今日も良い冥界日和であった。
……冥界日和って何やねんと問われても答え様が無いのでこの件に関してはスルーさせてもらう。
私は色々と忙しいのだ。
ともかく、冥界日和かどうかは知らないが、良い陽気の昼下がり。
白玉楼が庭師、魂魄妖夢は今日も庭仕事に精を出していた。
まだ日の高いこの時分、さぞや暑さでダレ気味かと思われる所だが、当の妖夢の足取りは至って軽やかである。
ステップ、ステップ、アン、ドゥ、トロワ。
そんなリズムで良くも剪定などが出来ると感心したくなる。
「ごめんねーすなーおじゃなくってー」
ついには歌声まで飛び出した。
私上機嫌です、をアピールする手法としては真に効果的であると言えるだろう。
選曲がアレなのはこの際不問としておく。
「……」
そんな浮かれた妖夢の様子をしかめっ面で眺めているのは、言わずとも知れた西行寺幽々子その人である。
と言っても、元々ここ白玉楼に人の形を取った住人は、幽々子と妖夢の二人しか存在しないので当然なのだが。
「むー……」
幽々子は不満気な表情のまま、手元の湯飲みに茶を注ぎ入れた。
「あ、茶柱……」
湯飲みの中心には珍しくも茶の茎が直立して姿を見せていた。
これに少し気を和らげたのか、表情を崩す幽々子。
が、茶を啜り込もうとしたその時、あろう事か二本目の茶柱が立った。
続けて三本、四本、五本……たちまちの内に湯飲みは茶柱で埋め尽くされてしまう。
「……って、茶漉しが取れてるじゃないの!」
憤った幽々子は、はしたなくも勢いよく急須を投げ飛ばした。
加速の付いた急須は、時速140kmでシュート回転しつつ庭木にぶち当たり、その儚き生涯を終える。
その音は決して小さい物では無かった筈なのだが、妖夢は気づく素振りすら見せない。
「それが乙女のぽりしぃ~~」
良い陽気の昼下がり。日本刀片手に歌声を上げながら軽やかにステップを踏みつつ剪定する様子は非常に紙一重である。
誰か止めてやれ。
「……うー……」
さて、見ての通り、本日の幽々子嬢はいささかご機嫌斜めである。
普段のほわほわな空気は微塵も感じ取れず、幽霊らしく邪なオーラを漂わせている。
今不用意に近寄ろうものなら、その者の末路は恐慌、後に食材であろう。
これほどまでに幽々子を歪ませるその原因とは……
「……あっ!」
妖夢は庭掃除の手を止めると、白玉楼唯一の入り口である階段へと顔を向けた。
そこから姿を現したのは、黒と赤が左右対称になっているという、
何とも珍妙な色合いの服装に、やたらと使い込まれた様子のある鞄をぶらさげている一人の女性。
月の頭脳こと、八意永琳だった。
永琳は、視界に妖夢の姿を認めると、笑顔を見せて歩み寄った。
「こんにちは、お邪魔するわね」
「いえ、今日も遠い所をご足労お掛けして申し訳ありません」
「そんなに畏まらないで頂戴、別に私は嫌々来てる訳じゃないのよ」
「そ、そうですか」
ややぎこちなくあるも、どこか親しみを感じさせる様子という所か。
「立ち話も何ですし、どうぞお入り下さい」
「ええ、お言葉に甘えさせてもらうわ」
二人は連れ立って屋敷の中へと消えてゆく。
幽々子を完全に無視して、である。
「うーーーーーーーーーー」
取り残された幽々子は、空しい唸り声を上げる。
無論、反応する者など存在しない。
「どうしてこうなっちゃったのかなぁ……」
先日、月が何者かに隠されるという世にも珍しい事件が起こった。
何の気紛れか、能動的とは言い難い幽々子が妖夢と共に事件を調査に向かい、そして解決することに成功する。
だが、その際の後遺症により、妖夢の目は病魔に侵されてしまう。
事件の主犯格の一人であった永琳は、罪滅ぼしのつもりであろうか、薬師として妖夢の治療に当たる事を約束した。
故に、永琳がここ白玉楼を訪れる事は珍しくは無い。
……が、問題はその関係にある。
当初は妖夢も、幽々子と一緒でないと対面しないという有様であったのだが、
訪問を重ねるにつれて打ち解けて行き、次第に幽々子の方がフェードアウトしていくという事態と相成った。
今ではもう、幽々子を完全にスルーして二人で部屋に篭る始末である。
「もう目なんてとっくに治ってるんじゃないの? まったく、何しに来てるのやら……」
何しに……
なにしに……
ナニしに……
「……まさか、ね」
脳内に浮かびつつあった妄想を振り払うと、冷めつつあったお茶をずずと啜りこんだ。
「けふっ! かふっ! こふっ!」
速攻でむせる。
茶柱満載のお茶は、幽々子の喉にはいささか不整合があったようだ。
「ふんがーーー!!」
怒りにまかせて湯飲みをぶん投げた。
直球と何ら変わらぬ速度でありながら、中ほどで急激に下降する見事なフォークボール。
そして、先程粉砕された急須と寸分違わぬ位置で砕け散る。
また一つ、白玉楼の庭は汚された。
無論、掃除するのは妖夢だ。
「あーーもーー! よーむー! 急須と湯飲みと……ああ、お茶一式持って来てーー!!」
来てー
きてー
きてー
きてー……
叫び声は、空しく木霊を返すに留まった。
返事は……無い。
「うううううううううううううううううううううううううううううううううう」
最早、幽々子の憤りは極地へと達していた。
「主人の命が聞こえないってどういう事よっ! お仕置きしてやるわっ!」
憤懣やるかたない表情で立ち上がると、下品にもどすどすと足音を立てて屋敷の中へと入って行った。
ちなみに、幽々子に自分でお茶を取りに行くという考えは微塵も無い。
生まれ持って……いや、死に持っての主人気質なのだ。
決してやり方も場所も知らないから、という事は無い。多分。
「……」
妖夢の部屋に近づくにつれ、次第に足音を殺し始める幽々子。
心を改めた訳では無い、新たなアイデアが浮かんだだけだ。
