Coolier - 新生・東方創想話

わたしのおはな

2005/05/30 09:11:20
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暖かい日光が、生い茂る木々により爽やかな点々とした影を地面に映し出す。
境内に心地よい風が流れるここは、博麗神社。

「これでどうだ!!」
「あ~どこ狙ってんのよ、危ないじゃない」
「どこもなにもお前しか斬るものはない!」
そんな夏の真昼間の神社に響きあう轟音、負けじと大声。
昨夜の宴会のことがどうも気に食わなかったとの事で、ただ今喧嘩の真っ最中…というのも、むりやり妖夢が霊夢に挑んできたので始まったことだ。
桜の季節は過ぎたというのに宴会は収まらず、花見が葉見になろうが周りの者は全く気にすることなく毎晩のように騒いでいる。
そんな中で起きるトラブルは本当に小さなものでしかない筈だが。
「くっ…このままでは力の無駄遣いだ……ならば!」
とっさに体をくねらせ霊夢の攻撃を回避し、体勢を立て直してから素早く懐から符を取り出した。

…この一枚の符が、全ての始まりになろうとは知る由も無く。


「符の壱『二重の苦輪』!」

~~~~~~~~~~~~~~

それは今朝のこと。

「妖夢~?よ~お~む~?」
朝の柔らかな日差しと空気の中、縁側に向けてその名を呼ぶ。
正確には縁側の向こうの庭で剣の素振りをしている妖夢に向けてだ。
「まだ昨日の宴会のこと怒ってるの?」
「別に怒ってなど…ただどうしても気が済まないんですよ」
「宴会の席では誰もが浮かれるものよ、剣を遊び道具にされたぐらいもう少し心を広く持ちなさい」
どう思い返してもあの巫女が悪いんだ。
いくら酒が入っていたからとは言え、あんな的当て遊びの矢にするなんて…こんな事はあの魔法使いがやりそうだけど、私も内心驚いた。
「しかし幽々子様、私がこの剣に対してどれだけ思い入れがあることか…幽々子様?」
なぜか今まで居た筈の姿が見えない。本当に急にいなくなった。
と思うと、すぐに手に何かを持って再びその姿を現した。
「それより見て妖夢~、宴会の帰りに採ってきたお花よ。綺麗でしょ~?あの頃の妖夢はかわいかったわねぇ、お花も大好きで…」
「いつまでも子供扱いしないで下さい!!」
幽々子の言葉を遮る様に大声を出したその時、少し素振りに力が入りすぎた。
余韻が残るほど空気を切り裂く音がしたと思えば、一瞬にして目の前の庭に生えていた一本の木が音をたてて倒れた。
「……ちょっと神社に行ってきます」
庭師として凄く申し訳ない事をした気持ちと、その場を逃げたような恥ずかしい気持ちが錯乱していたが、あの巫女と話を付けておかなければ気が晴れない。
足早に歩き出す妖夢を、幽々子は寂しげな瞳でじっと見送った。

…ふと、懐かしい気分を感じた。
視線を咄嗟に向こうにやれば、もう小さくなってしまった妖夢のすぐそばに小さな蝶が見えた。
遠くから見ている筈なのに…なぜかハッキリと感じ取れる。
妖夢は一切気付いている様子ではなく、蝶が妖夢と重なったと思えばもう既に距離からして見えなくなってしまった。

「……あれは…」

~~~~~~~~~~~~~~

「符の壱『二重の苦輪』!」

その宣言と同時に符が白く発光し始める…しかし、使った本人ですら少し驚くほど眩しい光を放ち始めた。
…いつもと違う、という違和感を感じる暇も無く、上空から一人の少女がスタッと境内に着地した。
顔を上げたその少女は、真っ白な銀髪に黒い髪留。胸には黒いリボンを結び、背中に剣を二本背負っている。
それは正しく、頭から足先までどこからどう見ても魂魄妖夢で通る姿をした自分の分身だ。
「またそれ~?まぁ動きは読めるけど…」
足のバネを使って霊夢はおもいっきり上空に跳び、目にも止まらぬ速さで御札を撒き散らすように飛ばしてきた。
少しは戸惑ったが妖夢はおもいっきり頭を振って、気を引締めてから戦闘に思考を移す。
こちらに迫ってくる御札を誘導し、順番に地面に衝突して砂嵐を上げる中、地面を蹴って霊夢の前側に跳んだ。
こうすれば先程の分身が後をとっている筈だから、このまま連続攻撃にもっていけるのだ。
目に砂が入りつつ、空中でシルエットが見え隠れする。

