Coolier - 新生・東方創想話

Next(end ash) History

2005/06/02 08:22:49
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お前は人間だ、と言ったが。
あれは忘れろ。



/因幡てゐ/

 更待月が登り始めたころ、竹林に女の子がいた。
 見た目10歳かそこらで、髪は黒一色、わたしと同じくらいの背だ。
 彼女の頭くらいある大きな筍を両手で抱えて、俯きながら歩いていた。
 ここじゃよくある、ってほどじゃないけど珍しいことでもない。

 わたしはいつものように20歩の距離まで近づいて、足音をたてる。
 女の子はびくっと肩を震わせると顔を上げ、こっちを見た。
 さっきまで泣いていたのか、丸い目がはれている。
 話しかけたいけど、がまん。
 わたしはぷいっと目をそらして駆け出す。
 ちょっと行ったところで立ち止まって、振り返る。
 よかった、ちゃんとついてきてる。

 逃げ出しそうなものだけど、一人のさびしさとか不安の方が強いんだと思う。
 師匠は、お前は一見無害そうに見えるから、
 鈴仙は、遠くから見てる分にはかわいいですからねー、
 輝夜なんかは、私も騙されたのよね、とか言うけど。なにさそれ。
 それはともかく、このまま竹林の外までいけば自分で帰れそうね。
 と、思ったときだった。

 女の子の足音が止まった。そっと振り返ると、立ち止まって少し震えている。
 彼女の視線の先に、そいつはいた。
 ちょうど、わたしと女の子とそいつで二等辺?三角形。
 そしてそいつと目が合った。

 わたしたちと同じくらいの背の妖怪。
 白い肌と紅い眼とこうもりみたいな羽。
 その吸血鬼はにっと笑って、尖った歯を見せた。

「その子を貰っていくわね」
「だめ」
「まぁ貴方の許可なんていらないけど」
 すたすたと女の子に近づく吸血鬼。女の子はじっと吸血鬼を睨んで動かない。
 わたしも走り出した瞬間、肩の上、頬の横を何かが掠って飛んでいった。
 足が止まった。

「小さいと狙いづらいわね」
 いつのまにか吸血鬼は赤い棒のようなものを掴んでいた。
 多分、今飛んでいったものと同じ。槍。
 後ろで葉がこすれる音と、低い音が響く。竹が倒れたみたい。
「さぁ、もう幸運は続かないわよ、今去るなら見逃してあげる」
 吸血鬼は槍を掲げて、投げる姿勢になった。
 さっきはその動きも見えなかったから、わざとゆっくりして威嚇してるんだと思う。

 わたしよりずっと強い。それくらいわかる。
 汗が背中をつたう。
 でも、今は逃げるわけにはいかない。
 わたしは詐欺師だから、怖くないフリだって簡単だ。深呼吸。

「幸運が続くなんて、思ってないよ」
 首を回して女の子へ向かい、笑いかける。

「――だからわたしが届けてあげる」



/上白沢慧音/

 里の子供が一人帰ってこない、と聞いた。
 昼過ぎには帰ってくるはずが、夕方になっても戻らない。
 辺りの者に声をかけつつ探すも、結局見つからないまま日が落ちた。
 ひとまず腹ごしらえと明かりを用意することになり、その帰り道であった。

 夜の静寂に、木が倒れたような音が響いた。近い。
 音がしたほうへ大体の勘で走る。
 再び音がした。地を削り竹を薙ぐ連音だ。
 もう音を追う必要もなかった。夜の林には有り得ない光が眼前にある。

 レミリア・スカーレットと因幡てゐ、それに人間の少女だ。
 蹲る少女から少し離れて、二人の妖怪が対峙している。
 面倒なことになりそうだが、退く訳にもいくまい。

「そこの二人、少し待て」
 目前の相手に集中していたのだろう、二人は弾かれたようにこちらを見た。
「ふん、誰かと思えば成りそこないじゃない」
「何あんた」
 癇に障る態度だが、ここで怒っては事態が深まるだけだ。
「その少女は私が保護しよう。弾幕なら他所でやってくれ」
 レミリアは片目を細め、顎を上げこちらを見下すようにすると、
「何でこんなところでこんなことしてると思ってるのよ」
 因幡てゐは軽くうなずき、
「じゃまだから帰って」
 ゆっくり息を吸って、吐く。静まれ自分。
「お前たちにも事情がるのだろうが、今回はひとつ―」
 と、そこまで言って、二人がもう聞いていないことに気づいた。
「口うるさいのって嫌ね」
「ほんとほんと」
 私は努めて冷静にあろうとした。
「上等だ!」
 無理だった。