「(これって二人が何をしてるのか知るチャンスじゃないの)」
だそうだ。
別に静かに歩かないでも、浮いて行けば良い事には最後まで気が付かなかった。
自身が幽霊である事を些か失念している感が無いでもない。
「(せっかくだから私はこの窓を選ぶぜ……と)」
何がせっかくなのか知らないが、そっと、壁に仕込まれた隠し窓を覗き込む。
室内からはただの壁にしか見えないのだが、外からは丸見えという瀟洒な一品である。
どうやら妖夢にプライベートというものは存在しないようだ。
『これは何本?』
『ええと、三本……と見せかけて四本です』
『……ふむ。視力は問題なし、と』
「……」
一応医者と患者のやり取りには見える。
と言っても、亡霊生活の長い幽々子に、正しい医者のあり方など分かるはずもなく、
なんとなく雰囲気で察しているに過ぎないのだが。
「(そう言えば、この間読んだ本にそういうのあったわね)」
『せ、先生。こうですか?』
『だめよ、もっと足を開きなさい』
『は、はい……』
『恥ずかしがらないでいいのよ。これは正当な医療行為なんだから』
『ああっ、先生……』
「ぷはっ!」
妄想が過ぎたのか、幽々子の鼻から大量の血が吹き出した。
放物線を描く真紅の流れが、儚くも美しい。
『……ん?』
『あれ、どうしました?』
『何か聞こえたような……気のせいかしら』
「(あ、危ない。というかアブナイ所だったわ。これじゃどこぞの変態メイドと変わらないじゃないの)」
ぶんぶんと頭を振り、妄想を振り払う。
部屋から誰も出てこない事から、幸いにもまだ気が付かれてはいないようだ。
「(冷静に……冷静に……)」
改めて中の様子を窺う。
『どう、ですか?』
『……ほぼ完治したと見て良さそうね。後は投薬治療だけで大丈夫よ』
『良かったぁ……毎日いろんな物が見えて大変だったんですよ』
『冥界という場所だけに苦労したでしょうね。本当にごめんなさい』
『あ、いえ、気にしないで下さい。これはこれで貴重な経験だと思いますから』
「……」
実際に展開されていたのは、良く言えば普通。悪く言うなら面白みにかけるやり取りだった。
「(別に、アレな流れを期待してた訳じゃないけど……)」
『さて、薬師のお仕事はここまでという事で……始めましょうか?』
『あ、はい……宜しく、お願いします』
瞬時に幽々子レーダー(対妖夢)がゲージを振り切った。
「(始める!? 何を!? やっぱりアレなの!?)」
張り付かんばかりに覗き窓に顔を寄せるも、二人とも視界の死角へと移動してしまったようで
ここからでは様子は窺えない。
「(仕方ないわね……天井裏を使いましょう)」
幽々子は身を翻し、移動を開始した。
極秘ミッション、パターン2である。
抜き足差し足で部屋の反対側へと回る。
「しっかし、あのセンスどうにかならないのかしら」
が、気が緩んだのか、ぶつぶつと独り言が漏れていた。
隠密行動、台無しである。
「大体、薬師ならもっと薬師らしい格好しなさいってのよ。そんな毒々しい色使いじゃ目に悪いでしょうに」
延々と悪口を垂れ流すその姿に、普段の余裕や優雅さは微塵も感じられない。
「目に優しいのは桃色……ん?」
何かに気が付いたのか、言葉を止めると、首を90°捻る。
「……う~~……」
幽々子から襖を数枚隔てた地点で、こそこそと部屋を伺っている少女がいた。
本人としては隠密行動のつもりなのだろうが、やたらと目立つどこぞの制服のような服装と、
ほっかむりから飛び出しているみょんなウサ耳のせいで台無しだった。
状況から察するに、どうも幽々子の存在に気が付いていない模様である。
後から来た筈であろうに、暢気なものだ。
「……う~、よく見えないよ……」
「!?」
少女が何を思ったか、襖を開けんと動き出したのを見て、幽々子は動いた。
静かにその人物の背後へと接近し……
……耳を勢いよく摘み上げる。
「みぎゃ……もがむがふがー」
「こら、大声出すんじゃないの」
叫び声を上げようとする口を素早く塞ぐと、耳を引っ張ってずるずると連行する。
「は、離してぇー! 耳取れちゃうよー!」
「何言ってるのよ、どう見たって付け耳じゃないの」
「これは天然!」
「……」
数分後。
屋敷内の別室へと放り込まれた少女は、ちゃぶ台を挟んで幽々子と対面していた。
そのちゃぶ台の上には、大量の人参の糠漬けが並べられている。
少女はそれから目を逸らすように、むすりと押し黙る。
「……」
「さ、とりあえずお上がりなさいな」
「……」
「大丈夫よ、毒なんて入ってないわ。……今回は」
「って、普段は入ってるの!?」
「……」
「そこで黙らないで!」
「味のほうは保障するわ。私が自ら10分間に渡って漬けた一品よ」
「10分って漬けた内に入らないでしょ! というかなんで10分で止めちゃうのよ!」
「ほら、この目玉のあたりなんて特に」
「それは人参じゃなくてマンドラゴラよっ!」
勢いに任せて突っ込み返す少女であったが、幽々子はというと扇で顔を伏せるとくすくすと笑い出した。
「何がおかしいのよ!」
「ふふ、ようやく口を開いてくれたと思ってね」
「……あ」
ここに来て、ようやく自分が誘導されていた事に気が付く少女。
一瞬、怒りを露にするが、それも直ぐに消沈していき、はぁ、と息を漏らす。
「……やっぱり私ってどこに行ってもこういう役回りなのね……」
少女は、己の運命という物を噛み締めていた。
が、しかし、だ。
だからと言って、目の前の人参だけは噛み締める訳にはいかない。
この亡霊は相当にしたたかで狡猾だ。どんなワナが待ち受けているとも限らない。
それに、例えこの人参に何の仕掛けが無かったとしても、それを甘受するほど能天気ではない。
大体、兎だから人参というその安直な思考が気に喰わない……!