徐々に砂嵐が収まり、視界の広がった上空で巫女を目の前にした…今だ!……

「ッ!?」

……分身が…いない?
そう思ったのが一瞬所かかなりの隙を作ってしまった。
目の前の巫女は私をお払い棒で一気に上空から地面へと叩き落してきたのだ。
「うァッ!!」
気が付けばもう体に衝撃が走る。
石畳ではなく土肌の地面に落とされたのが幸いだったが、そこから体がどうしても倒れたまま動かなかった。
「いきなり目の前に出てきて固まってるなんて…まぁもうそろそろ終わりにしましょ」
上空から一気に巫女が急降下してくる。
あまり高くないのに迫ってくる時間が長い気がした。

…段々…こちらに迫ってくる…大きくなってくる……。

巫女が風を切る音を聞きながら、私はゆっくりと目をつむった…。


「や、やめて下さい!!」


両者が「!?」な表情をした。
霊夢はピタッと妖夢すれすれの位置で止まり、声のした方に二人は目を向けた。
…そこには、先程の妖夢の分身が泣きそうな顔をして立っている。
一方本物の妖夢はというとなんとか体が言う事を聞くようになり、その場でゆっくりと体を起こした。

「……どういう事?」

.............

そのまま二人はポカンと一点に目を向けて静止していた。
その視線の先には、もう一人の魂魄妖夢がそわそわとした様子で立っている。
霊夢自身もこの分身を何度か相手にしてきたが、それは分身と言うより目の錯覚に近いものだったので、こんな意思を持っている所は初めて見た。
そしてなんにせよ一番驚いたのは符を使った本人自身だ。
今までこんなことは無かった…むしろ起こることはありえないのである。
あまりに衝撃が強かったので、もう剣のことなどそれ程気にならなくなっていた。
「…あっ」
すると、目の前のもう一人の妖夢はいきなり逃げるようにその場から走り去っていく。
それを二人は、蝉の鳴き声をBGMに鳥居から階段に降りて見えなくなるまでずっと眺めていた。
「……あの、霊夢」
分身が見えなくなってから少し続いた沈黙を破ったのは本物の妖夢。
問い掛けられた巫女はこちらに顔を向けずぼんやりとした表情のまま答える。
「…何よ」
「その、なんだ、私も少し気にし過ぎた」
思えば自分がずっと一人で意地を張っていただけなのだ。
あんな事があったから逆に気持ちが落ち着き始めたので、今のうちに誤っておく。
「そんなことより、早く行きなさいよ」
「…え?」
「追うんでしょ?あんたの代わりに余計な事されないうちに早く行ったら?」
いつも見慣れたやる気の無い顔をこちらに向けてくる。
少し口の早い焦った言い方を、霊夢は聞き逃さなかった。
「…うむ、そうさせて貰う。このことは今度ちゃんと詫びをいれるから」
「いいわよ別に」
「じゃ、御免!」
そう言い放つと、先程の分身とは少し違った背中を向けて妖夢は鳥居の方へと走っていった。
霊夢はぷかぷかとその場に浮かびながら見送り、妖夢が見えなくなってから少しして、誰に言う訳でもなくポツリと呟いた。

