Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷偉人録

2005/05/27 20:06:10
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きっかけは妹紅の今朝の一言。



「幻想郷ってクセのある奴多いよね」

なるほど。言われて納得……というわけでもないが、なかなか興味深い話であることには違いない。

「そう思うよね、慧音?」
「うむ」

深く頷く。

「皆が皆あんな感じじゃ、誰が一番の変人かわかったものじゃないわ」
「何だ、そんなことを知りたいのか、お前は」
「いろいろと役に立つんじゃない?『あいつに比べれば私はマシだ』って、反面教師みたいな感じで」

言いたいことはわかる。
しかし、何故いきなりそんなことを。

「でも、あいつらの中じゃ私もやっぱり変人なのかな。うわー、何か嫌だな、そういうの」

……暗に、自分に自信が持てないと、そう言っているようにも聞こえる。
少し心配になって妹紅を見つめ返した。

「んっ?何、慧音?」
「……」

この少女は、今も胸のうちに根深い悩みを抱えながら苦悩しているのだろうか。
そんな考えが頭を過ぎると同時に、メラメラと私の使命感に火がついた。

「待っていろ、妹紅」
「えっ、どうしたの、慧音?」
「すぐに調べてきてやる」
「へっ……?」

首を傾げる妹紅に背を向けると、足早に竹林を飛び出した。



一番の変人は誰だ?
確かにおもしろい問いではあるが、明確な答えを見つけるとなると難しいものがある。
ある程度人数を絞った上で、一人一人あたっていくしかないのだが、まさか『お前は変人か?』と聞くわけにもいかない。血の気が多い連中が大多数を占める幻想郷、下手を打てばこちらの命を危なくなってくる。

それを踏まえて、私は一つの手法を思いついた。
変人の変人たる所以は、その人物が”変”であるということだ。つまり何を言いたいかというと、真の変人は得てして自らの歪みっぷりを自覚していないということだ。
ならば私はこう問えばいい。『お前は何の一番だ?』と。ここで真の変人であるならば、臆面もなく自らの変人っぷりを答えてくれることであろう。要は変人の特性に着眼した一種の誘導尋問である。一つ、尋問と違うのは、聞く方も聞かれる方も嫌な思いをしないですむというところだ。まさに、八方収まりの平和的手法。
我ながらの妙案に思わず頬が緩む。

「おっと」

そんなことを考えているうちに最初の被験者の所に辿りついた。

「さて、お前の一番を聞かせてもらおうか」






※被験者1 博麗 霊夢 博麗神社にて


相も変わらず博麗神社は閑散とした様子であった。人どころか虫一匹の気配すらもしない。

「あら、珍しい客ね」

箒の柄に凭れながら私をまじまじと見つめる神社の主。

「今日はお前に聞きたいことがあって来た」
「へえ、何かしら?」
「お前は何の一番だ?」
「はあ?私の一番?」

何だそりゃといった風に顔を顰める。

「ああ、思ったように答えてくれ」
「何よそれ。自画自賛ってことなの?」
「そうなるか否かはその人物の人となりによる」
「そう言われるとなあ……」

腕を組みながらううんと唸る。
まあ、そう簡単に思いつくものでもないだろう。私は気長に待った。

やがて、「そうだ」と手を叩く。

「思いついたか」
「ええ、こういうのはどうかしら。”いじらしさ”一番」
「…………」
「……何よ、その『何言ってんだこの野郎』って顔は」
「だってなあ……」

自分で自画自賛がどうのこうの言ってたじゃないか。

「もう、いいじゃない別に」

少し頬を赤らめながら反駁する。

「とりあえず、根拠を聞かせてもらおうか」
「ほら、見てこの神社の有様を」

言いながら両手を広げる。

「ああ、寂れてるな」
「ねっ?にもかかわらず、こんないたいけな少女が一人で切り盛りしているのよ。こういうのって”いじらしさ”じゃないかしら?」
「少なくとも、経営者の努力しだいで、ある程度は改善されると思うが」
「うっ」

反論のしようがないのか言葉に詰まる。

「とりあえず、頑張れ」
「う、うるさいわね。言われなくてもそうするわよ」

苛立たしげに箒を放り投げると、踵を返して神社に向かって歩き出した。

「何かをするんじゃなかったのか」
「あんたのせいで気が削げちゃったのよ。あーあ、寝よ」

彼女の影が神社の奥に消えていくのを見送ると、静かに嘆息した。

「お前は”だらけ”一番だ」






※被験者2 霧雨 魔理沙 魔法の森 上空にて


「うおおっと」

脇を抜けていった高速飛行物体は、私の姿に気付くと星屑を撒き散らしながら急ブレーキをかけた。

「忙しいな、霧雨 魔理沙」
「あー、お前がこの辺飛んでるのは珍しいな」
「ちょうどよかった。お前の家に行く手間が省けたよ」
「何だお前、私に会いたかったのか?」
「まあな」

ゆっくりと彼女に近付く。

「で、何の用だ」
「お前は何の一番だ?」
「へっ?」
「何でもいい。思ったままを口にしてくれ」
「ううん……そうだな。じゃあ、”早さ”一番ってのはどうだ?」
「早さ?」
「ああ。スピードだけなら誰にも負ける気がしないぜ」
「成る程」

確かに彼女のスピードは一目置くところがある。そんじょそこらの妖怪などでは足元にも及ばない。

「話はそれだけか?少し急いでいるんだが」
「んっ、何だ、どこかに行く途中だったのか?」
「ああ、アリスのところにな。少し早めのランチだ」
「たかりか」
「人聞きが悪いな。同意の上だ」
「怪しいところだが」
「ちなみにその後は霊夢のところでぼんやりとお茶会としゃれ込み、日が暮れたらフランのところに顔出して、ついでに紅魔館の夕食に相伴あずかる。そのままパチュリーのところにいって、その日は図書館にお泊りだ」
「気が多いな」
「おいおい、邪推するなよ」

あっけらかんに笑うと、箒の舳先を180度旋回させた。

「それじゃあ、私は行くぜ」
「ああ、時間をとらせて悪かったな」
「……結局のところ、私の一番って何なんだ?」
「言った通りだ。”早さ”一番だよ、お前は」
「そうか」

へへ、と鼻を擦ると、彼女はロケットのごとく突き抜けていった。心なしか先ほどよりスピードが上がっていた。

ぼんやりと残った星屑を眺めながら、ぼそりと先程の言に付け足す。

「ただし、”手の早さ”一番だ」






※被験者3 紅 美鈴 紅魔館 入り口にて


紅魔館の門をくぐるや否や、奇怪な光景が目に飛び込んできた。

「あれは……門番か」

紅魔館の門番、紅 美鈴は肩に手ぬぐいをかけながら、ざっくざっくと畑を耕していた。
はてな、と思いながらも、とりあえず彼女に声を掛けてみる。

「お前は何をやっているんだ」
「あっ……ワーハクタクの人」

人じゃないが……まあいい。

「それも門番の仕事のうちか?」
「ああ、これはですね」

鍬を立てると、肩にかけた手ぬぐいで額に滴る汗を拭き取った。

「自給自足なんですよ」
「自給自足?」
「はい。紅魔館の支給だけじゃ足りなくて」
「足りないって、具体的にはどの程度なんだ」
「コッペパンです」
「それが朝食か。次は?」
「運が良ければ生クリームが挟んであります」
「何だ、まだ朝食の話か。それで次の食事は何だ?」
「……」
「次の食事は……」
「以上です」
「……本気か?」
「大マジです」

