自分の顔がどんなか、鏡を見なくてもわかる。絶対うんざりした表情をしている。
今しがた出てきたお屋敷を仰ぎ見る。
私の目から見てもお屋敷というに値する建物だが、中の荒れかたは酷いものだった。
結局捜し物は見つからなかったし、かなりのくたびれもうけだ。
……もしかして、私に整頓させるためのでまかせだったんじゃないでしょうね。
色々と愚痴がでそうになったが、こらえる。
ともあれ、もう日がない。
私の自力じゃ雅に欠けるし、最後から二番目の手を使うことにしよう。
夜。
草木も人も眠り、そして紅魔の館が目覚める時分。訪れるものは招かれざる侵入者ばかりで、客人などは皆無のはずのそんな時間。
いつものように門前に立つ美鈴は、光を見ていた。
月ほどにははっきりとしない、亡と密やかに灯る光。それが段々とこちらに寄ってくる。
身構えは……しない。する必要はないから。
その光が、彼女の前に降り立った。
それはマントの裾をスカートのそれのように指先でつまみ、軽く膝を曲げて優雅に一礼してみせる。
「今晩は。私はリグル・ナイトバグ。こちらは紅魔館で間違いないかしら?」
「痛み入ります。私は紅魔館の門番、紅美鈴。ですからここは、紅魔館で相違ないですよ」
胡散臭いといえば胡散臭い彼女の挨拶に、門番はにこやかに返礼した。
「入ってもいいかしら?」
「どうぞ」
あっさりと頷く彼女に、リグルは肩すかしを食らったように身をこけさせた。
確かに余計な荒事を避けるために、出来る限り丁寧に穏やかな仕草を心がけたつもりではあったが。
門番がこれほど簡単に門をあけて……
「いいの?」
逆に不安になって彼女は首を傾げた。
そんなリグルに、美鈴は改めて頷く。
「勿論。夜の蛍を追い返すような、風雅に欠けたを振る舞いをするものですか」
どうぞ、ともう一度言い、脇に退き館を腕で指した。
少々面食らった様子で、リグルは館へと足を踏み入れる。
その背を見送り、美鈴は詰め所へと足を進めた。
「随分と珍しい顔ね」
応対に出てきたのはメイド長、十六夜咲夜だった。
「どーも」
先ほどとはうって変わって、ひらひらと手を振って挨拶をする。
「何の用?お嬢様を引き渡せとか?」
「その話は忘れて頂戴よ。ま、結果的には彼女に用があるんだけど。ちょっと物入りでね」
肩をすくめて言うリグル。
咲夜はその言葉と仕草には特に反応せず、先導する。
黙然と彼女の後をついて歩いていたリグルが、そうだ、と思い出したように声をかけた。
「ここの警備ってあんなんでいいの?えらくあっさり中に通されたんだけど」
「美鈴にあったんでしょ?」
「うん?うん」
「彼女がいいって言ったなら、いいのよ」
「……そんなもんなの?」
「そんなものなの。彼女は門番なんだから」
首をひねる彼女に、咲夜は当たり前のように言う。
彼女が通した手合いは、結果的に紅魔館に益をなすものばかりだ。
……通した過程が、何であれ。
大扉が開かれる。
最奥に座し、紅茶のカップに口を付けるのは、
「あら、意外な顔ね」
紅魔の館の主、夜の王、レミリア・スカーレット。
「今晩は。佳い夜ね」
「蛍がそういうからには、実に悪い夜なんでしょうね」
レミリアの返答にそのとーり、と小さく返事をして、リグルは勧められた椅子に腰掛ける。
気付けばいつの間にか置かれている紅茶のカップ。
その光景に彼女は目を丸くするが、ややあってカップを押しやる。
「口に合わないかしら?」
「口というより体に合わないかな」
レミリアの問いに、彼女は気まずげにそう答えた。
「私が口にできるのは、あいにく水だけなのよね」
「難儀なものね」
「でもないわよ」
彼女は首を横に振る。
そもそも吸血鬼に難儀と言われる食性でもないだろう。
食べる楽しみがないといわれれば確かにそうかもしれないが、元より水しか知らなければ幸も不幸もない。
では、と言葉を変えた。
「歓待のしがいがないわね」
「歓待する気はあるのね」
