Coolier - 新生・東方創想話

東方清流譚 ~第三話~

2005/05/30 06:50:34
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「……まずいな」

 正面の敵に聞こえないように呟く。
 この場から逃げるのはもちろん却下。しかし残りの魔力にも余裕はない。
 唯一の味方であった妖夢も、現在は半死半生のまま地面に転がっている。彼女が復活するのは期待できない。

「ちっ! なんでこんなことになっちまったんだか」

 その言葉を聞いた誰もがこう思っただろう。……自業自得……と。




 遡ること半刻。

「へぇー。こんなとこに家があったのか。全然気づかなかったぜ」
「紫さんに協力してもらって特殊な結界を張りましたから、それも無理ないですよ」

 元々辺境である幻想郷のさらに辺境に存在する蒼衣の住処に、三人の生物(?)が集まっていた。
 ここの主である蒼衣。
 蒼衣が霊夢、紫、幽々子に食料を分けてしることを知って、それなら自分にもくれとか言い出した魔理沙。

「だから幽々子さまも、場所を教えてもらうだけじゃなく直接案内してもらいなさいと、言われたのですね」

 そして、幽々子に行くように命じられた妖夢である。

「まあ、次からは問題なく来れると思うので安心してください」
「それじゃあ、今度からは遠慮なくお邪魔させてもらうぜ」
「魔理沙はもうちょっと、いや、激しく遠慮したほうがいいと思うけど……」

 蒼衣の家はごく普通のちょっと大きめな一軒屋である。
 まったり族に欠かせない縁側が完備されているところは流石の一言につきる。
 その縁側に二人を腰掛けさせてお茶を出した後、

「それでは、ちょっと食料庫に行ってくるんで待っていてください」

 そう言い残して蒼衣は奥へと引っ込んでいった。

「よしっ。それじゃあ行くぞ妖夢」

 それを見計らっていたかのように立ち上がる魔理沙。
 その表情は好奇心旺盛な悪戯っ子のそれで、途端に妖夢は不安に駆られた。

「えぇ!? 行くってどこに? 待っていろと言われたじゃないですか」
「そんな社交辞令なんか気にしちゃいけないぜ。それにお前も気になるだろ、アレ」
「アレ? いったいなんのこと?」

 どうも要領を得ない妖夢に呆れながら、魔理沙は自分の興味対象を口にすることにした。

「だ~か~ら~、あの畑の真ん中に突っ立ってる祠のことだよ」

 そう、家の周りにある畑。いや、畑と言うべきじゃないか。
 何故なら根菜や果菜もちろん、加えて水田に麦畑、さらに林檎や梨などの果物まであるのだ。
 もはや畑なんだか田んぼなんだか果樹園なんだかよく分からないことになっている。
 普通、このように千差万別の作物を一箇所で育てるのは効率が悪いか、そもそも無理なのだろうが、
 蒼衣は色々な物を食べたいが故に、持ち前の能力を無駄に駆使してそれを実現したのである。

 話が逸れた。とにかく、その農園(以降これで統一)のど真ん中に、ぽつんと祠が立っているのだ。
 怪しい。凄く怪しい。

「そんなわけで、早速暴くぞ」
「えっ? えっ? それはちょっとまずいんじゃないですか? 仮にも何かを奉ったものですし」
「んなこと気にするな」
「信仰心皆無!?」

 魔理沙相手にそんなものを期待するのが間違ってる。
 そうこうしてる内に、魔理沙は箒に乗っかって祠に向かって飛んでいく。
 従って、妖夢も慌てて追いかける。

「やめましょうよ。きっと普通に豊作かなんかの神様を祭ってるだけですよ」
「それはそれで御神体が何か気になるぜ」

 どうあっても暴くつもりらしい。

「さぁて、中には何があるのかな~?」



―――――――――――――――――――――




「……平和ねえ」

 その頃、霊夢は飽きもせず、縁側に腰掛けて茶をすすっていた。
 さっきまでは魔理沙、妖夢、幽々子、蒼衣の四人が来ていたが、その内三人は蒼衣の家に行ったし、
 もう一人は「妖夢には先に帰ったって、伝えておいてー」と従者を置いてけぼりにして帰ってしまった。
 よって暇である。 