「むぐ、むぐ、むぐ」
「どう、美味しい?」
「……うん」
結局、本能には勝てなかったようである。
あらかた平らげた頃を見計らい、幽々子が話を切り出した。
「さて、貴女……ええと、名前は何て言ったかしら」
「……あの時言わなかったっけ? 鈴仙・優曇華院・イナバよ」
「随分長ったらしい名前ねぇ、じゃあウドンゲ……」
「……その呼び名は止めて」
「あら、ま、いいけどね。それじゃ鈴仙ちゃん」
ちゃんが余計だ。と言いたくもあったが、こんな所で話を拗れさせるのも困るので妥協する事にした。
「知ってるかしら。冥界において不法侵入は死罪と決まっているのよ」
「え、ええ!?」
何と言う事だろう、一難去ったと思いきやここで落としてくるとは。
やはりこの亡霊侮り難い。
「……まぁ、ここに生者が訪れる事自体が稀有だったし、とうの昔に風化しちゃったけどねぇ」
「お、脅かさないでよっ」
「実際、そんな事はどうでもいいのよ。私が聞きたいのは鈴仙ちゃんがこんな事をした目的について。
……もっとも、聞くまでも無い事かもしれないわね」
「……」
確かに、あの夜の一件以来、何の繋がりもなかった鈴仙が、ここを訪れる理由などただ一つであろう。
「……分かってるんなら聞かないでよ。
そうよ、ここ最近師匠が何処かへ出掛ける事が多くなって、それが気になって後を付けたのよ」
「やっぱりね……とりあえず貴女は潜入には向いてないわ。
むしろ堂々と正面から尋ねる方が、まだ上手く行くかもしれないわね」
「……そんなに酷かった?」
「ええ、すっごく」
「……そっか」
鈴仙が遠い目をしつつ視線を下げる。と、同時に耳もへにょりと垂れ下がる。
どうもあの耳は感情を表すものでもあるらしい。便利なことだ。
「……こんなんだから師匠にも愛想尽かされちゃったのかな……」
別に深い意味があって言った訳でも無かったのだが、どうも鈴仙は本気で落ち込んでいる様子である。
少し気の毒に思ったのか、幽々子は助け舟を出す事にした。
「安心なさい。短絡的な行動はともかくとして、感情豊かであることは、誇れこそすれ気に病むような事じゃないわ。
もしそれで愛想を付かされるようなら、それは貴女が悪いのではなくて、選んだ師匠に問題があるのよ」
「!! 師匠の事を悪く言わないでっ!」
逆効果だったのか、一瞬で激昂する鈴仙。
先程までの落ち込み具合が嘘のようである。
「……はぁ、私もこれくらい慕われたいものね」
「へ?」
何故だか今度は、鈴仙と入れ替わるように幽々子が落ち込んでしまった。
「そうよね……私が頼りないって思ってる以上に、あの子も私の事を頼りなく思ってるんでしょうね……」
「あ、あの? 幽々子、さん?」
「ようやくカリスマっぽい所を見せる事が出来たと思ったのに……
やっぱり日頃から毅然とした態度を取らないとダメなのかしら。
でも、アレ疲れるのよね……どうしてあの紅いのは平気なのか不思議でならないわ」
「あ、あの、そういう意味なら大丈夫だと思う……思いますよ。
うちの姫なんて、カリスマ以前に重度の引きこもりですけど、それでも何とかやっていけてますから」
等と、堂々と酷い事を言ってのける鈴仙。
どうも彼女にとって、永琳以外はその程度の存在でしか無いようだ。
「……ま、そんな事はどうでもいいとして」
「どうでもいいの!?」
「こんな所でしっぽりしてる場合じゃ無いわ。今すべきなのは、二人の関係を探る事よ」
「しっぽりなんてしてません!」
「でもミッションを続行するには間に合いそうも無いわね……どうしましょう」
「無視しないで下さいよぅ……」
「……あ、今思い出したわ」
聞いているのかいないのか、幽々子は一人、ぽんと手を打つと、何やら箪笥をごそごそと漁り始めた。
「こんな事もあろうかと友人からある秘密兵器を貰ってるのよ」
「い、今思い出したって……」
「じゃーん。『盗聴器』~」
「とうちょうき……? 何ですかそれ」
「ふっふーん。これと対になるものを妖夢の部屋に仕込んであるわ。
そして、この受信機というものを起動させると……」
『……ですか?』
『……よ』
やや途切れ途切れではあるが、確かに妖夢と永琳の会話音が聞こえてくる。
「これで離れた場所からも中の様子が窺えるって寸法よ」
「……はぁ、そうですか」
鈴仙は、感心するより先に、妖夢への同情心のようなものを感じていた。
いや、むしろそれは、同じ役割を請け負う者同士の共有感であろうか。
(「こんな状況じゃ無ければ、私達は良い友人になれたかもしれないわね……」)
しかし、それはそれ、これはこれ。残念ながら永琳以上に優先すべき事項は存在しない。
幽々子と鈴仙は受信機へと耳を近づける。
『わぁ、大きいですね』
『あら、そうかしら? これくらい普通よ』
「大きい!? 大きいって何がよっ! 胸? 胸なの!? そんなの私だってあるじゃないのっ!」
「お、落ち着いて下さいよぉ」
飛び込んできた言葉に、何故か激しく憤る幽々子。
「ね、鈴仙ちゃんも大きいって思うでしょ!?」
むんずと鈴仙の手を掴むと、己の胸へとぐいぐいと押し付ける。
「……あ、本当だ」
慣れているのか、特に慌てた様子も無くむにむにと胸を揉みしだく。
……慣れている?
