1:忘却の彼方
「すみません、お母様、私はお母様に何一つとして力になれませんでした…」
「ごめんなさい、私のせいであなたは…」
「ねぇ、お母様、私、どうしたらよかったのかな…?
私、そんなに頭良くなかったから、これならお母様の役に立てるんじゃないかなって…」
「そんな事ないわ!あなたは私の最高の娘よ…」
「ごめんなさい、お母様、最期まで、迷惑な娘で…」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!私のせいで!あなたは!」
「バイバイ、愛してたわ、母さん」
「あ、あ、ああぁ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
2:長い1日の始まり、長い後悔の終わり
「どうしました!?師匠!?」
勢いよく襖を開けて鈴仙が飛び込んでくるのと、永琳が自分の布団を跳ね飛ばして飛び起きるのはほぼ同時であった。
部屋に飛び込んだ鈴仙は自らの師匠の変貌に息を呑んだ。
肩で荒い息をつき、目は大きく見開かれ、大粒の涙がボロボロと堰を切ったかのように零れ落ちている。
両腕は何かを抱きとめるかのように伸ばされ、空を掻いて自らの体をきつく戒めていた。
「し、……しょう…?」
これが月の頭脳とまで言われた八意永琳の姿であろうか?
輝夜姫の為に故郷の月を裏切り、自分の意志で地上に堕ちた天才。
地上人から逃げる自分を匿い、面倒を見てくれた恩人。
いかなるときも他人の2歩、あるいは3歩先を歩く人だ。
その師匠をここまで追い詰めるとは何事だろうか?
「師匠!、どうしました師匠!?」
再び声をかけたところで鈴仙の知る八意永琳は悪夢の呪縛から開放された。
「あ、あぁ何でもないのよ、ちょっと夢見が悪くてね?」
まだ瞳に涙を滲ませたままだが、いつものやんわりとした微笑みを返されてようやく鈴仙は師の無事を悟る。
「そうですか…。えらくうなされていたようですが、大丈夫そうですね」
「まぁ所詮は夢よ、起きてしまえばどうという事はないわ」
涙をぬぐいながら永琳が返す。
「もう朝食の時間ね。着替えたら行くからウドンゲは先に行っていて」
「はい、ですが師匠…」
何かを言いよどむ鈴仙
「何?私ならもう大丈夫よ?」
「いえ、その、師匠にお客様がみえてらっしゃいます」
「こんな早朝に?誰かしら?」
「それが…紅魔館の門番の…えーっと中国っぽい方です」
「? 会った事がないわね…」
まぁ中国っぽい人なんだろう、名前は後で本人に聞くとして。
「わかったわ、朝食をとってから話を聞きます。ウドンゲ、その方の分の朝食も用意してさしあげて」
「わかりました」
そう言ってウドンゲは赤みがかった長い銀髪をひるがえして部屋から出て行った。
――――どうして、こう…。
それをかすかに見ながらもの思いに沈み込みそうになる自分の思考を強制的に他の事柄に切り替える。
……それにしても中国っぽい門番、ねぇ。
朝食後、数多くある和室のうち、客室として使っている部屋へ行ってみるとその中国っぽい人が待ちわびたかのように声をかけてきた。
確かに緑色のチャイナドレスを来た紅毛で妙齢の女性だ。
「あなたが八意永琳さんですか?」
「えぇそうですよ。今日はこんな朝早くからどんなご用事で?」
「まずは朝食の礼を言わさせていただきます。久しぶりにおいしい朝食をいただけました」
紅魔館は門番には厳しいのだろうか?
そんな事を考えながらお茶を飲み、先をうながす。
「わたし、紅魔館の門番をさせていただいております紅美鈴、といいます」
中国っぽい人、紅美鈴はそう自己紹介をして一旦言葉を区切る。
「実は本日はお願いがあって参りました」
「あら、珍しいですね、パーティか何かのお誘いですか?」
「実は我が紅魔館のメイド長が倒れまして」
永琳の手から緑茶の入った湯呑みが机の上に重い音とともに落ちる。
「あらごめんなさい、手が滑って」
「それで薬師であるあなたに往診をお願いできないか、と我が主レミリア様からのお願いです」
まったく表情を変えずにこぼれたお茶をふき取りながら
「わかったわ、すぐに行くから用意してくる間ここで待ってて」
「ありがとうございます!永琳さん!」
勢いよく頭を下げる美鈴。
「いやー実は館には人間の病気に詳しい人が居なくて…」
頭を上げた美鈴が見たのは音も立てずに閉まる襖だけだった。
「あれ?えーりんさーん?」
3:決意
秋も深まり、紅魔館は周囲の景色も相まってさらに赤く染め上げられていた。
その紅魔館の中、他のメイド達より少しだけ広いメイド長の部屋は大人数が詰め掛けていた。
「ま、少しだけあの晩の満月の影響もあるようだけど」
一通り咲夜の容態を見た永琳が診察結果を述べる。
「疲労が1番の原因ね、ただの風邪よ。大した事ではないわ、あと2、3日は寝ててもらうけど」
「む、やっぱりあの満月は咲夜にはダメだったって事ね…」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットが呟く。
「いえ、真の満月による影響は精神の高揚ぐらいね、身体的な理由にはならないわ」
レミリアの呟きをあっさりと否定する永琳。
「じゃあどういうことです?」
赤い顔をした咲夜ややかすれた声でたずねる。
「いい?精神が高揚する、という事は疲れを感じにくくなるわ」
永琳が説明を始める
「詳しい説明は省くけど、人間の体は丈夫にはできていないわ。
長時間動き続ければ体は疲れてくる。そうすると栄養を求めてお腹が減ったり、体が休息を求めて眠くなったりする」
「ふんふん」
熱心に相槌を打って聞き入る美鈴。
「ところが今回は違った。真の満月を直視したせいで精神が高揚して疲れを感じにくくなってしまった。
となると彼女の場合、『まだ 疲れていないから大丈夫』と思い込んだので、いつも以上に働いてしまう。
そして精神の高揚が終わったときにそれまでのツケがきてしまったから…」
「疲労によって体の抵抗力が弱まっているので、普段ならならないような病気になってしまう。
