Coolier - 新生・東方創想話

組曲「紅魔狂想曲」 第6番~終演

2005/06/02 06:56:26
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    第6番 「スターボウブレイク」



 七色に光る星の波に、ルナサはたちまちに飲み込まれる錯覚を見た。
 すくみあがりそうになる自分の足を、彼女は励ます。
 諦めるわけにはいかない。ここまでで、まだ山の半分にしか至っていないのだとしても。その半分を自分たちは確かに乗り越えてきたのだ。残り半分を越せないだなんて、どうして決め付けられる?
 押し寄せる弾幕のプレッシャーに、しかしルナサは敢然と立ち向かう。七色の弾が肩にかすり、帽子を跳ね飛ばし、すぐ足元に穴を穿っても、その双眸はまっすぐ敵を捉え続ける。
 しかしいつまでも耐え切れる自信はなかった。精神的に追い込まれるより先に、相手のスペルカードを打ち砕くしかない。ルナサもスペルカード宣言、頭上のヴァイオリンを激しくかき鳴らす。

「スードストラディヴァリウス!」

 彼女の独奏における切り札だった。出し惜しみなどしていられない。

「姉さん!」

 突然、背後からメルランの声。肩越しに振り返ると、床に膝を着いているリリカと、それを庇うようにしているメルランとが見えた。
 リリカもまだ動けるらしいと察し、ルナサは胸を撫で下ろす。が、すぐに怪訝そうに眉を寄せた。
 敵の攻撃範囲は部屋全体に及んでいる。なのに、なぜか二人は一切被弾していないようだった。その場から全く動いていないというのに。怒涛の如く降る敵弾が、まるでその一点だけを避けて通っているかのようだった。
 訝るルナサの視線を受けて、リリカが瞳に悪戯っぽい光を躍らせた。

「これぞ秘技・オーバーザスターボウ!」
「お……なんだって?」
「平たく言えば安地なんだけどねー」
「なに? アンチ?」

 ルナサにはさっぱり意味が分からなかったが、とにかくあそこは安全らしい。妹たちの無事にほっとしつつ、同時に釈然としない思いも湧く。なんかずるい。今からじゃ、私が避難するのは無理っぽいし。

「なによ、それ。ずるいわ!」

 フランドールも腹を立てている。それはそうだろう、とルナサはつい共感してしまった。

「甘い! 隙を見せたのが悪いのよー」
「そーれ、援護射撃のヒノファンタズム」

 メルランがトランペットを景気よく吹き鳴らす。二方向からの攻撃に、フランドールは劣勢に陥ったのを認めるしかなかった。

「……許さない。そんなズルをする奴には、いっぱいおしおきしてやるんだから!」

 悪魔の尻尾を模した杖が再度振られ、七色の星は消えた。替わって現れたのは、巨大な白い光弾。
 五つもの巨弾を、フランドールは同時に投擲する。



    第7番 「カタディオプトリック」



 白い巨弾は子弾を撒きながら部屋を斜めに貫く。ルナサはこれを壁際でかわした。
 通常の弾なら、壁に着弾した時点で消滅するはずだった。なのにこの時の弾は常識外、壁で反射し、再びルナサを襲った。

「くうっ」

 素早く身をひねり、体への直撃は免れたものの、そばに浮かべていたヴァイオリンが白い光に飲み込まれてしまった。無情な破砕音をルナサは耳にした。

「どう? これはかわせないでしょう」

 フランドールの勝ち誇った声。呆然とそちらを向くルナサに、悪魔の妹は哄笑を浴びせてきた。
 それを断ち切ったのは、リリカの、なぜかフランドールよりも勝ち誇る声。

「甘いわね、だからお子様だって言うのよ!」

 メルランに支えられながらも、リリカは胸を反らしてフランドールを見下ろすようにしていた。

「跳ね返る弾くらいで、何を勝ち誇ってるんだか。そんなのに引っかかるのは、ルナサ姉さんくらいよ」
「おい、リリカ……?」
「大体、スペルカード名が既に怪しいんだから、世話ないよねー。『トリック』なんて付いてたら、警戒しなさいと言ってるようなものよ。あと、『トラップ』とかもー」
「う……」

 まくしたてるリリカに、フランドールはわずかながらたじろいだ。リリカの弁舌に飲まれかけている。
 ここぞとばかり、リリカは畳み掛ける。メルランから身を離して楽器を構え、

「お手本を見せたげる。相手の裏をかく弾幕ってのは、こうやるものよー。『ベーゼンドルファー神奏』イミテーション!」

 キーボードが極彩色の派手な音を鳴らす。音はリリカの周りで螺旋を描き、それから急速に伸びて弾幕と化した。それは先刻も用いた攻撃だったが、受けるフランドールの側には戸惑いの色が見える。