いくらなんでもそれは……

「基本的に歩合制なんですよね。働かざるもの食うべからずってことでしょうか。あはは」

屈託無く笑う。

「待て待て、笑い事じゃないぞ。お前にとっては死活問題だろう」
「だからこその自給自足ですよ」

ドンと誇らしげに胸を叩いた。
少し泣けてくる。

「……それでお前は何を作っているんだ?」
「今は大根ですね」

ホラと言いながら手近な大根を一本引っこ抜く。
一人で育てたわりには形も良く、大きさも一般のものと遜色が無い。彼女の苦労が滲み出ているようであった。

「大根って葉っぱも食べれるんですよね。最近知って目から鱗が落ちました」

そんな無垢さが胸を打つ。『常識だ』とはとても言えなかった。

「……お前は何の一番だ?」

唐突に切り出す。

「私の……一番ですか?そうですね……やっぱり”生命力”ってとこでしょうか」
「そうか……」

ホロリと零れ落ちそうになった涙を抑えるのに一苦労した。

「あっ、この大根いります?農薬使ってないんで100%の天然ものですよ」
「ああ」

大根を受け取ると、顔を見られる前に黙って彼女に背を向けた。

「館に入るぞ」
「はい。いらっしゃいませ」

にこやかな声で迎えられたが……それは門番としていかがなものだろうか。こうやって彼女の支給が減っていくのかと思うと、少し胸が痛んだ。

「門番」
「はい、何でしょうか」
「どうしても生活に困ったときは私のところを尋ねて来い。食料ぐらいなら分けてやれないこともない」

しばらく目をパチクリとさせていたが、やがて彼女はフッと微笑んだ。

「ありがとうございます。本当に、本当に苦しくなったらご厄介になるかもしれません」
「ああ」

これ以上は蛇足か、と思い黙って彼女から離れる。
土を耕す音が耳朶を打つ中、私は静かに独りごちた。

「お前が”いじらしさ”一番だ」

悪いな、博麗 霊夢。






※被験者4 レミリア・スカーレット 紅魔館 レミリア私室にて


「私が何の一番かって?」

予想通り紅魔館の主は訝しげな表情で私を睨みつけてきた。

「何故そんなことを聞くのかしら?」
「単なる知的好奇心だ」
「ふうん」

品定めをするようにじっとりと目でなめまわすと、「ふん」と小さく鼻をならした。

「そんなの決まってるじゃない。”存在”が一番よ」
「存在が?」
「説明の必要もないでしょう。この幻想郷には私以上の存在なんていやしない。だから私が一番」
「大きく出たな」
「なんなら試してみる、ワーハクタク?」
「いや、遠慮しておくよ」

苦笑しつつ立ち上がる。

「帰るの?」
「ああ、目的は済んだからな」
「そっ、別にどうでもいいけど」

本当にどうでもいいのだろう。さっさと私から視線を外すと、小さく欠伸をした。

「咲夜~紅茶まだ~」

パタパタと羽を動かしながら、のんびりとした声で従者を呼びつける。

「もう、遅い。客人が来るってことは前もって知らせてるはずなのに」
「そうは言っても時間がかかるのだろう」
「関係ないわ。私が飲みたいときに飲めなければ意味は無いの」
「……”我侭”一番」
「何か言ったかしら?」
「いいや。それでは失礼させてもらうよ」

下手に刺激を与える前にさっさと退散した。






※被験者5 十六夜 咲夜 紅魔館 廊下にて


「あら、もう帰るのかしら?」

十六夜 咲夜とは廊下ですれ違う形で出合った。

「ああ。大した用じゃなかったんでな」
「そう。せっかく紅茶を淹れてきたんだけど」

彼女の手にはカップが2つにポットが1つ。そこから微かに漏れる上品な香りが鼻腔を擽る。

「この場でいいのならぜひとも頂きたいのだが」
「かしこまりましたわ」

そう言って悪戯っぽく微笑むと、直立不動のまま器用に紅茶を注ぐ。

「悪いな」
「どういたしまして」

受け取ったカップに静かに口をつける。

「……さすがだな」

人の手の違いというものは、やっぱりこうもはっきりと表れてくるのだろう。素材の良し悪しを抜きにしても、このように見事な紅茶を淹れる自信は無い。

「そういえば、おもしろいことをして回ってるのね」
「知ってるのか?」
「美鈴とのやり取りを見てたわ」
「見てたなら、彼女に少し善処してやれ。さすがにあの扱いはきついものがあるぞ」
「と言われても、私の一存ではどうにもならないわ」
「決めたのはあの吸血鬼か?」
「ええ。昔、霊夢と魔理沙に館を荒らされたときにお嬢様が課した罰なんだけど……どうやらそのまま解くのを忘れてるみたいなの」
「……お前が善処してやってくれ」

心から嘆願する。

「そうね。でも、面白いからしばらくこのままでもいいかも」

鬼か、と思いながら常套句となりつつある言葉を紡ぎだす。

「ところで、お前は何の一番だ?」
「そうね……私はやっぱり”紅茶”の一番かしら」
「ああ。納得だ」

空のなったティーカップを手渡しながら小さく笑う。

「それじゃあ、お嬢様が呼んでるから私はそろそろ行くわね」
「ああ、早く行ってやれ。今頃ブーたれてるぞ」
「それは大丈夫。私が到着することには、いい具合に蒸しあがった紅茶がお嬢様を宥めてくれるわ」
「何だ、私が飲んだ紅茶は蒸しあがってなかったのか」
「そういうこと。でも、あなたにも非があることを忘れないでね」
「わかっているさ。お前が来る前に席を立って悪かったよ」

ふふ、と微笑を浮かべると、彼女は軽やかな足取りで主の部屋の方へ消えていった。
やれやれ、私との四方山話も計算のうちか。

「”奉公”一番だよ、お前は」






※被験者6 パチュリー・ノーレッジ 紅魔館 大図書館にて


「お前は何の一番だ?」

ふわふわと長閑に浮かびながら、分厚い魔導書を読みふけるパチュリー・ノーレッジに問いかける。

「……何それ?」
「ちょっとな。差支えがなければ教えてくれ」
「……ふうん」

興味なさげに次のページを捲る。

「”ムダ知識”一番とかでいいんじゃない?」
「いいんじゃないって、それは投げやり過ぎるだろう」

一番おもしろくない反応だ。

「……別に興味無いし」

そう言って背を向ける。これ以上話をするつもりもないらしい。
ならば……

「そう言えば、霧雨 魔理沙が夜になったら紅魔館を訪れるらしい」

ボサッと魔導書が落ちる。

「……」
「……」

無言で拾うと、埃を払い、再び本を開く。ちなみに逆さまだ。

「それで今日はお前のところに泊まるそうだ」

ボサッともう一度落とす。

「……」
「……」

静かにそれを拾おうとするが、それも手を滑らせて落とす。

「……」
「……何?」
「別に。よかったな」
「……」

ポッ、と顔を赤らめると彼女はそそくさと本棚の奥に消えていった。

「”不器用”一番……いや、一番はあいつだろうから、お前は二番か。だったら……」

地面に落ちた魔導書に視線を移す。

「”わかりやすさ”一番だな」






※被験者7 アリス・マーガトロイド 魔法の森 アリス邸にて


「誰?」

ノック3回で家主は出てきた。

「久しいな」
「あら、ワーハクタク」

チェックのエプロンに身を包んだアリス・マーガトロイドは、不思議そうな表情で見返してきた。

「あなたがこんなところに来るなんて珍しいわね」

珍しい珍しいとよく言われる。まあ、確かに私がいろんなところを飛び回るのは珍しいことかもしれない。普段は里に付きっ切りだからな。

「たまにはな。それより、何だ料理の途中だったのか」

彼女にしては少し陽気な柄のエプロンに視線をやりながら問いかける。

「逆よ。片付けの最中。残念でした」
「おいおい、別にたかりにきたわけじゃない。霧雨 魔理沙とは違うぞ」
「えっ?」
「あっ」

しまった。それとなく引き合いに出そうと思っていたのに。

「……知ってるの?」
「んっ、ああ、途中で会ってな。別に探ったわけじゃないぞ?」
「そんなに必死に取り繕わなくていいわよ。知られたからって別に困るわけじゃないし。」

そう言いながらも、ほんのりとしどろもどろになりつつある様子が私の悪戯心を焚きつける。

「楽しかったか?」
「……何でそんなことを聞くのよ?」
「知られたからって別に困りはしないんだろう?」
「当て推量で物を言っていいってことじゃないわよ。そもそも、どうして私があいつの来訪を楽しまなきゃいけないのよ」
「だったら追い返せばよかったじゃないか」
「……追い返したわよ」
「皿は二人ぶんあるみたいだが」