…要約すると徹夜ハイのままで働きすぎてばたんきゅー、って事ね」
視線を手元の本に注いだままパチュリーが口をはさむ。
「そっかぁしばらく咲夜の紅茶が飲めないのかー、それはつまんないなぁ」
フランドールは椅子に座って足をブラブラさせながら口を尖らせている。
「そういう事。薬と栄養剤を用意しておくわ、それを飲んでしばらく大人しくしている事」
「まぁ仕方ないですね」
全然仕方なくそうに咲夜が呟く。
「咲夜、とりあえずゆっくり休んで早く治して頂戴、あなたが1番おいしく紅茶を淹れらるんだから」
「ゆっくり早くとは難しいですわ。まぁ折角なので休ませてもらいますが、私も紅茶が飲みたいので早めに治しますね」
いつもと変わらない主従のやりとりもお互いを思いやっている言葉が滲み出る。
「永琳、今度人間の医学書でも貸してもらえる?」
「咲夜さん働きすぎですからね~、たまには休まないと」
「パチェ、ウチの図書館に人間の医学書ぐらい無かったの?」
「あるんだったらいちいち永遠亭まで使いなんか出さなかったわよ、とはいえこれは不覚だったわ…もっとライブラリを増やさないと…」
「まぁどこぞの神社の賽銭5年分ですからね」
「中国、口は災いの元って言葉知ってるかしら?」
「はわわわわわわ!冗談ですよぅ!パチュリー様」
「あなたは後で新しい魔法の実験台になってもらうわ」
「えぇ~!そんなぁ…」
「あぁ中国、後でフランと遊んであげてね」
「ふえ゙?」
「わーい!遊ぼうよ中国ー!」
「あ゙あ゙ぁ~死なないようにお願いしますね~?」
大した事では無い事がわかったからか、途端にいつもの紅魔館の騒がしさが戻ってくる。
「はいはい、ここは病人の部屋ですよ、ゆっくり休ませてあげる為にも静かにしてあげてー」
手を叩きながら永琳が観光案内よろしく声を出す。
「と、いうわけで元気な方は退室して下さいね、私は薬の用意とかあるのでもうしばらく居させてもらうけど」
出口を指し示しながら全員に退室を促す永琳。
「咲夜、無理はしないでいいわ、今度魔理沙に簡単に風邪を治す方法を聞いておくから次はすぐに治してあげる」
「ちゅーごく遊ぼー!」
「最後まで誰も名前で呼んでくれないんですね……」
それぞれが好き勝手言いながら退室していく。
レミリアが最後に名残惜しげに振り返る。
何かを堪えるような、今にでも泣き出しそうな子どもの表情をしていた。
「ごめんなさい、私はいつも迷惑ばかり…」
「お嬢様、それ以上はお止め下さい」
意気消沈するレミリアを制し咲夜は優しく語りかける。
「謝るのは私の方です。私はお嬢様の為の十六夜咲夜です、その私がお嬢様のお世話ができないなんて瀟洒な従者の名折れですわ」
咲夜は穏やかな、慈母のような笑顔で言葉を紡ぐ。
「ですから、一刻でも早く治してお嬢様のお傍でお世話させていただきますわ」
「うん……」
むずがる子どものような表情を残して部屋の扉が閉じられる。
4:罪の再認、受諾
「あなたも大変ね…」
気遣うように永琳が語りかける。
「それでも昔に比べれば過ぎるほどに幸せすぎるわ」
「そう、昔、ね……」
ごそごそ、と自分の鞄を探りながらどこか沈んだ声で永琳が返す。
――――瞬間、世界が凍りつく
「!?」
世界に対する違和感に咲夜の脳内で危険信号が飛び交う。
プライベートスクウェア
――それは私が創るワタシの為のわたしの世界――
だが咲夜は何もしていない。
そして、最大の違いは時が止まらないこと――
反射神経より早く今しがた寝ていたベッドの枕の下に手を伸ばす。
そこには1番のお気に入りのナイフがしまわれている。
慣れ親しんだナイフの柄の感触を確かめると目の前の一癖も二癖もある「永遠亭」の薬師に話し掛ける。
「何のつもり?いつかの月の晩の意趣返しかしら?」
「いいえ違うわ」
咲夜を振り返り永琳が呟く。
「咲夜、あなたに直接話さなければならない事があるの」
「それだったらこんな真似をする必要は無くて?大体この世界は私にしか創れないはずよ、なんであなたがこの世界を作れるの?」
咲夜の警戒はまだ解かれない。
「地上の密室に比べれば、この程度の密室を作る事など何でもないわ、そして…」
先ほどとは違う空気を纏う永琳。
「この事は誰にも知られてはいけない、知られたくないの。なぜならそれは私の罪だから…」
どこか張り詰めた表情を漂わせる。
その表情は神の前に跪き、自らの罪を懺悔する大罪者の諦めと後悔を含んだもの。
決して許される筈がない、永遠の苦痛に苛む罪人。
「仕方ないわね。いずれにせよこの体調ではあなたに勝てるとも思えないし、その顔付きは知ってるわ」
永琳への警戒を解いて枕の下から手を抜く。
殉教者にも似たその姿には見覚えがあった。
何故なら…。
「何故なら…その表情は昔の私自身に似ているような気がするから…」
咲夜は今の自分が永琳と同じ表情をしているな、と自覚する。
諦めと痛み、救われる事の無い自分への嘲笑を含んだ、痛々しい笑顔を。
「ごめんなさい、少し長くなるかもしれないからお茶を淹れるわね」
その笑顔を保ったまま手馴れた手つきでお茶を用意する永琳。
程なくして熟練された手つきで淹れられた紅茶が咲夜にも手渡される。
「今は、緑茶の方が多いんだけどね…」
永琳が先に口を付けて敵意が無い事を示す。
咲夜はそれを確認してから口をつけようとする…が。
「どうしたの?飲まないの?」
「……猫舌なのよね」
眉をしかめる咲夜の表情を見て永琳が優しく笑う。
「奇遇、なのかしら私も猫舌なのよね」
「ならさっきは何で飲めたのかしら?」
多少の驚きと共に聞いてみる。
「やせ我慢ね、あなたの前では無様なところは見せたくないわ」
「何故なら、あなたは私の娘だからよ」
5:告解
「何故なら、あなたは私の娘だからよ」
「はぁ?」
永琳の発した言葉は淡々としていて、それだけに真実味があった。
そしてそれは私、十六夜咲夜の思考を止めるには十分すぎる程だった。
それはおかしい、永琳は月の民で私は地上人。
というか私の生まれた場所は忘れてしまったが霧の濃い場所であった程度しか思い出せない。
「まぁ産みの親ではないわ」