「え? え? イミテーションって、偽物って意味よね?」
「そうよー、さっきとは違うのよー。ほら後ろ、気をつけないとー」

 リリカはにやにやとフランドールの後ろを指差す。フランドールは釣られて振り返ってしまう。
 が、そこには差し迫る危険などなかった。

「なんてね、本当はノーマルなベーゼンドルファーだったりー」

 フランドールは慌てて正面を向き直ったが、遅かった。目前まで迫っていた弾幕をかわす暇などなく、まともに被弾する。
 メルランがトランペットを鳴らし、妹を賞賛した。

「リリカー、『ベーゼンドルファー』はドイツ語で、『イミテーション』は英語よー。……我が妹ながらえぐいわね」
「まったくだ……しかしフランドールって、屈折してるようで素直な子なのね」

 正々堂々を身上とするルナサからすれば、頭痛のしそうな三女の戦術だったが。
 ああ、ほら、立ち上がったフランドールはすっかり怒り心頭といった面持ちではないか。

「ずるい、ずるい! こんなのなし!」
「なに言ってるのよー。『無中生有』、立派な兵法だよー。引っかかるのは、あんたがお子様だからじゃないのー?」

 悪びれる様子もないリリカに、フランドールは半べそをかき、下唇を噛んでわなわなと肩を震わせる。

「馬鹿にして、これでも私のほうが年上なのに。私が辿ってきた年月のしるし、あなたたちにも見せてあげるわ!」

 ヒステリックな叫びが新たな弾幕を呼ぶ。
 出現したのは、またも巨大な光弾がふたつ。だが今度は、ただでさえ大きなその弾に、四本の光の針が生えている。
 光弾はゆっくりと回転を始める。光の針で大気を切り裂きながら。それはあたかも時計の針が時を刻むかの如く。



    第8番 「過去を刻む時計」



 それを目にしたルナサの決断は早かった。

「スティジャン、いくよ」
 再度の合奏を妹たちに促す。
 メルランは姉の言葉に戸惑った。

「え……でも、姉さんの楽器は」
「この曲ならあなたたち二人だけがメインでも演れるわ。私は通常弾で指揮を執るから、それに合わせて」

 長女の真剣な表情に、妹たちも腹を決めた。迷っている時間などない。
 ルナサは指揮棒をかざすかのように、両手を持ち上げた。それを受けてメルランとリリカがそれぞれの楽器を準備、長女の合図と同時に音を出させる。演奏は思念で行い、空いている手には、霊力を収斂させた光の刃を握る。
 そして迫りくる光の針を、その刃で受け止めようとする。

「確かに私たちはあなた、フランドールほどの長い時間を存在してきたわけではない。それでも、三途の川縁を歩く程度の経験はしているの。あなたはまだでしょ……だから、垣間見させてあげる」

 ルナサは指を指揮棒とし、それを振る。変拍子。

「スティジャンリバーサイド」

 妹たちの重奏を導く。
 またレーヴァテインで切り崩されたりしないか、そんな危惧はあった。合奏を崩されるのは、なにより精神的に痛い。姉妹の絆そのものを切り裂かれるようで。
 だからこそ、なおのこと負けられないのだとも思う。突発的に、まともな理由もなく始まったこの弾幕ごっこだったが、ここまで来れば譲れる道理などない。
 ルナサはフランドールの挙動を注視する。もしもレーヴァテイン発動の気配があれば、指揮者たる自分がすぐに対処しなければならない。妹たちなら咄嗟のアドリブにもついてこられるはずだった。
 フランドールもこちらを睨み付けていた。赤い、わずかな狂気を帯びた、けれど純粋な眼差し。
 それが、ふと笑うように歪んだ。

「なんだかんだで楽しませてもらったわ、あなたたちには。でも、これでこそおしまい。これで全て、誰もかもが消え去るの。みんな、消えちゃえ」

 幼い言葉と同時、光の針と弾が消えた。時計の凶針と鍔迫り合いを演じていたメルラン、リリカは勢いあまってつんのめる。
 ルナサが妹たちに目をやり、そして前方に戻したとき、そこにフランドールの姿はなかった。

「え……?」



    第9番 「そして誰もいなくなるか?」



「あれー? あいつはどこへ行ったの?」
「疲れて帰っちゃったのかしら」

 大広間には三姉妹のみが取り残されていた。これまでの騒動が嘘のような静寂。
 終わった、何もかも片付いたのだ、などと楽観的な考えは誰も持たなかった。緊張の眼を油断なく周囲に巡らす。
 異変はすぐに起こった。部屋の隅にぽつりと、鬼火のように、青白い弾が出現したのだ。
 弾は左右に子弾を展開しながら、自らも三姉妹めがけて突き進む。

