Coolier - 新生・東方創想話

ゆゆこのおやつ

2005/05/28 06:44:42
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惨事のおやつ


「よ~きよ~き、どこにいるの~?」
「ここですぞ~幽々子様」
廊下の先からわずかに妖忌の声が聞こえたが、幽々子がその姿を確認することは出来なかった。
小さな幽々子にとって西行寺家の屋敷は広すぎる。なにしろ廊下の終わりを肉眼で見ることが出来ないのだ。
幽々子はポテポテと廊下を走り、声のする方向へと走っていった。


幽々子がふすまを開けると、そこではよ~きと呼ばれた初老の男性が一本の刀の手入れをしていた。
彼の名は魂魄 妖忌。
この白玉楼広大な庭の手入れだけではなく、幽々子の身の回りの世話までする万能庭師。
「おなか空いた~。三時のおやつはなに?」
「それならば台所の戸棚に中華まんがありますので、それでお茶にしましょう」
「やった~。中華ま~ん」
ごきげん幽々子は目を輝かせながらスキップで台所へと向かう。
なんでも好き嫌いなく食べる幽々子であるが、中華まんは間違いなく好物の一つだ。
「今日のおやつは中華まん♪」
長い長い廊下を歩き続け、やっとの思いで台所へと辿り着く幽々子。
だが台所に入った幽々子を待ち受けていたのは、中華まんではなく一匹の黒猫だった。
「げっ、人が来た!」
その黒猫は、その手に幽々子の楽しみにしていたものを持っている。
「あなた、だ~れ?」
「私はおやつハンター橙。この中華まんはいただきましたっ!」
「あ?その中華まんは私の…」
橙は幽々子を無視して台所の窓から外へ逃げ出した。戸棚に残っていたのは中華まんの入れ物だけ。
三時のおやつが無くなった。幼い幽々子がその事実を認識するまでにさほど時間はかからなかった。
「中華まん…」
中華まんを失ったことを認識した幽々子。その目には涙が溢れていた。


「ぎゃーん。よ~きよ~き~!!」
突然の泣き声。のんびりと刀を磨いていた妖忌は即座に床を蹴り、その身を弾けさせ幽々子の所へと飛んでいく。
あの声、ただ事ではない。妖忌は己の持つ全ての力を推進力に換えて廊下をひた走る。
妖忌が台所へと飛び込んだ時、そこには泣きじゃくる幽々子の姿だけがあった。
「いかがなされた幽々子様ッ!」
「わたしの、わたしのおやつが~」
中華まんを失い、泣きじゃくる幽々子。
見ればそこには、買っておいたはずの中華まんが入れ物だけを残して綺麗さっぱり無くなっている。
「ぐすっ、くろいねこさんが持って逃げたの」
「黒猫ですと…?」
「うん、女の子っぽい格好してたけど、ねこさんの耳があった」
「…幽々子様は妖夢と一緒に屋敷でお待ちください。すぐにおやつを取り戻してまいりますぞ」
黒猫の式神、この幻想郷でその式を操る人物は一人しか居ない。
妖忌は一振りの刀を腰に携え、すぐさま犯人の居住地・マヨヒガへと向けて飛び立った。
「幽々子様のおやつを盗むとは不届千万、刀の錆にしてくれよう」
「がんばってね~よ~き~」
幽々子は妖忌の姿が見えなくなるまで見送った後、妖夢のおやつを食べるべく屋敷へともどって行った。



既に日は沈みかけていた。
その薄暗い空を一匹の式神が我が家を目指して疾走している。
「よーし、これで今日の晩御飯は豪華絢爛中華まんだ」
中華まんを盗んだ橙は、全速力でマヨヒガに向かっていた。主と主の主が橙と夕飯の帰りを待っているのだ。
美味しい夕飯を持って帰ったとなれば、それ相応の見返りが用意される。
主の主からは『なでなで』してもらえ、さらには主の『ふかふか尻尾』で寝させてもらえるのだ。
「おいしいうれしいきもちいい。三重楽~」
橙は溢れ出す涎を堪えつつ、家へと急ぐ。