「そうね、私はきちんと自分の母親を憶えてる。まぁ似てなかったけど」
「似るはずはないわ。あなたが生まれる前からあらかじめ決められていた事だもの」
「どういう事?」
「あなたの髪、きれいな銀髪ね。生まれつきでしょう?」
「そうだけど……」
サッパリ話がわからない、さらに詳しく聞き出そうとする。
「全ての始まりから説明するわね。ウチの姫はね、月の民ではあるけれども、肉体的にはどこを見ても地上人よ。
姫は不老不死を手に入れた…、殺されても必ず生き返るか転生するかのどちらかだったわ。もちろん同時に私もそうなったのだけど。
そして姫は永遠を手に入れた代償として罪人となり、転生先を穢れた地上に定められたわ」
「あなたは何故罪人にされなかったの?」
当然の疑問、同時に不老不死となったにも関わらず月の姫は罪人となって薬師は罪人にならなかったのか。
「それは簡単。私の頭脳と失われた蓬莱の薬の再現の為よ」
「ふぅん。で、そのお話しはいつになったら私が登場するのかしら?」
「もう少しよ、ともかく姫は地上に堕とされ、蓬莱の薬は完成しなかった。
姫はこの国のお伽話と大体同じ様に生きてきて、私は私だけ月に残った罪を感じて、その罪を償う為、姫と共謀して地上に残った。
でも、本当はもう1つだけ、姫にも話していない理由があったの……」
「それが、私?」
無言で目を伏せ、うなずく永琳。
「確か、千年ぐらい前に来た、とか言ってなかったかしら?私が生まれたのはもっとずっと後のはずよ?」
「えぇ、確かにあなたが地上で生まれた時、私は地上に居た、そしてすでに姫達と隠れ住んでいたわ。
当然その間に子どもなんて産んでいないわ。だから、あなたの産みの親ではないわ」
「じゃあ何の親?当然育ててもらった憶えはないわ」
「そうね、元の親、といった所かしらね…。
蓬莱の薬は初めから完成された物ではなかったわ、禁忌の薬だけに試薬すら作るのが難しかったわ。
ただ、完成したように思えた薬には不安材料があったの、それが転生後の記憶と不老不死性……」
そこで永琳は唇を湿らすようにお茶を口に含む。
「うん、もう飲めるわね…。
続けるわね、当時研究に携わっていたのはたったの3人、姫と、私と、私の娘……。
そうだ、あなたに聞きたい事もあったわ」
つい、と私の目を覗き込む
「あなたの名前は誰からもらったの?」
その視線にはたぶんいろんなものが込められていたんだと思う。
嘘を許さぬ強い視線、張り詰めた狂気、確認、そして……恐怖?
「お嬢様よ、それがどうしたの?」
一瞬、お嬢様との出会いを思い出し、さらに昔を思い出しかけて止める。
……嫌な記憶、消したくて、忘れてはいけない記憶――。
「ふん、やっぱりね、あの悪魔、なかなか食えない能力を持ってるわ…」
すこし忌々しげに呟く永琳。
「あら、慣れるといいものよ?天気予報とか」
「研究に参加した3人目、私の娘の名前も『サクヤ』、というのよ」
これにはさすがに言葉も出ない。
これは何かの悪い冗談なんだろうか……。
「あなたは咲き誇る夜、と書くのだろうけど、私の娘は輝夜姫からとらせてもらった名前よ、似てるでしょ?カグヤとサクヤって」
「……あなたに何を言われようと私はこの名前を誇りに思っているわ、お嬢様からもらった名前だし」
「まぁどこまで運命を読んで、操ったのかはあの悪魔にしかわからない事だわ」
「お嬢様を悪く言わないでくれる?」
「話を元に戻すわよ?」
……このひと、人の話を聞いてるんだろうか?
「蓬莱の薬が完成したかどうか確かめる方法はただ1つ、実際に服用してみる事そしてその試薬を飲んだのが私の娘よ」
「で、完成はしてなかった、と?」
「話が早くて助かるわ。
服用後の検査では転生時の記憶が保てない事がわかったわ、そして改良を加えた完成品を飲んだのが私と姫、あと藤原妹紅。
まぁ藤原の子は転生後の姫が1人で完成させた物だけど……。
そして罪人となった3人の内、私は頭脳を買われて月に残り、姫と娘は地上という流刑地に転生させられたの
……まぁ生まれた時代はかなり違ったようだけど、ね」
「……まぁ突拍子も無い話だけどそれを信じろ、と?」
「あなたのその世界を手に取る力、ずいぶん強化されているようだけど、基本原理は私の作ったこの密室と変わらないわ。
きっとあなたは私の力を受け継いだのかしらね?だとしたら穢れた人の世では苦労した?」
―――コイツ、言ってはならない事を―――
目の前が一瞬だけ赤く包まれる、
瞬間的で、強烈な、怒りが私を乗っ取るような気がして、我に帰る。
この薬師の周りはすでに降りしきる雨のようにナイフが取り囲んでいた。
――幻符「殺人ドール」――
ここまで早いナイフの展開は私自身も初めてだ。
時を止めることもなく、まさしく瞬きの間に部屋中に飾られていたナイフが永琳へと殺到している。
全てのナイフを永琳に触れるか触れないかのギリギリで空中に縫い付ける。
動けば、明確に、コイツを殺す。
「あいにく、この能力を好きになった憶えはないわ、邪魔に思った事は何度もあったけど、ね」
枕の下に隠しておいたお気に入りのナイフを手元で弄びながら警告してあげる。
「あなたに私の起源はわかっても、今の私はわからないわ、それ以上のお喋りは許さないわよ?」
「何故、ナイフを止めたのかしら?」
視界の埋め尽くすであろうナイフをまるで気にしてないような静かな表情で聞かれる。
「私にとって過去とは決別するものだったわ」
「咲夜になら私は殺されても構わないわ、まぁ死ねないけど」
「それでも、よ」
「今のあなたが私にはわからないように、あなたにもわからないわ、……自分のせいで実の娘の死刑宣告を聞かされる気持ちは」
紡がれる言葉には幾年もの年月すら霞む後悔の念が込められている。
「……さすがに子どもを持った事はないわ」
さすがに長い年月を通り過ぎた言葉には勝てないか…。
冷静になったところで展開していたナイフを全てもとの場所に戻す。
「それで?今さらこんな昔話を私にしてどうするつもり?」
まさか自分の過去を知ってもらいたかっただけではないでしょうね…?
