Coolier - 新生・東方創想話

東方降魔録~the Scarlets~:第九話

2005/05/29 02:15:36
最終更新
サイズ
17.24KB
ページ数
1
閲覧数
757
評価数
2/38
POINT
1840
Rate
9.56



だが次の瞬間、美鈴は何故か弾かれたように手をフランドールの顔すれすれに振り払った。きいんと甲高い音が響き、何かが弾け飛ぶ。
そして、何が起きたか詳しく見定めるよりも早く、フランドールはこの一瞬のチャンスを掴み取っていた。
「…ごめんね…美鈴!」
先ほどのフェイクの仕方で、遠慮の心はどこかに失せていた。あんな方法を美鈴が取るわけがない。そう、今の美鈴は美鈴であって美鈴ではないのだ。
フランドールは無防備にさらされた彼女の腹部に破壊の力をたっぷりと乗せた拳を叩き込み、気の障壁と肉を貫いて地面まで穿った反動で立ち上がって、跳ね起きかけていた両足を千切れそうなほど踏み砕いた。
弱っているとは言え、気の逸れた気の障壁や肉体など吸血鬼の一撃を阻めはしないのだ。
そして更に追い討ちを…かけようとして、ふと眉を寄せて空に飛び上がった。
そう、あそこまででいい。いくら吸血鬼の再生力があると言っても、あれだけやればしばらくは動きが鈍る。この先の策を考える時間は充分に稼げるはずだった…。
飛び散る血飛沫を身体中に浴びているせいなのか、彼女はまたしても自分の制御を失いかけていたのだ。
もしも暴走したフランドールと美鈴の殺し合いになってしまえば、その不死身の桁外れさ故に勝負がつかず、朝まで殺し合って両者共倒れになりかねない。いや、美鈴には逃げる知能はあったのだから、もしかしたらフランドールだけが。
これでは手詰まりだ…いっそ今のうちにさっさと全部壊してしまえば。
「?!」
脳裏に浮かんだ思考に、フランドールは愕然とし…美鈴から注意の逸れたその拍子にはたと気付いた。自分の全身が、淡い紅の光に覆われていることを。そして、その光から感じるものは、とても馴染み深いものだった。
「これ…私の」
間違っているはずはなかった…それは、かつて彼女の一部であったもの、彼女自身の紅い狂気だったのだから。
不意に彼女は悟った。美鈴に近づいている内に、その中に封じ込められた狂気が真の主たる彼女に引き寄せられつつあるのだと。だから、先ほどから狂気の衝動に駆られているのだと。
「…このままじゃ」
そう、せっかく決別出来た狂気にもう一度憑り付かれることになってしまう。考えるだに身体が震えた。
しかし、その瞬間彼女の頭に、愛する姉の厳しい声が響き渡った。
(主になれないものに、スカーレットの名は相応しくないのよ…!)
(…そうだ。あれは私のもの。この私に、フランドール・スカーレットに、たかが心の一部分ごときがいつまでも君臨していていいはずはない。そして、美鈴に助けられたままでいいはずもないんだ)
「私は王…夜の全てに君臨する吸血の貴族、フランドール・スカーレットなんだから!…見ていて、お姉様!」
足を再生し、風穴の開いた腹部を押さえることもなく立ち上がった美鈴を見下ろすフランドールの目が、赤々と一際強く輝いた。
「行くよ…美鈴!」
彼女の姉が手に掲げた運命の槍のように、フランドールは弾幕を撃ち放ちながら上空から地面へと翔け下った。美鈴が気付き、迎撃姿勢を取る。
フランドールはそれに構わず、弾幕と共に超高速でまっすぐに美鈴のみを目指した。
対して美鈴は、フランドールとの間の弾幕だけを気弾で次々と撃墜し、同時にフランドールの飛翔コースをも狭めて行った。
完全にパターン化された弾幕の隙間は決まりきっていて、彼女は判っていながらも美鈴の正面へと抜けて行くしかなく、眼前に現れるや先手必勝とばかりに美鈴の胸目掛けて鋭い紅爪の一撃を繰り出した。
美鈴はわずかに足を引き、振り下ろされた腕に小さな動きで左手を添えて外側から押しやり、右手でそのまま手首を取って鋭く引き崩しながら、がら空きになったフランドールの脇へと猛烈な肘の一撃を打ち込んだ。
「がっ…!」
