Coolier - 新生・東方創想話

天まで届け

2005/05/30 01:48:51
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 焼き芋が旨い季節だ。
 炎を出せる能力が便利だと思えるのは、たとえば調理をする時である。生で食べても、不老不死の身であればけして死ぬことはない。が、食中毒になって苦しむくらいの余地は与えられているのだ。
 健康に生きるのは難しい。
 死ねない身になって、妹紅はその有り難味を知った。
 竹林の中にぽっかりと空いた広場にて、そこらに落ちて腐った木々や葉を掻き集め、川で釣って来た魚や、森で拾って来た栗や、畑から掘り出して来た芋を嬉々として焼いている。香る味覚に、自然と顔も緩む。
 肌寒さが感じ取れるようになり、人の温もりが恋しくなる。と、ろくでもないことを夢想し、妹紅はほくそ笑んだ。こんな気分に浸るのもいい、年に一回くらいは。
 天まで伸びる竹の群れは光を遮り、熱を拒み、空き地に腰掛ける人の暖かさをも奪っていくよう。
 焚き火の熱と、自身に巡る熱とを掛け合わせて、ようやく人に必要な温かみを勝ち取る。もしこの火が消えれば、また自分も非人間になるのだろう。悲しいとも辛いとも思わず、妹紅は火の中に腐った枝を突っ込んだ。
 地に落ちた小枝を踏み潰す音が聞こえたのは、ちょうどその頃だった。
「慧音」
「些か、邪魔をする」
 硬い口調も慣れたものだ。彼女は誰にでもこのように喋る。信頼の証として言葉遣いを砕いてくれるような、分かりやすい性格はしていない。
 だから、その腕に一人分の肉塊を抱えていたとしても、別段驚くに値しないのである。
「死体?」
 無言で頷く。
 若い男だった。派手な彩色と無駄に肌を露出する服装から判断するに、この辺りの出ではないのだろう。
 肌は土に汚されているが、損壊は少なく、烏や妖怪に喰われていないことが奇跡に等しかった。
 あるいは、たとえ臓物が腹から食み出て、折れた骨が肌を突き破り、眼球がひとつふたつ足りなかったにしろ、慧音が死体を発見したのであれば、ひとつの例外もなく抱え上げていただろう、と妹紅は思う。
「ひとつ、頼まれてくれないか」
 成人一人を支えていても、慧音は苦痛を訴えない。
 だらんと下がった死体の指先が、林に差し込むわずかな光に照らされ、かすかに輝く。
「この男を、荼毘に付してもらいたい」
「食べるの?」
「食わん。お前が食うのなら別だが」
「要らない」
 首を振り、焚き火の中に目を返す。
「でも、芋食べてるから後でね。適当に櫓でも組んでて」
「分かった」
 了承し、足元に死体を転がす。目蓋は閉じられており、死の直前に見る絶望や慟哭を映したであろう瞳は、もう誰の目にも映らない。ただ、発見者である慧音は、唯一彼の訴えを目にした。
 死んだことのない慧音には、男が何を伝えたかったのかよく分からなかった。生きたかったのか、死にたかったのか。濁った硝子球のような瞳は、生きた人間のそれとは一線を画していた。
 櫓といえど、精々死体を固体するための台と、死体を覆い隠すための蓋ぐらいしか用意できない。竹を切り、竹を折り、竹を紡いで、死体を包む檻を造る。丹念に、丁寧に。
 火が爆ぜ、鼻腔をくすぐる芋の匂いが辺りに漂う。
 不謹慎と思うが、慧音はその香りで自分の空腹を自覚する。
 竹を握り締めながら、しばし逡巡する。その隙に付け込んだのは、妹紅だった。
「慧音も、食べる?」
 嫌ならいいよ、と言外に言っていた。妹紅は慧音の意志を尊重するだろう。慧音もそれを理解しているから、善意の声を無視することは出来なかった。死体を支える礎を組んだところで、竹を置く。
「ああ。少し、頂こう」
 ん、と妹紅が頷いて、焚き火の中から無造作に焼けた芋を掴み取り、銀紙で包んで慧音に放り投げる。表面上は苦もなく受け取った慧音だが、実のところ、熱くて熱くて仕方なかった。
 妹紅が平気で火の中に手を突っ込めるのは、熱くないからではなく、すぐに治ってしまうから。理屈では納得しても、見ている方は熱くはないのかと邪推してしまう。
 それでも、直火で焼いた芋は確かに旨かった。腹が徐々に満たされていくのを感じる。
「美味しいでしょ?」
「あぁ」
 遣り取りは、そう多くない。
 慧音が妹紅に死体の火葬を頼んだのは、これが初めてではなかった。年に二、三回はあるだろうか。決まって外から来た人間の死体を、焼いてくれと頼みに来る。
 男であったり、女であったり、子どもであったり。
 形は人里にいる人間と似ていたが、服装と人相だけは酷く違っていた。
 何故違うのかと考えても、外が酷い有様だからなのか、死んだせいなのか、そのどちらなのかは全く分からない。きっと、その両方なんだろう、と妹紅は思う。
「それ、さ」
 死体を見て、妹紅が問う。ちょうど芋を食べ終えた慧音は、銀紙を丸めながら答える。
「指になんか金属が嵌ってるけど、取らなくていいの?」
 素人目にも高価だと分かる貴金属。追いはぎの類なら例外なく掠め取って行くだろうが、これは死体だ。物を言わないのなら、拾った者の好きにしていいはずである。しかし。
「あぁ。そのままにしておいてくれ」
「ふうん。そういうもの?」
「そういうものだ」
 本当は、知らない。この金属が何を意味するものなのか、全く分からない。
 分からなかったが、そういうものだと思った。妹紅も、慧音の自信ありげな表情に得心がいったらしく、それ以上は何も言わない。
 慧音は地面に置いた竹を捻り、櫓造りを再開する。妹紅は、また焚き火に腕を突っ込んでいる。
 火葬まで、あと少し。
 太陽が、頂上をわずかに通り過ぎた頃のこと。