「夜の客人なら、誰でも。昼間は相手を選ぶけれどね」
言って彼女は手をふるう。
すると、目の前には紅茶のカップではなく、水の入ったグラスが置かれていた。
「……手品?」
「タネも仕掛けもない、ね」
面食らっているリグルを面白そうに見ながら、彼女は言う。
腑に落ちなそうにしながらも、彼女はグラスの水をあおった。
「……いいの?こんな水出して。これ、博麗神社の井戸水でしょ」
「よくわかるわね」
「私にとっては正真正銘、命の水なのよ」
聞き水くらいはわけないわ、と威張るでもなく言った。
「なら、これはどうかしら」
レミリアが、もう一度手をふるった。二杯目のグラスが現れる。
微妙に釈然としない面もちで、リグルはそれを手に取った。別に娯楽を供するために来たわけではないのだが。
それでも律儀に口をつけ、
「自然の水じゃないわね。味も何もあったもんじゃない。おおかた魔法で空気中の水分を抽出したやつでしょ」
「ご名答」
言うだけのことはあるわね、と頷く真紅。
「まあ、余興はこれくらいにしておきましょうか」
佇まいをなおして、レミリアが小首を傾げる。
「それで、何の用かしら?貴女がこんなところまで来るなんて、余程わけありな事だと思うけど」
「そこのメイドには言ったけど」
ちらりと、館の主の脇にひかえた銀ナイフに目をやる。
「物入りなのよ。知ってる連中にはほとんど声をかけたんだけど、生憎何処でも手に入らなくって」
「へぇ?」
「慧音に聞いても持ち合わせてないって言うし、里にはないし」
指折り数えている。
「博麗神社の巫女に聞いたら、こんなお茶のんでるような所にそんなものがあるわけないでしょ、とか逆ギレされるし」
「こんなお茶?」
「五日目、百一回目の出涸らしどころか枯れ果ててるお茶」
ほろりと目頭に手をあてる。
「白黒魔法使いの所に行ったら、あるような気がするが何処にあるのかわからんて言われるし」
絶対探し出すのは無理そうだったし、とげっそりしたように言った。
そういえば出不精のパチュリーが以前、怒り心頭で霧雨邸にかっ飛んでいったことがあったが、帰ってきたときにはそうでなくてもよろしくない顔色が、 まるで紙のような色になるほど窶れていたことがあった。余程混沌としているのだろう。
「ここに来たのは最後の手段ってことかしら?」
「ううん。最後の手段は他にあるの。ただ、最後の手段だけにあんまり使いたくないのよ」
「ふぅん。で、結局その必要なものっていうのは?」
興味深げに問いかけるレミリアに、彼女はあっさりと言った。
「花火」
「花火?」
予想もしていなかった返答に、思わず鸚鵡返す。
「そう。それも手に持って火をつけるやつじゃなくて、筒から発射する打ち上げ花火」
「……」
しばし口元に手をやり、彼女が沈黙する。
「咲夜」
「はい」
主の呼びかけに、メイド長が一歩踏み出した。
よく見れば先ほどと比べて、服がほんの少し煤けているのに気付いただろう。
「倉庫に大玉が50ほどございました。ここのところ使ってはいませんでしたが、保存状態に問題はありません」
「そう」
彼女の報告に、レミリアは軽く頷きかけた。
「と、いうことだそうだけど……」
「もちろん対価は払うわよ」
機先を制してリグルが言う。
「へぇ?」
レミリアとしては違うことを問おうとしていたのだが、そう聞くと彼女が何を用意してきたのか興味がある。
「って言ってもまぁ、私が出せるものなんてたかがしれてるんだけど……」
ごそごそと懐から何かを取り出すリグル。
いくつもの琥珀色の液体が湛えられた瓶がテーブルの上に並べられる。
「それは?」
「蜂蜜」
答えながらもまだずらずらと瓶が並んでいく。どれも中身の色が微妙に違う。
瓶が十ほど並んだところで彼女の手が止まった。
レミリアは不審げにリグルを見ている。瓶の中身のことではなく、どうやってそんなに大量の瓶を懐に入れていたのかが気になるようだ。空間を弄くるのが趣味な人間を侍らせておいて何を今さら、といったかんじだが。
