Coolier - 新生・東方創想話

ミストメモリー

2005/05/28 11:01:46
最終更新
サイズ
33.66KB
ページ数
1
閲覧数
1094
評価数
4/70
POINT
3280
Rate
9.31
「霧の日にまた逢いましょう」
 それが私と彼女との約束。

 

 まったく、こういう霧がかった日はいつも憂鬱になる。
 それはきっと今日と同じような霧の日の思い出が、私アリス・マーガトロイドを締め付けるからではないだろうか。
「まったくお前は誰に向かって語りかけているんだ?」
「勝手に人のモノローグを読まないで」
「気にするな。ただの感だ。気まぐれだ。神の声だ。私のしがない能力だ」
「いったいどれなのよ?」
「邪魔するぜ」
「はいはい、いらっしゃい」


 そして、今日も霧雨魔理沙は私の家にやってくる。
 あの永夜の出来事以来、魔理沙はよく私の家にやってくるようになった。
 あの時に貴重なグリモワールで魔理沙を釣ったのがいけなかったのか、定期的に私の家にやって来てはグリモワールを読みあさり、ある時は持ち帰ったまま返さなかったこともある。
 別にそれが嫌ではない。むしろ私にとっては喜ばしいことではあるのだが。
「にしても今日はすごい霧だな。お前の家を探すのに、かなり苦労したぜ。まったくこんなところに居を構えるから、面倒なことになるんだ」
「あんたの家も同じ森の中じゃないの。それに、わざわざこんな日に来なければいいのに」
 インドア派な私にとっては、こんな日は出不精を助長させる。
 紅魔館の病弱娘に比べれば私なんてましな方だけど、それでも出歩こうと思う魔理沙を単純に尊敬した。
「暇なんだよ。それに霧の日はなにか起こりそうな気がする。まぁ何も無かったからお前の家にいるんだけどな」
 なにかあったら来ないのか。
 ほらよ、と言って魔理沙は愛用の箒を手渡して来た。
 私に立て掛けろということか。
「それ以外になにかあるのか?」
「はいはい」
 そう言うと、満足そうに魔理沙はずかずかと上がり込む。そのまま真っ先に書斎へと向かっていった。
 魔理沙の箒を立て掛けて、窓から外を眺める。あまりにも深い霧は、すぐそこにある庭先すら確認できない。
 よくこんな中を飛んで来れたものだ。いつもより荒れた箒がその苦労を物語っていた。


 霧の日は、いつもあの日のことを思い出す。実を言うと、魔理沙が来てくれたことに安堵している自分がいた。
 一人でいることは少しだけ切なくなるから。今でもその霧の向こうにあの人が立っているような気がするから。
 それからずっと外だけを眺めていた。


「おいここの家の主は客人にお茶も出さないのか?できれば緑茶がいい」
 随分と眺めていたらしい。魔理沙が痺れを切らすには充分な時間だ。
「そんなことは自分も手土産ぐらい持って来てから言ってほしいわ」
 書斎をくぐり開口に言う。
 ついでに緑茶が呑みたければ霊夢のところへ行けばいい。
「私が手土産だぜ?」
 溜息が自然と込み上げてきた。この際それでもいい。
「私の家には緑茶はないわ。珈琲ならあるけどね」
「じゃあアリス特製のフジマウンテンを頼む」
「それをいうならならブルーマウンテンよ。生憎家にはないわ。あるのはキリマンジャロ」
 ブルーマウンテンが呑みたければ紅魔館に行けばいい。
 あそこは紅茶党だからよくわからないけど。
「それじゃあ粗珈琲だ」
「なによ、ソコーヒーって」
「粗茶の珈琲版」
 それは認めるけど。
「じゃああんたには、小さくて黒いアレがいっぱいうごめいている特製『珈琲』を用意するわ」
「普通の珈琲でいい。普通が一番だ」


「あ~疲れた。相当読んだ。珍しくな」
「何を今更。いつもそれぐらいは読んでるじゃない」
 珈琲を飲んでから数時間。魔理沙はグリモワールを閉じて、大きく背伸びをした。
「今日は集中できたんだよ。いつもはお前が絡んでくるからな。くんずほぐれずいろいろな」
「……そこまではしてないわよ」
 なんだか溜息が出てくる。
「どうしたんだ今日は?物憂いというか、はかないというか、とにかくおかしいぜ?」
「乙女にはこういう日もあるのよ」
 おかしいのは、事実かもしれない。魔理沙に見抜かれるのは癪だけど。
「まあそんなことはどうでもいいけどな。そんなことよりあの部屋を見せてくれよ」
 結局どうでもいいのか。
 魔理沙が指した部屋は私の人形が飾られてる部屋だ。普段使う上海や蓬莱人形等以外は、あの部屋に安置されている。
「魔理沙が私の人形に興味をしめすなんて珍しいわね」
「たまには同業者の研究は気になるぜ。たまにはな」
 それはいかにも魔理沙らしい気まぐれだった。