ちょいちょい彼女の後ろを指差す。

「なっ……」

ぎょっとした表情で私と背後を見比べる。
ここからリビングまではかなりの距離があるが、私の視力の前では無問題だ。もっとも、リビングからここまでの各々の扉が開けっ放しでなければ成立しない事項であったのは言うまでも無い。自らの不精を悔やむがいい。

「あれは……そう、『食わせなきゃ魔砲をぶっ放す』って騒がれたから、仕方なく……」
「成る程成る程。いや、痛切の極みだ」
「……だったら、何でそんなにニヤニヤしてるのよ」
「別に」

やはり私の推論に間違いはなかった。
面白いので一応聞いてみることにする。

「お前は何の一番だ?」
「何よ、やぶからぼうに」
「深い意味はない。直感で答えてくれ」
「直感って…………そうね、やっぱり”魔法”の一番かしら」
「ほほう、魔法の」

わざとらしいぐらい大袈裟に驚く。

「そのリアクションすごい腹が立つんだけど」
「スマンスマン。ところで、一つ興味本位で聞きたいことがあるんだが」
「何?」
「『恋の魔法』というものはあるのか?」
「何よその乙女チックなものは」
「あー、何だ。例えば自分の想い人との恋を成就させるとか」

言ってて恥ずかしくなってきた。当然、彼女にも『バカじゃないの』と一蹴されるかと思ったんだが……

「……そんなのあったら苦労しないわよ」

と、予想外の反応を返してくれた。
ああ、くそ、ニヤニヤが止まらん。

「ごちそう様だ」
「??何も振舞ってないけど?」
「いやいやお腹いっぱいだ。ありがとうアリス・マーガトロイド」
「??」
「それじゃあ、私は失礼させてもらうよ」

疑問符を浮かべながら首を傾げる彼女を残して、そそくさと飛び立った。

「頑張れ、”不器用”一番」






※被験者8 魂魄 妖夢 白玉楼 入り口にて


これを賑やかと言っていいものかと思われるが、とにかく白玉楼は賑やかだ。ところどころに現を持たない人魂が飛び交い、一種の慌しささえも感じる。死人に負けるな博麗神社。

そんなことを考えながら長い階段を上りきったところで、両手に刀を構えながら大立ち回りをする少女と目が合った。

「何をしてるんだ?」

パッと少女の頬に紅がさした。

「あの……その……」

もじもじと身を捩りながら刀を納める。

「庭の、庭の手入れを」
「そのわりには激しい動きだったな」
「ええっと、一緒に剣の稽古にもなるかなと……」

言葉につまり顔を伏せる。
成る程、本当に真剣な様子というものは他人には見せたくないものだからな。

「恥じる必要はないよ。お前が負い目を感じる道理なんてないさ」
「……はい」

少し笑ってくれた。

「西行寺 幽々子はいるか?」
「あっ、はい。お嬢様に何か御用ですか?」
「野暮用だ」
「えっと、お嬢様に会うなら一応気をつけてくださいね。ちょうど3時のおやつ時ですから」
「……ああ、肝に銘じておく」

身を震わせながら、そう言えばと思い出す。

「突然だが、お前は何の一番だ?」
「私の一番ですか?得意なことっていう意味ですか?」
「ああ、そう解釈してもらって差し支えない」
「うーん。そう言われましても、人に誇れるようなことは何も……」
「何でもいいんだ。それこそ本当に身近なことでも」
「あっ、だったら」
「思いついたか?」
「一応……はい」
「何だ?」
「……えっと、”肉じゃが”です」
「にくじゃが?」
「あっ、はい。でも、別に幻想郷で一番という意味ではなくて、自分の中で自信があるという意味で……」
「大丈夫だよ。続けてくれ」

いっぱいいっぱいになりつつある彼女をやんわりと宥める。

「……はい。今日のお昼ごはんに作ったんですけど、幽々子様からやっと感想を頂けたんです。『美味しいわ、妖夢』って。」
「ほう」
「それだけなんですけど……すみません、調子に乗りすぎました」
「いや」

彼女の手に視線を移す。
成る程、と心の中で頷いた。
彼女の白い手にあったのは、ガチガチに固まった刀の握りダコと……少々の絆創膏。

「今度は私も食べてみたいな」
「はい。お口に合うかわかりませんけど」
「大丈夫さ」

軽く手を上げて別れをつげると、歩みを再開した。

「楽しみにしてるよ、”頑張り”一番」






※被験者9 西行寺 幽々子 白玉楼 居間にて


「妖夢、おやつ~……って、あら、ワーハクタク」
「邪魔するよ」
「えっと……あなたがおやつってことでいいの?」
「違う」

全力で否定する。

「長居するつもりは無い。私の質問にだけ答えてくれ」

彼女は……何か苦手だ。生存本能が彼女を拒否しているのかもしれない。

「質問って?」
「お前は何の一番だ?」
「あら、面白い質問」
「そう思ったなら、手早く答えて頂きたい」
「せっかちね。まあ、私は……」

ついと卓袱台の上に視線をやる。
そこにあるのは……とてつもなく巨大な大皿と無数の小骨。
ぞわりと全身が栗毛立つ。

「”グルメ”一番かしら」

ぬけぬけとよくも。

「……一応聞いておきたいのだが、あの小骨はミスティア・ローレライのものか?」

恐る恐る聞いてみる。
彼女は「まあ」と心外そうな声を出した。

「小骨だからってすぐに彼女を連想するのは早計よ。何も夜雀は彼女だけではないわ。現に……」
「もういい」

耳を塞ぎながら彼女に背を向ける。
何故か熱いものがこみ上げてきた。
誰か夜雀を天然記念物にしてやってくれ。

「それじゃあな、”悪食”一番」






※被験者10 八雲 藍 八雲邸 玄関にて


八雲邸につくや否や、腰に手を当てながら苛立たしげに地団太を踏む八雲 藍が目に入った。

「やあ」
「何だ、上白沢 慧音か」
「何だとは何だ。客人に向かって」
「悪いが、お前に構っている暇はないんだ」
「何かあったのか?」
「橙の帰りが遅いんだよ」
「橙……お前の式のことか?」
「ああ、日が暮れる前に帰って来いといってるのに……」
「過保護過ぎだろう。あいつにだって何かやりたいことがあるに違いない」
「まさか、どこぞの馬の骨とも知らない雄猫にそそのかされて……」

聞いてないし。
一応つっこんでおこうかと思ったが、ゴキゴキと腕を鳴らしながら全身から怒気を吹きだしていたので、今回は自重させてもらった。

「まったく、紫様もそろそろ起きてくるから食事の支度もしなきゃならんのに……」

だんだんと割らんばかりの勢いで地面を踏みつける。

「あー、テンコーしてぇ」

するな。
とにかく、切り出すのなら早めがいいな。

「お前は何の一番だ?」
「はあ?いきなり何を言ってるんだ、お前は?」
「そう、腹を立てるな。聞いたままの答えを言ってくれればいい」
「……私が何の一番かって?見てわからないか?」
「ああ、そういうことか」

”イライラ”一番。

「わかったんなら、さっさとどっかにいけ」
「はいはい」

彼女の脇を抜け、玄関の引き戸に手をかける。

「待て」

ガシ、と肩を掴まれた。

「家に何か用か?」
「ああ、そのつもりできたんだ。別にお前に迷惑はかけない」
「ならいいが……」

手を放すと、正面に向き直り頭をボリボリと掻いた。

「あー、何だ。紫様が起きてたら何か餌でもあげて黙らしといてくれ」
「了解」
「……悪いな、ろくなもてなしもできなくて」
「気にするな」

ひらひらと手を振りながら、引き戸を開ける。

「お前はよくやってるよ、”気苦労”一番」






※被験者11 八雲 紫 八雲邸 紫寝室にて


「『お前は何の一番か?』……でしょう?」

布団に包まりながら、八雲 紫はウフフと笑みをこぼした。

「驚いた。何でもお見通しか」
「まあ、あれだけ東奔西走していればね。嫌でも目に付いてくるわ」

そう言って、ちらりと玄関のほうに視線をよこした。

「それより何か食べるものを持ってないかしら?この分だとしばらくは食事にありつけそうもないから」
「ほれ」

懐から大根を取り出して手渡す。

「……あなたのセンス嫌いじゃないわ」
「皮肉はいい。それで、いるのかいらないのか?生憎、これ以外の食料は持ち合わせていないぞ」
「そうね、せっかくだから頂いておくわ」