リグルはその視線を勘違いしたようで、中身の説明をしだした。
菫、蓮華、ラベンダー、ローズマリーにクローバー、菩提樹、薊、ラズベリー、コーヒー……
「で、これがローヤルゼリー。健康に良し、美容に良し、お肌に良し。とまあこんなもんなんだけど」
「お嬢様」
どう?と尋ねようとしたリグルの言葉が、咲夜の声に上書きされる。
「咲夜?」
どことなく平時と違う彼女の声に、レミリアは訝しげに視線を向ける。
彼女の目は、ぎらぎらと赤く輝いていた。心なしか、息も荒い。
「さ、咲夜?」
「お嬢様」
なんか妙に迫力のある咲夜の姿に、彼女の腰が引ける。
「なに……かしら?」
「是非交換しましょう」
力強く、彼女は言った。
さっきから咲夜の視線は、レミリアとある別の一点とをそわそわと往復している。
ローヤルゼリー。
何故にそれほど彼女の心を捉えて離さぬのかは知らないが、面白いのでよしとしよう。
「その前に一つ質問」
焦らしてみることにする。とりあえず咲夜を放って、レミリアは視線をリグルに転じた。
視線で先を促す。
「どうして花火が必要なのかしら」
先ほどリグルが蜂蜜を出しはじめたため聞き損ねた疑問だ。
レミリアの問いに、彼女は軽く眉間にしわを寄せた。
「言えないようなことに使う?」
「……花火を使った、言えないような事って何?」
「花火プレイとか」
リグルのもっともな反論に意味不明な返事が返ってくる。イヤですわお嬢様、とか言って顔を赤らめ身をくねらせるメイド長とかもいるが、目に入らない、目に入らない、目に入らない。
「花火プレイって何?!ナニする気なのよ?!っていやまあ、別に言えないようなことするわけじゃなくて」
んー、と彼女はしばし考え込み、
「言えないっていうか、言いたくない、ってほうが正しいかな」
「へぇ?」
「あ、勘違いしないでよ?別にあんたらに聞かせられないって意味じゃなくて、ただ言葉にすると趣に欠けるのよ」
少々不穏な声音で反応した彼女に、リグルが慌てて言い訳をする。
「趣、ねぇ……」
いまいち彼女の印象からは離れた感じのする言葉だ。しかし考えてみれば彼女は蛍なわけで、本来趣という言葉は彼女のためにある言葉のようにも思えた。
「そう。見られて困るようなことじゃないから、当日見に来るのはかまわないけど」
「何時?」
「明後日の深夜、紅魔湖の南端にて」
ふむ、とひとりごちる。だが、それも一瞬だ。彼女曰く趣深い催し物。暇つぶし程度にはなるだろう。
「わかったわ。それで手を打ちましょう」
返ってきた是の返答に、リグルは頬を綻ばせた。
「ありがとう」
咲夜もにやりと口元を歪めたのだが、二人がそれに気付くことはなかった。
彼女を見つけるのは、容易かった。
闇夜に淡く光る蛍を見つけることなど、造作もないことだ。
「今晩は、冴えない夜ね」
従者を連れた、夜王の一声。
月も星もない夜。詰まるところ曇天だ。
しかし光の虫は、聞こえていないかのように肩をゆすり、踵を鳴らす。
虫の音。
喧騒の如き虫の音が、今宵は何故か荘厳と響く。
身をゆらし、手を振って。
その姿はまるで。
二人の聴き手はもはや何も言わず、ただ耳を傾けた。
高まっていく音色。それにあわせて彼女の光が強まっていく。
最高潮。目が眩むばかりの輝きとともに。
緩やかに、丘を下るように静まってゆく音と光。
彼女の手が閉じられた。
世界が沈黙する。余韻を残して。
それすらも消えると、ようやく彼女は息をついた。そして今さらのように聴衆に向きなおる。
「今晩は。佳い闇夜ね」
「……蛍がそういうからには、そうなんでしょうね」
苦笑を浮かべて、レミリアが言った。
「ところで貴女が言っていた趣ある催し物というのは、この虫たちの合奏のこと?」
咲夜が尋ねる。
確かに規律ある虫たちの演奏などは、そうそう聴けたものでもない。
だがその首領は穏やかに首をふるう。