/レミリア・スカーレット/

 血が、必要だった。
 とはいえ、そうそう都合よく転がっているものでもない。
 だからたいして期待していたわけじゃなかった。
 しかし、見つけてしまった。

 おまけとしてついてきたのは兎の妖怪で、
 軽く脅せば逃げ帰るだろう、そう思ったのが失敗だった。
 相手も譲る気はないらしい。
 ますます引き返せなくなった。

 別に強くはない。が、しぶとい。
「タフな兎ね」
「それだけが取り柄だもん!」
 自分で言うか、と笑っている自分に気づく。
 あぁ、私はこういう単純な奴が嫌いではない。惜しい気もする。
「そろそろ遊びは終わりにしましょうか」
 兎に緊張が走る。いえ、耳が伸びたからそう思ったんだけど。
 さぁ、と集中したところで横槍が入った。

 闖入者のワーハクタクは意外に短気だった。
 戦況は三つ巴から、次第に2対1に近づいている。
 子供を里へ帰したいなら、最初からそうすればいいのに。
 二方からの連携は拙いが、油断はできなくなった。
 正直、楽しい。
 そう思って――やっと最初の目的を思い出した。

「は、子供は――」
 子供にまで気を回していなかった。もし流れ弾が当たっていたら――
 兎と半獣も我に返ったらしく、あたりを見回している。
 いない、と焦ったとき笑い声が上から聞こえた。

「あらあら、何かお探しかしら?」
 夜にも拘らず日傘を差した妖怪が、片手で子供を抱えて浮いていた。
「お前――」
「おりてこいー」
「その子を放せ!」
 子供を盾にされては攻撃できない。唇を噛む。
「怖い怖い。じゃぁちょうどお腹もすいてきたので」
 しまった、と思ったときにはもう遅い。
「この子は私がいただきます~」
 妖怪は夜空の星の隙間に消えた。

 人間がいなくては仕方ない。
 竹林から離れる。
 他の人間を探さなければ。

 妹が、待っている。


 里の周りでは先の子供を捜しているのか、人間が出歩いている。
 けれど、どうも気が乗らなかった。
 疲れているせいだろう。

 別に、あの兎と半獣の目を思い出すからじゃない。



/八意永琳/

 てゐがまた何かやらかしてきたらしい。
 どうも腑に落ちないので常備している薬箱を掴み、外へ出た。

 目的の吸血鬼は、里の近くでふらふら飛んでいるのを見つけた。
 距離を詰めつつ手を広げて、やりあう気はないと示す。
 いぶかっているが、構わず話しかける。
「これ。私の血だけど、紅茶として出すなら問題ないはず」
 パックに入っている赤い液体、お持ち帰り用に保冷材つき、を投げる。
「何のつもり?」
 ちゃっかり受け取る吸血鬼を確認して、頷く。
「人間そのもの、じゃなくても大丈夫でしょ? 貴方と違って」
「施しを受けるつもりなんか――」
「貴方はそうでも、妹さんはどうかしらね?」
 カマをかけてみたのだが。
「・・・・・・ふん。今回は、お前を立てておくわ」
「素直でよろしい」

 ついでにワーハクタクにちょっかいを出して帰ってきた。
 と、珍しいことに、てゐが窓際で物思いにふけっている。
「師匠、わたしに薬の作り方を教えてください」
「詐欺師のお前には向いてないわ」
 あっさり断ると、しゅん、とうなだれる。本当に珍しい。
「わたし悔しくて」
「そうね」
 薬があれば、私がいればどうなったという類のものでもあるまい。
 薬でできることなど限られている。
 それでも、だからこそ。

