七日目、ゴーレム製作開始から丁度一週間目である。
「……遅い」
昼を過ぎても、魔理沙はこない。結局魔理沙が来たのはアリスが三時のティータイムを準備し始めた頃だった。どうやら、昨日は相当に疲れていたらしく、この時間までぐっすり寝ていたらしい。
そんなトラブルがあったものの、夕暮れになって作業は滞り無く終了、あとは起動するだけ、という状態となった。強度的にも、今回は崩れ落ちてやりなおし、という事はないだろう。
「後は胴体に『EMETH』の文字を刻んで完成ね」
「やっとか。やれやれ、思い付きで手伝ったはいいが、えらく苦労したぜ」
「それで、名前なんだけど……」
「あー? 名前ってなんだ?」
「ゴーレムの名前。一応考えておいたんだけど……『アマリリス』っていうのはどうかしら」
アリス+魔理沙で、『アマリリス』。三日かかってアリスが考えた名前である。魔理沙がいなければこうも上手く作業は進まなかったわけで、アリスなりに魔理沙に対する感謝の気持ちを込めた名前であった。……照れくさいので、口に出すことはなかったが。
「なるほど、中々いいネーミングだな。どっちかって言うと、私は『アマリリサー』のほうがカッコイイと思うんだが」
「……むしろカッコ悪くなってる気がするんだけど?」
「まあ、別に『アマリリス』でいいと思うぜ。それより、さっさと動かしてみろよ」
アリスは魔理沙に頷いて見せると、胸にある蓋を開け、ゴーレムの中の小部屋に入った。そして、正面の壁に文字を刻んでいく。
……E。
……M。
……E。
……T。
……H。
刻み終えた瞬間、小部屋に配置されている水晶球が黄色に輝き出した。……起動の合図だ。アリスはそのまま外に出、魔理沙の傍らに立ち、ゴーレムをじっと見つめた。
……数十秒、ゴーレムは微動たりしない。
「……おい、動かないぜ」
「あらあら、ほんとね。せっかく記念すべき一瞬を見に来たのに」
「おかしいわね……どうしたのかしら」
「どうかしたなら、どうにかしましょ」
「ああ、どうにかしないとな……って、誰だお前は」
いつのまにか会話に参加していたものがいることに気付き、二人は同時に振りかえった。
「おハロ~、お二方」
スキマ妖怪、八雲紫である。
「おハロ~って、『おはよう』でも『ハロー』でもない時間だぜ。それに、古い」
「まあ、そんなのはどうでもいいじゃない。挨拶は心よ」
紫はくすくす、と無邪気なような、また裏でもありそうな微妙な笑みを浮かべた。
「一体、何の用?」
アリスは紫を睨み付けながら言う。
「あら、怖い。別にケンカを売りに来たわけじゃないわ。ただ偶然面白そうなことをやっていたから、偶然気が向いて見に来ただけ」
「……全部偶然なのね」
「ええ、偶然七日前からあなたの事を見ていました」
「最初っからじゃない!! 偶然でもなんでも無いわ、そんなの!!」
いきり立つアリスを前にしても、紫はその笑みを絶やすことはない。むしろ、そんなアリスを見てより愉快そうに笑っているように見える。
「で、なんでお前が出て来るんだ? お前が出てくると、何かしら企んでそうだし、何かしら事件が起きるような気がするんだが」
「そうね、目的が無いわけではないわ」
紫は傍らに空間の歪みを形成すると、中から何やら取り出した。カメラである。
「記念撮影です。はい、チーズ」
シャッターが押される刹那、魔理沙は反射的にニカっと笑ってVサインを掲げる。
「って、何やらせるんだ!! うわあ、魂抜かれるッ!!」
「私は別にやらせてないし、魂も抜けないから安心しなさいな。……あなたも、そんなに警戒しないで」
紫はアリスのほうへ視線を向ける。
「あんたが出てきて、警戒するなって言うほうが無理よ」
「こっそり隠し撮りされるのと、こうやって堂々と撮られるの、どっちがいいかしら?」
紫はアリスにカメラのレンズを向けた。
「……どっちもイヤだけど、まだ堂々とされるほうがマシね」
「そう思って出てきただけ」
紫はくすくすと笑う。……やはり、二人とも紫は苦手だった。
「まあ、私のことは気にしないで話を進めてちょうだい」
「言われなくてもそうするが。で、なんで動かないんだ?」
「多分、魔力の出力が足りなくて、核以外の水晶球に魔力が行き渡っていないのよ。高出力の魔法で核に喝を入れれば動くと思う」
「イグニッションだな。良し、そういうことなら私に任せろ」
魔理沙は軽快にゴーレムの小部屋に入ると、水晶球の位置を確認する。
「これに魔法を叩きこめばいいんだなー?」
外のアリスに向かって声を掛ける。
「そうだけど、あんまりやりすぎると……」
「久々にでかいのかますぜ」
魔理沙はミニ八卦炉に魔力を込め、増幅されたそれを両手に集める。……マスタースパークである。
「ちょ……」
アリスが止める間もなく、魔理沙の魔砲は放たれ、ゴーレムの小部屋から光が一気に放出された。
「魔理沙っ!! あああもう、壊したらどうするのよ!!」
「心配は要らないみたいよ」
紫の言葉に、アリスはゴーレムの全身をよく見た。……黄色の光が五体を結び、それぞれが胴に結合していく。
「どうだ、動いたか?」
魔理沙が小部屋から飛び出してくる。
「見ればわかるわ」
「おう、見るぜ」
魔理沙は胴から飛び降りると、その様子を見惚れるように眺めた。魔力が全身に行き渡ったのか、ゴーレムは淡く発光を始めた。その光は次第に強くなり、夕暮れの深い森が、昼の平原のような明るさになる。そして光に包まれたまま起き上がり、直立に立つ。
「凄いぜ、やったな!!」
「ええ、今度こそ成功ね」
アリスは心の中で何度もやった、と呟きながら、ゴーレムの様子を眺めていた。
(あれ?)
