「ムラサ抱かせろ」
「えぇえ!?」
うだるような夏の日に、ぬえが胡乱な目つきでそんなことを言ってきた。
自身の貞操の危機を感じた私は、とりあえず両手を前に突き出してストップをかける。
「だだっ、だめよぬえちゃん。そういうのはまだ……」
「黙れ抱かせろ」
「ヒィ」
ぬえの目には有無を言わせぬ圧力がこもっている。
暑さで頭がどうにかなっちゃったんだわと思った次の瞬間には、私の身体はその細腕によってきつく抱きとめられていた。
「ぬ、ぬえちゃん……」
「…………」
この華奢な腕のどこにこんな力があるのかと思うくらい、ぬえは強い力で私を抱きしめてくる。
私より頭一つ分ほど小さいぬえのつむじが、ちょうど私の顎のところに当たってくすぐったい。
「…………」
「…………」
私がこのままぬえを抱きしめ返すべきか、どうすべきかとオーバーヒート気味な思考を巡らせていると、
「あ~~、ひやっこい」
実に気持ちよさそうなぬえの声が風を抜けた。
「……え?」
思わず、間抜けた声を発してしまった。
ぬえは構わず続ける。
「いや~やっぱり幽霊だけあって冷たいんだね~。は~生き返る~」
「…………」
徐々に、けれども確実に、私は自分の置かれた現状を理解し始めた。
うだるような夏の日。
有無を言わさず私を抱きしめたぬえ。
そして気持ちよさそうな声。
「……ぬえ」
「ん?」
自分でも驚くほど低い声だった。
だがぬえは気付いてもいないようで、私の胸にすりすりと頬ずりなんかしている。
「……もしかして、さ」
「なに?」
「……私を、冷却装置かなんかだと思ってる?」
「うん、まあ」
「…………」
「…………」
「ぬえ」
「ん?」
一瞬だけ、笑顔。
「ふんっ!!」
「ごあはっ!?」
いちお、加減はしておいたけど。
私の鉄拳を鳩尾に喰らったぬえは、声にならない声を発しつつその場に崩れ落ちた。
「な、なにすん……」
「乙女の純情を踏みにじった罰」
「…………?」
ぬえは心底理解できないといった表情で私を見上げている。
よろしい、ならば一生そこで這いつくばっていなさい。
「……そ、そんなに怒る事ないじゃん……ちょっと抱きついたくらいでさ」
そこじゃないっての。
未だポイントのずれたことを口走る正体不明に対し、さらなる制裁を加えてやろうかとも思ったが、涙目かつ上目遣いのぬえは反則的なまでに可愛かったのでまあ許してやることにする。
「まあ、ムラサが駄目ならしょうがない……」
ぬえはお腹を押さえながら、よたよたと立ち上がった。
そしてにやりとほくそ笑むと、
「……他にもまだ、涼しい奴はいっぱいいるもんね。湖の氷精とか、庭師の半霊とか、騒霊楽団の奴らとか―――はぶっふ!?」
「あ」
自分でも驚いた。
頭で認識するより先に身体が反応していたとは。
本能って怖い。
私はぬえの鳩尾にめり込む己が鉄拳を見据えながら、
「ごめんごめん。なんかムカついたから、つい」
「ついじゃないよ!? ムラサ私に恨みでもあんの!?」
ぬえはもう半泣きを通り越して四分の三泣きくらいになっている。
でも私は自分が悪いなんて微塵も思っていないわけで、だって、
「…………あ」
もう一度、真正面からぬえを抱きしめた。
「……気持ち良い? ぬえ」
「……うん」
ぬえにクーラー代わりにされるのは腹立たしいけど。
「……じゃあ仕方ないから、ずっとこうしていてあげるわ」
「……うん」
ぬえのクーラーになっていいのは、私だけなのだ。
了
点数忘れでした……
ああ、あまりにも暑くてムラぬえが怖い。とにかく、ごちそうさまでした。
そんな現代社会のエネルギー問題に対するアンチテーゼとしての、幻想郷的再生可能エネルギー猛暑対策
これはすなわち社会派SSである
まあ、幽霊にハグしてるだけなんすけどね
むらぬえちゅっちゅっ!むらぬえちゅっちゅっ!
しかし、暑いなら仕方ない。
そうすりゃぬえとムラサだけではなく一輪とムラサが(ドスッ
殴られた・・・