 鍵穴に鍵を入れてまわした。重厚な音がして扉は開く。
 常に人形の管理には気を配っているから、埃等は少ないはずだ。
「なんだかいっぱいあるな。これだけ並んでいるとなんだか不気味だ」
「私のコレクションに不気味なんて失礼なこと言わないでよ。ちゃんと棚に入って整列されているから見栄えはいいはずよ」
 霧雨邸に比べれば相当ましだと思う。足の踏み場もないというのは、あのことをさすのかもしれない。
実際寝る場所すらろくになかったのだから。
「それになんだか見られているようで、落ち着かないな」
「それは本当のことね。みんな魔理沙を見ているわ。私以外久々の来訪者だから相当喜んでいるみたい」
 無論それはいかにも呪われたような人形、グランギニョル座の怪人も含んでいる。
 涙を流しながら、体全体で喜びを表現していた。いつものことだけど。
「モテモテね魔理沙。嫉妬しちゃうわ」
「こいつらに恋の魔砲撃っても良いか?」
 物騒にも八卦炉を構えている。相当本気らしい。
「撃ったら魔理沙の家にリターンイナニメトネスね。あなたのコレクションも木っ端微塵」
 残念ながら自分の人形も木っ端微塵。
「その前に霧雨特製の人形焼が大量に出来上がるぜ?むしろ灰しか残らない」
「本気でやめて欲しいわ」
「それじゃあやめる」


「え~とこれが上海人形と蓬莱人形」
 どれがどれだかさっぱりわからないと言われて、仕方なく各人形の名前を説明することになった。
 もう棚に並んでいる順番に説明する前に、大体いつも使役している2体から教えたのだが。
「それは前に見たからもうわかるぜ。次だ次」
とまぁこんな感じで進められていく。まったく訊きたいのか訊きたくないのか。
「そんなに急かさなくても、人形は逃げないわよ?」
「人形は動かなくても、私がとても動きたいんだ。できれば早く出たい」
「だったらはじめから訊かないで」
「気にするな。知的好奇心の方が勝っているんだ」
 まったくもって魔理沙だ。はいはい続けさせていただきます。
「これが京人形、西蔵人形、仏蘭西人形、オルレアン人形、和蘭人形、倫敦人形、露西亜人形……」
「これ咲夜みたいな人形だな」
 人の話を聞いてほしい。誰のための人形説明会だ。
「いや、しっかりとこの両耳で聞いているぜ。これが仏蘭西でこっちが土偶か?」
「それはオルレアン。土偶はまだ言ってない」
 あっちは仏蘭西人形だ。土偶は明らかに形状からして違う。
「それが五月人形だったか?」
「そんなに猛々しくないわ」
「じゃあ雛人形」
 じゃあってなんだよ。
「明らかに着ているものが洋服。これ上海人形だし」
 さっき判るって言っていた人形なのに。
「んでこれが倫敦人形」
「何でそれだけわかるのよ?」
「咲夜に似ている」
 咲夜に似ているのはこの人形だったか。
 なんだか説明する気力が一気に消え失せる気がする。
 魔理沙にまともに説明しようとした私が馬鹿だったのか。
「おいアリス、このみすぼらしい人形は何だ?」
 魔理沙が手に取っているのは、明らかに他の人形と比べ、まとっている雰囲気が違う。魔理沙もそれに気付いたのだろうか。
「この人形、魔力がないよな?」
 そうそれは私の持っている人形の中でも特別なもの。
「確かに、その人形は魔法の媒介になるための魔力を与えてないわ。動かないでしょ?そして、私の人形の中で唯一名前のない人形よ」
 魔理沙からその人形を受け取る。それを腫れ物でも触るかのように優しくなでた。
「ずいぶんと大切人形なんだな。それに懐かしそうだ」
 懐かしいほど昔のことではないが、確かに大切な人形だ。
「魔理沙」
「なんだ?」
「今日私の様子がおかしいって言ったわよね?」
「あぁなんかいったような気がするな。どうでもいいことだ」
 きっと魔理沙は魔理沙なりに心配してくれたのだろう。だからこそ珍しく私にここを案内させたのだ。
 魔理沙はきっと「気まぐれだ」しか言わない。仮にそうだとしても私がこの日にここに来て、この人形を手に取ったことはきっと……
「私の様子が変なのは、多分外の霧とこの人形のせいよ」
「何だ、便秘でも引き起こすのか?」
 そんな損にしかならない人形はいらない。
「話の腰を折らないの。とにかくこの人形とこの人形にまつわる過去の出来事のせいね」


 話す前にこの部屋を出ようという魔理沙の提案を受け入れ、私達は書斎へと戻ってきた。
 やはり不気味だったのかもしれない。とくにグランギニョル。
「キリマンジャロ一杯頼む」
「はいはい」
 湯気の立つ珈琲を用意し、あまりにも魔理沙がうるさいので、クッキーも出しておいた。
 これで話の準備は整ったわけだ。
「あの時はまだ私が幻想郷に出てきたばかりで、人形を使った新しい魔法を創造しようとしていたの」
「別に話せとは言ってないぜ?」
「せっかくだから聞きなさい。でもあの時は失敗ばかりで、かなりいらいらしていたわ」


 
 
 行きばを失った魔力が部屋中に充満した。慌てて次の魔法でかき集めて、それらを打ち消していく。
 なんとか暴発は避けられたが、部屋の惨状はそれはもう酷いものだった。
 何もないのが自分の周囲だけで、あとの魔法具なんてものは過去の名称。今はただの瓦礫の山と化している。
 これは今の失敗のせいだけではなく、今までの失敗の積み重ねの賜物だ。
「また失敗か……」
 魔力に耐えられなかったのだろうか、媒介となった人形は原型は留めているものの、様々な所から、何かがはみ出していた。
 もう半ばぼろ切れとなった人形を箱に投げ込む。
 しかし、人形は布山の中腹にあたって転がり落ちた。あとは最近投げた人形と同じ運命を辿っている。
「……今はもうやめよう」
 部屋を出ると寝室へ向かった。
 そのまま柔らかいベッドに身を沈めた。よほど疲れていたのだろうか眠気はすぐにやってきた。
「あ~もう、なんでうまくいかないかな……」
 これじゃあまたあの時の繰り返しだ。
 もう同じ思いをするのは嫌だ。
「私は……と……を……くら……らいに」
 そこで私の意識は深い闇へと落ちていった。