「あふん」
その妙に巧みな指使いに、思わず声が漏れる。
しかし当の鈴仙はと言うと、何やら真剣な様子である。
「うーん、サイズも形も申し分ないけど……でも師匠と比べると、どうかなぁ」
「がーん、がーん、がーん」
幽々子はショックを顔に貼り付けて、崩れ落ちる。
日頃、最終兵器の一つとして活用していただけあって、流石に衝撃が大きかったようだ。
何に対する最終兵器かは言えない。断じて。
「うう、私から胸を取ったら何が残ると言うの……」
「そ、そんな事無いですよ! 幽々子さんにも良い所だって沢山ありますよ!」
「……それって、具体的に何?」
「え……」
「……」
「……」
答えられない。というか答えられる筈もない。
そもそも、幽々子とは実質的に、今日始めて会ったようなものである。
そんな人物を評する事が出来る程、鈴仙の人物観察力は鋭くは無かった。
先程の台詞も、反射的に返してしまっただけである。
「ううう……」
「ああ、ほら。そんなに真剣に考え込まないでよ。
今のはちょっとした戯れよ」
「え、そ、そうなの?」
きょとんとした様子の鈴仙に、思わず苦笑する幽々子。
「ふふふ、貴女って本当に好ましいわね。あのお屋敷でも随分と苦労してるでしょう」
「うう……分かりますか」
「そりゃあねぇ、永いこと亡霊やってきた私だけど、これ程の逸材は二人しか知らないわ」
「それって褒められてるんでしょうか……」
もう一人は考えるまでも無く妖夢の事だろう。
『それにしても暑いわね……冥界は涼しい所だと思っていたのだけど』
『そうですね……今日は特に酷いです。私は半分幽霊ですから、まだマシですけど』
「これだ!」
「え、何よ急に」
「良いですか幽々子さん。こうして盗み聞きしていても埒が開きません。
ここは一つ、直接的手段に打って出るべきだと思います」
「まぁ確かに……でも、具体的な方法はあるの?」
「ふふん。こう見えても私は月の頭脳の一番弟子。お薬に関しては割りと自信があります。
差し入れと称して冷たいお茶でも持って行きましょう。そして、その中に……」
にやりと、笑みを浮かべて、ブレザーの胸ポケットから、先端の尖ったカプセルを取り出す。
「……って、貴女。座薬を飲み物に混ぜるつもりなの?」
「ち、違いますよ! これは普通の飲み薬です!
師匠が『この形状はあらゆる局面に対応可能よ』って教えてくれたんですから!」
「そ、そう」
からかわれているだけじゃ無いか、と思う幽々子であったが
そこを突っ込むのは余りに不憫であった。
「で、その薬の効能は何なのよ」
「え、そりゃ勿論、百人乗っても全滅と名高い、イナバ印の超劇薬ですけど?」
にこやかに返す鈴仙。
まっこと無垢な笑みである。
「天誅っ!」
その笑顔を目の当たりにし、思わず胡蝶夢の舞を繰り出す幽々子。
ベクトルを無視して宙を舞う鈴仙に、ついでとばかりに霊撃を挟んで2セット叩き込んでおく。
7hitコンボ成立だ。
「な、何するんですかっ! 私は格闘戦は未経験なんですよっ!」
そう言う割には以外と元気に起き上がる鈴仙。
打たれ強さは弄られ者の必須条件なのだ。
「人ん家で堂々と殺人事件起こそうとするんじゃないの!」
「大丈夫ですって、師匠はこの程度の毒じゃ100リットル飲んだってびくともしませんから」
「あいつは大丈夫でも、妖夢が死ぬでしょ!」
「幽々子さんだって死んでるじゃないですか。ここで引導を渡しておけば末永く二人で暮らせますよ?」
「む……」
あろう事か、幽々子その言葉に一瞬考える素振りを見せた。
半分とは言え、妖夢は人間。年も取れば寿命も迎える。
あの子の性質からして、後継者を拝める機会があるとも思えない。
それならいっそ……
「……って、どうも論点がズレてる気がするんだけど」
「へ?」
「私達がこうしてるのは、二人の関係を調べる為じゃなかったっけ?」
「あ……」
鈴仙は、顔を赤くして俯いてしまう。
「ご、ごめんなさい。ちょっと頭に血が上ってたみたいです」
「そうね、目もそんなに真っ赤になっちゃってるし」
「……これは地です」
「ともかくもう少し様子を見ましょう。手を講じるには材料が足りなすぎるわ」
「……はぁい」
幽々子と鈴仙は、改めて盗聴器へと耳を傾けた。
『……ピー……ガガガ……ザー……』
「……あれ?」
が、盗聴器からは二人の声はまったく聞こえず、ただ耳障りなノイズを返すだけだった。
「何だろ……故障ですか?」
「!? 隠れてっ!」
「ふぇ?」
瞬間、むんずと頭を掴まれたかと思うと、力強く畳へと押し付けられる。
「(こ、殺される!?)」
突然の蛮行に、思わず死を覚悟した鈴仙だったが、予想していたような圧迫感もなく、
ぐるんと視界が反転しただけであった。
まぁ、それはそれで奇妙な現象ではあるのだが。
とんとん、と静かな音が襖から聞こえた。
「は、はーい、入ってます」
『……へ?』
幽々子の間抜けな返答に、戸惑った声が漏れた。
しばらくして襖がゆっくりと開かれた。
「あ、幽々子様。少し永琳さんと出て来ますが、よろしいでしょうか?」
「え、ええ、どうぞ、ごゆっくり」