脇の下は肺に通じる急所。息どころか血までをも口から吐き出させられながらも、驚いたことにフランドールは吹き飛びも怯みもせずにしっかりと立ち、左手を脇の下にやり、肘を丸々食い込ませた美鈴の左腕をしっかりと掴みしめた。
「何…?」
美鈴は目を見開いて、掴まれた左腕はそのままに、右腕を鋭く繰り出してフランドールの心臓を狙った。
…更に驚いたことに、フランドールはそれをほとんど避けようともせず、かえって自分の胸を貫いた美鈴の右腕も自分の右腕でしっかりと捕まえて笑顔を浮かべた。心臓はいかな吸血鬼とて急所なのに、全身をがくがくと痙攣させながらも手の力は決してゆるめずに。。
「…ごほっ…つーかまえた…今夜の鬼ごっこは…私の勝ちだよ、美鈴」
ぴたりと密着した美鈴の耳元にそっと囁き、少女は…自らの血に濡れた白い牙を、美鈴の白磁のような肌へ突き立てた。
びくん、と美鈴の身体が大きく震え、瞳が一瞬でとろりと甘く蕩けた。
(うまく…やれるかな)
今まで吸血したのは、妹の無聊の晴らし相手になっていた時、自らの血を吸わせてくれた姉からだけ。それもほんの数度。
しかし、やるしかなかった。彼女は細心の注意を払って、少しづつ吸い始めた。美鈴の血…は出来るだけ最小限に、血に溶けていた紅い力を。
…吸血鬼の吸血行為は、何も血そのものだけを吸うわけではない。養分が欲しいだけなら、他に代用も効く。吸血鬼達は、血に流れる対象の生気や魂、本質といったものも同時に吸い取っているのだ。
そして、その力を利用して、フランドールは突き立てた牙から美鈴の狂気を吸い取っていた。
美鈴の狂気は本来フランドールのもので、本来の主人のもとに戻ろうとしていた。少し力を加えてやるだけで、美鈴の壊れかけた能力だけで繋ぎ止められていた戒めは容易く外れて行く。
そして、美鈴はそれに抵抗していなかった。吸血鬼に血を吸われることは、想像を絶した快楽を対象にもたらすからだ。
彼女の目は今や空ろに虚空を見上げ、口元からは唾液が薄い筋を引いていた。
(本当の美鈴なら…あの猛烈な意志力なら、こうは行かなかっただろうな)
フランドールはふと思った。今の美鈴は強力な力を得てはいるけれど、本当は元々より弱くなっていたのだと。
戦っていた時にも、譲れないものを守ろうとするあの気迫のプレッシャーがなかった。
「は…ぁう…あ…」
ひと吸いごとに身体をびくんびくんと震わせ、恍惚とした喘ぎ声と共に、美鈴の瞳に少しづつ光が戻って行く。
それに比例して、封印された上に心臓を貫かれて、倒れそうなほどに弱っていたフランドールの力が蘇り、破壊の衝動とこのまま血を吸い尽くそうとする吸血鬼の本能が強まって行った。
やがて、全ての狂気を吸い尽くした瞬間、彼女は急いで美鈴の身体を無理矢理に突き放した。
彼女の中に馴染んだ狂気の衝動が戻り、それは物凄い勢いで強まりつつあった。それに何より、吸血の心地よさは例えようもなく、美鈴の血は甘くていい香りで、思わず吸い尽くしたくなってしまっていたからだ。
ずるりと血に塗れた腕が抜けて胸の中央に穴が残り、それは瞬く間に塞がって行った。それを見ながらフランドールは頭を抱え、必死で渦巻く狂気に抗い、抑えつけた。
しかし、それも僅かの間、胸元で何かの弾ける音がした。見ると、首のアミュレットが千切れた鎖の欠片だけを残して跡形もなく消え去っていた。
おそらく、少女の力のあまりの大きさに耐え切れなくなったのだろう。同時に、狂気の強さが更に増した。
頭上の月からの影響も遮ることが出来なくなり、すぐに意識が浸食され始める。
「嫌…駄目だったら…っ!…これじゃ…また、同じことの、繰り返しに…っ!」
フランドールは地面に膝をつき、激しく首を振った。
しかし、そうしている間にも意識が溶けていく。ぐるぐると、頭の中で声が渦巻く。どうあがいても、敗北は間近なのがはっきりしていた。




The Owl and the Pussy-Cat went to sea
In a beautiful pea-green boat:
They took some honey,
and plenty of money
Wrapped up in a five-pound note.