「……こんな事もあるのね」

~~~~~~~~~~~~~~

深い森の中、ゼェゼェと息をしながら走る一つの影。
我慢できなくなり、その場で手を膝についてしゃがみ込んだ。
顔を上げれば、どこまでも同じ風景が続き、後を向いても同じ風景が続いている。
暫くその場に立ち尽くしていると、上空から風を切る音が聞こえた。
ふと目を上にやれば、既にそこには一人の魔法使いの姿。
「ほ~珍しいな。こんなとこで何してんだ妖…」
「あ、あの、えっと…」
「…おっと悪い、もう少しで私が間違いを言うところだったぜ」
何がおかしいのか、箒に跨って魔理沙はニヤニヤとしている。
それっと地面に着地し、箒を片手で持ちながら、目の前の妖夢の姿をした少女の顔をにんまりと見つめてこう言った。
「お前、妖夢じゃないな?」

.............

森の奥の小さな小川。そこに二人の少女。
片方は川のど真ん中で顔をゴシゴシ洗い、その様子をもう片方は素足を水に浸して眺めている。
「あの、どうしてあの時妖夢さんじゃないって…」
魔理沙は顔を洗うのをやめて水しぶきを散らし、髪を上げて少女の瞳に目を向ける。
その何気ない仕草は可憐な少女の様でもあり、純粋な少年の様でもあった。
「ん~?まぁ、乙女の勘ってやつだ。私に間違いは無い」
髪を片手でゴシゴシしながら、小川から上がった魔理沙はどすんと少女の隣に腰を下ろした。
「それにしても私の方が数倍驚いたぜ。まさかお前がこんな形ででてくるなんてなぁ」
「だって……いつも妖夢さんと一緒に皆さんを見てますから…今魔理沙さんとこうしているのも夢みたいです」
「本来ならいつもあいつの隣にいるあの白玉がでてきそうなんだがなぁ。私もあまりお前のことを気にしてなかったぜ」
「…ひどいですよ…」
「はは、悪い。今のは嘘と言うより冗談だ」
二人はそのままぼんやりと空を見上げる。
聞こえてくるのは鳥のさえずりと、小川のせせらぎと、風の音だけだ。
「それにしても、何でその時逃げたりしたんだ?目の前に妖夢がいたんだぞ?」
「私もよく訳が分からなくて…急だったから少し恥ずかしかったんです…」
ふ~んと一言、魔理沙はその場にほったらかしていた服にたったと着替え、帽子を被り直した。
「なぁ、ついて来いよ。お前に見せたいものがある」
「え?…あ!あの、ちょっと…」
相手の了解を聞かないまま、魔理沙はぐいぐいと少女の手を引っ張っる。
引っ張られた方はもう片方の手ですぐに靴を掴み、素足のまま走らされた。

.............

木々を抜け、雑草を踏みしめ、やっとのことでその場に着いた。

そこには、色とりどりの一面に広がる、花、花、花、花。

思わず目を丸く見開き、口をポカンと開けてしまった。

「どうだ感想は?綺麗だけとか言うのは無しだぜ?」

こんな風景は見たことが無かった。こんな沢山の仲間を目にしたのは…初めてだった。

「お~い…って、もしかして泣いてるのか?」
そう言われると、目元が濡れて涼しいことに気付く。
「……ちょっと…凄すぎて」
この風景をあの時のあの人にも見せたかった…いや、今でもきっとあの人はわかってくれる筈。
まだ間に合う。もう一度あの人にこの気持ちを伝えたい。
「私…もう行きますね」
「…そうか」
少女は目の前の魔法使いにペコリと頭を下げ、一生懸命に作った笑顔で「ありがとう」と一言、花畑から空に飛んでいく。
それを魔理沙は、疲れたような笑みでじっと見送った。その姿が見えなくなっても。

…すると後から何やら気配を感じた。
振り返れば、ゼェゼェと息をして走ってくるいつもの見慣れた少女だ。間違いない。
「ほ~珍しいな。こんなとこで何してんだ妖夢?」
「それはこっちの…ハァ……それより…」
「ああ、お前を見なかったかって言いたいんだろ?もう行っちまったよ」
一足遅かったかと肩を落とす。
思ったよりもすぐ呼吸が整ってきたので、すぐさま来た道を戻ろうとした。
「…そうか…ありがとう……ではな」
「待てよ、まぁこいつを見てみろって」
魔理沙は素早く妖夢の前に立ちはだかり、顔をぐいっと花畑の方角に向かせる。
それを見せた途端、妖夢の表情がみるみる変わっていくのが分かった。

「…わぁ…」

久々に、花を見て綺麗だと思った。

久々に、花を見て美しいと感じる気持ちになった。

…久々に、花を見て貴いものを想う気持ちになった。