「そうね私の罪の全てを知ってもらったところで…」
永琳はニッコリ笑って言葉を切る。
「あなたに消えてもらいましょうか」
じっと一睨み、そんな気なんてないクセに…。
「冗談よ」
「あなたの冗談は笑えないわ」
「あらそぉ?家のウドンゲには割りと好評なんだけど…」
「それは毎回本気にとられてるんじゃ…?」
「ふふ、そう思う?」
なんとなくおかしくなってお互いに笑いあう。
ひとしきり笑いあった後。
「もし、この先、あなたとあの主人だけではどうしようもできない事態があった場合、私のところに来なさい。
無条件で私ができる事全てをしてあげるわ。
互いの道を大きく隔ててしまっても、転生しても、何があってもあなたは私の娘なんだから…」
「あら、罪滅ぼしのつもり?」
「そんなとこだと思ってもらって構わないわ」
「まぁ覚えておくわ」
「と、いうわけで私の長話と懺悔はおしまい。すっかりお茶が……」
――時間よ止まれ――
……まぁこれぐらいはしてあげようか。
「冷めてないわよ」
「あらホント、ありがとね、咲夜」
まぁちょっとしたイタズラだ。
永琳はカップに口をつけようとして、
「……でも、熱くて飲めないわ」
困ったようにカップを下ろす。
なんだかその光景がおかしくて笑ってしまう。
「ふふっ」
つられて永琳も笑い出した。
6:運命
しばらく笑いあってると、
―――ヒュゴッ!!―――
目の前を赤い光がもの凄い勢いで通過していった。
赤い光は窓を派手に突き破ってどこかに飛んで行ってしまった。
続いてバンッ!と扉が開いてお嬢様が駆け込んできた。
「咲夜!!まだ大丈夫!?」
と、いうか永琳の術を破ってグングニル投げつけたんですか?
「狭いぶん、地上の密室より強固なハズなんだけど……」
お嬢様は私と永琳の間に飛び込んで開口一番に、
「薬師ごときがウチの咲夜に手を出すなんて許さないわよ!!」
と仰ってくださる。
「もしかして今のグングニルですか?」
「そうよ、それも思いっきり強力なヤツ。当たったら死ぬぐらい」
ドアと窓の修理を考えたくないわ……。
「私に当たったらどうする気だったんです?それと、手は出されていませんわ」
「ちょっと私の昔話に付き合ってもらっただけだから安心しなさい」
「そうなの?咲夜?それと、私の槍が当たらないのは知っていたわ」
むー、と不信感たっぷりに問い掛けてくるお嬢様。
「えぇそうですよ、何にもされていませんわ」
「ならいいんだけどね、嫌な予感がして戻ってみたら部屋に入れないんだもん、何かあったんじゃないかって……」
年相応の少女のように俯く姿にちょっとドキッとさせられてしまう。
「お嬢様にそこまで心配されていただけるなんて光栄ですわ」
その言葉にハッと顔を赤らめると、
「そ、そこまで心配してきたワケじゃ……」
俯いてブツブツと呟くお嬢様を見ていると自然と頬が緩んでくる。
「さて、それじゃお暇するわ」
いつのまにか永琳はすっかり身支度を終えて立っていた。
「あら、もう行くの?」
問い掛ける私に永琳は、
「帰ってウチの姫のワガママも聞いてあげなくちゃ」
困ったような笑顔で言った。
「あなたも大変ね」
「お互いにね。薬、ちゃんと飲んでしっかり休みなさいよ?無理は禁物」
「そうさせてもらいますわ」
「最後に1つだけ、あなたは、あなたの望む世界をずっと生きていけるわ。
あなたを見て安心したわ、今の私と同じぐらい幸せそうなんですもの」
「私は幸せよ。心配しなくていいわ」
ふっと穏やかな慈母のような顔つきの微笑を残して永遠亭の薬師は帰っていった。
「ところでお嬢様」
「何?」
「全部知ってましたね?」
「何のこと?」
私の質問にすっとぼけて答えて見せる。
「まぁ、別に生まれがどうだからって今が変わるわけじゃないですからね」
「名前が同じなのは知らなかったわ……これも運命かしらね?」
「それはお嬢様がわからなければ誰にもわかりませんわ、それはそうとやっぱり運命でも見ていたんですね?」
「咲夜、今日は私が紅茶を淹れてあげるね」
急なお嬢様の申し入れに驚く。
「えっ、そんな、いいですよ」
「まぁまぁたまにはいいじゃない、これもあなたの主人のつとめよ」
「はぁ」
「たまには優しくしないと咲夜がなついてくれないじゃない」
あぁまた熱が上がってきたんだろうか、顔が熱い。
……その一言はいろんな意味で反則です、お嬢様。
7:永遠亭の珍しい日
「ウドンゲー、お茶淹れてくれないかしら?」
「はい師匠、淹れてきますね~」
「今日はいつもの緑茶じゃなくて紅茶にしてくれるかしら?」
「珍しいですね?紅茶なんて普段はお飲みにならないのに」
「まぁたまにはそんな日もあるわ」
「はーい」
* * *
「ウドンゲ、毎回思うけど、あなたお茶淹れるの下手」
「え~」
「特にこの紅茶はヒドイわ」
「うぅ~、精進します」
――――――――了――――――――
「すみません、お母様、私はお母様に何一つとして力になれませんでした…」
「ごめんなさい、私のせいであなたは…」
「ねぇ、お母様、私、どうしたらよかったのかな…?