「違うわよ。私はこう言ったはず。『当日見に来るのはかまわない』ってね」
音を見るなんて器用な真似、できないでしょ?と彼女はからかうでもなく笑った。
「今のは前菜。主菜はこの後。まだ花火だって使ってないのよ?」
確かにその通りだ。顔を赤らめた付き人を、レミリアは底意地悪く眺める。
「まあでも」
メイド長の名誉のためにか、リグルは言葉を続けた。
「『がっそう』ではあるんだけどね、メインも」
意味ありげに言う彼女に、二人は視線をそちらに送る。
それを無視して、リグルは既に準備してあった筒の前にしゃがみこんだ。
「ではでは点火。あ、もーちょっと離れてね」
指先に青白い炎をともしながら、彼女は観客二人に注意を促す。
だが、二人が動こうとする様子もない。ま、花火程度でどうこうなるようなタマでもない。
呆れたように苦笑い、リグルは指先のそれを筒に投げ込むと、主従コンビを追い抜いて全力で安全圏まで後退した。
どぉん。
重く大きな音を響かせ、花火が打ち上がる。
甲高い音と赤い尾を引き光は昇り……
弾ける。
闇夜に光の花が咲く。
華美で豪奢な光の大輪。
萎む。
闇夜に光の花が散る。
儚く切ない光の大輪。
後に残るのは、ちらりちらりと舞い落りる火の粉。
舞い降りる火の粉。
舞い降りる火の粉……
レミリアが、火の粉を払う。
降りかかる火の粉がいやに多い。
不良品だったか?そんなものを渡したとあっては自分の沽券に関わる……
そんなことを思いつつ、彼女はリグルを見やる。
彼女はただ、舞い降りる火の粉を見つめていた。
「ひを、みただろう?」
何への言葉か。
どこか楽しげに、どこか悲しげに、彼女は呟く。
どこか嬉しげな、どこか寂しげな瞳で、彼女は見上げている。
無数の火の粉が降りてくる。
青い、火の粉が。
いや、それはもはや、火の粉ではあり得ない。
青い光が降りてくる。
戯れるように寄り添って。
不審げにこちらを見る主従に、リグルはふと、口元に和えかな笑みを浮かべてみせた。
「迎えが、来たよ」
そうとだけ告げ、再び彼女は視線を上へと転じる。
蛍。
空を舞う青い光の明滅。降りてくるそれは、無数の蛍だった。
普通の蛍ではない。腹だけではなく、全身が瞬いている。
普通の蛍ではない。小さな蛍。五分の蛍。
咲夜へと、意地の悪い笑みを浮かべる。
「テストに出るよ、メイド長。一寸の虫にも、五分の魂」
右手の指を鳴らし、掲げる。統制なく遊び舞っていた彼らは、彼女目掛けて馳せ参じ、青い光を瞬かせ、物音もなく渦を巻く。
「彼らは水先」
指先に集う光を、愛おしげに見やる。
そして寂寥と共にその視線を引き剥がし、導かれるべき船たちを見渡す。
左手の指を鳴らし、掲げる。光なく佇んでいた彼らが、彼女目掛けて馳せ集まり、緑の光を煌めかせ、ざわと音たて渦を巻く。
五分ではない、魂ではない蛍の群。いつのまにやら集まっていた彼らが、彼女の逆手で渦を巻く。
右手には、青い光の剣を掲げ。
左手には、緑の光の槍を掲げ。
神々しくも幻想的なその光景に、観客二人は声もなく魅入る。
光の御手を、大きく掲げ広げる。紺碧の双璧は砕け散り、混じり合い、乱舞する。
光彩陸離たる情景を背に、リグルは彼女らに、とろけたように微笑みかけた。
マントの裾をスカートのそれのように指先でつまみ、軽く膝を曲げて優雅に一礼する。
胸の前で腕を組み、それがゆっくりと開かれていく。
世界が割れる、青と緑に。
右手を追って青が奔り、左手を追って緑が流れる。
磔られた聖者のように伸ばされた両手。続きのように、伸びる光条。
彼女が回る。
光が回る。
流麗たる歪曲。青と緑の光の渦潮。
滑るように、彼女は惑う。
不規則に、無差別に、光が世界を席巻していく。
彼女は踊る。舞い踊る。
片足で立ち、背を反らし。空を見上げ。
腕を天へと伸ばして。
青と緑の螺旋の塔。月も星さえもない闇夜に堂と、そびえ立つ。
闇に蠢く光の者が、昏い世界を切り拓く。
再び彼女の両手が組まれる。
青と緑が混じりあう。
