「はあっ!!」
唸りを上げて迫る真紅の槍。
避け切れないと悟った幽々子は、手に持つ扇へと霊力を集中させる。
「くぅっ…!」
辛うじて受け流しに成功したのか、槍は明後日の方向へと飛んでゆく。
しかし、その反動は大きく、床へと尻餅をついてしまう。
同時に、頼みの綱であった扇も、今の衝撃により何処へと弾き飛ばされてしまった。
「ここまでのようね。さあ、大人しくやられなさい」
「……」
幽々子は答えずに相手……レミリアを睨みつけた。
時は午前四時十五分。
日頃、早寝早起きを心情とする幽々子にとっても早すぎる時間帯に、
唐突にその訪問者は現れた。
そして、あって無いような理由で、一戦を交える事となったのだが……
どうにも一方的な展開で勝負は推移していた。
朝の体操代わりに軽く遊ぶ……程度の発想で受けた戦闘であったが、
今更ながら、その考えが甘かった事に気が付かされる。
レミリアの言う通り、素直にやられておけば話は早かったのだろう。
が、意外かも知れないが、幽々子はかなりの負けず嫌いである。
一度おっ始めた以上は、何とかして一泡吹かせてやりたいと思っているのだが、
如何せん、この状況では打開策も糞もない。
(「うーん……」)
「戦闘中に考え事は良くないわよ?」
「!?」
しまった、と思った時にはもう遅い。
レミリアの使役する使い魔から放たれた大量の紅き光弾が、幽々子の目前へと迫っていた。
床に座り込んでいるこの体勢では回避は不可能。
ならば防ぎ切る以外に生き残る術は無いのだが、盾代わりに使っていた扇は、先程弾き飛ばされてしまった。
万事休す、である。
「……!!」
紅の奔流が幽々子を包み込んだ。
「終わり、ね」
確かな手ごたえを感じ取ったレミリアは、惨めな屍を晒しているであろう幽々子へと歩み寄る。
いや、最初から死んでいるのではあるが。
「……なんだと!?」
レミリアは驚愕する。
「へぐぅ……」
そう、幽々子は健在であった。
両手で頭を抱えて蹲り、みょんな呻きを上げるその姿は、
幽雅とは程遠いものではあるが、驚くべきなのはそこではない。
状況から察するに、その体勢のままで弾幕の直撃を受けた筈にも関わらず、まったくの無傷なのだ。
(「成る程……これは予想外の収穫だったわ」)
ほくそ笑んだのは幽々子である。
咄嗟に取っただけの、防御とも言い難い体勢なのだが、その効果は絶大であった。
「(見栄えはともあれ、これは良いわね。……護身開眼といった所かしら」)
ちらりと前方に視線を送ると、イマイチ状況を把握し切れない様子のレミリアの姿が映った。
「どうしたの? 私はまだピンピンしてるわよ?」
どう見ても負け犬の姿としか映らない相手からとは思えない台詞に、レミリアは頭に血を上らせる。
「……そう。なら、沢山ご馳走してあげるわ!」
米粒のような小さい弾から、人間サイズの極大弾、果ては先程の槍までも持ち出しては
それを次々と撃ち放つ……というか叩きつける。
が、しかし、目の前のへぐぅな物体にはまったく効いた様子が見られない。
ただ、頭を抱えてしゃがみこんでいるだけだというのに、だ。
はぐれメタルもびっくりである。
そしてついに、レミリアの攻撃が止まった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
床に膝を着き、大きく肩で息をする。
完全なる撃ち疲れである。
「もうお仕舞い? これじゃあ全然食べ足りないわね」
「こ、この非常識幽霊が……」
断じて認めたくない……しかし、認めざるを得ない。
あの防御は完璧であると。
原理はまったく理解できないが、一切の攻撃が通用しない以上はそうなのだろう。
某王家の肉のカーテンのようなものだ。
「(あれをどうすれば破れる……?)」
息を整えつつ打開策を練る。