 もの音で目が醒めた。
 音は玄関から。外はもう闇に包まれている。
 こんな時間に来客か。
 けれどもこの時間ではなくても、幻想郷に来てから、ここでの知り合いはほぼ皆無だ。
「誰かしら?」
 外は深い霧。ましてやもう夕刻。
 こんな時に出歩くような人間も妖怪もそうそういるものではない。
 玄関へと向かうとそれは確かに、扉を叩く音だった。
「ごめんください。誰かいませんか?」
 女性の声。
 私は人妖だけど悪人ではない。それでも開けた途端に攻撃される可能性もある。用心に超したことはないだろう。
「今開けます」
 魔力を掌に常駐させた。錠をはずして扉を押す。
 そこにいたのは確かに人間の成人女性。
 旅人なのだろう。素人目から見ても随分と旅なれた形をしている。
 しかし、服装は幻想郷の同じ人間が着用するものと明らかに違う。一目で外の人間とわかる出で立ち。
「何の御用ですか?」
 外の状況、来客の見た目、そして時間。
 内容は多分にして想像できるが一応聞いてみた。
「道に迷ってしまい、今はこの状況。出来ればここで一晩泊まらせてもらえないでしょうか?」
 まぁ想像の範囲内だ。
「いいわ。散らかっているけど」
「ありがとうございます」


「珈琲でいいかしら?安物だけどね」
「いいえお構いなく」
 礼儀正しい人間のようだ。旅人はワイルドな感じがすると思っていたが、改めないといけない。
 魔界に来た人間は荒らし放題だったから、変な観念を持ったのか。
「にしてもどうしてここまで来たのかしら?」
「といいますと?」
 部屋に招いてから幻想郷のこと魔法や妖怪のこを大体説明しておいたのだ。
 彼女は信じ難い表情をしながらも、おおよそを受け入れている。
 ただ、私が妖怪だと言うことだけは伏せておいた。
「博霊大結界を越えられたことは、まぁ説明が付くかもしれない。稀にあることだから」
 問題はここからだ。
「結界を越えてすぐに神社があるはずよ。いくら霧が深かったとはいえ、どんな建物も見つけずに、この魔法の森まで来るとは思えないわ」
 湯気のあがる珈琲とミルク、砂糖を彼女の前に置いた。
「でも事実、その神社も見なかったわけですし……」
 彼女は御礼を言って、珈琲を口にする。
「まあいいわ。ここまで来たことは偶然ということにしましょう」
 そうそう考えられない気もするが、今このことを突き詰めて、どうこうするわけではないのだ。
 現に彼女はもうここにいるし、珈琲飲んだら出ていけというわけでもない。
「あと食事は厨房にあるものを勝手に使ってもいいわ。寝床は……」
「寝床のことなら寝袋がありますから、この部屋で寝ても構いません。でも厨房を勝手に使って大丈夫ですか?」
「そんなに気にしなくても、こっちが申し訳ないぐらいに何もないわ。遠慮なく使って」
 女性はしばらく悩むと、首を縦に振った。
「じゃあ私はあっちの部屋に行ってるから、なにかあったら呼んでちょうだい」
 研究室のほう指差す。女性が頷くのを待ってから私は歩き出した。
 客人がいようがやることは変わらない。私は今やるべきことをやるだけだ。


「あのおにぎりを作ったんですけど、いかかですか?」
 私が人形を3体、目も当てられない状態にした頃に女性がやって来た。
「なにもなかったでしょ?」
「はい逆にどうしょうか迷……いえそんなことありませんでしたよ」
「無理しなくてもいいわ。何もないのは事実だから」
 炊きたてのお米の匂いが鼻孔を擽った。確かにそろそろ体が空腹を訴えて来るころだろう。
「そのおにぎりいただいていいかしら?」
「どうぞ。そのために作りましたから」
 皿に乗っているおにぎりを口に運んだ。
 塩の加減がちょうどよい。中に入っているのは私の家には無いはずの梅干しだった。
「これはあなたが?」
「ええ保存が効きますから。少ないのを購入して、必要なときに使っています」
「悪いわね。ただの塩おにぎりでもよかったのに」
 そんなことはないと彼女は首を横に振った。
 にしても他人の作ったものを食べるは久しぶりだ。
 魔界にいたころは誰かが作ったものを時々食べていたが、幻想郷に来てからはそんな機会はなかった。
 魔界が無性に懐かしい。
「他人に振る舞うのは久しぶりです」
 そう言って、彼女は私がおにぎりを食べるのをただ眺めている。
 しばらくおにぎりを咀嚼する音だけが響いていた。