その時、目を覚ます心地よい秋風のような歌声がそっと響き渡った。
「これ…は…」
それは、もう本当に遠い昔、姉が寝しなによく歌ってくれた歌。とても好きで、よくねだった歌。とても美しい、そして幻想の物語。
快い歌声と記憶が流れて、瞳に渦を巻いていた狂気の火に大きな波紋が走った。首をぎりっと動かしてそちらを見てみれば、歌声の主は…。
「…さ…く…や…?」
瀟洒なメイド長は、静かな表情でそれを歌い続けた。そして、フランドールの頭に優しい姉の手の感触が蘇る。
彼女は、自分の中に問いかけの声を聞いた。このまま飲まれて、全てを壊してしまうのか?もう誰も歌ってくれなくなっても…それでいいのか?
「ぜったいに…いや」
首を大きく振ると、フランドールはゆっくりと、いらいらするほどじりじりと面を上げ始めた。重りでも乗せられているかのように、抵抗に首を震わせながら。
永遠のような時間を彼女は戦い続け、歌は途切れることなくその後押しをする。
だが、それでも紅い月の力はなお強かった。顔を上げかけていた彼女の脳髄を突然に、更なる強烈な衝動が襲った。
「ぁうっ…!」
フランドールの全身が大きく跳ねた。…しかし、その動きはあるものを呼び起こしていた。ちりん、と微かに鈴の音が鳴る。
彼女は身体を丸めながらも震える手を懐へ伸ばし…小さな金の鈴を取り出して、渾身の力で振り鳴らした。
それとタイミングを合わせたように、咲夜はこう歌っていた。
「…
The Owl looked up to the stars above,
And sang to a small guitar,
O lovely Pussy, O Pussy, my love,
What a beautiful Pussy you are,
You are,
You are!
What a beautiful Pussy you are!

金の鈴の音色と銀のナイフの声は合奏し、フランドールの頭で何かがちり、と小さく音を立てた。
そして、宝石のように一文字一文字を輝かせた歌詞は彼女に思い出させた。
その歌詞を歌う時、姉はまるで語りかけるように、どこまでも愛しげな目で歌いかけてくれていた。…そう、
「かわいい子猫 いとしい子猫 あなたは何てすてきな子」
と。



