お前は人間だ、と言ったが。
あれは忘れろ。
/因幡てゐ/
更待月が登り始めたころ、竹林に女の子がいた。
見た目10歳かそこらで、髪は黒一色、わたしと同じくらいの背だ。
彼女の頭くらいある大きな筍を両手で抱えて、俯きながら歩いていた。
ここじゃよくある、ってほどじゃないけど珍しいことでもない。
わたしはいつものように20歩の距離まで近づいて、足音をたてる。
女の子はびくっと肩を震わせると顔を上げ、こっちを見た。
さっきまで泣いていたのか、丸い目がはれている。
話しかけたいけど、がまん。
わたしはぷいっと目をそらして駆け出す。
ちょっと行ったところで立ち止まって、振り返る。
よかった、ちゃんとついてきてる。
逃げ出しそうなものだけど、一人のさびしさとか不安の方が強いんだと思う。
師匠は、お前は一見無害そうに見えるから、
鈴仙は、遠くから見てる分にはかわいいですからねー、
輝夜なんかは、私も騙されたのよね、とか言うけど。なにさそれ。
それはともかく、このまま竹林の外までいけば自分で帰れそうね。
と、思ったときだった。
女の子の足音が止まった。そっと振り返ると、立ち止まって少し震えている。
彼女の視線の先に、そいつはいた。
ちょうど、わたしと女の子とそいつで二等辺?三角形。
そしてそいつと目が合った。
わたしたちと同じくらいの背の妖怪。
白い肌と紅い眼とこうもりみたいな羽。
その吸血鬼はにっと笑って、尖った歯を見せた。
「その子を貰っていくわね」
「だめ」
「まぁ貴方の許可なんていらないけど」
すたすたと女の子に近づく吸血鬼。女の子はじっと吸血鬼を睨んで動かない。
わたしも走り出した瞬間、肩の上、頬の横を何かが掠って飛んでいった。
足が止まった。
「小さいと狙いづらいわね」
いつのまにか吸血鬼は赤い棒のようなものを掴んでいた。
多分、今飛んでいったものと同じ。槍。
後ろで葉がこすれる音と、低い音が響く。竹が倒れたみたい。
「さぁ、もう幸運は続かないわよ、今去るなら見逃してあげる」
吸血鬼は槍を掲げて、投げる姿勢になった。
さっきはその動きも見えなかったから、わざとゆっくりして威嚇してるんだと思う。
わたしよりずっと強い。それくらいわかる。
汗が背中をつたう。
でも、今は逃げるわけにはいかない。
わたしは詐欺師だから、怖くないフリだって簡単だ。深呼吸。
「幸運が続くなんて、思ってないよ」
首を回して女の子へ向かい、笑いかける。
「――だからわたしが届けてあげる」
/上白沢慧音/
里の子供が一人帰ってこない、と聞いた。
昼過ぎには帰ってくるはずが、夕方になっても戻らない。
辺りの者に声をかけつつ探すも、結局見つからないまま日が落ちた。
ひとまず腹ごしらえと明かりを用意することになり、その帰り道であった。
夜の静寂に、木が倒れたような音が響いた。近い。
音がしたほうへ大体の勘で走る。
再び音がした。地を削り竹を薙ぐ連音だ。
もう音を追う必要もなかった。夜の林には有り得ない光が眼前にある。
レミリア・スカーレットと因幡てゐ、それに人間の少女だ。
蹲る少女から少し離れて、二人の妖怪が対峙している。
面倒なことになりそうだが、退く訳にもいくまい。
「そこの二人、少し待て」
目前の相手に集中していたのだろう、二人は弾かれたようにこちらを見た。
「ふん、誰かと思えば成りそこないじゃない」
「何あんた」
癇に障る態度だが、ここで怒っては事態が深まるだけだ。
「その少女は私が保護しよう。弾幕なら他所でやってくれ」
レミリアは片目を細め、顎を上げこちらを見下すようにすると、
「何でこんなところでこんなことしてると思ってるのよ」
因幡てゐは軽くうなずき、
「じゃまだから帰って」
ゆっくり息を吸って、吐く。静まれ自分。
「お前たちにも事情がるのだろうが、今回はひとつ―」
と、そこまで言って、二人がもう聞いていないことに気づいた。
「口うるさいのって嫌ね」
「ほんとほんと」
私は努めて冷静にあろうとした。
「上等だ!」
無理だった。
/レミリア・スカーレット/
血が、必要だった。
とはいえ、そうそう都合よく転がっているものでもない。
だからたいして期待していたわけじゃなかった。
しかし、見つけてしまった。
おまけとしてついてきたのは兎の妖怪で、
軽く脅せば逃げ帰るだろう、そう思ったのが失敗だった。
相手も譲る気はないらしい。
ますます引き返せなくなった。
別に強くはない。が、しぶとい。
「タフな兎ね」
「それだけが取り柄だもん!」
自分で言うか、と笑っている自分に気づく。
あぁ、私はこういう単純な奴が嫌いではない。惜しい気もする。
「そろそろ遊びは終わりにしましょうか」