「これは……なんだ? フランドールはどこへ行った?」

 いくら広い部屋とは言え、照明は充実しており、隅々まで目を届かせることができている。なのに、どこにもあの幼い吸血鬼の姿を見出すことができない。

「ずるい、こんなのー! 一方的に攻撃されるだけなんてー」
「リリカがあんまり挑発するからよ」

 メルランの指摘に、ルナサも賛同したくなった。そして唐突に、この攻撃の正体を悟る。
 耐久弾幕――俗にそう呼ばれる、かなり高度な力を持った者だけが駆使できる弾幕だ。
 これには、敵本体を叩いて強制的にスペルカードの効果を終了させるという一般的な対策が取れない。なにしろ敵本体に攻撃が届かないのだから。名前の通り、耐えるしかないのだ。
 リリカの性には合わないらしく、三女は憮然となっている。

「これじゃジリ貧じゃないのよー」
「いや、終わりのないスペルカードなんて存在しない。凌ぎきれば、それで私たちの勝ちだ」

 その間にも青白い鬼火は子弾を吐きつづけ、三姉妹を付け狙う。三姉妹が逃げ惑っていると、やがて諦めたのか、それとも満足したのか、鬼火は消滅した。
 入れ替わりに、四方の壁際から新たな弾の波。包み込むような動きのそれに、ルナサは部屋の中央へと追われそうになりかけ、危うく、先刻クランベリートラップを仕掛けられた際のリリカの警告を思い出した。

「そうだよ、姉さん。壁寄りでかわすのー」
「でも……これをずっと避け続けられるのか」

 弾幕は次々と湧いてくる。その間隔は徐々に縮まっていき、動きを目で追うのが困難になる。

「さすがにもうだめかもね……」

 今にも挫けそうな妹たちの顔を見て、ルナサは弱気になりかけていた自らをも含め、叱咤する。

「目で見切れないのなら、耳よ、音で動きを読むの。私たちならできる」
「音って……無茶だよー」
「いいえ、リリカならできるかも。絶対音感を持ってるくらいだし」

 メルランに笑いかけられ、リリカはしぶしぶといった感じながら、耳を澄ます。
 弾幕の射出音が連続して聞こえる。射出音の間隔はどんどんと短くなり、それはリリカを焦燥に駆らせる。抗いがたい衝動。

「リリカ」

 メルランの穏やかな声。普段と変わらない笑顔がこちらを向いているのを感じ、リリカは落ち着きを取り戻した。こういうところは姉さんには敵わないな、と内心で苦笑しながら。口にすることはないだろうけれど。
 もう一度、姉たちが信じてくれた自分の耳を働かせてみる。
 射出音は危険を訴える音。ならば味方とすることだってできるはず。リリカは敵の射出音をメトロノームにし、タイミングを取ろうと試みる。

「……144……155……165……170……」

 リズムを刻み、それに合わせ、思い切って体を動かす。かわせた。不思議と弾の動きが見えている。宙で軽やかにステップを踏み、連続する弾の波を乗り越えていく。
 そして気が付けば弾の波は引き、部屋の奥にフランドールが再び姿を現していた。タイムアップ。信じられないといった面持ちで、リリカを見ている。

「うそ……これで決められないなんて……」
「ふふ、余裕よー」

 ことさら胸を張って、リリカはうそぶく。その背後から、疲れきった姉たちの声。

「やったな、リリカ。さすがだよ」

 ルナサもメルランも、完全には回避し切れなかったようで、肌や服にダメージの跡が見える。それでも戦意は失っていないようだ。
 そんな三人の姿に、フランドールはわずかに呆然となって、それから不意に、奇妙なほど静かな表情になった。さっきまでは確かにあった無邪気な幼さが、そこにはもう、ない。

「分かったわ。それなら、これで正真正銘の最後。私の全てをこの弾幕に込めて、あなたたちを撃ってあげる」

 声と共に、リリカは不思議な音を聞いた。温かくも冷たい、何かのリズム。
 ああ、と気付く。これは、あの子の命の鼓動だ。吸血鬼の、生きながらにして死んでいる者の、時を刻む音。
 その鼓動に合わせて、フランドールの前面に白色の弾幕が展開される。



    第10番 「495年の波紋」

 