アリスの頭に一つの疑問が過ぎる。『光』は間違い無く魔力の光である。……全身を発光し続けられるほど、強力な出力は無いはずだが。先ほどのマスタースパークも、いわば点火に使われたわけで、その分の魔力はとっくに使い果たされているはずだ。
(……おかしい)
アリスがそんなことを考えていると。
「おお、歩き出したぜ」
ゴーレムが一歩、足を踏み出した。ずずん、と音を立てて、二人が立っている足元まで揺れが伝わってくる。
「魔理沙、アマリリスに『歩け』とか『動け』とか命令した?」
「あー? してないぜ。自律型って事は、勝手に動くって事じゃないのか?」
「違うわ。最初に何か命令を与えないと、ゴーレムは一切動くことは無い。私か魔理沙が『歩け』って命令しない限りは、歩くことは無いはずなのよ」
「……」
「……」
「……失敗か?」
そんなはずは無い。今日は魔理沙が来るまでの時間、何度もゴーレムの最終チェックをしたし、その時は何も問題はなかった。強いて言えばマスタースパークで核に点火をしたことくらいだが、それでおかしくなるようなものでもない、誤差の範囲のはずだ。そんなアリスの思考を余所に、ゴーレムはさらに歩を進める。
「暴走してるわね……」
アリスの出した結論は、それであった。何かアリスの預かり知らない要因で、魔力の過出力が起こっているようだ。
「でも、命令すれば止まる筈なんだろ? おい、止まれ!! アマリリス!!」
ゴーレムは魔理沙の言葉に意を解した素振りも全く見せず、そのまま明後日の方向へゆっくりと進んでいく。
「おい、止まれってば!! 人の話聞けよ!!」
魔理沙は足もとの石を掴むと、それをゴーレムの足に向かって投げ付けた。けいん、という甲高い音を立てて、ゴーレムの足に申し訳程度の傷を付ける。
瞬間、ゴーレムの動きは止まった。
「お、止まったぜ」
「……いえ、様子がおかしいわ」
ゴーレムは魔理沙の方へ振り返ると、ぎん、と目を光らせた。そして、魔理沙の方へ手をかざすと。
「げ」
……ゴーレムの手から、巨大な緑色の魔力の弾丸が幾重に放出される。それは、魔理沙のマジックミサイルに酷似していた。
「う、うわっ!?」
「魔理沙っ!?」
魔理沙はとっさに箒を掴み、空へと回避する。
「この……私と同じ攻撃とは、味な真似をしてくれるな」
「魔法をパクるのは、魔理沙の性格を受け継いだみたいね」
「いやまあ、私の魔法はたまたま誰かと同じになっているだけだが」
ゴーレムはそれ以上追撃はしてこない様子で、再び明後日の方向へ歩き出す。
「とりあえず、こんな危険なのほっといたら何が起こるかわからん。勿体無いが、十年分の鉄くずにしてやるぜ!!」
魔理沙はミニ八卦炉を取り出し、マスタースパークのスペルを唱え始めた。
「あっ……魔理沙、攻撃しちゃだめ!!」
「食らいなっ!!」
例によって制止も聞かず、魔理沙はゴーレムに向かってマスタースパークを放った。光条が走り、ゴーレムを一気に粉砕する……はずが。
ゴーレムの装甲は、魔理沙のマスタースパークを一切受け付けず、全て弾いていた。
「なにい……」
「嘘……効いてないの?」
驚く二人にゴーレムは歩を止めると、視線を魔理沙の方に向けた。そして、その目が一瞬輝いたかと思うと、魔理沙目掛けて二本の光条が走る。
「ダブルスパーク……魔理沙、避けてっ!!」
「いい度胸だ、相殺、押し返してやる!!」
魔理沙はさらに、瞬時にスペルを発動する。120%出力マスタースパーク、『ファイナルスパーク』。魔理沙のファイナルスパークと、ゴーレムのダブルスパークがぶつかり合い、接点に目が眩むほどの激しい光が生まれる。
「く……」
しかし、ゴーレムの出力は圧倒的だった。押し返すはずの魔理沙のファイナルスパークは逆にどんどんと押し戻されていく。
「くそおっ!! ならこれだっ!!」
魔理沙は右手でファイナルスパークを放ち続けながら、さらに左手でマスタースパークを放った。二つの魔砲は一つになり、さらに強大な奔流となる。魔理沙の全力中の全力の魔砲、『ファイナルマスタースパーク』である。