「これはなんですか?」
 私がおにぎりを食べ終わった頃、彼女は布の山に興味をしめした。もっと前から気になっていた節はあるが。
「魔法の媒介になった、人形の成れの果てよ。私は魔法を作っているの」
 私はすでに魔法の精製を始めている。
 彼女は山にもなれなかった床に落ちている、元人形を拾い上げて、どこからか縫い針を取り出して繕い始めた。
「何をしているの?」
「人形を直しているんですよ。またその役目を果たせるように。だってこのままじゃ可哀相じゃないですか」
 そんなことをしているうちに、小さな炸裂音の後、また一つの人形が使いものにならなくなった。
「そんな無意味なことはやめなさい。誰も望んでいないわ」
「あなたの方こそ無駄なことはやめてください」
 今までの優しい面影はどこへ消えたか。彼女の眼差しは私の眼を刺し貫いて離さない。
「本気でそんなことを言っているのですか? 人形だって心はあります。一つ一つに込められた想いがあります。
 ささいな綻び一つに歴史があります。これを見てください。あなたはこれだけの悲しみを生み出した。
 あなたのやっていることは魂の侮蔑です」
「あなたに何がわかるって言うのよ……」
 私は完全に気圧されていた。ただの人間に。
「あなたのことはわかりません。今日会ったばかりですもの。でもこれだけは言えます。今のあなたは、何も為すことはできない。
 あなたは前に進めない」
 ふつふつと湧き上がってくる怒り。
「そんなことはない!!私はまだ先に進める。まだ力を求められる。私はまだやれる」
 この女に何がわかるというのだ。私のことが、魔界でのことが、自分の非力さに力を求めて、力にすがってもまだ無力な自分。
 私は、私は・・・・・・
「あんたに何がわかるって言うんだ!!」
 でも彼女の言葉、それは・・・・・・図星だ。


 魔力を圧縮させて出来た楔弾を掌から放つ。無論本当に当てるつもりはない。
 威嚇のつもりで外してある。それでも下手に当たれば死ぬ。
 恐怖すればいいのだ。後悔すればいいのだ。自分がどんなに愚かな発言をしたのかを。私を怒らせたことを。
 しかし、彼女はそれを避けようとはしなかった。楔弾は彼女の服を破り、腕に裂傷を刻む。彼女の顔色は変わらない。
 変わらないのだが、そこには哀れみが浮かんでいるように見えた。
「何よその顔は」
「貴女は可哀相な人ですね。自分が間違っているとわかっているのに手を上げるのは、我が儘なことだと思いませんか?」
 そんなことは無い、そんなことは……ない。私は間違ってない
「私は間違ってない!!」
 右腕、左腕、右腿、左膝、じょじょに彼女を蝕んでいく。
 様がないと思いながら、どこか冷めている自分。もっと非情にならなければ。
「本当は後悔しているんでしょ?私に説教をしたことに」
 そんな私を見て、彼女は泣きそうな顔で私を見つめた。
「後悔しているのはあなたじゃないですか?あなたは悪人になれない人」
 私の怒りは沸点を越える。理性が焼き切れたかのように、思考は緩慢に本能のまま身体は動く。
 息が荒い。まるで自分の息遣いじゃないみたいに。
「知った風な口を聞くな!!あんたに私の何がわかる!!あんたなんか、あんたなんか!!」
 別世界の出来事のように。
 私は彼女の心の臓を目掛けて
 魔法を放っていた。

 
 気付いたときにはもう遅く、制御はもう間に合わない。
 魔法の楔は、まっすぐに彼女の心臓を。
 世界がスローモーションで流れていくなかで、私は彼女が笑っていたのを見た。
 あなたは死ぬのになぜ笑っていることができるのか。
 私はもう見ていることが出来なかった。

 何かに刺さる軽い音がする。そして、何かが倒れる音。
 私の中で何かが崩れ落ちた気がした。
 しかし、彼女の気配はまだあった。恐る恐る目を開いて、彼女を見た。
 彼女は生きてその足で地に立ってそこにいる。
「私が生きているのがそんなに不思議ですか?」
「……どうして?どうして生きているのよ?」
 彼女は下の方に指す。倒れていたのは穴の空いた人形だった。
 何故ここに人形があるのか。もう答えはわかり切っていた。
 けれどそれを信じたくはなかった。
 それは私の在り方を否定するものだから。
「想いは伝わる物。この子は私を助けてくれた。本当はわかっているのでしょ?」
 彼女はゆっくりと私の方に歩いて来た。
「力を求めて、あなたはいったい何を望むの?何を得たいの?」
 私の求めている物。
 新しい魔法。次へと進むことが出来る力。
 殺戮の力はいらない。
 欲しいのは、ただそこに存在(ある)だけの力。
 ほんの少しだけ上に立てる力。
「私は……肩を並べたかっただけ。共に歩んでみたかっただけ」
「そう」
 彼女はその意味を理解していなかったはずだ。それでも彼女は優しそう笑っていた。
 そして、私を抱きしめた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい」
 多分私は、魔界の事件以来久々に泣いたのだ。


 落ち着いた後に、私はいろいろなことを正直に話した。
 自分が妖怪だということ、魔界から来たということ。
 そこで起こった出来事のある人間達との邂逅。
 そして、敗北したこと。
「私は悔しくて、自分でも手に余るぐらいのグリモワールを使って、再び合間見えたわ。魔界の時の復讐だった」
 確実にそれは達せられるはずだった。少なくともあの時の私はそう思っていた。
「けれど私は返り討ちにあった」
 それは私の範疇を超えた事態だった。
 そこで区切って、彼女を見る。彼女は真剣な顔で私の話を聞いていた。
「私は一生懸命だった。でも魔界の住人は別にどうでもよかったみたい。私だけから回りしていたのね」
 でも霊夢も魔理沙も違った。
「でも彼女達は誰のためでもない、自分のためだけに身体を張っていた。
 傍から見ればわがままに近い気もするけど、それがどうしようもなく私は惹かれたの」
 私にないものをたくさん持っている気がして。
「でも私は自分の中に芽生えたこの感情を肯定することができなかった。
 妖怪離れしていく自分に、だんだんと人間味を増して行く自分に戸惑っていた」
 魔界では自分の相棒さえ疎んじているものがいるようなところだ。私も例外なくそれが当たり前だと思っていた。
 それが崩れてからは、苦しみだった。
 しばらくは、少なくとも魔法に打ち込んでいれば余計な考えはしなかった。
 しかし、失敗が重なってくると、どうしても振り切ることのできない感情が、想いが、私を縛り付けていた。
「でも今のあなたは違うもうわかっているのでしょ? そうやって悩めるのはあなたがあなただから。
 想いを大事にする妖怪がいたって私は良いと思う」
「私は自分に正直になってもいいの? 私は変な人妖かな?」
「私は素敵なことだと思いますよ?」