受け取った大根を脇に抱える。

「……」

熟れた女、乱れた布団、丸々と太った大根。そこはかとなく淫靡な光景だ。

「少し息が荒いわよ」
「失敬」

クールダウンを図るため、イメージをすりかえる。
年増、かび臭い布団、萎びた大根。そこはかとなく寂れた光景だ。
よし、萎えた。

「この大根はあなたが?」
「いや、これは……そう、明日もわからぬ身ながら、必死に今を生き続ける一人の壮士から受け取った」
「誇張しすぎよ」

苦笑した。

「何だ、誰か知ってるんじゃないか」
「何でもお見通し、よ」
「うむ。それじゃあ、そろそろ……」
「最初の質問ね?」
「ああ、一応私の口から聞いておく。お前は何の一番だ?」
「そうねえ……」
「ちなみに”だらけ”一番は博麗 霊夢だ。残念だったな」
「残念って……私、馬鹿にされてる?」
「口を動かす前に頭を動かせ、”だらけ”二番」
「えっ、確定済み……」
「ほらほら、早く答えろ。あんまり遅いと”だらけ”と見なすぞ」
「あん、いけずー」
「霊夢の背中が近いぞ」
「わかったわよ、もう。それじゃあ、こういうのはいかが?」

人差し指をチョコンと唇に当て、小さく微笑む。

「”愛情”一番。幻想郷への」
「……」
「……」
「……」
「……あの、そろそろつっこんで欲しいんだけど」
「いや、何気に納得している私がいる」
「そう?私も捨てたものじゃないわね」
「まあ、私だけがそう思っているかもしれんから、あまり楽観をするな。というか、調子に乗るな」
「はいはい」
「それじゃあ、私はそろそろお暇させてもらうよ」
「ええ、編纂し終わったら私にも見せてね」
「ああ、お前のこれからの態度しだいだ」

ニヤリと笑う。

「失念するなよ、”デバガメ”一番」






※12 鈴仙・優曇華院・イナバ 永遠亭 大廊下にて


夜の蚊帳があたりを黒に染め上げていた。
一日中飛び回っていたのだな、としみじみと思いつつ、画龍点睛を成すべく最後の目的地、永遠亭へと足を運ぶ。


「待った」

だだっ広い廊下をぼんやりと飛んでいるときに、そんな声をかけられた。

「宇宙兎か」
「こんな夜更けに何の用?藤原 妹紅の刺客かしら?」
「違う。簡単なアンケートみたいなものを取って回っているんだ」
「アンケート?」
「ああ。『あなたは何の一番ですか?』といった具合に」
「あなたも暇なのね」
「ほっとけ」
「で、それは私も協力できるのかしら?」
「当然だ。助かる」

申し合わせたように、二人とも廊下に降り立った。

「お前の一番は何だ?」

形式として口には出しておく。

「そうね……”気苦労”一番ってのは?」
「既出だ」
「じゃあ、”奉公”一番」
「それも既出」
「それじゃあ……”愛情”一番」
「意味は違うが、それも既出だ」

えー、と口を尖らせる。

「いずれにしても、お前は少々自分を美化しすぎだ。取り繕っていないか?」
「それは……」
「自然な答えでいいんだ。自然な」
「でも、うーん……」

両手で頭を抱え懊悩する。
やれやれと思いながら、私は打開策を提示してみた。

「そしたらまず他人を評価してみろ」
「どういうこと?」
「客観的視点を培え。それが出来たら、改めて自分を評価するんだ」
「でも、他人って……」
「ああ。例えば、八意 永琳でどうだ」
「師匠か」

ピンと彼女の耳が立つ。

「師匠だったら即答だわ。説明するまでも無く”サド”一番よ」
「ほう」
「いやいや、あれはもう壊れちゃってるとしか形容できないよ」
「ほう」
「やっぱり頭が良すぎる人って、そのまま一回転してプッツンしちゃってるのかしら?」
「私に聞かれても」

その、困る。特に今は。

「もう、そういうときは黙って頷いておけばいいのよ」
「頷いてるぞ、私じゃないが」
「じゃあ、誰っていうのよ」

ちょんちょんと指で示してやる。

「んっ?」

ほくほくとした表情で後を振り返る。

「……」

一瞬で凍りついた。

「すごいわ、ウドンゲ。あなたの定説には感服したわ」

菩薩のような笑みを浮かべながら、うんうんと何度も頷く八意 永琳。

「師匠、これは」
「この感動は言葉なんて陳腐なものじゃ表せないわ」

ゆらりと2枚のスペルカードを取り出す。

「師匠!言葉の綾っす!」

男らしく言い訳をするが、時すでに遅し。

「師匠、ちょっと、タン……ぎゃー!!」

『アポロ13』のダブルスペル、名づけて『アポロ169』。ある意味バグに近い弾幕が、容赦なく宇宙兎に襲いかかる。

そんな様子を「くしし」と含み笑いを浮かべながら見つめる少女が一人。

「やあ、”詐欺”一番」

気さくに声をかけて見る。

「……」

ジロリと殺気のこもった目で睨みつけられた。おお、怖い怖い。

「お前が八意 永琳を連れてきたんだろう?」
「まあね」

悪びれた様子もなく答える。

「蓬莱山 輝夜はまだ起きてるか?」
「姫様?たぶんまだ起きてると思うけど……何の用?」
「どうせ私と宇宙兎の話も聞いていたんだろう?」
「ああ、『あなたは何の一番ですか?』ってやつ?それを姫様に聞く気?」
「不都合でもあるのか?」
「別に。勝手にすれば。どうせ、私には関係ないし」
「そうか」

ゆっくりと視線を喧騒の場に向ける。彼女もそれに倣う。

「それで、れーせんちゃんは何の一番なの?」
「言わずもがな」

弾幕の嵐の中に耳を澄ます。


「ほら、ウドンゲ、言ってみなさい。『お前みたいな変態を待っていた』って。ホラホラ!」
「師匠、勘弁……本当に……勘弁……ギャー!!!」


「”弄られ”一番?」
「ご名答」

カオスティックな惨状を目の端に収めつつ、ゆっくりと背を向ける。

刹那。

「!!」

ヒュン、と頬を何かがかすめた。

「……何のつもりだ、化け兎?」

今度はこちらが睨みつける。

彼女は銃に似立てた人差し指をフッと吹くと、フンと鼻で笑った。

「勘違いしてるかもしれないから付け足しとくわ。さっき私が言った『関係ない』ってのは、あんたが何をしようが関係が無いって意味で……」

少し言い淀む。

「……もし、姫様を泣かしたりしたら、許さないから…………れーせんちゃんとえーりん様が」
「心得たよ」
「そっ、ならいいわ」

プイっと顔をそらす。

そんな様子を微笑ましく思いながら、静かにその場を立ち去った。






※被験者13 蓬莱山 輝夜 永遠亭 輝夜 私室にて


「待ってたわ」

入るなり声をかけられた。

「そんな風に言われたのは今日初めてだ」
「皆、客人の扱いがなってないのね」

クスクスと鈴を鳴らすように笑いながら、ずいと座布団を押し出してくる。

「悪いな」

一礼を返し、静かに腰を下ろす。

「粗茶ですが」

流れるような動作で茶を差し出される。

「かたじけない」

受け取り、23度まわして静かに啜る。
ちなみに茶の作法なんて知らない。『粗茶ですが』と差し出されたら、とりあえず回せばいいと思っている。関西人の『もうかりまっか』から『ぼちぼちでんな』に繋がる流れによく似ていると思う。