「悪いわね。そう長くもかからないから」
「……ふぅ……」
二人が出て行ったのを確認して、幽々子は足元の畳へと手を押し付ける。
すると、その畳は中央を軸にぐるりと反転。
顔に疑問符をを浮かべた鈴仙が姿を現わす。
「な、なんですかコレ?」
「こんな事もあろうかと仕込んであった回転畳よ。他にも天井落としや偽階段も……」
「あ、ああ、もういいです。分かりたくないけど大体分かりましたから」
一体どこの忍者屋敷か、と思わないでもなかったが、
考えてみれば永遠亭も似たようなものであるので、ツッコむことは躊躇われた。
「さて、どうやら好機が向こうからやってきたようね」
「え、尾行するんですか?」
「人聞きの悪い事言わないで頂戴。あの子の日常を把握するのは、主としての正当な権利よ」
物には限度があるだろう、と思う鈴仙であったが、自分も永琳の事が気にかかるのは事実。
こうなった以上最後まで付き合う他ない。
「……分かりました。行きましょう」
永琳と妖夢の後方、1キロほどを置いて、幽々子と鈴仙は飛んでいた。
無論、これだけ距離があっては前の様子などまったく分からない。
「ねぇ、本当に見えてるの?」
「大丈夫です。私、視力には自信ありますから。例え二百由旬離れていても分かりますよ」
「ま、見付かる訳にはいかないし……目的地に着くまでは仕方ないわね」
こちらから見えていないのだから、前を飛んでいる二人は間違いなく気が付いてはいないだろう。
それまで、すべてを鈴仙に預けなくてはならないというのが、不安ではあるが。
「……あの、私、そんなに頼りないですか?」
「え!?」
いけない、どうやら顔に出ていたようだ。
「……余計なお世話かもしれませんが。そう思われるのって結構辛いんですよ
もちろん、事実ではあるんですが、それが自分でも分かっているだけに尚更……」
「……」
「だから、頼りにしてもらおうと背伸びをして、当然の如く失敗。悪循環ですね」
それは鈴仙自身の事を言っているのだろうか。
それとも……
しばらくの間、押し黙って飛んでいた二人だが、
魔法の森と呼ばれる所の上空にさしかかったあたりで鈴仙の目が細められた。
「あ、目標、地上に降りました。……なんだろここ。何かのお店みたいです」
「店?」
「ええと……香霖堂? という名前です。どうしてまたこんな辺鄙な所に立ててるんだろ……」
その店名には僅かばかり覚えがあった。
以前、妖夢が人魂灯を紛失した際、ここの店主が預かっていたらしい。
どうもその時に色々とあったようで、妖夢が香霖堂に関して話す時は、やたら不機嫌だったのが思い出された。
白玉楼からほとんど出る事の無い妖夢にとって、良い機会だと思いやった事なのだが……。
「(これが余計なお世話なのかしらね……)」
「どうします? 二人とも中に入りましたけど」
「え、ええ、そうね。……そのお店は中で様子が見られそう?」
「無理です。あんまり広くないですし、何より閑散としすぎてます。
人はおろか、ネズミ一匹進入するだけで気付かれるんじゃないですか?」
「そう……また覗きになるのね」
「気にしちゃダメですよ。いつもやってる事でしょう」
「……」
「い、痛い~! 耳引っ張らないでってばぁ!」
そんなこんなで、二人は香霖堂の窓へと張り付いていた。
幸いにも、暑い一日であるが故か、その窓は全開となっていた。
強烈な日差しが差し込める下、堂々と覗きを慣行する幽霊と兎。
実にシュールな光景ではある。
「……なのよ。置いてないかしら?」
「ふむ、それなら在庫があるかもしれないな。少し待っていてくれ」
「はい、お願いします」
奥へと姿を消す霖之助。
残された二人は、店内を散策しつつ、言葉を交わしていた。
「永琳さんは、ここに来た事はあるんですか?」
「いえ、初めてよ。でも中々興味深い所ね。
希少なマジックアイテムとただのガラクタが、ごく自然に混在しているなんて。
あの店主さんは相当な変わり者のようね」
「それは間違いないです」
「ふふ、貴女に言われるという事は、相当なものね」
「あー、酷いですよぅ」
「……何だか良い雰囲気ねぇ」
「……そうですねぇ」
二人は何となく居心地の悪さを感じていた。
覗きをしている後ろめたさもそうだが、その枠に入って行けないという事実が
より一層、二人を暗い心境へと導いていた。
「ねぇ、鈴仙ちゃん」
「……何ですか」
「貴女、うちで働いてみるつもりは無いかしら」
「そう、ですね。少しだけ考えておきます」
無論、お互い本気で言った訳では無い。
が、そんな言葉が出る事自体が、今の彼女らの心理状態を如実に表していると言えた。
「この間なんかも……わっ!?」
と、その時、妖夢が何かに蹴躓き、バランスを崩す。
そのまま地面と正面衝突をする前に、永琳に抱きとめられた。
「もう、あんまりよそ見するもんじゃないわよ」
「ご、ごめんなさい」
「「う~~……」」
同時に唸りを上げる幽々子と鈴仙。
先程までのしんみりした空気は、速攻で消え失せていた。
「……どうします、幽々子さん。やっぱり見てるだけじゃ事態は解決しないと思いますけど」