だが彼女の目論見はマヨヒガへの入り口で外れる。中華まんを狙う悪党に出会ってしまったのだ。
いや、出会ったというよりも狙われていたというべきか。相手の敵意がここまで伝わってくる。
「あんた、人のご飯を奪おうだなんて余程の悪党なんだね」
「御主ほどではない。そもそもそれは白玉楼から盗んだものであろう?」
こいつ、なぜこの中華まんが盗品だという事を知っているんだ…
橙はその身を翻し、敵から逃げ出すべく全速力で来た道を戻…ろうとした。
「何処へ行く、逃げ道など無いぞ」
「あ、あんたさっきまで私の前に居たはずなのに。いつの間に後ろに!」
敵は答えない。その体からは殺気のみが発せられ橙の神経を削り取っていく。
その殺気に気圧された橙はじりじりと追い込まれてゆく。
「わ、わたしにどうしろっての…?」
「簡単なことだ。その中華まんを捨てるか命を捨てるか選ぶが良い」
…どっちも出来ない。死ぬのは怖いし、ご飯がなくなると紫様も藍様もきっと悲しむだろう。
死か餓えか、究極の選択。
「どっちかだなんて…どっちも選べないよ!」
やらなきゃやられる。橙はその爪を構え、臨戦態勢をとった。
しかし相手が悪すぎた。次の瞬間敵から一筋の光が発せられ、橙はその意識を断ち切られてしまう。
「…あ」
「そのような愚かな迷い、断ち切っておいた」



「ねえよーむ、おやつちょーだい」
「ゆゆこさま、わたしのおやつどこにかくしたんですか?」
「…ねこさんにとられた」
「……」
「……」



「初めから素直に渡せばよいものを」
妖忌はその愛刀『白楼剣』によって橙から中華まんを奪い返すことに成功した。
白楼剣は相手の迷いを断ち切る業物。
橙に中華まんと命を天秤にかけさせ、命を選ばせたのだった。
「すっかり暗くなってしまったな。そろそろ帰らねば幽々子様が心配なされる」
「そうはいかない。このマヨヒガから生きて帰れるとでも思っているのか人間」
妖忌が声のする方へ振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
その背後には先程白楼剣で迷いを断ち切ってやった式神が隠れている。
「御主は…先程の式神の主か」
「その通り。橙を苛めたのはお前だな」
式神の主・八雲 藍から発せられる言葉には殺気が満ち溢れていた。
余程自分の式神を苛められたことが気に入らないのだろうか。すでに両手には獲物が握られている。
「苛めたとは心外な。私は奪われた品を取り戻しただけのこと」
「ふん、人間如きと会話などするだけ無駄だったようだ…!」

藍はその手に握った二本のクナイを妖忌に向けて投げつけると同時に空高く跳躍する。
「むっ、問答無用というわけだな」
妖忌は必要最小限の動きでクナイをかわし、藍が居るであろう上空に目を向ける。
その時、妖忌の目には無数のクナイが映った。
その数はゆうに100を超える、だがそれだけのクナイを目の当たりにしても妖忌は微動たりともしない。
「愚かな。数撃てば良いというものではないぞ」
それはあたかも全ての弾道を見切っているかのような立ち振る舞いだった。
次の瞬間それは証明される。あれだけの数のクナイが一本たりとも妖忌の体には命中しなかったのだ。
「さすがだな人間、動いてくれれば二・三本刺さっていたはずなんだが」
それだけの攻撃を繰り出した藍もまた余裕綽々でたたずんでいる。藍の手には符があった。
相手が武器も使わずに攻撃を避けきったことは計算外だったが、それだけ倒し甲斐のある相手なのだろう。
「戦いをじっくりと楽しみたい所だがあいにくと時間が無い。一気に決めさせてもらうぞ!」
それだけに一瞬でケリをつけるのは実に惜しい。そう思いつつ藍は手元の符を発動させていく。
「それは私も望む所、同じく時間がないのでな」