「いかがかしら?」
「ああ、死ぬほど不味いよ」

『結構なお手前で』とは言わなかった。言えなかった。

「お前は茶とか点てたことがないだろう。ついでに言っておくと、これは湯のみじゃなくて石焼ビビンバの器だ。熱しなくてもいい」

手と唇を思いっきり火傷した。
ぐつぐつと煮えたぎるお茶を見た時点でつっこんでもよかったのだが、私の中の芸人魂がそれを許さなかった。

「失敗失敗」

てへりと笑う。
この時点で可愛いと思ってしまった私は負け組だろう。
コホンと息をつき、煩悩を取り除く。

「本題に入る」

これで言い収めかと思うと、少し肩に力が入る。

「お前は何の一番だ?」
「……そうね」
「……」
「……」

妙に間を持たせる。もっとも、これで最後と思えば対して苦ではないが。

「……じゃあ、”長生き”一番ってどうかしら?」
「長生き?」
「そう。そして、妹紅が二番。ワンツーフィニッシュよ」
「ちょっと待て。八意 永琳はどうなる。彼女もだいぶ年嵩のはずだぞ」

面と向かって言う勇気は無いが。

「永琳は絶対に教えてくれないもん。だから、オフィシャルで私ってことじゃ……ダメ?」
「それなら、まあ、仕方が無いが……」
「そう、よかった」

そんな口ぶりの割には浮かない顔だった。

「どうした、まだ不満があるのか?」
「いいえ」
「だったら……」
「ねえ、あなたは納得できる?」
「何にだ?」
「私の長”生き”に」
「話が見えんのだが」

ぽりぽりと頬を掻く私に対して、彼女は自嘲じみた微笑を浮かべた。

「私は”生きてる”と思う?」
「意図がわからん」
「いいから。思ったままに答えて」

思ったままに答えて……か。私が相手から質問を引き出すときに使った常套句だな。
何はともあれ、こちらの質問には答えてくれたんだ。私も黙って答えないとフェアではないだろう。

「言うまでも無いさ。お前はきちんと二本の足で立ってるじゃないか」

見たことはないが。

「じゃあ、次の質問。私は”死んでる”かしら?」

いまいち意図がつかみづらい。

「……それはさっきの答えで逆説的に説明されただろう。”生きてる”から”死んで”いない」

そもそもお前は……

「そう、死ねない」

低く篭った声に二重の意味でびっくりした。

彼女は黙って言を継ぐ。

「それじゃあ、最後の質問。”生きてる”ってどういうことかしら?”死んで”いないって逆説を使わずに証明できる?」
「それは……」

言葉につまる。

「……そう、証明なんてできないのよ。”死”っていう概念と相対しない限り、”生”なんてものは証明できないの」

言葉の一つ一つがちくちくと胸に刺さる。

「結局、私は曖昧な存在なのよね。死ぬでもなく生きるでもなく。それなのに……それが長”生き”だなんておこがましくなくて?」

そう言って、もう一度自嘲の笑みを浮かべた。

「……」

黙りこくる私に、彼女はフッと微笑んだ。

「今の話は聞き流して差し支えがないわ。あなたも編纂しにくいだろうし」

……そうじゃない。

「ごめんなさい。最後の最後で話をややこしくしちゃって」

そうじゃ……ないだろう。

「せっかく私で最後だったのにね」

そうじゃないだろう、お前が言いたい言葉は。

お前が……欲しい言葉は。

「変えた」

自分でもびっくりするほど澄んだ声だった。

「えっ?」
「お前の一番を変えた」
「どういう……こと?」
「よく聞け」

ビシっと指を突きつける。

「お前は”長生き”一番じゃなくて……そう、”死なない”一番だ」

”死なない”一番。反芻しながら、その語呂の悪さに辟易する。

「文法おかしいわよ」

当然、彼女も苦笑する。
ほっとけ、わかってる。

「”生きてる”って表現が曖昧で嫌なんだろう?だから”死なない”ってことにしといてやる。事実にもちゃんと従っているだろう?」
「でも……そんなにコロコロと変えていいものじゃ……」
「何を言う」

不敵に笑いながら、しどろもどろになった彼女の言葉尻を一蹴する。

「私は歴史を喰う獣、ワーハクタクだ。お前の前言などとっくの昔に喰っている」
「えっ……」
「今一度問おう」

本当の画龍点睛だ。キチンと締めねばな。

「お前は何の一番だ?」

凛とした声が静かに空気を震わせる。

「私…は」

概念で規定したものなんて、それこそ概念で覆すこともできる。

「私は……」

本人に少しばかりの勇気さえあれば。

「私、私は……」

頑張れ。

「私は……そうね、”死なない”一番だわ」

そう言って、不器用な笑みを浮かべた。

「ああ、そうだ」

私も笑みで返す。

「……おせっかいなワーハクタクね」
「何、目の離せない伴侶がいるんでな」
「焼けるわね」
「ああ、焼いてくれ」

よっ、と腰を上げる。
正座のし過ぎでじんじんと足が痺れているが、最後ぐらいはカッコよく決めようと思って気合でカバーした。

「足、ものすごい震えているわよ。生まれたての小鹿みたい」
「五月蝿い」

無理でした。

そのまま、ヨロヨロと前傾の姿勢で出口に向かう。ばつが悪いんで彼女とは顔を合わせなかった。

「慧音」

一瞬……妹紅に呼ばれたのかと思った。

「何だ」

振り返らず、ぶっきらぼうにそう答える。妹紅にそう接するように。

「……”死なない”ってのは、”死ねない”の誤植じゃなくて?」
「いや」

予想通りの問いに少し笑みがこぼれた。

「合ってるよ。お前は間違いなく”死なない”一番だ」
「そう」
「だから、胸を張ってろ」
「…………ありがとう」

慧音、ともう一度呼ばれた自分の名を背に受けつつ、部屋を後にした。






※被験者14 藤原 妹紅 妹紅の庵にて


調べて終わり、というわけにはいかないのがこの作業のつらいところだ。
編纂にはまる一日を要した。頭に記憶した彼女達の”一番”を書き連ねながら、ひとつひとつ考察を書き加えていく。骨は折れるが、まあ、楽しい作業ではあった。

「出来た……!」

ずっしりとした重みをその手に確かめると、私は急いで妹紅の庵に向かった。



「あっ、慧音。どこに行ってたのよ二日間も」

正確には一と四分の三日だが、細かいことなのでどうでもいい。

「見てくれ、妹紅」
「何よ、あらたまっちゃって」
「腰を抜かすなよ」

ズビシと編纂した書物を妹紅の目の前に押し付ける。
総重量10kg。手がプルプルと震えるのはいた仕方が無い。知識の重さだ。

「へえ」

マジマジと眺める。
とりあえず、早くリアクションをしてくれ。腕がもたん。

「で、これは何なの?」
「よくぞ聞いてくれた」

好機。
すぐさま両手に持ち替えると、ゼ○ダのごとく頭上に掲げた。

「これぞ、『幻想郷偉人録』。各部門におけるエキスパートを(名誉不名誉に関わらず)寄せ集め、その記録を記した国宝級の一品だ」
「おお~」

パチパチと妹紅が手を鳴らす。
よせ、照れる。

「で、それがどうしたの?」
「……えっ?」

あれ?
何か……反応が違うぞ。

「えっと、私に関係あるものなのかな?」
「関係ってそもそも妹紅が……」
「私が?」

子犬のような無邪気な瞳で私の顔を覗き込んでくる。
くそ、キスしたい……じゃなくて。

「妹紅、落ち着いて思い出すんだ。自分が言った言葉を」
「と言われましても……」
「ゆっくりと、慌てずに……」

慌てずに私も回想してみた。
走馬灯のように記憶の情景が逆回転を始め……ある一点で止まった。

「……むっ」

モノクロの私と妹紅のスキットが耳に響く。


『皆が皆あんな感じじゃ、誰が一番の変人かわかったものじゃないわ』
『何だ、そんなことを知りたいのか、お前は』

……あっ

『誰が一番の変人かわかったものじゃないわ』
『そんなことを知りたいのか』

あっ

『誰が一番の変人かわかったものじゃないわ。そんなことを知りたいのか』

あー

『誰が一番の変人かを知りたいのか』


「あー!!」

絶叫。

「いっ!?」

思わずのぞける妹紅。

「ジーザス!」

……何てことだ。私が、私としたことが当初の目的を忘れて……

「おおう!」

泣き伏す。
バカバカ、私のバカ!