……そうだ、私は忘れていた。












「し~しょ~!」

――――トテトテ

「しーしょー」

――――トテトテトテ

「しぃしょぉ?」

――――トテトテトテトテ

広い、広いこの白玉楼の並木道に幼い声が響く。
桜の季節は過ぎ、辺りの木々たちは爽やかな緑の葉を輝かせていた。
「あ、ししょぉ!」
幼い声の持ち主が捜し求めていたその庭師は葉の手入れをしてる最中だ。
すぐさま一生懸命に足を動かし、その庭師に駆け寄っていく。
「おお、どうした妖夢?剣の練習は終わったのか?」
いくつも刻まれた顔のしわ。
白玉楼の庭師、魂魄妖忌は力強く、そしてやさしいその声で孫に尋ねる。
「はい!ししょうに見せたいものがあるんです!はやくきてください!」
無邪気にそう言い放ったと同時に、その小さな足で魂魄妖夢はあまり速くない速度で走っていった。

「ししょう!見てください!」
「…ふぅむ」
妖夢が小さな指で指す先には、決して日当たりが良いとは言えない木が立ち並ぶ根元に、一輪の小さな花が咲いていた。
周りを見ても花など一本も生えていないので、余計にその小さな花が不思議に見える。
知らぬ間に妖忌は眉間にしわを寄せ、手を口に当てながら細めた目つきでじっとその花を見ていた。
「……ししょう?」
「…ん?あぁ、すまんな。このかわいらしい花は妖夢が見つけたのか?」
「はい!今日からいつもの場所にうつして、お水をいっぱいあげてやるんです!」
そう言うと妖夢は、危なっかしい手つきで花を根元から採ってやり、それを持って嬉しそうに駆けていく。

今日からずっと一緒だよ。もうひとりじゃないんだよ。












……そうだ、私はいつからか忘れていた。

この楼観剣の鞘に結ばれた一輪の花のことを。

どうしてあの日この花を結んでくれたかも。

なのに私は、今朝だって簡単にあんな酷い事をしてしまった。

あの木も、あの花も、ずっと頑張ってきたのに…。

……まだ、間に合う。

もう一度自分の気持ちをこの花に伝えたい。

背負っていた楼観剣を下ろし、今は抜け殻になっている花を見つめ、ぎゅっと鞘を握り締めた。
「そいつ、ずっとお前の事気にしてたんだぜ」
「…ああ」
向かう場所は、もうあそこしかない。急がないと。
私は、全身の力を足に集中させ、一気に走った。
そして、走りながら一生懸命に手を左右に振り、後の魔法使いに向かって叫んだ。
「ありがとー!」
叫ばれた方と言えば、クスリと鼻をこすってすぐに箒に跨りどこかへ飛んで行ってしまった。

腕を振り、どんどんスピードを上げる。
いつまでも同じ風景が続く道を駆け抜け、勢いに乗って地面を蹴り、空中に体を委ねた。












「うむ、大分腰が入ってきたな妖夢」
「はい!ありがとうございます!ししょう!」
眩しくて暑い日差しの中、時々涼しい風が縁側に流れ込む。
庭の先には、汗を沢山掻いて剣を休まず素振りしている幼き姿。
その様子を、腕を組みながら真剣な眼差しで見つめる老いた姿。
そして、そんな二人を風に揺られながら花弁の雫を光らせる小さな姿。
「よし、そろそろ休むか。幽々子様とも御一緒に茶菓子でも食べよう」
「ゆゆこさまもですか!」
「うむ、三人の方が茶も上手いだろう。」
「いえ、ししょう!お花さんも入れて四人ですよ!」
「はは、すまんすまん、そうだったなぁ」
えへへと妖夢は照れている様な軽い笑みを浮かべる。
剣の素振りの時からずっとあの花のことは一時も忘れていなかったのだ。

……ふと、急に妖夢が首を傾け、興味深そうな表情をして妖忌の向こう側を覗き込んだ。
「ししょう、あそこにある大きな剣はなんですか?」
視線の先には、床の間に長刀が飾ってある。
その長さはちょうど妖夢の背の高さの四倍程はあった。
「ああ、これは楼観剣と言ってな。使いこなせば一振りで凄まじい威力を発揮できる剣だ」
「…いりょく…ですか?」
「しかし、まだ妖夢には少し早過ぎるな。これを使いこなせれば妖夢も幽々子様を御守りできるだろう」
「ほんとですか!ししょう、わたし早くその大きな剣を使いこなせるようにしたいです!」
「よし、その意気だぞ」
そう一言言うと妖忌はむっくりと立ち上がり、妖夢の小さな頭を大きな手でやさしく撫でてやった。
「では、幽々子様をお誘いして来るまで少し待っておれ妖夢」
「はい!」
返事の時は欠かさずにっこりとした顔をこちらに向けてくるのである。