私、そんなに頭良くなかったから、これならお母様の役に立てるんじゃないかなって…」
「そんな事ないわ!あなたは私の最高の娘よ…」
「ごめんなさい、お母様、最期まで、迷惑な娘で…」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!私のせいで!あなたは!」
「バイバイ、愛してたわ、母さん」
「あ、あ、ああぁ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
2:長い1日の始まり、長い後悔の終わり
「どうしました!?師匠!?」
勢いよく襖を開けて鈴仙が飛び込んでくるのと、永琳が自分の布団を跳ね飛ばして飛び起きるのはほぼ同時であった。
部屋に飛び込んだ鈴仙は自らの師匠の変貌に息を呑んだ。
肩で荒い息をつき、目は大きく見開かれ、大粒の涙がボロボロと堰を切ったかのように零れ落ちている。
両腕は何かを抱きとめるかのように伸ばされ、空を掻いて自らの体をきつく戒めていた。
「し、……しょう…?」
これが月の頭脳とまで言われた八意永琳の姿であろうか?
輝夜姫の為に故郷の月を裏切り、自分の意志で地上に堕ちた天才。
地上人から逃げる自分を匿い、面倒を見てくれた恩人。
いかなるときも他人の2歩、あるいは3歩先を歩く人だ。
その師匠をここまで追い詰めるとは何事だろうか?
「師匠!、どうしました師匠!?」
再び声をかけたところで鈴仙の知る八意永琳は悪夢の呪縛から開放された。
「あ、あぁ何でもないのよ、ちょっと夢見が悪くてね?」
まだ瞳に涙を滲ませたままだが、いつものやんわりとした微笑みを返されてようやく鈴仙は師の無事を悟る。
「そうですか…。えらくうなされていたようですが、大丈夫そうですね」
「まぁ所詮は夢よ、起きてしまえばどうという事はないわ」
涙をぬぐいながら永琳が返す。
「もう朝食の時間ね。着替えたら行くからウドンゲは先に行っていて」
「はい、ですが師匠…」
何かを言いよどむ鈴仙
「何?私ならもう大丈夫よ?」
「いえ、その、師匠にお客様がみえてらっしゃいます」
「こんな早朝に?誰かしら?」
「それが…紅魔館の門番の…えーっと中国っぽい方です」
「? 会った事がないわね…」
まぁ中国っぽい人なんだろう、名前は後で本人に聞くとして。
「わかったわ、朝食をとってから話を聞きます。ウドンゲ、その方の分の朝食も用意してさしあげて」
「わかりました」
そう言ってウドンゲは赤みがかった長い銀髪をひるがえして部屋から出て行った。
――――どうして、こう…。
それをかすかに見ながらもの思いに沈み込みそうになる自分の思考を強制的に他の事柄に切り替える。
……それにしても中国っぽい門番、ねぇ。
朝食後、数多くある和室のうち、客室として使っている部屋へ行ってみるとその中国っぽい人が待ちわびたかのように声をかけてきた。
確かに緑色のチャイナドレスを来た紅毛で妙齢の女性だ。
「あなたが八意永琳さんですか?」
「えぇそうですよ。今日はこんな朝早くからどんなご用事で?」
「まずは朝食の礼を言わさせていただきます。久しぶりにおいしい朝食をいただけました」
紅魔館は門番には厳しいのだろうか?
そんな事を考えながらお茶を飲み、先をうながす。
「わたし、紅魔館の門番をさせていただいております紅美鈴、といいます」
中国っぽい人、紅美鈴はそう自己紹介をして一旦言葉を区切る。
「実は本日はお願いがあって参りました」
「あら、珍しいですね、パーティか何かのお誘いですか?」
「実は我が紅魔館のメイド長が倒れまして」
永琳の手から緑茶の入った湯呑みが机の上に重い音とともに落ちる。
「あらごめんなさい、手が滑って」
「それで薬師であるあなたに往診をお願いできないか、と我が主レミリア様からのお願いです」
まったく表情を変えずにこぼれたお茶をふき取りながら
「わかったわ、すぐに行くから用意してくる間ここで待ってて」
「ありがとうございます!永琳さん!」
勢いよく頭を下げる美鈴。
「いやー実は館には人間の病気に詳しい人が居なくて…」
頭を上げた美鈴が見たのは音も立てずに閉まる襖だけだった。
「あれ?えーりんさーん?」
3:決意
秋も深まり、紅魔館は周囲の景色も相まってさらに赤く染め上げられていた。
その紅魔館の中、他のメイド達より少しだけ広いメイド長の部屋は大人数が詰め掛けていた。
「ま、少しだけあの晩の満月の影響もあるようだけど」
一通り咲夜の容態を見た永琳が診察結果を述べる。
「疲労が1番の原因ね、ただの風邪よ。大した事ではないわ、あと2、3日は寝ててもらうけど」
「む、やっぱりあの満月は咲夜にはダメだったって事ね…」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットが呟く。
「いえ、真の満月による影響は精神の高揚ぐらいね、身体的な理由にはならないわ」
レミリアの呟きをあっさりと否定する永琳。
「じゃあどういうことです?」
赤い顔をした咲夜ややかすれた声でたずねる。
「いい?精神が高揚する、という事は疲れを感じにくくなるわ」
永琳が説明を始める
「詳しい説明は省くけど、人間の体は丈夫にはできていないわ。
長時間動き続ければ体は疲れてくる。そうすると栄養を求めてお腹が減ったり、体が休息を求めて眠くなったりする」
「ふんふん」
熱心に相槌を打って聞き入る美鈴。
「ところが今回は違った。真の満月を直視したせいで精神が高揚して疲れを感じにくくなってしまった。
となると彼女の場合、『まだ 疲れていないから大丈夫』と思い込んだので、いつも以上に働いてしまう。
そして精神の高揚が終わったときにそれまでのツケがきてしまったから…」
「疲労によって体の抵抗力が弱まっているので、普段ならならないような病気になってしまう。
…要約すると徹夜ハイのままで働きすぎてばたんきゅー、って事ね」
視線を手元の本に注いだままパチュリーが口をはさむ。