 看取る人が誰もいないというのは、悲しいものだ。
 この男は、誰にも知られずに死んでいった。それはどうしようもない孤独だった。
 ならばせめて、見送る役目くらいは背負ってもいいだろう。
 外から来た以上、無為に歴史を喰う訳にはいかない。男の気持ちは分からないが、その想いと魂を空に還すことくらいは出来る。
「もう、そろそろ?」
「いや、まだ」
 竹で編まれた櫓の前に、二人は立っている。
 一人は号令を待ち、一人は頃合を読んでいる。
 空に薄ら雲が掛かっている。この雲が晴れて、結界を越えた向こう側にも煙が見えるようになったら。
 心地良い風が吹き、葉の擦れ合う音が涼しげに響く。
 ちょうど、太陽に掛かる雲が晴れ、竹に遮られて隙間だらけの空も、白い邪魔者が束の間に居なくなった。
「妹紅」
「うん」
 一言でいい。妹紅は号令と同時に腕を上げ、力ある言葉を吐き出す。
 死とは何だろうと考えて、やはりよく分からないと妹紅は結論付ける。それが、いつか死ぬ時に分かるだろうという、曖昧で、永遠に来るはずのない希望に縋るようなものであっても。

「天まで届け、死の煙。
 『火の鳥』」

 突如として燃え盛る竹の棺から、誰も目を逸らさない。
 慧音は言うに及ばず、妹紅とて、熱さを感じない訳ではない。それでも、肉の焼ける匂い、竹の弾ける音、外へ昇って行く煙の全てが、心に突き刺さって離れないのだった。
 死体など見慣れた。生死など当然のことと受け入れた。それなのに。
 黒とも白とも黄色とも言えぬ、独特の色彩を帯びた煙が、竹林を越えた先の空を覆い尽くす。
 この煙は、月へは届くまい。死んだ者から発せられる煙では、空を覆い隠すのが精々だ。
 だから、もっと高く。煙よ、昇れ。見えるように、向こうの世界にあるはずの空からでも、死の煙がはっきりと見えるように。
「慧音」
 あぁ、と気のない返事が返る。
 二人とも、見上げる空は同じ。立ち昇る煙の行方を見定めながら、妹紅は尋ねる。
「こういう時は、手を合わせた方がいいんだっけ」
「そうだな。気が向いたら、やってくれるとありがたい」
 決して強制はせず、慧音は瞳を閉じ、絶えることなく燃え続ける櫓に手を合わせる。
 彼女のやり方に倣って、妹紅は目を開けたまま、櫓に向けて手を合わせる。
 さようなら、あなたのことは何も知らないけれど。
 どうか、その逝き道が安らかなものでありますように。
 そう、柄にもなく小さな祈りを捧げて。



 

 その日、一人の男が死んだ。
 空に広がった魂の煙は、どこまでも高く、いつまでも消えることなく、昇り続けていた。

 




 どうも、藤村流です。
 しんみりとしたお話です。
 天まで届け、死の煙。
 これが言いたかったのです。

 ご読了、ありがとうございました。
 それでは。
藤村流
http://www.geocities.jp/rongarta/index.html
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コメント



0.4580簡易評価
16.60名前が無い程度の能力削除
或いは善行を積み重ねた聖者の死体かもしれない
或いは悪行を繰り返した咎人の死体かもしれない
そんなことは慧音には関係はないのでしょうな。
生きて迷い込んだなら、前者なら讃え、後者なら諌め、そして村に保護するのでしょうな。
慧音のそんなところが好き。
20.70名前が無い程度の能力削除
こんな所で終わるのか
もっと生きていたいんだ
まだやり残した事があるんだ

名も知らぬ彼の見取られぬ死には、ついそんな想いを連想してしまいます。
が、同時にいつか訪れる「それ」に救いを見出してしまいそうになるのは、
「それ」を能力として持てなかった妹紅の存在故でしょうか。
71.100司馬漬け削除
こちらに投稿させている身であるにも関わらず、氏の作品の読了が遅れたことを恥じるばかりです。

良い物語をありがとうございました。
102.80名前が無い程度の能力削除
慧音に見つけてもらっただけ幸運なのかね