Coolier - 新生・東方創想話

七色の行方(1)

2005/05/24 20:41:58
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 人形を世話する自律人形。アリスはこの難題に日々挑んでいる。
 たとえばこれの作製に成功したとする。自分で手入れをする必要がなくなり、蒐集に充てる時間も増えるだろう。研究も今までより充実して、新しい魔法を生むことだって出来るだろう。でもそれは最初だけで、人形は傷むものだ。それぐらいは自分でやればいいが、いずれはこの作業も人形にやらせたくなってくる。そうすると自律人形を手入れする人形が必要になり、さらにその人形を修繕する人形だって作らなければいけない。いたちごっこであり、物理的な無理難題でもある。現状維持がもっとも望ましい形かもしれない。
 でもアリスは自律人形の製造に余念がない。当初の目的ではなく、作れるかどうかに焦点がずれているのだ。
「さて……」
 仮縫いが終わって、布を繋ぎ止める待ち針を突き刺した。仮縫いは弱く縫い付けるものなので、離れないように待ち針を刺す。
「上海、お茶淹れてくれるかしら」
 上海人形は言われるまま紅茶の準備を始める。手馴れたもので、あっという間に準備は終わった。
 白いテーブルクロスが広げられて、紅茶の香りが漂う。
「蓬莱、上海、こっちにおいで」
 アリスが手招きをすると、二体が無表情ながらも嬉しそうにやってきた。


「……あら」
 紅茶の残量が半分ほどになってから、テーブルの上で座っている上海人形をふと見た。蓬莱人形と無言の会話をしている上海の右肩の辺り。糸がかなりほつれていて、接続が危ないのがわかった。さらに蓬莱を見ると、胴体部分の詰め物が少しはみ出ていた。
 そう言えば昨日、魔理沙との弾幕ごっこでレーザーが掠っていたっけ。それだけではなく、今までの積み重ねというものもある。上海と蓬莱はアリスが頻繁に使役しているので、しかもその身は人形である。こうならない方がおかしい。
「上海、蓬莱」
『?』
 二体ともほぼ同時に主人を見た。アリスは二体を抱え上げて、ティータイムも途中に立ち上がる。
「ごめんね、二人とも。すぐに直すから」
 アリスは気付けなかった自分を歯がゆく思う。しかし後悔している時間があるならば、すぐに直すべきだと思考を切り替えた。
 久しくアリスの腕の中に収まっていなかった二体は、気持ちよさそうに目を細めた。


「……困ったなあ」
 待ち針を針刺しに打ち立てて、糸をテーブルの上に転がした。
 材料は揃っているだろうと踏んでいた。しかし倉庫や家の中に在庫はなかった。準備は出来ているだけに、材料がないのはけっこう痛い。天井を見上げながら、策を練る。
「魔理沙は……、駄目ね。絶対見返りに大事な何かを持っていかれる」
 紅魔館の引きこもりも度々本を持っていかれてるらしい。一週間前に調べものがあったので、珍しくヴワル魔法図書館を訪れたら、涼しい顔をしたパチュリーに愚痴を二時間延々と聞かされた。持ってかないでと言っているのにあの白黒はぶつぶつ。とかなんとか、酔っ払いのように言っていた。でも強く拒否できない辺りに、彼女が内心、魔理沙が来るのを待っているのだろうと推理できる。邪推に過ぎないが。
「霊夢は……、問題外ね」
 なんたって相手は神社の巫女さんだ。頭は春だし、素敵な賽銭箱は常に閑古鳥。そもそも裁縫道具がある以前に、布を縫えるのかもあやしい。
「紅魔館は……、できれば近寄りたくないけど」
 あの無駄に広い館ならあってもおかしくはない。十六夜咲夜も、完璧で瀟洒と言われているから裁縫ぐらいは朝飯前だろう。いや、朝飯前というか、道具や材料はあって当たり前だ。
「でもねぇ……」
 一番の近道に思えるが、しかし問題はやはりある。
 あそこは、入ってくる人間、妖怪等をとりあえず侵入者とみなす。門番相手ならアリスは勝てるが、十六夜咲夜やレミリア相手となると厳しい。それに加えて、495年間に渡り地下にいたフランドールが、今は館内を闊歩しているらしい。彼女は力だけならレミリアを凌駕する。できるなら避けたい相手だった。
「はあ、どうしようかしら」
 アリスは自分の交友関係が狭いことを少しばかり後悔した。
 使う材料は今までよりも耐久性に長けたものにしようと考えている。少しばかり貴重な為、人里にはないだろう。いくら上白沢慧音の知り合いとは言えども、ないものはないのだ。魔理沙に譲ってもらってもいいが、彼女の概念に「等価」はない。満月の異変時には仕方なくグリモワールを差し出したが、代価以上の物を持っていかれることは魔法使いとして死活問題に等しい。加えて魔理沙は性格が悪い。きっと貴重すぎてもう手に入らない物を遠慮なく持っていくだろう。
 さて、どうしたものか。
 ……仕方ない、諦めて間に合わせの材料で―――。
「……あ」
 半ば諦めかけたアリスだったが、ふと思い出す。
 魔理沙はよく、とある店に出入りしている。短ければ一時間ほど、長ければ一日中。そこは幻想郷の物、「外の物」もいくつか扱っているらしい。自分が赴いたことは数えるほどしかないが、あそこならあるかもしれない。
「みんな、大人しくしててね。確認が取れたらすぐに戻るから」
 人形たちが一斉に頷いた。