「ね、ねえ、慧音。とりあえず何があったか話して、ね?」

おっかなびっくり言葉を紡ぐ妹紅。
この後に及んで恥を上塗りするのはつらいものがあったが、身から出た錆だ、仕方が無い。
私は洗いざらいぶちまけた。



「……と言うわけなんだ」
「……ふうん」

腕を組みながら冷ややかな視線を投げつけられた。

「私が言った言葉を真に受けて……ねえ」
「……うむ」

萎縮する。

「うん。一つだけわかったことがあるわ」
「本当か?」

すがりつくようにして垂れた頭を上げる。
捨てる神あれば拾う神ありだ。
こんな論点のずれた書物でも、妹紅の知を満たすことができたのならばそれ幸い。

「一番の変人は慧音だね」
「おおう!」

再び泣き伏す。
神は死んだ。

「……って、冗談よ」

ポンと肩に手が置かれる。

「妹紅……?」
「私の何気ない一言で、わざわざ幻想郷中を飛び回ってくれるなんてね」

クスっと思い出したように笑う。

「慧音は”優しさ”一番だね」

なんちゃって、と舌を出す。

それがスイッチ。

「スキダ!」

脊髄反射で妹紅を抱きしめる。

「……もう」

静かに身を任せる妹紅。

「……慧音、いきなり飛び出していくから心配しちゃった」
「スマン」
「”優しさ”一番の慧音さん。今度は”気配り”一番も目指して欲しいわね」
「頑張る」
「寂しかったんだからね……バカ」
「……」

抱く腕に力を込めることで返事とする。

「……ねぇ、慧音。私は何の一番かな?」
「お前か。お前は……二つある」

私の独断と偏見で。

「一つは、”死なない”一番」
「文法おかしいわよ」

ほっとけ。

「ちなみに輝夜と……後、八意 永琳とも同率一番だ」
「うわ、それは生理的に嫌だなあ」
「私は二番だ」
「何の話?」
「私が”死なない”二番だ。今決めた」

そして実現してやる。

「お前には劣るかもしれんが、私も”死なない”。だから、ずっとお前と一緒だ」
「……バカ」

ぎゅっと、強く私の服を掴む。

「残りの一つは……」

言うまでも無いだろうが。

「かわ………………んっ…………」

そんな言葉も重ねられた唇によって曖昧となった。


まだ日が昇って間もない。
二日間を取り戻すには……十分だろう。



間違いないさ。
お前が一番可愛いよ、妹紅。





































おまけ1 「輝夜は思ふ」


「……」

何故か無性に腹が立った。
今、この瞬間に。

「姫様、どうしたんですか?」

よほど酷い顔だったのだろうか、心配そうな顔で永琳が問いかけてくる。

「何でもないわ。たぶん」
「だったらいいんですけど……」

しばらく私を気にしていたが、手に持った湯のみを見つめるとすぐにそちらに気を移した。
私の淹れたお茶>私のコンディション、らしい。悪い意味で。


『死ぬほど不味い』とあのワーハクタク、上白沢 慧音に酷評を受けて、昨日は一日がけでお茶の淹れ方を学んだ。何でそこまで意固地になったのかはわからないが、悔しさだけの動機でないことは確かだった。彼女の驚く顔と……喜ぶ顔がどうしても見たかったのだ。

そんなこんなで、今朝は永遠亭の重役を集めての披露会。三人の従者達に私の自信作を振舞ってあげた。


永琳は一口啜って、『私にはどんな薬も毒も効きません』とだけこぼした。
とても失礼だと思う。

因幡……たしかてゐといった兎は、私が目を離した隙にどこかに廃棄した。
その上で、『舌を擽るまろやかな風味と、口内に僅かに残る上品な苦味。いや、立派な業物でございます』と言えるもんだからたいしたものだ。世渡リストめ。とりあえず減棒。

因幡の……あの長ったらしい名前、永琳が『うどん』と呼んでいた兎は泡を吹きながら仰臥しているだけだ。
単調なリアクションだ。機械的ですらある。リアクションの何たるかを理解していない。かのリアクション王、ドラゴン・上島を見習うべきだ。『押すなよ、絶対に押すなよ。絶対だぞ』と間を取りながら、最後は自ら熱湯に突貫する彼の男気は一言では語りえない。そう言えば、上白沢 慧音のノリツッコミもなかなかのものだったな。思い出しながら改めて感心。兎にも角も、この因幡も減棒。


「ぶふう……」

もの凄く嫌な声を出しながら永琳が空の器を置く。

「いかがかしら?」
「テトロドトキシンって味がしないんですよね」
「……だから?」
「別に」

左遷級の嫌みだ。

「永琳」
「何ですか姫様?」
「あなたいくつだったかしら?」
「……仕返しのつもりですか?」
「それもあるけど、単なる好奇心が大半よ」
「うーん……」
「いいじゃない減るものじゃないし」
「でも……」
「ねっ……ダメ?」
「…………姫様」
「何?教えてくれる気になった?」
「いえ」

ふるふると首を振るうと、口の前にぴんと指を立てた。

「秘密です☆」

キメ、とばかりにウィンク。

「……師匠……最悪です……」

間髪を入れずうどんの因幡の突っ込みが入る。白目を向きながらも自分の役回りを忘れないその姿には感動すら覚える。
ただ、

「ギャー!!!」

もう少し先が見えるようになればこれからも伸びると思う。

永琳のハーフスペル『アポロ√13』がうどんの因幡の顔面に炸裂する。
従来の半分の拡がりに抑えた(要するにスキマができない)省エネ志向の地球に優しい弾幕だ。
部屋が散らからないので助かる。

「でも、姫様、突然どうしてそんなことを聞くんですか?」

何事なかったかのように問いかける永琳。
一滴の血すらも散らさないのはプロの域だ。無血主義万歳。
跡形もないのはいただけないが。

「”死なない”一番なんだって、私」
「いつぞやのワーハクタクですか?変なこと流行らしましたね」
「そいつの論理によれば永琳も”死なない”一番みたいよ」
「……だから私に年齢を聞いたんですか?」
「言ったでしょう、好奇心が大半だって」
「……」

黙考する。
何か思うところがあるのだろう。

はしっこい方の因幡は縁側で煙草をふかしていた。
やけに静かだと思ったら。

「姫様」

静かに永琳が口を開く。

「私と姫様は永遠の中で生きることを誓った身。その中においての……”区切り”なんてものは瑣末事にしか過ぎません」
「永琳」
「姫様が……気を病む必要なんてありませんよ」
「永琳……」

