「無茶しやがって」
一同はみす彦が空から帰って来るのを待った。
10分ほどして、お気に入りの服や羽根飾りがボロボロになった姿でフラフラと飛んでくる。
「みす彦君!」「みす彦!」「みす彦さん!」
一同がみす彦を地面に寝かせると、スミティアが瓢箪の水で傷口を洗い、手当てを開始した。
「あれほど大口を叩きながら、情けねえ」
「喋らないで、良く頑張ったわ、ああいう奴相手なら、生きて帰れただけでもラッキーよ」
「どうする、姫に言って今回の審査は取りやめにする?」
ティスミアが不安な顔で一同に尋ねた。包帯を巻くスミティアもうなずいている。
「大丈夫、次は、俺にやらせて下さい」
しばらくの沈黙の後、みす朗が意を決して名乗り出た。
同時に、ちょうど三人目らしき通行人の影が、一本道に見えた。
「でもあなたはスズメガだから、鳥目にする能力は無いんでしょう?」
「こう見えても妖怪のはしくれ、ビビらせてやりますよ」
みす朗は精一杯笑顔を作り、震える両足に鞭打って進み、道の端に隠れて目標を待つ。
(よし、気付いてないな。僕だってやればできるはずだ)
ターゲットはみす朗に気づかず、待ち伏せポイントを通り過ぎる。
(スズメガの僕だって、立派な夜雀だと言う事を証明して、皆を見返すんだ)
意を決して背後からそっと近づき、驚かそうとした。
3間、2間、1間、慎重に距離を詰めていく。
しかし不幸な事に、相手も驚かせる人間を探していた妖怪だった。
怖がらせてやろうと声をあげかけた瞬間に先手を取られ……。
「おどろ……」
「おどろけーー」
いきなり目の前に唐傘お化けが!
「!!!!!」
そして、そのまま気絶してしまった。
みす朗を気絶させた妖怪少女は、嬉しそうに軽やかなスキップで去って行く。
彼女は森の一本道で標的を探していたが、だんだん日が暮れて自分の方が怖くなってしまった。
それでも待ち続けた甲斐があったのだ。
これほど驚いてくれるとは思ってもみなかった。
「やったー、驚いてくれたー。わちき自信がついたー。イエァァァー!」
「いかん! 心停止している」
男声陣が懸命にみす雄の心臓マッサージを試みる。
が、虫の妖怪も、人間と同じ位置に心臓があるのか、そもそも妖怪に心臓があるのかは分からないが、それでもそうせずにいられなかった。
それが駄目だと分かると、妖力を4羽でみす雄に注ぎ込み、ティスミアとスミティアも協力し、ようやく息を吹き返した。
「ありがとう、みんな」
「なあに、ライバルでも死なれたら寝覚めが悪いからな」
みす彦のみす朗に対する口調は、最初に比べて幾分棘が抜けていた。
「驚かす方が驚かされるなんて、情けない、花婿失格だ」
「でも私達があれほどボコボコにされても向かって行ったのは立派ですよ」とみす雄。
「夜雀じゃないからと高をくくっていたが、大した度胸だ」
最年長のみす太郎もそううなずいた。
「あの、最後はみす太郎さんですが……」 ティスミアが控えめに申し出る。
「さて、私も行くとするか」
「いいの? またとんでもない奴が来るかもしれないのよ」スミティアが止めようとする。
「いや、続けさせてくれ。正直私はもう棄権しようと思っていた。こんな事割に合わなさすぎるって思っていた。でも二人の勇気を見て気が変わったんだ、俺もやってみようって」
「あ、あんた」 横たわるみす朗がみす太郎を見上げる。
「それに、私は君たち3人の根性を甘く見ていたよ。でもみす雄君は必死にあの鬼巫女に食い下がったし、みす彦君も果敢にあの少女に挑んだ、みす朗君も一歩も引きさがらなかった。仮にも年長の私が逃げてどうするよ?」
一本道に気配がする。みたび誰かが歩いてくるようだ。
みす太郎は居本道に向き直り、歩いて行く。3羽がその背中に声をかける。
「どうかお気をつけて」
「あんた、死ぬなよ」
「ご武運を」
みす太郎は振り返らず、無言で片手を上げて応じた。
候補者たちは皆心のどこかで、ライバルが脱落すればその分自分が有利になるという思いがあった。
しかし、脱落者たちの悲惨な状態を見て、ライバルでありながらも、