「そう、ね」
確かに目的は二人の仲を探る事であった。
が、やはり、こうしていると、妖夢が自分以外の誰かと楽しげにしている事自体が気に喰わなかった。
ここは己に正直に行動すべきであろうか。
「ほら、目見せてご覧なさい。今思いっきり埃を被ったでしょう」
「だ、大丈夫ですよう」
「だーめ。医者の言う事は素直に聞くものよ」
永琳は、有無を言わさず妖夢へと顔を寄せた。
「「なっ!?」」
これも運命の悪戯という物であろうか。
窓の外の二人には、その光景がある事実を指しているとしか映らなかった。
「ど、ど、ど、どうしましょうったらどうしましょう」
「こうなればっ……!」
意を決して、鈴仙が両の人差し指を窓の向こうの妖夢へと向ける。
その瞳には明らかな狂気が宿っていた。
「ち、ちょっと、何するつもりなの!?」
「やはり他に手段はありません。物理的に二人の関係を切ります」
「無茶言わないで! 狙うなら妖夢じゃなくてあっちの薬師にしなさいっ!」
慌てて幽々子は鈴仙を羽交い絞めにする。
先に鈴仙が切れたことにより、むしろ客観的な立場を取る事ができたようだ。
「だから言ったじゃないですかっ! 師匠に何百発打ち込んだところで無駄なんですよ!
大丈夫! 幽々子さんは住人が増える事を喜んでくださいっ!」
が、切れた鈴仙のパワーと来たら、幽々子でも抑えきれるものではなかった。
「(さっきから感じていたのは、こういう事だったのね……!)
ここに来てようやく、ある事実に気が付く。
鈴仙が妖夢と似ているのは何も日常におけるスタンスだけではない、
思い込んだら他が見えなくなる所までもそっくりだ。
無論、それが今の状況で良いか悪いかと問われると、間違いなく最悪であろう。
「ファイエルっ!」
「だーーーーめーーーーー!!」
必死の静止も空しく、鈴仙の両手から放たれる弾丸上の弾幕。
無数にばらまかれた筈のそれは、距離を詰めるにつれ、一つの射線へと収束していく。
幽々子お得意の適当射撃とはまったくの対極に位置する精密射撃である。
「見付かったよ、お探しのものはこれだろう?」
今まさに、弾丸が妖夢を貫かんとしたその時、何処かへ行っていた筈の霖之助が姿を現し、
あろう事か、妖夢の前へと回った。
それは丁度、弾丸の射線上であった訳で……
後ろを向いているということは、射線の先にあるものはアレな訳で……
「HOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
悲鳴とも嬌声ともつかない叫び声を上げて倒れる霖之助。
その表情には何故か僅かな愉悦が浮かんでいる。
「て、店主さん!?」
突然の事に動揺を隠せない妖夢。
「……」
永琳は妖夢を制するように視線を送ると、ピクリとも動かなくなった霖之助の脈を取った。
そして、小さく首を振る。
「……ダメね」
「そ、そんなぁぁ!」
時は少し遡る。
これから起こりうる光景を、目にしたくなかったからであろうか。
鈴仙が弾幕を発射した瞬間に、幽々子は意識を失っていた。
が、そこは亡霊でありながら生存本能たくましき幽々子の事。
ただ漫然とぶっ倒れ、頭を打つ事など許さなかった。
本人の意思とは関係なしに、背を逸らしブリッジの体制を取ったのだ。
さて、人を羽交い絞めにしたままブリッジするとどうなるか……
ぐしゃ
見事な人間橋を描き、鈴仙の脳天が地面へとめり込んだ。
ドラゴンスープレックス、一閃。
そこを通りがかった一人の農夫が、思わず声を上げた。
「ビューティフル……」
「うう、空手の意地を見せて……はっ!?」
「あ、起きたわね」
よくわからない夢から覚醒した鈴仙を、幽々子が安堵の表情で迎えた。
軽く周囲を見渡し、ここが白玉楼の一室であると判断する。
「あ、あれ? 私一体……」
「もう、あんまり心配させないで頂戴。急に倒れるからびっくりしたじゃないの」
「そ、そうでした、っけ?」
イマイチまとまらない記憶を何とか整理しようと試みる。
「(ええと、師匠達の後を付けて香霖堂とかいうお店に行って……
ああ、そこで庭師をKILLしようとしたんだっけ。
……でも、その後が思い出せない)」
「貴女の弾丸は妖夢じゃなくって、店主さんに当たったのよ」
「!?」
鈴仙の表情が驚愕に引きつる。
言葉の内容に、ではない。声の主にである。
「まったく……無事だったから良かったようなものの、何を考えているのよウドンゲ」
「し、師匠……」
いつの間にか、幽々子の隣に永琳の姿があった。
怒ったような呆れたような……傍から見ればただの仏頂面なのだが、
鈴仙だけはその微妙な変化を感じ取っていた。
「ま、お説教は後にしましょう。痛むところはない?」
「は、はい」
起き上がり、軽く頭を振る。
後頭部が痛むと思ったら、やたらと巨大なタンコブが出来ていた。
とは言え、それは表面的な物。深刻な事態ではないだろう。
「それにしても、ただ気絶しただけでどうしてこんなタンコブが出来るのかしら……」
「あ、あら、何の事かしらね。おほほほほ」
わざとらしく笑い流す幽々子。
その視線は定まっていない。
「まったく……さて、帰るわよ」