「そっかぁしばらく咲夜の紅茶が飲めないのかー、それはつまんないなぁ」
フランドールは椅子に座って足をブラブラさせながら口を尖らせている。
「そういう事。薬と栄養剤を用意しておくわ、それを飲んでしばらく大人しくしている事」
「まぁ仕方ないですね」
全然仕方なくそうに咲夜が呟く。
「咲夜、とりあえずゆっくり休んで早く治して頂戴、あなたが1番おいしく紅茶を淹れらるんだから」
「ゆっくり早くとは難しいですわ。まぁ折角なので休ませてもらいますが、私も紅茶が飲みたいので早めに治しますね」
いつもと変わらない主従のやりとりもお互いを思いやっている言葉が滲み出る。
「永琳、今度人間の医学書でも貸してもらえる?」
「咲夜さん働きすぎですからね~、たまには休まないと」
「パチェ、ウチの図書館に人間の医学書ぐらい無かったの?」
「あるんだったらいちいち永遠亭まで使いなんか出さなかったわよ、とはいえこれは不覚だったわ…もっとライブラリを増やさないと…」
「まぁどこぞの神社の賽銭5年分ですからね」
「中国、口は災いの元って言葉知ってるかしら?」
「はわわわわわわ!冗談ですよぅ!パチュリー様」
「あなたは後で新しい魔法の実験台になってもらうわ」
「えぇ~!そんなぁ…」
「あぁ中国、後でフランと遊んであげてね」
「ふえ゙?」
「わーい!遊ぼうよ中国ー!」
「あ゙あ゙ぁ~死なないようにお願いしますね~?」
大した事では無い事がわかったからか、途端にいつもの紅魔館の騒がしさが戻ってくる。
「はいはい、ここは病人の部屋ですよ、ゆっくり休ませてあげる為にも静かにしてあげてー」
手を叩きながら永琳が観光案内よろしく声を出す。
「と、いうわけで元気な方は退室して下さいね、私は薬の用意とかあるのでもうしばらく居させてもらうけど」
出口を指し示しながら全員に退室を促す永琳。
「咲夜、無理はしないでいいわ、今度魔理沙に簡単に風邪を治す方法を聞いておくから次はすぐに治してあげる」
「ちゅーごく遊ぼー!」
「最後まで誰も名前で呼んでくれないんですね……」
それぞれが好き勝手言いながら退室していく。
レミリアが最後に名残惜しげに振り返る。
何かを堪えるような、今にでも泣き出しそうな子どもの表情をしていた。
「ごめんなさい、私はいつも迷惑ばかり…」
「お嬢様、それ以上はお止め下さい」
意気消沈するレミリアを制し咲夜は優しく語りかける。
「謝るのは私の方です。私はお嬢様の為の十六夜咲夜です、その私がお嬢様のお世話ができないなんて瀟洒な従者の名折れですわ」
咲夜は穏やかな、慈母のような笑顔で言葉を紡ぐ。
「ですから、一刻でも早く治してお嬢様のお傍でお世話させていただきますわ」
「うん……」
むずがる子どものような表情を残して部屋の扉が閉じられる。
4:罪の再認、受諾
「あなたも大変ね…」
気遣うように永琳が語りかける。
「それでも昔に比べれば過ぎるほどに幸せすぎるわ」
「そう、昔、ね……」
ごそごそ、と自分の鞄を探りながらどこか沈んだ声で永琳が返す。
――――瞬間、世界が凍りつく
「!?」
世界に対する違和感に咲夜の脳内で危険信号が飛び交う。
プライベートスクウェア
――それは私が創るワタシの為のわたしの世界――
だが咲夜は何もしていない。
そして、最大の違いは時が止まらないこと――
反射神経より早く今しがた寝ていたベッドの枕の下に手を伸ばす。
そこには1番のお気に入りのナイフがしまわれている。
慣れ親しんだナイフの柄の感触を確かめると目の前の一癖も二癖もある「永遠亭」の薬師に話し掛ける。
「何のつもり?いつかの月の晩の意趣返しかしら?」
「いいえ違うわ」
咲夜を振り返り永琳が呟く。
「咲夜、あなたに直接話さなければならない事があるの」
「それだったらこんな真似をする必要は無くて?大体この世界は私にしか創れないはずよ、なんであなたがこの世界を作れるの?」
咲夜の警戒はまだ解かれない。
「地上の密室に比べれば、この程度の密室を作る事など何でもないわ、そして…」
先ほどとは違う空気を纏う永琳。
「この事は誰にも知られてはいけない、知られたくないの。なぜならそれは私の罪だから…」
どこか張り詰めた表情を漂わせる。
その表情は神の前に跪き、自らの罪を懺悔する大罪者の諦めと後悔を含んだもの。
決して許される筈がない、永遠の苦痛に苛む罪人。
「仕方ないわね。いずれにせよこの体調ではあなたに勝てるとも思えないし、その顔付きは知ってるわ」
永琳への警戒を解いて枕の下から手を抜く。
殉教者にも似たその姿には見覚えがあった。
何故なら…。
「何故なら…その表情は昔の私自身に似ているような気がするから…」
咲夜は今の自分が永琳と同じ表情をしているな、と自覚する。
諦めと痛み、救われる事の無い自分への嘲笑を含んだ、痛々しい笑顔を。
「ごめんなさい、少し長くなるかもしれないからお茶を淹れるわね」
その笑顔を保ったまま手馴れた手つきでお茶を用意する永琳。
程なくして熟練された手つきで淹れられた紅茶が咲夜にも手渡される。
「今は、緑茶の方が多いんだけどね…」
永琳が先に口を付けて敵意が無い事を示す。
咲夜はそれを確認してから口をつけようとする…が。
「どうしたの?飲まないの?」
「……猫舌なのよね」
眉をしかめる咲夜の表情を見て永琳が優しく笑う。
「奇遇、なのかしら私も猫舌なのよね」
「ならさっきは何で飲めたのかしら?」
多少の驚きと共に聞いてみる。
「やせ我慢ね、あなたの前では無様なところは見せたくないわ」
「何故なら、あなたは私の娘だからよ」
5:告解
「何故なら、あなたは私の娘だからよ」
「はぁ?」
永琳の発した言葉は淡々としていて、それだけに真実味があった。
そしてそれは私、十六夜咲夜の思考を止めるには十分すぎる程だった。
それはおかしい、永琳は月の民で私は地上人。
というか私の生まれた場所は忘れてしまったが霧の濃い場所であった程度しか思い出せない。
「まぁ産みの親ではないわ」
「そうね、私はきちんと自分の母親を憶えてる。まぁ似てなかったけど」
