博麗神社、母屋の庭が見える一室。とは言っても、夜の闇に、部屋の中から庭の景色は見ることは出来ない。博麗霊夢は一人、そこでお茶を飲んでいた。そこに、夜の闇から浮かび上がるように紫が姿をあらわした。
「おばんです」
「……ホントに、あんたは……」
霊夢はその姿を見るなり、ため息を吐いた。
「狙ってるんでしょうけど、なんで重要な時には姿を表さないわけ?」
「私は客観の存在だから」
あっけらかんと答えると、紫は霊夢の対面に腰を落ちつけた。
「……大変ね」
霊夢は湯のみを用意し、そこにお茶を淹れ始めた。
「巫女程ではないわ」
紫は霊夢に差し出された湯のみを受け取り、それに口を付けた。
「それに、たまに口出しもするじゃない。なんにでも首を突っ込む巫女には辛そうに見える立場かもしれないけど」
「いやまあ、あんたを見て辛そうなんて思う奴は、いない」
「それはありがたいわ」
お茶を飲み終わると、紫は立ち上がる。
「じゃあ、美味しかったわよ。博麗霊夢の入れるお茶は最高ね」
「……帰り際の手間ついでに、あれを直して行ってもらえる?」
霊夢は部屋の片隅に倒れている額縁を指差す。
「それくらい、自分でやりなさいな」
「適任者はあんたなの」
紫は一つ息を吐くと、額縁を拾い上げた。
「……『平穏』。頭にnotって付けるとそれっぽいんだけど」
「付けなくてもそれっぽいわよ」
「ふうん……まあいいけど」
紫はそれを壁に掛け直した。かたん、と少し揺れ、『平穏』の文字はあるべき姿であるかのように、壁に収まった。
「中々達筆ね」
「そりゃ、どーも」
「じゃあ、私はこれで」
紫は傘を取り出すと、母屋を後にした。帰り際、藍と橙の二人が門の前で出迎える。
「……帰りましょ」
何か言いかける橙の口を藍が塞ぐと、三人は紫の作り出した『スキマ』の中へ消えていった。
『E』の文字が削り取られると、アマリリスは低く振動を始めた。
「……止まらない?」
「おい、これでゴーレムは動かなくなるんじゃないのか?」
アリスは周囲を見る。『核』は未だに強く明滅を繰り返していた。そこから考えられることは一つ。
「もう、ゴーレムじゃないんだわ、アマリリスは」
残された『METH』の文字が振動でボロボロと崩れ落ちていく。……そして、下からさらに文字列が浮かび上がってくる。
……『A』。
……『R』。
……『G』。
……『T』。
……『W』。
「これ……」
アリスがその文字に手を振れようとした刹那。
「うわっ」
「きゃあっ」
部屋が激しく揺れ、二人は外に放り出された。
「アマリリス!!」
アマリリスは二人の姿をじっと見つめると。
……そのまま、空の彼方へ飛び立っていった。
「……」
「……」
星のような光が段々と遠ざかっていき、そして……見えなくなった。
「……」
「……ありがとう、かな」
「ありがとうって……」
こんな、どこにも居場所の無い存在として作ってしまったのは、私達じゃないか。
(なのに、ありがとうって……)
「……泣いてるのか、アリス?」
「な、泣くわけないじゃない!!」
「私はなぁ、ちょっと泣きたい気分だ」
魔理沙は語尾を少し振るわせながら言った。
「あぁ……じゃあ、もう私は帰るぜ」
すん、と鼻を少しすすると、魔理沙は箒に跨り、森へ帰っていった。
アリスはまだ、その場所に立ち尽くし、星を眺めていた。
一夜明けて、幻想郷の日は何事も無かったかのように登り、沈んでいった。アリスの家には魔理沙が訪れ、さらにムリヤリ外に連れ出され、そのまま博麗神社に居座り、泊まる事になる。
……ゴーレムのことなど、誰も覚えてはいないかのような一日だった。
その一日の終わり、夜も深く、皆が寝静まった頃。アリスは一人、星を眺めていた。
「あいつ、どこまで行ったのかなぁ」
「空の先って、何があるのかしら」
「決まってるだろ。星があるんだよ」
「……」
幻想郷の空に、流れ星が一つ。
アリスはそれを見るたび、ほんの少しだけ、この時の事を思い出すのだった。
<異幕『プラスチックなマイハート』了>
A幻想郷はなんでも受け入れるのよ。 それはそれは以下めんどうくさいので省略。
成る程命ある形ある者つくることになれたものも、ただ型だけの物を作る事の覚悟を及び知るには至らず、その僅かな差異点が、しかしその僅かな差異点だからこそその点を通して新たな智を生んだ訳ですな。
惜しむらくは、もう少しこの凡俗にもその新たな友達への親しみを持つ機をよませて頂きたかったかと。
なにわともあれ連載終了お疲れ様でした。 またぜひとも作者殿の作品を見せてくださいませ。
余談ですが、作者殿のスキマ殿の特徴か、ゆかりんが『おばんです』って言うと実に笑えるものg(スキマ地獄
彼はきっと火星辺りで友に出逢うでしょう。Vivit辺りと。
触発されてる感もあるので何か書いてみたいですね。
それはともかく。
幼少の頃、初めてガンプラを手にした時に、日常に新たな世界が開けました。
その造形を幾度も眺め返し、飾る場所、角度に気をつけるのはもちろんのこと、
一番に熱中したのは、頭の中でそのガンプラ達の物語を構築し、戦わせたことです。
今はやってませんが。
アリスがやっているのはそれだと思うんですよね。
ふと手にした異物から自分の思考によって新たな世界が開く。
様々な空想を現実のものとして作り出す。
友人(?)との試行錯誤を経て、具体性を増す喜び。
しかし空想は本来現実にはそぐわないもの。
いつかは別れを告げなくてはならない。
それらもまた、日常の日々によくあること。
創造と別れの中で、本当に「ありがとう」と言いたかったのは誰なのか?
そんな感想を持ちました。
どうでもいいんですが、今回の一番の被害者は霊夢の気がします。
まあ本人あんまり気にしてなさそうだからいいか。