生と死が交錯する。過去現在未来が入り乱れる。
すきまが手を下すまでもなく曖昧模糊な世界の中で、しかし彼女は確かに在った。
ゆえに彼女の声だけ響く。
「かえれ」
青が散る。
彼女の声に、青が散る。
青が散る。
今の今まで共に舞っていた彼女の同胞たちが、爆発したかのように散ってゆく。
湖に、山に、森に。見えないどこかに。世界中に。
世界中の、在るべき場所に。
たましいたちは、散っていった。
緑が消えた。
彼女の声に、緑が消えた。
緑が消えた。
今の今まで輝いていた彼女の同胞たちが、申し合わせたように果て、地に臥せた。
臥せた彼らが燃え上がる。
音も熱もなく燃え上がる。
青く青く、燃え上がる。
元の五分までにその身を減じた青い炎は、青い蛍は、青い蛍のたましいは。
世界に散った先達たちの、元の場所へと向かっていく。
即ち空へ。
即ち天へ。
雲を破り、光の柱は昇っていく。
上へ上へと、上へ上へと、上へ上へと。
光は。
彼女たちにはまだ縁遠い、たかき世界に溶け消えた。
「二万と九十六の同胞が、天に還っていった」
心なしか、その声は虚ろに響く。
「私はみんな、覚えてる。名前も声も、その想いも」
嘆息し、彼女は昇っていった友人たちを見上げる。
「果敢無いなぁ、刹那いなぁ。私はこんなにも永いのに」
嘆くというには、あまりにも一本調子に。
「蛍の魂。蛍は魂。二万と九十六の同胞は、次は迎えとなるだろう。そして、二万と八百二十のお迎えたちは、地へと転じて落ちるだろう。蛍か人か、はたまた妖か?それは私にも解らないけれど」
悲しみに濡れた瞳。嘆きに染まった微笑み。
けれど言葉に虚勢の色はなく。
「輪廻、生は死。転生、死は生。だから、悲しみは須臾。私は限りある永遠の中で、歓喜し続けるのさ」
今更ながらに認識した。
自分たちが、いかに場違いであることかを。
ここは彼女がいるべき場所だ。
彼女だけが、いるべき場所だ。
場違いどころか、禁忌を犯していると言っても、言いすぎではないのではないか?
そんな彼女の思いを知ってか、彼女は微笑んだ。既に彼女に悲嘆なく。
「夜の王たる貴女に看取られて逝く。これほどの栄誉はないわ」
「……今宵ばかりは譲るわ、その名」
微かに、しかし確かに感嘆と畏敬のまじった言葉を紡ぎ、彼女は軽く首を振った。
永遠に得続けるかわりに、永遠に喪い続ける彼女。終止することは叶わない、彼女の務め。
そんな運命。
自分は、自分には、とても受け入れられそうに、耐えられそうにない。
「そんな畏れおおい称号、私には必要ないわ。その日暮らす有象無象、闇に蠢く光の蟲。それで十分」
大仰に肩をすくめ、戯けてみせ、
「ではでは。本日はご来場いただき、真にありがとうございました。これにて閉幕とさせていただきます」
マントの裾をスカートのそれのように指先でつまみ、軽く膝を曲げて優雅に一礼する。
「リグル・ナイトバグ」
そのまま飛び去ろうとした闇に蠢く光の蟲を、夜の王は呼び止めた。
「咲夜が例のもの、甚く気に入ったみたいなの。また持ってきてくれるかしら?」
お嬢様、と苦笑混じりに言う咲夜と、泰然として見えるレミリア。
手前勝手な感想だろうか。
「甘露な水と花火を一発、用立ててくれるなら喜んで」
翳りない、輝くような笑顔を浮かべ、彼女は答えた。
珍しく慧音のほうから尋ねてきた。
何事かと思えば、里でひとり赤ん坊が生まれたのだという。
何でわざわざそんなことを伝えに来たのかと訊くと、彼女はただ、お前には報告しておいたほうがいい気がしたのでな、とだけ言って帰っていった。
ああ、そういうことか。
とはいっても、まだ昼の日中だ。私の時間には早すぎる。私は再び瞳を閉じた。
夜。
のへのへと森を歩く。
昼間の話もあるし、里にでも行ってみようか。
そうと決めた矢先に、背後の気配に気付く。
ありゃ、あんたか。
へぇ、今回はそうなったんだ。
ならわりとながいつきあいになりそうね。よろしく!