「似るはずはないわ。あなたが生まれる前からあらかじめ決められていた事だもの」
「どういう事?」
「あなたの髪、きれいな銀髪ね。生まれつきでしょう?」
「そうだけど……」
サッパリ話がわからない、さらに詳しく聞き出そうとする。
「全ての始まりから説明するわね。ウチの姫はね、月の民ではあるけれども、肉体的にはどこを見ても地上人よ。
姫は不老不死を手に入れた…、殺されても必ず生き返るか転生するかのどちらかだったわ。もちろん同時に私もそうなったのだけど。
そして姫は永遠を手に入れた代償として罪人となり、転生先を穢れた地上に定められたわ」
「あなたは何故罪人にされなかったの?」
当然の疑問、同時に不老不死となったにも関わらず月の姫は罪人となって薬師は罪人にならなかったのか。
「それは簡単。私の頭脳と失われた蓬莱の薬の再現の為よ」
「ふぅん。で、そのお話しはいつになったら私が登場するのかしら?」
「もう少しよ、ともかく姫は地上に堕とされ、蓬莱の薬は完成しなかった。
姫はこの国のお伽話と大体同じ様に生きてきて、私は私だけ月に残った罪を感じて、その罪を償う為、姫と共謀して地上に残った。
でも、本当はもう1つだけ、姫にも話していない理由があったの……」
「それが、私?」
無言で目を伏せ、うなずく永琳。
「確か、千年ぐらい前に来た、とか言ってなかったかしら?私が生まれたのはもっとずっと後のはずよ?」
「えぇ、確かにあなたが地上で生まれた時、私は地上に居た、そしてすでに姫達と隠れ住んでいたわ。
当然その間に子どもなんて産んでいないわ。だから、あなたの産みの親ではないわ」
「じゃあ何の親?当然育ててもらった憶えはないわ」
「そうね、元の親、といった所かしらね…。
蓬莱の薬は初めから完成された物ではなかったわ、禁忌の薬だけに試薬すら作るのが難しかったわ。
ただ、完成したように思えた薬には不安材料があったの、それが転生後の記憶と不老不死性……」
そこで永琳は唇を湿らすようにお茶を口に含む。
「うん、もう飲めるわね…。
続けるわね、当時研究に携わっていたのはたったの3人、姫と、私と、私の娘……。
そうだ、あなたに聞きたい事もあったわ」
つい、と私の目を覗き込む
「あなたの名前は誰からもらったの?」
その視線にはたぶんいろんなものが込められていたんだと思う。
嘘を許さぬ強い視線、張り詰めた狂気、確認、そして……恐怖?
「お嬢様よ、それがどうしたの?」
一瞬、お嬢様との出会いを思い出し、さらに昔を思い出しかけて止める。
……嫌な記憶、消したくて、忘れてはいけない記憶――。
「ふん、やっぱりね、あの悪魔、なかなか食えない能力を持ってるわ…」
すこし忌々しげに呟く永琳。
「あら、慣れるといいものよ?天気予報とか」
「研究に参加した3人目、私の娘の名前も『サクヤ』、というのよ」
これにはさすがに言葉も出ない。
これは何かの悪い冗談なんだろうか……。
「あなたは咲き誇る夜、と書くのだろうけど、私の娘は輝夜姫からとらせてもらった名前よ、似てるでしょ?カグヤとサクヤって」
「……あなたに何を言われようと私はこの名前を誇りに思っているわ、お嬢様からもらった名前だし」
「まぁどこまで運命を読んで、操ったのかはあの悪魔にしかわからない事だわ」
「お嬢様を悪く言わないでくれる?」
「話を元に戻すわよ?」
……このひと、人の話を聞いてるんだろうか?
「蓬莱の薬が完成したかどうか確かめる方法はただ1つ、実際に服用してみる事そしてその試薬を飲んだのが私の娘よ」
「で、完成はしてなかった、と?」
「話が早くて助かるわ。
服用後の検査では転生時の記憶が保てない事がわかったわ、そして改良を加えた完成品を飲んだのが私と姫、あと藤原妹紅。
まぁ藤原の子は転生後の姫が1人で完成させた物だけど……。
そして罪人となった3人の内、私は頭脳を買われて月に残り、姫と娘は地上という流刑地に転生させられたの
……まぁ生まれた時代はかなり違ったようだけど、ね」
「……まぁ突拍子も無い話だけどそれを信じろ、と?」
「あなたのその世界を手に取る力、ずいぶん強化されているようだけど、基本原理は私の作ったこの密室と変わらないわ。
きっとあなたは私の力を受け継いだのかしらね?だとしたら穢れた人の世では苦労した?」
―――コイツ、言ってはならない事を―――
目の前が一瞬だけ赤く包まれる、
瞬間的で、強烈な、怒りが私を乗っ取るような気がして、我に帰る。
この薬師の周りはすでに降りしきる雨のようにナイフが取り囲んでいた。
――幻符「殺人ドール」――
ここまで早いナイフの展開は私自身も初めてだ。
時を止めることもなく、まさしく瞬きの間に部屋中に飾られていたナイフが永琳へと殺到している。
全てのナイフを永琳に触れるか触れないかのギリギリで空中に縫い付ける。
動けば、明確に、コイツを殺す。
「あいにく、この能力を好きになった憶えはないわ、邪魔に思った事は何度もあったけど、ね」
枕の下に隠しておいたお気に入りのナイフを手元で弄びながら警告してあげる。
「あなたに私の起源はわかっても、今の私はわからないわ、それ以上のお喋りは許さないわよ?」
「何故、ナイフを止めたのかしら?」
視界の埋め尽くすであろうナイフをまるで気にしてないような静かな表情で聞かれる。
「私にとって過去とは決別するものだったわ」
「咲夜になら私は殺されても構わないわ、まぁ死ねないけど」
「それでも、よ」
「今のあなたが私にはわからないように、あなたにもわからないわ、……自分のせいで実の娘の死刑宣告を聞かされる気持ちは」
紡がれる言葉には幾年もの年月すら霞む後悔の念が込められている。
「……さすがに子どもを持った事はないわ」
さすがに長い年月を通り過ぎた言葉には勝てないか…。
冷静になったところで展開していたナイフを全てもとの場所に戻す。
「それで?今さらこんな昔話を私にしてどうするつもり?」
まさか自分の過去を知ってもらいたかっただけではないでしょうね…?