「お前はお前のできることをしたんでしょう?」
 ぽんぽんと頭を叩くと、てゐが顔を上げる。
「でも」
「幸運だったかどうかは本人が決めることよ」
「うん・・・・・・」
「わかったらもう寝なさい」
「えっ」
「明日からビシバシしごいてあげるわ」
「ええー」

「次はお前にも幸運が訪れるようにね」



/上白沢慧音/

 まんまと八雲紫に少女を連れ去られ、私は仰向けに倒れた。
 張り詰めていた気が抜け、一気に疲労がくる。
 レミリアが去り、因幡てゐがとぼとぼ帰るのを見送って、
 私は動けないまま空を見上げていた。

 誰かが近づいてくるが、迎え撃つ体力はなかった。
「まだ生きてるわね、人間好きの半獣」
 仄かに香る石鹸の匂いに、赤と青の二色。
 輝夜が満月なら、彼女は新月か。
「・・・まぁ、お前たちよりは“生きている”と言えるな」
「元気がよくて結構」
 動けない私に向けて、不敵な笑みが刺さる。
 しかし彼女が取り出したのは、矢でも符でもなかった。
 注射器。ある意味スペルカードより怖い。
「まず痛み止め。あと副作用の吐き気止めね、便秘にもなるけど我慢なさい」
「どういうつもりだ」
 彼女はまじまじとこちらの顔を見つめると、あからさまに顔をしかめた。
「馬鹿につける薬はないのよ。次は骨ね」
 軟膏を塗り、てきぱきと包帯を巻き、添え木で固定していく。
「・・・・・・お前は妹紅を狙ってきたのではないのか?」
 彼女は僅かに目を伏せたようだった。
「あんな人間、興味ないわ」

 あんな人間。
 どうしてだろう。あの肝試しの夜を思い出しながら、
 その言葉は妹紅に聞かせたくないと、そう思った。

 妹紅を認めるのは、私だけがいい。
 そんな我侭。
 彼女が知ったら、何というだろうか。



/八雲紫/

 弾幕の光に誘われて寄ってみると、3人の妖怪たちがいた。
 表情を見るに、どうも退くに退けなくなったようだった。
 正直な彼女らのこと、このままいけば皆ただでは済まないはず。

 まぁ、面白そうだから黙って見ていたんだけど。
 3つの弾幕が重なり合って、本人たちは周りが見えていない。
 私は手近にいた少女を抱え、飛んでくる流れ弾を避ける。
 流れ星、とはいかないが、光の三重奏はなかなか綺麗。
 そうして生死の境界でダンスをリードしていると、
 ようやくレミリアが気づいてくれた。

 適当なことを言って、隙間から近くの里に降りる。
 そこかしこで明かりが動いているから、近くに人間もいそう。
 私は少女から手を離す。
 と、少女はこちらに筍を差し出してきた。
「これ、兎さんに届けてもらえませんか?」
 私をパシリ扱いとはいい度胸だ。
 ともあれ受け取り、背を向ける。

「あの、その、お腹すいてるんでしたら、家で晩御飯でも・・・・・・」
 少女がおずおずと問いかけてきた。振り返り、一言。
「貴方を食べちゃうわよ?」
 少女は一歩引いて、でもじぃっと私の目を覗き込んでくる。
 瞬きもしないで、目を凝らすようにして。
 嘘と本音の境界くらいわかるのかしら。
 こうしていると、さっきの3人が拘ったのもわかる。
 
 にらめっこの末、根負けしたのは私だった。
 目を細め、観念する。

「そうね、貴方がもっとおいしそうになった頃にまた来るわ♪」



/藤原妹紅/

 音がやんでしばらく経った。
 間に合うだろうか、そう思いつつ走った。

 やっぱり居た。慧音だ。
 他の誰かもいる。慌てて木の影に隠れる。
 夜目にも判りやすい二色の衣は、いつも輝夜の横にいる女だ。
 それが、なぜ慧音と話をしている。
 慧音は、私の味方なのに。