ついに、最後の鎖が音を立てて砕け散った。



「…おとなしく、言うことを…聞きなさいってばあっ!」
渾身の力で叫び、がばっと顔を上げたフランドールの周りで、甲高い音と共に紅の光が砕け散った。
その瞬間、少女は狂気の主となった。
彼女はやはり狂気そのものだったが、狂気の衝動を楽しみはしても、一番大事なものを壊したいと思うことはもはやないだろう。
狂気の動きを決めるのは王となった少女自身であり、狂気が少女の行動を決めることはもう決してない。
彼女は、とうとう狂気の支配力までも破壊したのだ。
「はあっ、はあっ…!」
「お嬢様、お見事でした」
息を切らすフランドールの頬を、背後からそっと柔らかなハンカチがぬぐった。
「やっぱり咲夜…来てたんだね。お姉様は駄目って言ってたのに」
「つい今しがた、事が終わった所に来たばかりですわ。ですから手助けにはなりません…と言って許して頂けるでしょうか?」
「無理よ。だって咲夜、最初からずっと見てたでしょ?さっき分かった。途中でナイフも投げてたみたいだし」
空っとぼけた表情で首を少し傾げて見せた咲夜に、フランドールはニッと笑いかけた。
「…でも、お姉様が怒ったら私も一緒に謝ったげる」
「…勿体のうございます」
一礼するメイドを背後に、フランドールは今度は倒れている美鈴へと歩み寄り、しばらく心配げに観察してから…ふと悪戯っぽく笑んで囁きかけた。
「ほら、美鈴。咲夜が来てるよ…さぼってていいの?」
「…は、はいっ?!わ、私居眠りなんかしてませんよ?!ですからどうかナイフと減給だけはご勘弁を!」
瞬く間もなく、美鈴はがばりと跳ね起きた。こんな時にでも、条件反射とは偉大なものだ。
「…あなたが私をどう思っているのかがよく分かるわね、美鈴…?」
極上の笑顔で、メイド長が彼女を見下ろす。そして、すとんとナイフを…ではなく、拳でぽかりと彼女の頭を叩いた。
「ほら、帰るわよ。夜が明けてしまうまでここにいる訳にも行かないんだから」
「あれ?咲夜さん、泣いて…」
目を瞬かせた美鈴が思わずそう口にしてしまった瞬間、今度こそナイフが彼女の周囲を囲むようにしてずががががんと打ち込まれた。
「…気のせいよ」
「は、ははははははいぃ…」
がたがた震える美鈴に、ようやくタイミングを得たフランドールがのしかかって勢い良く抱きついた。
「美鈴ー!…馬鹿、馬鹿、馬鹿!ほんとに馬鹿ー!」
泣き笑いながらぽかぽかと彼女の頭を叩き続けるフランドールを、ふと表情を改めて、美鈴は優しく撫でた。
「申し訳ありません…門番の私が、自分のことでフランドール様のお手を煩わせてしまうなんて」
「何言ってるの、馬鹿。勝手に私のために命張ったりしないでよ。…私がこの手でお姉様に襲い掛からないように、って思ってくれたんでしょ?心配したんだよ…」
「…いいんですよ、それで」
美鈴は、穏やかに笑って首を横に振った。
「私…本当は、地下室で誰かが泣いている気をずっと感じ取っていたんですよ。初めてお館に来た時から。でも、知っていたのにずっと何もしなかったんです。入ってはならないと言う命令をずっと守って。…このくらいで、数百年のお詫びになんかなりません」
フランドールは驚いた表情で身を起こし、しげしげと美鈴の瞳を覗き込んで、ふと明るく笑った。…そして次の瞬間、美鈴の顔面に強烈な頭突きをくらわせた。
「はぶ?!」
「…私、つい最近までずっと、地下室に一人でも楽しかったんだよ?そう思えなくなったのは、魔理沙と霊夢が来て、外に出るようになってから。だから、数百年分なんてことないもん。いいわね?」
「ふぁ、ふぁい…」
曲がった鼻を痛そうに直しながら、美鈴はやっと頷いた。フランドールは満足そうに頷くと、背後の咲夜を見上げた。
「その後は、二人がずっと傍にいてくれたもんね」
「え?…あ、その…光栄です」
赤らんだ頬を隠す仕草も瀟洒に、咲夜は答えた。…恥ずかしげに目が泳いでいなければもっと瀟洒だったのだろう。
「あ、そうだ美鈴」
フランドールは、握り締めたままだった金の鈴を美鈴の手に握らせた。
「あ、私の鈴…」
「やっぱり、これがないとしまらないでしょ?」
「…はい」
「さ…これでみんな元通りよ。早くかえろ?お姉様にも、いっぱい話したいことがあるしね」
きっぱりとそう言い切るや、彼女はばさりと空へ舞い上がった。
「…フランドール様、いい笑顔になりましたよね」
「何言ってるの、初めっからいい笑顔じゃない。でも、どんどん磨きがかかって行ってるのは認めるわ」
後に残された二人はそう笑い合うと、後を追って空へと飛び立った。ちりん…と小さく鈴の音が鳴った。