あなた……

「そんなに年齢を言うのが嫌なのね」
「……いいじゃないですか別に。乙女にそういうことを聞くのは無作法ですよ」

『寝言は寝てから言って下さい~』

今はいない彼女の声が聞こえてきた。幻聴だろう。

とりあえず、

「ちょっと出かけるわ」
「どこへ?」
「野暮用よ」

回りくどいやり方は止め。
直接会いにいってやろう。

「姫様」

はしっこい方の因幡が話しかけてきた。ヤニ臭い。

「何?」
「お役に立てるかどうかわかりませんが……これを」

そうして、彼女から受け取ったのは、中央に小さな穴の空いた長方形の箱。

「何これ?」
「毎秒5コマ連続23コマ連写に加え5点AF測距を備えた、盗さ……隠密用カメラ、通称『マーシー』です」
「まあ」

すごい。
意味は全くわからないけど。

「必ずや姫様のお役に立つかと」
「有り難く受け取っておくわ」
「もったいなきお言葉」

頭を下げながら上目にチラリと視線を送る。

「わかったわ。十分な禄を取らせましょう」
「感謝の極み」

ははー、と平伏す彼女に背を向ける。


私が顔を出したりしたら彼女はきっと驚くだろうな。
普段が普段なだけに。

「あれ……?」

驚く顔……簡単に見れるじゃない。

「後は喜ぶ顔か……」

さて……どうしてものか。

そんな思考を巡らしながら、はしっこい方の因幡から受け取った物に視線を落とす。

「そういえば、これって……どう使うんだろう」








おまけ2 「美鈴は思ふ」


零れ落ちそうになった汗を慌てて手で拭うと、私は一息ついた。

こうやって私が汗水流しながら農作業に勤しんでいる間にも、世の中では数多くの恋人達がお互いの愛を確かめあっているのだろうか。
紅魔館の図書館あたりから発せられている桃色の気にあてられたのか、そんなことを考えてしまった。どうせまた図書館に居ついている小悪魔とかいう生き物が、一人《幻想郷倫理規制により検閲済み》に勤しんでいるんだろう。そういえば、一昨日の夜、私をふっ飛ばしながら紅魔館に訪れた霧雨 魔理沙の帰る姿をまだ見ていない。どうでもいいけど。

グルルル

飢餓収縮によって胃内部の空気が圧縮され、情けない音を鳴らす。

大根畑を見ながら、小さく溜息を吐く。

「大見栄はって大根あげなきゃよかった……」

少なくともあげた時点ではそうは思っていなかった。むしろ大盤振る舞いの自分に自己陶酔さえしていた。
それが……あんなことになろうとは。ちくせう。


話は2日前に遡る。
時刻は昼過ぎ。霧雨 魔理沙が私を吹っ飛ばしていく少し前の話だ。
いつものように私の前に顔を出した化猫、橙が口にした言葉は突拍子もないものだった。

『私、もうここにはこない』
『ちょっ……いきなり何を』

彼女が繁く私のところに足を運ぶのには理由があった。私から気功マッサージを習うためだ。
何でも、毎日気苦労の多い主に施してあげたいそうだ。泣ける話だ。
もっとも、タダでないということは言うまでも無い。
その対価は、ずばり『鰹節』。私の重要な食料供給ラインだ。
自家製の醤油に浸しながら食べれば貴重なタンパク源となる。
それなのに……

『何でいきなりそんなことを……!?』
『私聞いたの』
『何を!?』
『ここに来る途中で、鼻メガネをかけたお姉ちゃんから『紅魔館の門番が教えているのはいやらしいことだよ』って』

鼻メガネ?いや、そんなのはどうでもいいとして……

『私のマッサージは卑猥なものじゃない!』

そんなヘルスまがいのことなんて。

『……信じてたのに』

ポロポロと涙を流す。
泣きたいのはこっちだ。

『待って……とりあえず、落ち着いて話を。ついでに今日の分の鰹節を前払いで……』
『バカー!!』

ダッと脱兎のごとく走り去ろうとする。

『ウエイト!』

必死ですがりつく。

『離して、離してよ!』
『待って、お願い待って!とりあえず、今日の分の鰹節だけでも……』

で、延々と日が暮れるまで説得したが効果ゼロ。
ぐすぐすと鼻を啜りながら彼女は夕日に消えていった。
手切れ金として一週間ぶんの鰹節を貰えたのは僥倖だったけど。その時点では。

その後、霧雨 魔理沙にぶつけられたさいに跡形も無く消え去りました。


思い出しながらとてもメランコリックな気分になった。
いかんいかん。

「頑張れ、私!!」

バシバシと頬を叩きながら叱咤激励。セルフで。自給自足なだけに(笑)

「笑えないし……」

落とした視線が大根のそれと交差する。心の中で。

そういえば、最初は食料を確保するためだけに始めた農作業も、いつの間にかそれ自体に楽しみを見出すようになった。手段が目的に変わった典型だろうが……大して気にしていない。
今となっては、大根の一本一本を我が子のようにすら思えるのだから。

「さんたな」

末弟に呼びかけてやる。返事は無い。生まれたての彼はまだ喋ることができないのだ。

「わむう」

三男に呼びかけてやる。返事は無い。泣き虫でちょっとシャイなボーイなのだ。

「えしでぃし」

次男に呼びかけてやる。返事は無い。スネ気味のツンデレラなのだ。

「かーず」

長男にして究極生命体に呼びかけてやる。返事は無い。

「そうか、彼は……」

かーず様はワーハクタクの人に譲ったんだっけ。今頃、彼女の宇宙(胃袋の中)で永遠の存在となっていることだろう。

「……」

ほんのりと感傷に浸りながらも、次は誰を引っこ抜こうかと考えるあたりが私の実用主義者たる所以だ。

「食べれない大根はただの大根だ」

ビシッと決めるが、すぐに矛盾に気付く。

「ただの大根って食べれる大根のことよね?あれ、でも、だったら……」
「さっきから一人で何をブツブツと言ってるのよ」
「わっ、咲夜さん!?」

いつの間にか、音も無く彼女は後ろに立っていた。

「ええっと、何か用ですか?」
「ご挨拶ね。あなたにとって一日の中でもっとも価値のある時間じゃない」
「あっ」

言われてやっと気付く。

「配給の時間ですか!?」

こくりと彼女が頷く。

「YES!」

一つの作業に没頭すると時間が経つのすら忘れる。気がついたらハッピータイム。もっとも理想の展開だ。

命拾いしたわね、さんたな。ついでに内心ほくそ笑んでおく。

「今日はスペシャルメニューよ」
「スペシャル」

期待半分不安半分。
とりあえず、何が『スペシャル』なのか。詳しく。

「はい」

ポン、と放り投げられたものを慌ててキャッチする。

「何ですか、これ。丸くて、硬くて……パン……なんですか?」

バターと砂糖の焦げた匂いが鼻腔を擽るが油断ならない。
最近読んだ『かわいそうな象』で、私も少しは賢くなっているのだ。
もしかしたらチャーミング(おとり)かもしれない。

もう一つ、このパンの硬さにも気になった。
基本的に紅魔館からの支給はコッペパンがメインだが、私がヘマをした場合などにはそれすらももらえない場合がある。そのようなときに出される代用品が……石のように硬いフランスパン。あまりにも硬いので、水でふやかしながら食べるというコロンブスの卵的裏技を発見するまでは、よく口を血だらけにしていた。
【注:そんな様子から、彼女は紅魔館のメイド達から『スカーレットフール』(紅いおバカさん)と呼ばれていた】

「私……何かヘマしましたっけ?」

恐る恐る聞いてみる。

「私の知る限りでは無いと思うけど」
「だったら、このパン……」

フッと咲夜さんが笑う。

「よく聞きなさい、美鈴。そのパンは『メロンパン』と言うわ」
「メロン!?」

耐性の無い高級な響きに思わず眩暈がした。

「百聞は一見に如かずよ。食べてみなさい」
「は、はい」

キッと手の中のメロンなパンを睨みつける。

「……くっ」

口を寄せようとするが、その威光に圧されてなかなか近づけない。

「う、うぅ……」

その力の差に歴然とする。

「咲夜さん、私、やっぱり大根で……」

身分違いの恋を諦めつつ、咲夜さんに視線を向ける。

「えっ、何か言ったかしら?」

彼女は黙々と大根を引き抜いていた。

「……って、咲夜さん、何を!?」
「……美鈴。『男ならいってやれ』よ!」

ガッツと拳を握る瀟洒なメイド。

『男ならいってやれ』。意味はさっぱりだが、私に退路が無くなったのは確かなようだ。
さよなら、さんたな、わむう、えしでぃし。
彼女のナイフによって、しゃくしゃくとリズミカルに刻まれる我が子達に別れを告げると、私は覚悟を決め……目の前の物体にかじり付いた。


サクッ


「!!!!!!!!」

歯を、そして舌を襲ってくる快楽に、私は成す術もなく地に崩れ落ちた。

「何……これ」

もう一度口にする。


サクッ


外はサクサク、中はフワフワ。二律背反が奏でる絶妙なハーモニー。
ありえない、ありえない、ありえない、ありえない!!