兎に緊張が走る。いえ、耳が伸びたからそう思ったんだけど。
さぁ、と集中したところで横槍が入った。
闖入者のワーハクタクは意外に短気だった。
戦況は三つ巴から、次第に2対1に近づいている。
子供を里へ帰したいなら、最初からそうすればいいのに。
二方からの連携は拙いが、油断はできなくなった。
正直、楽しい。
そう思って――やっと最初の目的を思い出した。
「は、子供は――」
子供にまで気を回していなかった。もし流れ弾が当たっていたら――
兎と半獣も我に返ったらしく、あたりを見回している。
いない、と焦ったとき笑い声が上から聞こえた。
「あらあら、何かお探しかしら?」
夜にも拘らず日傘を差した妖怪が、片手で子供を抱えて浮いていた。
「お前――」
「おりてこいー」
「その子を放せ!」
子供を盾にされては攻撃できない。唇を噛む。
「怖い怖い。じゃぁちょうどお腹もすいてきたので」
しまった、と思ったときにはもう遅い。
「この子は私がいただきます~」
妖怪は夜空の星の隙間に消えた。
人間がいなくては仕方ない。
竹林から離れる。
他の人間を探さなければ。
妹が、待っている。
里の周りでは先の子供を捜しているのか、人間が出歩いている。
けれど、どうも気が乗らなかった。
疲れているせいだろう。
別に、あの兎と半獣の目を思い出すからじゃない。
/八意永琳/
てゐがまた何かやらかしてきたらしい。
どうも腑に落ちないので常備している薬箱を掴み、外へ出た。
目的の吸血鬼は、里の近くでふらふら飛んでいるのを見つけた。
距離を詰めつつ手を広げて、やりあう気はないと示す。
いぶかっているが、構わず話しかける。
「これ。私の血だけど、紅茶として出すなら問題ないはず」
パックに入っている赤い液体、お持ち帰り用に保冷材つき、を投げる。
「何のつもり?」
ちゃっかり受け取る吸血鬼を確認して、頷く。
「人間そのもの、じゃなくても大丈夫でしょ? 貴方と違って」
「施しを受けるつもりなんか――」
「貴方はそうでも、妹さんはどうかしらね?」
カマをかけてみたのだが。
「・・・・・・ふん。今回は、お前を立てておくわ」
「素直でよろしい」
ついでにワーハクタクにちょっかいを出して帰ってきた。
と、珍しいことに、てゐが窓際で物思いにふけっている。
「師匠、わたしに薬の作り方を教えてください」
「詐欺師のお前には向いてないわ」
あっさり断ると、しゅん、とうなだれる。本当に珍しい。
「わたし悔しくて」
「そうね」
薬があれば、私がいればどうなったという類のものでもあるまい。
薬でできることなど限られている。
それでも、だからこそ。
「お前はお前のできることをしたんでしょう?」
ぽんぽんと頭を叩くと、てゐが顔を上げる。
「でも」
「幸運だったかどうかは本人が決めることよ」
「うん・・・・・・」
「わかったらもう寝なさい」
「えっ」
「明日からビシバシしごいてあげるわ」
「ええー」
「次はお前にも幸運が訪れるようにね」
/上白沢慧音/
まんまと八雲紫に少女を連れ去られ、私は仰向けに倒れた。
張り詰めていた気が抜け、一気に疲労がくる。
レミリアが去り、因幡てゐがとぼとぼ帰るのを見送って、
私は動けないまま空を見上げていた。
誰かが近づいてくるが、迎え撃つ体力はなかった。
「まだ生きてるわね、人間好きの半獣」
仄かに香る石鹸の匂いに、赤と青の二色。
輝夜が満月なら、彼女は新月か。
「・・・まぁ、お前たちよりは“生きている”と言えるな」
「元気がよくて結構」
動けない私に向けて、不敵な笑みが刺さる。
しかし彼女が取り出したのは、矢でも符でもなかった。
注射器。ある意味スペルカードより怖い。
「まず痛み止め。あと副作用の吐き気止めね、便秘にもなるけど我慢なさい」
「どういうつもりだ」
彼女はまじまじとこちらの顔を見つめると、あからさまに顔をしかめた。
「馬鹿につける薬はないのよ。次は骨ね」
軟膏を塗り、てきぱきと包帯を巻き、添え木で固定していく。
「・・・・・・お前は妹紅を狙ってきたのではないのか?」
彼女は僅かに目を伏せたようだった。
「あんな人間、興味ないわ」
あんな人間。
どうしてだろう。あの肝試しの夜を思い出しながら、
その言葉は妹紅に聞かせたくないと、そう思った。
妹紅を認めるのは、私だけがいい。
そんな我侭。
彼女が知ったら、何というだろうか。
/八雲紫/
弾幕の光に誘われて寄ってみると、3人の妖怪たちがいた。
表情を見るに、どうも退くに退けなくなったようだった。
正直な彼女らのこと、このままいけば皆ただでは済まないはず。
まぁ、面白そうだから黙って見ていたんだけど。
3つの弾幕が重なり合って、本人たちは周りが見えていない。