 その一言が私を強くした。


「ごめんなさい」
 部屋を変えて、私は彼女の至る所に出来た傷に消毒液を塗りたくっていた。
 沈黙に耐えられなかったのはやはり私。初めから私が悪かったのだ。
 自分の無力感は自分の物だ。それを人形に当たり、彼女を掃け口にしてしまった。
「わかってくれればそれでいい。あなたはもう少し誰かに甘えればいいのよ」
 今更自分の生き方を変えることが出来るのか。私が難しい顔をして悩んでいると、彼女は微笑んで私を抱き寄せた。
「簡単なことよ。人の温もりに触れればいいだけだから」
 私はしばらくの間その心地よさに、身を委ねていた。


 それから二人でお茶をした。
 そして、私は魔法を彼女は人形を繕っていた。一つ一つ丁寧に。
 彼女の繕った人形は新品とは言わないものの、それに近い状態まで復元されていた。
 私も人形に想いを込めるように魔法を精製する。
 不思議と暴発は少なくなり、使い物にならなくなるまで酷い惨事になることは無くなった。
 次第に希望が見えはじめている。
 気付けば彼女は布山のほとんどを崩し終えて、直しようもない人形の整理を行っていた。
「この子達はもうだめなの?」
 自分でやったことながら、何とも都合のいい台詞だろう。
「この子達みんなは新しい人形に生まれ変わるわ。どの地域の物でもない。新しい人形に」
「あなたと私の人形ね。素敵だわ」
 私は壊しただけなのだけど。
 実際どのような人形でもよかった。彼女が作ってくれるなら私はどんなものでも。
 こんな短時間で、ここまで信頼できる自分に笑ってしまう。でもこれでいいのかもしれない。
 でも彼女は霧が晴れるとここを出ていってしまう。それが無性に寂しいと思うのもきっと私の中に芽生えた想いなのだろう。
 出来れば、しばらくここにいてもらいたい。でもきっと彼女は出ていくだろう。
「珈琲を持ってくるわ。お話でもしながら、やった方が楽しいし」
 それこそ魔法を精製する時間を使ってでも。私は彼女と共にある時間を過ごしたいと思った。

 気がつけば私は眠っていて、いつの間にか毛布が掛けられていた。
 それでも床に寝ていたので体の節々が鈍い痛みを発している。
 彼女も静かな寝息をたてていた。そして、私の枕元には、人形が置かれている。
 パッチワークのように作られたそれは、縫い目がみすぼらしく見えるかもしれない。
 それでも綺麗に生まれ変わっていた。
 けど新しい命を与えられた人形達の歓喜をひしひしと感じてしまう。
 完成したのだろう。いや完成してしまったのだ。

 愛おしい人の形。それは彼女との確実な別れを示す、哀らしい人形となった。

 彼女が起きたのは太陽が真上まで上がった頃だった。どうやら朝方まで起きていたらしいが、その間に見ることが寝顔は役得。
 私は昨日と同じように珈琲を振る舞い、彼女はおにぎりという、アンバランスな朝食とも昼食ともつかない食事をした。
 食後、彼女はここを出る準備をしている。
「もう一晩泊まってもいいのに」
「出来ればそうしたいですけど……」
「だったらなおのことよ。私は歓迎するわ」
「でも居心地が良くて離れられなくなるわ。それだけは避けたいの」
「そう……残念」


 折角なので、出発前の彼女に私もおにぎりを作ってみることにした。
 他人に振る舞うことが楽しいとは思わなかった。彼女が食べる姿を想像すると嬉しくもなる。
「なんか張り切り過ぎたわね。今日の夕飯も困らないわ」
 典型的な形のおにぎりから、様々な技巧を凝らした形のおにぎりまで、キッチンには所狭しに並べられた。
 おかけで私の家の数少ないお米も無くなったのだが、それでも清々しさだけは残った。
「ちょっといいかしら?」
 振り返ると彼女は小さい箱みたいなものを構えていた。
 刹那、閃光が私を襲う。おもわず目をつむる。どうやら何も起こらない。
 そして、彼女が啜り笑う声だけが響いて来た。
「一体何?」
「ごめんなさい。つい可笑しくて。あとこれはもらっておきますね」
 彼女は箱から薄っぺらな紙を引き出すと、しばらくしてから私に見せて来た。
「これ私?」
 そこに描かれていたのは、マヌケにも眼を閉じて、閃光から身を守るように、よじっている私だった。
 なにかの魔法みたい。
「それじゃあ今度は一緒に撮りましょうか」
 彼女は私の横に並ぶ。そして、よくわからない箱を私たちの斜め上に構えた。
「ほらアレ、カメラって言うんですけどそれを見て。そして笑って」
「魂とか抜かれないわよね?」
「今の時勢にそんなこという人は稀ですよ」
 なんだか聞いた自分が恥ずかしい。でも幻想郷に限っては珍しいもの。
 それこそ知らなくても当たり前の程度には。
 蒐集家な私にとっては、知らないと恥かもしれない。
「ほらそんな難しい顔はしない」
 とりあえず笑顔を取り繕ってみた。これが中々難しい。
「じゃあ撮りますね。今度はフラッシュは使わないから安心してください」
 あれはフラッシュと言うのかと思っているうちに、子気味よい音がした。
 満足したのか彼女はそのままカメラを仕舞ってしまう。
「今度は見せてくれないの?」
 できれば、どんな顔をしているのか見てみたかったのだが。
「これは私のここでの大切な思い出ですから。だから後でゆっくり見ます。そして、こんなこともあったなって思い返す。
 あなたと過ごした一日に満たない時間を」
「ならしょうがないわね。でもこれはもらっておくわよ。恥ずかしすぎて、人には見せられないわ」
 将来見せるべき相手がいればの話だけど。
「どうぞそれはあなたの写真。あなたのものですよ」
 彼女はあらかじめまとめていた荷物(といってもはじめから持っていたものは非常に少なかったのだが)
を持ち上げると玄関の方へ向かった。
 遂に来るべき時がきたらしい。
 私も彼女に続いてキッチンを後にした。