三人が屋敷に帰り着くと、玄関前には既に屋敷の従業員全員が整列し、レティを先頭に氷精達がひっそりとその後ろに佇んでいた。
そして、レミリアがテラスに立ち、静かに空を見上げていた。
「お姉様ー!」
はやる心と飛翔の勢いそのままに、フランドールはレミリアに飛びつこうとしたが、静かな声がその動きを止めた。
「お客の前ではしたないわ…まずは降りなさいな」
「…え…、…はい」
フランドールは目を瞬かせたが、言われるままに寂しげに地面に降り立った。残り二人も、その後ろに続く。
レミリアは三人を見下ろし、まずは美鈴に面を向けて冷厳に告げた。
「美鈴…ずいぶんと手数をかけさせたものね?」
「はい…申し訳ありません。この首斬り落としてでも詫びを致します」
「あなたの首なんか別にいらない。まあ、深い忠義故のこと、許してあげてもいいけど…主の意向も聞かずに命を賭けたのは面白くないわね。後ほど沙汰を出すまで部屋で謹慎していなさいな」
「はい」
美鈴は怯むこともなく、ただ静かにその宣告に頷いた。
そして、他の二人に口を挟む隙を与えず、今度はフランドールに視線が向けられる。
「ようやく当たり前のことを成し遂げたようね。まあ、良いことだったわ」
ことさらにそっけなく、ただそれだけだった。あまりの冷たさに咲夜が思わず声を上げかける。
「お嬢様っ、それでは…!」
「…咲夜、私はフランに『誰にも助けを求めてはいけない』と言い渡していたはずよ。命令違反とはあなたらしくもないわね。…まあいいわ、三人とも自室に帰りなさい。今夜はこれ以上罪は問わないから」
レミリアはくるりと身を返し、テラスから立ち去ろうとした。
呆然とその背を見送るフランドールの瞳に涙が溢れ、その喉元まで絶叫がこみ上げかけた…と、その時。
「何を言ってるの、レミィ。咲夜が後を追ったの、初めから知ってたくせに。それに、『助けてはいけない』じゃなくて『助けを求めてはいけない』なんて言い回しまで使っておいて」
「パッ、パチェ?!」
珍しく狼狽したレミリアの前方から、厚いカーテンを開いて、ゆっくりとパチュリーが姿を現した。
「お嬢様…」
納得した笑顔で見上げる咲夜をちらりと見て、レミリアは顔を真っ赤にした。
「あっ、あなた、寝てたんじゃ…」
「こうなるだろうと思って、心配で眠ってられなかったわ。強情は良くないわよ、レミィ。いつだったか、咲夜にフランの好きな子守唄も教えてたしね」
パチュリーは、口元だけでかすかに笑んだ。と、上空から陽気な声が後を追った。
「そうそう。強情とプライドは女のいいアクセントだけど、境界を過ぎてしまうと可愛げがなくなるわよ?」
場の全員が聞き慣れないその声にはっと上空を振り仰ぐと、そこには…
「や…八雲 紫っ?!」
その顔を知るレミリアと咲夜は、揃って驚愕の声を上げた。
ただ、レミリアの方が何故か遥かに狼狽しているようだった…珍しいことだが。
「言っておしまいなさいな…自分の力不足で495年も幽閉し続けて、どう顔向けしていいやら判らないってね」
「!…獄符『千本の針の山』っ!」
「境符『四重結界』」
慌ててレミリアが叩き込んだスペルをこともなげに相殺し、紫はあくまで陽気に続けた。
「さて、そこの妹さんは…どうやら、許容出来る存在になったようね」
「え…?」
事態を把握しかねているフランドールに、紫は鷹揚に笑いながら告げた。
「あなたのお姉さんは、あなたを私から守るために地下室に幽閉したのよ。あなたの力と狂気は幻想郷のバランスを崩しかねなかったし、そうなりそうなら私は殺すつもりだったから。…誰よりも愛していた妹だけに、その後は会いに行くのも辛そうだったわね」
「貴様ぁああっ!」
レミリアが目にも止まらぬ速さで打ちかかり、咲夜がそれを援護するように咄嗟にナイフを飛ばしたが、横から割って入った藍が両手にそれらを受け止めた。
「っ!まったく、嫌な場面に立ち合わせてくれますね…それも、こんなきつい労働っ…!」
押し込もうとするレミリアの力を歯を食いしばって受け止めながら、藍はぼやいた。
「憎くなるのは当然よね。まあ、取りあえずもう心配はないと思うわ。ずっと見させてもらっていたの…多分、今のその子なら、バランスを守ることが出来るでしょうから。私だって、面倒だからあんまり介入してたくないし」
向けられる敵意の視線を全く意に介さずに微笑む紫の足元に、ぽっかりと隙間が開いた。
「さ、帰りましょ藍。招かれざる客が一家の再会の邪魔をしているものじゃないし」
「よく言いますよ、全く…っ!」
渾身の力でレミリアを跳ね除けると、藍は紫の横に戻った。と、そこに予想せぬ一撃が襲い掛かった。
「じゃあ…あなたはずっと、お姉様を泣かせてたのね!」
叫ぶが早いか、真紅の魔杖が隙間に消えようとする二人に叩き付けられた。
「境界『永夜四重結界』」
赤い光が結界を激しく打ち、二つの力が激しくぶつかり合う閃光の中、紫は扇の陰で艶然と笑った。
「うふふ…面白い子ね。大事になさいよ?」
そして、閃光が収まった時にはその姿はもうどこにもなかった。
「くそ…雌狐め!」
呼吸を怒りのあまりに荒げ、悔しそうに吐き捨てたレミリアは、しばらく呼吸を整えてやっと、向けられた視線に気付いて顔を上げた。
「…お姉様…」
「フ、フラン!…ええと、その…あれ、全部嘘よ!あの嘘つき妖怪の言うことなんて全部デマだからね?!」
「…お姉様ぁあああああっ!」
言い訳を言い終えるまでもなく、フランドールの身体が弾丸のようにレミリアの胸へと飛び込んだ。
何かを続けようとしていたレミリアの顔が、とうとうくしゃりと歪む。
「…ごめんね、フラン…本当にごめんなさい…私の力が足りなかったばかりに…!」
「ううん…私のせいで、お姉様はずっと…!」
言葉を途切れさせ、495年分の想いをこめて抱き合う二人を見つめ、観客達は盛大に鼻をすすり上げた。
「本当に…ぐずっ、よがったでずよう…ざぐやざん…」
「咲夜は…咲夜は嬉しゅうございます…ぐすっ」
「ご自分でフランドール様の面倒を見てやりたかったんでしょうねえ…ううっ」
「リトル、涙と鼻水拭きなさい。本が汚れてしまうわよ」
「良かったんでしょうけど…あー、チルノ。トリル。お願いだから私の服に鼻水つけないでちょうだいな…」
「うぇーん、レティー!」
「ぐすん、ぐすん…レティ…」
「…ま、いいか。こんな時に服の一着くらい、こだわるのも無粋ね」
空ではいつの間にか傾いた紅い月が表情を変え、柔らかなヴェールのように、温かな色合いの赤でその光景をそっと包み込んだ。



