今年は何故か冬が明けなくて、薪のたくわえが乏しくなった。
節約して火を抑えると弟が寒い寒いと言うから、薪を取ろうと私は雪山にわけ入ったんだ。
そうしたら天気が崩れて迷ってしまって……
「ここ…どこだろ」
気がついたら倒れていた。ひんやりと冷たいのに柔らかいような土の上。
太陽の光は無く、星も月もない闇が空には広がっているのに、不思議とそれほど暗さは感じない。
辺りを見渡せば木、木、木。風も無いのに枝を揺らしてその花びらを振りまいている。
それは見事な桜の森。
「そんなに密集してないから林かな。森と林ってどう違うんだっけ…」
桜に見入ってのんきにつぶやく。異常な状況だけれども焦りは感じない。
思考がしびれてしまったように、現実感がないから。
夢の中でこれは夢だと自覚したときのように、ふわふわとして体が浮いているよう。
どこかで、自分の名が呼ばれた気がした。
急に胸が苦しくなって、その声に答えなきゃいけないと強く思う。
声を探して耳を澄ますと、遠くから何かの音が響いてくるのに気づいた。
「行かなきゃ…帰らなきゃ…」
ふらふら、ふわふわと。頼りない足取りで歩き出す。
「イタタ、あの紅白。好き勝手に暴れてくれて……」
音がするほうにしばらく歩いて来たら、上下緑色の服を着た少女が地面に腰をおろして悪態をついていた。
切りそろえた銀の髪にリボンをつけていて、それがまるで黒い蝶が止まっているように見えた。
「ん?貴方は亡霊ね。何故こんなところまできているの。ここは西行寺家の庭でこの奥は立ち入りは禁止。花見に来たのだったら下のほうへどうぞ」
ぼろぼろなのにムンッと胸をはって生真面目そうな表情で少女が言う。その様子がなんだかおかしくて笑ってしまった。
「何を笑って・・・あ!まだ魂緒がつながっているじゃないですか
三途の川を渡りきってもいないのに、こんなところに迷い込まないでよ」
「え、三途の川?私……死んじゃったの?」
「まだ生きてます、半分ですが。でもぼやぼやしているとその半分も死んでしまうわ。死にたく無いなら早く現世に帰らないと。現世の声とか緒を通して聞こえないか?」
言われて慌てて…と言っても相変らずふわふわとして危機感は麻痺しているけれど…耳を澄ます。
ぇ… ち… …ねぇちゃ…
聞こえる、自分を呼ぶ声が。それを意識すると急に体が引っ張られるように浮かび上がった。
何故こんなことになっているか未だにわからないけれど、どうやら死ななくて済むみたいだ。
弟の顔を思うと急にドっと体が重くなった気がした。背筋が一気に寒くなって、汗と一緒に長い長い安堵のため息がでた。
「もう迷い込んだりしないでよ」
緑服の少女が言う。もしかして私は危ないところをこの子に助けてもらったんじゃぁ…
慌ててお礼を言うために振り返る。
「ありが……」
少女を振り返ったその先に、大きな桜の木が立っていて……
「?……あ!そっちは見ちゃだめっ!幽々子様がっ…!」
少女が何かを言っている。けれど耳には入らない。
慌てて立ち上がった少女が視界を塞ごうとする。けれど目には入らない。
紅白の衣装をまとった人物が空を駆けるのを視界の端に捉えたけれど、それもすぐに見えなくなる。
まなこが捕らえるものは、それは見事な桜の下で、舞を踊る一人の少女。
腕を振るたび、扇をひらめかせる度、しゃんしゃんしゃなりと蝶が舞う。
呼んでいる…呼んでいる…行かなきゃ、私もあそこへ…
幽体が脱げて、魂魄があらわになる。
羽と尾を模り、蝶となって扇に合わせ、桜花と共に冥に舞う。
それは……忘我の舞。
「あぁ、魅入ってしまった……まだ戻れそうだったのにな…」
紅白と対峙する幽々子に従い、桜花と共に舞い飛ぶ無数の蝶。その一つとなってしまった少女を見やって嘆息する。
しかし無理も無い、と妖夢は思う。
もう慣れた筈なのに、幽々子様の舞には私の幽霊部分も引っ張られそうになるし。
それにここは冥界の白玉楼。どうせ半分死んでいたのだ、それが全部になっても大して変わるまい。