妖忌は白楼剣を下段に構え、藍の動きを待つ。藍の攻撃に反撃を合わせる気だ。
「面白い、私の符をカウンターで狙うとは良い度胸だァ!」
藍の体に霊力が萃まり、必殺の攻撃が繰り出される!
「死ぬが良い!奥義・四面楚歌チャーミング!!」
「その程度で奥義とは…笑止!」
四面楚歌チャーミング、これこそが藍の奥義。この攻撃は並の妖怪でなくとも回避も突破も不可能。
ところが妖忌は大地を蹴り、己の引き出せる最高の速度で奥義を掻い潜り一瞬にして藍の懐に飛び込んだ。
あろうことか妖忌は藍の奥義にカウンターを合わせたのだ。
「この白楼剣に切れぬものなど、ほとんど無い」
「しまった、テンコーイリュー…!」
妖忌の体が一回転し、藍の迷いを真っ二つに断ち切った。






「おかえり、よ~き」
「ただいま戻りましたぞ。ちょっと遅くなりましたが夕飯にいたしましょう」
「おじーさま。おやつは?」
「もう明日にしなさい。夕飯が食べられなくなる」
「けちー」
「けちー」
「幽々子様までなんということを…わがまま言う子にはお仕置きですぞ!」
「きゃー、よ~きが怒った~」
「斬られる~」
「こらーまたんかー!!」
「鬼がきたー!」
その日、西行寺家での鬼ごっこは妖忌の腰が痛くなるまで続けられた。




「紫様、藍様が、藍様がー!」
「どうしたの橙、そんなに慌てて」
橙は泣きながら紫に藍の異常を訴える。その目は絶望に満ちていた。
「藍様が…人間にやられちゃったんです!」
「な、なんですって? まさかあの藍が人間ごときに負けるなんて!」
「ただいま戻りました」
「…って藍帰ってきたじゃない」
「もうアレは藍様なんかじゃないんです!逃げてください紫様!!」
「お帰りなさ……ぎゃあああああああああああ!!!」
「紫様、私はもう迷ったりしません!生きたい様に生きます!」
その時の藍の表情は、青春を謳歌する若者の如く輝いていた。

それからしばらくの間、マヨヒガには御天狐様がいらっしゃるとの噂が流れたのであった。




元ネタ
・Y.P氏の絵板71及び144(+投下直前の186)


またここに妄想狂の俺が来ましたよ。というわけで皆様こんばんわ。
当然ながら表テーマは「幼祭り」
その中でもY.P氏の描かれた絵板③71及び144が元ネタとなっとります。
ホントに持ち帰って、こんな感じに調理してしまいました。
最近こんな小話ばっかり書いてますね。進歩が無くてごめんなさいごめんなさい。

今回の裏テーマは「迷い」。生き物には何かしらの悩みがあるものです。
白楼剣はそれを断ち切ってくれるアイテムだったのでs(マッパテンコー
刺し身
http://www.icv.ne.jp/~yatufusa/
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コメント



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5.無評価七死削除
見た感じ、迷いと言うよりは理性の尾を断ち切ったように見えるw
10.100空欄削除
さりげなくスッパテンコー誕生秘話かよ!
17.80沙門削除
 妖忌がナイスガイですね。時代物好きなので(死ぬ事と見つけたりとか)楽しく読ませてもらいました。テンコー伝説はここから始まったのねと、ふきだしながら。謝々。
23.80無名削除
妖夢が白楼剣を使いこなせる様になったら周りの連中が凄い事に・・。
楽しく読ましていただきました。
30.無評価AG削除
テンコー!!
藍様の迷いってそれだったのかw
31.80AG削除
下のポイント付け忘れです
39.80裁くのは俺のスt(ry削除
俺の迷いも断ち切って!
47.90名前が無い程度の能力削除
幼ゆゆさまに萌え萌え。シブかっこいい妖忌に燃え燃え。
迷いを捨てたテンコーに萎え萎え(ぇ
53.90あふぅぁ削除
和むわー
爺は強し?(笑)