そして、不幸せな者は誰もいなくなった。
えー、とうとう完結?です。フランがどんな理由で幽閉されたのを考えている内に浮かんで来た一つの妄想を核にして書いてみたのですが…八雲ファンの方々、どうかコロサナイデクダサイ。
あと、作中の歌は、「そして誰もいなくなった」との繋がりで、マザー・グースからそれっぽいものを引っ張って来ました。The Owl and the Pussy-Catと言う歌の一部です。興味がある方は、Google先生に聞けばすぐに出て来ます。



さて、チラシ裏の今回の反省点…。…うがー、俺設定満載過ぎで見てられないー!フランの言葉づかいが何だかだし性格も狂気なんて欠片もないし!文章くどいし!皆様どうか、海よりも高く山よりも深い心で読み飛ばしてやって下さい
y=ー( ーдー) ・∵. ターン


(以下、血文字)なお、ここまで読んでなお度胸の残っておられる方は、プチ創想話の方へもどうぞ…
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1690簡易評価
10.80おやつ削除
とりあえず、八雲ファンですが……
ええ度胸じゃワレちょっと表出ろや!!(゜Д゜♯)

……ごめんなさい嘘です。
完結おめでとうございます。
素晴らしい紅魔館の面々が見れて大変満足です。
特に美鈴好きの私にはツボでした。
13.70刺し身削除
ええ話や…(´;ω;`)ブワッ
シリアスめーりん分が十二分に補給されましたよ!