里の入り口が見えてきたあたりで、蛍がひとり寄ってきた。
お前さんはまたそうなったか。
ん?はは、嬉しいこと言ってくれるわね。
うん、ながいつきあいになるだろうけど、よろしく。
こんばんはー、子供が産まれたんだって?お祝い持ってきたよ。
気にしなさんなって。見てもいい?
ふぅん、男の子なんだ。
……
え?うん。ちょっとね。知り合いに似てたもんだからさ。
なに、どうしたのかって……別にどうもしてないけど。
……っ
うん、大丈夫。嬉しいだけだから。
うん、嬉しい。ほんとに嬉しい……
……あはは、変だよね。
また会いに来てもいい?
ありがと。それじゃ、おやすみ。
何度やっても飽きないものだ。慣れないものだ。
でもだから、嬉しいんだけどね。楽しいんだけどね。
さ、ぶらぶらしよ。
みんなどこかな。
……待っててね。
お探しの絵はおそらく雨水氏の作品であるかと思われます。
たぶん、みょふ~会の雨水氏の絵ではないでしょうか?
自分もちょうど、合葬のシーンであの絵を思い浮かべました。
しかしとてもいい話でした!
ちーん。
おお、これだ、これです!
捜していたのは正にこのリグル!
お三方、ありがとうございました!
というわけで100点で。
虫は人間が考えているよりもずっと強い存在ですね。
あと、茶葉すら切らすほどに赤貧溢れる霊夢を愛してる。
ところで、最終手段ってのが気になります。
もしかしてわかってないのって私だけ?
最終手段は私も分からないですorz
蛍は儚い生き物。
蛍は水しか飲まない。水しか飲めない。
食物を栄養に昇華する機構を取っ払って、死ぬまで光り輝くことを選んだから。
幼虫の時に体内に貯めたたんぱく質を使い切った時蛍の命は終わる。
そんな儚い蛍たちの詩。
まあ食べて生き延びる種の蛍もいるんでしょうけど。
ちなみに花火とは、彩雨とかかな?
もしプリンセステ(検閲 だったらためらうのもわかる。
涙腺ゆるみましたよー
改めてキャラクター一人一人の重要性、その確立された地位を見つめなおされました。
・・・今からリグルの所まで行ってきます。
最後に。
すばらしかったです!
リグルに対して素直に畏敬の念を表すレミリアが格好いいです。
最終手段はフジヤマヴォルケイノかなと思ったり。
儚くも趣がある蛍の光まさに蛍にとっては命の灯火、それをこのような形で
幻想へと昇華させたSHOCK.Sさんの手腕とセンス御見事です。
そして、投下されたのがこの時期というのも瀟洒です。
このSSを読んだ後に、偶然ながら蛍を見ることができました。
見るのも数年振りだったのですが、哀愁と趣をよりいっそう感じる事ができました。
場面毎の雰囲気にややずれがあるためか一つの話としてはやや冗長に感じられるものの、個々の描写は読むに心地良い。特に最後のリグルの独白文は秀逸。
夏の夜、虫たちの歌声の中で読みたい一品。(ただ、光源である画面に群がる虫には注意したい)
ただし
その5分は
私達の知っている5分とは違うかもしれない。
リグルかっこいいよ、かっこいいよリグル。
魂送りの場面は、情景を思い浮かべながら
読んでいました~
最後の手段は、やはりこーり(ry
花火ってのは 盆の迎え火送り火の でっかいやつだと 聞いたことがあります。
あぁ どうか 君だけは。
ごちそうさまでした。ナイスジョブです。
中学の教科書で読んだだけというのに、頭の片隅に残っていたらしいです。
点数は敢えてこの形で。
感謝。
リグルかっこいいよ~
素敵な情景、その後の再会にため息連発です
あと、美鈴の立場が自分のイメージに近くてヤッホウ