「ほんと、平和よねえ」
「平和ですねえ」
「…………」

 どうやら暇で無くなったらしい。

「当神社はペットの持込を禁止しています」
「あら。式神じゃなくてペットだけど、それも駄目なの?」
「いやいや、紫さま。ペットと式神が逆になってますから」
「奴隷ならOK」
「それは良かったわ。この子は召使いだから」
「だから、式神です!」
「「もちろん冗談よ」」
「…………」

 のっけから弄られる狐。相も変わらず哀れである。

「そういえば猫はどうしたの? 今日は連れてきてないみたいだけど」
「ん? ああ、橙は日向ぼっこしたまま寝ていたんだ。無理に起こす必要もないから、そのまま置いてきた」
「日向ぼっこにお昼寝……ッ。まったく羨ましい御身分なことで」
「でも、猫舌よ?」
「前言撤回。熱い緑茶を飲めない生き物なんて羨ましくない」

 何の迷いもなく、はっきりくっきりすっぱり断言した。その様子に藍は思わず苦笑する。
 そんなやりとりを微笑ましく見つめながら紫は一つ尋ねる。

「そういえば、今日は他に誰も来てないのね」
「あー、さっきまで魔理沙とかがいたんだけどね。蒼衣のとこに食べ物を漁りに行ったわ」

 ビクッ! と、霊夢の視界の中で何かが震えた。

「あ、ああ、蒼衣殿のい、家に行っただとと、と?」

 それは紫の後ろに控えていた藍であった。
 彼女は震える声を精一杯搾り出してそう聞き返す。

「そうだけど。それがどうかした?」

 肯定した後、不思議そうに首を傾げたその途端、

「う、うわああああああああああああああああああッ!!」
「ちょっと、どうしたの!?」
「ゴメンナサイゴメンナサイモウシマセンユルシテゴメンナサイゴメンナサイ……ッ!」

 何の前触れもなく叫んだかと思えば、今度は急に謝りだす藍。
 これにはさすがの霊夢も焦ったが、すぐに落ち着きを取り戻し、喚く狐をどう宥めたものかと思案していると、

「えいっ」

 ゴスっと頚動脈に一撃。それっきり藍は死んだように大人しくなった。 

「紫……それはさすがに酷いんじゃないかしら?」
「この子のことは私が一番良く知ってるわ。だから、今のはこうするのが正しいのよ」
「いや、問答無用の一撃を喰らわせたのは別にいいんだけど。その後、支えてやらないのはどうかと……」

 そう、気絶した藍の体は誰にも支えられることはなく、頭から石畳と抱擁を交わしていた。
 ガンッ! と、辺りに響いた鈍い音が痛々しい。

「言ったでしょう。この子のことは良く知ってるって。私の式ならこのくらい平気よ」
「……それなら別にいいけど。間違っても神社で死人なんて出さないでね」

 あ、死人じゃなくて死狐か。なんてのたまう顔には、すでに心配の『し』の字もない。

「それにしても、なんで急に喚いたりなんか……」
「それがどうもねえ、蒼衣の家になんかトラウマがあるらしいのよ」
「トラウマ……ねえ」

 訝しげな表情を浮かべた霊夢に紫は頷き、隣に腰掛けた。

「まだこの子が私の式になったばかりの頃、蒼衣の家にお使いに行かせたことがあったんだけど。
 そのときにやっちゃったみたいのよ」

 隣から「何を?」と、問いかけられる。

「祠を暴いたのよ」
「祠? 何を奉ってたの?」
「それはね……」



―――――――――――――――――――――



「鱗?」
「鱗だな」

 祠の中には大きめの鱗が一枚、ぽつんと置かれていた。

「これが御神体? いったい何を象徴しているんでしょう? って! なんで取ろうとしてるんですかッ!?」
「あぁ? なんでと言われても、そこに未知の物体があるからに決まってるだろ?
 こんな美味しい状況で臆してたら収集家の名折れ……おわッ!?」