「じゃあお世話になりました」
「それは私の台詞よ。あなたは私の恩人だわ。あとこれは少ないけど道中で食べて」
 作っておいたおにぎり、一応もっともポピュラーな山形のおにぎりをいくつか包んで彼女に渡した。
「ありがとう。おいしくいただきます」
「こっちはむしろ足りないくらいなんだけどね」
 私達はそうして互いに微笑んだ。
「ねぇ最後に教えて。どうして私に間違いを教えてくれたの? どうせ一日だけの知り合い。後は赤の他人の私に」
 そう言うと、彼女は目を丸くしていた。
「あら言ってなかったのかしら、簡単な答えです。私も人形遣いですから」
 あなたとは少し違うけど、と彼女は付け足した。
 私はそんなこと聞いた覚えがない。それはかなり重要なことだ。話が一本に繋がるくらいに。
 彼女は人形に訴えかけたのだ。それこそ想いを使って。
 そして、人形は彼女に応えた。彼女は自身を使って私に教えてくれたのだ。
「あなたはもう大丈夫ですよ。安心して、後は自分と人形を信じて」
「うん・・・・・・」
「そんなに悲しそうな顔をしないで。きっとまた遭えます。私は必ずここに戻ってきますから」
 彼女は私を抱きしめた。私も彼女のぬくもりを逃がさないように、そっと背中に手を回した。
「私はずっとここで待っているわ。またいつでも訪ねてきて」
「ええ、霧の日にまた遭いましょう」
 熱いものがこみ上げて、抑える間もなく頬を伝った。
「あなたが来たら、今度はあなたの作った人形に名前をつけよう?」
「そうですね。素敵な名前をつけましょう」
 彼女は壊れ物でも触るかのように、私の髪をそっとなでた。

 そして、ぬくもりが消える。

 彼女は振り返らなかった。私はそれでも手を振り続ける。彼女が森の奥深くに消えるそのときまで私は振り続けた。
 そして、唐突に気付いたのだ。私は彼女の名前すら知らないことに。それがとても悲しくて私はまた涙した。
 けれど、約束また一つできたことに、少しだけ喜びをかみ締めた。



「それから何度も霧が深い日はあったけど、彼女は私の家に来ない。ただ行方がわからなくなったことは、風のうわさで聞いたわ。
なかなか有名人だったらしいわね」
「そうか」
 魔理沙はそれから口を閉ざした。
 私も一息ついて、窓の方へと視線を移した。もう日が落ちる頃か、外は次第に闇色に塗り変えられていく。
「そういえば……」
「ん、どうしたの?」
「私はお前の過去なんて話せとは言ってないぜ?」
 聞くだけ聞いて、まだ言うかこの白黒は。
「滅多に無い経験よ。それも価値のある話。感謝されることはあっても、批判される覚えはないわ」
「私の失った時間はプライスレスだったりする」
「悪かったわね」
「誰も悪い何て言ってないぜ?」
 ジト目で魔理沙を睨んでみるが、笑いながらスルーされてしまった。
 心が軽く感じるのは、魔理沙に話したからか。だとしたら魔理沙に感謝しなければならない。
 まったくこういうときばかり気が利くのだから。
「もういいわ。私が前面的に悪いことにしてあげる」
「そうか?悪いな」


 悪いついでに、一泊二食付きで許してやろう。と言われて魔理沙は家に泊まることになった。
「お前の永い話のせいで、もう帰れなくなった。落とし前は付けてもらおう」
が魔理沙の言い分。
 まあ確かに、長い話しをしたのは紛れも無い事実だ。けど永い話はしていない。
 しかし、魔理沙が泊まっていくことに関してはやはり嬉しく思っている。
 別に策略ではない。決してない。
「おいここの主人は食後の珈琲すらださないのか?」
 後はもう少し、そのふてぶてしい態度はどうにかならないものか。
「あんまり珈琲ばかり飲むと夜に眠れなくなるわよ?」
「珈琲を飲んで寝ると早起きが出来るんだぜ。私の知恵袋だ」
 それは寝る前に飲んだ時の話だ。今飲んでも意味が無い。
「まぁいいけどね」


「おい何か聞こえないか?」
 魔理沙がたいていの茶菓子を食べ尽くした頃何かの物音に気付いたらしい。
 私も耳を澄ますと、確かに玄関から物音がする。
 まさかと思った。彼女はもういないはずだ。行方は不明のはずだった。
 しかし、それは外の世界の話だ。もし彼女が幻想郷に来ていたなら、約束を果たすために私の家に来たのなら……
 もう来ないことはわかっていた。
 だから、霧の日は憂鬱だった。でも今のその彼女が来ているかもしれない。
「さてこれは感動の再会になるか?」
 魔理沙は面白そうに、玄関の方を見つめていた。
 私は勢いよく立ち上がる。その反動でイスは後ろに倒れた。
 けど、気にしない。
「おいおい落ちつけって」
と言う魔理沙の声は遙か遠く。私は玄関まで飛ぶように急いだ。
 動悸は激しく、らしくなく相当息を切らしていた。
 未だに扉を叩く音は、この場に響き渡っている。
 私は息も整えずに、扉を開け放った。そこの立っているのは、彼女だということを信じて。