破壊力という点で絶対の自信を持っていたグングニルの槍すら通用しなかった事を考えると
肉弾戦でどうにかなるとも思えない。
とは言え、弾幕においてももはや種切れである。
ならば一体どうしろと言うのか。
向こうが構えを解くのを待てとでも……
「(……待つ……?)」
レミリアの攻撃が止んでから数十秒が経過した。
今だに動きは無い。
「……あら、攻撃が来ないわね」
訝しんだ幽々子が、ちらりと視線を上げる。
「これは負けを認めたと受け取って良いのかし……」
そして、絶句する。
「ふふ、どうしたの? 顔色が悪いわよ。ああ、失礼したわ。亡霊なんだから顔色悪くて当然ね」
「ど、どうして貴女が……」
幽々子の目に映ったもの……それは、頭を抱えて床へと座り込むレミリアの姿。
そう、今の幽々子の体勢と殆ど同じものである。
「余り私を侮らない事ね。自分だけの専売特許とでも思っていたの?」
「……」
問いに答える事なく、ゆらりと立ち上がる幽々子。
胸元で手を掲げると、再び霊力を集中させた。
周囲の空間に、数えるのがバカらしくなるような量の弾が浮かび上がる。
「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる……上手い鉄砲数撃ちゃ凄く当たるっ!」
それが、一斉にレミリアへと撃ち放たれた。
夜明け間際の白玉楼に、盛大なる爆音が響き渡った。
「……」
幽々子は、対象に向けて視線を凝らす。
次第に晴れて行く爆煙の向こうに映る小さな影。
「これでは掃除が大変ね。あの従者の嘆く姿が目に浮かぶようだわ」
「……そんな……」
やはり、とでも言うのだろうか。レミリアはまったくの無傷だった。
流石、完成された護身は一味違う。
「うっ……」
先程の攻撃で霊力を使い切ったのか、幽々子は力なく地面に座り込んでしまう。
「(さて……どうしたものかしら)」
再び優位に立ったように見えたレミリアであるが、決め手を欠いたままであるのは事実。
相手も同様である事から、互角の状態と言うほうが正確であろう。
「(この際、贅沢は言っていられないか……」)
「(参ったわね……何だって朝っぱらからこんなに疲弊しなきゃいけないのかしら……)」
幽々子は心の中で愚痴る。
とは言え、元々は自分の負けず嫌いが招いた事態である。
今考えるべきなのは、状況の打開策以外に無い。
戦闘の舞台となっている白玉楼の廊下には、いつの間にかうっすらとではあるが朝日が差し込み始めていた。
それに気が付いた二人は、ゆっくりと立ち上がる。
「……」
「……」
言葉は無い。
ただ、お互いの倒すべき相手を見据えるのみ。
「「(あいつに勝つ方法は……一つ!)」」
二人は、同時に決意を固めた。
「「勝負っ!!」」
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
盛大な欠伸を上げたのは、白玉楼が庭師、魂魄妖夢。
ともすれば落ちそうになる瞼を、根性で押し上げつつ、包丁を振るう。
その手際は、流石に手馴れたものであり、だるそうな面持ちとは裏腹に、着々と料理は完成していった。
基本的に、妖夢に夜更かしの習慣は無く、また、朝が弱いという事もない。
今日に限って眠そうなのは、昨晩の強烈極まりない来訪者のせいであった。
「……幽々子様も紫様もそうだけど、どうして偉い人ってああも傍若無人なんだろう……」
ずきずきと痛む体の節々を、精神力で抑えつつ、包丁を振るう。
つくづく不憫な娘である。
「出来た、っと」
朝食の準備を整え終わると、幽々子を呼ぶべく廊下へと向かう。
「あの後、どうなったんだろうなぁ……幽々子様が勝ってるといいけど……」
再び出そうになる欠伸を噛み殺しながら、襖を開け放つ。
「……」
そして、絶句した。
「まったく……相変わらず無駄に広い所ね」