そんな笑顔の妖夢を、妖忌は少し複雑な心境を抱きながら、奥の方へと姿を消した。

.............

「しかし幽々子様、あの花は一体…」
「ええ、冥界にも珍しいことがあるものね」
長い廊下を進む二人の姿。
右手には、青々と生い茂った木々が絶えなく続き、夏の匂いを漂わせている。
「この妖忌も長い間庭師を勤めてきましたが、今回のようなことは初めてでおります」
「一体何処から来たのか…その花も迷子なのかしら」
ここ白玉楼では様々な死を迎えた霊が集まってくるが、それがどのような生涯を送ってきたのかは霊自体にも分からない。
庭に生えている桜の木は元々存在していたもので、何の前触れも無くいきなり見知らぬ花が咲くことはまず考えられないのだ。
「だとすれば、外界から何らかの原因で…」

「妖忌!」

咄嗟に幽々子は妖忌の言葉を強く、そして静かに遮った。
只ならぬ空気に、二人の足が止まる。
すると、全身に異常なまでの気配が感じられた。
「…かなり霊力の強い妖怪が紛れ込んでいる…」
「これは相当大きいですぞ…」
そして気付く。
その気配がする方角と言えば、今まさにに向かおうとしている場所と言う事に。
「…妖夢が危ないわ」
「幽々子様!急ぎましょう!」
二人は同時に廊下から庭に飛び移り、一気に風のように滑空した。
しわの刻まれた顔から伝う汗が、風で飛ばされる。
着物を音を立てて靡かせ、一刻も早くその場所に向かった。

.............

「こ、これは…」
そこはもう以前の原型を留めていなかった。
庭の地面には一つの亀裂が入っており、そこからは砂煙が上っている。
その周りと言えば、縁側の屋根は一部吹き飛び、廊下の板はその鋭利な刺の断面を見せて滅茶苦茶に折れ、木は粉々に吹き飛び、辺りに葉が散乱している。
亀裂の先には、得体の知れない黒々とした塊が真っ二つに切断され、まだ少し動いている。気が付けば気配は先程より小さくなっていた。
そして、この沿うようにして入った亀裂の発端を見れば、畳の上で一人の幼い少女が今にも泣きそうな顔をして、震える両手であの楼観剣を握っていた。
「妖夢!無事か!?」
すぐさま畳に上がり、妖夢のすぐ側で深々としゃがみ込む。
つい先程までの笑顔とは一変、その幼い少女の顔には恐怖しか映っていなかった。
「妖夢……すまなかった…」
「…い…いえ…う……ぁ…」
体をひっくひっく言わせる中、妖夢の目に何かが飛び込んできた。
それは、向こうの葉が滅茶苦茶に散乱した中に紛れて倒れている、あの一輪の花。
震えたままの手から楼観剣がカタンと離れ、そこから静かに立ち上がり、小さい足でよろよろと歩き出した。
一歩一歩、畳を踏みしめ、廊下に上がり、庭へ降り、ゆっくりと、ゆっくりと、その花の元へ。
「……お…はな…さん……ん…うぅ…ぅぅぅ」
妖夢はその場に立ったまま体を震わせ手を握り締め、真っ赤な顔をして歯を食い縛りながら黙って大粒の涙をポタポタと落とした。
泣いていては強い剣士になれないといつも聞かされていたが、今の妖夢にはこれが精一杯だった。
その様子を畳にしゃがみ込んだまま、妖忌はただ見つめている。
あの楼観剣を前にして、茎を切られた程度で済んだあの花が余計に不可思議だった。

すると、何を思ったのか、今まで立ち尽くしていた幽々子が妖忌のいる畳に上がり、妖夢の手から離れ畳の上にある楼観剣をそっと手に取った。
そして、未だに体を震わす妖夢のすぐ側にそれを持ってやって来たのである。
「…妖夢……顔を上げなさい」
「ゆ…ゆこ……ひっく…さま…」
まるで花を見るように、幽々子はその澄んだ瞳で真っ赤になった妖夢の瞳を決して逸らさずに見つめた。
そして、先程の楼観剣を妖夢に差し出す。
「少し持っていなさい」
凛とした声。
幽々子は妖夢の足元に落ちていたあの花をそっと手に取り、それを無言で楼観剣の鞘に結びつけたのだ。
「……ゆゆこ…さま……?」
「妖夢、あなたにはこの楼観剣が恐くなってしまったと思うわ。けれど、命を奪う事だけが剣の役目ではないのよ」

妖夢はただただポカンとした顔で幽々子の声を聞いている。
気が付けば楼観剣はその小さな手でしっかりと握られていた。

「まだこの花は精一杯に生きている。花畑の花も、一輪だけの花も、皆それぞれ輝こうとしているの」


―――――いきる……


「だから、妖夢がいつかまたこの剣を使うとき、この花を見て命のことを想っていてほしい」