「こんばんわ。なかなか出ないからもう寝たかと思ったわ」
 そこに立っていたのは、私の望んでいた人物ではなかった。
 幻想郷一胡散臭いスキマの妖怪、八雲紫。
「あ……なんで…なんであんたがここにいるのよ?」
「あら私も幻想郷に潜む妖怪よ。いてもおかしくないと思うけど?」
 紫は愛用の傘を畳むと、私に預けて来た。
 お前も立て掛けろというのか。
「お客に対する初歩的な対応でしょ? それともここの主人には誠意がないのかしら?」
 私はあんたの常識の方を問い詰めたい気がするが、スキマに何を言っても仕様がない。
「うるさいわね。それよりもあんた聞いていたんでしょ?」
「起きてからのスキマの散歩が日課なの。今作った日課だけど。
そうしたらスキマから、何やら感動的な話が聞こえて来たから、思わず聞き惚れてしまったわ。もう思い出して涙が……」
「この出歯亀」
 なんでこう幻想郷にはこんなやつが多いのか。せめて今ぐらいスキマから出て来てほしかった。
「さてとりあえず、安い珈琲ぐらい貰えないのかしら?」
 安いは余計だ。私が邪険にしているのを見て、紫は面白そうに笑っていた。何を企んでいるのか。
「そんなに邪推しなくてもいいわ。それに魔理沙と違って私には手土産もあるわよ?」
 それは明らかになにかを企み、含んでいる笑みだった。


「なんだ、感動の再会の相手は、実は紫だったのか?それだったら、いつも行方は不明だな」
「違うわよ。こいつは招かざる客」
 紫は気にしてないかのように、ふわりと席についた。でもそこは私の席。
「あらこんばんは魔理沙。今夜も良い夜ね」
「お前がいると悪い夜だ。何かが起こりかねない」
「あらあら、たいそうな言われようね。でも安心して、今夜はあなたに用はないわ」
「なら安心だぜ」
 私の心配はしてくれないのだろうか。
「ほら、はやく安い珈琲出してくださいな」
 安い安いとうるさいスキマだ。本当なら門前払いでも足りないぐらいだ。
「はいキリマンジャロ。ミルクと砂糖は勝手に入れてちょうだい」
「安い割に上品な香ね。なかなか珈琲淹れるのは上手じゃない。安いけど」
 あんたは今すぐスキマへ帰れ。


「今思えば、彼女が幻想郷に来たのはあなたのせいね」
「今更気付くなんて、遅いのじゃなくて?」
「どうせ大方寝てたんでしょうが」
「それも今更ね」
 紫は珈琲を素のままで飲んで、そして砂糖を入れた。
「でも、ちゃんと外の世界には戻してあげたわよ。彼女には彼女の役割がちゃんとあったから」
「じゃあ彼女が行方不明になった件は?」
 そこが私にとっての確信だ。彼女が幻想郷に来ないことは、この部分に帰結する。
「それは私ではないわね。私は神隠しに近いことができるけど、さっき言ったとおり、彼女には彼女の役割があった。
そんな人間を消すなんて無意味なこと、とこぞの野良妖怪ならまだしも私はしないわ」
 紫は次にミルクを入れて珈琲を口にした。
「じゃあ彼女は今もどこかにいるの?」
 微かな期待が胸を過ぎる。しかし、それは脆くも崩れ去る。
「行方不明になったのは本当のこと。死とは違う高次元の消失。白玉楼に行っても会えないわ」
「そう……約束は果たせ無いままか」
 私は彼女の人形を弄んでみた。いくつもの破片を集めて作られた滑稽な人形。
 けれど大切な想いが込められた人形。
 その名前をつける約束は遂に果たされなかった。
「ありがとう紫。おかげでふっ切ることができる」
「あらあら、どういたしまして」
 彼女はもう私の前には現れない。
「あ~あ、せっかく待っていたのにな」
 もう私は待つ必要はない。
「はは。この子はこれからも名無しね」
 もう霧の日に、彼女の影をさがすことはない。
「ねぇきかせて、彼女は私たち妖怪よりも遥かに短い生で、その役割を果たすことはできた?」
 努めて明るく。
「そうね。結論から言えば、彼女はその役割を果たしたわ」
「……よかった」
 愛おしく人形を撫でる。これは彼女の形見になってしまった。
「いいのか?」
「えっ?」
 魔理沙は真っ直ぐに私を見据えていた。まるであの時の彼女のように。
「お前はそれでいいのか?アリス=マーガトロイドの気持ちは、想いはそれで割り切れるのか?」
「私の気持ちは……」
 いくつもの雫が人形に落ちては、消えていく。
「いいわけない。いいわけないわよ」
 割り切れない。私の想いは、どこへもいけない。
「言いたいことが伝えたいことが、いっぱいあった」
 三日に一度催される宴会の話、終わらない夜の話。私は霊夢や魔理沙と同じ地点に立つことが出来たこと。
「あれからいくつも魔法を創造できた。それを見てもらいたかった」
 想いは人形に伝わった。私の上海や蓬莱を見てほしい。貴女ならきっと気に入ってくれると思った。
 「がんばったね」って言ってほしかった。
「彼女の名前を聞きたかった」
 そして、私の名前を教えてあげたい。二人で名前を呼び合うのだ。
「またおにぎりを作ってほしかった」
 梅干ししかない、それでも彼女温もりを感じられるおにぎりを。
「変わった私を見てほしかった。もう一度……逢いたかった」
 貴女の笑顔が見たかった。
 彼女が霧の日に、私の家の門を叩くのを何度夢想しただろう。
 次の日に霧が晴れた爽やかな朝に、何度落胆したのか。
「ほらよ」
 視界が暗くなる。のせられたのは魔理沙の帽子か。
「泣きたいときには泣くものだぜ。人間も妖怪も等しくな。ただ私達に流す分の涙は、取って置けよ」
「縁起でもないこと言わないで。でも、ありがとう魔理沙」
「お前の御礼なんて、珍し過ぎて価値が見出だせない」
「でもありがとう」
「どういたしましてだな」