「えーっと、確か……」
 ドアを潜り抜けて森に出る。思い出しながら行くことにした。
「ああそうだ。香霖堂、だっけ」
 店への道も思い出した。空に浮かんで方向を探る。
 今、上海人形と蓬莱人形は使えない。あの二体はアリスが持つ人形の中では最高の部類に入る。もしも強い妖怪に襲われたら苦戦を強いられるだろうが、まあそこまで暇な奴も居ないだろう。京人形とオルレアン人形、そして露西亜人形を持ち出してきたが、この三体も少しだけ素体に疲弊が見える。自律人形を作る前に、今まで使ってきた人形たちを労うべきだったと、二回目の後悔。
 なるべく使わないで済むように気をつけて行こう。昼下がりの青天を駆けながら、アリスは道を急いだ。


「いいかい魔理沙。商品と言うものは、店主が代価とみなしたものがあって初めて交換が成り立つものなんだ」
「ふむふむ」
「よって、一方的な買い物は存在しない。それはただの略奪になるからね」
「ふむふむ」
「要するに、それが欲しければ見合ったものを持ってこい。もちろん、僕の眼鏡にかなうものをだ」
 魔理沙がいつものように店の物を見繕って持っていこうとしていたら、霖之助にいつものように見つかって、そして二人はいつものように言い合いを始める。魔理沙が悪いのは明白だが、いかんせん昔からの付き合いがあるせいなのか、煙に撒かれて持っていかれてしまう。気分は「持ってかないでー」だったりする。
「なに、気にするな。私と香霖の仲だろ?」
「親しき仲にも礼儀あり、だ。魔理沙、相手の立場を尊重せずにそのセリフを言うことは矛盾している」
「尊重しているぜ。だから品物を物色するのはここと紅魔館でだけだ」
 霖之助がいかに問い詰めようとも、のらりくらりと年端もいかない魔理沙にかわされる。これが日常風景だ。埒が明かないな、と霖之助は今日も同じタイミングで諦めようとして―――
「ごめんくださーい」
 思い留まる。ごめんください、これは客が店にやってきた時に言う常套文句の一つ。
「いらっしゃい、何をお探しで……、っと、えーっと、確か」
 一度、二度見たことがある魔法使いの少女。しかしその名前がすんなりと出てこず、霖之助は言葉に詰まった。
「ようアリス。珍しいな、引きこもってばっかりのお前がここに―――、いや、外に出るなんて」
 霖之助は喉まで出掛かっていた名前を再び引っ込める。魔理沙は挑発的な態度をとるが、これはいたって平凡な彼女の挨拶である。アリスと魔理沙がかち合い、魔理沙が絡んでアリスが反応する。これが通常だ。
 しかしアリスは「そ、そうね」と言うだけで、言い返したりはしてこなかった。魔理沙は面食らって、動きが止まる。
「えっと、人形に使う材料を探してるの。色々注文が多いんだけど、いいかしら」
「ああ、かまわないよ。どういった物を?」
 アリスは自分が必要とする材料の特徴を述べていく。耐久性、魔力、扱いやすさ、色合い。一つ一つに頷いたりしながら、霖之助は注文を承った。魔理沙はまだ戻ってこない。
「丁度いい。たぶん君が使いたい材料は、昨日入荷したばっかりの物だ」
「ほんと?」
 アリスの瞳が輝く。彼女の周りを囲む三体の人形も腕を上げたりして喜びを表現している。
 霖之助は奥の倉庫に入っていって、しばらくしてから戻ってきた。
「きっとこれだろう。君が言っているのは」
 霖之助が持ってきた物は、七つの布。色は虹の七色で、色合いもいい。微量の魔力も帯びている。大きさはけっこう大きくて、これならそこそこの数の人形をカバーできそうだった。