同刻、十六夜咲夜は、白玉楼を我が物顔で練り歩いていた。
「どうして古い日本家屋って平屋作りなのかしら……」
等とどうでもいい事を呟きながら、一つ、一つと部屋を制覇して行く。
最近、行動が霊夢達に似てきたと噂されているのも仕方の無い事だろう。
いい加減、面倒になって来た辺りで、ようやく見慣れた姿が咲夜の視界に捉えられた。
その人物は、中庭へと通じる襖の前で、メトロノームのように正確に首を左右に振る事を繰り返していた。
まことに奇怪な行動である。
半幽霊にこのような隠された衝動があったとは初耳だ。
「お邪魔してるわよ」
「……」
「実は、お嬢様がまだ戻られてないのよ。ここに来てないかしら?」
「……」
「ちょっと、聞いてるの?」
「……」
妖夢は無言で左右の何かを指さした。
「一体何だって……」
そちらに視線を向けた途端に、咲夜も絶句する羽目となる。
「うー、うー、うー、れー、みー、りー、あー、うー」
左手の方向には、廊下へと座り込み、ぴくぴくと痙攣しながら呻くレミリア。
気のせいでなければ、体から煙が立ち昇ってるようにも見える。
「ふかー、ふかー、ふかー、ふぐぅ、うぐぅ、へぐぅ」
右手の方向には、レミリアと同様の体勢で、ぷるぷる震えながら唸る幽々子。
言うならばそれは、クスリの切れた常習者の姿だ。
「「……」」
しばらくの間、妖夢と同様に、両者をきょろきょろと交互に見ていた咲夜だったが、
何か納得するものがあったのか、うんうんと頷くと、隣に視線を向けた。
「こほん……おはよう妖夢。ご機嫌いかが?」
「……おはよう、勿論最悪よ」
「奇遇ね、私もよ」
「そう、貴女と気が合うなんて、珍しい事もあるのね」
「仏滅ですもの。仕方ないわ」
「ああ、良かったら朝食でもどう? 一人で、というのも味気ないから」
「そうね。何の用も無いことだし、ご相伴に預からせて貰おうかしら」
二人は、白々しい会話を交わしながら、居間へと消えて行く。
その会話の中に、『お嬢様』や『幽々子様』といった単語は一つとして登場しなかった。
現実とはかくも非常である。
「ふふふひがのぼってはあなたにかちめはないわねそろそろこうさんしてはいかがかしら」
「そんなかすれたこえでいってもせっとくりょくにかけるわねあなたこそまけをみとめなさい」
今日も暑い一日になりそうだった。
なお、この宴会騒動は、紫が解決したという事を付け加えておく。
……泣きながら。
「……どうして誰も来ないのよぉ」
えぇ、そりゃあ、可愛らしくしゃがみあっているレミリア様と幽々子様と同じくらい萌えました。
あと、咲夜と妖夢見なかったことにしとかないで突っ込んでやれよ。
このお話はその傍証であり、つまりへぐぅが無敵なのも至極当然なのである。
しかし不可解なのは、その丸出しのどたまで千本ナイフも恋色最終魔砲もありとあらゆる全てを防ぎ切っているというその一点。
いやバッドレディスクランブルや、デーモンキングクレイドルなんか見れば、頭蓋骨には割と自信を持たれている事は推測できますが・・・。
あ、そういえば確かおぜう様は、いつしか脳みそがあるのは人間だけだと公言されてましたっけ?
YDS様の作品から、いつも何かを得る事ができます。 ありがたやありがたや。
まぁ油断してるとHPがごっそりけずられますが(゚ω`)
・・・あと些末なことを。適当に聞き流してくれれば・・・。
意外と知られてませんが、仏滅よし赤口(しゃっこう)のほうが悪いとされています。というか赤口が最悪で次が仏滅です。
字的にも仏滅のがやばそうなんですけどね・・・。
>「仏滅ですもの。仕方ないわ」
の、セリフが指す意味を「最悪」としたいのなら赤口のほうが適切かと。
あと、萃夢想の中国には、コマンド技に「消力」が有ると信じて疑っていません。
判り易く言えば、死んだフリ。