 手が鱗に触れた瞬間。二人の周囲……いや、農園全体が激しく揺れる。

「うわ、うわわ」
「っと、何だってんだいったい?」

 立ち続けることもできず、地面に四つん這いになる妖夢。魔理沙はちゃっかり箒で浮かんでいる。
 一、二分経つと揺れもおさまり、

「あ、揺れが止まった」
「よしよし、それじゃあ早速続きを……」
「それがなんなのか知りたいですか?」

 後ろから声。それは穏やかであったが、どこか威圧感を携えていた。

「やれやれ。さっきからどうりでイライラすると思っていたら、こういう訳ですか。
 最初に釘を刺しとけば良かったですねえ」
「……で、これの正体は教えてくれないのか?」

 魔理沙は思う。こいつは一戦覚悟しないとな。
 横の妖夢は一瞬言い逃れする術を考えていたようだが、そんなことは無駄だと相手の声色から悟ったらしい。
 背中の長刀を抜き放ち、戦闘準備は万端である。
 互いに頷き同時に振り返る。

「ええ。それでは教えて差し上げましょう。その鱗はですねえ……」

 蒼衣は笑って……否、冷たく嗤っていた。それは狂人の微笑み。
 手には家の中から持ってきたのであろう、蒼い輝きを放つ抜身の脇差。

「……わたしの……逆鱗ですよッ!!」



―――――――――――――――――――――



「逆鱗? それってあれでしょ。龍の喉元だかどっかに逆さに生えてるっていう」
「そう、その逆鱗。あの娘は自称『龍の化生』だから」
「なんで、そんなもんが奉ってあるのよ?」
「聞いた話によると、ずっと昔に自分で自分の逆鱗に触れるとどうなるか気になって……」
「実践したわけね。それでどうなったの?」

 なんとなく予想はつくけどねと、付け足す。

「すっごくイライラしたそうよ。あまりに気分が悪くて、自分の逆鱗を剥いでしまうくらい」
「……良く考えなくても馬鹿ね」

 予想を上回る余りにも馬鹿馬鹿しい答えに思わず頭を抱えた。

「で、捨てるのも勿体無いから何かに利用しようってことで、農園の水分調整のための術の媒体にしたのよ」
「何それ? 結果オーライってこと?」

 紫は「ええ」と、頷く。
 いつのまにか、藍の頭の下が赤く染まっていたが気にしない。

「でもね、たとえ離れたとしても、それは彼女の一部。
 だから、それに触れることは彼女の怒りに触れることと同義」

 そこで一旦言葉を切って、意味ありげにこう言った。

「怒ったあの娘は本当に怖いわよ」



―――――――――――――――――――――



 先の言葉を言い放ってすぐ、蒼衣は二人に向かって突っ込んできた。
 おそらく、速攻で片方を倒し、一対一に持ち込むつもりなのだろう。

「接近戦は任せた!」

 素早く箒に乗り、上空へと飛ぶ魔理沙。
 味方がいる場合、チームプレイ、つまり役割分担が重要だ。
 『接近戦:妖夢 遠距離:魔理沙』の体制は妥当な判断である。
 ……この場合、味方を囮にして自分だけ逃げたように見えなくも無いが、

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、雀の涙ほどしかないッ!」

 生真面目な妖夢はそんな疑念を持つこともなく素直にそれに従い、蒼衣を迎え撃つ!

「ハッ!」

 先手は蒼衣。裂帛の気合とともに一閃。上段の構えから電光石火の唐竹! 

「くぅっ!」

 かろうじて楼観剣でそれを受けるが、押し返すことも受け流すこともできず鍔迫り合いとなる。

「よしっ! そのまま押さえておけ!」 

 しかし、それは蒼衣の動きも止まったということ。その隙を狙い、背後に回った魔理沙が……

「って! なに、マスタースパーク撃とうとしてるんです!? もしかしなくても私ごと吹き飛ばすつもりですか!?
 せめて通常弾ま……「余所見はいけませんよ」……しまっ!?」

 妖夢が魔理沙と漫才を繰り広げている隙に、蒼衣は左手で符を取り出し中空に放つ!
 