「さてあなたも落ち着いたことだし、これを置いていくわ」
 紫が置いたものは、ただの白い封筒。
「これはスキマに漂っていたもの。その中身をみてどう思うかはあなたの勝手よ」
 封筒を手に取ってみた。入っているのは紙よりも少し厚いもの。
「じゃあ次の宴会のときに会いましょうか。いい酒の肴も出来たことだしね」
「お前は絶対招待しない。それは私の肴だぜ?」
 宴会までに記憶をなくす魔法は出来ないだろうか。古典的な方法でもいい。この二人は危険だと警鐘がなっている。
「じゃあまたね」
 紫は背を向けて玄関の方へ向かった。
「ああそうだ」
 立ち止まり私を見た。
「博霊大結界を越えられたことは、私の戯れだとしても、あなたたちが出会ったことは偶然ではなく必然よ。あなた達は引かれあったの」
「そうね。そう考えれば何事も納得できるわ。でも今更それがどうかしたの?」
「あなた達は同じことに悩んでいた。それが何かわかるかしら?」
 私は少し悩み首を振った。私はともかく、彼女に悩みなどがあったのだろうか。
「簡単なことよ。あなたたちは孤独に疲れていたの。それがお互いに惹かれあった理由。心のスキマを埋めるためにね」
 そう言って紫はスキマへと消えた。傘も同時に。


「これは何だっけな。昔香霖の所で見たことがある気がする」
「確かシャシンって言っていたわね。外の世界のもの」
 私も恥ずかしいものを一枚もっている。
 今なら見せられるかもしれないが、やっぱりやめた。
 封筒の中に入っていたのは、一枚の紙だった。ほとんどが黒く塗り潰されたようになっていて、後は白く縁取られている。
「これが手土産とは、紫もケチなことをするもんだな」
「待って魔理沙、何か浮かび上がってくるわ」
 黒い部分は次第に色彩を帯びていった。それは次第に形を成し、一つの絵を完成させていく。
「おいおいこれは凄いことだぜ」
 そして、一つの絵画は完成を迎えた。私はそれを手に取り、流れる涙を拭わずそれを眺めた。
「なぁ、何か後ろに何か書いてあるぞ?」
 写真を裏返す。そこに綴られている文を読んで私は、やっと涙を拭うことが出来た。
「ねぇ魔理沙?」
「ん?」
「彼女は私を尋ねて来てくれた。そう思ってもいいかな?」
「……そうだな。お前の親友はちゃんと約束を守ったぜ」
「じゃあ私も約束を守らないとね」


 気付けば外の霧は晴れていて、木々の隙間から満点の星空が覗いていた。
 星を見ようと言う魔理沙に引っ張られ、私は外に出た。
「私の星の方が断然綺麗だな」
と言う魔理沙を尻目に、私は星の淡い光りで、手に持っていた写真の裏表を交互に眺めていた。
 写真には、まだ笑顔の硬い私と優しい笑みを浮かべる彼女が写っている。
 写真を反してみた。
 偶然なのか。それとも小さな奇跡なのか。
 いかにも彼女らしい優しい字でこう綴られている。
『旅の中で出会った親友 不思議の国のアリスと共に』

 さぁ今度は私が約束を守る番だ。
 彼女の想いが込められた人形に名前を付けよう。
 
 とびきりの名前を・・・・・・

 これは霧の日の他愛もない想い出。

友人に話を持ちかけられて、東方では初めてのSSとなりましたとさ。
東方始めた当時は、まさかSSを自分で書くなんて思いもしなかったのですが、これも東方の力でしょうかね。
構想を練ったのは最萌2のころ。結局創らなかったのですが、こうして表に出せたのは友人の一押しのおかげなのか、せいなのか……
ともかく一発目からなにやら痛い突っ込みでも喰らいそうな気もしますが、これにてコメントを終わらせていただきます。
黒月
http://w3.abcoroti.com/~gensokikan/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2940簡易評価
12.70シゲル削除
思わず泣いてしまいました。。
こぉゆう雰囲気は好きですね♪
これかも頑張ってください♪
14.70沙門削除
 切ない気持ちになりました。名を得た人形に、幸あれと願います。謝々。
46.100匿名になる程度の能力削除
いい作品でした。
個人的にかなりHITしたので、この点数で。
47.無評価黒月削除
このような作品に、過大な評価をありがとうございます。
至らないところはこれからも精進します。
文章の一部を友人の指摘により編集しました。多謝!!
64.100名前が無い程度の能力削除
これは・・・感動した
65.無評価黒月削除
久しぶりにのぞいてみましたが、こんな昔のつたない作品に評価と感想を投稿していただき、本当にありがとうございます。
作品を創る原動力にさせていただきます。