―――――いのち……


「妖夢もまた、輝こうとしているのならば」


―――――おはなさんだって……がんばってる


―――――ないてなんか…だめだよね


―――――わたしも…がんばるから


そこには、涙の伝った跡を光らせた、あの幼い笑顔があった。

「はい!ゆゆこさま!」












風の音が休まず耳に伝わる。
全身に空気の抵抗を感じながら、真下にある白玉楼の階段が凄いスピードで視界から流れていく。
風を受けながら顔を上げると、そこには白玉楼内へと続く見慣れた門だ。
「…っあ」
しまった、と思えば体に衝撃。
気が緩んでそのままのスピードで飛んだまま最後の階段に足を引っ掛けてしまい、バランスを崩し、勢いに乗った速度で庭に転げ落ちてしまった。
「…ぐっ…ぅぅ……あっ」
体の回転が終わり、痛みで重い体をゆっくり起こすと、今の衝撃でとんでいった楼観剣が目の前に落ちている。
…しかし、それで驚いた訳ではなかった。

あの花が、無い。

いつも結び付けてある紐が解けていて、楼観剣から大分離れた所に転がっているのが見えた。
咄嗟に起き上がり、楼観剣を置いて急いで花の元へ駆け寄る。もう飛ぶ体力は残っていないけれど。
「待ってて……まだ…行かないで……」
衝撃が残ってビリビリしている手で花を大切に拾い上げ、休まずにすぐ足を動かした。

早く、早くしないと。

ゼェゼェ言いながら、何度も転びそうになりながら、全力で走る。
走る。走る。走る。走る。
左の木が、右の廊下の柱が視界からどんどん流れていき、無限ループのような感覚に陥った。
「あ!」
足を止めた。気が付けばそこは今朝、木を切ってしまったまま神社に向かおうとした所。
そして、目の前には、まだ倒れたままの木に、もう一人の自分が木の近くでしゃがみ込んでいた。
すぐに向かおうとしたが、もう体力の限界だった。荒い息がどうしても絶えず、足が震えて一度止まったこの場所からもう言う事を聞かない。
目を凝らせば、目の前の少女があの切れた木にやさしく手を当てている。
すると、少女の手から柔らかい光りが木を包み込んだ。
一瞬にして木は光の塊と化し、なんとも幻想的な姿になる。
なんということか、光りが止むとあの切れた木が元通りの姿を取り戻していた。

それと同時に、目の前の少女がバタリと倒れ込んでしまった。

「ま…まって!」
もうボロボロになった体で、体力振り絞って動かない足を無理矢理動かし、急いで少女に近づいた。
「……妖…夢さん…少し力を使い過ぎたようです……もっとお話がしたかったですけど…もうじき私のわがままも終わってしまいます……」

そう言うと、少女が静かに光り始めた。

「妖夢さん……私はいつでもあなたと一緒にいますよ…」

足が、消えていく。

「魔理沙さんにも綺麗なお花畑に連れて行って貰いました…妖夢さんにも見せたかったです……」

腕が、消えていく。

「最後に…私の言う事に答えてくれませんか?」

体が、消えていく。

「…妖夢さんは、生きるってどんなことだと思いますか?」

少女は、無数の小さな蝶になり、立ち尽くす妖夢の持っていた花に吸い込まれていった。

その様子を、柱の影から扇子で口を隠した亡霊の姫君がそっと眺めていた。

~~~~~~~~~~~~~~

優しい朝の光の感触。
それと一緒に小鳥のさえずりが聴こえて来る。
「……あれ?」
気が付けば、自分の体は布団の中である事に気付く。

そして、もう一つ。

「……あ」

―――――ゆっくりと布団から体を起こす。自分の両手でしっかりと握られていた一輪の花を想いながら。


―――――ゆっくりと想う。寝起きで少し眠たげな目から流れる涙をこすりながら。


―――――ゆっくりと口を開く。自分にとっての、生きていくこと、それは……




「…花を、咲かせることでしょうかね」




「…ありがとう」




……空耳がしたような気がした。





こんにちは えぞ天ぐです。

勢いに乗って(乗ってない)とうとう2作目のSSです。
萃夢想の妖夢ってなぁんか乱暴だなぁって気がして、このスペカを話に使ってみました。
普段あまり注目を浴びていないモノで話を作るのもなんだか面白いです。
えぞ天ぐ
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