自分を棚にあげて妖夢は思った。
節約して火を抑えると弟が寒い寒いと言うから、薪を取ろうと私は雪山にわけ入ったんだ。
そうしたら天気が崩れて迷ってしまって……
「ここ…どこだろ」
気がついたら倒れていた。ひんやりと冷たいのに柔らかいような土の上。
太陽の光は無く、星も月もない闇が空には広がっているのに、不思議とそれほど暗さは感じない。
辺りを見渡せば木、木、木。風も無いのに枝を揺らしてその花びらを振りまいている。
それは見事な桜の森。
「そんなに密集してないから林かな。森と林ってどう違うんだっけ…」
桜に見入ってのんきにつぶやく。異常な状況だけれども焦りは感じない。
思考がしびれてしまったように、現実感がないから。
夢の中でこれは夢だと自覚したときのように、ふわふわとして体が浮いているよう。
どこかで、自分の名が呼ばれた気がした。
急に胸が苦しくなって、その声に答えなきゃいけないと強く思う。
声を探して耳を澄ますと、遠くから何かの音が響いてくるのに気づいた。
「行かなきゃ…帰らなきゃ…」
ふらふら、ふわふわと。頼りない足取りで歩き出す。
「イタタ、あの紅白。好き勝手に暴れてくれて……」
音がするほうにしばらく歩いて来たら、上下緑色の服を着た少女が地面に腰をおろして悪態をついていた。
切りそろえた銀の髪にリボンをつけていて、それがまるで黒い蝶が止まっているように見えた。
「ん?貴方は亡霊ね。何故こんなところまできているの。ここは西行寺家の庭でこの奥は立ち入りは禁止。花見に来たのだったら下のほうへどうぞ」
ぼろぼろなのにムンッと胸をはって生真面目そうな表情で少女が言う。その様子がなんだかおかしくて笑ってしまった。
「何を笑って・・・あ!まだ魂緒がつながっているじゃないですか
三途の川を渡りきってもいないのに、こんなところに迷い込まないでよ」
「え、三途の川?私……死んじゃったの?」
「まだ生きてます、半分ですが。でもぼやぼやしているとその半分も死んでしまうわ。死にたく無いなら早く現世に帰らないと。現世の声とか緒を通して聞こえないか?」
言われて慌てて…と言っても相変らずふわふわとして危機感は麻痺しているけれど…耳を澄ます。
ぇ… ち… …ねぇちゃ…
聞こえる、自分を呼ぶ声が。それを意識すると急に体が引っ張られるように浮かび上がった。
何故こんなことになっているか未だにわからないけれど、どうやら死ななくて済むみたいだ。
弟の顔を思うと急にドっと体が重くなった気がした。背筋が一気に寒くなって、汗と一緒に長い長い安堵のため息がでた。
「もう迷い込んだりしないでよ」
緑服の少女が言う。もしかして私は危ないところをこの子に助けてもらったんじゃぁ…
慌ててお礼を言うために振り返る。
「ありが……」
少女を振り返ったその先に、大きな桜の木が立っていて……
「?……あ!そっちは見ちゃだめっ!幽々子様がっ…!」
少女が何かを言っている。けれど耳には入らない。
慌てて立ち上がった少女が視界を塞ごうとする。けれど目には入らない。
紅白の衣装をまとった人物が空を駆けるのを視界の端に捉えたけれど、それもすぐに見えなくなる。
まなこが捕らえるものは、それは見事な桜の下で、舞を踊る一人の少女。
腕を振るたび、扇をひらめかせる度、しゃんしゃんしゃなりと蝶が舞う。
呼んでいる…呼んでいる…行かなきゃ、私もあそこへ…
幽体が脱げて、魂魄があらわになる。
羽と尾を模り、蝶となって扇に合わせ、桜花と共に冥に舞う。
それは……忘我の舞。
「あぁ、魅入ってしまった……まだ戻れそうだったのにな…」
紅白と対峙する幽々子に従い、桜花と共に舞い飛ぶ無数の蝶。その一つとなってしまった少女を見やって嘆息する。
しかし無理も無い、と妖夢は思う。
もう慣れた筈なのに、幽々子様の舞には私の幽霊部分も引っ張られそうになるし。
それにここは冥界の白玉楼。どうせ半分死んでいたのだ、それが全部になっても大して変わるまい。
自分を棚にあげて妖夢は思った。