「う……くっ……」
魔理沙にこれ以上の出力の魔砲を打つ術はない。しかし、それでもなお押し返すことが出来ない。……そして、段々と魔理沙の側へ魔砲の接点は動いていた。
「魔理沙っ!!」
弾かれたようにアリスが飛び出し、魔理沙の後ろにつく。
「上海、蓬莱!!」
アリスは二体の人形を魔理沙の両手の横に配置し、それぞれ極大のレーザーを放たせた。均衡状態になった二つの威力の接点が弾け合い、周囲を白に染める。
程なくして、周囲はようやく本来の姿である夕闇に戻った。
「と、とんでもないな……アリス、助かったぜ」
魔理沙は箒に背を着け、息を吐きながら言う。
「べ、別に……目の前で魔理沙が星になったら、気分が悪いでしょ」
「まあ、私も実は真の最強の隠し玉、ダブルファイナルマスタースパークが控えていたんだがな」
いつもは余裕で強がって見せる魔理沙だが、今回ばかりは額の玉の汗が必死だったことを物語っていた。
「あれ、そう言えば紫のやつはどこに行ったんだ?」
「そういえば……いつのまにかいないわね」
二人は周囲を見回してみるが、それらしい姿はどこにもない。
「全く、あいつはホントにいて欲しいときは絶対いないな。それで、アマリリスはどうした?」
「……動かなくなったわね」
アリスの言う通り、ゴーレムは膝をついたまま固まっていた。
「あれか、こむら返りか。やっぱりゴーレムも起こすんだな」
「どうやったらアレがこむら返りに見えるのかしら? 魔力を使い果たしたみたい。しばらくは動かないはずよ」
「使い果たしたんならもう動かないんじゃないのか?」
「多分、明日の朝にはチャージされるわ。核に使った水晶球にあれだけの出力の魔砲は撃つ力はないはず。……考えられるのは、装甲ね」
「あー? なんで鉄の板が関係あるんだよ」
「ガラクタに何か特殊な金属でも使ったものが入ってたんじゃないかしら。魔砲を弾くほど強くて、さらに魔力を強化・供給し続ける装甲。もうアイアンゴーレムでもないわね。マジックゴーレム、とでも呼ぼうかしら」
「そいつは凄いな。さすが私が作ったゴーレムだ」
「……とんでもないことをしてくれたものよ。装甲が魔法を通さないんじゃ、核の制御球に命令を送ることも出来ないわ。自己防衛機構だけは働いてるみたいだから、本格的に手に負えないわね」
「じゃあ、どうするんだよ」
「とりあえず……」
アリスは下唇に人差し指を当てて間を置く。
「帰って寝ましょ」
「いやまあ、そんなんでいいのか?」
「魔理沙だってもう魔力なんて残ってないでしょ。そんなんじゃ何も出来やしないわ」
「私は最後まで動き続けるぜ」
「じゃあ、頑張って。私は寝るわ」
「仕方ないから、お前のうちに泊めてくれ。なんか、帰るのめんどくさくなった」
「……言ってることが矛盾だらけね。泊めるのはいいけど、うちはベッドが一つしかないの」
「いやいや、別にお前が床で雑魚寝でも、私は気にしないぜ」
「私が気にする。ベッドじゃないと眠れないの」
「心配するな、私も今日はお前のベッドじゃないと眠れない」
「今日は、って何よ」
ひとまず動かなくなったゴーレムを放置して、二人は帰って寝ることにした。そしてその夜は、二人とも疲れ切っていて、ベッドの争奪戦をしているうちに、並んで眠ってしまったのであった。
後はロケットパンチだ! いやさエナジーブレードだ! 質量のある残像とサイコミュシステムはどうした!? げじげじマユゲの熱血少年とか引きこもりのがちのパーマの少年の登場はまだか!?
圧倒的な暴走ゴーレムの前に、なす術も無く地に倒れる魔法使い二人。 絶望的な状況の中、悲壮な決意が幻想の大地を緋色に染め上げる。
アリス「・・・魔理沙ごめんね。 でも、私にしか出来ない事だから・・・」
魔理沙「やめろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
次回。 さよなら人形使い。 来週も超おもしろかっこいいz(踏みつけ