 ならば、三姉妹が為すべきことも決まっていた。
 相手が全てを弾幕に込めてくるのなら、こちらも同じくするまで。
 三人は一瞬に視線を交差させる。

「ヴァイオリンが無くても、やれるだけはやってみる。心残りのないように――」
「心置きなく、ね」
「いくよ、大合葬――」

「霊車コンチェルトグロッソ怪!」

 賑やかな音が空間に満ち溢れる。






 のどかな鳥のさえずりを遠くに聞き、ルナサは目を覚ました。
 豪奢なシャンデリアの下がる、紅い天井が見える。ルナサは自分が仰向けになっていることを知った。
 身を起こそうとすると、体の節々が痛んだ。それでもなんとか上体を起こし、周りを見る。すぐそばで二人の妹が、大の字になって引っ繰り返っていた。
 フランドールの姿はどこにもない。また耐久弾幕、というわけでもなさそうだ。
 ああ、負けたんだな――ルナサはぼんやりと考える。疲労はあったが、そう悪い気分でもなかった。あの戦いは悪夢のようではあったが。
 妹たちを起こそうとすると、それを見計らったようなタイミングで出入り口のドアが開き、咲夜が姿を見せた。

「みなさん、おはようございます。報酬となっております、お食事の用意ができましたので、ご案内に参りました」

 その声で、メルランとリリカも目を開いた。

「うーん。おはよう、姉さん」
「うー、おなか空いたー」
「では、こちらへどうぞ」

 立ち上がった三人は、咲夜に案内されて、来賓用の食堂へと向かう。

「いぬにく、いぬにくー」
「あいにくと犬肉はございませんわ。それ以外の肉ならございますけど」
「あの……」

 リリカとじゃれあっている咲夜に、ルナサはおずおずと尋ねた。

「フランドール嬢は……?」

 メイド長はにこやかに答えてくれた。

「フランドール様なら、今頃レミリア様と、姉妹水入らずでお食事なされていますわ」




「それでね、お姉様。私の弾幕を見て、あいつら大慌てで逃げ回ったのよ」

 来賓用とは別のプライベートな食堂。スカーレット姉妹は長テーブルを挟んで向かい合っていた。
 フランドールは手のフォークを魔法の杖に見立て、それを振り回しながら、プリズムリバー三姉妹との弾幕ごっこの情景を姉に説明している。

「こうやって、とどめはこう! 楽しかったなぁ」
「そう。すごいわね、フランは」

 妹とは対照的に、レミリアは優美な動作で料理を口に運びつつ、その合間に話に相槌を打つ。

「あの生意気なリリカって子も、そこそこはできたけど、やっぱり私には及ばなかったわ」
「さすがね」
「ねえ、お姉様。霊夢や魔理沙が来てくれないときは、またあの騒霊たちと遊びたいな」

 妹の無邪気な望みに、レミリアはうっすらと笑う。











    アンコール 「U.N.オーエンは彼女だったのか?」(予定)



「ねえ、また紅魔館から慰問演奏の依頼が来たんだけど……」
「私、パス」
「右に同じー」
「やっぱりね……はあ、断りの手紙、書かなきゃ」
「姉さんは苦労が絶えないわね」
「くろーしょー。早く老けちゃうよー」
「……リリカ、あなたソロで行ってらっしゃい。ソリストデビューよ」
「うえー、ごめんよルナ姉ー、許してー」



 フランドールとの一戦は、たちまち幻想郷中が知るところとなり、プリズムリバー三姉妹は音楽面以外でも高い評価を得ることとなった。それによってますます演奏の依頼が増えることとなったのだが、紅魔館からの依頼には、なぜかいつも都合が付かず、受け付けられなかったという。



 *アンコールは諸般の事情により、中止させていただくことになりました。皆様のご理解をお願いいたします。(プリズムリバー)




                                                           終演


お疲れ様でした。

ルナサ大好き、日間と申します。
ほぼ全編、弾幕ごっこ……書く前から分かってはいたことですが、難しいったらありゃしませんね。
筆者のテンションがそのまま文中に反映される、それが弾幕クォリティ。
とち狂って全10ラウンドに設定した自分が今でも憎いです。本物のリングで10R闘ってこいや、俺。

今回は量に比例して、突っ込みどころも多くなっているとは思います。
途中から文体は怪しくなるわ、視点は姉妹間で行ったり来たり、そのくせメルランの出番が少ないわ、音楽知識が半端だわ、リリカに絶対音感って、あんた。使い方おかしいし。他にも安地って……筆者は怖くて使ったことありませんが。
まとめると、技巧を凝らす前に基礎的な力量を付けろということですな。日々是修行。
そしてこっそり自己突っ込みこと修正をしておきました。

とにかく、読んでくださった方々には改めて、お疲れ様を申し上げます。
そしてご清聴、ありがとうございました。
日間
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コメント



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12.80SETH削除
安地を小説で使うとは・・・これまた一興w