「あ、分かりました」
「え? 頭を打ったんだから、動かさない方が良いんじゃないの?」
等と、珍しくも常識的な事を言ってのける幽々子。
「本来は、ね。でも、ここにこれ以上いたら、余計に悲惨な事になりそうだから」
「……酷い言われようねぇ」
別に本気で言っている訳ではないと、鈴仙には分かっていた。
己の両耳に、急いで帰らねばならない理由が届いていたから。
『……りん……りん……けて……りん
……りん……りん……うわぁぁぁぁん』
軽くため息を付きながら、布団から起き上がる。
多少頭が痛む程度で、特に問題は無い。
「……ほら、早くしなさい」
「はぁい……え?」
中庭へと出る襖を開けた所で、鈴仙の動きが止まる。
見ると、永琳が一足先に地面へと降り、中腰になって背を向けていた。
その姿勢の意味するところは一つ。
「や、止めてくださいよ師匠! ほら、私はピンピンしてますから!」
「生意気な事言ってるんじゃないの。動く事自体が無茶なのよ?」
「で、でも」
「いいから! もう、私だって恥ずかしいのよ……」
そう言われると鈴仙に逃げ場は無い。
押し黙っては、そろりと永琳の背へと負ぶさった。
永琳は特に苦しげな様子も見せることなく立ち上がると、幽々子へと顔を向けた。
「では、失礼するわね」
「ええ、二度と来るんじゃないわよ」
「嫌われたものね……ま、安心していいわよ」
「……へ? それってどういう……」
問い終わる頃には、既に永琳と鈴仙の姿は小さくなっていた。
一人背負っていながらあの速度、只者ではない。
「むー……」
自室に戻った幽々子は、不機嫌な様子で粛々と茶を啜っていた。
結局の所、妖夢と永琳がどういう関係であったのか掴む事は出来なかった。
が、あの後、白玉楼へと戻ってきてからも、妖夢とは一度も顔を合わせていない。
それが、答えという事であろうか。
「これのどこが安心して良いのよ……」
「何かおっしゃいましたか?」
「ふぇ!?」
予期せぬ声に、口にしていた茶を噴出しかける。
「き、急に声をかけないで頂戴」
「す、すみません。脅かすつもりは無かったんですが」
慌てて弁解するその様子に、何ら怪しげな所は見られない。
いつもの妖夢の姿である。
「で、何よ。今更私に用事でもあるの?」
つい言葉に棘が混じってしまう。
まるで子供である。
「あ、はい、夕食の支度が出来ましたので」
「……そう。先に行ってて頂戴、すぐに行くわ」
「ダメです。今日は急いで頂く理由がありますので。さ、一緒に行きましょう」
そう言うと、幽々子の手を取っては、居間へ向かいずるずると引き摺って行く。
「ち、ちょっと、引っ張らないでよ」
「ほぇ~……」
席に付いた幽々子から、思わず感嘆の声が漏れた。
食卓に並べられたのは、古今東西色とりどりの料理の数々。
日頃、妖夢の作る料理は、味は中々であるが、見た目には地味な物が多かったのだが、
これはそういった概念を根底から覆す物であった。
「……今日って何か特別な日だったかしら?」
自分には誕生日は無いし、妖夢の誕生日でもない。
無論、正月や節句といったイベントのある日でも無いはずだ。
「いえ、何もありません。……強いて言うなら、私の卒業記念日でしょうか」
「そつ、ぎょう?」
卒業。
一体、何に対しての言葉なのだろう。
「はい、永琳さんからもようやくお墨付きを頂きましたので」
それは今、一番聞きたくない名前だった。
卒業とはやはり、自分の元を離れるという意味だったのか。
「そう、なの。ここはおめでとうと言うべきなのかしら」
ああ、これで私は完全に一人になる。
それはとても悲しい事ではあるし、また正直に言えば腹立たしい事でもある。
だが、妖夢がそう決めた以上は仕方の無い事だろう。
信頼を得るに至らなかった自分の責任なのだ。
「ありがとうございます。でも、まだ研鑽の余地はあると思います。
今日に限らず、これから先もっと美味しい物を食べて頂きたいですから」
「……へ?」
どういう意味だろう。
いなくなるというのに、何故これから先の話が出て来るのだろう。
……もしかしたら、自分は根本的に勘違いをしているのではないか。
「あ、あの妖夢?」
「何ですか?」
「卒業って、何に対してなの?」
「へ? それは勿論、永琳さんから習っていたお料理の事ですが」
「りょ、料理……」
体から力が一気に抜け、へなへなと崩れ落ちる。
「はい、永琳さんが色々と珍しい料理を知っていたようなので……迷惑かとは思いましたが教授させてもらいました」
「それで、最近来る事が多かったのね……でも、それなら私に教えてくれても良さそうなものじゃない。
いっつも私は素通しで、このところ自分の立場について考える羽目になっていたのよ?」
安心したからか、幽々子の言葉にいつもの勢いが戻り始める。
「え、えーと、それは私が頼んだんです。その、少し幽々子様に驚いてもらおうかな、と……その、ごめんなさい」
「……成る程ね」
確かに、驚いた。
それはもう十分過ぎるくらいに。
「そ、それより、早くお召し上がり下さい。冷めてしまっては意味がありません」