「そうね私の罪の全てを知ってもらったところで…」
永琳はニッコリ笑って言葉を切る。
「あなたに消えてもらいましょうか」
じっと一睨み、そんな気なんてないクセに…。
「冗談よ」
「あなたの冗談は笑えないわ」
「あらそぉ?家のウドンゲには割りと好評なんだけど…」
「それは毎回本気にとられてるんじゃ…?」
「ふふ、そう思う?」
なんとなくおかしくなってお互いに笑いあう。
ひとしきり笑いあった後。
「もし、この先、あなたとあの主人だけではどうしようもできない事態があった場合、私のところに来なさい。
無条件で私ができる事全てをしてあげるわ。
互いの道を大きく隔ててしまっても、転生しても、何があってもあなたは私の娘なんだから…」
「あら、罪滅ぼしのつもり?」
「そんなとこだと思ってもらって構わないわ」
「まぁ覚えておくわ」
「と、いうわけで私の長話と懺悔はおしまい。すっかりお茶が……」
――時間よ止まれ――
……まぁこれぐらいはしてあげようか。
「冷めてないわよ」
「あらホント、ありがとね、咲夜」
まぁちょっとしたイタズラだ。
永琳はカップに口をつけようとして、
「……でも、熱くて飲めないわ」
困ったようにカップを下ろす。
なんだかその光景がおかしくて笑ってしまう。
「ふふっ」
つられて永琳も笑い出した。
6:運命
しばらく笑いあってると、
―――ヒュゴッ!!―――
目の前を赤い光がもの凄い勢いで通過していった。
赤い光は窓を派手に突き破ってどこかに飛んで行ってしまった。
続いてバンッ!と扉が開いてお嬢様が駆け込んできた。
「咲夜!!まだ大丈夫!?」
と、いうか永琳の術を破ってグングニル投げつけたんですか?
「狭いぶん、地上の密室より強固なハズなんだけど……」
お嬢様は私と永琳の間に飛び込んで開口一番に、
「薬師ごときがウチの咲夜に手を出すなんて許さないわよ!!」
と仰ってくださる。
「もしかして今のグングニルですか?」
「そうよ、それも思いっきり強力なヤツ。当たったら死ぬぐらい」
ドアと窓の修理を考えたくないわ……。
「私に当たったらどうする気だったんです?それと、手は出されていませんわ」
「ちょっと私の昔話に付き合ってもらっただけだから安心しなさい」
「そうなの?咲夜?それと、私の槍が当たらないのは知っていたわ」
むー、と不信感たっぷりに問い掛けてくるお嬢様。
「えぇそうですよ、何にもされていませんわ」
「ならいいんだけどね、嫌な予感がして戻ってみたら部屋に入れないんだもん、何かあったんじゃないかって……」
年相応の少女のように俯く姿にちょっとドキッとさせられてしまう。
「お嬢様にそこまで心配されていただけるなんて光栄ですわ」
その言葉にハッと顔を赤らめると、
「そ、そこまで心配してきたワケじゃ……」
俯いてブツブツと呟くお嬢様を見ていると自然と頬が緩んでくる。
「さて、それじゃお暇するわ」
いつのまにか永琳はすっかり身支度を終えて立っていた。
「あら、もう行くの?」
問い掛ける私に永琳は、
「帰ってウチの姫のワガママも聞いてあげなくちゃ」
困ったような笑顔で言った。
「あなたも大変ね」
「お互いにね。薬、ちゃんと飲んでしっかり休みなさいよ?無理は禁物」
「そうさせてもらいますわ」
「最後に1つだけ、あなたは、あなたの望む世界をずっと生きていけるわ。
あなたを見て安心したわ、今の私と同じぐらい幸せそうなんですもの」
「私は幸せよ。心配しなくていいわ」
ふっと穏やかな慈母のような顔つきの微笑を残して永遠亭の薬師は帰っていった。
「ところでお嬢様」
「何?」
「全部知ってましたね?」
「何のこと?」
私の質問にすっとぼけて答えて見せる。
「まぁ、別に生まれがどうだからって今が変わるわけじゃないですからね」
「名前が同じなのは知らなかったわ……これも運命かしらね?」
「それはお嬢様がわからなければ誰にもわかりませんわ、それはそうとやっぱり運命でも見ていたんですね?」
「咲夜、今日は私が紅茶を淹れてあげるね」
急なお嬢様の申し入れに驚く。
「えっ、そんな、いいですよ」
「まぁまぁたまにはいいじゃない、これもあなたの主人のつとめよ」
「はぁ」
「たまには優しくしないと咲夜がなついてくれないじゃない」
あぁまた熱が上がってきたんだろうか、顔が熱い。
……その一言はいろんな意味で反則です、お嬢様。
7:永遠亭の珍しい日
「ウドンゲー、お茶淹れてくれないかしら?」
「はい師匠、淹れてきますね~」
「今日はいつもの緑茶じゃなくて紅茶にしてくれるかしら?」
「珍しいですね?紅茶なんて普段はお飲みにならないのに」
「まぁたまにはそんな日もあるわ」
「はーい」
* * *
「ウドンゲ、毎回思うけど、あなたお茶淹れるの下手」
「え~」
「特にこの紅茶はヒドイわ」
「うぅ~、精進します」
――――――――了――――――――
ああ、何時になったっら作品を投稿できるのやら……
サイコー!もう、蝶・サイコー!!!
「……でも、熱くて飲めないわ」
そーきたかなのかー。いや、正直なんか、ほろりときました。
永琳ってホント、母親タイプなんですね・・(姫が子供なだけでしょうか?w
永夜抄のラストのわだかまりが解けた感じです。
>えぇっと、全部捏造設定、というか妄想設定です。ごめんなさいorz
と、仰っていますが私的には大満足でした。
ゴチソウサマデス
お久しぶりですなんて書いてますが
こちらに寄稿するのは初めてだったのを忘れてましたw
最萌で書いたSSを修正したものをこちらに上げるぐらいなら一から書いてやれ、とw
みなさんのコメントを読まさせて貰ってパソの前で悶えて転がりました。
>そーきたなのかー
コーヒー吹きました、私的にストライクヒットですw
でも、こんな永琳を見ていると……
なんとなく、運命に引き裂かれた母の思いというのが、伝わってくる思いです。
視点などにおいてやや不満があったのですが、それでもこれぐらいの点数は差し上げたいです。ありがとうございました
罪と向き合うのは辛い事です。どんな小さな罪であっても。
しかし、大罪の罪を清算する機会をこれほどに望んでいる。
なんと美しき事か。胸をうたれました。GJ!
GJ!