「これ、全部でどれくらい在庫があるのかしら?」
 やるのならすべての人形の修繕をやるべきだ。とても家にある人形すべてを七枚でやるのはきつい。霖之助は「四セット」と答えた。
「……じゃあ、全部貰うわ」
 けして安くはない買い物だが、人形たちは大事にすべきだ。アリスの天秤では、人形たちの価値の方が圧倒的に重い。他に必要な材料は特別な物ではないので、運よく全部揃った。
「毎度あり。けっこう高くつくけど大丈夫かい?」
「……たぶん、平気、だと、いいなぁ」
 アリスの語尾が小さくなっていく。基本的にアリスは貨幣を持たない。概念は知っているが、物々交換を主流にしている。でも店での買い物となると貨幣が最重要視されるので、こういう時は交渉をする。幻想郷では、貨幣を求める店主でも物々交換には応じてくれる。アリスにとっては大助かりだった。
「あの、貨幣以外でもいい?」
「ああ、僕が代価として相応しいと思えば、それでいいよ」
 ほっとした。アリスは胸を撫で下ろす。安堵の溜息が出た。
「それじゃあちょっと行ってくるわね。めぼしい物は家にあるから」
 何があったかできるだけ思い返してみようと思い、アリスは外に出る。「あ、ちょっと待ってくれ」それを霖之助が引き止める。アリスが肩越しに振り返った。
「なに?」
「どうせなら僕も一緒に行こう。物が物だし、その方が効率が良いだろう?」
 微笑みながら霖之助が提案する。久しぶりにまともな客が来て、取引が成功したので嬉しいのだろう。
「んー……、確かに、わたしが持ってくるよりかはその方がいいわね」
 人形に持たせるのも手だが、修繕が終わるまで使役するのはなるべく控えた方がいいだろう。なおかつ、アリスは非力だ。結論し、アリスは肯いた。
「じゃあ行こうか、アリス」
「ええ、案内するわ。霖之助さん」
 アリスは空を飛べるが、霖之助は飛べない。空を飛んだ方が楽だがそれほど離れてもいないので、二人は歩くことにした。
「……あ、そうだ。ちょっと待っててくれ」
「? 忘れ物?」
「まあ、そんなものさ」
 店へと走っていき、すぐに霖之助の声が聞こえてくる。
「魔理沙、店番を頼むな」
「え、ちょ、おま」
 うろたえているのか、魔理沙の声にはいつものキレがない。
「いいだろう。いつも品物を勝手に持っていってるんだからそれぐらいはしてくれ」
「へーへー、わかったよ。代わりに何か貰っていくぜ?」
 アリスは思わず苦笑した。それでは本末転倒だ。霖之助が自分の発言に憮然として、肩を落とすのがわかった。魔理沙はこういう奴だとわかっているはずなのに。「はあ……」霖之助の口から溜息が漏れる。
「大丈夫かしら、魔理沙が店番だなんて」
「……まあ、大丈夫だろう。僕が応対しているところをいつも見ているから」
 だからこそ心配なんじゃないの? と、問いかけようとしてアリスはやめた。
「じゃあ行きましょうか」
「ああ、道案内、頼む」
 一抹の不安を残して、二人は香霖堂を出発した。





 続く
香霖と魔理沙のセットはよく見かけるものの、アリスとの絡みを見たことがなかったので電波を受信しながら書いてみました。頭の中が春爛漫な話になりそうな悪寒。反省。

上海と蓬莱が「シャンハーイ」「ホラーイ」と一言も喋りませんが、流れ上その方がいいかなと思ってそうしました。マリアナ海溝より深く反省。
彼岸
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