「飛瀑『深淵に巣くいし龍』!!」

 名を宣言すると同時に、頭上の符から生まれた無数の弾丸が巨大な滝を模る。
 しかし、蒼衣は一向に妖夢を放そうとはしない。 それどころか、さらに力籠めてその場に縫いつける。

「何を考えてるんです! このままじゃ貴方まで!」
「気にしてはいけませんよ」

 動かなければ二人とも直撃を受ける。
 妖夢は焦り声を張り上げるが、その叫びは不敵な笑みに受け流される。

 降り注ぐ弾幕が二人を飲み込んだ。
 
「相討ちだなんて、頭に血が上るにも程があるぜ」

 地面に打ち付けられ水飛沫のように跳弾した余波を避けながら、一人だけ無事な魔理沙が呟く。

「まっ。手間が省けてこっちは助……「さあ、それはどうでしょう?」……なっ!?」

 轟々と流れていた滝が収まる。
 そこには無傷で悠然と佇む蒼衣と、対照的に全身ボロボロで倒れ伏す庭師。

「おいおい。どうやったら、今のを五体満足で抜けられるんだよ……」

 蒼衣は答えず、上空に浮かび上がり魔理沙の正面に位置を構える。

「ところで良いのかあ? 妖夢は私を止めようとしてくれてたんだぜ。それをあんな風にしちまって……」

 チラリと妖夢へ視線を向ける。相手の良心をチクチクとつつく心理戦である。

「いいんですよ」

 しかし、蒼衣はいつもの微笑を浮かべ。

「わたしの勘が、これが正しい流れだと言っていたんです」
「それなら仕方ないな」

 勘。それは、あらゆる理不尽がまかりとおる幻想郷において最も必要かもしれないスキル。
 そんな理由で倒されたほうは堪ったものではないが。

「さて、二対一ならともかく、サシでわたしに勝てると思っているんですか?」
「一回勝ったくらいで図に乗っちゃあいけないぜ。こっちだってジョーカーはまだ切ってないんだ」
「そうですか。……なら、それを見せてください!」
「言われなくとも! 喰らえ! 魔砲『ファイナルマスタースパーク』!!」

 先日破られたマスタースパーク、それを遥かに凌駕する光の奔流。
 最強にして最後の魔砲が蒼衣に向かって走る!

「甘いッ!」

 被弾寸前、右手の刃を振るう。
 たったそれだけの動作で、魔理沙が全身全霊を込めて放った一撃が真っ二つに切り裂かれる。

「おいおい、嘘だろ……」

 自身の奥儀の一つを易々と破られた魔理沙は愕然とする。

「とんでもない攻撃でしたが、わたしとは相性が悪かったみたいですね」

 刀を持った腕を下げ勝ち誇った笑みを浮かべる。
 その憎たらしい顔を睨みながら、魔理沙は心中焦った。

「……まずいな」

 さっきの魔砲には文字通り全精力を注ぎ込んだ。よって、魔力の残りは少ない。
 こんな状態で目の前の化け物に勝てるだろうか?

「ちっ! なんでこんなことになっちまったんだか」




「(まったく、なんて常識外れな威力をしてるんですか)」

 一方、言動に出してはいなかったものの、蒼衣も芳しい状況では無かった。

「(右半身の感覚がまったくないとは……)」

 魔砲を一刀のもとに切り捨てた脇差。
 元々は水難除けの護符だったものを改良して、流体および弾幕を裂く妖刀と成したものである。
 先の弾幕の滝の直撃を受けて無傷で済んだのも、これのおかげであった。
 ただし、この妖刀、水や風ならいざ知らず、弾幕を斬る時には相応の反動を受ける。
 自分のスペル、そしてファイナルマスタースパークに使用したツケにより、
 得物を落とさないようにするのがやっとというのが現状であった。

「(妖力も大分持っていかれましたし…………)」

 しかし、相手も同じような状態。そして、自分の状態はあちらには気づかれていない。
 幸いこちらは妖力にまだ余裕がある。ならば、気づかれる前に倒すべし!