私は手近にいた少女を抱え、飛んでくる流れ弾を避ける。
流れ星、とはいかないが、光の三重奏はなかなか綺麗。
そうして生死の境界でダンスをリードしていると、
ようやくレミリアが気づいてくれた。
適当なことを言って、隙間から近くの里に降りる。
そこかしこで明かりが動いているから、近くに人間もいそう。
私は少女から手を離す。
と、少女はこちらに筍を差し出してきた。
「これ、兎さんに届けてもらえませんか?」
私をパシリ扱いとはいい度胸だ。
ともあれ受け取り、背を向ける。
「あの、その、お腹すいてるんでしたら、家で晩御飯でも・・・・・・」
少女がおずおずと問いかけてきた。振り返り、一言。
「貴方を食べちゃうわよ?」
少女は一歩引いて、でもじぃっと私の目を覗き込んでくる。
瞬きもしないで、目を凝らすようにして。
嘘と本音の境界くらいわかるのかしら。
こうしていると、さっきの3人が拘ったのもわかる。
にらめっこの末、根負けしたのは私だった。
目を細め、観念する。
「そうね、貴方がもっとおいしそうになった頃にまた来るわ♪」
/藤原妹紅/
音がやんでしばらく経った。
間に合うだろうか、そう思いつつ走った。
やっぱり居た。慧音だ。
他の誰かもいる。慌てて木の影に隠れる。
夜目にも判りやすい二色の衣は、いつも輝夜の横にいる女だ。
それが、なぜ慧音と話をしている。
慧音は、私の味方なのに。
あの女。
輝夜は私から父を奪い、人であることを奪い。
なのに輝夜は一人ではなかった。私がなくしたものを持っていた。
今度は慧音まで奪おうというのか。
――いや、もしかして慧音はあいつらとも仲が良かったのだろうか。
慧音は優しいから、誰とでも――
結局出て行くタイミングを掴めず、あの女が去るまで隠れていた。
まだ転がっている慧音の傍らに座ると、膝枕――はやめて、普通に座った。
何も見ていなかった風に装って、事情を一通り聞く。
「私は何もできなかった・・・・・・無念だ」
そんなことないと言おうとして、やめた。
気休めの代わりに出た言葉は、同情に見せかけた問い。
「慧音は人間が好きだものね」
沈黙。
慧音は空を見上げるだけで、こっちを見ない。
私は不自然なのは承知で、できるだけさりげなく言った。
「ねぇ慧音。・・・・・・慧音には私も人間に見える?」
「あー? どうしたんだいきなり、当然だろう」
そっか、そうだね、と二度頷く。
私を人間としてみてくれる。それは、嬉しかったけど。
それだけのことだった。
あの女が出てくるまでもなかった。
慧音は人間が誰でも好きなんだ。
月はずっと遠くで輝いている。
/上白沢慧音/
妹紅が探しにきてくれたが、口数も少なく、どこか拗ねているようだ。
口を結んでふてくされているその横顔は、さっきの子供より子供らしい。
いつもの強気な彼女からすると想像できない。
妹紅のさらさら流れる髪に手を伸ばそうとして引っ込めつつ、
失言でもしたかと思い返すことしばし。
思い当たった。
妹紅。それとこれは別だ。
そう言ってしまうのもいいが、惜しい気もする。
何しろ言ってしまえば、こんなお前はもう見れないのだ。
さてどうしたものか。
「え?疲れたから帰る?
疲れたってお前、今来たばっかりじゃないか。
あ、いやいや、すまぬそういう意味じゃない。
まま待って待ってちょっと待った。」
振り向いた妹紅は、なぁに? と首をかしげ、寂しそうに笑う。
夜空の中、風に吹かれ、彼女は一人で立って。
待っている。
あぁ、私は何を。
きっと騒ぎを聞きつけて飛んできてくれたのであろうに。
こんな私を、人になれない私を、人に混じっても孤独な私を想い。
独り夜道を走ってきた彼女に。
それでも笑ってみせる彼女に。
何を。
立ち上がり、目の高さをあわせる。
「その、だな。さっきの続きなんだが。
ああ、お前は人間だよ。
そして私は人間が好きだ。
でも、でもな、私はお前が人間だからこうしているのではないよ。
私は単にお前が――」
月は遥か彼方にある。
けれどその光がここに至るなら、
この想いも月に届くはずだ。
必ず。
/鈴仙・優曇華院・イナバ/
今朝、家の前に立派な筍がおいてあるのを見つけました。
筍御飯にして頂こうと思います。
は、ウドンゲに持っていかれましたか。
でもそういう部分がウドンゲのよいところだと思います。
他の人妖も精進します……
その想いの矛先の違いが争いを生み、人も妖も変わりはない。
何か思わず社会情勢まで鑑みてしまいましたよ。GJ!
>床間たろひ氏
そうですね、自分のことなら我慢できる人でも譲れないときとか。
誰かが喜んでいる一方で悔しい思いをする人もいたりとか。
そういうものが書けてれば幸いです。社会情勢まではともかく(笑)