「……ええ、頂きます」
手を合わせ、身近な皿へと箸を伸ばす。
普段あまり口にしない風味、でも、確かに妖夢が作ったと分かるもの。
当然であろう。
幽々子が食す料理は、妖夢が作る物以外有り得ないのだ。
「……その、ここ最近、幽々子様元気が無いようでしたから。
今の私が満足に出来る事と言ったら料理くらいですし……
せめてこれくらいはお眼鏡に適うようになりたかったんです」
「……そう……」
「(……まったく、誰のせいで元気が無かったと思っているのかしら)」
幽々子は返事もそこそこに箸を進める。
ただ、黙々と。
「妖夢……この料理、少し辛すぎるわ……」
「え、そ、そうですか? おかしいなぁ、香辛料はそんなに使ってないんですが……」
「ええ、辛いわ……」
目元に涙が浮かんでいるのは、辛さが鼻についたから。
そうに違いない。
「し、師匠~、もう大丈夫ですから、降ろしてくださいよぉ」
「さっきからうるさいわねぇ、今度言ったら破門にするわよ?」
「そ、そんなぁ」
永遠亭へと戻る道すがら、幾度となく繰り返されているやり取り。
鈴仙は、依然として永琳に背負われたままであった。
ただでさえ人気の少ない場所である上に、空を飛んでいるのだ。
誰か知り合いに出会う等という事態はまず無いだろう。
……が、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「あ、あの師匠、やっぱり……」
「こうしてると、貴女と出合った時の事を思い出すわねぇ」
「え?」
予期せぬ言葉に、鈴仙は顔を上げた。
「あら、覚えてないの? 貴女を永遠亭に連れ帰ったのは私なのよ?」
「そ、そうだったんですか……」
月から逃げ出し、長い放浪の末に幻想郷へと辿り着き、結果、永遠亭に拾われたというのは事実だ。
が、自分が記憶しているのは、目覚めたその時、てゐに耳を結ばれていたという苦い思い出からである。
思えば、どこか道端にでも倒れていた筈なのだから、誰かが連れ帰ったであろう事は考えるまでもない。
どうして今まで考えもしなかったのだろう。
「そっか……師匠、ありがとうございます」
「急に改まらないでよ。……でも、これも縁という物かしらね。
まさか、あの時は貴女が私の弟子になるなんて想像もしていなかったわ」
「そうですね、私もです」
次第に、先程まで感じていた気恥ずかしさが薄れてゆくのが分かった。
「(まぁ、いいや……)」
「それにしても、ウドンゲ。貴女相変わらず軽いわね。ちゃんと食べてるの?」
「え、そ、そうですか?」
そう言われて、反射的に胸を抑えたのは、仕方の無い事であろう。
……薄い。絶望的に薄い。
師匠程、とは言わない。せめて人並み程度のサイズには育ってくれないものか。
「薬師を志す者が病気になりましたなんて洒落にもならないわよ」
一人、絶望の淵にいた鈴仙に、真面目に語りかける永琳。
「あ、はい、それは大丈夫です。てゐのお陰で健康には気を使うようになりましたから」
「あまりあの子の言う事を鵜呑みにするのもどうかと思うけど……」
それを最後に、しばしの間、二人の間から会話が途切れた。
永琳はともかく、鈴仙が何も話さないというのは珍しい事であった。
普段は、やたら姦しい兎達の影響も相まって、やかましいくらい色々と口に出すのだが
今日に限っては珍しくも沈黙を貫いていた。
その理由は一つ……まだ、一番気になっていた事を聞いていないから。
「……あの、し」
「ウドンゲ」
意を決して聞いてみようとした所を、凛とした声に制される。
振り向いた永琳の表情には、珍しくも躊躇いの様子が見て取れた。
少し顔が赤く見えるのは、夕日が当たっているせいであろうか。
「あー……あのね、貴女が何を考えてるのか……まぁ大体分かるけど、一つだけ言っておくわ。
私が弟子を取るという事例はただ一度きりだし、これから先、他の例を作るつもりも無い。
だから、妙な気を回すのは止めなさい」
「う、あ……」
これには流石に参った。
全部バレていたという事か。
それは、とても気恥ずかしくあり、それ以上に嬉しくもあり……。
常日頃から、口をすっぱくして言われてる言葉があった。
それは『答えは簡潔に』という事。
10の事を語るのに、100の言葉を使って1の答えしか出さない鈴仙には耳の痛い言葉である。
だから鈴仙は、教え通り簡潔な解を出す事にした。
「はいっ!」
腹に一物を秘めず、素直な感情豊かな幽々子様も本当にいいものですよ。
ブラボーぉぉぉぉぉぉぉ!
・・・失礼しました。いやしかし師匠はステキですねぇ。
どうでもいいけどこーりんの断末魔で土曜のゴールデンに凄まじくそぐわない
ハードゲイの兄ちゃんを思い出した。
さあ、次はもうひとりの苦労人である藍に機会(ジーフィー)をッ!!
ドラゴンスープレックス、一閃。
そこを通りがかった一人の農夫が、思わず声を上げた。
「ビューティフル……」
ここで笑わせていただきましたw
かなり前の作品で今さらで申し訳ないのですが面白かったです。
90点!
無駄に笑ってしまったwwww
だがしかし、この作品はビューティフルだ