「散りなさい!」

 左手に力を収束し一気に拡散させる。水の魔法で練った弾丸が飛沫のように迸った。

「そんなもんに当たるか!」

 魔力切れ寸前とはいえ、魔理沙も幾多の修羅場をくぐり抜けてきた猛者。
 ばらまき弾の海をスイスイと泳いでゆく。

「無論、この程度じゃ終わりません。喰らいなさい!」

 それに加え、今度は五条の細長い弾が弾幕の海の中をうねりながら魔理沙に肉薄する。

「うわっ。蛇だ!」
「龍です! ……きっと」

 本人も自信が無いのか、言葉がしりつぼみである。

「まだまだ!」

 だが、それも魔理沙に通じない。自機狙い弾にかすりながら、雨のように降り注ぐ弾幕の隙間を縫う。

「どうした? その程度じゃ私には勝てないぜ?」
「っ!」

 蒼衣は心の中で歯噛みする。
 予想はついていたが、向こうは反撃してこない。薄い弾幕なんて力の無駄遣いだからだ。
 きっと、残り少ない魔力を一度のチャンスに注ぎ込むつもりなのだろう。
 逆に言えばその一撃以外は気にしなくていい。

 対してこちらは、妖力に余裕がある代わり決定打がない。
 せめて右腕が動けばもっとマシな攻撃ができるのだが、それにはまだ時間が掛かりそうだ。

「ふぅ……」

 どうやら長い戦いになりそうである。



―――――――――――――――――――――




「そういえばさ」

 空の彼方を眺めるながら、ポツリと問う。

「なにかしら?」

 同じように遥かに広がる蒼を見上げながら聞き返す。
 決して、地べたに転がる物体から目を逸らしている訳ではない。


「蒼衣が200年も眠ってたって言ってたんだけど。妖怪って、そんなに寝ていられるものなの?」
「そういう奴もいるんじゃないの? 妖怪は長寿だから時間的な問題は無いわけだし。
 でも、あの娘の眠りはそうじゃないわよ」

 可能だけど違う。霊夢の問いに紫はそう答えた。

「どういうこと?」
「蒼衣の眠りは、あの娘自身の力の暴走によって起きるわ」
「……暴走って、そりゃまた随分と物騒な言葉ね」
「まあ、暴走と言っても、なんの被害も出ないわよ。何故かって? それは……」



―――――――――――――――――――――




 一方、こちらの戦いは、蒼衣の読み通り持久戦の様相を呈していた。
 どちらも決定的な攻撃を出せない以上、それも仕方がないのであるが。
 しかし、その均衡もそろそろ終わりに近づいていた。

「右手の感覚が戻ってきましたね。これなら ……ハァッ!」

 ばらまき弾と自機狙い弾のコンビネーションを止め、魔理沙を取り囲むように大玉を配置する。
 全方位360度からランダムに大玉が魔理沙を狙い撃つ。

「だから、この程度で私を墜せると思うな!」

 またもや軽々と避けていく。が、これも予定の内。
 奇策たる次の一手をしかける。

「そこッ!」

 右腕を振りかぶり、刃を投げ放つ。
 しかし、あっさり避けられる。

「隙有りだぜ!」

 これを好機と見て、残りの魔力を振り絞ってスペルを放とうとする。
 瞬間、不意に悪寒を感じ魔理沙は本能的に回避行動をとった。
 その両脇を背後から迫っていた粒状弾が通り過ぎる。
 難を逃れたのも束の間、さらに大量の弾が後ろからばらまかれる。

「くそっ! いったいどこから沸いてきたんだ!?」

 魔理沙は気づいていなかった。
 先程、蒼衣が投げた刀は、後ろの大玉を狙ったものであったこと。
 新たに撒かれた弾は、刀に裂かれ、破裂した大玉の破片であったこと。
 そして、蒼衣の手は、これで終わりではなかったこと。

「このっ!」

 不意を衝かれ、体勢を大きく崩しながらもその全てを避けきる。
 蒼衣が狙っていたのはこの瞬間だった。
 
「これで積みです!」

 魔理沙が後ろに気をとられていた隙に接近した蒼衣は、至近距離から、蛇弾を二重に放つ。
 10匹の蛇が魔理沙を飲み込まんと迫る!