我を忘れたかのように貪り続ける。


サクッ

サクッ

サクッ


「おおおおおおおおおおおおおお!!!」

泣いた、いや、哭いた。
言語という体系を越えた単なる音の羅列が紅魔館一帯に響き渡る。


尚も貪る。


サクッ

サクッ

ザクッ


んっ?何かモビルスーツみたいなオノマトペが……

「落ち着きなさい、美鈴」

スローイングの形で手を伸ばしきった咲夜さんが目に入った。

投げた?何を?あれ?刺さってる?頭に?ナイフが?

知覚すらも遅れてくる。軽いトリップ状態だ。

「とりあえず、自分の腕を齧るのは止めなさい」
「……えっ?」

その一言で……冷静になれた。

「あっ……」

知覚が追いついてくる。
目の前にあるのは血だらけの……私の手。
オマケとばかり頭にナイフが突き立っている。

「そうか……」

もう、メロンのパンは……
がっくりと項垂れる。

「美鈴」

ポムと頭に手を置かれる。
ちなみにナイフが刺さっているところだ。すごく痛い。

「いい夢見れた?」
「……はい」

ただただ美味しかった。それ以上の言葉はいらない。

「そう」

咲夜さんは満足げに微笑んだ。

ふと、我が子達のその後が気になり、大根畑のほうに視線を移す。
そこには、筋肉の塊のような厳つい男達の裸体像が3体そびえていた。
吹いた。

「さ、咲夜さん、あれ、あれ!」
「ああ。大根を彫ってたらあんな形になったの。ア○ーキー的モダンアートよ」
「荒○違いですよ!」
「もう、いちいちうるさいわね」

小指で耳を穿りながら、面倒くさそうに吐き捨てる。

ああ、やっとわかった。
これは彼女の嫌がらせなのだと。

「……んっ?」

彼女のエプロンから何かがはみ出しているのに気付く。

「咲夜さん、何か出てますよ」
「えっ?」

彼女が身を捩った隙にそれは地面に落ちた。

「……?」

メガネ……にしてはパーツの多い……

咲夜さんはふんだくる様にしてそれをひっ掴むと、そそくさとしまった。

「……咲夜さん、随分とイカレ……じゃないイカシタメガネを持ってるんですね」
「そ、そう?」
「ヒゲとか激キュートでした」
「あれもア○ーキーアートよ」

まだ言うか。
この人、何でもア○ーキーとつければアートと思ってるんじゃないか?

「そんなことより、美鈴」

そんなことと言う。

「あのメロンパン、どういう経緯で流れてきたか知りたくない?」
「えっ、紅魔館からの支給じゃないんですか?」
「まさか!」

そんな全力で否定しなくても。

「善意の第三者からの贈り物よ」
「第三者……ですか?」
「そうよ、『大根ご馳走様』、ですって」
「大根……?もしかして、ワーハクタクの人ですか?」
「違うとだけ言っておくわ」

そう言って意味深げに笑った。

「まあ、誰だって問題はないんじゃないかしら?メロンパンの美味しさに間違いは無いんだから」
「そうですね」

成る程、真理だ。

「咲夜さん、聞いてください」

ゆっくりと立ち上がる。

「何かしら?」
「生まれて初めてこの言葉を口にします」

私にありがとう、君にありがとう、世界にありがとう。

「生きていて……良かった、と」






両手を組みながら天を仰ぐ紅 美鈴の姿は神々しささえも感じられた。

「”幸せ”一番、紅 美鈴」

ボソッと呟きながら、咲夜は彼女に手を合わせた。

「南無」

それが済むとさっさと館に帰っていった。
ある程度着込んでいるとはいえ、この季節の朝方の寒さは厳しいものがある。風邪でもひいたら大変だ。

「あー、寒い」

こぼしながら、主のことを思い浮かべる。

お嬢様、結構寒がりだからな。後で膝掛を部屋に持っていこうかしら。

いつ何時も主の体調を気遣うことを忘れない。
それが咲夜クオリティ。


”奉公”一番の名に恥じることなく、彼女は今日も主のために尽力する。






後日、『メロンパン』とダイイングメッセージを残したまま、餓死寸前の紅 美鈴が保護されたのはまた別のお話。






end
こんにちは、”ムラッ気”一番の作者です。
どんなに頭を捻っても5KBの短編すら浮かばなかったのですが、『ギネス』という単語を聞いただけで2日とかからず今作品を書き上げてしまいました。思いつきと勢いだけの人間です。
とりあえず、ものすごく楽しんで書けたのは確かです。こんな作品をまた書いてみたいです。

えっと、後、もこけーねは荒んだ心の清涼剤です。
so(原作:上白沢 慧音)
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http://www.geocities.jp/not_article/
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コメント



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2.70悪仏削除
「お前は”だらけ”一番だ」に吹きました、
是非とも他のキャラ達にも同様のアンケートを。
8.80名前が無い程度の能力削除
やっぱりなオチに散った中国に、愛の手をプリーズ!
14.80シゲル削除
面白かったです♪
24.90X1号削除
メイン的なキャラクターのいろいろな一番を探す所が楽しかったです。
結局誰が一番変人かも気になりました。
29.100danz削除
氏の感性には感服いたしました。満腹満腹w
私的にもっともツボだったところは地球に優しい√13
46.70刺し身削除
こ、これが食物連鎖……
ところで急にメロンパンが食べたくなっt(ザクッ
50.60名前が無い程度の能力削除
大根の名前がジ○ジョ第2部のあの方々ですねぇ。
ちょっとワロタ
53.90名前が無い程度の能力削除
いろんな要素の混ざり具合がー
いろんな視点の混ざり具合がー

コメディの皮を被った、実のところ相当にタフな代物ッ! ヴァー
56.70ぱるー削除
>よし、萎えた。
グレートマザー的な役割もヨゴレも全て受け入れるゆかりんが素晴らしすぎ。
流石幻想郷。
57.80名前が無い程度の能力削除
ああ、くそ、ニヤニヤが止まらん
75.90名無し毛玉削除
慧音の話にしては、なんかアクのきつい内容でw
アクがきついというか、メインデッシュだけ集めて
それを鍋にぶち込んだような内容。

そしてデザート(オチ)に中国、と。さすがですな。
93.90名前が無い程度の能力削除
中程のてるよのとのやりとりがほどよく話を引き締めますな。
「誰か夜雀を天然記念物にしてやってくれ」にワロタ
98.80沙門削除
 鼻メガネのメイド長を妄想中・・・・・・。よし、燃えた。
 あと、はかなく散った美鈴の魂よ、中国に届いているか。南無。
 大変楽しく読ませていただきました。謝々。
108.100名前が無い程度の能力削除
この後、妹紅の庵にて、お楽しみの最中に輝夜が到着。んでもって、血わき弾踊る愛憎三角関係劇が展開されるのでしょーか。
とりあえず、メロンパンを食す場面の描写に、何か、並々ならぬものを感じました。
117.90かなりに名無し削除
会話のテンポや表現が絶妙ですな~。

荒○キャラや、様々なネタが「これでもかっ!?」と混ぜ合わされた、
絶妙のブレンド感がサイコー。
126.100はむすた削除
これだけキャラ出てるのに全員キャラが立ってる!凄い!
○○一番に一つ一つ頷きながら読めました。
素晴らしいご馳走を有難うございました。
142.100HR削除
きました。
176.90名前が無い程度の能力削除
良い、良い。
178.100名前が無い程度の能力削除
山。山に住んでいるやつらのアンケートを是非!!!
180.90名前が無い程度の能力削除
ちゅ、ちゅうごくうううううう
184.100名前が無い程度の能力削除
本当に凄い作品だこれは
読んで良かった!
195.80名前が無い程度の能力削除
最近の歴史家は芸人魂まで持ち合わせてるのか……
盛り沢山でお得感のあるお話でした。
205.100名前が無い程度の能力削除
ユーモアもあるし文章も読み易し、まこと巧みであると
あとめーりん哀れw