 あの女。
 輝夜は私から父を奪い、人であることを奪い。
 なのに輝夜は一人ではなかった。私がなくしたものを持っていた。
 今度は慧音まで奪おうというのか。
 
 ――いや、もしかして慧音はあいつらとも仲が良かったのだろうか。
 慧音は優しいから、誰とでも――

 結局出て行くタイミングを掴めず、あの女が去るまで隠れていた。
 まだ転がっている慧音の傍らに座ると、膝枕――はやめて、普通に座った。
 何も見ていなかった風に装って、事情を一通り聞く。

「私は何もできなかった・・・・・・無念だ」
 そんなことないと言おうとして、やめた。
 気休めの代わりに出た言葉は、同情に見せかけた問い。
「慧音は人間が好きだものね」
 沈黙。
 慧音は空を見上げるだけで、こっちを見ない。
 私は不自然なのは承知で、できるだけさりげなく言った。

「ねぇ慧音。・・・・・・慧音には私も人間に見える?」
「あー? どうしたんだいきなり、当然だろう」
 そっか、そうだね、と二度頷く。

 私を人間としてみてくれる。それは、嬉しかったけど。
 それだけのことだった。
 あの女が出てくるまでもなかった。
 慧音は人間が誰でも好きなんだ。

 月はずっと遠くで輝いている。



/上白沢慧音/

 妹紅が探しにきてくれたが、口数も少なく、どこか拗ねているようだ。
 口を結んでふてくされているその横顔は、さっきの子供より子供らしい。
 いつもの強気な彼女からすると想像できない。

 妹紅のさらさら流れる髪に手を伸ばそうとして引っ込めつつ、
 失言でもしたかと思い返すことしばし。
 思い当たった。

 妹紅。それとこれは別だ。
 そう言ってしまうのもいいが、惜しい気もする。
 何しろ言ってしまえば、こんなお前はもう見れないのだ。
 さてどうしたものか。


「え?疲れたから帰る?
 疲れたってお前、今来たばっかりじゃないか。
 あ、いやいや、すまぬそういう意味じゃない。
 まま待って待ってちょっと待った。」


 振り向いた妹紅は、なぁに? と首をかしげ、寂しそうに笑う。
 夜空の中、風に吹かれ、彼女は一人で立って。
 待っている。

 あぁ、私は何を。
 きっと騒ぎを聞きつけて飛んできてくれたのであろうに。
 こんな私を、人になれない私を、人に混じっても孤独な私を想い。
 独り夜道を走ってきた彼女に。
 それでも笑ってみせる彼女に。
 何を。

 立ち上がり、目の高さをあわせる。


「その、だな。さっきの続きなんだが。
 
 ああ、お前は人間だよ。
 そして私は人間が好きだ。
 でも、でもな、私はお前が人間だからこうしているのではないよ。

 私は単にお前が――」



 月は遥か彼方にある。
 けれどその光がここに至るなら、
 この想いも月に届くはずだ。
 必ず。








/鈴仙・優曇華院・イナバ/

 今朝、家の前に立派な筍がおいてあるのを見つけました。
 筍御飯にして頂こうと思います。

燃え尽きた灰であることすら終わらせて、新しい歴史へ。

ということで、テーマは「届ける」、春雨でした。
またプチにお邪魔しないですむようにしたんですが、
小さくて向きもばらばらな一幕が、集まって一つの弾幕に・・・
・・・なるよう精進していきます。
ありがとうございました。

春雨
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コメント



0.2930簡易評価
17.80名無し毛玉削除
ウドンゲ…お気楽だなぁ
47.無評価春雨削除
>>名無し毛玉氏
は、ウドンゲに持っていかれましたか。
でもそういう部分がウドンゲのよいところだと思います。
他の人妖も精進します……
50.70床間たろひ削除
万華鏡のように多様な心模様。でも根底にあるのは誰かへの想い。
その想いの矛先の違いが争いを生み、人も妖も変わりはない。
何か思わず社会情勢まで鑑みてしまいましたよ。GJ!
51.無評価春雨削除
読んでくださる方がいて驚きつつ喜んでいます。

>床間たろひ氏
そうですね、自分のことなら我慢できる人でも譲れないときとか。
誰かが喜んでいる一方で悔しい思いをする人もいたりとか。
そういうものが書けてれば幸いです。社会情勢まではともかく(笑)