「っ!」

 回避?……不可! スペルで相殺?……不可!
 対策を講じるが、どれも間に合わない。
 魔理沙は覚悟を決め、目を閉じ、体を硬くして、襲いくる衝撃に備える。

「………………?」

 が、いくら待てども、なんの痛みもこない。
 不審に思って目を開けてみると、

「……なんだこりゃ?」

 止まっていた。蒼衣は弾幕を放った状態のままパーフェクトに停止していた。
 御丁寧に蛇弾まで止まっている。

「え~と……」

 叩いたり、引っ張ったり、挙句にはマジックミサイルまで叩き込んでみたが、反応無し。
 さすがの魔理沙も、これにはどうしていいか分からず。

「……帰るか……」

 とりあえず逃げることにした。

 ……妖夢を置き去りにして。



―――――――――――――――――――――



「それは、あの娘の力の暴走は、変化を失くすことだからよ。
 差し詰め『不変を与える能力』といったところかしら」

 不変。似たような言葉になら霊夢も心当たりがある。

「不変ねえ。それって、あの竹林の連中みたいなもの?」
「1点ね」
「……それって0点と変わりないんじゃあ?」

 余りに辛口な評価に顔をしかめる。

「いえ、1点よ。あの蓬莱人達は不死は、あくまで生死の概念が不変に過ぎないわ。
 その証拠に、運動や食事、会話とかは普通にするでしょ。だけど……」
「蒼衣の『不変』はそれすら無い?」
「そう。どんな些細な変化もせず、どれほど些細な変化も受け付けない、ただそこに在るだけのモノ……
 いえ、それ以下の存在ね。この星の重力さえ無視するから」
「で、その力が暴走すると自分が不変になるわけね」
「察しがいいわね。その通りよ。
 力の暴走とともに彼女は不変という眠りにつき、それが解けるまで停止し続ける。
 自分から見ればタイムスリップしたように感じるらしいわよ」
「目的地不明の時間旅行か。そりゃまた難儀ね。ところで、その力って制御できないの?」
「一応できるらしいけど。彼女は『不変』が嫌いだから滅多なことじゃ使わないわよ」
「そうなの? 食べ物の保存に役立てようと思ってたのに」
「あっ。それはもうやってるわよ。他ならぬあの娘自身が」
「……食べ物を不変にするのはオーケーなのか?」
「蒼衣の基準ではそうらしいわよ」

 霊夢もこれには呆れた。
 さすがは、紫&幽々子の友人。かなり不条理な倫理観をお持ちのようである。

「さて、私はそろそろ帰るわね。いいかげん、藍の手当てもしないといけないし」

 立ち上がって従者を背負う。その体は既にぐったりとしていた。

「それは最初からやってあげなさいよ。もう死体みたいな色になってんだけど」
「大丈夫よ。生と死の境界を曖昧にすれば、ほっといても一ヶ月はもつし」

 まさしく生き地獄である。

「それじゃあ失礼するわね。今度は宴会の日にでも会いましょう」
「宴会に来るの? だったら、その死に懸けも連れてきてね。準備と後片付けをさせるから」
「分かったわ。その時は死に体に鞭打って働かせるわね」
「だから、手当てしてあげなさいよ」