お互い気遣いあう感覚が生まれつつあった。
紅魔館のメイド、十六夜咲夜はレミリアの怒りを買い、
罰として、今までにない美味しい食材を探すまで戻って来るなと言われていた。
頭では自業自得と分かっていても、感情は少し理不尽なものを感じている。
「お嬢様、ちょっと手鏡で覗いたくらいですのに……
でもお顔を真っ赤にしてスカートを押さえるあの仕草、時を止めては味わえませんわ」
咲夜は主の表情を反芻して鼻血を出しかけた。
それはそうと、夜道を歩いていても、美味しそうな食材など見つかりそうにない。
今日は戻って主に謝り、また明日から探そうと思ったとたん、妖怪の気配が急速に濃くなった。
男の夜雀、みす太郎が咲夜の前に舞い降り。使い魔を展開し、今にも弾幕をばらまきそうな状態で言い放つ。
「そこのメイド、人間なのに夜道に歩くとは無謀だな、私にいろいろと切ない目にあわされるが良い」
「どいて下さらない? 私、今までお嬢様が味わった事が無い珍味を探しているのです」
「ふふふ、ではお前を我が食卓に乗せてやろう」
とは言ったが、実際殺して食うわけではない。
妖怪は人間の幻想、例えば恐怖の感情があればお腹いっぱいになれるらしい。
物理的な食べ物はあくまで楽しみのため。
しかし、一向に腹が満たされる感覚がしない。
「どうだ怖いだろう」
「…………」 咲夜は立てた人さし指を動かしながら、何やら考え事にふけっている。
「あの、怖がってます?」
「そうだ! 食材を見つけましたわ」 手をポンと叩く。
「え?」
「みす太郎さんの妖気が……消えた」
ティスミアが耳をピンととがらせ、何かを感じ取る。
「何だって?」 騒然とする候補者、観衆たち。
「と思ったらまた復活した」
「はあ、驚かせんなよ」
「あ、また消えた」
「ええっ?」
「生き返った、あっまた消えた」
「どっちですか?」
「今度は完全に復活……また消えた、またついた、うおっ、また、くそっ
んもうどっちかにしなさいよ」
木の枝を両手で持って体を引きずり、先程の挑戦者たちとほぼ変わりない風体でみす太郎が帰還した。
「死にかけた……」
「無事でよかった、早く手当てを」スミティアが駆け寄る。
今までと同じく審査員と候補者総出でみす太郎の治療に当たった。
「しっかし、なんだってこの辺の人間達は、いろいろと終わってる奴らばかりなんだ?
聴覚研ぎ澄まして聞いてたが、さっきのメイドもとんでもない事口走ってたし」
みす彦が呆れかえった。他も同感だった。
その後、メイドを探しに来たらしい異形の翼を持った吸血鬼の妹が道を通り、
さらにその後、別の神社の巫女が『最近妖怪の断末魔聞いてないなあ』と呟きながら歩いて行った。
候補者、審査員、観客全員が、気配と息を殺し、全力でスルーした。
その時、夜雀一族に奇妙な一体感が生まれた。
通り過ぎた後、ある者は胸をなでおろし、またある者たちは抱き合い、
今日の命があった事を天に感謝する。
4羽の候補者たちも、口には出さないものの、なんだか昔からの絆で結ばれているような、
そんな不思議な感覚を共有するようになる。
今までほとんど顔を合わせる機会は無かったにも関わらずに、である。
ともに困難な状況を体験していく事で得られた効果だろうか。
例え審査に不合格でも、得難い体験には違いなかった。
発 幽霊監視所
宛 幽霊対策本部
ばけばけタイプの幽霊若干増加、白玉楼方面の扉が開きかけている模様。
より厳重な警戒を要するものと思われる。
現在のところ、『Y.S』の姿は確認できず。
ユユコン4
しかし2つ目の審査場所ではあまりにも既存人間キャラのインパクトが強すぎて男性キャラの個性が薄くなってしまっている気がします。もう男性キャラの会話やイベントを増やすとよかったと思います。
それにしても夜雀て大変だな~と感じました。
人間キャラ、ミスティアの従者の会話は楽しく世界観も斬新であるため今後も頑張ってください。
次作期待しています。期待もこめてこの点数で
なにこれ面白いじゃない