 分かってるわよと答え、スキマの中に消える。
 その時、霊夢は自分が失敗を犯したことに気がついた。

「……血溜りの掃除させるの忘れてた」



―――――――――――――――――――――



 それから一週間。特に何事もなく過ぎ去り、

「まったく、この前は酷い目にあったぜ」
「自業自得でしょ?」

 いつもの縁側で、霊夢と魔理沙は茶を飲みつつ話をしていた。

「しっかし、今度はいつ起きだしてくるんだろうな? 私としては、ずっと寝ててもらいたいが」
「あら、魔理沙とあろう者が怖気づいたの?」

 意地悪く笑う悪友に、魔理沙はむっとした表情を浮かべ、

「んなこと言われても、あいつの怒り方はお前といい勝負だったんだぜ」
「怒った私と言われても、自分のことはよく分からないんだけど」
「ん~~、そうだな……」

 あごに手を当て、思案すること数秒。

「もし私が、この家ある、いや、お前がこれから手に入れるであろう、全てのお茶っ葉を焼き尽くしたら、
 お前はどうする?」

 霊夢は無言ですっくと立ち上がり、魔理沙の正面に移動する。

「霊夢? どうしダッ!?」

 そして魔理沙の肩をガシッと掴み、食いちぎらんとばかりに力を込める。

「イタっ! 霊夢! 冗談! 冗談だから! だから放して!」
「……魔理沙……」

 平淡な、どこまでも平淡な声。
 それは、俯いているために黒髪に隠れて見えない表情と相まって、とんでもない怖さを醸し出していた。

「な、なんだ?」

 震えそうな声で応えると、霊夢は顔を上げ、

「そんなことしたらどうなるか、分かってるんでしょうね?」

 ………………目が合った。

 後に魔理沙はこの時の恐怖を、珍しく付けた日記にこう残している。
 「きょうはとらうまがふえましたまる」
 全文ひらがなであるところが、かなり痛い。

「そ、そ、そ、そnなことするわけnaいじxyaないかあはははhaはははは」

 声が震え過ぎて、常人はよく聞き取れなかったが、霊夢にはちゃんと伝わったらしく、
 それならいいわと、そっけなく答えて開放してくれた。

「は、話を戻すぞ。とにかく結構怖かったんだよ」
「なるほどね」

 何事もなかったように答える霊夢。
 彼女の目には、涙目で肩をさする魔理沙が写っていないのだろうか?

「そんなに心配しなくていいじゃない?
 昨日、紫が言ってたんだけど。その状態になると最低でも10年間は眠ったままらしわ」
「そうか、なら安心か」

 そこで霊夢は、ふと思い出したかのように、

「あ、そうそう。これも紫が言ってたんだけど」

 ズズと一旦茶をすすり、

「何事にも例外あるらしいわよ」
「それはどういう意味だ?」



―――――――――――――――――――――



「今のが不変?」
「そうですよ」
「?」

 はて? なんか今、ここにはいないはずの奴の声が後ろから聞こえたような?
 魔理沙はそう思って振り返ろうと、

「あ、動かないほうがいいわよ」
「え? ……おわっ!?」

 いつのまにか首に冷たい刃物が宛がわられていた。
 訝しげな視線と助けを求める視線を器用にないまぜにした眼差しを隣の霊夢に向ける。

「ああ。つまり、あんたはさっきまで不変だったの」

 貴重な体験が出来て羨ましいわと、全然羨ましくなさそうに述べる。
 簡潔すぎて、うまく理解できない。
 
「え~と、簡単に言うと……」

 今度は背後の人物が答えた。

「一時的にあなたを不変の存在にして、その隙に背後を取り、首筋に刀を添えた訳です」
「へぇ~。なるほど、って! なんでお前がここにいるんだよ!?」
「なんでと言われましても、目覚めたからですが?」
「ちょっと待て! 10年はあのままなんじゃなかったのか!?」
「あんた、人の話聞いてた?」

 呆れたように溜息をつかれる。

「……もしかして、『何事にも例外はある』って、このことか?」
「たぶんそうですね」
「それは良いとして、不変は嫌いなんじゃなかったか?」
「だから、何事にも例外はあるんですってば」

 あっけらかんとのたまう。

「安心してください。弾幕ごっこでは絶対使いませんから」
「いや、人の首に刃物を当てておいて、何を安心しろと?」
「ん~。今じゃなくて、もっと後の未来ですかね~?」
「今は安心じゃないのか?」
「ええ。目一杯不安がってください。それでは連行しますね。ほら、歩いた歩いた」
「ちょっ、押すなよ。って、霊夢! 傍観してないで助けてくれよ!」

 助けを求められ、心の底から面倒臭そうな眼差しを二人に向け、

「勝手に人んちを宴会場にする迷惑な友人と、食べ物を御裾分けしてくれる便利な友人。
 どっちに味方するかは言わずもがなね」

 魔理沙は一瞬絶句し、蒼衣は『便利な』の部分に苦笑する。
 余りに冷たい物言いだが、この程度で諦めるわけにはいかない。 

「いや、そこは付き合いの長さを笠に着せて!」
「しょうがないわね」

 やれやれと立ち上がり、

「無理矢理歩かせるのは可哀想だから、気絶させてから運んでやんなさい」
「それもそうですね」
「おい! 扱いがさらに酷くナっ……」

 即決定、即実行。
 手刀を以って魔理沙の意識を綺麗に刈取る。

「さてと、帰るとしますか」
「あ、ちょっと待った」

 よっと、魔理沙を肩に担ぎ、いざ我が家へというところで呼び止められる。
 担いだ際に落ちた黒い帽子を拾いつつ振り返ると、

「一つ聞くけど、今の幻想郷はどう?」

 200年に渡る不変。それは瞬く間に自分以外の全てが200年分の変化をしたということ。
 彼女は余りにも時が経ち、変容した幻想郷をどう思っているのだろうか?
 そんな思いが霊夢の頭によぎっていた。

「相変わらず素晴らしい場所ですよ。今も昔も。ほんと、自分だけ除け者にされていたのが勿体無いくらい」

 一時の変化から逸脱した存在は、過去への悔しさと未来への期待を込めて笑った。
 それは苦笑じみた笑みであったが、間違いなく幸せそうだった。

「そう。それは良かったわね。呼び止めて悪かったわ」
「お構いなく。それでは」
「またお土産持ってきてねー」
「心得ました」

 一礼すると、大地を蹴ることなくふわりと浮かび、蒼穹の彼方に吸い込まれていった。

 霊夢はそれを見届けると、手元に視線を移して、ポツリと呟いた。

「……お茶、冷めちゃったわね」

 彼女は思う。
 蒼衣が幸せだろうが、このあと魔理沙が酷い目に合わされようがどうだっていい。
 どうせ他人の幸福や不幸が自分のものになるわけでもないし。

 …………でも…………  

「目の前にやたら幸せだか、やたら不幸な奴がいたら気持ち良く茶が飲めないし」

 だから、まあ、みんなそれなりに日々を過ごしてくれや。 

「……平和ねえ」

 今日この日も 明日も明後日も 何年何十年経とうとも

 これだけは あの友人が嫌いな『不変』でありますように……






             ――東方清流譚 了――

なんか第一話と第二話を足して3倍したくらいに長いんじゃないかと思われる第三話がついに完成です。
東方清流譚はこれで終わりですが、蒼衣さんは他のSSにも出す予定。

ところで、妖夢の口調はこれで良かったのだろうか? 妖々夢、萃夢想じゃ幽々子と紫にしか敬語を使ってないけど、
永夜抄(EXあらすじ)じゃ他の連中にまで、ですます使ってるんですよね。

六月二日。今日やっとこ妖々夢と紅魔郷をゲットして、早速プレイしたところ……
大玉をぶった斬って小中弾をばら撒くのは、元々妖夢の技だったのか。_| ̄|○
ちょっと凹みました。

さて、それじゃあ、最後のステータス(?)更新に参りましょう。

 <不変を与える程度の能力>
   『流れを操る程度の能力』の一部。対象が持つあらゆる変化の可能性を一時的に消去し、
   不変の存在と成す。咲夜の時間停止とは色々と違う。

 <武器>
   正式名称は不明(考え中)。流体や弾幕を斬ることができるが、それ以外にはちょっと切れ味の良い
   普通の脇差。実はレーザー系、水、風、火属性以外の弾はあんまり斬れない。よって、自分の弾幕
   を裂いて相手を翻弄する以外、使い道がほとんど無い。

 <戦闘>
   なんか2対1で勝ってしまったが、あくまで速攻で妖夢を撃破できたのと、本文中で言っていたように
   魔理沙との相性のおかげ。結界を駆使する霊夢や紫には弱いかも。

 <藍のトラウマ>
   いったいどんな罰を与えたんだ? 魔理沙も狐の二の舞に……

それでは最後に、書き方などが激しく変わりながらも、全三話の駄文を読んでくださった方々
(少しはいるよね?)にお礼を言わせていただこうと思います。ありがとうございました。
蔭野 霄
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